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■夏の日の想い出・止まれ進め(12)

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それで日和の部屋に萌花とプリム(杉本ひかり)が来て、一緒に練習する。
 
「ネオンさんの後からもらったアレンジよりは易しいけど、最初にもらったアレンジよりはずっと難しい」
 
「まあ失敗が許されないから、このくらい行けるだろうというレベルより少し落としたんだろうね」
「うん。短時間で完成させないといけないからね」
 
しかしギターとベースが一緒に練習すると、お互いに効率良いようである。4回目くらいにはふたりともきちんと弾けるようになった。日和もそれまでには一応弾けた。
 
「取り敢えず全曲弾けるようにしよう。そのあと各々の内容をレベルアップしていこう」
「うん」
 
「最終的にはちゃんと“弾けてる”レベルにしないといけないからね」
 
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お昼は連絡して2人ともこの部屋に配送してもらう。一応4曲とも“弾ける”レベルまで行ったところでお昼を食べた。
 
お昼を食べた後、萌花はルミナ(観音倭文)に電話した。
「しづちゃーん。こっちで一緒に練習しない?505にいるの」
 
それでルミナ(倭文)が来る。倭文は萌花とハグしている。2人は信濃町ガールズ北陸で良きライバルだった。萌花が少しリードしていたが、夏の昇格試験では倭文が逆転で昇格した。でもそのあと萌花もビデオガールコンテストで入賞して追って本部生になった。
 
向こうも一応弾けるようになったということだったので合わせてみる。
 
「おお、すごくいい感じ」
「でもちゃんとは“弾けてない”部分がたくさんある」
「それは感じた。今の段階では何とか譜面通りに“弾いてる”だけ」
「そこをちゃんと“弾けてる”レベルまで上げよう」
 
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それで一緒に“曲のストーリー”を考えながら弾いていく。その内こんな意見が出る。
 
「これ楽曲自体がネオン君の曲より出来がいい気がする」
 
これには全員が同感だった。
 
「売れてないともらえる曲が適当になっていく傾向がある」
「この川内みねかさんって売れてるんだっけ?」
「取り敢えず今の所3作連続ゴールドだよ」
「凄いじゃん。じゃ最近デビューした人?」
「デビューしたのはアクアと同じくらいの時期で、もう8年くらいやってるんだよ。でも去年の9月に出したCDが初めて9万枚売れて」
「わー。じゃ下積みが長かったのか」
「でも若くしてデビューしてるから年齢も確かアクアと似たようなものだよ」
「へー」
 
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「去年9月のは統計上は9万枚となってるけど実際には10万枚を突破した可能性もある。でもその後の3作は明確に10万枚を超えた」
「遅咲きの歌手かあ」
「でもデビューした後、7-8年経ってやっと売れ出す人ってこの世界結構いるよね」
「じゃ期待の歌手だからいい曲もらってるのね」
「それあるかもね」
 
夏昇格の子や、ビデオガールコンテストで入った子はまだ“川内みねか”の実像(*14)が分かっていない。日和など、ネットフェスのポスター写真(今日ここで演奏する20組の写真が並ぶ)は見たものの、可愛い子だなあと思っただけで、この人物がさっきまで自分たちを指導してくれた川内部長本人であることを認識していない。
 

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(*14) “川内みねか”は山下ルンバ(花ちゃん)が“演じる”謎のアイドル歌手である。山下ルンバとは別の独自のファンクラブを持っており、山下ルンバのファンクラブの20倍以上の人が登録している。
 
彼女が“演じる”謎の歌手シリーズ!?
 
アイドル・川内みねか
ロッカー・山下ルンバ
民謡歌手・高橋隼海花
ポップシンガー・紅型明美
ピアニスト・竹本和恵
 
あけぼのテレビの放送時間枠が空いた時にお遊びでこの5つのキャラを演じたら、特に“アイドル・川内みねか”の反響が大きかった。
 
(多くの視聴者は1人が5つのキャラを演じたことに気付かず、5人の無名歌手が登場したと思った)
 
それでCDを出したら9万枚も売れて本人もびっくりしたのである。その後CDの売上は毎回伸びてきている。前回15万枚だったので次のCDはプラチナ行く可能性もある。
 
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“川内みねか”のファンには、この“アイドルを演じる”というお遊びを楽しんでいる人と、ほんとに最近§§ミュージックが売り出した新人アイドル歌手と思っている人の両方が混じっていると思われる。
 
なお“川内みねか”と名前をかな書きにしたのは、川内峰花を“かわちみね・はな”と誤読されないためである。
 

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15時に117スタジオに集合する。スタジオに居たのは千里さんである。
 
「あれ〜、千里さんだ」
「おはよう、ヒヨリちゃん」
「あれ?醍醐先生を知ってるの?」
「うん。うちのバスケット部をよく指導してくれてるんだよ」
「へー。バスケットとかもするんだ?」
 
