【女子中学生・夢見るセーラー服】(2)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6 
 
2003年4月26日(土).
 
千里たちS中剣道部は中体連の留萌支庁大会に出場した。千里や玖美子は女子、沙苗は男子の団体戦に出る。会場はC中の体育館が使用された。C中の2階の教室が女子の更衣室に指定されている。沙苗はおどおどしていたが、玖美子と千里に連行されるように更衣室に連れ込まれ着替えた。
 
「これまで男子と一緒に着替えてたのに問題がある」
と武智さんが言う。
「この子、これまではトイレで着替えてたらしいですよ」
と玖美子。
 
「君が男子更衣室に居ること自体が男子たちにとっては困った存在だったと思う」
「だから女子のほうにおいでよと言ってたんですけどねー」
 
白い道着を着ける沙苗は、白い道着が多い女子更衣室では全く目立たない(男子同様紺色を着ける女子もわりと居る)。沙苗自身「緊張しなくて済む〜」と言っていた。
 

今回の大会に出場しているのは、男子12校、女子8校であった。
 
初戦のH中戦では、先鋒の千里、次鋒の玖美子、中堅の武智さんが三連勝して副将・大将戦をせずに準決勝に進出した。準決勝は次のような組み合わせになった。
 
S中┓
K中┻┓
R中┓┣
M中┻┛
 
S中とK中との対戦では、千里(1級)は先鋒の中山さん(3級)に30秒で勝利、玖美子(2級)も広島さん(1級)に辛勝した。中堅・副将戦では向こうが勝ったものの、大将戦で初段を持つ藤田さんが相手大将(2級)を圧倒して勝利。S中は決勝に進出した。
 
もうひとつの準決勝、R中とM中の対戦では、先鋒戦でR中の前田さん(2級)がM中の吉田さん(2級)に圧勝。次鋒戦でも木里さん(1級)がM中の木下さん(2級)に20秒で2本取って勝つ。更に中堅戦も勝って3人で決着が付いた。
 

そしてS中とR中の決勝戦となるが、木里さんが残念そうな顔をしている!千里は先鋒で彼女は次鋒なので、今回は対戦が無い!
 
先鋒戦、千里は前田さんに1分で2本取って勝った。次鋒戦、木里さんは1分で玖美子から2本取って勝った。ここまで1勝1敗である。
 
中堅戦で武智さんはR中・風間さんと1本ずつ取った所で時間切れ。延長戦でも決着が付かず判定となる。判定は武智さんの勝ちだった。副将戦は相手副将・麻宮さんが終了間際に1本取って向こうの勝ちとなり、大将戦に優勝が掛かった。
 
しかし大将戦ではR中大将の田沼さんが鮮やかに藤田さんから2本取りR中の優勝を決めた。圧倒的な強さで、藤田さんが首を振っていた。
 
そういう訳で今回の団体戦でS中女子は準優勝となったのである。
 

男子の方では、沙苗が凄かった。紺色の道着の男子の中で1人白い道着を着け、見た目も女子にしか見えないので、対戦前に
「その人女子じゃないんですか?」
と相手チームから質問が入るスタートだったが、沙苗は「性別・男」と書かれた全剣連の登録証を見せて、男子であることを納得してもらう。
 
沙苗は1回戦では30秒で相手先鋒から2本取り
「君強いね。性別疑ってごめんね。君は間違いなく男子だよ」
などと言われて、複雑な表情をしていた!
 
沙苗は、準々決勝でも1分で2本取り、準決勝では時間ギリギリまで使って2本勝ち、3位決定戦でも1本勝ちで、団体戦では無敗であった。
 
ゲームはS中は1回戦では副将戦までで3勝して勝利。準々決勝では2勝2敗から大将戦で勝ってBEST4に進出したが、準決勝で沙苗の後の次鋒・中堅・副将が敗れて、決勝進出はならなかった。3位決定戦も同じパターンで鐘江さんの所まで回らずに敗退。4位に終わった。
 
しかしS中男子がBEST4になったのは3年ぶりらしい。
 
なおS中女子の準優勝は初めてであった!
 

男子の団体戦が終わった後、千里と玖美子が沙苗を連れて女子の控室に戻り、お弁当を食べる。
 
「千里も沙苗もお弁当の量が少ない」
などと玖美子が言っている。確かに玖美子のお弁当は千里や沙苗の倍くらい入っている。
「でも、くみちゃんのお弁当すごくきれいにできてる。お母さんが作ったの?」
「そうだけど、君たちは?」
「私、自分で作った」
「私もー」
 
「よく朝から作れるなあ」
 
そんな会話をしていたら、隣に陣取っていたF中の桜井さんが、こちらに気付いた。
 
「あれ?あなた男子の団体戦に出てませんでした?」
 
千里は
「桜井さんなら言いふらしたりしないだろうから、ちゃんとお話しますけど、あまり大きな声では言いたくないので、ちょっとこちらへ」
と彼女を呼び寄せてから、千里が事情を説明する。
 
こういうことを訊かれるのは“想定範囲内”である。沙苗は彼女に全剣連の登録証と生徒手帳の両方を見せた。
 
「女子生徒なのに、全剣連では男子なんだ!」
「ちょっと複雑な事情でこういうことになっちゃって。それでこの子は女子だから、女子の更衣室で着替えるし、白い道着を着けてるけど、全剣連の登録では男子なので、男子の試合に出るんですよ」
 
「へー。色々事情があるんだね。でも凄い格好よかったね。男子を鮮やかに倒していくし」
 
「うん。この子は強いですよ。1級持ってるし」
「すごいなー。現代の中沢琴だね」
などと桜井さんは言っていた。
 
中沢琴というのは、新撰組の女隊士である。1927.10.12に85-6歳で亡くなったとされるので、1843年頃の生まれということになる。無茶苦茶強くて「私に一本でも打ちこむ男が居たら結婚する」と言っていたが、1本取れる男がついに現れなかったので、生涯独身を貫いたらしい。女剣士であるが、新撰組では男装しており、女性にかなりもてたという。戊辰戦争の後は故郷の群馬県利根村で生涯を過ごしたようだが、後半生については、よく分かっていない。
 
(2017年に黒木メイサが中沢琴を演じるドラマ『花嵐の剣士』が放送された)
 
しかし桜井さんが言った“現代の中沢琴”というのがこの後、広まってしまい、沙苗には“留萌の中沢琴”という異名が付いてしまう!
 

