【女子中学生・夢見るセーラー服】(5)

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「ねえ、兄貴、友だち同士で泊まり込んで勉強会合宿するんだけどさ、その費用に7000円めぐんでくれない?」
「ふーん。合宿して赤ちゃんの作り方でも勉強するの?」
「学校の勉強だよ!」
「私を姉と呼ぶなら融通してあげるけど」
「じゃお姉様、お願いします」
「はいはい」
と言って、姉は1万円札を渡してくれた。姉は高校生だが、ラーメン屋さんで女性従業員(女子高生スタッフ!)としてバイトしているので、わりと資金的な余裕がある。少なくとも両親よりはお金を持っている!
 
「3000円はおやつ代ね」
「ありがとう!姉貴」
「いつも姉と呼んで欲しいなあ」
「検討しとく」
「あと、あんた女の子と“する”時は、これちゃんと着けなさいよ。中学生で父親になったら責任取れないよ」
と言って、姉は小さな四角いものを渡した。
「女の子とはしないと思うけどもらっとく」
 

2003年6月30日(月).
 
千里(B)が、いつものように昼休みにQ神社別館に行き、龍笛の練習をしようとしていたら、小町が声を掛けた。
 
「千里さん、これ細川さんから言付かって。この龍笛を使って下さいということです」
 
それで千里(千里B)か受け取ったが
「何この凄い龍笛は?」
と言う。
 
「なんか凄いですよね。私もびっくりしました」
「これ70-80万円しない?」
「細川さんから受け取ったのは千里さんに扮した小春さんなんですけど、小春さんも60-70万くらいの龍笛じゃないかと言ってました。細川さんは40万円と言っておられましたが、40万円には見えません」
 
「私に擬態して受け取ったんだ?了解。だったら、これQ神社のお仕事をしている間、私が借りていていいのかな」
 
「千里さん個人にくださるそうです」
「嘘!?こんな高いものもらっていいものかな。代金払うべきという気がする」
「細川さんとしては息子さんの彼女へのプレゼントのつもりだと思います。でも気になるようだったら、おとなになってお金がたくさん儲かったら払ってと言っておられました」
「じゃ出世払いということで」
といい、千里はその龍笛を受け取った。
 
「最初もっと凄い龍笛を千里さんに渡そうとなさったんですが、小春さんが、さすがにそれは自分にはもったいないですよとお断りになりました」
 
「これよりもっと凄い龍笛があるんだ!」
「楽器店で買ったら5-600万円クラスの龍笛だろうと小春さんは言ってました」
「それは恐ろしすぎる」
「でも『あなたがこの龍笛吹けるようになったら受け取って』とおっしゃってたそうです」
「それはきっと50年後だな」
 
そんな会話をしながら、千里Bは御旅所の建物に入った。
 
しかしその細川さんから実質頂いたという龍笛を吹くと、千里は
「なんつーパワーの笛だ?」
と思った。
 
警備員さんまで
「なんか凄いですね」
と言っていた。
 

2003年7月1日(火)、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の法案が、参議院法務委員会に提出された。審議の末、両院本会議でいづれも全会一致で可決され、7月10日(木)に成立する。そして7月16日(水)に公布された(平成15年7月16日法律第111号)。この法律は公布1年後の2004年7月16日(金)から施行される。
 
この法律の成立を信じられない思いで喜び、希望の火を灯した人が全国に恐らく数十万人居た。
 

2003年7月5日(土)、WHO(世界保健機関) は新型コロナウィルスによる感染症SARSの封じ込めに成功したと発表した。昨年11月に最初の症例が報告されてから約8ヶ月、WHOがGlobal Alertを出してから約4ヶ月で、この大騒動は終息することになる。SARSによる患者の数は、この後単発的に発生したものを含めて8422人、死者は916人である。当時としては恐怖の病気であったが、17年後のSARS2 (COVID-19) に比べたら、遙かに小さなものであった。
 
しかし病気の終息が宣言されても、旅行・出張を控える傾向は、まだしばらく続き、アメリカ同時多発テロ(2001.9.11)に続く航空業界への打撃は、極めて深刻なものとなった。
 

7月5日(土).
 
