【女子中学生・夢見るセーラー服】(6)

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千里の小4以来のクラスメイトで美人として学年でも1〜2位の(男子からの)人気がある、新田優美絵(しんでんゆみえ)のお父さんは浩音(ひろね)、お母さんは礼佳(あやか)という。
 
この名前を見て想像が付く人もあるかも知れないが、実は浩音は1960年12月2日の生まれで、1960年2月23日生まれの浩宮徳仁(ひろのみや・なるひと)殿下(後の徳仁天皇)にちなんで“浩”の字が使用された。この年は“浩”の字が子供の名前に物凄い人気だった。そして礼佳の方は1966年3月13日の生まれで、こちらは1965年11月30日生まれの礼宮文仁(あやのみや・ふみひと)殿下(後の秋篠宮文仁皇嗣殿下)にちなんで“礼”の字が使用された。礼佳という名前は“れいか”と読まれやすいが、礼宮由来なので“あやか”なのである。
 
なお、浩音は1935年12月2日が子年子月子日であったので、父は“子”(ね)の字を使って浩子(ひろね)と名付けようとした。しかしそれでは“ひろこ”と読まれて女の子だと思われると母から言われ、妥協して子(ね)と同音の音(ね)に変えた。しかしそれでも“ひろね”がそもそも女性的に響くので結構女の子と間違われて苦労している。就職の時も女性車掌の制服を渡されて、「本当にこれ着て勤務しようか?」と一瞬悩んだらしい。
 
礼佳の方は“礼”の字を使うことを決めた後、最初に“礼子”という名前を考えたが、母の母(礼佳の祖母)が「これからの時代はたぶん子を使わない名前が主流になる」と言うので、3月の別名・佳月にちなんで、礼佳にした。彼女の名前も時々「のりよしさんですか?」などと言われて性別を誤解されることがあった。実は就職した時、研修に行ったら周囲が男性ばかりで「今年は女子の採用少なかったのかなあ」などと思っていたら「君何ふざけてスカート穿いてるの?君まさかオカマ?」などと言われて、自分が誤って男子として登録され、男性新入社員の研修に行かされていたことが分かったなどということがあった。(でもそのまま男性の研修に参加して列車の運転体験とかもし、楽しかった)
 
それで実は2人は「性別を誤解される」という共通点で親しくなり、結婚したのである。でもいきなり結婚式場で新郎と新婦の名前が逆に掲示されていた!そして子供ができると、幼稚園の名簿で父親の名前と母親の名前が逆に印刷されていて「すみませーん。これ逆です」と申告したりしたという。
 

千里は優美絵の家に遊びに行ったこともあるが、優美絵の美人度というのは、やはり遺伝だよなあと思った。
 
お母さんも物凄い美人で、北海道大学の出身だが、ミス北大に選ばれたこともあるし、東京の出版社が出している雑誌の地方モデルもしていたらしい。お父さんもかなりの美形で、若い頃は結構女装させられて、友人女性と一緒に女子のみのイベントに参加したりしたこともあると笑って言っていた。実際今でも女装したら普通に女の人(しかもかなりの美人)に見える感じなのである。優美絵は3人姉妹の末妹だが、お姉さんたち2人も美人である。
 
札幌の高校に行っている長姉は雑誌のモデルをしていて、事務所に勧められてタレントのレッスンも受けている(アイドルの札幌公演のバックで踊ったこともある)し、中3の次姉はS中でも1〜2を争う美人として妹以上に人気が高い。去年のホワイトデーとかマジで持ち帰りきれないくらいホワイトチョコやマシュマロをもらったらしい。
 

その優美絵の父・新田浩音は、現在、留萌駅の助役を務めているのだが、2003年8月1日(金)、その日は朝の当番で、5時半に出勤してきて駅を開けた。5:54の始発便を見送ってから駅の掃除をしながら1時間後の次の便に備える。この当時、留萌線の午前中の列車はこのように運行されていた。
 

 
6:39に深川から到着した下り便の発車が7:05まで待たされるのは、留萌より先には列車交換できる場所が無いからである!(増毛駅にさえも待避線が無い)
 
6時半頃、三女・優美絵のクラスメイト・村山千里がセーラー服を着て黄色いスポーツバッグを持って駅に入って来る。
 
「おはよう、村山さん」
「おはようございます、優美絵ちゃんのお父さん」
と向こうも笑顔で挨拶する。
 
改札すると、千里は新千歳空港までの切符を持っていた。
 
「村山さんひとりでどこか旅行?」
「ええ。ちょっと知り合いのところまで」
と言うので、親戚の家にでも行くのかと思った。まあ中学生なら1人旅も大丈夫だろう。
 
「じゃ気をつけてね」
「ありがとうございます」
 

6:39に深川からの下り便が到着する。乗客が降りてくる。上り側のポイントを切り替える。6:50に増毛からの上り便が到着し、村山さんを含めた乗客が乗り込んで6:51に発車する。下り側のポイントを切り替える。深川から到着していた下り便が7:05に発車する。この留萌駅での列車交換は朝の緊張する30分間である。
 
この後は今増毛に向かった列車が折り返してくる1時間後まで待機になる。その後は9:11に深川から到着した列車を当駅で折り返し、その後は12:04にまた深川から留萌までの列車が到着してすぐ折り返すのを待つことになる。
 
11時半すぎのことだった。
 
優美絵のクラスメイトである、沢田玖美子と“村山千里”が一緒に駅の中に入ってきた。浩音は目をゴシゴシした。ふたりは体操服姿で、長い棒のようなものが突き出ているキャリーを引き、玖美子は黒いスポーツバッグ、千里は赤いスポーツバッグを持っている。キャリーから出ている棒は竹刀で、キャリーには剣道の防具が入っているのかなと思った。
 
「こんにちはー、優美絵ちゃんのお父さん」
と2人が笑顔で挨拶する。2人は函館の先(正確には函館は通らない:後述)の七里浜駅までの切符を持っていた。
 
「こんにちは。君たち剣道の大会?」
「はい。渡島(おしま)支庁で大会があるんですよ」
「へー。そんな遠くでって、もしかして道大会?」
「そうなんです。道大会なんて出るの初めてだから、どんな凄い人たちがいるかと戦々恐々です」
「いや、君たちも道大会に出られるって凄いじゃん。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
 