午後から個人戦になる。女子は個人戦の参加者は60人ほどであった。
 
千里は1回戦・2回戦と順当に勝ち、取り敢えずBEST16まで来る。3回戦あたりから強い人同士の潰し合いになっていく。
 
3回戦で、千里はF中・大将の横川さんに、きれいに2本で勝ってBEST8に進出した。ここに残ったのは下記の8人である。S中とR中が3人ずつ残っていて、この2校のレベルが高いことも分かる。
 
村山(S中先鋒1級1年)
掛川(C中大将初段3年)
沢田(S中次鋒2級1年)
田沼(R中大将初段3年)
木里(R中次鋒1級1年)
藤田(S中大将初段3年)
麻宮(R中副将1級2年)
曽根(K中大将1級3年)
 
準々決勝では、千里はC中・大将の掛川さんと当たったが、時間内に面で1本取り勝利した。玖美子はR中・大将の田沼さんと当り、2-1で敗戦した(優勝本命の田沼さんから1本でも取ったのが凄い)。藤田さんはR中の木里さんに敗れた。それでBEST4はこのようになった。
 
村山(S中1級1年)
田沼(R中初段3年)
木里(R中1級1年)
曽根(K中1級3年)
 
なんと初段が1人しか残っていない。千里や木里さんは初段程度の実力があるが、中学2年にならないと初段になれないので“最強クラスの1級”である。
 
準決勝の組み合わせは、村山−田沼、木里−曽根となった。どちらも1年生と3年生の戦いである。
 
先に行われた木里−曽根戦では、木里さんが先に1本取ったものの、それで曽根さんは完璧に本気モードになり、その後、立て続けに2本取られて負ける。
 
千里はこの大会の“優勝本命”田沼さんにあっさり2本取られて負ける。田沼さんは最初から全開で、凄まじい気を帯びていた。団体戦で前田さんと千里の対戦を見ていたからだろう。
 
ということで、千里と木里さんは3位決定戦で対戦することになった。
 

木里さんが物凄く嬉しそうである。
 
「剣道続けてくれたんだね。新人戦では決勝で闘(や)ろう」
などと言っている。
 
試合は最初から激しい攻め合いになる。
「女子の試合とは思えん」
と言って立ち止まって見ている人もある。
 
2分ほど行った所で千里が面で1本取るが、終了間際、木里さんが小手で1本取り返す。それで延長戦(最大2分)に突入する。どちらも1本取れないままもう少しで時間切れという時、お互いに最後の勝負を掛けて相手の面を狙う。
 
ほぼ同時に面を打ったが、僅かに木里さんが早かった気がした。
 
が・・・停められない!
 
すぐお互い残心を残したまま体勢を立て直して、再度面を打ちに行くが、これは打つ前に終了のブザーが鳴ってしまった。
 

判定になる。
 
引き分け!
 
ということで、この中学最初の大会で、千里と木里さんは3位を分け合うことになったのであった。
 
フロアから退場した後で木里さんが
「あの面は相打ちとみなされたみたいだけど、村山さんの方が僅かに早かった気がしたけどなあ」
などと彼女が言う。
「私は木里さんの方が僅かに早かった気がした!」
 
「どう思います?」
とたまたま近くに居たM中の吉田さんに尋ねた。
 
「私には完全に同時に見えた」
と彼女は言う。
 
「じゃ本当に相打ちだったのかなあ」
と千里も木里さんも首を傾げた。
 

なお決勝戦は田沼さんが曽根さんから2本取って文句無しの優勝を決めた。
 
男子の個人戦も凄いことになっていた。
 
S中では鐘江さんもBEST8で消えたのだが、沙苗が1回戦・2回戦・3回戦・4回戦と短時間で2本勝ちを決め、準々決勝でも1本勝ちしてBEST4に進出する。
 
そして準決勝ではR中の羽崎さん(3年初段・団体戦の大将)と激しい闘いをしたものの、1本取られて敗退した。そしてこの羽崎さんが個人戦では優勝した。
 
R中は男女の団体戦、男女の個人戦、全て優勝である。
 
その決勝戦が行われる前に行われた3位決定戦で、沙苗はK中の吉永さんと対戦し、鮮やかに2本決めて3位を獲得した。男子の試合で彼女の白い道着・袴はとても目立つので“白い稲妻”などと言っている人もあった。
 
表彰式では、S中は団体戦女子で準優勝の賞状、個人戦は女子で千里が3位の賞状、男子で沙苗が3位の賞状をもらった。
 
新聞記者が優勝インタビューをした後、沙苗にも取材をしたがっていたが、顧問の岩永先生が、自分が取材に応じるから本人へのインタビュー等は勘弁してくれと言い、別室で詳しい話をした。それで結果的にこういう記事になったのであった。
 
“白い稲妻・留萌を走る”
 
昨日開かれた中体連剣道・留萌支庁大会で、男子の部に女性剣士のAさん(12)が出場し、個人戦で3位の成績を収め、笑顔で賞状を受け取った。Aさんは留萌市内の中学にセーラー服で通学する女子生徒ではあるものの、大会の規定で女子の部に出場できず、男子の部に出場した。白い道着・袴姿で、居並ぶ紺色道着・袴姿の男性剣士を次々と倒し、歓声があがっていた。彼女は団体戦でも男子チームの先鋒を務め無敗で、チームのBEST4入りに貢献した。
 

「これ読んだ人は男女混成チームで男子の部に参加したのかなと思うかもね」
などと玖美子は言っていた。
 
田舎なので、チーム編成の人数が足りず、男女混成チームで出てくる学校は、バレー・バスケット、サッカー、陸上、などでも時々あるようである。但し、柔道や野球は男子の部に女子選手が出るのは禁止らしい。野球は認めてもいい気がするけど、柔道は男子選手がやりにくいかもね、と千里と玖美子は言い合った。
 
(サッカーは以前にも書いたが男子チームで活躍する女子選手は多い。陸上で筆者が中学生の時に出場した駅伝大会には男子チームで走る女子が2人いた。いづれも男子と同じ10kmを力走して、すごーい!と思った)
 

さて、千里Rが剣道の大会に出ていた4月26日(土)、千里Bは、
「部活に入ってない人、自分の入っている部が今週は試合がない人は、どこかの応援に行って」
と言われていたことを思い出した。
 
(千里Yはそんな話を忘れていたので神社に出ている)
 
それで千里Bは見に行った後で買物が出来るし、と思い、町中のスポーツ・センターで行われるバスケットボールを応援に行った。
 
この日はセーラー服はクリーニングに出していたので、体操服を着て行った。
 
スポーツセンターの入口から入り、外履きを体育館シューズに履き替え、外履きはビニール袋に入れて手に持ち、中に入る。S中の試合は何時頃かな?と思って対戦表を見ていたら、
「ね、ね」
と声を掛けられる。
 
