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■少女たちの晩餐(13)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-12-11
 
「なんか凄い話聞いた」
と神社でお正月の縁起物を作っている時、恵香が言った。
 
「何?」
と美那が訊く。
 
「あのね。昔神様が人間を造った時、最初は人間には、ちんちんもヴァギナもあったんだって」
「へー」
 
「でも人間が『私はひとりでは寂しいです』と言ったので、神様は人間からちんちんを切り取って」
 
「ちんちん切っちゃったんだ!」
 
「それで、そのちんちんを元に男というものを造り、最初に造ってちんちん切られた人間は女と呼ばれるようになったらしい」
 
「ふむふむ」
 
「だから女は最初自分に付いていたちんちんを求めて男とくっつきたがり、ちんちんも自分が元居た場所に戻りたくて女に近付きたがるんだって」
 
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「その話、ツッコミ所は多いけど、確かに男の本体はちんちんじゃないかという説はあるからね」
と笑って小春が言う。
 
「ちんちん切られるくらいなら死んだ方がマシとか、ちんちんと首のどちらかが切られるなら首を切ってくれと言う男はわりといる」
 
「首切られたら、ちんちんも扱えないじゃん」
と美那が言う。
 
「そのくらい大事なんでしょ?」
 
「男の子の心理が分からないなあ」
と千里は言う。
 
「そこまでちんちんが大事だから、そのちんちんを切っちゃうオカマさんを男は嫌うのよ」
「嫌うまでしなくてもいい気がする」
 
「オカマさんを見ると、自分もちんちん切られるのではという不安を感じるからじゃないの?いわゆる去勢不安(castration anxiety)。男はみんなこれを持ってる」
 
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「なるほどねー」
 

「anxietyって不安だっけ。願望かと思った」
「願望は desire とか envy だと思う。自分のちんちん切って欲しい子は castration desire, 自分にちんちんが欲しいという子は penis envy」
 
「前者は沙苗で、後者はるみちゃんだな」
 
「極端にオカマさん嫌う男性は心のどこかにむしろちんちん切られたいという願望を持っていたりする」
 
「それもありそうな気がするよ。好きな子にいじわるするのと同じ心理だ」
 
そういえばオカマを極端に嫌う父は「自分は中学生時代“美少年”で女ばかりか男からまでラブレターもらったんだぞ」とか以前言ってたなあ、というのを思い出していた。
 

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11月8日(金).
 
千里たちの学校に札幌の巡回オーケストラがやってきた。地方の子供たちに本格的なクラシックを聴いてもらおうというので、ずっと道内の主として田舎を巡回しているのである。今週は留萌市内を回っている。2002年現在留萌市内には小学校が10校あるが、近隣の小学校はまとめて聴くことになっており、留萌市内では5つの小学校で演奏する。それで千里たちのN小に、隣の**小学校の児童も来て、体育館で一緒に鑑賞した。
 
隣の小学校の子たちのために、N小の5-6年生で体育館にパイプ椅子を並べ、N小の児童自身はこの日は早めに給食を食べ、昼休みに自分達の椅子を持って教室から体育館に移動した。
 
コンサートは13時に始まった。
 
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まずはモーツァルトの『きらきら星変奏曲』を演奏するが、これで大半の児童は眠ってしまう!
 
『きらきら星』ならみんな知ってるだろうという選曲なのだろうが、お昼を食べた後で、こんな単純繰り返しの多い曲を聴いたら寝るなという方が無理というものである。どうもこのコンサートの企画者は“分かって”ない。
 
ここでオーケストラの楽器の紹介があるので、みんな目を覚ます。
 
コンサートマスター
その他第1ヴァイオリン 4名
第2ヴァイオリン 4名
ヴィオラ 2名
チェロ 1名
コントラバス 1名
 
以上弦楽器 13名
 
「弦楽器奏者は13名だ」
「不吉だ」
と囁いている子たちがいる!
 
フルート 3名
ピッコロ 1名
クラリネット 1名
オーボエ 1名
ファゴット 1名
 
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以上木管 7名
 
トランペット 2名
トロンボーン 2名
ホルン 1名
チューバ 1名
 
以上金管 6名
 
「管楽器奏者も13名だ」
「何て不吉だ」
と囁いている子たちがいる!
 