それで浩音は2人を見送ったものの、朝村山さんを見送った気がするのは勘違いだろうか?誰か別の子だったっけ?と首をひねった。
 

7/28-31に、沙苗・道田さんと一緒に剣道の合宿をした後、千里と玖美子は翌日の8月1日(金)、11時過ぎに留萌駅前で待ち合わせた。お昼御飯とおやつ・飲み物などを買ってから、JRで渡島振興局内の上磯町(当時:現在は北斗市)まで行った。
 
留萌12:15-13:11深川13:18(スーパーホワイトアロー16号)14:20札幌15:07(スーパー北斗16号)18:20五稜郭(*11) 18:31-18:35七里浜
 
宿舎は主催者側でまとめて確保してもらっていた(宿代は参加料と一緒に振り込んでいる)ので、千里と玖美子は駅前で指定旅館の送迎バスに乗り、その旅館に行った。そして主催者から送られてきている葉書を見せて、部屋に案内してもらった。
 
「まあ道大会なんて、地区大会の延長くらいの気持ちで気楽に行こう」
「同感同感。緊張したって始まらないしね。どうせ優勝とかには無縁だし」
 
そういう訳で、明日・明後日(8/2-3)は、この町(*12)で剣道の道大会があるのである。千里と玖美子は留萌地区大会でBEST4に入ったので、全道大会に出ることになった。全道大会の個人戦出場者は、14振興局(支庁)および札幌市の各地区予選の上位4人+開催地から4人の合計64人である。団体戦は各地区予選の優勝校である。つまりR中からは団体戦のメンバーが選手5名+補欠2名の7名来ている(その7人の中に個人戦に出る、田沼さんと木里さんも入っている)。
 

(*11)函館本線と江差線は実は五稜郭駅(の北側)で分岐している。つまり線路のトポロジーとしては、長万部方面から江差方面に向かうルートの途中、五稜郭駅から函館駅だけが1駅まるで支線ででもあるかのように飛び出す構造をしている。それで札幌方面から七里浜・木古内方面に向かうには函館まで行かずに、五稜郭で乗り換えればいいのである。当時は優等列車のほとんどが五稜郭駅にも停車していた。
 

 

(*12) 実は2003年の北海道中学校剣道大会の開催場所はかなり調べたものの分からなかった(北海道中体連に問い合わせれば分かるだろうが、お手を煩わせるのは申し訳無い)。調べていて分かったこと:−
 
・2004年の剣道は稚内市(道北)
・2003年には剣道の中体連全国大会が北見市で開かれている。
・2003年の軟式野球は登別・室蘭近辺(道央南部)の分散開催
・2003年の柔道は札幌市(道央)
 
2年続けて道北という確率は低いとみて、それ以外かと考えた。野球は多数の会場を使用するのでそれ以外の地域かと考えた。2003年は中体連剣道全国大会が道東の北見市で行われているので、地元の負荷を考えると道大会は別の地域ではないかと考えた。それで消去法で道南という可能性が出て来たのである。
 
無論根拠は無い。例えば2014-2015は2年連続道南(渡島振興局森町・檜山振興局乙部町)で開かれている。また全国大会を前にシミュレーションを兼ねて、同じ会場で道大会をした可能性はある。
 
しかし決定打が無いので、この物語では2003年の全道大会の開催地を道南に設定した。道南も広いが上磯町浜分(はまわけ)にしたのは、地図を見ていてここでイマジネーションが広がったからである。
 

旅館の部屋に案内されると、千里と玖美子は2人で1部屋(4畳半)なのだが、隣の部屋がR中だった。R中は7人+顧問の安藤先生(女性)なので4人部屋(8畳)を2部屋使用していた。軽く挨拶はしたものの、大会前なので、お互いの部屋を訪問したりするのは控えた。なおR中の男子は別の旅館らしかった。主催者は男女を完全に分離したようである。
 
初日の8月2日は、午前中に受付をし、竹刀の検査を受けて検印をもらう。お昼から監督主将会議があるが、これはR中の安藤監督と田沼さんが出た。後で田沼さんから連絡があり、書類を一揃いもらった。会場で練習時間が割当てられていたが、狭い所で多数ひしめいていても練習にならないので、千里と玖美子はそちらには出ず、町内をジョギングしたり、浜辺で素振りや切り返しをしたり、旅館の部屋で腕立て伏せやお互いに足を押さえて腹筋などをしていた、
 
2日目の8月3日になってから試合は行われる。午前中は団体戦なので千里たちの出場は無い。それでこれを見ずに!旅館の部屋の中で休んでいた!今更ジタバタするより、心を整え、体調を整えることが大事と千里と玖美子は考えた。そして11時頃、コンビニで買ってきたお弁当を食べ、それから会場に向かう。会場はH中学校だが、隣接するH小学校もサブ会場として使用されている。
 
千里たちは対戦表を見て、各々の初戦の場所と時刻を確認した。
 
「じゃまた後で」
と言って別れ、各々の場所に向かった。
 

玖美子はH中の体育館だったが、千里の初戦はH小体育館になっていたので、道路を渡って、そちらに向かった。
 
千里は地区大会2位だったので、1回戦は釧路地区3位だった人との対戦だった。それなりに強いなとは思ったが、千里は“少し本気”を出し、相手には1本どころか全く当てられることもなく2本取り勝利した。
 
2回戦からはメイン会場のH中体育館になる。玖美子と会う。
 
「どうだった?」
「負けたぁ。1本も取れなかった」
「ああ」
 
玖美子は地区大会4位だったので、後志地区1位の人と当たったらしい。各地区1位の人は、やはり相当強いようだ。
 
千里の2回戦の相手は根室地区2位だった人のようである。“やや本気”で行く。対戦してみて、結構強いなと思ったので、1本取られた所で少しブーストする。それで1本取り返す。その後けっこう互角の勝負になったが、そろそろ時間切れかな?という感じになった時、一瞬相手に隙が出来たので、すかさず面を打った。それが決まって2本勝ちとなった。これでBEST16となった。
 
ここに残っている人の多くは、各地区で1位か2位だった人ばかりのようだ。
 
3回戦の相手は空知の1位だった人であった。かなり強〜いと思ったので、“結構本気”で行くことにした。対戦してみて、その強さがよく分かる。何の前触れ的な動きも無いところから一瞬で攻めて来る。ただ、攻めてくる直前に僅かな“空気の変化”があるので、千里はうまく逃げることができた。
 
対戦は1分を過ぎ、2分を過ぎる。度々相手は仕掛けてくるが、どうしても1本が取れない。次第に相手は焦ってきた。ややラフな攻めが来た所で千里はきれいに返し胴で1本取った。千里が1本取ると相手は更に焦ってくる。そこで千里は全く攻める様子の無い所から瞬間的に攻めに転じ、面を打つ。
 
