【女子中学生・夢見るセーラー服】(3)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6 
 
2003年4月28日、統一地方選挙の一環として、東京の世田谷区議会議員選挙が行われ、性同一性障害(MTF)であることを公表している、上川あやさんが区議に当選。日本初のトランスジェンダー議員となった。彼女の活動は自民党内で調整中であった性別訂正のための特例法実現への大きな力のひとつとなったとも言われる。
 

「チンコ無くなったら、小便は座ってしないといけないなあ」
「でもあんた小さい頃はよくスカート穿いてて、個室でトイレしてた」
 
母は自分が女子トイレを使ってたことまでは言わないんだなと思った。
 
「スカート割と好きなんだけどね。みんなぼくには似合わないって言うんだよね」
「それは慣れてないからかもね」
 
でも女物着てると、あいつに殴られるしなあ、と彼は思った。
 

細川保志絵は、夜中に唐突に目が覚めた。トイレに行って来てから、部屋に戻って再度寝ようとした時、窓から射し込む月の光が、神棚に置いている桐の箱を照らした。
 

 
月が何かを示唆しているように感じて、保志絵はその桐の箱を取り、開けてみた。
 
中に入っている美しい龍笛を取り出す。
 
この龍笛の値段は夫には内緒だ(知られたら絶対叱られる)。でももしかしたら、この龍笛を使うべき人が現れるのかも知れないという気がした。
 

あれは10年程前のことであった。保志絵が買った1993年の年末ジャンボで1等の6000万円が当たった。バラで買っていたので、前後賞はもらえないが、6000万円単独でも大きなプレゼントである。当時は美姫を妊娠したばかりで「このお腹の中の子が当ててくれたのかも」などと言った。
 
保志絵はこの6000万で、まずは自分と夫の借金を全部精算した。そして留萌市内に300万円で72坪の土地を買い、1800万円で重量鉄骨造り・4LDKの住宅を建てた。家具などを新しく買い、また自分と夫の車を新しく買って合計700万円くらい使ったが、まだ2000万円以上残っていたので、子供たちの学資とするため、投信・学資保険などにした。
 
海外旅行とかにでも行こうかという話もしたのだが、当時は妊娠中なので、取り敢えず出産まで延期され、その間に熱も冷めて、結局海外には出なかった。でも美姫を出産して1年ほど経った1995年7月に、新しい孫を礼文島に住む望信の両親に見せに行こうというので、3泊4日の旅行をした(まだ礼文空港への飛行機があった時代)。
 
(初日)留萌→稚内
(2日)稚内→礼文(泊)
(3日)礼文
(4日)礼文→稚内→留萌
 

この旅の帰路途中のことであった。望信は礼文でさんざん飲まされてほぼダウンしているので、保志絵が1人で車を運転していた。途中休憩で中川町のドライブインに寄った時のことである。食事を取っている最中に美姫が泣いたので、保志絵はあやすように立ち上がり、店内を歩き回った。
 
その時、その龍笛に気付いたのである。それはガラスケースの中に納められていた。そしてそのガラスケースの前で美姫がピタリと泣き止んだのである。
 
保志絵がその龍笛を見ていると80歳くらいの作務衣を着た男性が声を掛けてきた。
 
「笛を吹きなさる?」
「はい、少し。あまり上手ではないんですけど」
「あんた、神様の気をまとってる。巫女さんだね?」
「留萌のQ神社という所でご奉仕しています」
 
「それなら、色々見てみない?この隣に展示してるんだよ」
と言って、誘われるように、保志絵はドライブインに隣接する手塩竹笛工房という工房に美姫を抱いたままお邪魔した。
 
篠笛、龍笛・高麗笛・神楽笛、試作品という竹製フルート、また尺八などが並んでいる。おもちゃのふくろう笛まである。しかし尺八やおもちゃの笛の面積は小さく、横笛がメインのようである。
 
「横笛がご専門なんですね」
「うん。ひたすら横笛を作ってる。もっとも売上は尺八の方が多い」
「演奏人口が違いますからね〜」
「篠笛を吹く人も多いけど、篠笛はローカルな規格が多くて地元の人以外は買わないから。まあ観光客がたまに買ってくけどね」
「ああ」
 
それで見ていた時、その笛に目を留めたのである。
 
「これ・・・煤竹(すすたけ)ですよね」
「うん」
「本物の煤竹という気がするんですけど」
 
「あんた、さすが巫女さんだね。そもそも煤竹と白竹の違いも漆塗りした上から見たら普通の人には分からない。更に天然煤竹と人工煤竹との違いなんてほとんど分からないもんだけど。それは10年くらい前に解体した初山別村(しょさんべつむら)の古い民家の囲炉裏の上にあった竹を使ったものだよ。明治13年に建てた家だと言ってた」
 
「このお値段は?」
「値段は付けても意味ないから付けてない」
「この龍笛を売って頂く訳には」
 
と保志絵が言うと、工房の主は
「待って」
と言って、なんと筮竹で易を立てた!
 
「沢天夬の2爻。売ってもいいけど。それを使うのは、あんたじゃない」
「私もそんな気はしました」
「何年か先に、この龍笛を使える人物が現れる。その人に売ってあげてよ。たぶん、自分はその子がここに現れるまで生きてない」
「それでお値段は?」
「あんたが決めて」
 
それで保志絵はこの龍笛“織姫”を買う約束をし、翌日またここを訪れて、帯封のついた現金4束!を払ってこの龍笛を入手したのである。工房の主はこの龍笛を買ってくれた御礼と言って、普通の人工煤竹(工房主が風呂釜で1年掛けて作ったもの)の龍笛をおまけで1本くれた。これだけでも本来は50-60万円はするものである。更に試作品の竹製フルートまで押しつけてきた(試奏したらインドのヴェヌに似た音がした。篠笛より西洋のフルートに近い音だった:ピッチは正確に西洋フルートに合わせてあった)。
 
しかしあれは宝くじが当たった余韻が残っていた時期でなければ買うことはなかった買物であった。そして1年後にこの場所を通った時、工房は無くなっていた。あれは呼ばれたのだろうなと保志絵は思っている。
 
そしてこの龍笛はそれから8年間、吹き手が現れるのをずっと待っていた。
 

5月22日(木)、S中では1学期の中間試験が行われた。科目は基本の5科目だけなので1日で終了したが、千里は丸一日頭を集中的に使って、フラフラする感じだった。
 
しかし先日実力テストがあったばかりで、中学って試験が多いんだなあと思う。
 
実際この後、高校卒業まで、毎月のように何かの試験が続くことになる。
 

5月31日(土).
 