「ではみんなの演奏を聴こうか」
 
それで取り敢えず4曲通して演奏してみる。
 
千里さんは演奏の様子をじっと見ていたが、演奏が終わると、まず全体的な注意をした上で、ひとりひとりの演奏について、ここがどうとか、ここがどうとか、鋭い指摘をしてくる。日和も音の出出し(でだし)が一瞬遅れる点を指摘された。
 
でも川内部長にしても千里さんにしても、なんでこんなに多人数で演奏しているのを聴いてて、ひとりひとりについて注意できるの〜?凄いよと思った。
 
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しかし音が一瞬遅れるのは自分でも認識はしていた。が、このくらいいいかなと思っていた部分である。実は弦を移動した時に一瞬遅れていた。意識して遅れないようにしなくちゃと思った。
 
それで各自練習タイムを15分与えてもらう。それでまた合わせる。
 
この1回の修正だけで随分良くなった!
 
「着替える時間が無くなったら困るから先に衣裳配りますね」
と言って配られる。午前中は赤黄緑の線が入ったTシャツだったが、今度はオレンジ色の何かの花の模様が入っている。ボトムは黄色い膝丈スカートである。
 
「ペゴニアですか?」
と倭文ちゃんが訊いてる。
 
「そうらしい。よく分かるねー。私、花は苦手。サボテンを枯らしたことある」
と言うと爆笑となるが
「私、小学校の時私の朝顔だけ咲かなかった」
などと世梨奈さんが言ってる。ぼくのどうだったっけ?記憶無ーいと思う。
 
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着替えた後で2回通して練習し、16時になったので
「そろそろステージに行きましょう。進行係が焦ってるかも」
といって下に降りて行く。
 

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案の定、進行の腕章を付けた人と途中で遭遇し
「今呼びに行く所でした」
と言われた。
 
Aステージでは桜野レイア with ignis-ex が演奏している。あ、一昨日邦生さんのドラムに「セミプロは名乗れる」と言った人だと思った。ドラムスを打ちながら歌うって面白ーいと思った。
 
日和たちは朝と同じくBステージである。ステージの消毒作業が行われていた。それが終わると楽器が設置される。そして案内されるのでステージに入る。ケーブル類が接続され、ヴァイオリンにはピックアップが付けられる。やがてダンサーの子たちが入ってきた。そして川内みねかちゃんが入ってくる。
 
かっわいい!
 
写真で見る以上に可愛い。こんな子が§§ミュージックに居たのか。全然知らなかった。アクアと同じ頃からやってるというから20歳くらいなのかな。まだ充分女子高生で通る感じだ(←やはり川内部長と同じ人物であることに気付いてない)
 
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みねかちゃんは
「みなさん、よろしくお願いしまっす」
と可愛い声でバンドメンバーに挨拶し、お辞儀をした。すっごく可愛い。
 
(こういう可愛らしさがこの人は全て演技である!ベテランたけに可愛いアイドル歌手をコピーするのもうまい)
 

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16:30になるのと同時に邦生さんのドラムスが打たれ始め、前奏が始まる。そして、みねかちゃんの1曲目『秋空の下で約束』が始まる。
 
この人すっごい上手い!
 
と驚く。こんな可愛くて、こんなに歌が上手かったら、たくさん売れてもいいのになどと思う。
 
1曲歌ってからトークする。司会者を入れてないのは、たぶん経歴は長いから自分でMCができるからだろう。今歌った曲は8月31日にリリースする予定の曲ですと言う。客席から「買うよー」という声が返ってくる。
 
「売れてる人は、同じ事務所の他の歌手と発売日がぶつからないように発売するんですけど、私売れてないから、前回が舞音ちゃんと同じ日で今回はアクアと同じ日です」
とみねかちゃんが言うと、どっと笑い声がある。
 
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その後もしばらくトークするが、話の仕方がうまい。バックで待機している日和たちもつい笑ってしまったりする。そして気持ち良く2曲目に行く。ムーディーな1曲目に対して2曲目『夏色のアクアマリン』は夏らしくとても明るい歌である。ドラムスは1曲目はロックのリズムだったが2曲目はボサノバのリズムを刻んでいる。それに合わせて伴奏者も気持ち良く波に乗るように演奏し、みねかちゃんも豊かな声量で歌っていく。
 
3曲目アップテンポでディスコ調の『ハイウェイスター』を歌って4曲目の『秋風とお汁粉』はポップロックの曲である。日和たちは最後の伴奏になる。みねかちゃんは軽快な感じで歌っていく。この人は色々な歌い方の引出しを持っているなと思った。
 