「はい?」
「君、S中の子?」
「はい、そうですけど」
 
「悪いけどちょっと顔貸してくれない?」
「は?」
 
話を聞くと、人数が5人ぎりぎりだったのに、1人休んでしまって4人しかおらず、これでは参加できないので困っていたらしい。それで千里に休んだ選手の代わりに出てくれないかというのである。
 
「私、バスケットのルールなんて知りませんよー」
 
4年生頃までは神社の境内に置かれたバスケットゴールで遊んでいたけど、さすがに自分たちには小さくなって、もっと下の学年の子に譲っている。それにそもそも自分たちは凄く適当なルールで遊んでいた。
 
「ボールを持ったまま3歩以上歩いてはいけないってのと、ダブルドリブルの禁止が分かってれば充分だけどな」
「ああ、そのくらいは分かります」
「じゃ、来て来て」
 
と言って、千里は連れて行かれ、唐突にS中女子バスケット部のメンバーとして大会に参加することになってしまったのである。
 

1人の部員がメンバー表を出しに走って行った時に、千里は唐突に気付いた。
 
「あの、まさかこのチーム、女子では?」
「ん?私たち男子に見える?」
「あのぉ、私、男子なんですけど」
「えーーーー!?」
 
それで千里は生徒手帳を見せる。
 
「うっそー!?」
「男と書いてある」
 
彼女たちは少し悩んだが、千里が見た目女の子にしか見えないし、初心者のようなので、
「きっとバレない」
と言われて、そのまま参加することになる。
 
「バッくれちゃおう」
「バレたらバレた時だよね」
「君、今日は女子トイレに入ってよね」
 

それで試合に出ていったのだが、この初戦にS中は勝ってしまったのである。千里が遠くからどんどんゴールを決めたが、千里はその距離から撃って入ったら3点というのを教えられてびっくりした。
 
次の試合までに少し詳しいルールを教えてもらう。そのあと5人で一緒にトイレに行ったら、トイレの中でクラスメイトの尚子と遭遇する。尚子は千里が女子トイレを使うのはいつも見ているので特に変には思わない。お互いに手を振る。
 
「尚ちゃん、テニスの応援にいかなくていいの?」
「テニスは明日なんだよ。それで今日はこちらに来た」
「へー」
 
トイレを終えて、チームの所に戻ってからバスケ部員たちに突っ込まれる。
 
「君は女子トイレ慣れしている」
「あはは、お奉行様、あまり深く追求しないで下さいませ」
 
「結局、君って女の子になりたい男の子?」
「まあそんなものかなあ」
「だったら、ちょっと病院行って、お股の余計な物を切ってもらって女子バスケ部に入らない?」
「それいいかもー」
などという話をした。
 
チームは2回戦では強い所にあたり敗退したものの
「ぜひちょっと手術して女子バスケ部に入る方向で考えてねー」
などという会話をした。
 

その後、一緒に男子の試合を見たが、S中2年の細川君という子が大活躍して男子チームは3位入賞した。
 
スポーツセンターを出て帰ろうとしていたら、尚子と遭遇した。
 
「男子チーム惜しかったねぇ」
などという話から、2年生でチームの中心になっている細川君のことで、尚子から随分情報をもらった。
 
「彼は女子の間でも凄い人気だよ」
「だったら彼女の2-3人居るのかなあ」
「特定の彼女は居ないみたいよ。恋愛してる暇があったらバスケしてるんだと思う」
「そういうストイックな子はいいなあ」
 
「ところで女子のチームに千里に似た子が出ていたけど」
と尚子の話は核心に入った。
 
「お代官様、それは内緒にして下さいませ」
 
と言って、千里はメンツが足りないから顔貸してと言われて参加に同意したものの、メンバー表を提出した後で、女子チームであることに気付いたことを話した。
 
尚子は「千里がチームが女子チームだということに気付いた」というより「チームメンバーが千里が男子であることに気付いた」と言うべきだなと思った。
 
尚子は沙苗の騒動から、戸籍上男子であれば“沙苗のように性転換手術を受けていても”男子の部に出なければならないと思っていたので“同様に性転換手術を受けて女になった千里も”男子の部にしか出られないのではと思った。
 
しかし話を聞くとほとんど事故のようなものだし、チームもすぐ負けたから、大きな問題はないだろうと考えたのである。
 

父は4/27-5/2に漁に出て、2(金)夕方に戻ったが、5/1-2日は海がしけたらしく、「ぐっすり寝たいから、お前たちどこかに出ていてくれ」と言った、
 
それで、母・千里・玲羅は5月3日は、どこかにお出かけすることにした。動物園にでも行こうかと言っていたのだが、結局、岩見沢市の三井グリーンランド(現在の北海道グリーンランド)に行くことにした。
 
入場券を買おうとしていたら、正面ゲート前で何かイベントをしていた。自分で好きな絵を描いたら、その場でその絵柄をプリントとして和服を作ってしまうというシステムのキャンペーンらしい。参加は無料というので、千里(千里B)と玲羅はこれに参加した。
 
このイベントでは、
 
パソコンで絵を描く→顔料インクで印刷して和服制作→着付け→何か芸をする
 
という進行になっていた。玲羅があまり絵が得意でないというので、千里は玲羅の和服の柄(KAT-TUNの亀梨君の似顔絵)を描いてあげてから、自分の分は銀河流星の滝をモチーフにした絵を描いた。
 
和服を着付けてもらって、小さなステージのある会場に座る。多くの参加者が歌を歌ったが、中には漫才などをした人などもあった。玲羅はキーボードの弾き語りでKAT-TUNの歌を歌った。千里は玲羅と重ならないようにと思い、用意されている楽器の中からヴァイオリンを取ったのだが、そもそも弦が弛んでいる。それはペグを巻けばいいのだが、調律笛なども持っていないので音を合わせられない。スタッフの人に尋ねたが、誰も調弦できないようだ(後から考えたらキーボードで音をもらえば良かった)。
 
するとその時、会場内に居た中学生くらいの男子が
「僕が音合わせられるよ」
と言って出て来て、合わせてくれた。彼は絶対音感を持っているらしい。
 
「ありがとう」
と笑顔で言って受け取る。
 
これが千里と貴司のファーストコンタクトだったのである。
 

千里はこの調弦してもらったヴァイオリンで『アメイジング・グレイス』を弾き優勝した。そして玲羅も3位に入って2人はグリーンランドの入場券を賞品でもらってしまった。
 
それで結局グリーンランドの入場料は、母の分だけ払えば中に入れることになった。午前中は、玲羅がジェットコースターに乗るのに付き合わされて、この手のものが苦手な千里はフラフラになった。
 