千里は唐突に知らない場所に居た。
 
「おはよう、きーちゃん」
「おはよう、千里」
と挨拶を交わす。
 
「金環食?」
「そうそう。約束だったからね」
「ここは・・・アイスランド?」
「さすが千里だね。場所の名前分かる?」
「なんか高い山の上にいる感じなんですけど」
「標高はいくらかな〜?」
と試すように訊く。
 
「うーん・・・1480m?」
「惜しい。ここは1440mくらい。山頂は1466mだけどね」
 
(多分、寒冷地なので気温が低すぎて勘違いした)
 
「40mずれてた?ごめーん。ここは・・・スナイフェルシュークッチ?」
「うんうん。そんな感じの名前の山。山の上の方が見やすいだろうと思ってね」
「とりあえず寒いでーす!」
「まあ零下20度くらいだから」
「寒いと思った」
 
「でもスコットランドとか言ってなかった?」
「よく調べたら、スコットランドよりアイスランドの方が継続時間が長いことが分かったら、こちらに変えた」
 
「へー!」
 
実は怪我の功名なのである。今回の金環食は誰かを連れて行く予定も無かった。千里とは金環食を見せると約束したけど、千里は4月に死ぬはずだしと思って何の準備もしていなかった。それでスコットランドに行ってみたが、観測条件の良い所はもうかなり混雑していた。しかし中心食帯の地図を見ていたら、アイスランドの大半も入っていることに気付く。確認すると、こちらのほうが継続時間か長い。しかし、レイキャビクは人が多いだろうと考え、レイキャビク近く?の山の上に千里を連れて来ることにしたのである。
 

千里がこのアイスランドのスナイフェルシュークッチ(Snæfellsjökull)火山に来た時は、空は明るいものの、まだ太陽は昇っていなかった。千里の時計で12:22(日本時間)、北東の空から太陽が昇ってくるが、既に部分的に欠けていた。
 
※レイキャビク(Reykjavik)の北西120kmほどの所にある火山だが、最後の噴火は1800年ほど前である。国立公園になっていて、夏にはけっこう観光客もある。ジュール・ヴェルヌ『地底旅行』ではこの山に地下世界への入口があることになっていた。
 
本来の山の名前は“スナイフェルス”(Snæfells 雪の降る山という意味。日本的に言えば“白山”、スペイン語ならシェラ・ネバダ)だが、同名の他の複数の山と区別するために“ユークッチ” (jökull氷河の)を付ける。
 
北極圏は66゜33′以北、白夜が起きるのは65゜44′以北、であるのに対してここは64゜48′なので、ここは白夜にはならない。アイスランドでもたとえば北部のクリムセイ島(Grimsey - 島の真ん中を北極圏の線が横切る)だと、夏至の前後1ヶ月くらいが白夜になる。アイスランドと日本の時差は9時間。日本時間12時は現地の午前3時である。
 

太陽はどんどん欠けていく。そして(千里の時計で)13:04:24、ついに金環食が始まる。千里は「わぁ」と言って楽しそうに日食グラスで見ている。そして3分36秒の天体ショーを経て、13:08:00に金環食は終了した。
 
「楽しかったぁ」
と千里は楽しそうである。
 
「良かったね」
 
しかし千里はわくわくしたような顔で言った。
「次の日食はいつ?」
 
待て。もしかして私は、日食の度にこの子を日食の見える場所に連れてこないといけないのか??(元々はもうすぐ死ぬ子への“はなむけ”のサービスだった)
 

Snæfellsjökull 64.8N 23.47W 1466m
Annular Eclipse at 2003.5.31 (以下は日本時間。現地時間は-9h)
 
部分食の始まり 12:10 (地平線下で見えない)
日出 12:22
金環食開始 13:04:24
食の最大 13:06:12
金環食終了 13:08:00 (継続時間3:36)
部分食の終わり 14:03
 
「次は11月だったかなあ」
と《きーちゃん》は顔がひきつりながら答えた。
 
千里は満面の笑みで
「11月かぁ。楽しみ〜」
と言った。
 

それで「帰ろうか」と言っていた時のことである。
 
「ね?何か聞こえない?」
と千里は言った。
 
「人の声がするね」
と、きーちゃんは答えてから、近くに人が居るなら、早めに退散した方がいいと思った。ところがその声が「ヘルプ」とか「ヒルフェ」とか聞こえる気がする。
 
「誰か助けを求めているとか?」
「私、見てくる。ここに居て」
「うん」
 
それで、きーちゃんが姿を消して、そちらに行ってみると、千里たちから100mくらい離れた場所で、50代くらいの男性が、崖の端の木の根っこを掴んでいて、必死で落ちないように頑張っているのを見る。足は崖面の小さな石に掛かっているが、いつまでもつかは分からない。もし手が離れたら、あるいはあの木の根っこが抜けたら、100m以上ある崖の下に転落する。
 
きーちゃんは千里の所にいったん戻る。
 
「男の人が崖から落ちそうになってた。関わりにならない内に帰ろうか?」
「助けようよ!」
 
それで、きーちゃんは千里と2人でそこに行った。
 

「私は空中で彼を押す。千里は崖の上から引いて」
「分かった」
 
それで千里は彼の傍に寄り、
「Lend me your another hand」
と言って、彼が木の根を掴んでるのと反対側の手を握る。
「Fight!」
と言いながら、強い力で引く。千里もかなりマジになるが、男性の体重が重すぎる。
 
「これ女の力では無理。誰か近くに男の人居ないかな?」
と千里は日本語で、きーちゃんに言う。
「うーん」
 
「あ、2kmくらい先、110度の方向に男の人がいる。きーちゃん、連れて来て」
「分かった」
 
千里が言うのなら間違い無いだろうと思い、そちらに飛んで行くと、確かに結構しっかりした体格の男性がいる。きーちゃんは彼を勝手にさっきの場所に転送した。
 
「Wow?」
と言って男性は驚いている。
 
千里は
「Help us!」
と彼に向かって叫ぶ。
 
男性は駆け寄り、
「I'll take your place」
と言って、千里の代わりに落ちそうな男性の手を掴む。きーちゃんが再び空中で彼の身体を押す。
 
(この男性の身体をそもそも崖上に転送する手はあったのだが、それは最後の手段と、きーちゃんは考えていた)
 
