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■夏の日の想い出・止まれ進め(13)

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萌花からの返事はお昼休みに見た。
 
《こちらの荷物に間違って入ってたみたい(←もちろん本当は取り上げた)、ズボンとか要らないでしょ。女子の制服はスカートだし。こちらで捨てとくね》
 
《捨てないで!スカートで登校とか恥ずかしくてできないよぉ。こちらに着払いでいいから送ってよ》
 
《女子高生になったんだからちゃんとスカートで登校すればいいと思うけどなあ》
《そんなこと言わないでお願い》
《はいはい》
 
ということで一応送ってもらえることになった。
 
「よかったぁ。何日も下だけ体操服で登校とかできないし」
と日和は思った。
 
ちなみに日和の身体に合うような小さいサイズの“女子用”学生ズボンなんて既製品には無いのでオーダーする必要があり、頼むと1週間は掛かる。むろんウェストとヒップの比率の問題で男子用では合わない。
 
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五月は
「もう今更なんだから、いいかげんスカートで登校すればいいのに」
と言っていたが。
 
その日学校では
「ライブ見たよ。ひよりちゃんヴァイオリン弾けるんだね」
「やはりこのまま信濃町ガールズに入るの?」
などと言われて
「実は迷ってる」
と正直に答えた。
「ウィンターカップ終わってから考えるよ」
「なるほどー」
 
本人はそのことより、スカート姿をみんなに見られたって恥ずかしーなどと思っている。
 

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水戸市に住む杜屋鈴世(もりや・りんぜ)は7月29日(金)、タレントになるといって2日前の27日に東京に出て行った妹・幸代(水巻イビザ)からの電話を受けた。忘れ物でもしたのかと思って出ると、幸代はいきなりこう訊いた。
 
「お兄ちゃん、もう性転換した?」
「・・・まだしてないけど」
と答えながらも少しドキドキする。
 
「男役ができる人を探してるのよ」
「は?」
 
「アクア主演のドラマの撮影をするんだけどさ、うちの事務所が端役をまとめて3000万とかで請け負ったらしいのよ。でもうちの事務所女ばかりだから、兄弟とか居る人頼めないかと言われて。お兄ちゃん、まだちんちん付いてたらやってくれない?」
「へー。でもぼくあまり大した演技できないよ」
 
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でもちんちんの有無が関係あるのか?まさかエロ動画とか撮るんじゃないよね?
 
「今感染対策でエキストラが使えないらしいのよね。エキストラ使うには5日前から隔離して外部と接触しないようにしないといけないから、その間の宿泊費、食費、そしてその人が宿舎から外に出て飲み屋さんとか行ったりしないように、そして相互で接触して飲み会とかしたりしないよう監視する警備員の費用とかまで入れて1時間の撮影でも1人30万円くらい掛かるらしい」
 
「そりゃ大変だ」
 

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「だから撮影中は外出しない、多人数集まっての飲食をしない、とかのルールを守ってくれることを期待できるタレントの家族を使いたいらしいのよ。規律と監督の指示さえ守ってくれたら、この際演技力は問わない」
 
「なるほどね。ぼく程度でもいいのなら、していいよ。いつ行けばいいの?」
 
「8月7日まで主演のアクアちゃんの予定があかないらしいからそのあと制作するんじゃないかな」
 
「じゃ8日くらいに行けばい?」
「あまり早く来てもすることないだろうし、12日くらいでいいんじゃないかなあ」
 
(↑この娘は半分しか話を聞いてない)
 
「そう?じゃ12日に出て行くね」
 

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それで鈴世が8月12日に出て行くと、
「え〜〜!?今出て来たの?」
などと部長さんから言われる。どうも大半の撮影は既に終わっていたようだった。もっと早く出てくればいいのなら、幸代のやつ、そういえばいいのに!と思った。
 
(全くである)
 
でも部長さんは
「せっかく出て来てくれたから」
と言って、和紙の集積所?の主人とかいう役を作ってくれた。
 
それで奈良時代の平民の服というのを着せられ、美豆良(みづら)髪の鬘(かつら)を着けて店頭でお客さんに挨拶する所、お客さんに説明する所をその日に撮影、翌日には同じ衣裳で、本店の番頭さん?と製紙工場長さん?の3人で会議をしている所を撮影した。その他、アフレコをお願いしますと言われ、最初短いセリフの吹き替えをしたのだが
 
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「あんた。上手いね。だったらそれやめてこれやって」
と言われ、鈴原さくらちゃんのセリフをかなり吹き替えた。
 