3人でお昼を食べた後、少し休んでいた時に、うっかり人にぶつかってしまう。
 
「ごめんなさい」
「ごめん」
 
と言ってから相手を見ると、さっきヴァイオリンの調弦をしてくれた男の子だったので、千里は
 
「先程は調弦をしてくださってありがとうございました」
と改めて礼を言う。
 
それでしばし話をするが、立ち話もということで、近くのベンチに座った。
 
「小さい頃やってたから、調弦とかはできるんだけどね。でも最近は部活が忙しくて、あまり弾いてないんだよ」
 
「へー部活は何をなさってるんですか?」
「バスケット」
 
その時、千里ははっとした。
 
「あ!今気付いた。細川さんですよね!」
「あれ、僕のこと知ってるんだ?」
「同じ中学なので。こないだの試合見てました。最後のシュート惜しかったです」
 
それで話している内に、彼も千里のことに気付いた。
 
「僕も気付いた。君、うちの中学の女子バスケット部員だ」
 
「いえ、あれ人数が足りないからと言われてたまたま近くにS中の体操服を着た私がいたから、一緒に走り回るだけでもいいからと言われて参加したんですよ」
 
「へー。でも君、スリーポイントをじゃんじゃん入れてた」
「あの距離から撃ったら3点になるって初めて知りました」
 
彼は、取り敢えず昼休みのバスケットに千里を誘った。S中体育館では毎日昼休みに部員も部員でない人も、男女も入り乱れてバスケをやっているから、それに参加してみない?ということだったのである。千里も、何も部活とかしてないから、出てみてもいいかなあと答えた。
 

何となく彼と仲よくなったので、彼は
「一緒にジェットコースターに乗らない?」
と誘った。
 
それで千里はまたジェットコースターに乗りまくるはめになる。ただ、千里が明らかに怖がっていたら、彼は手を握ってくれた。そして手を握ってもらうと不思議とコースターがあまり恐くない気がした。
 

そろそろ帰りの時間というくらいになり、ふたりは一緒に観覧車に乗った(千里はこれがデートになっていることに全く気付いていない)。
 
「僕のこと、名前で呼んでよ。貴司(たかし)って」
「うん、貴司君」
「《君》は要らない」
「じゃ、貴司」
 
「君、名前なんだったっけ?」
「千里(ちさと)です」
「じゃ、僕も《千里》って呼び捨てにする」
「はい、それでいいです」
 
そういう訳で、2人は名前の呼び捨てで呼び合う関係になったのである。
 

「でも不思議だなあ。僕、これまでまともに女の子と話したこと無かったのに、千里とは凄く話がはずむ」
と貴司は言っている。
 
「えーっと私、女の子じゃなくて男の子だけど」
「嘘」
 
「そうだ。生徒手帳見せるね」
 
と言って千里(千里B)は、青いハンギョドンのバッグから生徒手帳を出して貴司に見せる。学生服を着た千里の写真がプリントされていて、性別は男と印刷されている。
 
(男と記載された生徒手帳を持つのは千里Bだけ)
 
「うっそーーーー!」
「ごめんねー。紛らわしくて」
 
「だって、千里、女子のバスケの試合に出てたじゃん!」
「ああ。女の子と思い込まれて、引き込まれて。メンバー表出した後で、私、女子のチームだったことに気付いたのよね」
 
「何でそんな長い髪なのさ?うちの中学、男子は短髪なのに」
 
「入学式当初、風邪引いて休んでて、それで風邪が治ってから髪切ります、と言ってたんだけど、その後特に注意されないからバックれてるんだけどね」
 
(千里Bは異装届が提出されていることを知らない)
 
「千里って、《女の子になりたい男の子》だっけ?」
「自分では女の子のつもり。日本の法律がそれを認めてくれないけど」
 
「女の子の服、着たりする?」
「制服以外では女の子の服しか着ないよ」
「じゃ今度、普通の女の子の服着て、一緒に遊ぼうよ」
「いいよ」
 
(今日はふたりともゲート前でやっていたイベントでもらった和服を着ている)
 
「でも声も女の子の声にしか聞こえないのに」
「私、発達が遅いのかもね」
 
「チンコあるんだっけ?」
「内緒」
「なんで内緒なの〜?」
と言ってから、貴司は少し考えるようにしてから言った。
 
「決めた。千里、僕のガールフレンドになってよ」
「《ガールフレンド》でいいの? 私、男の子なのに」
「いや。千里は女の子だよ」
 
「そうかな」
「返事は?YES? NO?」
「YES」
「よし」
 
それで2人は握手して、ボーイフレンド・ガールフレンドになることにしたのであった。
 

貴司はあらためて千里に女子バスケ部に入るよう勧めた。
 
「私男の子なのに」
「いや、男子バスケ部にも女子バスケ部にも。男子であることとか、女子であること、という決まりはないはず。S中の生徒であることと、スポーツマンらしい態度で、練習や試合に臨むこと、という規定しかない」
 
「まあ普通いちいち断らないかもね」
 
千里は留実子が“名誉男子”と言われて、本来男子だけの応援団に入れてもらったという話を思い出していた。私も“名誉女子”で女子バスケ部に入ってもいいのかもね、と千里Bは思った。
 

千里が携帯を持っているので、貴司は「番号とメールアドレスを交換しようよ」と言ったが、千里は「ごめーん。これお父ちゃんの携帯を借りて来たんだよ。私は携帯持ってないのよね」と言って、自宅の電話番号を教えた。貴司は自分の携帯の番号をメモに書いて千里に渡してくれた。
 
それで千里Bは連休明けの5月6日(火)、体操服姿で女子バスケ部の部長・節子(3年)の所に行き、
「お股の手術とかはしてないけど、女子バスケ部に入れて下さい」
と言った。
 
「おお、千里ちゃん大歓迎」
と言われて、千里はこの年、女子バスケ部の6人目の部員になったのである。
 

“男子だけど女子バスケ部員”という千里の登録について、顧問の伊藤先生は悩んだ。
 
千里が、小学生の時に“男子だけど女子ソフトボール部員”だったという話を聞き、伊藤先生は千里の名前と生年月日で検索を掛け、千里のスポーツ少年団での登録番号を見付けた。スポーツ少年団の登録上は千里は女子として登録されている。
 
「ちゃんと女子の登録になってるなあ」
と呟きながら、伊藤先生は、スポーツ少年団・バスケット留萌地区のS中分団に千里をそのまま登録した。これでスポーツ保険などは問題無くなる。
 
バスケット連盟の留萌支部には電話を掛けて事情を説明した。
 
「その選手は女子ではないんですか?」
「戸籍上は女子らしいですよ。でも男子として登録したいらしいんですよ」
 
(このあたりは伊藤先生は勘違いしている。でもそもそも千里自身が勘違いしてた!)
 