これが1本決まって、結局千里はこの“かなり強い相手”に2本勝ちすることができた。
 
「凄い凄い」
「今の相手には完璧に勢いで負けてた。判定になったら私の負けだった」
「それでも2本取ったじゃん」
「それは向こうの油断だと思うな」
「うん。千里は見た感じあまり強いように見えない。だから相手はこちらを嘗めやすい」
と玖美子は言った。
 
「まあ次回からは通じないだろうけどね」
「来年までに鍛えよう」
 

それで千里はBEST8まで進出した。木里さんはこの3回戦で札幌1位の人に敗れBEST16で終わった。しかしその札幌1位の人から1本は取ったのがさすがである。(地区予選3位でBEST16に残ったのは木里さんと札幌3位の人だけ)
 
田沼さんはBEST8に残っている。BEST8に留萌地区から2人残っているのが、ある意味凄いことである。
 
準々決勝の相手はオホーツク1位の人であった。千里は相手を見て“相当本気”で行っていいなと思った。相手の気合が凄まじい。千里はそんなに強いようには見えない(と玖美子は言っていた)のだが、BEST8に残っている人が強くない訳が無い。それで相手は最初から全開で来た。
 
鋭い攻撃が来る。
 
こんなに瞬間で攻めてくる相手は初めてだと思った。しかし千里は巧みなフットワークでかわしていく。こちらからも面を打ちに行く。でも読まれてる!避けられた上に返し技が来るが、むろん千里はそれから逃げる。お互いに仕掛けるが、どちらも決まらない。激しい攻防が続くが、2分ほど経った時、本当に何の気配も無い所から相手小手が来て1本取られてしまった。
 
さすが強いなあと千里は思った。
 
お互いに攻防が続くがどちらも決まらない。それでこのまま相手の1本勝ちかと思ったところで、もう時間切れギリギリ、相手に一瞬の隙ができた。すかさず相手の面を打つ。向こうは、しまったぁ!という雰囲気ですぐ体勢を整え直すがそこで時間である。
 
延長戦に入る。
 
相手は攻めて攻めて攻めまくる。やはり本割最後の最後で隙を見せて1本取られたのが悔しいのだろう。激しい攻撃の連続で、千里は一瞬たりとも気を抜けない。しかし千里も逃げて逃げて逃げまくるので相手は1本が取れない。むろん千里も相手に攻めて行くが、そう簡単に1本取らせてくれる相手ではない。
 
そして最後、相手の物凄い攻めが来た時、千里はとうとう逃げ切れずに1本取られてしまった。
 

延長戦はどちらか1本取った所で終わりである。
 
礼をして下がる。
 
「惜しかったね」
「いや、完璧に負けてた」
「最後も逃げ切れるかと思ったのに」
「あそこを逃げ切るにはもう少しフットワークを鍛えないといけない。それにあの状態では1本決まらなくても判定負けだよ」
「また頑張ろう」
「うん」
 
ということで千里は今回の大会ではBEST8で終わったのであった。
 
BEST4に残ったのは、木里さんに3回戦で勝った札幌1位の人、千里に準々決勝で勝ったオホーツク1位の人、石狩1位の人、そして留萌1位の田沼さん、である。この4人は全国大会に進出する。全国大会は8/19-22に北海道北見市で行われる。
 
そして準決勝で、札幌1位の人と田沼さんが勝ち残り、決勝では札幌1位の人が田沼さんを倒して優勝した。つまり田沼さんは最後の中体連で2位になり、銀メダルをもらった。(千里も5位の賞状をもらった:5-8位決定戦は行わない)
 

千里と玖美子は前田さんに誘われて、R中の女子メンバーと一緒にささやかな打ち上げをした(男子は男子でしたらしい:「女の子が居ないのは寂しい」と言われて、主将の羽崎さんが女装させられたらしい!?1年の吉原君とかなら女装も見られる気がするが、羽崎さんの女装は想像したくないと千里は思った)。
 
女子の方は、スプライトとキットカットだけで、1時間くらいの打ち上げだったが、おやつは途中で自主的に追加された!
 
「田沼さん、全国大会頑張って下さい」
「うん。全国大会なんて行くのは初めてだからどんな凄い人たちがいるのか分からないけど、思いっきりやってくるよ」
と彼女は嬉しそうに語っていた。
 
「でも村山さんもあと少しで全国に行けたのに(*13)」
「私は組み合わせが良かったからまぐれでBEST8まで行けただけだから」
 
「まあ村山も来年は警戒されるだろうから、今年以上に厳しいだろうね」
と玖美子は言う。
 
「まあその分、練習頑張ろうよ」
と千里が言うと、木里さんがキラキラした目をしていた。
 
なお団体戦ではR中は1回戦で石狩代表とぶつかりストレート負けしている。
 
(*13)通常は都道府県大会から全国大会に行けるのは2人だが、今年北海道は開催地なので特別に4人まで行けた。つまり今回は全国大会に行ける大きなチャンスであった。
 

千里(R)たちはこの日も現地の旅館に泊まり、翌日昼のJRで留萌に帰還した。
 
七重浜12:10-12:14五稜郭12:21(スーパー北斗9号)15:31札幌16:00(スーパーホワイトアロー19号)17:02深川18:05-19:03留萌
 
R中のメンバーは朝いちばんの列車で帰ったようであった。
 

さて、8月1日朝の列車で留萌駅を出た方の千里(実は千里Y)だが、三重県の河洛邑(からくむら)に行ったのである。
 
留萌6:51-7:53深川8:18(スーパーホワイトアロー6)10:01新千歳空港/新千歳11:10(ANA706)12:55名古屋/名古屋空港13:30(連絡バス)13:58名古屋駅広小路/近鉄名古屋14:30-14:58近鉄四日市15:03-15:30恋の道温泉
 
恋の道温泉駅を降りると、千里は駅近くの小高い丘を眺め「ふう」と溜息を付く。そしてその丘を登って行った。
 
見覚えのある鳥居がある。千里はその鳥居はくぐらずに、黄色い携帯 (DoCoMo F210i Happy Orange) を取り出すと電話を掛けた。
 
間もなく、鳥居の右手40-50mの所から30代の女性が小走りにやってくる。
 
「駿馬さん、いらっしゃーい。電話してくれたら空港まで迎えに行ったのに」
と笑顔で言う。
 
「自分の足でここまで来てみたかったから」
「でもはるばる遠くから、お疲れさん」
と言って、真理さんは千里を河洛邑の端の方に建っている、私邸に連れていった。
 

 

