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■夏の日の想い出・Long Long Ago(18)

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「じゃ離陸許可が出たら出発ね」
 
向かい合う4席の内、前向きの席に久美子と吉田が座り、美津穂は久美子に向かい合う席に座った。離陸許可はすぐ出た。何しろ定期便は1日に東京と2往復だけだから、たいてい空いている(その他に中国とのチャーター便がほぼ毎日飛んでいたが、コロナでかなり減便していると思う)。
 
「そういえば、くにちゃん、トランペットは吹けたよね?」
と美津穂が離陸した後で、尋ねる。
 
「吹けることは吹けるけど」
 
高校時代の合唱軽音部では、基本的にはチューバとドラムスの担当だったが、編成によってはトランペットも吹いていた。
 
「うん。確か吹いてる所見た記憶あったから。まあホルン吹ける人なら多分トランペットも吹けるだろうと思ったしね」
 
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ホルンは・・・吹いたことない!
 
しかしそれではどっちみち“楽器を持ってくる”ことはできなかった。高校時代に使っていた楽器は、チューバもドラムスも学校のだったし、トランペットは呉羽ヒロミのを借りて吹いていた。自分で所有していたのはマウスピースだけだ。あと自分の楽器ってギターくらいしか持ってない。
 
「そんなんでいいの〜?トランペット吹きなんて、いくらでも東京にプロがいるだろうに」
 
「25歳以下で、2ヶ月、場合によっては3ヶ月その作業に専念できる人が欲しかったのよね」
 
「3ヶ月〜!?」
「その間、銀行からこちらに長期出張ということで銀行側とは話が付いてるはず」
 
銀行とは話が付いてるって、自分は聞いてない!!
 
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3ヶ月もアパート留守にしたら、電気とか電話止められないだろうか?と少し不安になったが、真珠に電話して処理してもらえばいいかと思った。真珠と(H銀行の)峰代が、吉田のアパートの部屋の合鍵を持っている。
 
勝手に私物も置いてるし!
帰宅すると、勝手に寝てたりするし!
 
それより空港に3ヶ月もバイク置いてたら、放置車両として処分されてたりして!?
 
「他に制作過程をあまり知られたくない。というか、ちょっと事情があって、伴奏者のメンツを知られたくないから(*17)“身内”で確保したかったのよ」
と美津穂は言う。
 
なるほど“身内”ということなら分かる。§§ミュージックには、青葉、美津穂、谷口翼、が関わっている。それなら自分は充分身内になるのだろう。
 
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(*17) “上島の娘”花咲鈴美(母は元歌手の花村かほり:本名花崎アユミ)がワンティスのトリビュートアルバムに参加していると知れると騒ぎになるし、せっかく今うまく行っている上島と春風アルトの夫婦仲にも影響するので、鈴美・上島の双方が「そういう騒ぎは回避したい」と言い、伴奏者は明確にしないことになった。
 
鈴美(と、もうひとりの娘である木原扇歌)が伴奏者として参加したことを(鈴美との電話で)知った上島雷太は仰天した。上島はコスモスに電話し、ふたりの親子関係のことは公表しないようにして欲しいと要請した。
 
「でもお父ちゃんが女装したら、扇歌の顔になるよね」
などと鈴美は言っていた。鈴美は母親似なので、鈴美と扇歌が姉妹であることは気付かない人が多い。
 
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「・・・僕は女装しないけど」
「私、お父ちゃんの女装写真、雨宮さんからもらったよ。扇歌とほんとによく似ててキキョウ(*18)と2人で大笑いした」
 
「雨宮〜〜〜!?」
 
花咲鈴美はむしろ制作中、ディレクター役の花咲ロンドと親しくなり、
 
「君は私の妹みたいだ。苗字も同じだし」
「お姉さんと呼んでいいですか?」
などとやっていた。ふたりが姉妹と聞いて信じてしまう人まであった!
 
(*18) 福井貴京:本当はタカミと読むが、友人たちはみんキキョウと呼ぶ。福井新一と上島雷太の娘。現在中学3年。石川県輪島市在住。
 

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熊谷に向かうホンダジェットの機内で、吉田は
「スーツなんて堅苦しいから脱ぎなよ」
と美津穂に言われてスーツを脱ぎ、ネクタイも外してワイシャツ姿になった。
 
お昼御飯にお弁当を渡されたので機内で食べた。
 
一行は1時間弱のフライトで熊谷市の郷愁飛行場に着陸した。能登空港も山の上の空港で、初めてあそこに来る人は結構恐い感じがするらしいが、この郷愁飛行場は、山の尾根に沿って作られており、能登空港より恐かった。
 
しかしこんな所に空港ができていたのかと吉田は驚いた。
 
そこから美津穂が運転する車で、足立区の§§ミュージック研修所に到着したのが15時頃だった。門を入って左手のほうには真新しい5階建ての建物があるが、吉田たちは正面にある8階建ての建物に入る。入口にPalais de la merという文字板が張られていて、つい「パライス・デ・ラ・マー?」と読んだら、美津穂が「パレ・ドゥ・ラ・メールと読もうか」と言った。フランス語か!
 
