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■春動(16)

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「ちょっと来て」
と言うので、ふたりとも明恵に付いていく。
 
「あ、子供が!」
 
アイドリングしている軽自動車の中に2〜3歳くらいの子供が居て泣いているのである。
 
「この車両は・・・」
「ロックされてる」
「初海ちゃん、警備員さん呼んできて」
「うん」
 
それで初海が警備員を呼びにお店の方に走っていく。一方明恵は子供を励ます。明恵が声を掛けたので子供は泣き止んだが、不安そうな顔をしている。
 
やがて警備員が駆け付けてくる。電話連絡して館内放送したようだ。店では車の鍵を開けられる専門家も呼んだようである。
 
吉沢さんは局から応援を呼び、ひとりにはイベントを取材したビデオを渡す。ひとりは報道用に(子供を怯えさせないようなアングルから)撮影した。
 
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子供は明恵と初海、それに来てくれた女性の警備員さんとで励まし続けた。明恵はずっと童謡を歌ってあげていた。
 

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結局車の持ち主が来る前に専門家が到着し、金具を隙間に差しこんで窓を下げることに成功。子供を救出した(女性の警備員さんが抱えて引き出した)。
「念のため病院に運ぼう」
 
それで子供を病院に運び、警察も来て車の持ち主を照会したりしている内にやっと車の持ち主の女性が来た。持ち主は警官まで居るのでギョッとしたようである。
 
「すみません。子供は?」
と青ざめた顔で尋ねる。
 
「大丈夫そうには見えたけど、念のため病院に運んだよ」
と警官。
 
「ありがとうございます!自分の車を見付けきれなくなって。本棟側に駐めてた気がしたのですが、どうしても見付からないから、カーマの方にも行ってて、それでも見付からないから、今こちらに来た所で。こちらに駐めた記憶が無いのですが」
 
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「車が勝手に移動する訳無いでしょ?それよりそもそも子供を残して車から離れちゃいかんでしょ?これ夏なら死んでるかも知れないよ」
 
「済みません、済みません」
と母親は泣きそうな顔である。
 
結局警官も付き添って病院に行く。それで子供が無事だったので、子供を抱きしめて泣いて「ごめんね、ごめんね」と言っていたという(応援で来た杉田さんが付いていったので、後でそちらから聞いた)。母親は警察から、たっぷり搾られたようである。
 
吉沢は、漆野報道部長とも電話で話し合った。それで、子供が無事だったこともあり、この件は報道しないことを決めた。
 
「しかしお店の駐車場に沢口さんを常備していたら、子供の車内放置死は防げるな」
「たまたま気付いただけです。こういうの体調にもよるし、やはり普通に警備員さんが巡回したほうがいいと思いますよ」
と明恵は言った。
 
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そんな子供の命に関わるような作業、日常的にしていたら、身が持たない!
 
それで結局3時間近く閉じ込めがあった車のそばに居て、やっと自分たちの車の所に戻ったのだが、
 
「あれ?車がロックされてなかった」
「ああ」
「ごめーん。駆け付ける時にロックし忘れてたみたい」
「乗り逃げされなくて良かったですね」
 

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翌日(1/13 Thu)夕方、『霊界探訪』編集局に幸花、そして明恵・真珠・初海の3人が集まっていた。
 
「くにちゃんとは上手くいってる?」
と初海が真珠に訊く。
 
「もちろん、もちろん。ぼく、大学出ても就職先見付からなかったら、くにちゃんと結婚しちゃおうかなあ」
「いいんじゃないの?それでどちらが奧さんなの?」
「そりゃ、くにちゃんが奧さんに決まってる。ぼく、料理あまりできないし」
「なるほどねー」
 
明恵は、この2人って、異性愛なのだろうか?男性同性愛なのだろうか?それとも女性同性愛なのだろうか?と疑問を感じた。戸籍上は男女だけど、心は2人とも男の子っぽい。でも邦生に男性機能があるようにはとても思えないから、もしかして2人はレスビアンセックスしている??
 
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「ところでさ、次の『霊界探訪』のネタ無い?」
と幸花が訊くと
 
「それなんですけど、『動く人形の怪』とかはどうですか?」
と初海が言った。
 
「へー」
 
「昨日の事件の駐車場で、吉沢さんが『こんな所に駐めた記憶がないけど、車が勝手に移動する訳無いし』と言ってたし、あの母親も『ここに駐めた記憶が無い』と言って警官から『車が勝手に移動する訳無い』と言われてたじゃん」
と初海は明恵に言う。
 
その事件を幸花は知らなかったので、明恵がかいつまんで説明した。
 
「確かに車が見付からなくて、勝手に移動したりしてないよなと思うことあるよ」
と幸花も言っている。
 
「複数で来てて、車でお留守番してた人が、待っている間にひとりでどこか行ってきて、戻った時に別の場所に駐めてるというのはあるけどね」
 
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「そういう時はたいていメールくれてますよね」
「でもそのメールに気付かないで前の場所で必死に探しているというのはある」
 
