広告:ヒーローの秘密-2-TSコミックス-今村-陽子
[携帯Top] [文字サイズ]

■春歩(3)

[*前p 0目次 #次p]
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 
前頁 次頁目次

↓ ↑ Bottom Top

「そういえば、歩夢ちゃんは、昨夜金沢に出て来たんだっけ?」
と千里さんは訊いた、
 
「今朝です」
「じゃどこにも寄らずに会場に来たんだ?」
「はい」
「折角出てきたら買物とかもすればいいのに」
「お金無いし」
「ま、女子中学生のお小遣いなんて、大した額じゃ無いよね」
 
と千里さんは言ったが、歩夢は何か恥ずかしそうにしている。“女子中学生”と言われて、恥ずかしがってるな、と真珠は思った。
 
「観光とかも無し?」
「金沢で観光ってどこですかね?」
「兼六園、21世紀美術館、県立美術館、四高記念文化交流館、尾山神社、金沢別院、長町の武家屋敷跡、老舗記念館、加賀友禅工房、ひがし茶屋街」
 
と千里さんが列挙するので、地元の人でもないのに凄いな、と真珠は思った。
 
↓ ↑ Bottom Top

「そのあたりは、小学校の修学旅行で行きました」
「なるほどー」
「他に金沢駅で新幹線を見ました」
「どこまで乗った?」
「見ただけですー」
「それは残念」
 
「乗ると高いし、県外に出ちゃうもんね」
と真珠が言う。
 
「そうなんですよ。小学校の修学旅行は県内と決められてるみたいです」
「なるほどねー」
「千里さんも道内だったでしょ?」
と真珠は訊く。
 
「そそ。小学校も中学校も修学旅行は道内だった」
と千里は答える。
 

↓ ↑ Bottom Top

「あ。北海道のご出身ですか」
「うん。留萌(るもい)という所」
「ニシンのたくさん穫れる所ですね」
「昔はよく穫れてたけど、地球温暖化か何かで、ニシンさんもスケソウダラさんも北上してロシア領域で泳ぐようになって、漁船はあらかた廃業したんだよ」
「あらー」
 
千里さんは唐突に言った。
「一言主(ひとことぬし)神社、行ったことある?」
「いえ。それは知りません」
「まこちゃんは知ってる?」
「・・・・・はい。大学に入ってすぐの頃に、地元の子に教えてもらいました」
「行った?」
「はい。兄と一緒に」
 
千里さんは微笑んでいる。
 
「じゃ、ちょっと行ってみようか。この近くなんだよ」
「へー」
 
真珠はちょっと首を傾げたが、千里さんに付いて行った。
 
↓ ↑ Bottom Top


それで3人はショッピングプラザを出ると、一言主神社に向かった。
 
「ここの神様はね。ひとつだけ願いを聞いてくれるんだよ」
「へー!」
「まこちゃんは、ここに来た時、何か願った?」
「はい」
 
「叶った?」
「すぐ叶ったんで、びっくりしました」
「良かったね」
「お兄さんは?」
「叶ったみたいです」
「良かった良かった」
 
「歩夢ちゃんも、神社に辿り着くまでに何を願うか考えておくといいよ」
「はい」
 
彼女が思い詰めるような顔をしているので、真珠は彼女が何を願おうとしているか、想像が付いた。多分3年前に自分が願ったのと同じことだ。
 

↓ ↑ Bottom Top

やがて神社に辿り着く。
 
拝殿前で二拝二拍一拝でお参りする。
 
お参りをした後で、真珠は自分のスマホ(Aquos)で社殿とか狛犬とかを撮影していた。
 
社務所で願い事の紙を買う。
 
1枚1000円もする!
 
