【女子中学生・夢見るセーラー服】(1)

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4月18日(金)、沙苗が初登校した日の放課後、千里Rは剣道部の練習に出たが、千里Bは蓮菜と一緒に帰宅した。生徒玄関を出て、バス停に向かう。学校からバス停までは、結構長い坂を下りていく。
 
この坂は、学校の門より10mほど高い所から始まっているのだが、その坂の終点に鳥居がある。千里はずっとそれが気になっていた。

 
「そこ何神社だっけ?」
と千里は独り言のように言った。
 
「そこはQ神社の御旅所(おたびしょ)だよ」
と蓮菜は言った。
 
「おたび・・・?」
「千里、何年も巫女をしているわりには神社用語に弱いよね」
「すんませーん」
「お祭りの時に、ここまで御神輿(おみこし)を持って来て、翌日神社に戻る」
 
「へー。じゃお祭りの時に使うだけ?」
「そそ。式年遷宮の代わりみたいなもの」
「しきねん・・・?」
「あとでゆっくり教えてあげるね」
「すんませーん」
 
「でもそれで普段は人が居ないのか」
「うん。御神輿を置く座と、倉庫や、御神輿の番をする人たちの控室だけ。だからあまり神社っぽくないよね」
「思ったー。なんか雑霊がたくさん漂ってるし」
「それは私には分からん」
 

一方、この日剣道部の練習に出た千里Rは17時すぎに練習を終えると、玖美子と一緒に女子更衣室に戻り、一緒に道着からセーラー服に着替えた。
 
「あれ?今日は千里、腕時計してる」
「そうそう。こないだからしばしば見つからなかったんだけど、今日はちゃんと見つかった」
と言って、千里が左手首に内向きに着けているのは、カシオのペールピンクのデジタル時計である。
 
「なんか高熱の後遺症か、物がいろいろ見つからないのよねー」
と千里は言っているが、玖美子は、物が紛失するのは元からだろ?とツッコミたい気分になった。大事なものは絶対に千里には預けられないのである。
 
「教室とかには時計あるけど、バス待つ時とかは時計無いとバスまで時間があるかどうか分からないもんね」
と玖美子。
 
「ほんとほんと。それで困ってたのよ。くみちゃんはいつも時計をポケットに入れてるね」
と千里が言うと
 
「あ?これ?」
と言ってセーラー服のポケットから取りだしてみせる。
 

(Casio C409CA "MAKKA" cdmaOne au(DDI) 2001.2 Release)
 
「これは時計ではなくて携帯だよ」
「うっそー!?」
と千里が驚くので、玖美子は“普通の”携帯の画面表示に切り替えてみせた。
 
「ほんとに携帯だ!」
「G-Shockを出しているカシオから発売された携帯だから、時計のふりをすることができる」
「へー!」
「沙苗が本当は女の子なのに、男の子のふりをしていたようなものかな」
「なるほどー!」
「ちなみに、千里の場合は、男の子のふりもしてなかった。最初から100%女の子だったね」
「あはは」
 
「そういえば千里も携帯持ってるよね。番号教えてよ」
「ああ。時々、お父ちゃんの借りてるだけだよ」
「そうなの?」
 
(玖美子は神社で千里が携帯を使っているのをこの週2度見ている。しかし携帯を持っているのは千里Yのみで、“この”千里は持っていない)
 
「へー。でも千里、神社でかなりバイトしてて、結構バイト代もらってるんじゃない?携帯代くらい自分で払えると思うから1台買ったら?」
 
「携帯って何万かするんじゃないの?」
「私が使ってるこの携帯なんて1000円だったよ」
「嘘!?」
 
「新型は高いけど、2世代くらい前のならかなり安いんだよ。千里が携帯持ってたら、私も連絡取りやすいからさ」
「そっかー。ちょっと考えてみようかなあ」
 

千里は、おしゃべりしながら道着や袴、汗を掻いた下着を脱ぎ、赤いスポーツバッグから新しい下着を出してそれを着た。脱いだ胴着や下着はビニール袋に入れた上でスポーツバッグに入れた。
 
「私、先月旭川に出た時にミズノの青いスポーツバッグ買った気がするけど、なぜかそれが見当たらないのよねー」
 
「そう?でも昨日体育の時間には青いスポーツバッグ使ってた」
「ほんと?全然記憶無い」
 
(青いスポーツバッグを使っていたのは千里B)
 
「でも剣道部の練習に行く時はいつも赤いスポーツバッグだよね。体育と部活で使い分けてるのかと思った」
 
「しゃ青いスポーツバッグもあるのかなあ。このバッグは安物で底が弱いし、持つ所も傷んでるのよね」
 
「それ、かなり前から使ってる気がするし、新しいのもう1個買ったら?」
「あ。それもいいかな」
 
それでその日、千里は夕飯の買い物をする前に町のスポーツ用品店に寄り、赤いナイキのスポーツバッグが旧型処分で半額1950円になっていたのを買った。
 
(玖美子は買物するという千里と別れて勉強会に出るためP神社に行ったが、そこにも千里がいたので「うーん・・・」と悩んだ)
 
しかし取り敢えず、3人の千里は各々3種類のスポーツバッグを使うことになったのである。
 
千里B 青いミズノ
千里R 赤いナイキ
千里Y 黄色いアディダス
 

腕時計についてはこういう事情であった。
 
小春とミミ子(A大神の眷属)は“千里たち”の行動を見ている内にひとつの仮説を立てた。
 
・千里は6種類存在し“外身”は4種類(R/B/Y/W)だが、“中身”は3種類(R/B/Y)。
これを、外身/中身という書き方をすると↓の6種類である。
R/R, B/B, Y/Y, W/R, W/B, W/Y
 
・中身が同じ個体(R/R - W/R, B/B - W/B, Y/Y - W/Y)は各々記憶が連続する。中身の違う個体は“ほぼ”記憶は独立しているが、結構混淆もしている。
 
・衣服およびその延長の靴・アクセサリーなど身体に直接着けるものは“外身”に連動する。
 
・カバン、自転車などの<持ち物>は“中身”に連動する。
 
なお、面倒なので、R/Y, B/B, Y/Y は単にR, B, Y とも書く。
 
何と言っても小春たちが驚いたのが4月14日に学生服を着た千里W/Yが自転車に乗って印刷屋さんを出たのに、神社に辿り着いたのはセーラー服を着た千里Y/Yだったことである。そして、Y/Yは髪を黄色い玉のヘアゴムで結んでいた。
 