木の根が抜けてしまうが、すぐにその手を千里が掴んだ。
(物凄い反射神経だと、きーちゃんは思った)
 
それで3人がかりで、何とか男性の身体を崖から引き上げることに成功した。
 

千里は、きーちゃんと目配せし、すぐに姿を消した。
 
「You saved my life. Thank you so much」
「I am glad you are alive」
 
などと言って2人の男性は握手している。2人ともかなり大きな息をしていたが
 
「Where is your daughter?」
と助けた方の男性が言う。
 
「Wasn't she your daughter?」
「No」
「But where she is?」
 
ふたりともあたりを見回すが、誰もいない。
 
「She may be a mountain elf or something」
「You might be true」
 

日食を見た翌日、6月1日(日)は体育祭が行われた。
 
走る競技は複数の競技があり、全員どれかに出るようになっている。1組女子14人は次のように分けられた。
 
100m 恵香、美那、萌花、幸代
200m 蓮菜、侑果、尚子、小春
800m 沙苗、優美絵
1500m 千里、玖美子
クラス対抗リレー(200m) 亜美
スウェーデンリレー(100m) 朱実
 
クラス対抗リレーは、1年女子→男子→2年男子→女子→3年女子→男子、
スウェーデンリレーは1年男子→女子→2年女子→男子→3年男子→女子、とバトンをつなぐ。
 
スウェーデンリレーは1年100m, 2年200m, 3年400mとなっている(男女とも)。
 
なお男子は1500mの代わりに3000mがある。
 

出場者を決めるホームルームでは、男子と女子に分かれて教室の前半分と後半分を使って決めて行った。女子の司会はクラス委員の侑果(P小出身)と体育祭委員に選ばれた玖美子(N小出身)である。
 
「セナちゃん、女子に来ない?」
「どうしよう?」
「君には1500mを用意しているのだが」
「ぼく、男子の方に残る!」
 
それで希望者の無かった女子1500mには、千里が指名された。
 
「うそ!? 1500mなの〜?」
と千里。
「君は少し本気を出せば走れるはず」
と玖美子から言われた。その玖美子も1500mを走る。
 
どうも希望者が居なかった時、誰を指名するかを、事前に数人で話し合って決めていたようだ。
 
800mも希望者が居なかったので、司会者から指名された。
 
「私800mなの〜?」
と沙苗。
「800m走っても死にそうにない子を選んだ」
と玖美子。
 
「私800m頑張る!」
ともうひとり選ばれた優美絵は楽しそうである。
 
優美絵は小学6年の1学期まではとても、ひ弱な子だったが、夏頃から急速にバストが発達するとともに身体がよく動くようになって、今ではバレー部のリベロとして活躍している。女性的な身体が発達するのに合わせて運動能力が低下する女子が多い中で、逆に女性的な身体付きになると共に運動能力が向上した、不思議な子である。
 
なお。男子に残ったセナは800mに指名されて悲鳴をあげていた。
 

体育祭のプログラムはこのようになっていた。
 
入場行進
開会式
準備体操
男女100m走
男女200m走
1年生玉入れ
2年生綱引き
3年生大玉転がし
男女800m走
女子1500m走
男子3000m走
(昼食)
応援合戦
1年生パン食い競争
2年生借り物競走
3年生障害物競走
1年生フォークダンス
2年生ソーラン節
3年生マスゲーム
部活対抗リレー
クラス対抗リレー
スウェーデンリレー
閉会式
 
男子のみ、女子のみの競技・演目がほとんど無いのは、やはり女性の山口教頭の意向が働いているのかも、と蓮菜や玖美子は話していた。クラス対抗リレーでも、全学年で女子→男子ではなく、2年生は男子が先に走る。
 
千里は部活対抗リレーで、バスケ部からも剣道部からも「出て」と言われたがバスケ部の方は「私男子なのでパスで」と言って逃げ、剣道部の方は「先輩方に譲ります」と言って逃げた。剣道部は結局、大会にあまり出られないメンバーを中心に編成していた。バスケ部は、体力の無い友子を除いた4人で出ることにしたようである。
 

クラス単位で入場行進をして、開会式が行われ、生徒会長(女子)と副会長(男子)が、生徒を代表して選手宣誓をした。準備体操の後、競技が始まり、まずは男女の100m,200mが行われた。
 
1年生の玉入れでは、1組の千里、3組の杏子が全く外さずにどんどん放り込むので1組・3組は時間内に全ての玉を籠(かご)に入れてしまい、1組・3組の引き分け1位となった。
 
2年生綱引き・3年生大玉転がしを経て、男女の800m走が行われたが、女子で優美絵が3位になる活躍を見せた。沙苗は走った18人中10位だった。
 
「手抜きしてな〜い?」
「ちゃんと真面目に走ったよぉ」
とは言っていたけど、肉体的に男子である自分が女子の上位に入ってはと思ってきっと少しゆっくり走ったのだろう。もっとも既に男子廃業している気もするが。
 
女子1500mでは、この種目に出る留実子は「男子の3000mは次だよ」と言われていた(お約束)が、千里が「この子、女の子なんです」と証言してあげた。
 
スタート直前、一緒に走る玖美子から
「るみちゃんの次あたりを狙おうよ」
と言われて、千里はわりと真面目に走った。それで玖美子の言った通り、1位留実子、2位玖美子、3位千里となって1年生が3位までを独占した(マラソン大会で留実子とトップ争いをした陸上部の3年生は800mに出ていた)。
 
でも1500mは、やはりきつい!
 
でも玖美子たちに1周差を付けて1位で入った留実子は、千里たちに
「君たち手抜きしてない?」
などと言っていた。
 

男子3000mの後、お昼となる。千里は(お弁当の無い)留実子を呼んで、蓮菜親子、沙苗親子も一緒にお弁当を食べた。
 
千里の母、千里、玲羅(小5)
蓮菜の母、蓮菜
沙苗の両親、沙苗、笑梨(幼稚園の年中)
留実子
 
留実子は(今日も休んでいる)鞠古君のことが心配ではあるようだが、今日はそのもやもやした気持ちを競技にぶつけているようだ。
 
昼休み後の応援合戦では応援部の子・チア部の子を中心にみんなで声援を送った。千里はチアリーダーに徴用されて、チア部の子たちと一緒にチアの衣裳を着けてパフォーマンスをした。
 
「千里ちゃん、ここは肩の上から、空中で1回前転して飛び降りて」
「空中前転ですか?できるかなあ」
「後方回転でもよいが」
「無理です」
 
などと言っていたのだが、千里は真ん中でのパフォーマンスだった!
 