でもこんなに高かったら本当に効くかも、と歩夢は思った。
 
歩夢は紙に『女の子になりたい/S市・川口歩夢』と書いた。
 
「ここでは神様に何か奉納しないといけないんだよ。歌とか舞とか」
「私フルート好きなんですけど、持って来てない」
と歩夢が言うと
「私のを貸すよ」
と言って、千里さんはバッグの中からケースに入ったフルートを取り出す。
 
「いつも持っておられるんですか!」
と歩夢が驚く。
 
「フルートと龍笛はいつも持ってるよ」
「すごーい」
 
↓ ↑ Bottom Top

千里さんは、フルートを組み立て、歌口をアルコールウエットで丁寧に拭いてから渡してくれた。
 
「お借りします」
 

↓ ↑ Bottom Top

それで、歩夢はフルートを構え、拝殿前で(通称)テクラ・バダジェフスカ (Tekla Bądarzewska 1834?1838?-1861) の『乙女の祈り (Modlitwa dziewicy) (*4)』を吹いた。
 
真珠は千里さんと一緒に静かにそれを見守った。演奏が終わり、歩夢が拝殿に向かって一礼した後、2人は拍手し、真珠は
 
「そのまま、もう一度吹いて」
と言って、真珠は今度は彼女が演奏している所をスマホで撮影した。
 
(*4) フランス語のタイトルは La prière d'une vierge. prièreは祈る人、viergeは英語ならvirginで“乙女”。『乙女の祈り』は忠実な訳だと思う。
 
一般にピアノ曲と考えられているが、ヴァイオリンやフルートでも演奏できると思う。オルゴールにもよく組み込まれている。筆者が子供の頃、家にピアノ型のオルゴールで、ふたを開けるとこのメロディーが流れるものがあった。大人になってから、似たようなものを探すが、ピアノ型オルゴールはあっても、鍵盤のふたがスイッチになっているものは一度も見たことが無い。
 
↓ ↑ Bottom Top

この曲は日本では大人気曲であるが、本国ポーランドではこの曲も作曲家自身も忘れられていた。近年、日本に来たポーランド人がこの曲を知り、そこから本国でも再評価されたらしい。
 
なお“バダジェフスカ”は、a-ogonek(ą)のオゴネク(鼻母音化を表す)を略して a と書いた Badarzewska を読んだもので、本来彼女の苗字は Bądarzewska “ボンダジェフスカ”である。
 

↓ ↑ Bottom Top

歩夢はフルートの歌口を自分のアルコールウェットで丁寧に拭き
「ありがとうございました」
と言って、千里さんに返した。
 
「でも総銀フルート、いいですねー」
「今使ってるのは洋銀?」
「そうなんです。白銅フルートは1年で使い倒しました」
「フルートとは相性がいいみたいだね」
「はい。好きです」
 
「東京あたりの音大に行く?」
「さすがに、そこまでの腕は無いですー」
「そうかな。高校3年まで5年間鍛えるといいと思うけど」
「お稽古代が・・・」
「確かにそれは掛かる」
 
「真珠さんは、何を奉納したんですか?」
「ギターを持って来てたから、兄と交替で伴奏してもうひとりが歌うというので、私はPerfumeの『願い』を歌った。兄は『妖怪体操第一』を歌った」
 
↓ ↑ Bottom Top

「お兄さんは楽しい人だ」
 
(実は金剛の願い事には『妖怪体操第一』がひじょうに適切であった:後述)
 

↓ ↑ Bottom Top

「でも、まこちゃんをモデルにした撮影もするといいよ」
と千里さんは言った。
 
真珠は少し考えた。
 
「それがいいかも。でも何を奉納しよう」
「真珠ちゃにはこれを」
と言って、千里さんは、物凄く良さそうな横笛を出す。千里さんがアルコールウェットで歌口を拭く。
 
「龍笛ですか?」
「そそ」
「でも私、横笛(よこぶえ)(*5)は吹けませーん」
「なーに、吹いてるふりしておいて、後で吹ける人に当ててもらえばいいよ」
「そうですね!」
 