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Palais de la mer は、海の宮殿という意味で、つまり龍宮城である!タイやヒラメが歌い舞い踊るのである。命名者は、海浜ひまわり!
 

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入口の所に警備室があり、女性の守衛さんがガラスの向こうに座っていた。ゲートもあるし、その前に検温機もある。検温器の前に立つと緑のランプが点灯する。「表面体温正常」と表示される(体温が高いと警報がなるらしい)。手をアルコール消毒する(手を出すだけで噴霧される)。
 
「こちら1Xプロジェクトの演奏者です。本日中にIDカードも作ります」
と美津穂が警備員さんに言うと、警備員さんが誰かを呼ぶ。白衣を着た看護婦さんが出て来て、鼻汁を取られる。コロナ検査キットに掛けているようだ。それで10分待ってくれと言われて応接室で待たされた。
 
その間に警備員さんが吉田と久美子の写真撮影をし、身分証明書(運転免許証)を確認の上、訪問者Fと書かれたidカードを2枚渡してくれた。
 
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「このidカードはポケットとかバッグに入れておくだけでゲートを通過できるから」
と美津穂が言う。
 
それでカードは取り敢えずバッグに入れた。Fってフリー(free)か何かかなと吉田は思った。しかしかなり厳重なようだ。やはりこういう所は関係者のふりして潜入しようとする奴がいるんだろう。
 
やがて検査結果が出て「陰性です。どうぞ中にお入りください」と言われた。
 
IDカードはバッグに入れたままだが、それでゲートは開いた。美津穂に付いて階段で地下に降りて行く。B11と書かれたスタジオに入る。
 
§§ミュージックの歌手・花咲ロンドがいて、吉田たちを歓迎してくれた。
 
今回のプロジェクトは山下ルンバと花咲ロンドが中心になって進めるらしい。
 
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B11のスタジオには後2人女性が居た。そのひとりと久美子は知り合いのようで手を振り合っている。
 
「おはよう、真知子ちゃん」
「おはよう、くーみん」
 
あ、そうか。芸能界は何時に会っても、その日最初に会った時は「おはよう」になるんだったと思い起こす。吉田も
「おはようございます」
と挨拶した。
 
「くーみんも、このプロジェクトに参加するんだ?」
「うん。でも真知子ちゃんが参加するなら、私みたいな素人は逃げ出したくなる」
「そんな大したもんでもないけど。アスカ先生なんかとは違うし」
 
“あすか”って、鶴野明日香のことではないみたいだなと思って吉田は聞いていた。
 
「そうだ。紹介するね。これ、高校の合唱軽音部の時のバンドメイトで、吉田邦生(よしだくにお)ちゃん。年は1つ上で、大宮万葉と同学年」
 
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「吉田です。よろしくお願いします」
「こちらヴァイオリニストの鈴木真知子ちゃん。すっごく上手いんだよ」
「鈴木真知子です。よろしくお願いします」
 
あ、そうだ。芸能界では“ちゃん”が普通の敬称だ、というのも思い起こす。
 
「でも“くにお”ってまるで男の人みたいな名前ね」
 
えっと、僕、男なんだけど。ついでに名前は“ほうせい”なんだけど。
 
「こういう字を書くのよ」
と言って、久美子はスマホのメモ帳アプリを開き、“邦生”と書いてみせた。
「ああ、その“くにお”か。了解」
 
なお、もうひとりいた女性は大崎志乃舞さんと言って、§§ミュージックのタレントさんらしい。ΨΨテレビの『3×3大作戦』という番組にレギュラー出演していると久美子が説明したが、その番組は見たこと無かった。
 
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「自己紹介が終わったようなので、今回の制作体制について説明しますね」
と花咲ロンドは言った。
 
