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■春進(8)
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5月20-21日(月火)、ミュージシャンアルバムの取材が行われた。しかし富山県高岡市の青葉邸は家の主、青葉(大宮万葉)がオリンピックの直前合宿でヨーロッパに行っている。
そこで今回の取材は、埼玉県春日部市の北里ナナ邸で行われた。青葉の代理のホステス役も北里ナナ(アクア)が務めた。アクアは映画がちょうど一段落したところであった。
20日の午前中はゴールデン・シックスを迎えた。
最初に朱美が、大宮万葉がオリンピックの日本代表に選ばれしばらく出られないこと、その間の代理を北里ナナに依頼されたことを説明した。
「そういうわけで、関東某所にある北里ナナさんのご自宅にお邪魔しています」
「皆さんこんにちは」
とナナが挨拶する。ナナはシャネルのワンピースを着ている。
「そしてゴールデンシックスの皆さんでーす」
と朱美は言った。
「こんにちはー」
と言っているのは、カノン、赤ちゃんを抱いたリノン、美空の3人である。ソファにはあと3体のマネキン人形が並んでいる。
「表情の乏しい方が多いですね」
「ゴールデンシックスは固定メンバーはこの3人だけなんですよ」
「残りの3人は全国に100人以上居る“ゴールデンシックスと愉快な仲間たち”のメンバーから誰か随時徴用して演奏してもらいます」
ナナが
「アクアもあのバッヂ押し付けられたそうです」
と言ってバッヂを見せる。
「うん。アクアちゃんにも常滑真音ちゃんにも押し付けた」
とカノンが言っている。カノンは
「そこに居る醍醐さんも持っているはず」
というが
「ごめん。もう無くした」
と千里は言っている。
「仕方無い。再発行して送りつけよう」
「要らん」
「いや送る」
「元は20人くらいの集団だったんでしょ?」
と朱美が訊く。
「高校時代にやってたんですよ。DRKといって。あれは軽音同好会みたいなものだったね」
「そのあたりで、春風アルトさん、ヨナリンさん、雨宮三森先生、ラッキーブロッサムとかと関わっているんですよ」
「複雑っぽい」
「DRKって何の略なんですか?」
「団子(だんご)、ラーメン、粉物」
「うん。その説が一番強かった」
「男子との恋愛禁止」
「え〜!?」
「ダーティーハリー、ランボー、キルビル」
(本当は“旭川の子猫たち”ということで旭川を Dawn River と訳して kittens を付けた)
「そこにカノン・リノン、美空、醍醐さん、とかがいた」
「それが高校卒業した時、住む地域で3つに別れた」
「ノーザン・フォックス、ゴールデンシックス、ヴァイオレット・マックス」
「でも後の2つは無くなっちゃってゴールデンシックスだけが残った」
「元々のDRKでも集まるメンツが毎回違ってたんですよ。それで各自が複数の楽器をできるように練習してましたね。その考え方がゴールデンシックスにも受け継がれてるんですよ」
「ローズ+リリーと一緒に全国ツアーやりましたね」
「もう10年くらい前だよね」
「今日この会場でコンサートをやる権利を賭けてカラオケ対決!とかだいぶやったね」
「あれ、対決に勝ってケイが慌てるの見ようと思ってかなりマジにやったのに、いつもケイが勝つんだから」
「あれは内心はかなり焦ってたよ」
とケイが言う。
「不正操作無しのカチ勝負だったからね」
「それで全勝したケイは偉いよ」
「ここ数年は震災イベントに08年組に並んでだいぶ参加しましたね。今年はあのイベント無かったけど」
「あれ今年は申し訳なかったんですけどね」
「出演者が確保できなかったんだよね」
「うちはリノンが産休中で出られず」
「ローズ+リリーもマリちゃんが妊娠中で出られず」
「XANFUSも都合が悪かったんですよ」
「§§ミュージック関係でもアクア、舞音ちゃん、ラピス、リズム、きららが都合付かず」
「それで今年は中止になっちゃったのよね」
「そのあたりが出ないと、費用を上回る売上が確保できる見込み無かったからね」
「へたすると寄付どころか数億円の赤字が出かねなかった」
「能登半島地震も起きてそちらにも寄付すべきではという議論もあったし、このあたりで一度企画を見直そうということになったのよね」