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最後に3分くらいおしゃべりしてからステージ中央に置かれたグランドピアノの前に座る。そして最後の曲『好きだと言えない』を弾き語りする。このピアノがまた上手い!間奏では超絶技巧も見せて、曲の途中だが大きな拍手が起きていた。
 
そして終曲。
 
余韻を味わうように鍵盤の上に指を置いたままにし、やがて余韻が消えると立ち上がって客席に向かい深々と礼をした。大きな拍手に包まれた所でライトが消え放送時間が終了した。
 

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楽屋に戻る。
 
「ありがとうございました。これ謝礼です」
と言って、松原弓香マネージャーが日和・世梨奈・久美子・邦生に封筒を渡した。
 
「じゃ北陸組、送ってくね」
と千里さんが言っている。
 
「はい」
 
日和はヴァイオリンをケースごと萌花に渡すと
「じゃまた」
と言って、ステージ衣装のまま千里さんに付いていく。この時日和は車で熊谷まで行くのかなと思った、
 
が、千里さんが案内したのは小鳩シティの駐車場の片隅に駐まっているヘリコプターであった!!
 
「乗って乗って」
「これで熊谷まで移動するんですか?」
「いや氷見まで飛ぶよ」
「わっ」
 

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ヘリコプターは前の操縦席の横に長い席、後ろに独立席が4つ並んでいて、既に操縦席にはパイロットさん、その横の長い席に真珠さんが座っている。千里さんは後ろの座席に久美子・世梨奈・日和・邦生の順に座らせ、その後、真珠さんの横に座った。
 
「じゃ離陸しまーす」
と言ってヘリコプター (Ecureuil-2) は小鳩シティを飛び立った。
 
「あれ?明恵さんは?」
「明恵は一週間こちらに滞在して青葉さんの結婚式の準備」
と真珠さんは言う。
 
「へー」
 
「参加者が多分250人くらいではないかと思うけど、それで放送枠内でピタリと納めないといけないから、アナウンサーさんと一緒にシミュレーションとかリハーサルもしてみると言ってた」
 
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「大変そう」
 
真珠も残るつもりだったが、2人居ても仕方ないしというので、明恵だけ置いて真珠はいったん帰ることにしたらしい。
 

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ヘリコプターは順調に飛行する。
 
全員機内で衣裳から普段着に着替えたが、日和は東京に行く時に着ていた制服のズボンがなぜか“見当たらない”ので、仕方ないので普段着のスカートを穿いた。
 
ヘリコプターは1時間ほどで氷見飛行場に到着した。速いなと思う。
 
(Do228は巡航速度(Cruise speed) 315km/h, エキュレイユは 245km/h である。ちなみに航続距離(range)は Do228:1111km, Ecureuil:662km)
 
日和をここに連れてきた明恵さんは居ないが、真珠さんと邦生さんが日和を自宅まで送ってくれたので、日和が帰宅したのは19時すぎである。
 
「嘘!?もう帰宅したの?」
とお母さんが驚いていた。
 
「あんたは深夜か明日の朝だろうし、今夜はお父ちゃんと2人だけかと思ってカップ麺ですませるつもりだったのに」
「ぼくもカップ麺でいいよー」
と言って、日和は、緑のたぬきミニを取り出した。
 
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「そんなんで足りるの?伴奏疲れたでしょうに」
「ぼくあまり食べないから。向こうでも、出た食事、半分は萌花に食べてもらった」
「ほんとに少食だね!」
 

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翌日8月29日(月).
 
日和は朝から学校に行く準備をしていた。普段は前日のうちに準備しておくのだが、昨日はさすがに疲れていたので、夕食を食べたらすぐ寝て、今朝5時に起きたのである、
 
あれ〜。ぼくのズボンどこに行ったんだろう?
 
と考えている内に昨日こちらに戻って来るヘリの中で普段着に着替えようとしたら、制服のズボンが見当たらなかったことに思い至った。もしかして宿舎の部屋に忘れてきたのかなあと思い。萌花にメールしてみた。すぐには返事が無い。きっと昼くらいまで寝てる(向こうは学校は1日から)。
 
母に相談する。
「ぼく制服のズボン、東京に忘れてきちゃったみたい。今日どうしようか?」
 
すると母は言った。
「ズボンが無いのならスカート穿いてけばいいんじゃない?」
「え〜?」
「スカートでは寒くて風邪引くというのなら厚手のタイツとか履くといいですよと寺下先生も言ってたじゃん」
「そんなあ」
 
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「あんたもそろそろスカート登校に慣れたほうがいいと思うけどね」
「恥ずかしいよぉ」
「スカート穿いてるところ全国に曝しておいて今更だと思うけどなあ」
「昨日のって全国で放送されたんだっけ?」
「当然。クラスメイトもみんな見たと思うよ」
「きゃー、恥ずかしー!」
 
でも今日、ほんとにどうしよう?
 
 
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夏の日の想い出・止まれ進め(12)

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