それで真珠は自分のスマホを歩夢に渡して!撮影を頼み(*6)、その笛を横に構えるが、手が左右逆だと指摘されて慌てて直す。でもその後は、さも吹いているかのように息を吹き込む真似をしながら指を動かした。そして終わると拝殿に向かって深くお辞儀をした。
 
↓ ↑ Bottom Top

千里さんが拍手をしてくれる。
「アルルの女のメヌエットだ」
「よく分かりますね!」
「指使いを見てたらそうだと思った」
「リコーダー吹く感じで指を動かしたんです」
「それで後で合わせやすくなったと思う」
 
(*5)“横笛”という文字は“よこぶえ”と読めば、横に構えて吹く笛一般の意味、“おうてき”と読めば、龍笛の別名。
 
(*6) 千里がカメラ音痴なのは、真珠も熟知している!
 

↓ ↑ Bottom Top

その後、願い事を入れる箱の所に行くのだが・・・・
 
「なんであんな高い所にあるの〜?」
 
石で出来た、天狗様の像があり、箱はその天狗様が頭上に掲げている。高さは3mくらいあるようだ。
 
「投げ入れることができれば叶うということかな」
「そんなぁ」
 
「普通の女子の力では大変だよね。届く子はバスケに勧誘したい。あれはちょうどバスケのゴールの高さだよ。但し紙は空気抵抗を受けるからボールより難しい」
「ああ」
 
「でもどうしよう」
と歩夢は半分泣き顔である。
 
「歩夢ちゃん、肩車してあげるよ」
と言って、千里は箱の前に天狗様に手を掛けてしゃがんだ。
 
「私の肩の上に足を置いて立って」
「はい」
 

↓ ↑ Bottom Top

それで、歩夢は靴を脱ぎ、千里の両肩の上に足を置いて天狗様に掴まるようにして立った。
 
「ゆっくり揚げるからバランス崩さないようにね」
「はい」
 
それで千里さんがゆっくりと立ち上がる。
 
「あ、届く」
と言って歩夢は紙を箱の中に投入した。
 
「降ろすよ」
「はい」
 
千里さんはゆっくりとしゃがむ。
 
ところが歩夢は途中でバランスを崩してしまった。
 

↓ ↑ Bottom Top

「きゃっ」
と声を挙げるが、千里さんは彼女をしっかり抱き留めた。そしてゆっくりと下に降ろしてあげた。
 
「ありがとうございます」
「投入して安心したところで気が抜けたね」
と真珠が言う。
 
「すみませーん」
「家に帰るまでが遠足ってやつですよね」
と真珠が言う。
 
「山登りをした人が下山中に事故で亡くなったりするのも同じだね」
「最後まで気を抜いちゃいけないんですね」
「そうだよ」
 
「真珠さんはどうしたんですか?」
「私もお兄ちゃんに肩車してもらった」
「なるほど」
 
「兄ちゃんは自力で放り込んだ」
「やはり男の人だと普通にできるのかなあ」
「2度失敗して3度目に入った」
「あはは。でも願い事は叶ったんですか?」
「うん」
「だったら再挑戦してもいいんですね」
「優しいよね」
 
↓ ↑ Bottom Top

真珠はその箱を持つ天狗様をスマホで撮影していた。更に、千里さんに真珠も肩車をしてもらって、箱の中に願い事の紙を投げ入れるような動作をするのを、歩夢に撮影してもらった。
 

↓ ↑ Bottom Top

「でも助かりました」
と歩夢があらためて礼を言う。
 
「これで願いごと叶うかな」
 
真珠は確信を持って言った。
 
「きっと1〜2ヶ月の内には叶うよ」
「ほんとですか!?」
 
神社を出るが、真珠は左右の狛犬さん、拝殿の遠景と、入口の鳥居も撮影していた。
 

↓ ↑ Bottom Top

↓ ↑ Bottom Top

前頁 次頁目次

[*前p 0目次 #次p]
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 
春歩(3)

広告:エキストラ-桜沢ゆう-ebook