真理の祖父・遠駒来光は、若い頃、強烈な“受信状態”になり、自分でも読めない記号の羅列で一連の文書を自動書記した、これが後に“富嶽光辞”と呼ばれるものである。どういう内容なのか書記した本人にも分からなかったものを少しずつ解読していっていたが、本人は途中で亡くなってしまった。その後は妻の貴子が、ずっと“日本語訳”の作業を続けている。
 
2002年1月26日(土)、貴子の嫁・遠駒藤子は、姪の美帆里の結婚式に出席していて会場で物凄い霊感を持つ少女(千里)を見かけた。聞くと、美帆里の同級生だった人の娘さんだと言う。藤子はこの子に光辞を読ませてみたくなった。
 
それで貴子の所に千里を連れて行き、まずは解読済みの部分を読ませてみると、その子はスラスラと読んだ。それは既に解読していたものと、ほぼ一致していた。試しに検討中の部分を読ませてみた所、貴子も
 
「そちらの方が正しい気がする」
と思える読み方だった。
 
そこで、貴子と藤子の依頼により、千里は毎週送られてくる光辞の“写し”を朗読し、それをカセットテープに録音して藤子の所に送るということをするようになったのである。作業はこのように進められた。
 
(1)真理が光辞を書写したものを郵送する。
(2)千里が朗読して録音したカセットテープを返送する。
(3)テープから藤子が文字起こしする。
(4)貴子が仮に解読したものと、千里が朗読したものを付き合わせ、貴子・藤子・教師の湯元雅成の3人で検討して「仮訳」とする。
 
真理が書写した“写し”は留萌にそのまま残してある。貴子さんが
「それはそのままそちらに置いておいて欲しい」
と言ったからである。恐らく自分の死後の資料散逸を防ぐために分霊を作っておきたいのだろう、と小春は言っていた。
 

さて、光辞の中で、◎△とか☆彡とか、或いは一二三のような数字などの部分は真理(書道四段)にも書き写せたのだが、全体が絵だけでできているページについてはお手上げであった。それで千里に、こちらに来て原本を見て読んでみてくれないかという依頼があった。
 
そこで千里は夏休みでもあるので1週間こちらに来て、絵になっている部分の解読に協力することになったのである。
 
実際の解読作業は千里が到着した翌日の8月2日から始められた。千里は絵の部分をスラスラと読んだ。感激の声があがる。作業は千里が疲れないように絵を1枚読んだら30分以上休憩するというパターンで続けることにした。しかし千里は提案した。
 
「その絵を私自身が描き写していいですか」
「それはむしろお願いしたい!」
 
それで結局、朗読→模写→模写したものから朗読、というパターンを繰り返すことにした。30分で朗読し、1時間で書き写して、そこからまた30分朗読する。そのあと2時間休む。その4時間のサイクルを毎日4回することにした。
 
6朝食 7作業1 9軽食休憩 11作業2 13昼食休憩 15作業3 17夕食休憩 19作業4 21軽食
 
それで8/2-10の9日間で4×9=36枚の絵を朗読・書写することができた。書写した絵は千里が持ち帰り、他の写しと一緒に保管することにした。
 
「千里ちゃん、良かったらまた冬休みにもお願い出来ない?」
「いいですよ」
 
それでまた1月にこちらに来ることにした。
 

帰りは空港まで送って行くよと言われたのだが、大丈夫ですからと言い、結局真理さんに名古屋の栄(さかえ)まで送ってもらった。
 
「ちょっと栄で買物してから帰りますから」
「そう?じゃ気をつけてね」
と言って別れてから3秒後に、真理は千里に渡すつもりだった紙袋(お土産の僧兵餅が入っている)を持っていることに気付いた。
 
振り返って千里を探すが見当たらない。
 
嘘!?まだ遠くに行ってないと思ったのに・・・
 
と思ってキョロキョロしていたら、向こうからセーラー服を着た千里が23-24歳くらいの女性と一緒にこちらに来るのを見る。
 
「駿馬さん!」
「真理さん!?」
 
一緒に居た女性も会釈する。親戚の叔母さんか誰かだろうか。ここで待ち合わせてたのかなと真理は思った。
 
「これお土産渡し忘れちゃって」
「あ、はい」
と言って千里は受け取った。
 
「じゃまたよろしくね。帰り気をつけてね」
「ありがとうございます」
 
それで真理は千里と別れて、車で河洛邑に戻った。
 

さて、剣道の全道大会に出た千里(千里R)は8月4日に留萌に戻ったのだが翌日からは毎日、吹奏楽の練習に出ていった。
 
S中では長期休み中の部活は、一部を除いて原則として週に1回以下である。
 
それで吹奏楽部の練習は、7/19に夏休みが始まってから、7/25に一度あったあと、大会前ということで、8/4-8の5日間することになっていた。但し8/4は千里は剣道部の全道大会から戻ってこられないので休むと連絡していた。
 
千里は7/22-25には旭川に行き、きーちゃんからフルートの手ほどきを受けていたので、25日の練習に出て行くと「凄い進化してる」と褒められた。
 
この25日の練習の時、トランペットのパートに小春が入っていないので、あれ?と思った。小春の代わりに上原君が入っていた。上原君は実は小学校の時は吹奏楽部に居てトランペットを吹いていたのである。しかし中学では「勉強が忙しくなるから」と言って、入らなかった。それを今回の大会だけという約束で徴用されたらしい。
 
『小春、吹奏楽に参加しないの?』
と千里(R)は小春に脳間通信で尋ねてみた。
 
『ごめーん。8月10日は私、都合が付かなくなって。それで上原君に頼んだ』
『へー』
『それに私、S中の生徒じゃないから問題になったらやばいし』
『バレることはないだろうけどね』
『まあね』
 

そして剣道の全道大会の後、千里は8月5日から8日まで4日間、毎日2時間ほど他の部員や助っ人!と一緒に練習した。
 
8月5日に練習に出て行った時、恵香が居る。フルートを持っている。
 
「あれ?恵香入ったの?」
「徴用された」
と本人は言っている。
 
「私が指を怪我しちゃって」
と申し訳なさそうに3年生の愛子さんが言っている。
 
「それで私がピッコロに回って、恵香ちゃんにフルート1を吹いてもらうことにした」
と映子。
 
「一週間で2曲覚えてくれと言われて頭がパニック」
「頑張ってね〜」
「まだかなりあやふや。本番で間違ったらごめんね」
 
「あれ?恵香、以前からそのフルート使ってたっけ?」
「小春がくれた」
「へー」
 
「前のはキイが取れそうになってたのよ。それをP神社で言ってたら小春が『古いのでよければあげるよ』と言うのでもらった。でもこれ古いけど総銀なんだよね。さすがしっかりしてる。その翌日に映子ちゃんから頼まれたのよね〜」
 