この黄色い玉のヘアゴムは、小春が朝登校した千里Y/Yに渡したものである。印刷屋さんに行った時のW/Yは白い玉のヘアゴムをしていた。これは小春が朝W/Rに渡したものである。つまり白い玉のヘアゴムはW/Rが受け取ったのにW/Yが使用していたので、これは“外身”に連動したことが分かる。
 
自転車走行中に男W/Yから女Y/Yに変身(運転中性転換!)したのにもびっくりしたのだが、ヘアゴムに関する観察から、ヘアゴムのように身体に直接身につけるものは、衣服同様“外身”に連動するということが推察された。
 

そこで小春とミミ子は計画を立てたのである。
 
・4種の“外身”は暫定的に髪ゴムで識別できているが、千里の性格からして、髪ゴムなんて、すぐ無くすに決まっている。そこで、4色の腕時計を渡す。
 
・3種の“中身”の識別のために、3色のスポーツバッグを渡す。更に今偶然にも千里Yが小春が使用していた黄色い携帯(DoCoMo F210i Happy Orange)を使用しているので、千里Rに赤い携帯を持たせようと計画した。BについてはA大神が
 
「あの子には携帯は持たせない方がよい。持たせても静電気ですく壊れる」
と言ったので、持たせないことにした。どうも3人の千里の中でBがいちばん静電気が酷いようなのである(2017年に分裂した時もアースを付けられてしまったのが千里Bの後身である千里3)。
 
現在、この黄色い携帯(千里Yが「小春の遺品」と言ったら、小春が『私は生きてるぞ』と抗議した!)は、Yが使っている時とW/Yが使っている時があるので、携帯電話は、アクセサリーではなく持ち物扱いであることが確かである。
 
(W/Yが学生服のポケットに携帯を入れた後で、Y/Yがセーラー服のポケットから取り出したりした:どういう原理で受け渡されているのかA大神も「原理が分からん」と言っていた。生徒手帳も携帯と同様“中身”に連動している)
 

それでまずは腕時計の工作のため、小春とミミ子は千里が持っている腕時計の同型・色違いのものを買うことにした。ただこれは旧型なので、現在では店頭で入手しにくい。そこでミミ子の妹分のミヨ子をA大神に頼んで東京に転送してもらい、セカンドハンドショップを回ってもらって、何とか4種類の同型時計を入手することができた。
 
Pale Pink (original) →千里R
Pale Blue →千里B
Pale Yellow →千里Y
Pure White →千里W
 
千里Bは
「あれ?これ他の人のじゃない?私の時計は赤味掛かってた気がする」
と言ったが、
「いや、そういう色だったよ」
と小春が言ったら納得した。
 
千里Yは
「あれ〜。これこんな色合いだったっけ?勘違いかな?」
などと言いながら身につけていた。
 
W/R, W/B, W/Y はいづれも色合いの違いには全く気付かずに真っ白な腕時計を使用していた!
 
(どうも男性体型になっている時は霊感や注意力が落ちるようである)
 

なお、わりとどうでもいいが、ミミ子はA大神の33番目の眷属なのでミミ子である。ミヨ子は34番目の眷属である。彼女たちは、よほど信頼できる人以外には本名は明かさない。更に“真名(まことのな)”は誰にも明かさない。真名を知られると、その人の命令に逆らえなくなるからである。
 
(でも千里には後に真名を一発で見抜かれて、こき使われるはめになる)
 

2003年4月19日(土)友引。
 
千里(千里Y)はこの日P神社で行われた結婚式に巫女として参加した。
 
かつてこの神社の巫女をしていた浅美さん(27)が、市役所に勤める杉本さん(31)と結婚するので、ここで式を挙げることになった。披露宴は市内のレストランを3時間貸し切っておこなうらしい。
 
結婚式なので、巫女が8人も入る。
 
三三九度はお酒を扱うのでおとなの巫女さん2人でおこなう。これはこの神社の巫女・最年長の梨花さん(25)、そして宮司の孫娘・花絵さん(21)がする。
 
太鼓をS高校に進学したばかりの純代が打ち、恵香に龍笛、そして巫女舞を千里に頼むと言われた。
 
他に、旭川のA神社から、女子大生の巫女さんが2人ヘルプで来ている。
 

純代が先導して、式の参列者(双方の親族・友人20人ほど)を拝殿にあげる。千里が大幣で参列者のお祓いをしたが、参列者に変なのを憑けてる人が2人あったので、粉砕しておいた!(例によって大神様が呆れて見ている)
 
純代の太鼓、恵香の龍笛、旭川から来た美遙さん・典代さんの篳篥と笙の音に合わせ、梨花と花絵が先導して、新郎・新婦が入場してきて、着席する。小町が先導して祭主が入ってくる。
 
太鼓・龍笛・篳篥・笙の演奏が流れる中、祭主が祝詞を奏上する。
 
これがとても長い!
 
全員椅子だからいいが、これが正座だったら完璧に足がしびれる所である。
 
花絵が提子(ひさげ)を持ち、梨花が銚子(ちょうし)を持って、朱塗りの大中小の杯で三三九度がおこなわれる。これは最近多い略式ではなく、きちんと正式の作法でおこなったので、かなりの時間が掛かるし、新郎が2度ほど、ふらっと来ていた。新郎はかなりの量のお酒を飲むことになるので、お酒に弱い人だと結構辛い。なお使用した日本酒は市内の神居酒造の特上品“コタンピル”である。神居酒造の杜氏は玖美子の祖母である!
 