青葉邸ではピアノ室に移動して演奏していたが、ここでは応接間で、そのまま演奏した。ここの応接間にはグランドピアノが置かれている。
古くからの常連・花和留実子、取材に行っていた明恵、Flower sunshine の安原祥子を加えた6人で『波乗り六角形』を演奏した。
カノンは最初『自由な6』を歌いたいと言ったが「中学生とかも見てるから」と言って勘弁してもらった。
この日の午後はチェリーツインを迎えた。
朱美が紹介する。
「チェリーツインのボーカル、ツインの気良星子さん・気良虹子さん」
と言ったところでカメラは左側に座る双子姉妹を映す。
「楽器担当のシスターズ、紅ゆたか、紅さやか、紅てまり」
と言ったところで双子の右側に座る男性?2人・女性1人を映す。
「および背景です」
と言ったところでカメラは後ろの電信柱と岩を映す。
北里ナナが
「あれ?変なもんがある。山村さん、片付けて」
と言うので、山村マネージャーが出てくるが、“シスターズ”の紅てまり(桃川春美)が
「すみません。それ私たちの荷物なんです」
と言ったので、山村は何もせずに引っ込んだ。
「不思議な荷物をお持ちですね」
「昔はこの子たち人間の振りをしていたんですよ。でも実は電信柱とか岩であったことが判明したので、ライブの時、背景に立てています」
「ファンの間では“少女X・少女Y”とも呼ばれていますね」
と朱美。
「人間の振りしていた頃の名前ですね」
と紅てまり。
朱美が収録を見学していたゴールデンシックスの美空(KARIONの美空)に呼びかける。
「美空さん、この2人、メテオーナのメンバーだったんでしょ?」
「そうなんです。当時は少女Xは桜川陽子、少女Yは桜木八雲と名乗っていて、この2人と私と小風と、あと1人、笹雨(ささめ)という子と5人でメテオーナだったんです。でも色んな事情でみんなやめちゃって、私と小風だけになった所に、蘭子と和泉が追加されて4人になったんです」
「チェリーツインの結成やデビュー、ブレイクに至る過程には何か色々な人が関わってますよね」
「はい。まずは蔵田孝治さんとしまうららさん。そして醍醐先生とケイ先生、今日はおられませんが、大宮万葉先生、雨宮三森先生」
「そのあたりが凄い複雑なんですよね」
「ところで“シスターズ”の3人のうち2人はあまり女性に見えないのですが」
と朱美が言うと、紅てまり(桃川春美)が説明した。
「私たちは生まれた時は3人とも男だったんですが、私はもう性転換手術が終わっているものの、こちらのふたりはこれからなんです」
「ああ、まだ余計なものが付いてるから男っぽいんですね」
「早く女の子になれたらいいね」
「ちょっと待って。ぼくらは別に性転換するつもりは無い」
と紅さやかが抗議している。
チェリーツインは北海道美幌町のマウンテンフット牧場のスタッフで結成されたユニットである。この名前はオーナーが山本さんだから。
ボーカルの2人は歌が好きだが、言語障碍で言葉が出ない。それで、“コーラス”の桜川陽子・桜木八雲が代理歌唱していた。だからチェリーツインの初期の公式スコアではボーカル1・ボーカル2は全休符で、コーラス1・コーラス2に歌が設定されていた。しかし話を聞いた雨宮三森は
「代理で歌ってるのなら、あんたたちは居ないほうがいい」
と言って、コーラスから背景に降格され、電信柱や岩に擬態させられた。
演奏では、大ヒット曲『雪の光』を演奏した。春美が紛失した楽譜を千里が大雪山の雪の中から発見してあげた曲である。
21日の午前中には川崎ゆりこを迎えた。
「川崎ゆりこさんでーす」
「こんにちはー」
「最近は歌手というより§§ミュージックの副社長としての活動が目立ってますね」
「あれ酷いのよ。コスモスからさ『ゆりこちゃんの新しい名刺できたよ』と言われて受け取ったら《§§プロダクション取締役副社長・川崎ゆりこ》と書いてあったのよ」
「凄いですね」
「仕方無いからそれから8年ほど副社長やってきたけど、まあアクアやあんたたちとか、才能豊かな若い子を売り出すのも楽しいね」
「元々は2007年のフレッシュガールコンテストで優勝したんですよね」
「正確には準優勝だったのよね。でも優勝した人が辞退したから繰り上げ優勝の扱いになって。2008年にデビューしてもらうと言われてたけど、事務所が忙しくて、結局デビューは2009年になったね」