「なるほどー」
 
「前のは元々お姉ちゃんが使ってたものだから、10年以上経ってたし」
 
(実は千里から「フルートのケースの古いのを調達して」と頼まれた小春が“フルートごと”古いのを2万円!で買ってきたので(例によって実際に買ってきたのはミヨ子)、“余った”中身のフルートを恵香にあげたのである)
 

この日の練習の後、映子が
「千里まだこの話聞いてないよね?」
などと言うので、どうも聞かなくてもいい話のようだとは思ったものの
「なぁに?」
と訊いてあげる(恵香は帰っちゃう!どうも昨日聞いたようだ)。
 
「すっごい良かったぁ」
「何が?」
「8月2日・松原珠妃の札幌ライブに行ってきたのよ」
「よくチケット取れたね!」
 
松原珠妃は今年春に木ノ下大吉さんの『黒潮』という曲でデビューした、まだ16歳のスーパーアイドルである。高校に入学した途端売れてしまって学校に行く時間が無くなり退学してしまったらしい。しかし、この曲が物凄く売れているし、沖縄で撮影してきたという写真集がまた売れている。貧乏でこの手の物事にはお金を出さない千里の母さえ、その写真集を買ってきて眺めていた。
 
写真集には、珠妃の妹分という、中学1年生くらいの女の子も写っている。きっと2〜3年後にデビューさせるつもりなのだろう。
 
黒潮の歌詞に歌われているヒロインの名前がナノなので、妹分の女の子はピコという役名らしい。単位の接頭辞で使うナノがマイクロ(μ)の1000分の1なのでそのナノの更に1000分の1であるピコというのを妹分の名前にしたのだ、とかこの手の情報に詳しい恵香が言っていた。ちなみに、恵香の所は、お父さんもお母さんもお姉さんまで写真集を買ってきて、写真集が3冊本棚に並んでるという話だった。
 
そして珠妃が更に話題になったきっかけが先日起きた“ステージ上の殺人事件”である。
 
7月23日に松原珠妃は東京の武芸館でコンサートをしたのだが、その時、ゲスト出演していた女性歌手がいきなり、珠妃を刺し殺そうとした。しかしとっさに珠妃をかばった女性ヴァイオリニストが身代わりに刺された。
 
刺した女性歌手は殺人未遂で逮捕されたが、刺されたヴァイオリニストの容態について、報道機関は一切報道していない。おそらく、珠妃の事務所が芸能界に強い影響力を持っているので、報道機関に圧力を掛けて何も報道しないようにさせているのだろうと多くの人が想像していた。しかし噂によるとヴァイオリニストは病院に運ばれたものの気の毒に死亡が確認されたという話だ。すると犯人は殺人罪に切り替えて起訴されるのだろう。
 
この事件がきっかけとなって、今まで珠妃に注目していなかった人まで彼女の歌を聴いてみて、それでここまでもかなりのセールスをあげていた『黒潮』が更に売れ、急遽月末に発売されたミニアルバムも物凄い勢いで売れているらしい。
 
松原珠妃は8月1ヶ月掛けて全国28ヶ所でツアーをすることが急遽決まったが、その8月2日の札幌公演のチケットを映子はゲットして見に行ったらしい。チケット予約の電話を掛けたら運良く一発で繋がり、それでお姉さんと2人で見に行ってきたということだった(15分でソールドアウトしていたらしい)。
 
しっかし1ヶ月で28ヶ所公演って無茶苦茶だなと千里は思った。16歳の若さが可能にするのだろうけど、自分なら逃げ出したい。
 
(ちなみにこの札幌公演でヴァイオリンを弾いたのは写真集にも“ピコ”として写っていた冬子である。武芸館で珠妃の身代わりになって刺された本人!だが、無論死んではおらず、軽症で病院に行くほども無かったし傷跡も残らなかった。ヴァイオリンが壊れただけで、すぐ代わりのヴァイオリンを買ってもらった)
 

ということで映子の話は練習が終わった後1時間!続いたし、会場限定で売られていたというCDを1枚もらってしまった(布教用なのだろう)のだが、翌日以降も映子は誰かこの話を聞いてくれる人が居ないか探してる雰囲気だった!!
 
そして8月10日、吹奏楽コンクール・留萌地区大会となる。
 
大会は留萌市文化センターで行われた。小学校は多いので前日の9日土曜日に行われており、この日は中学・高校・一般の部が行われる。今年は中学と高校が各8バンド、一般は3バンドであった(留萌振興局内に大学は無い!)。それで会場前には次のような掲示がされていた。
 
9:00 中学の部
13:00 高校の部
17:00 一般の部
 
中学部門は9時からなので、千里たちは8時半には文化センター前に集合して点呼を取った。人数ぎりぎりなので1人でも足りないと課題曲が演奏不能になり、参加資格も失う。
 
「誰か風邪でも引いたらやばいね」
「だから部員には健康にも充分注意するよう厳しく言ってる」
と部長さんが言っていたのに1人居ない!
 
木琴を頼んでいた助っ人さんが、出がけに玄関で転んでそのまま家の前の坂を転がり落ちて病院に運ばれたらしい(幸いにも全治一週間で済んだ)。
 
「愛子ちゃん、木琴弾いて」
「うっそー」
 
それで指を怪我してピッコロが吹けないので演奏には参加しないものの吹奏楽部員なので来るだけ来ていた愛子さんが木琴を弾くことになった。
 
「演奏したことないのにー」
「今から本番までに練習して」
「きゃー」
 
やはりハプニングは起きるものだ、と千里は思った。
 

今年、中学部門に参加していたのは、7校だった。演奏はB部門・C部門に分かれており、C部門の3バンドから先に演奏が始まる。
 
「あれ?1曲だけなの?」
と千里が訊くと
「C部門は、課題曲を演奏できる人数の揃わないバンドの部門なんだよ」
と映子が答える。
「なるほどー!」
 
そういう訳でC部門は課題曲が演奏できないので、自由曲を1曲だけ演奏するのである。ちなみにA部門は35人以上で“大編成”用の課題曲が演奏できるバンドらしいが、今年の留萌地区大会・中学部門には該当するバンドが無かったようだ。
 