千里Bは細川さんから(千里R→小春→小町経由で)受け取った(人工)煤竹の龍笛を持ってQ神社に出掛けて行った。
 
「細川さん、ありがとうございます。あれは凄くいい龍笛ですね」
と千里はあらためて御礼を言った。
 
「吹きこなせそう?」
と細川さんが言うので、千里はバッグから龍笛を取りだした。
 
瞬間、細川さんが「あれ?」という顔をした。しかし千里がその笛で昇殿祈祷の時の曲を吹いてみせると、香取巫女長や平井宮司が頷きながら聴いている。
 
「うん、しっかり吹けてるね。今日からよろしくね」
 
と宮司さんが言って、この日は寛子さんと1回交替で昇殿祈祷の笛を吹いた。
 

「落ち着いて吹いてたね」
と寛子さんから褒められた。
 
「そうですか?内心はドキドキなんですけど」
「まあ最初は緊張するけど、少しずつ慣れていくよ」
「はい、頑張ります」
 
「でもわりといい龍笛だね、それ」
と寛子さんから言われる。
 
「いい笛に見えますよね。これ実は合竹(ごうちく:竹の集積材)なんですよ。だから私みたいな初心者でも安定して良い音が出る」
 
と言って、千里は龍笛を見せた。
 
「なるほどー。でも見た目は立派だ」
「樺巻き(*7)ですからね。一見高そうに見える」
「ほんとほんと」
 

(*7) 普及品の龍笛は一般に藤(とう)巻き。高級品が樺(かば)巻きされている。練習用の龍笛には紐巻きというのもある。ところが千里が見せた龍笛は安い合竹製なのに高級品みたいに樺巻きされている。
 
樺(かば)は木材としては、あまり強くなく安物の材木とみなされるが、樺皮(かばかわ)は優秀で、古くから高級工芸品や美術品に使用されている。抗菌作用があるので、内側の細工物を保護する能力が高い。昔は食品を入れる容器にも使用されたようである。
 

「寛子さんのは花梨(かりん)ですか?」
「そうそう。昨年辞めた先輩から頂いたものなんだけどね。これでも買えば5-6万するから、待機教員の私にはなかなか手が出ない」
 
寛子は公立高校の教員採用試験に合格しているものの“待機中”なのである。いつまで待機すれば実際の学校に赴任できるのかは分からない。
 
そんな感じでみんな褒めてくれたが、細川さんだけが何か首を傾げていた。
 
千里はこの日12-13回、翌日も15-16回、昇殿祈祷の笛を吹いた。
 

7月4日(金).
 
S中ではクラス対抗球技大会が行われた。
 
校庭でソフトボール、テニスコートでテニス、第1体育館でバスケット、第2体育館で卓球という4つの種目が行われる。千里たちのクラスで女子はこのようにチーム分けがされた。
 
Basket 美那 恵香 亜美 萌花 侑果
Tennis 優美絵 千里
PingPong 蓮菜 玖美子
Softball 尚子 幸代 朱実 沙苗 小春
 
ソフトボールは男子4人・女子5人の男女混成チームである(鞠古君が出ないので人数合わせで小春も参加した)。他の種目は男女が分けられているので、沙苗は男女混成のソフトに入れた。本人が最も“罪悪感”を感じなくて済み伸び伸びとプレイできるようにという配慮である。
 
基本的に部活でしている種目には出ない方針なので、千里はバスケを回避し、ソフトも「それやったら勧誘されるから」と言って逃げて、テニスになった。
 
優美絵と千里は小学校の体育では、卓球の最弱コンビだったのだが、テニスでも1回戦で全くポイントを取れないまま敗退した。千里はその後はバスケットの審判に徴用されて、ひたすらコートを走り回り、笛を吹いていた(バスケの審判ができる人は実は少ない)。
 

「選手で出てるよりきつい」
と千里が言うと
 
「バスケットって60歳,70歳になっても選手続ける人はいるけど、審判は若い内でないとできないみたい」
と数子が言っていた。
 
「ところで時々でも部の練習に出て来ない?」
「すんませーん」
 
千里(B)は最近ずっと昼休みも放課後も龍笛の練習をしているので、バスケ部に全く顔を出していないのである。
 
なお体力の無いバスケ部員友子は「私にはバスケの審判無理〜」と言って、テニスの審判に回っていた。
 

バスケットでは千里たちのクラスが準優勝(2年1組が優勝)した。また、卓球の蓮菜・玖美子の“秀才コンビ”は3位まで行った。ソフトは1回戦で3年2組に勝ったものの、2回戦で留実子の居る1年2組に敗れた。男子を含めて誰も留実子の投げる球を打てなかった!この1年2組が優勝した。
 
「花和君は一度性別検査すべきだと思う」
などと言っていた男子がいたが、留実子は言われ慣れているので
「検査の結果男子ということになったら、堂々と学生服着れるから理想的」
などと言っていた。
 
今でも堂々と学生服を着ている気もするけど!?
 