「車がさすがにひとりで勝手に動くのはナイトライダーとかでもない限り無いだろうけど、その手の話はわりとあるかもね」
 
「あるいは一種の乗り逃げだけど、ロックしてない車を誰かが勝手に移動したという可能性は無いこともない」
「かっこいい車とかだと運転してみたくなる人はいるかも」
「まあ昨日みたいなミラとかアクアではあり得ない」
「いや高い車は恐れ多いけど、安い車だと罪悪感が小さい可能性も」
「パチンコ屋の傘立てでは安い傘が盗られやすいという論理だな」
 
「でも確かに車がたくさん並んでるのって、人形がたくさん並んでるのと似た状況だよね!」
「でしょ?北陸寺社探訪でW神社に行った時も、夜中に人形が動くって話あったし」
 
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それ言ったの初海じゃん!
 
「でも実際問題として人形が動いたりするもんなの?」
「位置が変わってる気がするというのは、よく言われるね。でもたいていは気のせいだと思う」
「やはり記憶の混乱だよね」
「そうだと思うよ」
 
「それって逆に、見てる人が不安がらないようにする仕組みが作れたらいいね」
「それは妖怪足つかみの解決の仕方と似ている気がする」
「確かに確かに」
 

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4人でそんなことを話していたら、神谷内さんが入ってきた。
 
「ねえ、君たち、次の『霊界探訪』のネタ何か無い?」
というので、幸花は今話していた「動く人形」の話と、先日から何度か話していた「白いセダン」の話をした。
 
「白いセダンはスピード超過のワゴン車事件や脇道から飛び出す車に似てるね」
「でも話が曖昧すぎるんですよ」
「そうすると、動く人形の方が有望か」
「解決策が見付かればですが」
 
「ところで川上さんは、いつこちらに戻ってくるの?」
 
青葉が10月末からずっと東京方面に行っているため、結構な支障が起きているのである。
 
「北島康介杯が1月20日から23日まであるので、その後、24日に津幡組の他のメンバーと一緒にこちらに戻ると聞いてます」
 
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「1月24日かぁ。事件にひととおりの結論を出してから番組としてまとめる必要があるから、半月程度で解決する必要があるなあ」
「結構厳しいですよね」
「じゃ24日に川上さんが戻って来たら、すぐこちらに顔を出してもらおう。次の大会は?」
 
「3月2日の“国際大会日本代表選手選考会”です。福岡で5月に開催される、世界水泳の代表選手を決める大会なので超重要な大会です。たぶん2月中旬くらいに熊谷に移動して、向こうで調整するのではないかと」
 
「だったら本当に時間無いじゃん!」
「練習も忙しいだろうけど、何とか時間を取ってもらいたいですよね」
 

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とにかくドイルが戻るまでの間に、他のメンバーでまとめられるだけの情報をまとめることにする。
 
W神社、S市の西洋人形美術館にも再度お伺いし、今度は『北陸霊界探訪』の取材であることを言った上で、再度取材させて頂いた。W神社の宮司さんも「ああ、金沢ドイルさんの番組ですか。あの人凄いですね」と言って、協力してくれた。ついでに色々“怪しい”話もしてくれた。
 
実は神社でも手に負えない人形があって、慈眼芳子さんに処理してもらったことがあったことも話してくれた。これも番組内で(たぶん)放送することになる。
 
また金沢周辺の大型駐車場を持つ遊園地・寺社・ショッピングモールなどで、各々許可をもらって撮影した。またネットで、この手の情報を募集したら「車が勝手に動いたとしか思えない」という話がいくつも飛び込んで来た。3人ほど取材に応じてくれたので、顔を映さない・音声は変形するという条件で取材させてもらった。
 
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また、自分ちの盆栽が時々位置を変えている気がするという人もあり、訪問したら盆栽が1000個くらい並んでいて壮観だった(これを自慢するのが目的だったりして!?)。
 

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その日、邦生のマンションに女子行員が12人も来ていた。頼恵ちゃんの誕生パーティーということだった。でもこの人数で会話しながら飲食するのは禁止なので、マンションの3つの部屋に分かれて、彼女たちは会食していた。それで給仕係?の邦生と真珠は大変だった。
 
夜10時頃、パーティーはお開きとなり、みんな各々の部屋で適当に布団を敷いて寝てしまう。どう考えても人数に比べて布団の数が足りないと思ったが、何とかするのかも知れない。でもきっと朝には布団の取り合いになってる。コロナじゃなくても普通の風邪を引かなきゃいいけど、と邦生は思った。
 
「疲れたねー。ぼくたちも寝よう」
と真珠。
「お風呂入らなくていい?」
「明日の朝入る」
「それでもいいかもねー」
と言って、邦生と真珠はリビングの隅に自分たちの布団を敷いて寝る。
 