C部門3バンドの後、B部門になる。市外のバンド2つの演奏があってから留萌市内の中学に移る。最初にC中が演奏し、その次が千里たちのS中だった。
 
C中のメンバーが楽器を持ってステージから降りる。千里たちが昇壇する。チューニングを確認してから、指揮をする近藤先生の両手が振られる。ほぼ全ての楽器がこの曲のメインテーマ、ドッド・ラッドー、ラッラ・ファラーを吹いて演奏が始まる。金管中心のテーマが演奏された後は、木管中心の中間部、そしてまた金管中心のテーマへと移っていく。
 
ノーミスで課題曲を演奏してホッとする。一部楽器を持ち替える人が素早く場所を移動して、自由曲が始まる。
 
勢いがあり元気なマーチの課題曲を演奏した後は、静かで趣きのあるワルツの自由曲『いつも何度でも』となる。
 
これは最初に出るのはクラリネットである!それにフルートがハーモニーを添えて木管の見せ場である。木管のみで主題を演奏した後は、今度は金管が同じメロディーを繰り返し、その後、木管・金管合わせての演奏となって、曲を盛り上げていく。
 
約3分半の演奏が終わる。みんなホッとした雰囲気である。これも何とかノーミスで演奏できた。拍手の中、楽器を持ってすみやかにステージを降りた。そして打楽器・木琴など大型の楽器を主として男子部員が協力して駐車場に駐めているワゴン車に運んだが、それ以外の部員はそのままS中の指定席の所に座った。
 

最後にR中の吹奏楽部が演奏する。結構人数多いなと思って鑑賞しながら人数を目で数えてみると36人いる。これならA部門にもエントリーできるだろうが、やはり誰か休んだ場合のことを考えたものだろうか。
 
R中の演奏が終わった後、15分間の休憩となった。その間、トイレに行く人もあったが、千里や映子は行かなかった。行って来た恵香は「列が凄かった!」と言っていた。女子トイレはそもそも混むし、この人数だからね〜。
 
「男子トイレ空いてないかなと言ってる子たちもいたけど、さすがにそちらに入る勇気は無いと言ってた」
「さすがに男子トイレに入るのは無茶」
 
審査結果が発表される。S中は金賞をもらった。すごーい!と思ったが、道大会に進出するのは同じく金賞のR中と発表される。
 
「金賞が道大会に行ける訳じゃないんだ?」
と映子に訊くと
「金賞の中でいちばん優秀だった所が道大会に行くんだよね」
「なるほどー!」
 
吹奏楽コンクールの場合、全てのバンドが金賞・銀賞・銅賞のどれかになるらしい。つまり演奏の出来で「良かった」「まあまあ」「努力しよう」ということのようである。もっとも人数の少ない所は努力のしようもない気もする。
 
中学の部が終わった所で簡単なミーティングをして、帰る人は帰って、高校や一般部門も見る人は残ってということになった。千里は映子や恵香・佐奈恵と一緒にこの後も見ることにした。それで近くのセイコーマートでおにぎりやパンを買って公園で食べるが、映子はハンバーグ弁当を食べている。
 
「だって、おにぎりとかだけならお腹空くじゃん」
 
うん。確かにそうだよね。でもトイレ大丈夫かな??
 
と思ったら案の定、映子は高校の部の前半は席に居なかった!
 

高校は8校エントリーしているのだが、S高校・U高校・H高校の3校だけがB部門で残りの5校はC部門だった。13時に始まって、14時半には終わってしまったので、17時からの一般の部は見ずに帰ることにした。
 
それで千里は買物して帰ろうと思い、映子・恵香・佐奈恵たちと別れてAコープに向かった。ところがその途中でバッタリと貴司と遭遇した。
 
「あれ?千里、もう帰って来たんだっけ?」
と彼が言う。
「今終わった所だけど」
と言いながら“帰って来た”ってどういう意味だろう?と考える。
 
「だったらこれ見てよ」
と彼は言い、道路の端に自分のバッグを置くとそこから4mほど離れた。
 
消しゴムをポケットから取り出す。
 
そしてそれを投げると、消しゴムはピタリとカバンの上に載った。
 
「おお、進化したね」
「褒めて褒めて」
「うん。よく頑張った。力の抜き方を覚えたね」
 
「それなんだよ。僕はこれまでただ勢いよく投げてた。そうじゃなくて目的の場所に載せるには力の加減を考えることが必要なんだ。これでバスケでもボールがバックボードに当たったものの勢いが強すぎてゴールに入らないというのが少なくなったよ」
 
「へー。本当に進化したじゃん」
「だったら約束通りデートしてよ」
「いいよ、いつデートする?」
 
「今からではもう遅くなってしまうし、明日からはまたバスケ部の練習あるし、そのあと合宿があるから、2学期始まる前の20日というのではどう?」
「いいよ」
と言いながら、“どの千里”がデートするのか知らないけどね、と千里Rは思った。
 
「じゃ今日はこれだけ」
と言って、千里Rは素早く彼の手の甲にキスする。
 
「おぉぉぉ!!!!!」
と言って、彼が感動しているようなのに背を向けて手を振り、千里RはAコープの店内に入った。
 
そして小春に脳間通信で伝える。
『私、デートの約束しちゃったからさ、“彼のことを好きな千里”に伝言しといて』
 
伝えた時、小春がかなり遠くに居るなと千里Rは思った。
 
『分かった。何とかする』
と小春は三重県から返事をした。この時、千里Yも千里Bも三重県に居たのである。
 

さて、千里Rが剣道の全道大会・吹奏楽の大会としていて、千里Yが河洛邑で光辞の朗読をしていた時期、実は千里Bは伊勢の神宮に行っていた。言われたのは、呑涛まつりが終わった後の、7月28日(月)である。
 
「研修ですか?」
「うん。千里ちゃん、御近所の神社でも巫女さんのバイトはしていたということだったけど、巫女さんとして知っておくべき教養などには弱いみたいだから」
 
「すんませーん。あんた巫女さんしてる割りには知識無さ過ぎとよく言われます」
「それで、一度体系的に学んでもらうのもいいかなと思って。それにやはり、お伊勢さんは一度は見ておくべきものだよ」
「お伊勢さんって、静岡県でしたっけ?」
「三重県!」
 