なお、留実子は学生服を着て、ウィッグを外し丸刈りの頭を見せて大きな声で声援を送っていた。
 

千里は放送委員なので、この応援合戦の後、午後の体育祭アナウンスを担当した。それで1年生全員参加のパン食い競争は免除してもらった(でもアンパンを1個もらった)。フォークダンスには出たが、その間だけ2年生の人に代わってもらった。
 
フォークダンスでは、セナをうまく乗せて女子の輪で踊らせた。曲目はジェンカとマイムマイムで、男女ペアになる踊りが無い!(これもきっと山口教頭の意向)
 
1組は(鞠古君が休んでいるので)男子13人・女子14人だったが、ジェンカではセナを女子に連行して、男子12人(4人×3)、女子15人(5人×3)で踊った。セナは女子の肩に手を掛けるのを恥ずかしがったので、沙苗の後にした。沙苗の前は蓮菜であった。千里は先頭で、千里の後は尚子だったが、尚子は
 
「千里ちゃん、普通に女の子の感触だから、全く緊張しなかった」
などと言っていた。
 
マイムマイムでは、女子の輪は、セナの左右は恵香と美那、沙苗の左右は千里と玖美子であった。千里の左は尚子である。
 
「セナちゃん、火曜からはセーラー服で出て来てね」
「持ってないよぉ」
 

フォークダンスの後は、千里は放送席に戻って、その後、閉会式までのアナウンスを担当した。部活対抗リレーでは、男子は1陸上部、2野球部、3スキー部、女子では、1陸上部、2水泳部、3ソフト部、であった。バスケ部は男子は5位、女子は最下位!、剣道部は男子は6位、女子は4位だった。
 
クラス対抗リレーでは2組、スウェーデンリレーでは3組が勝った。そして総合成績では、このスウェーデンリレーの成績で逆転し、3組(青組)の優勝となった。
 

「君、いっそのこと女の子になる?」
「え〜〜!?」
「男か女かなんて大きな問題じゃ無い。人は自分が生きやすいほうの性で生きればいいんだよ」
「そんなものですかね」
「君が女の子になるなら、女の子としてやっていきやすい身体にしてあげるよ。お嫁さんにも行けるようになるし」
 

6月2日(月)は体育祭の代休で、6月3日(火)からS中は衣替えとなった。
 
男子は学生服を脱いでワイシャツ姿に、女子は冬服のセーラー服から、夏服のセーラー服に衣替えする。
 
「夏服はちゃんと最初から女子制服で出て来たな」
と校門の少し先で遭遇した恵香から言われた。
 
「ワイシャツとか入らないし」
「まあ千里のその胸が入るワイシャツが存在するわけがない」
 
そんな会話をしながらやがて生徒玄関まで来る。千里たちは通学用の靴を各々の出席番号の靴箱に入れ、そこに入れていた上履きを履く。
 
「そういえば、男子の方の靴箱で12の次が14になってて、間に番号が貼ってない靴箱があるけど、やはり13って不吉だから飛ばしたのかな?」
 
「違うよ。13は元々は沙苗の番号だったんだよ」
「あぁ!」
「でも沙苗が性転換して女の子になっちゃったから、13は欠番にして、沙苗には新たに33番を割り当てたんだよ」
 
「そういうことだったのか」
 
「でも33番の次の靴箱、いつも靴が入ってるよね」
「空いてるから誰か入りきれない靴を入れてるんじゃない?」
「上履きを3つくらい持ってる人とか?」
「どう使い分けるのよ!?」
「足が6本あるとか」
 

6月8日(日).
 
この日は、道北ジュニア・バスケット・フェスティバルという大会が開かれた。道北地区の中高生のバスケットチームが多数出場するイベントである。このフェスティバルでは中学生・高校生、および中高混成チーム、また男女混成チームなども自由にエントリーできるので、“女子チームの男子メンバー”である千里もプレイヤーとして参加できるのである。
 
あまり強いチームは出ていない(強豪校は2軍を試合経験を積ませるために出した学校もあったようである)が、“弱小未満”のS中女子バスケ部にはちょうどいいレベルの大会だった。
 
ただここでひとつ問題があった。このイベントには、子供の頃、留萌に住んでいたという、ルメエラ国の王女様(父がビジネスマンとして赴任していたが、その父が思いがけず王位を継いだらしい)が来賓としておいでになることになっていて、それをお迎えする形で、小杉宮・則子女王殿下まで出席なさる。
 
それで開会式は、ユニフォームではなく第一礼装になる学校の制服で参列してと言われた。
 
「千里、学生服で並ぶ?」
と節子さんから訊かれる。
 
千里は首を振る。せっかく女子(?)チームの一員として参加できるのに男子制服なんて絶対に着たくない。
 
「じゃ、誰かに頼んでセーラー服の冬服を貸してもらって着るかね?」
「誰か貸してくれそうな友だちとかいる?」
 
「セーラー服、夏冬とも自分のを持ってます」
 
「何〜〜〜!?」
 

それでこの日はセーラー服(の冬服)で出て来たのだが、
 
「可愛いじゃん」
「女の子にしか見えない」
と好評だった。
 
「それで通学しなよ」
「そうですね」
 
いや、普段これで通学してるんだけど、そういえば、バスケット部の人にはセーラー服姿は見せてなかったかなあと考えた。貴司まで、何だがぼーっとした様子でこちらを見ている。あれ〜、私、貴司にもセーラー服姿見せてなかったっけ?と考えた。そういえばグリーンランドで会った時は和服だったし。
 

大会の方は、千里たちは1回戦は勝ったものの.2回戦で男子チームと当たって敗れた。しかし過去4-5年1度も勝ってなかったのを今年は春の大会に続き2度も1回戦に勝てたので、みんな興奮気味だった。
 
大会が終わった後、解散するが、会場から結構離れた所で貴司が待っていた。貴司は学生服は脱いで手に持ち、ワイシャツ姿だった。
 
「少し一緒に歩こうよ」
「うん」
「セーラー服、凄く可愛い」
「えへへ」
 
それで一緒に歩きながら話すが、貴司が千里の手を握ってくれたので、千里はドキッとした。2人は今日の試合の話をたくさんした。
 
なお今日の千里は、青い玉の付いた髪ゴムを使い、ペールブルーの腕時計をしていた。
 

15分くらい歩きながら話していたら、貴司の携帯に着信がある。貴司が電話に出るのに千里の手を握っていた手を離すので「あん!」と思う。
 
電話を掛けてきたのは、どうも貴司の母のようだった。
 
「ああ。じゃそちらに行くよ」
と言うので、今日はこれでお別れかなと思ったら、一緒に来てと言う。
 
「セーラー服を着てて、ちょうどいいから、うちの母ちゃんに紹介しとく」
 
ええ〜?お母さんに紹介って恥ずかしい!
 