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キスを交わしてから
「おやすみー」
と言って寝た。
 
“しよう”と言われたら、俺体力あるかなあと少し不安だったのだが、真珠も疲れたようである。
 

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でも夜中ふと目が覚めたら、真珠が自分の上に乗っている!?
「まこ!?」
「寝てて、寝てて。ぼくが勝手にしてるから」
 
“してる”というか“入れられてる”!でも眠たいからいいやと思った。
 
「じゃ寝てるー」
と言って、邦生は(疲れているので)真珠にされながら寝ていた。
 
邦生は眠りに落ちて行きながら「俺妊娠しないよな?」と不安になった。
 

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邦生と真珠は病院に来ていた。
 
「おめでとうございます。妊娠3ヶ月ですよ」
「わあ、凄い。くーにん、元気な赤ちゃん産んでね」
と真珠が言っていた。
 
え?やはり俺が産むの!?
 
ふたりは市役所に来ていた。
 
「おめでとうございます。妊娠中はふたりで協力して、無理しないようにしてね」
と窓口の担当保健婦さんは言っていた。それで邦生は「お母さんの氏名:吉田邦生」と名前が入った母子手帳をもらった。
 
ふたりは車屋さんに来ていた。
「くーにん、妊娠中はバイクは危険だから、通勤には四輪を使おう」
と真珠が言い、邦生はピンクのスズキ・スペーシアの前に立っていた。
 
俺がこんな可愛い車に乗るの!?
 
「くーにんの妊娠中、Ninja1000はぼくが使っていい?」
「まあいいけど」
 
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「くーにんはこれ着けてね」
と言われて、邦生は大きくなりかけたお腹に、腹帯を巻いた。
 
「鼓動聞こえるかなあ?」
などと言って、真珠が邦生のお腹に耳を付けていた。
 

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そこで目が覚めた!
 
「夢か!良かったぁ!」
と思う。
 
邦生は思わずお腹に手をやり、妊娠してるような兆候は無いことを確認した。
 
リビングに敷いた布団の中で、真珠は邦生の隣で幸せそうな顔で寝ていた。
 
自分が“入れられた”のは、夢なのか現実なのか、判然としない。取り敢えず邦生はトイレに行ったが少し“痛い”ので、やはり入れられたようだ。ほんとに俺妊娠しないよね?と不安がよぎる。トイレを出て再度真珠の隣に潜り込み、寝ている真珠の唇にキスしてから一眠りした。
 
ちなみにこの夜このマンションに泊まっていった邦生の同僚女子は12人ではなく6人である。集まったのは8人だったが、近い所に住む女子2人を峰代がタクシーに乗せて帰した。また料理を作ったり配膳するのはみんなで協力してやっていた。
 
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峰代はコロナ対策の自主規制として、集まるのは最大9人、泊まるのは最大(邦生と真珠以外に)6人まで(1部屋に2人ずつ)としている。6人というのは3つの部屋に各々距離を置いて布団を敷いて寝られる人数である(距離を置いた上で、頭の向きは逆にする)。
 
(一応布団は各部屋の押し入れに3組ずつ入っているが当面2個までしか使わない)
 

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1月18日(火).
 
職場で広紀が悩んでいるようなので、歩が声を掛けると
「仕事が終わった後で相談に乗って」
ということだった。それで夕方仕事が終わった後、歩のRX-8に一緒に乗って会社を出る(広紀のトコットは会社に置去り:つまり明日の朝はRX-8で一緒に出勤する)。
 
「実は生理が来ないなあと思って」
「へ?」
「女の子の身体になっちゃった後、ちょうど14日目の11月23日(火)に最初の生理が来たんだよね」
 
と広紀はダイアリーを見ながら言う。
 
「その27日後の12月20日(月)に2度目の生理が来た。だからその27日後の1月16日(日)に3度目の生理が来て良さそうなんだけど、今日(1/18)になってもまだ来ないんだよ」
 
「生理が乱れてるだけじゃない?ぼくなんて乱れすぎてて、訳が分からない感じ。15日で来たり90日くらい来なかったり。PMSとかは?」
 
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「ここの所、ずっと体調悪い。何度か吐いたりもした。だからそれがPMSかと思ってたんだけど、その状態が続きすぎてるんだよね」
 
「単に消化不良だったりして」
 
「何か最近変な物食べたかなあとも考えてみたけど、心当たりはない。もちろんコロナじゃない。簡易検査キットで週2回検査されてるけど、昨日の検査でも陰性だった」
 
「うーん・・・・。体調が悪いのが続いてて、吐いたりして、来ると思ってた生理が来ないって、妊娠という可能性は?」
と歩は言った。
 
「妊娠!?僕が!??」
 
 
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春動(16)

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