(小春が呆れたように天を仰いだ気がした)
 

ということで、8月7-11日、千里Bは巫女さんの研修に行ったのである。
 
行ったのは、留萌Q神社から、千里・寛子・細川さん、稚内Q神社から女子高生の晴子さんと麻里子さん、そして旭川Q神社から4人の新人巫女さんと斎藤徳子さんという巫女長さん、合計10名であった。これが長い付き合いになる斎藤さんとのファーストコンタクトとなった。
 
斎藤さんと細川さんが引率者である。旭川空港に集合し、お昼を食べてから、この当時1日1便だけ設定されていた、旭川−名古屋便に乗った。
 
留萌9:34-10:27深川10:40(ライラック1号)11:00旭川/旭川駅前11:30-12:05旭川空港/旭川14:55-16:50名古屋/名古屋空港17:30-17:58名古屋駅広小路/近鉄名古屋18:16-19:59伊勢市
 
研修に参加していたのは全国から集まった若手巫女さん100人ほどであった。
 
初日(8/9)は宇治橋の所で記念写真を撮ってから、日本神話を天地開闢から八岐大蛇退治まで学ぶ。お昼を食べてから午後は三種の神器の話、神社の一般的な造り(神殿・拝殿・舞殿・参道・手洗など)を学び、神社で行われる様々な儀式の意義と次第の説明を聞した。そして最も頻繁にすることになる、通常の参拝客の昇殿祈祷の手順を、全員1度ずつ実技した。
 
2日目(8/10)は夜明け前から瀧原宮・瀧原竝宮(たきはらのみや・たきはらならびのみや)に移動し、ここで朝日を見た。これは本当にすがすがしい体験で千里も大いに感動した。これを見ただけで、わざわざ伊勢まで来た価値があると千里は思った。
 
その日は日本神話の大国主命と因幡の白兎から地上の神と天上の神の争い、天孫降臨、山幸彦と海幸彦の話、神武天皇の東征までの話を聞く。昨日の話が純粋な神話、今日のは伝説だなと千里は思った。
 
その日の午後は大祓の祝詞の意味を説明した上で、日本国内の有名神社や主な教派神道について簡単な説明を聞く。そして実技として、結婚式での巫女さんの仕草、特に三三九度の場面を提子(ひさげ)係と銚子(ちょうし)係、新郎係・新婦係、笛係(笛の吹ける人のみ)、太鼓係と別れて全員練習した。
 
「みんな女子ばかりだからレスビアン婚になっちゃうけど」
と先生が言うと笑いが起きていた。
 
むろんお酒ではなくミネラルウォーターを使用した。
 
千里も寛子も笛係を務めた。千里が使用したのは、合竹樺巻きの龍笛であるが、それでも「あんた凄い笛を吹く」と言われた。それで唐突に夕食後1時間ほど千里が手本役になって笛講座が開かれることになってしまう。これには神宮の笛係の人まで顔を出して指導してくれた(おかげで千里自身の笛も進化した)。
 

講習の最後には参加者全員で神宮の境内の掃除をし、夕方で解散となる。近隣からの参加者はその日の内に帰るが、千里たちは北海道Q神社組10名その日も会館に泊まり、翌日、8月11日(月)に帰る。
 
ラッシュを避けるため朝御飯も食べずに退去し、まずは名古屋に出た。
 
伊勢市6:25-7:52近鉄名古屋/名古屋8:08-8:13栄
 
喫茶店でモーニングを食べながらラッシュをやり過ごす。そして9時過ぎにお店を出て栄のバスターミナルに向かう。千里は寛子さんと並んでおしゃべりしながら歩いていた。その時だった。
 
「駿馬さん」
と声を掛けられる。
「真理さん!?」
 
それは遠駒貴子さんの孫の真理さんだった。
 
「良かったぁ。見失ったかと思った。これお土産渡し忘れちゃって」
と言って紙袋を渡される。
 
「あ、はい」
と言って反射的に受け取る。
 
「じゃ、またよろしくね。帰り気をつけてね」
「ありがとうございます」
 
それで真理さんは帰って行ったが、千里はなぜ真理さんがここで自分をキャッチしたのだろう?と首をひねった。
 

小春は「全くもう」と溜息をつきながら、空港のカウンターの所で人の流れを見ていた。千里Yが消えたのは“30mルール”のせいである。
 
18-19歳くらいのミニワンピース姿の女性がカウンターで新千歳行きの空席があるか尋ねていたが「申し訳ありませんが」と断られていた。
 
お盆前だもんね〜。
 
小春は彼女に近づいて行った。
「すみません」
「はい」
 
「連れが急に行けなくなって、11:40の新千歳行きのチケットが余っているんですが、もし北海道に行かれるんでしたら、これ買ってもらえません?」
 
「ほんと?助かる。買う買う。もうどうしようかと思ってた」
と女性は嬉しそうに言った。
 
「ただ年齢が15歳になってるんですけど」
「高校生の気分で乗ります。性別が違ってたら女装しないといけないけど」
 
それで小春は、名古屋−新千歳 30,200円の所を2万円で彼女に売ったのである。彼女は感激して、せめてもの御礼と言って、ウイロウを1箱くれた。なんで性別が違ったら女装するのだろう?と思ったが気にしないことにした。
 
(この時千里は12歳だったが、チケットを取ってくれた事務の人が千里の年齢を中1ではなく高1と思い込んでしまい15歳になっていた)
 

伊勢に行って来た千里(千里B)は、寛子たちと一緒に連絡バスで名古屋空港に来て、チェックインし、セキュリティを通ろうとしていたら、小春がこちらに歩いてくるので、びっくりした。
 
「小春、ここで何してんの?」
「悪いけど、これ持って帰って」
と言って、小春はウイロウの箱を千里に渡した。
 
「うん、いいけど」
「あ、それから私、貴司さんとデートの約束しちゃったから」
「へ?」
「20日の日だからよろしくね」
「まあいいけど」
 
「ついでに私を一緒に旭川まで連れてって」
「了解了解」
 
それで千里はキツネの髪留めを髪に付けた。
 
「今、ここに女子大生くらいの女の子がいなかった?」
と寛子が訊く。
「ああ、男の子に性転換しちゃったよ」
と千里は平然として答えた。
(小春が文句言ってる)
 

そういう訳で、千里たちは旭川空港まで飛び、ここで一行は解散。千里・寛子と細川さんの3人は留萌に戻った。
 
名古屋12:00-13:45旭川/旭川空港14:10-14:45旭川駅前/旭川15:30(ライラック16号)15:49深川16:05-17:04留萌
 
8月上旬の3人の動き

 

8月17-19日は、バスケット部の男女合同合宿が、留萌市郊外のお寺で行われた。この合宿に、千里(千里B)は久々にバスケット部員として参加した。
 
この合宿では、千里はドリブルの仕方が下手だと言われ、これをよくよく指導されてかなりの改善があった。他にコートの端から端まで2人で走りながらパスを交換するワンツー・パスの練習、シュート&リバウンドの練習などをした。もっとも千里のシュートは全く外れないので「リバウンドの練習にならん」と文句?を言われたが!
 