梨花さんが「これ美味しいんだよ」と言っていたが、さすがに中学生は味わうことはできない(蓮菜は「うん、あれ美味しい」と言ってたけど!孫の玖美子でさえ、飲むの禁止されてるのに)
 
三三九度の後、千里の出番である。雅楽演奏の中、千里と小町が巫女舞を奉納するが、千里が長い髪で舞う姿が美しかったと後から新婦のお母さんに言われた。
 
この後、指輪交換・誓詞奏上が行われ、親族堅めの儀が行われる。親族の持つ杯にお酒を注ぐのは、梨花と花絵がおこなった。
 
最後に新郎新婦による玉串奉奠が行われ、祭主のお話があって、式は終了する。小町の先導で祭主が退場、梨花と花絵が先導して新郎新婦が退場し、最後に純代が促して参列者が拝殿から退出する。千里と恵香で参列者に撤饌を渡した。
 

式が終わった後、巫女控室で休んでいたら、旭川の神社からヘルプに来ていた美遙さんが言った。
 
「千里ちゃんだっけ?その髪は自毛?」
「はい、そうです。でも中学に入ったから、かなり切らないといけないんですよ」
「それはもったいない」
と典代さんも言った。
 
「ここの神社でよくバイトしているのなら、巫女さんするのに長い髪が必要って、学校に届けを出せば切らなくてもいいはず」
 
「そんなのあるんですか!」
 
「タレントさんなんかが、学校の規則通りだと仕事に差し支えるから、異装届を出すよね」
「ああ」
「タレントさんを含めて、何か仕事をしていて必要な場合、病気の治療などで必要な場合、あと宗教上必要な場合とかが、異装許可が出る可能性がある」
 
「へー」
「どこまで許可するかは学校側の判断だけどね」
「都会の学校だと、なかなか許可出さない所もあるけど、一般に田舎は、ゆるいから、出る可能性高いと思うよ」
 
「出たらいいなあ」
「宮司さんに異装必要証明書を書いてもらいなよ」
「頼んでみようかなあ」
 

それで翻田宮司に相談したら
 
「うん。千里ちゃんの髪、できたら長いままでいてほしいと思ってた」
と宮司は言い、すぐ異装必要証明書を書いてくれた。
 
千里(千里Y)は、私、男の子なのに、男の子が巫女さんをするので、なんて通るだろうかと不安を感じたが、ダメ元と思って、4月21日(月)、担任に相談したら
 
「ああ、君、巫女さんするので、そんなに伸ばしてたのね」
と言われる。、
 
「だったらこの異装必要証明書は預かるから、お母さんに異装届を書いてもらって」
といって、用紙を渡された。
 
夕方、仕事から帰ってきた母に言うと
「ああ、なんか学校の届け?でもこめん。私、朝早かったので寝たいから、千里、自分で書いて印鑑押して出しといて」
などと言う。
 
母は月曜日は朝3時起きなので、たいてい月曜夕方は帰宅するとそのまま寝てしまう。
 
それで千里は「いいのかなあ」と思いつつも、異装届に担任から言われた通りの内容を書き、自分の名前と印鑑、津気子の筆跡で!母の名前を書いて母の印鑑を押した。
 
それで翌日・火曜日に担任に出したら、
「了解了解。髪は結んでおいてね」
とだけ言われた。
 
それで千里は結局、髪は切らなくていいこことになったのである。
 
なお6月になって“別の千里”(千里B)がQ神社の方でも、異装必要証明書をもらって学校に異装届を提出するが、担任は2ヶ所の神社で巫女を務めるのかなと思った!
 
担任は登校初日に欠席届が二重に提出されたの以来、千里からはしばしば届けが二重三重に提出されることがあり「あれ〜?」とは思ったものの、あまり細かいことは気にしない性格なので、出された届けをファイルにそのまま入れるだけで、深くは考えないことにした!
 

4月19日(土)、結婚式のあった日、小春はスーパーで買物をする千里(赤い玉の髪ゴムを付けていた)の荷物を持ってあげていたが、ふと気付いたように千里に言った。
 
「千里、さっきから何度かお腹を押さえてるね」
「うん。なんかお腹の下の方が痛い気がして」
「それPMSだと思う。そろそろ生理だろうから、今夜はナプキン付けて寝た方がいいよ」
「私、生理来るんだっけ?」
「女の子は生理が来るんだよ」
 
それで半信半疑ではあったものの、ナプキンを着けるのは女の子になったような気がして気分がいいので、小春にも言われたしと思ってナプキンを付けて寝た。
 
すると翌朝(4/20)、朝トイレに起きてみたらナプキンが真っ赤になっていた。
 
嘘!?私、ほんとに生理来ちゃったの?と思う。それで千里はいったんトイレを出て生理用ショーツを持って来て、ショーツをそれに交換し、それに新しいナプキンを装着して穿いた。
 
なおナプキンの袋は、堂々とトイレに置いている。つまりトイレには、千里用と玲羅用の2種類のナプキンの袋が置かれている。玲羅はこの2月に初潮が来た。母は2年半前から生理は来ていないので、本人は癌治療の影響であがってしまったのだろうと思っている。
 
しかしそれで千里Rは自分のダイアリーの4/20の所に赤いマークを付けたのである。
 

この日(4/20)、千里Rは玖美子から言われたし、安い携帯があったら買おうと思い、町に出た。
 
中学生が携帯を買うには、保護者が付いてないといけないだろうが、母に頼むのは絶対にまずい。そこで小春に「母親のふりして」付いてきてと言ったら「いいよ」と言うので、小春と2人で町の携帯ショップに行く。
 
「玖美子ちゃんがau(エーユー)の携帯(C409CA)を使ってるからさ、同じauの端末を買うとCメールで連絡が取り合えて便利だよ」
と小春は言う。
 
「シーメールって、おっぱい大きくした男の人のことだっけ?」
「それはshe-male [∫i:meil], こちらはC-Mail [si:meil] 少し発音が違う」
「英語って難しいね」
 
小春がメモ帳にスペルも書いてみせた。
「male(男)とmail(郵便)は同じ発音なのね」
「そうそう」
 
でも結局、Cメールの意味は分かってない!(でも実際使ったことない人が理解するのは困難)
 

それで町中のauショップに行って、端末を見てみる。
 
「結構安く売ってるのもあるね」
などと言いながら、ふたりで見ていた。係の人が寄ってくる。
 
「新しい携帯をお求めですか?」
「ええ、この子が中学に入ったので、部活で遅くなった時とか連絡が取れると便利だから」
と、母親を装っている小春(35-36歳の外見)。
 
「でしたら、この端末など、いかがですか?このシリーズは女子中高生に人気なんですよ」
と言って、お店の人が勧めたのは、三洋のA1302SAである。確かにフォルムが可愛い。
 