7月12日(土)に剣道の留萌地区大会、13日(日)には級位・段位審査が行われたのだが、千里(R)はこの級位・段位審査には出ないので、13日朝、母に
 
「ちょっと旭川に行って来る」
と言って、朝いちばんのバスで旭川に出た。
 
旭川駅前7:06-9:10旭川駅前
 
そして、きーちゃんの家に行った。
 
「実は凄く良さそうな龍笛もらっちゃって。せっかくもらったなら少し練習した方がいいかなと思って」
 
と言い、小春から(細川さんからもらった龍笛の代わりに)もらった龍笛を見せた。
 
「ああ。これはよく出来た龍笛だよ。シリアルナンバーが入っているね」
「うん。228と書いてある」
 
きーちゃんはしばらくその龍笛を見ていたが
「この作者知ってる」
と言った。
「へー」
 
「これTes No.228と書かれて、川のマークが入っているでしょ?これは7-8年前に亡くなった、中川町の梁瀬龍五さんの作品だよ」
「有名な人?」
「全然有名じゃなかった」
 
「でも、きーちゃんは知ってたんだ?」
「大正5年の、たつ年生れだから龍五」
「うちの親戚に十四春さんっていたよ」
「昭和14年の春生まれ?」
「そうそう」
 
「まあそれで梁瀬さんは、気に入った人にしか売らないから、商業ベースに乗らなかったんだよ」
「ああ、そういう職人さんって居るよね」
 
「若い頃は東京の楽器店に卸してたんだよ。でもそこの店主さんが亡くなった後は、お店を継いだ息子さんに“納期を守らない困った制作者”とみなされて取引を切られてしまって。札幌の楽器店に置いてもらうのと、地元に小さな工房兼店舗を出していたけど、生活費を稼げる程度も売れてなかったと思う。だから実質年金だけで暮らしていた」
 
「へー」
 
「確か7-8年前に亡くなったはず」
と言って、きーちゃんは棚から1本の龍笛を取りだした。
 
「あ、これにも同じ感じの川のマークと番号が入っている」
「これはNo.214。確か1992-3年頃に札幌の楽器店で買ったもの」
「へー。だとするとこれはそれより新しいのか」
「恐らく亡くなる直前頃の作品だと思う」
「ひゃー」
 
「この人は当時は年間4本くらいしか煤竹の龍笛は作っていなかった。214から228まで14あるから、4で割って3.5を1992に足すと1995.5になってほぼ亡くなった年になるからね」
 
「最後の作品だったりして」
「それもあり得ると思う」
と、きーちゃんは言った。
 
きーちゃんは刻印されている Tes というのは、苗字の梁瀬の“梁”(やな)をアイヌ語に翻訳したものだと思うと言っていた。川のマークが“瀬”である。
 
梁というのは。川の端から端まで石を積んだりして仕切り、そこで向こうに行けないでいる魚を捕まえる仕組みのことである。古典的な漁法のひとつである。これをアイヌ語ではテスと言うらしい。
 