鈴原さくらちゃんが演じる旅村という従者(ずさ)は航海の前半は男の姿だが後半では性転換して女の姿で出ている。性転換した後は本人の声でいいが、前半男の格好で出ていたところの声を吹き替えた。
 
「君は雰囲気がさくらちゃんに通じるところがあるから、親和性があっていいよ」
などと女性の監督さん(?)が話していた。
 
鈴原さくらちゃんって可愛いよね。多分デビュー予備軍なんじゃないかなあと思って見ていたので、その憧れのさくらちゃんの吹き替えというので気合が入った。彼女に握手もしてもらったので感激した(←鈴世はさくらを女の子だと思っている)。
 
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さくらちゃんの手は柔らかくて「女の子の手っていい感触だなあ」と思った。
 

鈴世同様、信濃町ガールズのメンバーのお兄さんで制作に参加している松崎兄弟(元紀・真和)の喉に、アクアのマネージャーさんが手を当てて何かしていた。
 
「あ、アバサちゃんもしてもらうといいよ。喉仏が目立たなくなるから」
と松崎真和ちゃんが言った。彼は凄く女の子っぽくて、きっと自分同様睾丸の働きを阻害する何かをしてると思っていた。
 
それで
「私もお願いしまーす」
と言うと、マネージャーさんは鈴世の喉に手を当ててしばらく何かしてた。
 
「もういいよ」
と言われて手を放す。それで自分の喉を触ってみると、喉仏が無くなっていた!
 
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嬉しい!
 
これまで隠すのに苦労してたのよねー。
 
「まあ男性化を止めて女性化を進めるのが10代の男の娘の課題だな」
などとマネージャーさんは言っていた。
 
それで気付いた。この人MTFだ!全然気付かなかった。普通のおばちゃんに見えるのに。でも音楽業界って、そもそも性別の微妙な人多いよね?
 

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鈴世は制作中、ずっと妹(水巻イビザ)が住んでいる寮の近くにあるマンションに部屋をもらって生活していたが、食事が無料で配送してもらえるのは助かった。
 
撮影は千葉市のドーム球場みたいに広い屋根付きスタジオで行われる。ここに居る間は食事はお弁当が配られ、各々個室で食べる。仲の良い同士や兄弟姉妹などで一緒に食べるのは良いが、5人以上集まっての飲食は禁止と言われた。でもここのスタジオは天候に左右されずに撮影できるので、ほとんど予定がくるわずに撮影スケジュールが進んでいたようである。
 
制作終了後も
「今夏休みだし時間あるよね?」
と言われ、あけぼのテレビのドラマに(むろん男役で)出たり、空いてる時間には女子寮の地下にあるレッスン室でトークや朗読、演技、また歌のレッスンなどにも出た。
 
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撮影終了の2日後に、副社長さんが来て訊いた。
「何か不便してることとかはない?」
「特にないです。快適ですね。食事無料ってのもいいし」
「何なら性転換して信濃町ガールズに入る?ずっと無料だよ」
 
ドキッ。
 
自分が女の子になっちゃった状態を想像する。女の子になったら女子制服を着て学校に行くのかなあ。それもいいなあ。成人式は振袖を着て。ブラウスにタイトスカートとかで会社勤めをして、その内花嫁さんになって・・・
 
妄想している内に副社長さんがこちらを見ているのに気づき、我に返る。そして言った。
 
「ぼくの実力じゃ無理だと思います」
 

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鈴世は女装はわりと好きである。実は自分のスカートを持っている。姉の月夜の服のお下がりを彼が着て、そのお下がりを幸代(イビザ)が着ていた。服のリユーズはそこまでて弟の和誉(かずほ)は男の子でもあるので新しい服を買ってもらう。
 
つまり実は鈴世は“女子サイクル”に組み込まれていて、制服や学校に着て行く服以外は、あまり男物の服を持っていない。普段着のズボンとかも実は女子仕様である。彼は W61 H89 で、男物のズボンが穿けない。学校の体操服も姉が着ていた女子用を着ている。
 
実は姉・月夜が高校時代に着た(女子)制服を今は彼が持っている。もっともその制服ではさすがに登校していない。一応男子制服で登校しているが、実は上着だけ男子制服でボトムは汎用品の女子用スラックスを組み合わせている。実はこのスラックス、前開きがダミーだが、彼は小便器は使わないので問題無い。
 
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幸代が高校生になったら今鈴世が持っている女子制服を着るかも知れなかったが、幸代は東京に出て行ってしまったので、この後、この女子制服を着る人のあては無い。弟は女子制服を着ないだろうし。
 
そもそも弟は身体が大きいので、月夜や鈴世が着た服はサイズ的に入らない。月夜・鈴世・幸代の3人、そして彼女たちの母は服が共用できる。実はジーンズのパンツなど誰の物か分からなくなりがちである。
 