お風呂は男子が終わった後女子が入ることになっていたのだが、千里は女子の中で最初に入ってと言われた。それで千里がお風呂に行った後しばらくして髪の長い人が部屋の前を通過した。
 
「あれ?千里もう終わったの?」
「って向こうに行っちゃった」
「トイレかな?」
「でも千里があがったのなら、入りに行こうか」
と言って、千里以外の女子部員5人がお風呂に行く。
 
すると、千里はまだ入っていた!
 
「まだ入ってたの〜?」
「ごめんなさーい。髪洗ってる内に時間経っちゃったかな?今あがりますね」
と言って、千里は浴槽を出て他の5人と入れ替わりで脱衣場に行こうとしたが
 
「ちょっと待て」
と言って停められる。
 
「その身体をよく見せなさい」
「恥ずかしいですー」
 
「千里、おちんちんは?」
「あ、えっと。部屋に置き忘れてきたかな」
「置いとけるもの〜〜〜!?」
 
ということで千里が肉体的に女の子であることが、バスケ女子部員5人にはバレてしまったのであった。
 

8月20日(水).
 
その日は珍しく、高岡猛獅と夕香が2人揃って、志水家を訪れた。
「誕生祝いをしなくちゃと思って」
と高岡は言う。
 
それで小さなホールケーキに蝋燭を2本立てて火を点け、龍虎の代理で夕香が息を吹きかけて火を消す。ケーキを5分割し、サイダーも開けて5人でお祝いする。
 
高岡は実はワインも持ち込んでいて、開けようとしたのだが、
「高岡さん、この後、運転なさるんでしょ。ダメですよ」
と志水英世が言い、
「そうだな。上島からも先日言われたし」
と言って、それは開けないことにして、照絵に
「適当に処分しといて」
と言って渡した。
 
この1995年物のボルドーワインは照絵から後に龍虎に託され、2021年まで開けられないままになる。
 

龍虎の誕生会は、アルコールが入らなくても充分上機嫌になった高岡が夕香とデュエットするなど楽しく盛り上がり、2時間ほどで終了した。
 
高岡夫妻はこの後、少しドライブするということだった。
 
「あ、忘れる所だった。これ龍へのプレゼント」
と高岡は別れ際、車に積んでいた紙袋を照絵に渡した。
 
2人か去った後、英世は
「俺はスタジオに行って、スコアの整理しないといけないから」
と言って、英世も出掛けたので、龍虎を抱っこひもで抱いた照絵は、紙袋を持って部屋に戻った。
 
「龍ちゃーん、パパからプレゼントだよ」
と言って紙袋から出してみたら、とっても可愛いリトルマーメイドの“ワンピース”である。溜息をつく。
 
「龍ちゃん、可愛いワンピースをもらったよ。着てみる?」
と龍虎に訊いてみると
「うん」
と笑顔で言うので着せてみた。本人は喜んでいる。
 
「まあいいよね」
と照絵は投げ槍に呟いた。
 

8月20日(水・大安)のお昼過ぎ、千里Bが貴司とのデートに行くのに、髪にブラシを入れていたら家電(いえでん)が鳴る。母は買物に行っているし、玲羅は図書館に行っていて、千里だけなので電話に出た。するとQ神社の香取巫女長だった。
 
「千里ちゃん、ごめん。今日の午後結婚式があって、寛子ちゃんが笛を吹く予定だったんだけど、寛子ちゃん、旭川から戻ってくる最中に高速で事故があって身動き取れない状態になってるらしくって」
 
「寛子さんの車が事故に遭ったんですか?」
「違う違う。寛子ちゃんが乗ってるバスの500mくらい前方で事故があったらしい。それで高速道路が不通になって、後続の車が動けなくなっているのよ」
「あぁ・・・」
 
「申し訳無いけど、至急来てくれない?」
「分かりました。タクシー呼んでそちらに向かいます」
「ごめんねー」
 
それで千里はまずタクシー会社に電話して配車をお願いした。それから家電から貴司の携帯に掛けた。
 
「貴司ごめーん。神社で急用ができて。結婚式の笛を吹く人が居ないらしいのよ。悪いけど今日のデートはキャンセルさせて」
「え〜!?」
「また今度、日程を取ってデートしよっ」
「うん。仕方ないな」
 
それで貴司との電話を終えた所にタクシーが来たので、千里は戸締まりをしてタクシーに飛び乗り、Q神社に向かった。
 

貴司はせっかく今日は千里とデートと思っていたのに、急用ができてキャンセルと言われてがっかりした。待ち合わせ場所の駅前に向かう途中だったのだが、仕方ないからマクドクルドでも食べてから市民体育館に行き、少しバスケットをしようと思った。ところが歩いている最中に向こうから千里が来るのを見る。
 
「千里!?」
「あれ〜貴司だ」
「神社の用事は良かったの?」
「神社の用事って?」
「何か結婚式に出るとかで」
「まだ私と貴司は結婚できる年齢じゃないね」
「・・・・・」
 
どうも貴司は変な妄想をしているようだ。それで敢えて訊く。
 
「どうしたの?ちんちんが性転換でもした?」
(意味不明)
 
貴司はそれには反応せずに言った。
 
「用事がキャンセルになったのなら僕とデートしてよ」
 
千里は急いで小春と脳間通信する。
 
『私以外の千里が貴司君とデートするんじゃなかったんだっけ?』
『それがその子に急用ができて行けなくなっちゃって。千里、代わりにデートしてあげられないよね?』
『まあいいよ。元々約束したのは私だしね。それにこの人、女の子の扱い方は知ってるだろうから』
 
それで千里(千里R)は貴司に言った。
「じゃ、私まだお昼食べてないから、一緒にマックでも食べてから散歩でもする?」
「うん!」
と貴司は嬉しそうに言った。
 
 
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【女子中学生・夢見るセーラー服】(6)