でもまた手を握ってもらったので付いていく。
 
「あれ?ここは?」
「うちの母ちゃん、ここで巫女さんをしてるんだよ」
「へー」
 
そういう訳で、貴司に連れてこられたのはQ神社だったのである。
 
(Q大神はまた喜んでいる)
 

そして、貴司のお母さんに会うことになったが、そのお母さんというのが先日留実子たちと一緒に来て、鞠古君の病気のことで占いをしてくれた巫女さんだったので、びっくりする。
 
「これ、俺の友だちの村山千里さん」
「初めまして。村山です。よろしくお願いします」
「初めまして。貴司の母の保志絵です。あら?あなたこないだ、学生服を着てここに来なかった?」
と母が言うので、貴司は、やばーいという顔をする。せっかく千里がセーラー服を着ている所を母に見せておこうと思ったのに学生服姿を見られていたなんてと思う。しかし母は言った。
 
「でもやはり、あなた女の子だったのね。こないだは、女の子にしか見えないのに学生服だったけど、応援団で学生服を着てるとか言ってたけど」
 
「もちろんこの子は女の子だよ。裸にして確認はしてないけどね」
「そんなことするのは、中学生には早い」
 

結局社務所にあがって少し話をすることになった。
 
お母さんの用事は、サクランボを大量にもらったのでそれを家に持ち帰って欲しいということだった。ついでに千里まで少しお裾分けしてもらった。
 
「千里ちゃん、こないだも思ったけど少し霊感あるね」
とお母さんは言った。
「そうですか?」
 
「ね、千里ちゃん、この神社で巫女さんのバイトしない?」
「え?私みたいな素人がそんなことできるんでしょうか?」
「あんた、素質があるよ」
「へー!」
 
「千里ちゃん、その長い髪を本当は切らないといけないのに、取り敢えずバッくれてると言ってたけど、ここで巫女さんをするのに長い髪が必要だと言えば切らなくても済むよ」
とお母さんは言う。
 
「ああ、それはいいことだ」
と貴司も言うので、結局千里はQ神社の宮司さんの名前で、巫女さんをするのに、長い髪が必要なのでという証明書を書いてもらった。あとで母に異装届を書いてもらい提出しようと思う。ただこの時点では千里(千里B)としては男子が巫女さんをするので長い髪が必要なんて話が通るものだろうかと疑問を感じていた。
 

お母さんは、先日の鞠古君の占いの件で、実は気になっていたことがあると話した。結果的に鞠古君の病気の話も貴司は聞くことになったが
 
「なんかずっと部活休んでるけど、そういうことになっていたのか」
と彼は驚いた。
 
お母さんは「とてもクライアントには言えなかったけど」と断った上で、この病気の治療方針に疑問があると言った。
 
「もしかして誤診があるとかですか?」
「いや、それは占い師が言っていいことではない」
とお母さんは言う。
 
「もしかして病状はもっと酷いとか」
「それは無いと思う。今の治療方針でも治ると思う。ただ、やりすぎのような気がする」
 
「“鶏を割くのに牛刀を用いる”ような」
「それって廊下を走っただけで退学になるみたいな?」
「うんうん。それに近い。でも医師の判断に占い師が勝手なこと言うこともできないから、先日は言わなかったんだけどね」
 

千里が鞠古君の病気のことで、色々考えながら翌日学校に出て行くと、当の鞠古君が、なんとセーラー服を着て登校してきたので、みんな仰天する。
 
「お前、何やってんの?」
 
「いえね、わたし、チンコ切ってしまいますでしょ?そして女性ホルモンをずっと打っていたら、いやでも女みたいな身体になってしまうじゃない。それなら、いっそのこと、女の子になってしまった方がいいかも、なんてお医者さんがおっしゃいますの。だからわたしが、女の子として適応できるかどうかのテストなんですの」
 
と鞠古君は話すが、時代遅れの女言葉が気持ち悪い!そもそもイントネーションが変だし。それに彼のセーラー服姿自体が、かなり気持ち悪い!お笑いタレントさんのセーラー服姿とかの方がまだマシというレベルである。
 
でも鞠古君って、小さい頃からよくスカート穿いてたのに、どうしてこんなに似合わないんだろう?と千里は不思議に思った。
 
隣のクラスから来ていた留実子がとうとう我慢できなくなって彼を平手打ちすると走って行ってしまったので千里は留実子を追いかけた。そして非常口の所で泣いているのを千里はハグした。
 
鞠古君は、セーラー服姿で女子トイレを使おうとしたが「痴漢として警察に通報するぞ」と言われて、女子たちに叩き出される。でも男子トイレにも入れてもらえず、
 
「私どうしたらいいのよ〜!」
と叫んでいた。
 

なお、この日、母に書いてもらった異装届と、Q神社で書いてもらった異装必要証明書を提出しようと思っていたのだが、担任の菅田先生はこの日は研修会で学校には出て来ていなかった。それで2組担任の緒方先生(女性)に預けた。
 
「ああ、そういえば髪を長くしてるなとは思ったけど、巫女さんするからだったのね。了解、了解。菅田先生に渡しておくね」
「はい、よろしくお願いします」
 
「でも確かに、村山さん、少し霊感あるし、巫女さんにはピッタリかもね」
と緒方先生は言う。
 
「それ、よく人に言われるんですけど、霊感ってよく分かりません」
 
「そう言う人の方がいいんだよ。自分で『私霊感あるんですよ』と言う子はわりと危ない」
「あ、それは分かります」
 

その日の夜、自宅に電話があるので千里が出たら、なんと3月に別れた晋治だった。
 
「晋治、どうしたの?」
「あれ?千里?」
「もしかして間違い電話?」
「ごめーん」
 
でも久しぶりだったので、2人は
「その後、元気?」
とか
「恋人できた?」
とか話した。
 
「昨日はちょっとチンコ切っちゃって痛かったけど、もう平気だし」
などと晋治が言うので
 
「え!? おちんちん切っちゃったの?女の子になるの?」
と千里が驚いて言った。
 
「いや、切るって、そういう意味じゃないよ。チンコの皮がズボンのファスナーに挟まっちゃってさ。外すのに苦労して、結構皮が切れて痛かったよ。おばちゃんが笑いながら生理用ナプキン1枚くれたから、ついさっきまでずっと付けてた」
 