(↑筆者が使用していたA1302SA実機。2003.5購入。充電してみたら起動した。青系だが、わりと女性的な色なので気に入っていた)
 
でも色がライトブルーである。小春としては(千里Bにも携帯を持たせることになった場合に備えて)赤系統の端末を買わせたかった。一方千里は、新製品だけあって値段が高い!と思った。
 
「あまりお金が無いし、古いのでいいから安いのがいいなあ」
などと言って、3000円と書かれている A1011ST (鳥取三洋 2002.4 Release)を見る。これはピンクのモデルがあるので、小春も、いいなと思った。
 
「でもそれは古い機種なので、カメラが付いてないんですよ。最近はカメラの付いた機種をお求めになる方が多いですよ。お友達と写真をメールに添付して交換するのが流行ってるんですよ」
などとショップの人は言う。
 

「取り敢えずそこまでの機能は無くてもいいかなあ」
などと千里が言うので、お店の人も強くは言わない。それでその A1011ST を買いますと言って、契約のために席に就いたのだが、その席の横にソニエリの“着せ替えパネル”が多数並べてあった。
 
「これってもしかして携帯にかぶせて使うんですか?」
「それ可愛いでしょ?着せ替えパネルを着けていると、本体損傷防止にもなるんですよ」
とお店の人。
 
あ・・・と小春は思った。普通は落下事故による損傷を考えるが、これを取り付けてたら、千里の静電気に対する防御がかなり向上するのではと思ったのである。着せ替えパネルの中にはピンクや赤のものもある。
 

 
「これってどの携帯にも取り付けられるんですか?」
「それはソニーエリクソン製の製品用なんですよ。機種名の最後にSが付いているものですね」
とお店の人は言い、席を立って、展示している製品を見せてくれる。
 
(S:Sony Ericsson, SA:Sanyo, ST:Tottori Sanyo)
 
「そこに展示している着せ替えパネルはこの新型のA1301Sに対応したものです。これまでは着せ替えは外側だけだったんですが、これは内側のパネルも交換できるようになっていて、デュアル着せ替えと言うんですよ」
 
「ああ、内側も交換できるのはいいですね」
 
「それにこの機種はカメラも凄いんですよ。31万画素のCMOSカメラを搭載してるんです」
「31万って凄いですね。パソコン画面サイズの写真が撮れますよね?」
 
「はい。640×480の写真が撮影可能です。このサイズが撮れる携帯はまだ少ないですよ。それにCMOSのカメラはCCDに比べて消費電力も小さいですし、高電圧などにも強いんですよ」
 
高電圧に強いのは良いなあ。千里自身が高電圧物体だからと小春は思う。
 
(筆者は長年神社写真を撮っているが、しばしばエネルギースポットではCCDを使用したデジカメがその場の高電圧により画面が飛んでしまっている場合でもCMOSの携帯で撮ったものは、ちゃんと撮れていることが多い)
 
「千里、この携帯にしようよ」
と小春は、すっかりこれが気に入ったようである。
 
「え〜?でも16800円もするよ」
と千里は渋る。
 
「大丈夫、大丈夫、そのくらい」
と小春は言っているが、お金出すのは私だよ〜、と千里は思っている。
 
でも小春がこの端末を気に入ったので、千里は結局、このソニエリのA1301Sを買うことになったのである。ピンクの着せ替えパネルも一緒に購入し、その場でお店の人に交換してもらった。赤もいいなと思ったのだが、玖美子が真っ赤(MAKKA)な端末を使っているので、千里はピンクにすることにした。
 
なお毎月の使用料金は、校費引き落としのために千里が管理している(というより通帳・カード・印鑑は小春が小町に管理させている!千里が持ってたら無くすので)、津気子名義のS銀行の口座から引き落とすことにした。契約名義も津気子である。
 

というわけで、黄色い携帯を使っているのは千里Y、ピンクの携帯を使っているのは千里Rと区別できることになったのであった。千里Rは月曜日に玖美子に新しい携帯を買ったことを言い、電話番号とメールアドレスを交換した。でも近くに蓮菜も居たので、蓮菜ともこの番号・アドレスを交換した。
 
(結果的に蓮菜は千里Y・千里Rの双方の携帯番号を知ることになった。なお蓮菜の携帯はDoCoMo F251i Silver)
 

4月21日(月)には、沙苗が登校開始後はじめて剣道部に顔を出した。
 
実はこの日は26日(土)に行われる中体連の参加申し込みの締め切り日であった。
 
沙苗は千里・玖美子と一緒に、女子更衣室で、セーラー服から白い道着・袴に着替えて、体育館に行った。この時、玖美子は千里の髪を留めている髪ゴムの玉の色が今日は黄色なんだなと思った。授業中は赤だった気がするけどとも思う。
 
(実はRは生理2日目だったので、部活をせずに帰ってしまった。それで玖美子が千里を探していた所にYが出現したので、連れて行ったのである。千里Yも沙苗の部活初日というので付き合った。なぜか自分の道着が黄色いスポーツバッグに入っていたし!)
 
「ずっと休んでいましたが、今日から参加させて下さい」
と沙苗は、女子の部長・3年生の藤田さんに挨拶する。
 
「うん。病み上がりだし、あまり無理せずに楽しんでいこうね」
と藤田部長は言った。
 

この時点で、顧問の岩永先生としては、沙苗は女子の部に出場資格が無いし病み上がりだが、女子代表メンバーの練習相手としては結構いい相手になるのでは、くらいに考えていた。
 
沙苗は、最初藤田部長(初段)が
「どのくらいするのか手合わせさせてよ」
と言ったので、手合わせした。
 
すると沙苗が1分で2本取って勝った。
「強ぇ〜!」
と藤田さんが驚くように声を挙げた。
 

玖美子が
「なんか凄く強くなってない?」
と千里に言った。
 
千里は珍しく!マジな顔で
「性別問題がクリアになって迷いが無くなったせいだと思う」
と答えた。
 
沙苗は田辺さんとも手合わせするが、30秒で決着。武智さんもかなわない。
 
玖美子が出ていく。玖美子は沙苗がきれいな型で攻めて来るので、それを先読みして、けっこういい勝負(に見える)をしたが、3分で2本取られて負けた。
 
(剣道の試合時間は小学校高学年〜中学生は3分)
 