「男子なのに女子に登録したいというのは認められませんが、女子で男子として登録するのは、システム上は可能です。でもそれでは男子の試合にしか出られなくなりますよ」
と留萌支部の人。
 
「本人はそれでいいそうです」
 
この件は、北海道支部まであげられ、北海道支部長の判断で認められた。それで千里はバスケット協会から、男子の登録番号が発行され、協会には“S中女子バスケット部に所属する男子選手”として登録されたのである。男子選手なので、当然女子の大会には参加できない。(支部長さんは“男子バスケ部に所属したい女子選手”と勘違いして認可してしまった可能性が高い)
 
千里はこの男子としての登録番号を約3年半使用することになる。
 
千里の性別問題が3年半もこういう変則的な状態のまま問題にならなかったのは、S中が弱小で、上位の大会に全く出て行けなかったし、そもそも千里は公式戦には出なかったからである。
 

5月7日(水).
 
千里(千里R)と玖美子は午後が公休扱いになり、市民病院に行った。中体連から“健康診断”を受けてくれと言われて行ったのである。でも2人とも
 
「健康な“女性”であるかどうかの診断だよね〜」
 
などと言って出かけた。2人は4月26日の中体連留萌支庁剣道大会で女子の上位に入賞したので、性別確認検査の対象になったようである。ちなみに男子は特に性別確認検査はされないので、沙苗はこの検査は受けない!
 
病院に行くと、まずはトイレでおしっこを取って提出。検査室で体重・身長・トップバスト・アンダーバスト・ウェスト・ヒップを測られ血圧測定の上で採血された。
 
そのあとCTを撮りますと言われてCT室の前まで行ったら、そこにR中の木里さんと前田さんもいたので手を振る。彼女たちも同様の検査を受けに来たようである。
 
「私、男だと言われたらどうしよう」
などと前田さんが言っている。
 
「前田さんなら、男になっても上位に食い込むと思うなあ」
と玖美子。
 
「私、男になっちゃったら村山さんと対決できなくなるから、万一男だと言われたら性転換手術受けよう」
などと木里さん。
 

「昭和30年代頃は、女子選手として活躍していた人が『あんた男』と言われて女子選手としての資格を剥奪され、それまでの全ての成績・記録を抹消されるケースが多かったらしいですね」
 
「あの時代は戦争の影響もあるんですよ。ちょうど戦時中に生まれた人たちが昭和30年代にスポーツ選手として活躍する年齢になったんだけど、男の子だと兵隊に取られちゃうからというので、本当は男の子なのに、女の子として出生届を出したケースがけっこうあったんですよね」
 
「だったら本人も自分は本当は男だって分かってますよね」
「それを言い出せなかったんでしょうね。女として暮らしてきてるから」
「性別を変更するって大変だもん」
 
「でも中には完璧に無知だった人もいたみたいで、ある選手は大会前の健康診断で『生理はいつありましたか?』と訊かれて『生理って何ですか?』と聞き返して大騒動になったらしい」
 
「さすがに今の時代は、たとえ男でも、20歳前後になって生理を知らない人は居ないでしょうね」
 
「昔はまともな性教育とか、してなかったから、そんな人もいたんでしょうね」
 

千里たちはCT検査の後、婦人科医の診断を受けたが、今回は千里は体型の目視検査とお話だけで、内診台にまでは乗らなくて済んだ。千里Rは4/20に生理が来たばかりなので
「前回の生理は?」
という質問には
「4月20日の日曜日に来ました」
と答えることができた。
 
玖美子と前田さんも内診台には乗らなかったらしいが、木里さんは乗せられたということで、「恥ずかしかったぁ!」と言っていた。
 
全員「開封無効」の診断書をもらって病院を後にしたが、4人とも夏の大会でもちゃんと女子の部に出て来たので「あんたは男」という診断になった子は居なかったようである。
 
なお他に、C中の井上さんとF中の桜井さんもこの日に留萌市民病院で検査を受けたらしかったが、千里たちとは遭遇しなかった。
 

5月8日(木)にS中1年生は実力テストが行われた。午前中に英語・社会・数学、午後に理科・国語が、変則時間割で実施された。
 
授業範囲から出題される中間期末と違って、実力テストは中学1年生程度の一般的な学力をチェックするものなので、授業だけで勉強している子より、塾や通信教育をしている子、本当に学力のある子が有利になる。
 
千里たち“勉強会”グループは1月以降、小学校の学習範囲をずっと復習してきていたので、みんなわりといい点数を取れた。学年全体での順位も各自に通知されるが、玖美子が1位、蓮菜が2位、田代君が3位で、勉強会グループがBEST3を独占した。小学校の時は最下位争いをしていた千里と恵香も、千里が80人中40位、恵香も43位で、2人とも物凄く成績を上げていることが分かる。
 
更にこのグループは、外人の子たちといつも会話しているので、最低でも英語はペラペラに近く、その英語の点数の良さが総合点を押し上げていた。
 

実力テストの翌日5月9日(金)には校内マラソン大会が開かれた。
 
道道1048号(留萌小平線:この道の先に神居岩公園がある)上に設定した折返点までを往復してくるコースで、男子は5km, 女子は3kmである。男子たちの中には
 
「今日だけ女子になりたい」
などと言っている子たちがいた。
 
セナなど
「君はマラソン大会の前に性転換しておけば良かったのに」
などと言われていた。
 
それでセナは男子の方に参加するが、千里や沙苗は女子の方に参加する。
 
所要時間は、男子は15-40分、女子は10-30分くらいだろうとみて、男子が10:00に出発した10分後10:10に女子がスタートした。つまり男女のラストがどちらも10:40くらいに帰ってくるだろうという計算である。
 
男子のトップは13分で帰って来た(23km/h)。陸上部の3年生である。さすがである。女子が出発したほんの3分後のゴールであった。女子のトップは陸上部の3年生と1年生の留実子!が激しいトップ争いをして、10:19 (20km/h) にゴールした。胸一つの差で陸上部の子が優勝し、陸上部のメンツを保ったが、ゴール後、僅差で2位の留実子とハグしていた。
 