「あはは。おちんちん切って女の子の生理用ナプキン付けてたら、ちょっと女の子気分?」
「何か凄く変な感じ。ナプキンって」
 

「しかし、チンコ切ると聞いて、チンコ切断する話と思うのはさすが千里だな」
「晋治も一度切断してみない?」
 
「遠慮しとく。まあ普通の男子はチンコ切断なんて考えないし」
と晋治言ったら、千里が少し考えているふうなので
「どうかしたの?」
と尋ねる。
 
「うん、実はね」
と言って、千里は鞠古君が、ペニスにできた腫瘍で、ペニスを切断しなければならないという話になっていることを話した。
 
「それ、セカンドオピニオンは取ってるの?」
と晋治は訊いた。
 
「セカ・・・って何?」
 
「別の医者の意見」
 
「病院を変わった方がいいということ?」
 
「そうじゃなくて、こういう重大な治療を受ける場合は、念のため他の医者の意見も聞いたほうがいいということ」
 
と言って晋治はセカンドオピニオンの意味・意義を千里に説明した。
 
「完璧な医者なんて居ないし、各々の経験も違うから、別の医者に掛かると、別の治療を提案される可能性もあるんだよ」
 
「つまり別の医者に診せたら、おちんちんを切らずに治す方法を提示してくれる可能性もあるということ?」
 
「あくまで可能性だよ。どこに行っても全部切るしかないと言われるかも知れない」
 
「でもそれは診せてみる価値あるよね?」
 
「うん。鞠古、どこの病院に掛かってるの?」
「旭川の**病院」
「だったら、札幌の##病院に行ってみない? 学閥が違うんだ」
「学閥?」
 
それで晋治は医者にはどこの医大を出たかにより学閥があるので、同じ学閥同士だと、遠慮して正直な意見を言わない可能性があり、セカンドオピニオンを求める場合は、他の学閥の医者に診せたほうがいいと説明した。
 
(こういう考え方は欧米でのセカンドオピニオンの考え方で、日本の医師にはこのような受診の仕方を嫌う人たちが極めて多い)
 
それで千里はこの話をまず留実子に電話して伝えたのである。留実子は鞠古君に電話した。途中から鞠古君のお母さんに替わってそちらと直接話す。鞠古君の家ではそれで激論になり、旭川に住む、彼の姉・花江とも話したようである。そして結局、翌朝、鞠古君のお父さんから千里に電話が掛かってきた。
 
「息子を札幌の病院に連れて行って診せてみます。済みません。どの先生とか指名した方がいいんですかね?」
 
「友人から聞いています。##病院の&&先生に診てもらってください。でもこの先生、紹介状が無いと診てくれないんです。それでいったん旭川の$$病院に行って、そこで紹介状を書いてもらってください」
 
それで鞠古君たちは、その病院に行ってみることにしたのである。
 

千里(千里B)は鞠古君たちが、まずは旭川の$$病院に行った、6月10日(火), 学校が終わってから(セーラー服姿で)Q神社に行き、細川保志絵に状況を報告した。
 
「それは良い展開があるといいね」
「そうなることを願っています。でも私、何か自分にもできることないかと思って。特別な祈祷とかできないでしょうか」
 
保志絵は少し考えていたが
「あんた水垢離(みずごり)とかできる?」
「します」
 
それで、千里は水垢離用の服に着替えて、神社裏手の小川で水垢離をする。この水垢離をしたのはW/Bである。直前までB(B/B)だったのだが、冷たそう!と思って逃げた!のでW/Bがした。それで保志絵に、全然胸が無いのを見られてしまった(でも水垢離用の服に着替えた時は結構胸が大きいと思った気がしたのにと不思議に思った)。もっともW/Bは、ここまで5/12, 16, 23, 30, 6/6と4回女性ホルモンの注射を打たれているし、体内でRの強力な女性ホルモンの影響も受けているので、乳首が立っていて膨らみ掛けの状態で、性別までは疑われなかった。
 
水垢離の後は、身体を拭き祈祷用の衣裳に着替えて、奥社のひとつ、少彦名神社(すくなひこな・じんじゃ)で教えられた祝詞(のりと)を唱えた。保志絵は千里がまるで本職のように上手に祝詞(のりと)を唱えるので驚いた。
 
そして千里の祝詞に対して、神様は明らかに反応した。
 
「通ったね」
と保志絵は驚いたように言った。
 
「はい?」
「千里ちゃんの願いに神様は確かに反応した。きっと悪いようにはならないと思う」
 
「ほんとですか?そうなるといいなあ」
 
保志絵は「この子は神様に愛されている」と感じた。
 
(少彦名神社の神様は、自分より、本殿の神様・Q大神が千里に熱い視線を送っているので当惑した!が自分もできるたけのことはするとQ大神に言った)
 

会話をしながら、保志絵は千里の視線の先に気付いた。
 
「千里ちゃん、面白い所を見るね」
「え?」
 
「そこ行ってみようか」
 
保志絵が千里と一緒にそこに行くと、少し変わった形の岩がある。
 
「何に見える?」
「えっと、きっと私の心が汚れてるせいでしょうけど、女性のあそこに見えます」
 
「うん。それが素直な見え方だと思う。これは古い磐座(いわくら)なんだよ。この神社は江戸時代、日本人とアイヌが一緒に暮らしていた時代に日本人が建てた古い神社なんだけど、元々はここの磐座信仰が、神社の始まりじゃないかと言われている」
 
「へー。やはり女神様なんですか?」
「うん。この神社に祭られている三柱の神の内の、姫大神というののご神体がここだと言われている」
「でもここの神様の名前を唱える時、姫大神のお名前は最後に唱えますよね」
「一般に神社では後から勧請された神を先に唱える」
「へー」
「だから最後に唱えるのが一般にそこの地主神様なんだよ」
「なるほどー」
 

この会話をQ大神は照れながら聞いている。恥ずかしい所見られちゃったし!そしてこの後、Q大神は少彦名神社の神様に本殿の留守番を頼み、富士山に住む上司のK姫の所まで行って、鞠古君の件をお願いしてくるのである。K姫は
 
「良きに取り計らおうぞ」
と言ってくれた。ついでに姫様は
 
「ところでそなた何か隠し事はしておらぬか?」
とおっしゃるので、千里の件がバレてる〜!と思いながらも
 
「いえ決して」
と答えておいた!
 