優勝者は“声変わり”してしまったので辞退した。2008年に事務所が忙しかったのは、“夏風ロビン”事件のせいである。
「でも“川崎ゆりこ”という名前は本当は別の人が使う予定だったとか」
「そうなんです。元々こちらに居るケイさんに付けられる予定だったんです。でもケイさんは別の事務所からローズ+リリーとしてデビューしてしまったので、その名前が私に再利用されたんですよ」
「似たような例としては、橋幸夫さんがデビューする時“舟木一夫”という名前になる予定だったけど、彼はその名前を使わず本名の“橋幸男”を少しだけ変えて“橋幸夫”の名前でデビューした。それで、後輩の上田成幸が“舟木一夫”の名前をもらった」
「芸名って横流しされるもんなんですね」
演奏では『にわか雨』を東雲はるこのピアノで歌った。最近では、ゆりこの歌唱がテレビに流れる機会は少ないが
「うまいね」
「練習欠かさないんだろうな」
と感心されていた。
21日午後からは、秋風コスモスを迎えた。
「秋風コスモスさんでーす」
「こんにちはー」
「ミュージシャンアルバムに出てくれと言われた時は『私歌は歌えないよ』と言ったんですけどね。“シンガー”じゃなくて“ミュージシャン”だから歌えなくても楽器が弾ければいいと言われて厚かましくも出て来ました」
「コスモスさんはピアノの名手なんですよね」
と朱美が言う。
「年齢はケイさんたちと同じですけど、デビューは一番早いですよね」
「ええ。2007年3月にデビューしました。その日、CMの撮影がおこなわれる予定で別のアイドルさんが出演予定だったんですが、急に使えなくなったんですよ。そのCM中学生でないといけなかったので、どこかに中学生のタレントは居ないかって依頼があって、その時私が翌日中学の卒業式だったんです。それで卒業式の前日なら使えると言われてスタジオに急行してCM撮影したんです。服も普段着のジーンズのパンツのまま」
「コスモスちゃんって初期の頃はいつもパンツだったね」
とケイが言う。
「ええ。だから初めてスカート穿いて写真撮ったら『コスモスちゃんが性転換しちゃった』と言われましたよ」
「でもコスモスちゃんのライブって、いつもトークショーだったね」
とケイ。
「ええ。私歌は歌えませんから。トークと友人のシンデレラ日美子によるイリュージョンで楽しんでいただきました」
「でもコスモスライブっていつも満席だったね」
「まあ何らかの形で楽しんでいただければ」
「“秋風コスモス”という名前は3秒で付けられたとか」
「はい。当時の社長の紅川さんは姉の秋風メロディーの名前は一週間考えて付けたらしいんですけど、私の名前はCDプレスする会社から、これ名前は無くていいんですか?と電話で訊かれて、3秒で思いついて答えたらしいです」
「社長を任された時の話も凄いね」
「ええ。紅川さんから呼ばれて、ちょっと頼みたい仕事があるんだよ、と言うんですよ」
「私は歌を歌うことはできませんよと言ったのですが、『簡単なお仕事なんだよ』と言うんですよね。それで何かと思ったら『うちの事務所の社長やって』と言うんですよね」
「ビジネスの世界は凄い話が多い」
と朱美が言っていた。
インタビューの後の演奏は、コスモスが応接間のグランドピアノで『トルコ行進曲』を弾いた。
視聴者からは「ほんと上手いね」という声があがっていた。
「あれだけ歌が音痴の人の演奏とは思えん」
という声もあった。
5月24日(日)の霊界探訪では、邦生が買った幽霊屋敷のレポート、立山煌と行った、鞍岳・高千穂峰(天逆鉾)、霧島神宮、きららのサイン会、またミュージシャンアルバムの取材で使用された北里ナナ邸などがレポートされた。
「霧島神宮って幾つもあるんですか」
「噴火でやられて移転したりしている内に幾つにも分裂しちゃったんですよ」
また布恋からパリでの直前合宿や五輪会場のレポートもあった。布恋はついでにフランスワインレポートとかパリの名所案内とかもしていた。シャンゼリゼ、凱旋門、エッフェル塔、ルーブル美術館やノートルダム寺院の外観、セーヌとミラボー橋、モンマルトル、ムーラン・ルージュの外観などを映していた。
なお青葉から「大会前の大事な時期だから選手へのインタビューは控えて」という申し入れがあったので、練習環境や会場の様子などだけをレポートした。
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