「全然かなわなかった」
と玖美子は試合後、千里に言った。傍目(はため)にいい勝負をしているように見えても、実際には玖美子の攻撃は全く通じず、玖美子は必死で沙苗の攻撃をかわしているという状態だった。これが分かったのは玖美子本人と千里くらいである。
 

千里が出て行く。
 
激しい打ち合いになる。千里はこの子、間違い無く木里さんより強いと思った。それで多少本気を出す。
 
その物凄い対決に、男子たちも練習の手を休めてこちらを見ていた。
 
「すげー」
「これって道大会の上位レベルでは?」
などという声も出る。
 
1分ほどで沙苗が面で1本取ったが、千里が2分ほどの所で返し胴で1本取り返す。しかし試合終了間際、沙苗の小手が決まって、沙苗の2本勝ちとなった。
 
「すごい勝負だった」
と見ていた男子たちが言った。
 
「原田もすごいけど、村山もかなり強くなってないか?」
と男子の鐘江部長が言った。
 
「考えてみたら小学生で1級取った者同士の勝負だもんなあ」
と竹田君(1年・2級)が言っていた。
 
千里は今日は“わりとマジ”だったからなあと玖美子は思った。千里は本気全開になることはまずない。それは相手が相当の力量の人でないと相手を殺してしまいかねないからだ。玖美子は千里がスコップで、通路を遮っていた厚さ1mほどもある氷を1発で割るのを見たことがある。それは腕力で割ったのではなく“気”で打ったようにみえた。千里は腕力は大したことないが、あの“気”で面を打ったら、相手が相当できる人でない限り即死しかねない。
 
でも今日の千里は20%くらいパワーを開放していたように見えた。普段の千里は、男子相手なら5%程度、女子相手でもせいぜい10%程度である(手抜きモードだと1-2%程度!)。
 

「原田さん、僕と手合わせしてよ」
と鐘江さんが言った。
 
それで手合わせすると両者1本ずつ取った所で時間切れとなった。
 
「原田さんの勝ちだな」
と顧問の岩永先生は言った。
 
「ええ。僕は完璧に負けてました」
と鐘江部長も認めた。
 
「原田さん、男子団体戦の先鋒をやってくれない?」
と先生は言う。
 
「はい、頑張ります!」
と沙苗は明るく言った。
 
それで男子のオーダーはこのようになったのである。
 
先鋒・原田(1年)1級
次鋒・古河(2年)2級
中堅・中村(3年)1級
副将・児島(3年)1級
大将・鐘江(3年)初段
 

ところで体育館であるが、この学校にはメインの体育館と、それができる前から使っていた、古い小さなめの体育館がある。小体育館の方はバレー部と体操部が使っており(床面は一度グラインダーで削り塗装し直した)、メイン体育館の方は、南側半分をバスケット部が使用し、北側を剣道部、柔道部、卓球部、バドミントン部が共用している(実際は卓球部は壇上)。その南側でバスケットの練習をしているのは男子ばかりである。
 
「女子バスケット部って無いんだっけ?」
「存在はするらしいけど、練習してるの見たことない。人数も5人居ないらしいよ」
「試合に出られないじゃん」
「大会の時は助っ人を頼んで5人で出るらしいけど、今の所大会15連敗らしい」
「へー。15連敗って2年くらい勝ってないとか?」
 
「千里、バスケットの大会はノックアウト・トーナメント(*1)なんだよ」
「ノックアウト?」
「負ければ終わり。だから15連敗というのは、15大会連続で1回戦負けということ」
 
(*1) 日本では単にトーナメントというと、甲子園の高校野球大会のようなノックアウト方式のトーナメントを指すことが多いが、英語の tournament というのは、本来は、基本的には1人の勝者を決める方式の大会のことであり、例えば大相撲の場所のようなものもトーナメントである。
 

「1年に大会っていくつあるの?」
と千里は訊いた。
「春の大会、秋の大会、新人戦の3つかな」
 
「つまり5年も勝ってないの〜?」
「それ以前については情報不明」
「うーん。そういう部活もあるのね〜」
などと話していたら、校内放送の始まる合図の音がする。
 
「1年1組の田代さん、職員室まで来てください」
という放送であった。
 
玖美子にはそのアナウンスをした声が千里の声に聞こえた。
 

千里は放送委員だから、アナウンスをするのは全く不思議ではない。一昨日は給食の時間に、ディスクジョッキーをやって、ひたすらワンティスの曲を流していて、軽妙なトークで好評だった。
 
放送委員なら、生徒呼び出しのアナウンスくらいするだろう。
 
ただ、玖美子が気になるのは、目の前にも千里がいて、自分と話していることである。千里自身は今の放送には気付かなかったようである。
 
(放送をしたのはB、玖美子の隣にいるのはY)
 
「まいっか」
と玖美子は思った。
 
「どうかしたの?」
「千里、型の練習しよ」
「いいけど、くみちゃんは、いいかげん寸止めをマスターして欲しい」
 
そういって、2人は防具を外し道着と袴だけで、木刀を持って向かい合った。
 

ところで、1組の女子生徒でN小では2組だった尚子だが、沙苗の件がけっこう騒動になっていたので、ほぼ忘れていたが、千里についても、戸籍上は男の子だけど、実質女の子で、既に“沙苗同様”性転換手術も終わっていると認識していた。
 
しかし先週一週間、身体測定・レントゲンに、体育の時の着替えなどで千里の下着姿を見て、かなりバストが大きくなってきているので、女性ホルモンをずっと摂っていて、それで発達してきているのだろうと思っていた。
 
ところがである。
 
21日(月)、部活が終わった後、更衣室で偶然千里と一緒になった。
 
その時、見たのである。
 

「千里ちゃん、胸が無い」
「え?私が遺伝子的には男の子なの、知ってるくせに」
「だって、こないだ見た時はバストあったじゃん」
「ああ。あれはパッドだよ」
「うっそー!?」
 
「でも、ちんちんは無いから、女子更衣室の使用は見逃して」
「いや、千里ちゃんが男子更衣室に入っていこうとしたら、叩き出されるだろうからいいけどさ。でも女性ホルモンとか飲んでないの?」
 
「飲んではいるけど、やはり本物の女の子ほどは発達しないのよね〜。高校に進学するまでには、Aカップが余らない程度のおっぱいは欲しいけどね」
「ああ、色々大変ネ」
 
などといった会話を交わした。ちなみにこの日の千里は黄色い玉の髪ゴムを付けていた。
 

それで尚子を震源として、女子たちの間に、千里は男子だったので、今の所は胸は無いので胸にはパッドを入れているけど、女性ホルモンを飲んでいるので、その内おっぱいは膨らんでくるかも、という情報が流れることになった。
 
「じゃ、うちのクラスは性転換した元男の子の女子が2人いるのか」
などと言われていた。
 
蓮菜はその噂に気付いたが、別に実害は無いだろうと思い、放置しておいた!
 