セナは男子として参加しているが、そんなに足が速いほうではない。どんどん他の子に離されていくものの「マイペースで走ろう」と開き直ってちゃんと最後まで持続可能なペースで走って行った。
 
何とか男子の折返点まで到達して帰り道になる。1kmほど走り、女子の折返点まで戻って来た時、千里と蓮菜・沙苗が一緒に折り返す所に遭遇する。
 
「男子の折返点まで行って来たんだ?」
「一応男子に分類されてるし」
「私、女の子ですー、みたいな顔してここで折り返せば良かったのに」
「男子と一緒にスタートしてるし」
 
「私はここで折り返していいのか、やや罪悪感がある」
と沙苗が言うと
「まだ女子化教育ができてないな」
と蓮菜は言っていた。
 
「でも、るみちゃんは『男子はスタートしたぞ。お前何やってる?』と言われてた」
「あはは、あの子は毎日5回は性別間違えられるよね」
「30回くらいと思う」
 
などと会話を交わしてから「また」と言って、彼女たちを置いて先に行く。
 
ところが1分半くらい走った所で千里が恵香・小春と一緒に向こうから来るのに遭遇するので、セナは仰天する。セナが驚いているのを見て恵香が訊いた。
 
「どうかしたの?セナちゃん」
「いや、さっき村山さんを抜いた気がしたのに」
「幻でも見たんじゃない?それと“女の子同士”なんだから、名前で呼んでいいのに」
「そ、そうだね」
と言葉を交わしてすれ違った。
 
そして更に3分ほど走ったところで、女子2人組がゴールに向かって走っているのに追いつく。抜こうとしたら、その中の1人に捉まる。
 
身体をハグされて、胸まで触られ
「今日はノーブラなの?」
と玖美子に言われた。
 
(玖美子のバストを背中に感じてドキッとする←セナはまだ男を廃業していない)。
 
「セナ、私たちの後(うしろ)に居たの?」
と千里が訊く。
 
「男子は遠くまで行くから・・・って、なんで村山さん、ここにも居るの?」
「私がどうかした?」
「折返点の所で村山さんに会って、さっきも村山さんとすれ違ったのに」
「だったら、この後、私たちと一緒に走るといいね。これ以上私に遭遇することは無いよ」
と言われて、セナは千里・玖美子と一緒に、あれこれ話しながら走って、3人一緒にゴールしたのであった。
 
そしてセナは、千里や玖美子同様、20:41というタイムを書かれた赤い紙の記録表を渡された!(男子は青い紙)
 
「女子の紙をもらっちゃった」
「この機会に性転換しよう」
「どうしよう?」
 
「悩むなら、取り敢えず去勢したら?」
「そうそう。男性化を停めなきゃ」
「よく女の子になっちゃった夢を見る」
「明日からセーラー服で学校に出ておいでよ」
「持ってないよぉ!」
 

セナ速度10.00km/h 到着予定時刻=10:30
↓旅人算の計算結果
蓮菜8.18km/h 遭遇10:21:00 位置1499m(折返) 到着10:32:00
恵香6.20km/h 遭遇10:22:21 位置1275m(往路) 到着10:39:02
玖美8.70km/h 遭遇10:25:23 位置_769m(復路) 到着10:30:41
 

 
 
↑は一定速度で走った場合の計算だが、セナは実際には玖美子に捉まり、彼女たちと一緒にゴールした。
 
セナは本当は5kmを30:41で走ったので9.78km/hだが、女子の記録表をもらったので3kmを20:41で走ったことにされた。これだと8.70km/hということになる。でも順位は男子としての順位より上になった!
 
大会後「女子の記録表が4枚多く出てる。なぜだろう?」と先生が首をひねっていた(千里が2人多いのと、小春とセナの分)。ちなみに男子は予定より1人少なかった!
 
「男子のは花和さんの分では?」
「あ、そうかも」
 
実際には留実子はちゃんと女子の記録表をもらったので、留実子の所では人数は、ずれていない!
 

4月下旬からずっと休んでいた鞠古君が5月12日(月)になって、やっと学校に出て来たのだが、衝撃的なことを言った。
 
「俺、チンコ切ることになった」
 
びっくりするクラスメイトたちに彼は説明した。ペニスに腫瘍ができていて、切除が必要だが、かなり根元に近い部分にあるため、結果的にその先を全て切除することになる。また腫瘍が拡大しないようにするのと、再発防止のため女性ホルモンを投与する必要があり、睾丸があると男性ホルモンを分泌して病気を悪化させるので、睾丸も除去しなければならないというのである。
 
「だからチンコの大半を切って、睾丸も取って少なくとも2-3年、女性ホルモンの注射をすることになる」
と彼は言った。
 
「そしたらほとんど女になるのでは?」
「少なくとも男ではなくなるな。胸も大きくなるだろうし」
 

その日の放課後、千里が体操服に着替えて、バスケのウォーミングアップをしようとしていたら、留実子が泣いているのに気付き、千里は声を掛けた。
 
「鞠古君から何か言われたの?」
「別れてくれと言われた」
「なんで?」
「チンコも金玉も無くなって、女性ホルモンも注射されて、自分はもう男ではなくなってしまう。だからぼくの恋人ではいられないと言われた」
 
千里は言った。
「るみちゃんは、鞠古君のちんちんが好きだったの?」
 
留実子は少し考えてから首を振った。
 
「ぼくは知佐本人が好きだ。知佐のチンコが好きなわけじゃない」
 
「だったら、るみちゃんは鞠古君の恋人でいられると思うよ。それにちんちんがあるかどうかなんて、性別とは関係無いことだよ。鞠古君の心が男であるのなら、たとえちんちんが無くなっても男だよ」
 
「言われてみたら、そういう問題って千里やぼくが一番分かっているべきことだった」
 
「だったら、彼に言いに行こうよ。自分は鞠古君のちんちんが無くなっても鞠古君本人が好きなんだって」
 
留実子はしばらく考えていたが、
「千里の言う通りだ。知佐に好きだって言いに行く」
と言った。
 
でも留実子は千里に付いてきてくれないかと言ったので、千里は彼女に付いていくことにした。
 

鞠古君は、女性ホルモンの注射を打ってもらいに、市内の病院に行ったという。それで千里は留実子と一緒に彼を追いかけてその病院に行った。
 
鞠古君は待合室に居たが、こちらを驚いたように見ている。
 
「もう注射したの?」
「まだだけど憂鬱〜。注射されたくねー」
「旭川の病院でも女性ホルモン注射された?」
「されたけど最悪の気分だった。注射されたあと吐き気がして」
と鞠古君は言っている。
 