ハープ 1名
ティンパニ 1名
シンバル 1名
指揮者 1名
 
以上その他 4名
 
「4名だって」
「死の数だ」
と囁いている子たちがいる!
 
合計30名
 
「司会者も入れたら31人だな」
「ひっくり返すと13だ」
「やはり不吉だ」
と囁いている子たちがいる!
 
しかしケチつけてたらどんな数字にでもケチ付けられそうな気がする。
 

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ハープは実物は初めて見たという子も多く、かなり注目を集めていたようである。またホルンの説明で、この楽器はフレンチホルン、つまりフランス式ホルンとも呼ばれ、もうひとつイングリッシュホルン、つまりイギリス式ホルンという楽器もあるとして、実物を見せてくれる。
 
「見た目も音もオーボエとよく似ています」
と解説者さんは言って、楽団のオーボエ奏者の楽器と並べ、またオーボエ奏者さんが両方吹いてみせてくれた。
 

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楽器解説でみんな起きた所で2曲目はベートーヴェンの交響曲6番『田園』を全曲(約40分)演奏するが、これでまた半分くらいの児童は眠ってしまう。こんな長い曲に小学生が耐えられる訳が無い。
 
小品でサティ『ジムノペディ』(ドビュッシー編)で更に睡眠率は高くなり、リストの『愛の夢』でほぼ全員が夢の中に導かれる。
 
コンサートは児童が寝ていても続き、ムソルグスキー『展覧会の絵より“牛車”』、ラヴェル『ボレロ』、と続いて行き、最後の曲・プッチーニ『トゥーランドットより“誰も寝てはならぬ”』が演奏された時は児童は1人も起きていなかった。聴いていた先生たちでさえ半分は寝ていた。
 
蓮菜はかなり頑張って起きていたのだが、牛車で落ちた。千里は最初から最後までひたすら寝ていた!
 
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「以上で演奏は終わりです」
と司会者が言った時、児童たちは
「終わったらアンコールの拍手してね」
と言われていたのをきれいに忘れていて
「ありがとうございました」
と大きな声で言って、椅子を片付け始めてしまったので、オーケストラはアンコール用に用意していたラベル『亡き王女のためのパヴァーヌ』とマスネ『タイスの瞑想曲』を演奏することもできず、そのまま帰ることになってしまった。
 

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「私は立場上何とか頑張って我慢したけど、私でさえ眠かった」
と馬原先生は後で笑って言っていた。
 
「あれ選曲した人のセンスが悪すぎますよ。自分たちが聴かせたい曲を選んでいる。そうではなくて、聴いてもらえる曲を選ばなきゃダメなんですよ」
と松下先生は言う。
 
松下先生は、かなり頑張ったものの『ボレロ』で落ちてしまったらしい。
 
「ぼくはもう何度もトイレに立った」
などと教頭先生は言っていた。
 
「校長先生は居なくなっちゃうし」
「眠ってしまうより席を外した方がいいと判断したんだと思いますよ」
「**小の校長は眠っちゃいましたね」
「お年寄りには辛いよ」
 
「でもどんなにいい選曲をしてもやはりクラシックは寝るよ」
という意見もある。
 
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「イベントを入れないと無理でしょうね。指揮者体験とか、第九をやって歌わせたりとか、天国と地獄でラインダンスさせたり、新世界よりでハンドベル持たせて鳴らすとか」
 
「ああ。そういうアクティブなイベントはいいですね」
「パッシブだけなら、どうしても寝ますよ」
 

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「私は自分が好きな楽曲を作り、好きな曲を演奏すればいいと思うなあ」
と千里は言った。
 
「最初から最後まで寝ていた人がよく言うよ」
と蓮菜。
 
千里は楽器紹介の時でさえ寝ていた。
 
「だって他人に迎合した作品なんて、たかが知れてると思う。究極に到達できるのは、ファンも大衆も置き去りにした自己探究の極みの所にあるものだと思う」
と千里は言う。
 
「そのあたりは昔から結構議論のある所だよ」
と美那は言った。
 
「だって大衆に迎合するものばかり作っていたら、柿右衛門とかピカソは生まれてないよ。自分が満足できるものを厳しく追い求めて行った人だけが、最高の芸術的ポイントに到達できるんだよ」
 