それに蓮菜としては、千里本人を含めてどうも千里の性別に関して記憶の混乱している人が多いので、初期段階では「千里は女子化中」ということにしておいた方が、本人も気楽だろうと考えたのである。
 
だいたい千里は(たぶん)性転換手術を受けて、戸籍上の性別も女に直したのに、女として生きていく覚悟が足りない!というのを以前から蓮菜は感じていた。あの子も高校くらいからは完全女子高生生活をするんだろうけど、中学の3年間はモラトリアウムでもいいかなというのも考えていた。
 
また中学3年間、千里に関する情報と沙苗に関する情報はわりと混線し、その結果、千里と沙苗はお互いを隠れ蓑にして、精神的に楽に“女子化中中学生” (On the way Junior High School girl) 生活を送ることができたのである。
 

さて、4月7日(月)から始まった新学期に、千里は一週間遅れの14日(月)から、沙苗は11日遅れの18日(金)から学校に出て来て、いづれもセーラー服で通学するようになったのだが、(学生服で通学していた)鞠古君が沙苗と入れ替わるように22日(火)から休んでいた。
 
同じバスケ部で彼と仲の良い田代君に訊いてみると、
 
「なんか病気が見つかったらしくて、留萌の病院では手に負えないというので旭川の病院に掛かっているらしい」
という話であった。
 
「じゃ入院しているの?」
「今の所は入院してない。だから鞠古とお母さんは、旭川のホテルに泊まり込んで病院に通ってる」
「それも大変だね!お金かかるだろうし。でもそれなら、私や沙苗みたいに、すぐ命にかかわるような病気ではないのね?」
 
「詳しくは聞いてないけど、なんか腫瘍が見つかったらしい。手術の必要があるんじゃないかという話」
 
「腫瘍?それやばくない?」
「良性で命に関わるものではないとは聞いた」
「それならいいけど」
 

4月22日(火)は1-2時間目に、1年生の心臓検診が行われた。クラス単位で男女別に呼び出され、心電図を取る。検査は1組男子→1組女子→2組女子→2組男子→3組男子→3組女子と、男女の交替を少なくする順序で行われた。
 
千里は前の席の小春に言われて、ちゃんと女子の順序で保健室に行った。保健室に入ると、制服とブラウスに靴下を脱いで待機する。カーテン衝立の向こうでキャミソールとブラジャーを脱ぎ、ベッドに横たわって、両手・両足首に1つずつ、胸に6個の電極を着けられ安静にして測定してもらう。
 
終わったらブラジャーとキャミソールを着けて退出する。
 
測定は出席番号通りで、千里は小春(測定できるのか?)の次、尚子の前で測定された。
 
千里は下着姿で尚子と普通におしゃべりしていたが、尚子は昨日千里が胸はパッドだよと話していたことは、きれいに忘れていた。もっとも“この”千里はそんなことを話した記憶は無い!
 
それで尚子は自分が下着を外しながら、千里が胸に電極を付けて測定されているのを普通に見ていた。パッドならそこに電極を付けて心電図の測定などできないはずであるが、そこまで尚子は考えていない。
 
なお、沙苗は“諸事情”により、1組男子の後、1組女子の先頭で測定してもらった。沙苗が使っているブレストフォームは着脱に時間がかかるので、沙苗はこの日ブレストフォーム無しで登校してきて、心電図検査の後、面談室でブレスト・フォームを接着した。
 
ちなみにこの日の千里は赤い玉の髪ゴムを付けていた。
 
_外陰 卵巣 胸P玉
赤 女_◎_○××
青 女_△_○××
黄 女_○_×△×
白 男_×_×○○
 
(黄のペニスは萎縮しており、陰唇内に隠しているので女湯に普通に入れる。このペニスには排尿機能は無く、通常の女性の位置に尿道口はある。青は小春の左卵巣をもらっているので少し女性ホルモンが分泌されている。黄の卵巣はまだ未熟だが小春の右卵巣ももらっているので多少の女性ホルモンはある)
 

4月25日(金).
 
千里はこの日、昼休みは放送委員の当番だったので、放送室に行き、昼休みの放送を担当した。先日はワンティスをかけまくって好評だったので、今回は
 
「私、個人的には微妙なんですけど、ワンティスのすぐ後でデビューしたバンドで、今はあまり有名じゃないけど、もしかしたら将来的にワンティスのライバルになるかも知れないバンド」
と言って、ドリームボーイズのCDを5枚掛けた。
 
先頭に今年2月に出た『大胆お肉』を掛ける。これはジャケ写で、ドリームボーイズ専属ダンサーの女子高生・葛西樹梨菜ちゃんが『タイタニック』のポーズをしている所が映っていて、テレビ出演の際もわざわざ作ったタイタニックの船首のセットで彼女がそのポーズをするシーンから始まっていた。つまり「だいたん・おにく」は「タイタニック」のもじりである!
 