木曜日の夕方、千里は鞠古君の状況を留実子からの電話で聞いた。留実子は学校を休んで札幌まで付いて行っていたのである。
 
それによると、まだ未認可の治験中の薬の治験に参加することになったということであった。この薬が効けば腫瘍は縮小してくれる可能性がある。うまくすれば、一切身体にメスを入れずに治る可能性もある。また、手術するにしてもペニスを全部切ってしまうのではなく、腫瘍のある部分だけを切って、その前後を繋ぎ合わせるという手法を採ることが提案された。切った分ペニスは短くはなるものの、ちゃんと血管・神経は顕微鏡で見ながら繋いでいくので、機能はそんなに落ちないはずということである。
 
ただ、この薬には重要な副作用があり、生殖機能が損なわれるということだった。しかし、そもそもペニス・睾丸を全部取ってしまうという話だったのだから、それよりもこの方法を選択しようということになったのである。
 

「状況が変わったね」
「変わりましたね」
と、A大神とP大神は話し合った。
 
「どうする?」
「鞠古君の睾丸は4月10日の時点で千里の睾丸(早紀由来の睾丸と交換して取り外したCuの睾丸)と交換して保存してあります。だから治療薬の副作用で機能を失うのは千里の睾丸です。2-3年後に治療が終わったら、彼の本来の睾丸を戻してあけます。そしたら彼は男性機能が復活するはずです」
 
「千里が鞠古の代わりに女性ホルモンの注射をされてるけど」
「あれも焦ったんですが、念のため、あの子の睾丸も退避させました。今あの子の陰嚢内に入っているのは、沙苗の睾丸です(*4)」
「ああ、沙苗は睾丸取ったのね?」
「実は4/10に取ってあげました。あの子は睾丸があることで精神的に不安定になっていたので、取ってあげたら精神的に安定しちゃったみたいです」
 
「女の子になりたいと思っている子でも実際に去勢すると精神的に不安定になることが多いのに、去勢で安定するというのは面白い子だね」
「全くです」
「女性ホルモンは?」
「千里が渡しているのを飲んでいるようですね。多分今月か来月くらいには性同一性障害の診断書が出そうだから、そしたら病院からホルモン剤の処方箋を書いてもらえると思います。今はフライングしてるね?と指摘されたみたいですけど」
 
「千里はどうやって女性ホルモン剤を入手してるの?」
「それがよく分からないんですよねー」
 
ちなみに沙苗に女性ホルモン剤を渡しているのは“緑”の玉の髪ゴムを付けた子であるが、P大神は複数の千里が活動していることには気付いていない。
 
またA大神は千里に入っていた睾丸が保存されたという話から結果的に早紀由来の睾丸が保存されたことに気付かなかった。元々早紀の睾丸を持って来たのはどうせすぐに千里の体内で機能喪失すると思ったからなのだが、早紀の睾丸は保存され、9年後に早紀を遺伝子的父とする子供が誕生することになる。
 

(*4) 4年生の時のドミノ移植と合わせて、極めて複雑な状況になっているがまとめ(?)ると、このようになる。
 
睾丸ドミノ
翻田常弥←武矢の睾丸(常弥の睾丸は廃棄)
翻田民弥←鹿島信子の睾丸
翻田和弥←民弥の睾丸
武矢←千里(4年生)の睾丸 早紀←津久美の睾丸
Cu←早紀の睾丸(4/10)
Cu←沙苗の睾丸(5/12) (千里に入っていた早紀の睾丸は保存中)
鞠古←Cuの睾丸 (この後、腫瘍の治療薬の副作用で機能喪失予定)
 
陰茎ドミノ
本田和弥←鹿島信子の陰茎
早紀←津久美の陰茎
Cu←早紀の陰茎(Cuの元の陰茎は保存中)
 

「鞠古のちんちんは?」
 
「どうも切除しなくて済みそうだから、そのままにしましょうか。ペニスが1本余っちゃうけど」
 
「じゃ誰か要る人がいたらあげるということで」
「鞠古君の彼女の留実子ちゃんがちんちん欲しがってますけど」
「さすがにるみちゃんにちんちん付いてたら、大騒動になるよね」
「鞠古君と結婚できなくなる危険がありますから、取り敢えず付けてあげるのは控えておきましょうかね。るみちゃんが男役する時は一時的に付けてあげてもいいけど」
 
「鞠古君、妊娠したりして」
「あの子、妊娠しそうな顔してますけどね」
 

2003年6月14-15日(土日).
 
千里(千里B)はQ神社で初めて巫女としての奉仕をした。
 
この日は、先輩の巫女さんたちに挨拶し、まずは巫女の衣裳を渡されて身につけるが千里がスムーズに着られるので
「あんたやったことある?」
と訊かれる。
 
「家の近くのP神社で時々お手伝いしてるので」
と言うと
 
「おお、経験者か」
「頼もしい」
と言われて、いきなり昇殿祈祷に投入された。
 
普通なら初心者はまず境内の掃除とかから始めるのに!
 