「私は先月頭に倒れた時、女性ホルモンの注射してもらったら凄く体調がよくなって、それで体力回復したんだよね」
と千里。
 
「俺とは全然違うな」
「男の子は女性ホルモンを受容しづらいからかもね。私が代わってあげたいくらい」
と千里は言った。
 
すると彼は少し考えていたが、ポンと右手ゲンコツで左手の掌を叩いた。
 
「それ本当に代わってくれない?」
「へ?」
 
「村山は女になりたいから、女性ホルモン打って欲しいよな?」
「うん、まあ」
「俺は女性化したくないから、女性ホルモンなんて打って欲しくない。だからさ、ここは俺の代わりに村山が女性ホルモンの注射してもらえば丸くおさまると思わない?」
 
「え〜?でも鞠古君の治療に必要なんじゃないの?」
 
「俺がチンコのできものに気付いたのは去年の秋くらいなんだよ。それから半年以上経つけど、そんなに状況は変わってない気がする。それにどうせ俺7月にはチンコ切られてしまうんだから、今更少しくらい腫瘍が大きくなっても大差ない。だから、村山が女性ホルモン注射してもらうのがいちばんいい選択なんだよ」
 
何か理屈がおかしいぞ〜と千里は思ったのだが、留実子まで
「それいいかもね。千里、代わりに打ってもらいなよ」
などと言う。
 

それで千里は、鞠古君の代わりに女性ホルモンを打たれることになってしまったのである。
 
千里は体操服でここに来ている。それで学生服を着て男子を装うことにした。鞠古君が後を向いている間に千里は青いスポーツバッグの中から学生服を取り出し、それを着た。そこで「まりこ・ともすけさん」と呼ばれるので、千里は彼を装って診察室に入った。
 
「え?君女の子じゃないの?」
などと医者から言われるが、
「ぼく男ですよ」
と答える。
 
「声も女の子の声だ」
「まだ声変わりが来てないので」
「なるほどー。中学1年だと時々そういう子もいるね」
 
と言って、医師は注射をするのにズボンとパンツを脱ぐように言った。注射はお尻にするらしい。
 

それで千里は学生ズボンと、その下に穿いている女子用ショーツを脱いで、ベッドに俯せに寝た。女の子ショーツを穿いていることを何か言われるかなとも思ったが、特に何も言われなかった。
 
それで女性ホルモンの注射をされたが、注射された瞬間、凄く気持ちよくなった。やはり、私は基本的に女性ホルモンと相性がいいんだろうなと思った。
 

会計は鞠古君が払って、3人は一緒に病院を出た。千里は私は消えるからと言ったのだが、留実子がここに居てと言うので、仕方なく2人の会話を聞くことになった。
 
留実子は正直に自分の気持ちを語った。自分は鞠古君そのものが好きだから、たとえ彼がペニスを失っても自分の気持ちは変わらない。恋人でいて欲しいし、将来は結婚して欲しいと。
 
鞠古君は言った。留実子がそう言ってくれるのは嬉しいけど、自分の身体が女性化していくと、たぶん自分は精神構造まで変わってしまう。留実子が期待するような自分では居られなくなると。
 
しかし留実子は言った。
 
「ボクは何も期待しない。ただトモが居てくれるだけでいい」
 
「・・・・ほんとにいいの?」
 
2人が見詰め合っているのを感じる。千里は歩みを停めて彼らに背を向けたまま座り込んだ。
 
暖かい波動を感じたので、キスしたなと思った。
 

2人が千里に声を掛けたので、千里は立ち上がり、一緒に駅前に向かう。でも留実子と鞠古君の気持ちの整理が付いたようなので良かったと千里は思った。しかしふと疑問を感じた。
 
「ね、ね、今日は私が代わりに注射打たれたけどさ、次回注射打ちに行った時に、こないだと違う子だと言われたりしない?」
 
「あ、それは全く問題無い」
と鞠古君は言う。
 
「そうなの?」
「以後も毎回村山が注射してもらえばいいんだよ」
と鞠古君。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「あ、それで問題無いね」
と留実子も言っていた。
 
ということで、千里(千里W/B)は、この後7月まで毎週女性ホルモンの注射を打たれることになる(むろん注射代は毎回鞠古君が千里に渡す)。そしてこれだけで千里Wの身体は、完全に男性機能が停止してしまうし、胸も少し膨らみ始めることになる。
 

留実子は突然思いついたように
「ね、ちょっと来て」
と言う。
 
「あ、私は帰るよ」
「いや、千里も来て欲しい」
と留実子が言うので、千里は彼女たちに付いていった。学生服であまり歩き回りたくないのにと思うが親友の大事なので仕方ない。
 
「神社?」
「うん。ここの占いはよく当たるんだよ」
と留実子は言っていた。
 
3人が来たのは市内Q神社である。千里はそういえば初詣でここに来たなと思い出していた。(千里が来たのを見てQ大神はわくわくして見ていた)
 

占いの相談を受けてくれたのは、巫女の衣裳を着けた30代の女性である。
 
「実は、私の彼氏のことなのですが」
と留実子が言うと、巫女さんは確認した。
 
「彼氏というのは、その学生服を着ている、髪の短い方の子?」
と巫女さんが訊く。
 
「ええ、そうです。髪の長い方は私の友人の女の子です。体育祭で応援団するから、その衣装なんです」
 
「ああ、女の子だよね。女の子に見えるのに学生服なんて着てるから私も迷った」
 
「それでこの髪の短い彼がペニスに腫瘍が出来ていて、7月に手術するんですけど、転移していたりしないかどうか、この後、転移したりしないかどうか、鑑てもらえないでしょうか?」
 
巫女さんはそういう話は医者に相談してと言ったが、留実子は医者にはちゃんと相談しているが、医者にも分からないことを占って欲しいという。巫女さんは本当は死病盗は占ってはいけないのだけど、と断った上で易卦を立ててくれた。
 
「沢天夬(たくてん・かい)の五爻変(ごこうへん)というのが出たよ。転移は大丈夫だと思う」
 
「ほんとですか!良かった」
「でも、何か重大な決断しなければならないことがあるみたい」
 
「実は彼、手術でペニスも睾丸も全部取らないといけないらしいんです」
 
「それは気の毒だね」
と巫女さんは同情するように言う。
 
「あなたは彼氏がペニスを取ってしまっても平気なの?」
と巫女さんは敢えて留実子に尋ねる。
 
「平気じゃないけど、病気治療のためには仕方無いです。それに男か女かなんてペニスの有無じゃなくて心の問題だから、彼が心で男である以上、たとえペニスが無くなっても私は大丈夫です。彼と結婚したいと思っています」
と留実子は言った。
 