きーちゃんは
「ちょっと借りる」
と言って、その千里が持って来たNo.228を試奏した。
 
「これ私が持ってるのより優秀だよ」
と言って、自分が持っているNo.214も吹いてみせた。
 
「違いが分からない」
「まあ千里にはまだ分からないかもね」
と言って、きーちゃんは微笑んだ。
 
しかしその日きーちゃんは龍笛の基本的な扱い方や音階の名前に始まり、譜面の読み方・書き方なども含めて、基礎的なことを教えてくれたのである。
 
「龍笛で大事なことは大きく息を吹くこと。小さな息では、龍じゃなくて、蛇とかミミズになっちゃうから」
「ああ」
 
それで、きーちゃんは
「これはミミズ」
「これは蛇」
「これが龍」
と言って、吹き分けてみせた。
 
「この違いは分かる」
「だから、ちゃんと龍になるようにしよう」
「頑張る」
 
この日は龍笛を4時間くらい練習して
「まだ龍には遠いけど、その下の蜃(しん)くらいにはなった」
と言われた。
「それどのくらいのレベル?」
 
 
「龍がレベル7、蜃はレベル4」
「まだ4かぁ」
「いや1日でここまで来る千里が凄いと思うよ」
と、きーちゃんは褒めた。
 
その後はフルートの練習を3時間くらいして、帰りはきーちゃんに車で送ってもらった。
 
最終バス(旭川駅前18:20-20:17留萌駅前)で帰るつもりだったのだが
「送ってってあげるからもう少し練習しよう」
と言われて、20時頃まで練習を続けたのである。
 
例によって、18時頃に自宅で千里から「遅くなるから適当に食べてて」という電話を受けた玲羅は、台所で晩御飯を作っている姉の後姿を見ながら
 
「じゃ気をつけてね」
と電話の向こうの千里に伝えた。
 

7月18日(金)、S中では1学期の終業式が行われた。これから約1ヶ月間の夏休みに突入する。
 

7月19-20(土日).
 
留萌市内の2つの大きな神社、Q神社とR神社で例祭が行われる。小さな神社であるがP神社でも、同じ日程で例祭が行われる。
 
Q神社やR神社では多数の出店が出て賑やかであるが、毎年P神社では出店は2〜3軒である。でも今年はN小学校のこども会が焼きフランクフルト屋さんを出したのが結構好評だった(こども会は良い収益があがり活動資金を得たもよう)。
 
P神社では、初日早朝、日の出とともに、神輿と宮司さんを乗せた船が港を出て沖合まで行き、神を迎える儀式をする。戻って来た神輿は町内を練り歩き、午前9時頃、神社に戻る。ここで純代(高1)と広海(中2)が舞を奉納した。C町とN町の町内会長さんが玉串奉奠をする。
 
10時頃、幼稚園〜小学校低学年の女の子たちによる巫女舞が奉納される。例年、外人さんの子供たちが入った舞になるので、いつも新聞社が取材に来てくれる。彼女たちに指導していたのが、千里や蓮菜たちで、自分の子供の晴れ舞台を見守るような、ハラハラドキドキ感があった。
 
小さな女の子たちによる巫女舞の後は、今度は幼い男の子たちにより、お魚を奉納する儀式がある。その後12時からは神居酒造から提供された甘酒の振る舞いがあり、午後は一般のイベントはお休みに入る。
 
但し、拝殿では12時、14時、16時の3回、中学生5人による巫女舞が奉納される。今年これを舞ったのは、広海(リーダー)・千里・蓮菜・穂花・沙苗!である。最初は美那がやる予定だったが、沙苗が羨ましそうな目をしていたので譲った。ただし、一週間がかりで練習させている。(なお恵香は龍笛係)
 
夕方からは大人の氏子さんたちによるお神楽が奉納された。
 

P神社の例祭に千里Yが出ていた日、Q神社の例祭には千里Bが参加していた。
 
初日の朝9時、神輿(みこし)の担ぎ手が集まった所で宮司が神降ろしの儀式をして、神霊が神輿に宿る。そして神輿は留萌市街地を一周した後、いったん神社に戻る。ここで龍笛・太鼓が鳴り響く中、巫女舞が奉納される。この巫女舞に千里Bは参加した。龍笛は寛子さんが吹き、太鼓は里恵さんが叩いている。この手の神事には、香取巫女長や細川さんなど、年上の巫女さんたちは参加しない。
 
巫女舞は循子さんを要(かなめ)にして、和世さん・千里がその後に並び、更にその後にバイトの巫女さん(地元の高校生)が3人並ぶ形で行われた。つまり千里は3番目の位置で舞った。「私もバイトさんと同程度しか練習してないのに」と思うが、開き直るしか無い。
 
でも後で上手かったといって褒められた!
 