演奏者はあと数人いるらしいが、合流するのは少し後になるということだった。一応ここにいるメンバーの担当楽器が確認される。
 
鈴木真知子・大崎志乃舞:ヴァイオリン
日高久美子:アルサトックス
吉田邦生:トランペット(曲によってはトロンボーン・ホルン)
上野美津穂:クラリネット
 
「基本的には感染防止のため、各演奏者は各々個室スタジオに入って演奏します。それをここのスタジオの調整室でまとめあげます。ただ微妙なタイミングの問題があるので、ギター・ベース・キーボード・ドラムスは一緒に演奏します。これらの楽器は息を使わないから、比較的感染確率が低いので」
とロンドは言った。
 
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ロンドはホワイトボードに書いて説明した。
 
(1) Gt/B/KB/Dr で演奏確定
 
(2) それにSax, Tp(Tb/Horn), Fl(Pic), Cla, Vn(Fiddle), Vc, Vib(Mar) などを乗せる(個別録音。各々1の音源を聴きながら演奏)。必ず入るのはヴァイオリン、アルトサックスとトランペット。但し
 
ヴァイオリンは曲によってはフィドル。
サックスは曲によってはウィンドシンセ。
ペットは曲によってはトロンボーンやホルン。
のこともある、と説明された。
 
他の楽器は曲によって入ったり入らなかったりする。
 
(3) アクアの歌を乗せる(1+2の音源を聴きながら歌う)
 
(4) コーラスや一部の付加楽器(チャイムやタンバリンの類い)を乗せる
 
吉田は「フィドルってどんな楽器だっけ?」と思いながら聞いていた。今ここに居るのは、(クラリネット担当の美津穂以外は)2の過程の固定演奏者ということになるようだ。“あと数人”というのが、フルート/ピッコロ、チェロ、ヴィブラホン/マリンバ、などなのだろう。
 
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「ギター・ベース・キーボード・ドラムスの人たちは自分たちのパートの演奏が完成したら、すぐ次の曲に移ります。ですから4つの過程が流れ作業で作られていく訳です」
 
「工場みたいなやり方ですね」
 
「今回のトリビュートアルバムは、既に完成しているワンティスのアルバムのスコアに忠実に沿って演奏する必要があります。それでスコアが固まっているから、こういうことができるんですよ。普通なら全てのパートを録音してから検討して試行錯誤をするから、1つの曲ができるまで半月かかるんですけどね。それだと24曲のアルバム制作に1年掛かる。実際20年前のワンティスは1年がかりで制作していたんですよ」
 
「それが高岡さんの事故死で発売できなくなっちゃったのよね〜。制作費は1億以上かかっていたのに」
と美津穂が補足する。
 
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「その後、ワンティスは活動停止になって、その間に1年掛かりで制作した音源が行方不明になってたんだけど、それが唐突に出て来たんで、発売することになったんですよ。でも20年前のバンドのアルバムを今更発売したって誰も買わない。だからトリビュートアルバムを作って一緒に発売することにしたんです」
とロンドは今回の制作の意義を説明した。
 
「まあアクアが歌えばたくさん売れるよね」
と美津穂かが言う。
 
確かにアクアが歌えば中身は何だろうと売れるだろうな。
 

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「それでスコアが定まってて、その通りに演奏する必要があるというのがミソか」
「それならMIDIでいいじゃんと思うかも知れないけど、うちのプロダクションは、原則として打ち込み音源は商用作品には使わないので」
 
「私も打ち込みはあまり好きじゃない。最近増えてるボカロもあの音痴加減が我慢ならない」
と鈴木真知子が言っている。
 
ごめんなさい。打ち込み・ボカロ曲好きです、と吉田は思ったが、さすがに言えない。
 
「それにそもそも今回20歳前後の演奏者で構成したのは、“上手さ”より“若さ”を取りたかったからなんですよ。“上手さ”を取るなら、ワンティスが自分で演奏しても良かったんです」
とロンド。
 
「なるほどー」
「だから今回はスコアに正確であれば、多少の技術の低さには目を瞑りますので」
とロンドが言ったので、吉田は気が楽になった。
 
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その日は当面制作予定の曲2曲のスコアを渡された。吉田が高校時代には学校の備品の楽器で演奏していたので自己所有していなかったと言うと、ロンドはすぐ手配して今日中には渡すと言い、どこかに電話を掛けていた。
 
「個別に勧誘する時にも伝えているはずですが、今回はアクア以外の演奏者は秘密にしたいというのがあるので、皆さん、アクアの伴奏をしたことは他の人には言わないようにお願いします。また誰が演奏者のメンツに居たかも他人には話さないようにお願いします。むろんSNSに書いたりしてもいけません」
 
と花咲ロンドが言う。
 
そんな話は聞いてない!でも仕事上知り得たことを他で言わないのは当然だと吉田は思った。
 

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夏の日の想い出・Long Long Ago(18)

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