「それはありがたい彼女を持ったね」
と巫女さんは鞠古君に向かって言った。鞠古君は目に涙を浮かべていた。
 

2003年5月27日(火)、《きーちゃん》は留萌を訪れた。
 
“千里の墓参り”をするためである。
 
千里は4月9日に亡くなったはずである。本当は葬式にも顔を出したかったが、その時期は、長万部の佐藤小登愛を手伝って、少し面倒な案件を処理していたので、時間が取れなかった。
 
つい先週、やっとその件が片付き、結果的に小登愛は、釧路に引っ越した。《きーちゃん》としては、彼女には札幌近郊か、せめて旭川か函館に引っ越して欲しかったのだが、まあ釧路は長万部よりは都会だし(釧路は人口では北海道第4の都市)ということで、引き続きサポートしていく予定である。ただ、釧路に頻繁に行くなら、函館より旭川あたりに拠点を確保した方がいいかなと思い始めていた。大きな空港もあるし。
 
ともかくも小登愛(おとめ)の案件の手が空いたので、千里のことを思い出した。
 
4月9日に亡くなったとすれば、5月27日で四十九日である。そこで、それを機に墓参りしておこうと思ってやってきたのである。
 

でも村山家の墓の場所を知らない!
 
それで《きーちゃん》は千里の妹の玲羅をキャッチして、彼女からお墓の場所を聞こうと考えた。親に訊くとあれこれ詮索されそうで面倒である。
 
《きーちゃん》はそれで小学校が終わった頃を見計らって、村山家の近くで待機していた。すると17時すぎになって、ランドセルをしょった玲羅が学校から戻ってきた。《きーちゃん》は彼女に声を掛けた。
 
「すみません」
「はい?」
「つかぬことをお伺いしますが、村山家のお墓はどちらにあるでしょうか?実はあなたのお姉さんに、少し関わった者なのですが、お墓参りしたいと思って」
 
「お墓ですか?」
と言って玲羅は首を傾げる。
 
そして
「ちょっと待って」
と言ってから、家の勝手口を開け
「お姉ちゃんいる?」
と声を掛ける!
 
すると、千里が顔を出した。
 

その瞬間、《きーちゃん》は仰天して、まさに“幽霊でも見たかのような顔”をした。
 
「どうしたの?玲羅」
「なんか女の人が、うちのお墓の場所を知りたいんだって」
「お墓?」
と言って、千里はサンダルを履いて家から出て来た。
 
「こんばんは。うちはまだ仏さんが出てないから、墓は無いんですよ。父は旭川の出身、母は札幌の出身で、父も1980年頃に留萌に移動してきたから・・・って、きーちゃん、久しぶり!あれ?どうしたの?」
 
「千里・・・なんで生きてるの?」
「え?私、死んだんだっけ?」
と千里が言うと玲羅は
「蓮菜さんによれば、お姉ちゃんは生まれた時から既に死んでたらしいけど」
などと言っている。
 
「千里、ほんとに生きてるの?」
と言って、《きーちゃん》は千里の手を握る。
 
「あまり生きてる自信無ーい」
と千里は言うが、《きーちゃん》は千里の手を握って、彼女の脈・血圧などを素早くチェックした。これはどう見ても生きてる人間のサインだ。
 
「千里、死ななかったんだね。良かったぁ」
と言って、《きーちゃん》は千里を抱きしめて泣いた。
 
《きーちゃん》は、千里を抱きしめたついでに、千里の体内を透視して、間違い無く、卵巣・子宮・膣があることも確認した。この子が男の子だなんて、きっと何かの間違いではと思う。
 

千里は、《きーちゃん》を取り敢えず家に上げた。
 
「てっきり千里は死んだとばかり思ってたから、これお墓に供えようと思って持って来た」
と言って、《きーちゃん》は五勝手屋(ごかってや:江差のお菓子屋さん。函館にも店舗がある)の羊羹の箱を出した。
 
「あ、これ1度食べたことある」
と言って、玲羅は早速開けている。
 
千里はお茶を入れて、《きーちゃん》に出し、自分と玲羅にもお茶を入れた。でも躾けのなってない玲羅はもう既に羊羹を完全に開けてしまったので、千里は
「では頂きます」
と言って、羊羹をペティナイフで切り分けた。玲羅はすぐ2個取って食べている。
 
「私、よく死ぬけど、たいてい誰かが蘇生してくれるんだよねー」
などと千里は言っている。
 
「そういえば、羽田でも明らかに死んでたのに、蓮菜ちゃんが蘇生したね」
と《きーちゃん》。
 
「私もよく、お姉ちゃん、生き返らせてる」
と玲羅。
 
「でも千里、今日は学校休みだった?」
「ううん。6時間目まで授業はあったよ」
 
《きーちゃん》は疑問を感じた。だって、私16時頃からこのあたりで待機してたのに。なぜ、千里が学校から帰ってくるのに気付かなかったんだろう?この子、テレポーテーションができるとか??
 
《きーちゃん》は「この子、ひょっとしたら、私が思ってたのよりずっとパワフルなのかも知れない」と考え始めていた。そしてこの子はきっと自分の凄さを人には自然に隠すよう訓練されているんだ。だから、普通の霊能者や精霊がこの子を見たら、大したことないように見える。でも実は・・・。
 
だいたいこの子、お金無い、うちは貧乏とか言いながら、昨年秋には自分の東京への出張費用をポンと出してくれたし(別に出してくれなくても、来てと言ったら付いて行ったのだが)。経済力があるのか無いのかもよく分からない子である。
 
《きーちゃん》は今まで以上に千里に興味を感じ始めた。
 
そして千里がまだ生きているのなら、やはり旭川に拠点を確保しようと考える。
 
そして31日の金環食、何も準備してなかったけど、千里に見せてあげると約束してたから、観測に適した場所を探さなきゃ!このあと、スコットランドに行って来なくちゃ、と思うのであった。
 
「そうだ。私、携帯買ったんだよ。番号とメールアドレス交換しない?」
「うん、いいよ」
それで《きーちゃん》は、赤外線を使って、千里のピンクの携帯と電話番号・アドレスを交換した。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6 
【女子中学生・夢見るセーラー服】(2)