巫女舞の後、宮司が貢ぎ物を神殿に供える。そして今度は保志絵さんが龍笛を吹いて、それに合わせて宮司が祝詞を奏上した。それから神社庁からの使者(献幣使)が献幣を行い、祭詞を奏上する。
 
その後、氏子さんたちによる御神楽が15分ほどにわたって奉納され、更に旭川Q神社から来た男性8人(龍笛・篳篥・笙/楽太鼓・鉦鼓・羯鼓/琵琶・箏)による雅楽の奉納があった。
 
宮司と献幣使が玉串を奉奠し、初日の儀式は終わる。
 

初日の午後には様々な芸能が奉納される。
 
留萌人形浄瑠璃の上演、留萌黒潮太鼓の上演が行われる。その後は、ほぼ素人カラオケ大会と化し、地元の人たちが自由にステージにあがって、民謡・演歌などを歌っていた。千里たちは、頒布所で、お守りやお札の販売をしていた。境内および鳥居前の道路には30-40個の出店が並んでおり、P神社とは違うなあと思ったが、町外れの集落の小さな神社と町中の神社では差が出るのは仕方ない。
 
千里は中学生なので18時で開放されて帰宅したが、夜22時から神輿が運行されて、S中そばにある御旅所に入ったはずである。
 

7月20日(日).
 
翌日朝7時半頃、自宅に電話が掛かってきて、千里Bが取った。玲羅は電話を取った姉の髪を結んでいるヘアゴムの玉の色が青なのに首を傾げた。ついさっきまで黄色い玉だった気がするのに!?
 
「私、Q神社の香取と申しますが、千里さん、いらっしゃいますか?」
という声は香取巫女長である。
「おはようございます。本人です」
 
「つかぬことを訊くけど、千里ちゃん、あんた今生理じゃないよね?」
「生理は先週月曜日に来たので、今は大丈夫です」
「よかったぁ。申し訳無いけどタクシーか何か使っていいから、至急神社まで来てくれない?実は寛子さんに急に生理が来ちゃって。神事の龍笛を吹く人が居ないのよ」
「分かりました。すぐ行きます」
 
千里が母に言うと、母は自分の車でQ神社まで送ってくれた。それで社務所に駆け込む。到着したのは7:40くらいである。
 
「ほんとに申し訳ないけど、9時から神事があるから、それまでに、神楽の笛を覚えて欲しいのよ」
「頑張ります」
 

それで生理が来てしまって、神事に出られない寛子さんから神楽の笛を直接習い、千里は普段使っている龍笛で吹く。
 
「あんた、ほんとに覚えが早い」
と寛子さんが感心している。10分ほどもある曲を千里はほぼ1発で覚えてしまった。
 
香取さんも
「凄い。ここまで吹けたら全く問題無い」
と言う。
 
それでも寛子さんは細かい点を指摘し、千里はその部分を吹き直した。
 
8:45
 
「もう時間が無い。御旅所に向かって」
「はい」
 
それで千里は保志絵さんが運転する車に乗り、御旅所に向かった。
 

9:00
 
御旅所で、宮司、千里、里恵さん、が所定の位置に就く。
 
里恵さんの太鼓に続いて、千里の龍笛が鳴り響く。
 
その瞬間、宮司と里恵さんがピクッとした気がした。私、間違えた?と思うものの、開き直るしかないので、覚えている通りに吹いていく。
 
しかし千里の笛が始まった途端、早朝から御旅所に詰めていた神輿の担ぎ手だけでなく、様々な作業をしていた人たちまでピタッと動きを停め、笛の音を聴いた。宮司の祝詞が始まる。
 
約10分間の祝詞の間、里恵の太鼓と千里の龍笛が続くが、その間皆その雰囲気に呑まれて何も作業ができなかった。ただ幾人か、チラッチラッと上空を見上げる人の姿も見られた。
 
そして祝詞がクライマックスに達したとき、まるで祝砲でも撃つかのように雷鳴が鳴り響いた。
 
祝詞が終わり、太鼓と龍笛も終わる。
 

みんなまるで呪縛から解かれたかのように動き出し、またしゃべり出す。
 
「今日の巫女さんの笛はすごく気合が入っていたね」
などと話している人もいた。
 
宮司さんまで千里に
「村山さん、凄い笛を吹くね。一瞬僕の方がたじろいだ」
などと言う。
 
「済みません!」
 
「いやとんでもない。物凄く気持ち良く祝詞をあげることができたよ」
と宮司さんは笑顔で言った。
 
9:20
 
神輿は御旅所を出て、長い坂を下り、国道に出る。そして留萌の市街地に入った。そこから約1時間掛けて市街地を練り歩き、10時半頃に神社に戻る。
 
宮司は神輿と一緒に市街地を歩いたが、千里と里恵は御神輿が出た後、保志絵さんの車で直接神社に戻って御神輿の帰還を待った。
 
神輿が戻ってくると、里恵さんの太鼓と千里の龍笛に合わせて巫女舞が奉納される。千里が抜けて1人足りないので、経験者の若菜さんを急遽呼び出して加わってもらっている。この巫女舞の龍笛も、神輿の帰還を待つ間に急遽寛子さんの指導で覚えたものである。
 