祈祷をするお客様を受付から控室に案内し、また控室から拝殿に先導する。大幣を振ってお祓いをしたり、玉串奉奠をする際に榊を祈祷者に渡したりする役をした。千里がそつなくこれらの動作をしたので
 
「素晴らしい。即戦力だ」
と言われた。
 
「楽器はできない?」
「太鼓は叩いてましたけど、あと舞を舞ってました」
「だったら、うちの神社のたたき方や、舞を教えてあげるよ」
「ありがとうございます」
 
そういう訳で、初日から千里はフル稼働したのであった。特に太鼓はすぐ覚えて11時頃に来たお客さんの祈祷で太鼓を叩いた。
 

お昼はお弁当を作って持ってきていたので
「お母さんに作ってもらったの?」
などと訊かれたが
「自分で作りました」
と言うと
「偉い!君は主婦の鑑(かがみ)だ」
などと言われた。
 
「そういえば、君、太鼓叩くのも上手いけど、龍笛は吹けないの?」
と言われる。
「それ吹いたことないんですよねー」
 
「龍笛は吹いてないけど、高麗笛(こまぶえ)は得意だとか」
「実は神楽笛(かぐらぶえ)の名人だとか」
 
(龍笛・高麗笛・神楽笛は同属楽器。クラリネットのB♭管・A管のようなものである。高麗笛は龍笛より長2度高く、神楽笛は龍笛より長2度低い。但し、龍笛が7穴なのに対して、高麗笛・神楽笛は6穴である)
 
「どれも吹いたこと無いですよー」
「しかし君は吹けそうな顔をしている」
と言われ、まずはABS樹脂製の龍笛を渡されて
「吹いてみて」
と言われる。千里がおそるおそる息を吹くと、素敵な音が出る。
 
「吹けるじゃん!」
と多くの人の声。
 
「普通は音が出るようになるまで一週間くらい悪戦苦闘する」
 
「君、フルートとかしてた?」
「鼓笛隊でファイフは吹いてました」
「だからいきなり音が出るのか」
「龍笛も教えるから覚えてよ」
「はい」
 
それで千里(千里B)は、Q神社で、先輩巫女の寛子さんという人に龍笛を習うことになったのである。
 
(P神社で小春の龍笛を受け継いで神事で吹いているのは千里Y)
 

さてQ神社でご奉仕することになった千里(千里B-Blue)は、それに先立ち6月11日(水)、P神社に行き翻田宮司に会って、お話をした。
 
友人から誘われて、Q神社の方で土日にご奉仕することになったので、こちらには休日は、なかなか来られないと千里が言うと「お誘いがあったのなら仕方ないね」と納得はしてくれたものの、残念がっていた。
 
ところが千里は6月14日(土)にもP神社にやってきた。
 
宮司は尋ねた。
「千里ちゃん、Q神社の方に行かなくていいの?」
 
しかしここに来ている千里(千里Y-Yellow)は、Q神社に奉仕するなんて話は全く聞いていないので
「え?Q神社ですか?私は留萌にいる限りは、ここでご奉仕しますよ」
と言う。
 
それで翻田宮司は、Q神社の方の話はキャンセルになったのかなと思い、その件はそれ以上話さなかった。でも千里がずっとここに常駐してくれるのは嬉しいと思った。
 

千里B(Blue)は日曜日も昨日同様、忙しくお客様の案内や、昇殿祈祷の補助などをしていたが、午後は少しお客さんが途切れたので、先輩の寛子さんから龍笛の手ほどきを受けた。
 
「さすがファイフ吹いていただけあって、よく音が鳴るね〜」
と寛子さんは感心していた。
 
「でもまだ私、下手なのに神社の中でこんなに音出しててもいいんでしょうか?」
「君は充分上手いと思うけどなあ。でも気になるなら、別の場所で練習する?」
「別の場所というと?」
 
「今お客さん、途切れてるからいいと思う」
と言って、寛子さんは、細川さんに
「ちょっと千里ちゃん連れて別館に行ってますね」
と言った。
「うん。忙しくなりそうだったら呼ぶから」
と細川さんは答えた。
 

それで寛子さんは神社の車・白いプリウスに千里を乗せると、運転して“別館”に行く。
 
「あれ?ここはうちの中学に行く道だ」
「ああ、あんたS中の生徒?」
「はい、そうです」
「だったら毎日見てるね」
 
それで着いたのは、学校の門のすぐ上に鳥居がある、Q神社の御旅所である。
 
寛子さんがピンポンを鳴らすと、警備員の制服を着た人がドアを開けてくれた。
 
「ちょっと使いますね」
「はい、はい、どうぞ」
と言って、中に入れて貰う。巫女衣装が制服代わりになるんだな、と千里は思った。
 
「ここは基本的には夏のお祭りの時だけ使うんだけど、それ以外の時は空いてるから、結構倉庫や休憩施設になっているのよね」
「へー!でも警備員さんは常駐してるんですね」
「そそ。警備員さんたちの間では“島流し”とか言われてるみたいだけど」
「ああ、ずっと1人なのは辛い」
「でも毎日たぶん誰かは来ると思うよ」
「じゃわりと出入りがあるんですね」
「うん」
 
それにしてはここは雑霊が多すぎると千里は思った。
 
「若い神職さんがここで祝詞の練習とかもしてるし、巫女さんが舞の練習したりとかもしてるけど、まあ空いている時間の方が多い」
 
「なるほどー。あ、ビアノもある」
「古いアップライトだけどね。音も少し狂ってるよ」
「へー」
 
それでここで千里はこの日の午後3時間くらい思いっきり龍笛の練習をした。神社の中ではやはり練習の音はあまり出せないと思って控えめに吹いていたのだが、ここなら思いっきり息を出せるので、千里が吹く龍笛は物凄い音量で鳴った。そして、千里の龍笛が響くと、あたりに漂っていた雑霊がどんどん消滅していくのを感じる。やはり笛って浄化能力があるんだな、と思いながら千里(千里B)は吹いていた。
 
夕方少し忙しくなりそうという連絡で神社に戻ったが、寛子さんは
「今日1日で凄く進化した」
と言っていた。
「そうですか。でも思いっきり吹けて気持ち良かったです」
 
「だけど、千里ちゃん、学校のそばだったら、平日でも警備員さんに声を掛けて中に入って、練習しててもいいよ」
「いいんですか?」
「うん。巫女長に言っておくからさ」
「それだと確かにたくさん練習できるかも」
「今Q神社で龍笛吹ける子が私以外には居なくてさ。だから千里ちゃんが昇殿祈祷で吹けるようになると私も助かるし」
「循子さんも吹かれますよね」
「あの子、下手だし」
 
ひぇー、はっきり言うなあと思う。
 
「だから大事な祈祷では吹かせられないんだよ。大祈祷とか受けた時とか、結婚式とかでは私が吹くしかない状態で、なかなか休めなくてさ」
「それは大変ですね」
 
それで千里(千里B)は念のため、宮司発行の“Q神社職員証”を渡され、いつでも自由に別館(御旅所の建物)で龍笛の練習をしてよいということになったのである。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6 
【女子中学生・夢見るセーラー服】(3)