「確かにピカソは大衆を無視してるかもしれん」
と恵香。
 
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「でもそれは売れないかも知れないよ」
と蓮菜。
「まあそれは仕方ないね。実際一時物凄く売れて稼いだ人が、やかてレコード会社や出版者の意向を無視した自分だけの世界の作品を書き始める」
と千里は言った。
 
「あ、それはあるかも」
と美那。
 
「枯渇して書けなくなるタイプと、敢えて売れなくてもいいから自分の世界を切り開いて行く人とがあるよね。ごく少数のファンだけが付いていく」
と恵香。
 
「ゴッホとかは?」
と美那が訊く。
 
「ピカソは大衆を無視してる。ゴッホは最初から何も考えていない。本能のままに制作してるだけ」
と恵香。
 
「ああ、確かに。“本能の画家・ゴッホ”とか言ったっけ?(*16)」
と千里。
 
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「ゴッホって3m以内に寄ると妊娠したらしいね。だから村長は女にゴッホの絵のモデルになることを禁止した」
と蓮菜は敢えて誤りは訂正せずに言った。
 
「そっちの本能かい!?」
と美那・恵香は呆れた。
 
(*16)きっと“炎の画家・ゴッホ”の間違い
 

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2002年11月10日。
 
最近、自分の扱いが段々適当になってきつつあると感じていた高岡猛獅は
「ああ、俺来年くらいにはクビになって別のボーカルが登用されるかもしれんなあ」
などと呟きながら川縁を歩いていた。
 
「首になったら、夕香と龍子を入籍して、夕香と2人だけで、新しいバンド立ち上げるのもいいかも知れないなあ。夕香はキーボード弾けるから、誰かベースとドラムスをスカウトして」
などとも考える。
 
その時、ワンティスの『漂流ラブ思い』のメロディーをヴァイオリンで弾く音が河川敷から聞こえてきた、歌っているのとかCDを再生しているの、ギターで弾いているのまではよく聴くが、ヴァイオリンは珍しいと思って河川敷に降りてみる。すると、見覚えのある少女がヴァイオリンでこの曲を弾いていた。
 
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演奏が終わった所でパチパチと拍手する。そして
「リズミトピア!」
とリクエストをした。
 
少女は「はいはーい」と返事をして、その曲を弾き始めた。そしてこちらを見て驚いたような顔をした。
 
高岡は凄いと思った。
 
この曲は今日ワンティスがリリースしたばかりの曲なのに。なぜもうヴァイオリンで弾けるんだ?彼女は譜面も見ていない。
 
終わった所で拍手する。
 
「こんにちは、TTさん」
「FKちゃん、凄いね。今日出たばかりの曲なのに」
「2-3日前からFMとかで流れてましたから」
「どこかの雑誌に譜面とか載ってた?」
「いえ。でも聴けば弾けますよ」
 
この子は天才じゃないのか?と思う。
 
15歳頃のモーツァルトが門外不出の“9声”の合唱曲を1度聴いただけで全パート楽譜に書いちゃった!というエピソードは有名で、これがてきる人は超天才と思われがちだが、実際には音楽家にはこれができる人はザラに居る。音楽家でなくても、アニメの主題歌を1度放送を見ただけで翌日学校で歌っちゃう小学生は相当数居る。上島や雨宮も一度聴いた曲をピアノで再現してみせるが、演奏家というより詩人の高岡にはできない。
 
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フロイトは原稿無しで公演をした後で、その公演でしゃべったことを完全に書き留めることができた。高岡も大学で講義を聴いた後で、教官がしゃべった内容を完全にノートに書き出すことができたし、映画を見た後で、その映画のセリフを丸ごと書き出すことができた(実は筆者も27-28歳頃まではできた:当時映画のセリフ録ノートがたくさんあった)。しかし上島や雨宮にはこういうことはできない。
 
人それぞれ脳の得意分野は異なる。
 
千里はその双方ができるが、算数や理科の公式は全く覚えきれないし、地理歴史や生物の暗記も苦手である(“いい箱作ろう鎌倉幕府”を1852年とか書いたりする)。
 
プロ級の囲碁や将棋の棋士は見ていた対局を完全に並べ直すことができる。画家には一瞬見た風景や他の人の絵を完全に再現して描いてみせる人がいる。
 
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人間の記憶力というのは本当に凄い。ただし各々特定の分野にだけ、このような“イメージ記憶”とでもいうべきものが働く。
 

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少女たちの晩餐(13)

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