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副社長は鈴世を女子寮地下の音楽練習室に連れて行った。副寮母さんも来た。ピアノの音に合わせてドレミファソファミレドで歌う。
 
「結構音域は広いね。F3からE5まで2オクターブ出てるじゃん」
「これで“ぼくの実力じゃ無理です”は無いわ」
 
E5まで出たのか。これまではD5までしか出なかったのに。やはり喉仏を消してもらった効果かなと思った。きっとそれで高音が出やすくなったんだ。
 
「でも声が出るだけでほんと下手なんですよ」
「じゃ『帰れソレントへ』を歌ってみて」
「Cの音を下さい」
と彼は言った。この曲はCから始めるとC-minor / C-Major になり最高音はE♭5 である。しかし花ちゃんはDの音をあげた。Dで始めると D-minor / D-Major になり、最高音は F5 である。彼はさっきは E5 までしか出なかった。
 
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彼はナポリ語(*15) で歌い始めた。
 

Vide 'o mare quant’e bello,
spira tanto sentimento,
Comme tu a chi tiene mente,
Ca scetato 'o faje sunna.
 
海を見てください。何と美しいのでしょう。
海は多くの感情を呼び起こす。
君を人々が見る時のように
まるで夢でも見ている気分になる。
 
Guarda, gua’ chistu ciardino;
Siente, sie’ sti sciure arance:
Nu profumo accussi fino
Dinto 'o core se ne va…
 
この庭を見て
そしてオレンジの匂いを嗅いで。
その素敵な香りは
君の心にそのまま入るだろう。
 
E tu dice: "I’ parto, addio!"
T’alluntane da 'stu core…
Da la terra de l’ammore…
Tiene 'o core 'e nun turna?
 
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そして君は言った。“行くわ。さよなら”と。
君は僕の心から去ってしまった。
この愛の国から。
君はもうここに戻る気はないのかい?
 
Ma nun me lassa,
Nun darme stu turmiento!
Torna a Surriento,
famme campa!
 
僕を捨てないでくれ。
僕にこの苦しみを与えないでくれ。
ソレントに帰ってきてくれ。
僕を助けてくれ。

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(*15) イタリアで話されている言語は地方ごとにかなりの差がある。お互いに意志疎通が困難なほど違う。一般に日本で“イタリア語”という時は、トスカーナ方言をベースにした標準語を言う。しかし一般にカンツォーネはナポリ語で歌われており、そのままでは他の地域の人には理解できないので、イタリアのテレビでは標準イタリア語の字幕が付加される。
 
『帰れソレントへ (Torna a Sorrento)』(作詞:Giambattista de Curtis (1860-1926)、作曲:Ernesto De Curtis (1875-1937))はナポリ語で書かれている。鈴世はその原詩で歌った。きっと音楽の時間にこの歌詞で習ったのだろう。
 
この歌詞だけ見るとまるで自分を捨てた恋人に戻って来てくれと言っているようであるが、実はこの歌は、首相がソレントに来訪した時のレセプションの席で歌われた歌で、ソレントの下水道整備のための予算を出してくれるという約束があったのを実行して欲しいと懇願して歌われた歌らしい!
 
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さて、この歌で最高音を歌う所は最初のほうに1ヶ所と後のほうで1ヶ所の2ヶ所である。1ヶ所目では彼はその音を出そうとしたものの声が出ず、空振りした感じになった。しかし2ヶ所目ではきれいにF5が出た。
 
彼が歌い終わったところで副社長は言った。
 
「なるほど、君が自分は信濃町ガールズのレベルではないと言った意味が分かった。君ってリズム感があまり良くないんだ」
「そうなんです。今もだいぶ出出し(でだし)のタイミングを失敗しました。ダンスなんかでも人とタイミングが合わないんですよ」
「そしたらバックダンサーとかにも使えないなあ」
と副社長は残念そうである。
 
「リズム感さえ何とかなれば歌自体はかなりうまい部類」
「それ音楽の先生にも言われます」
「ところで今私はCではなくDの音をあげた」
「え?そうだったんですか?」
「だから君は今F5まで出た」
「すごーい」
「君アルト歌えるでしょ?」
「はい。リズム感が悪いこと除けば。音楽の時間のアルトパートはだいたい歌えます」
 
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「取り敢えず性転換してみる?」
 
ドキッ。
 
10秒ほど妄想中・・・・・・・・・・
 
「でももう少しうまくならないと、信濃町ガールズにはなれません」
 
(結局「性転換する?」という質問には答えてない)
 

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夏の日の想い出・止まれ進め(13)

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