この曲は12万枚売れてドリームボーイズの出世作になった曲(話題になってから焼肉屋さんのCM曲に採用され、更に売れた)なので、結構知っている人もあり、わりと好評であった。
 
その後、デビュー曲の『雪の中の白兎』、それに続く『波打ち際のかたつむり』、そして初めて1万枚売れた『夢に見たセーラー服』を掛ける。
 
「この曲は、一般発売されたバージョンでは、小さな女の子がお姉さんのセーラー服姿を見て憧れるようなPVが作られていて、歌詞も自分がもっと大きくなったらセーラー服を着られるのかなあと歌っています。PVに出演しているのも、リアルの女子中学生モデル・青島凛奈ちゃん(*2)とその妹の小学生・涼奈ちゃんです」
 
「ところがこの曲には、another versionが存在して、ライブで公開されて好評だったので、ファンクラブ限定でCDがリリースされました。私の友人(恵香)が持っていたので、今日はそちらもお掛けします」
と言って、そちらを掛けると、放送を聞いていた生徒たちが結構ざわめく。
 
「この曲、実は最初このanother versionの方が作られたものの、歌詞の内容にレコード会社が難色を示して、表バージョンが作られたんですよね。でも、表バージョンは2000枚しか売れてなかったのに、ライブで話題になってから発売された、このanother versionがその4倍以上売れて、合計で初めて1万枚を超えたんです」
 
「好評だったので、これもPVが作られたんですが、こちらのPVでは学生服を着た男の子がセーラー服を着たクラスメイトを憧れるように見ているので、てっきりその女の子が好きなのかなと思わせます。ところが実は本人がセーラー服を着たかったんですね。つまりクラスメイトの女子に憧れていたのではなく、その着ているセーラー服に憧れていたんです。PVの最後では、お友だちの女の子たちに乗せられてセーラー服を身につけ、鏡を見てうっとりとした様子が映ります」
 
「このセーラー服を着たかった男の娘を演じているのは、リアル男の娘モデルの近藤うさぎ(*3)ちゃんです。インターネットで検索すると、このanother versionのPVもヒットすると思うので、興味があったら見てみて下さい。凄く可愛い子なんですよ。女の子にしか見えないし。本当に中学生時代セーラー服を着たかったのに着られなかったから、この企画で着られて凄く嬉しかったそうです。でも彼女は身長が175cmあるから、女の子の服で着られる服を探すのがたいへんらしいですよ。PVに使用したのは彼女のサイズに合わせてオーダーしたもので撮影後は本人が頂いてワードローブに収納されたそうです」
 

(*2) 後のシンガーソングライター青島リンナ。
 
(*3) 近藤うさぎはこの曲が出た2002年3月当時、1980年生まれの21歳と公称した。しかし実は1982年生まれで当時はまだ19歳だったことが後でバレた。彼女はこのお仕事のギャラのおかげで性転換手術を受けることができた。彼女は2005年にはマリンシスタにダンサーとして加入、解散まで在籍した。それで、一般には“元マリンシスタの近藤うさぎ”と言われることが多い。
 

千里は続いて、ビールのCMに使用された『裸でバーベキュー』を掛けた。
 
「『裸(はだか)でパーベキュー』は最初は『褌(ふんどし)でバーベキュー』にするつもりが、CMに使うビール会社から褌(ふんどし)は勘弁してと言われて、裸(はだか)になっちゃったらしいです」
 
と裏話も語る。さっきの『夢に見たセーラー服』にしても、こういう話の情報源はドリームボーイズのファンである恵香と玲羅である。実はこの日掛けた音源も恵香から借りたものである。
 
「ドリームボーイズって個人的には歌詞が軽薄過ぎて微妙に思うんですけど、曲はよくできてると思います」
 
と千里は正直な感想を言ったのだが、この放送の後、S中ではドリーム・ボーイズのファンが数十人は増えた。
 

放送の当番の時は、給食のトレイを持って放送室に入り、CDを掛けている間に食べるのだが、この日は5時間目が体育だった(と思っていた)ので、千里は、誰も居ないしと思い、放送室の中で体操服に着替えてしまった。それでセーラー服と着替えの入ったスポーツバッグを持って、小体育館の方に行こうとしていたら、校舎の端の、渡り廊下で、特別教室棟と小体育館の分かれ目の所で声を掛けられた。
 
━━━━━━━━━━━
←特別教室 小体育館→
━━━━┓ ┏━━━━
    ┃校┃
    ┃舎┃
    ┃↓┃

 
「君1年生だよね?」
「はい」
「もうすぐ始まるよ。入って入って」
と言われる。
 
「体育の授業に行く所なんですが」
「1年生の5時間目の授業は全クラス保健に切り換えになったんだよ。お昼休みに各クラスに伝達したんだけど」
「あ、私お昼休みに居なかったから」
 
それで、千里は体操服を着てスポーツバッグを持ったまま、特別教室棟2階の視聴覚教室に入った。
 

視聴覚教室は半分くらいまで席が埋まっていたが、千里は遅れてきたのに前の方の席に行ってはと思い、人が埋まっているラインのすぐ後の席に座った。
 
どうも千里が最後の方だったようで、千里が席に座った後、更に2人入ってきたところで照明が落ちる。そして映画(?)が始まった。
 
「性のしくみ」
などというタイトルである。
 
ん?まさかこれって・・・
 
映画では最初に「男の子と女の子の違い」という題で、男女の身体の違いがイラストで説明される。お股の付近の拡大図が出ると、教室全体が息を呑む感じ。男の子のペニスは性的に興奮すると、大きく硬くなるなどとイラスト付きで説明される。更に興奮のピークに達すると、精液がペニスの先から出て、この“射精”が起きるとペニスは小さくなるという所まで説明される。
 
続いて「月経のしくみ」と題して、女の子の身体の中ではだいたい28日くらいに1度卵子が成熟して卵巣から出て来て、“受精しなかった”場合、14日後に排出されて、月経となるという話が説明される。“例の”性周期のグラフが表示されて、女性の身体は、卵胞期・排卵期・黄体期・月経期というサイクルが繰り返されること、一般に女性は月経が終わった後の卵胞期のほうが体調が良いことなども説明される。
 

 
また黄体期の中でも月経間近になると腹痛頭痛などを含む症状が出ることがあり、これをPMS(月経前症候群)と言う、といった話もされる。
 
そして話は核心に入る!
 
「赤ちゃんができるしくみ」というタイトルに、教室内の空気が変わる!赤ちゃんは、女性の卵巣で育てられる卵子と男性の睾丸内で生産される精子が結合して“受精卵”になると出来ると説明される。この受精卵が女性の子宮の中で約266日間育つと、出産に至り、赤ちゃん誕生となる。
 
ここで教室内であきらかに首を傾げている子たちが多数いる。
 
“266日”という数字に疑問を持ったのだろうが、映画はちゃんとそれを説明する。
 
一般に妊娠期間は“280日”と言われることが多いが、それは“最終月経”から数えた日数なので、排卵は月経の14日後に起きるから、排卵≒受精から数えると妊娠期間は280-14=266日になる、と説明され、多くの子が納得したように頷いていた。
 

そしていよいよ“受精”がどのようにして起きるかの説明がなされる。この日の映画で最も重要な部分である!
 
これまでずっとイラストだったのが、唐突に実写で外人さんの男女(着衣)が出て来て、抱き合いキスをする。そして2人は一緒にベッドに倒れ込むが、その先は、2人の表情だけが映される。そして少々スキップされて、2人が満足そうな表情をしている所が映される。
 
つまり肝心の所は映っていない!
 
ここで“性交(セックス)”ということばが表示される。
 
受精は、男性の精子が女性の卵子と出会うことで起きるが、それが起きるのは男性がペニスを女性の身体の中に入れて、“射精”によって精子を女性の体内に注入するからである、というのが言葉で説明される。このペニスを女性の体内に入れることを“性交”というのだと説明されるが、この時ペニスが挿入されるのが、女性の膣であるというのがイラストで説明される。
 
このあたりで「え〜?」とか「うそ〜」という声が少々上がる。
 
千里などは小学校高学年から“恋愛する女子”のグループに入っていたから知っているが、全然知らなかった人には結構衝撃的な内容である。
 
映画の中の解説者は、恋愛をして好きになった男女は、自然な感情として、性交(セックス)をしたくなる。でも性交(セックス)をすると、赤ちゃんができてしまうので、性交をする以上は、赤ちゃんを産む覚悟が必要であると解説者は語る。
 
解説者は「赤ちゃんができることだから、本当は性交は結婚してからすべきです。でも結婚前に我慢できなくて、してしまう場合もあります。その時はこれを使って下さい」と言って、コンドームの実物を映す。
 
パッケージに入った状態から端を手で切って中身を取り出す。それをペニスに見立てた木の模型にかぶせるところが、実写で映される。
 
「このようにしてコンドームを、ペニスにかぶせた状態で性交をすれば、ペニスから出た精液はこのコンドーム内に留まり、女性の体内には入らないので、妊娠を避けることができます」
 
「中学生・高校生の内は、できるだけ性交は我慢したほうがいいのですが、どうしてもしたい時は、必ずコンドームを使って下さい。コンドームはドラッグストアなどで売られています。基本的には男の子が買うのがマナーですが、彼氏と性交することになる可能性があると思う女の子も念のため持っていた方がいいです」
と解説者は語った。
 
更に解説者はさっきの生理周期のグラフをあげ、妊娠しやすいのは何と言っても排卵期に性交をした場合であることを説明する。この時期はたとえコンドームを使っても性交はしない方がいいこと。この時期をずらせば妊娠は、しにくいと述べた上て、
 
「生理周期は唐突に乱れることもあるので、安全な時期だと思って性交してしまうと、その性交に刺激されて排卵が起きて妊娠してしまうこともよくあります。基本的には“安全な時期”というのは存在しないと考えておきましょう」
と付け加えた。
 

そういう訳で、この日の映画は、開放的な気分になりやすいゴールデンウィークを前に、性教育をしっかりやっておくというのが目的だったのである。
 
映画の上映が終わってから、保健室の清原先生は言った。
 
「そういう訳で、ゴールデンウィークに彼氏ができて、あるいは彼氏と、いい雰囲気になって、セックスしたくなっても、高校卒業までは我慢しようと言いましょう。それでもどうしても我慢できない時は、必ずコンドームを使ってください。基本的にはコンドームを使わないセックスは拒否しましょう。『するなら着けろ』、『着けないならするな』いうのが絶対です」
 
と言って、先生はホワイトボードに
 
“するなら着けろ”
“着けないならするな”
 
とわざわざ板書した。
 
「映画の中でも言っていましたが、コンドームは基本的には男の子が買うのがマナーですけど、女の子も念のため持っていてナプキン入れとかに入れておいたほうがいいです。買う勇気が無いという人は保健室に来てくれたら、あげますから、妊娠してしまって後悔しないようにしてください。中学生が赤ちゃん産んだら、本当に大変ですよ。皆さんは生理が始まった時から、もうお母さんになれる身体になっているんです」
 
と先生は強調した。
 

映画とその後の先生のお話などがあってから、みんな席を立って退出する。
 
やや騒然とした雰囲気であった。結構ショックを受けているような顔をしている子もある。それで取り敢えず教室の方に向かう。
 
その時、たまたま尚子が千里の近くに居た。
 
「あ、千里ちゃんも今の映画みたのね?」
などと言う。
 
「え?1年生全員見たんじゃないの?」
「1年生の女子はね。あ、でも千里ちゃんも女子だもんね。千里ちゃんには必要な内容だよね」
などと尚子は言っていた。
 
ちなみに男子はこの時間、持久走をやらされていたらしい!私、女子の方に来て良かったぁと千里(千里B)は思った。
 
ちなみにこの映画は沙苗も見ていたが、沙苗は「赤ちゃんができる仕組み初めて知った!」などと言って「それも理解しないで性転換手術を受けたなんて信じられない」などと佳美から言われていた!もっとも沙苗はまだ性転換手術までは受けてないと思うけど(ひょっとして睾丸は取ったのでは?と千里は疑っている)。
 
ちなみにセナまで視聴覚室に連れ込まれていたらしい(連行したのは優美絵と2組の麦美)。彼は体操服姿だったので女子の中に埋没していたが、男の子とバレないだろうかとドキドキしながら見ていたらしい。でも多分セナにも必要な話だったと思う。セナは女装はおふざけてしたのを数回見ただけだけど、よく女子たちから「セナちゃはお嫁さんになりたいんでしょ?」などと言われている。でも取り敢えず彼も男子が持久走させられていたと聞いて「男子の方に行かなくて良かったぁ」と言っていた!
 
ちなみに留実子は男子の方に参加して持久走で3位だったらしい!!
 
 
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【女子中学生・夢見るセーラー服】(1)