本番で千里が吹き始めた時、循子さんや、千里の代わりに3番目の位置に入っていた若菜さんがピクッとするのを見た。例によって少し不安になるが、開き直るしかない。そして巫女舞のクライマックスで、突然雷鳴が響いた。
 
「晴天の霹靂(せいてんのへきれき)か?」
「いや、これぞまさに“神成り(かみなり)”、神のお成りだよ」
 
巫女舞の後は、雅楽の演奏があり、宮司の祝詞があって、その後はしばらく神事はお休みになる。境内では、増毛の国稀酒造のお酒がふるまわれ、また旭川Q神社・留萌Q神社・稚内Q神社の三社のみで頒布されている縁起物“連雀笛”を限定500本頒布する。これはずらっと人が並んでいたが、30分ほどで売り切れてしまい、並んでいたのに買えなかった人が残念がっていた。
 
その後、弓道の模範演技、剣道の演舞(刃を落とした真剣使用)、アイヌ舞踊の奉納などが続き、J小剣道部の児童たちによる剣道試合も行われた。千里が知っている顔も何人かあった。そのあと、ちびっこ相撲大会、浴衣の女の子たちによるカルタ大会も行われた。
 
夕方、再度巫女舞が奉納された後、神上げの儀式が行われて、Q神社の例祭は終了した。神事はこの後、もう少しあるらしいが、千里たち中学生は18時で解放されて帰宅した。
 

さて、千里Yの方は、P神社の例祭に参加している。
 
祭り2日目は、午前中に神輿がまた町内を巡り歩き、神社に戻った所で純代と広海の舞が奉納される。
 
午後からは神前で芸能が披露される。旭川A神社から招いた雅楽の楽団による演奏に続き、留萌人形浄瑠璃の上演、留萌黒潮太鼓の上演と続く(浄瑠璃と太鼓のチームは昨日Q神社で奉納した、ついでである!)。そのあと地元幼稚園児の楽器演奏、N小吹奏楽部の演奏、地元の民謡家による民謡歌唱・舞踊披露などが続く。トリはソーラン節の大合唱と踊りで締められる。
 
その後、中学生5人による巫女舞が再度奉納され、おとなの氏子さんたちによる木遣り歌の奏上後、宮司が笛の音に合わせて祝詞を奏上することになっていたのだが、ここでちょっとしたトラブルがあった。
 
龍笛を吹くのは恵香なのだが、その恵香が指を押さえている。
 
「どうしたの?」
と純代が訊く。
 
「私、今トイレ出る時に、うっかり自分が出る前にドアを閉めてしまって、指を挟んじゃって」
「そんな千里みたいなことを」
などと美那が言っている。
 
うーん。みんな私のこと理解してるなと千里は思う。
 
「笛吹ける?」
「30分くらい置けば」
「今奏上されている木遣り歌が終わったらすぐ昇殿しないといけないから10分も無いよ」
 
「そんな時は千里の出番だな」
と小町が言った。
 
「千里、笛吹けたんだっけ?」
「うん。少し練習した」
「でもこの祝詞奏上の笛分かる?」
「毎年聴いてるから分かると思う」
「だったら千里が吹いて」
「それしかないか」
 

純代が翻田宮司のところに行き、恵香が指を痛めたので大事を取って千里に吹かせたいと言ったら、宮司は快諾した。
 
それで千里がこの祝詞奏上の時の笛の曲を頭の中で再生していた時
「千里」
という声がする。
 
ふと見たら小春である。
「小春〜。あんたがこの笛吹いてくれない?私、不安だよぉ」
「私は実体が無いから無理」
「今出てるみたいなエイリアスは?」
「エイリアスでは神事が務まらない。この笛あげるから、私が付いていると思って吹いて」
と言って、小春は1本の龍笛を渡した。
 
「なんか高そうな龍笛なんだけど」
「お祭りとか、特別な祈祷の時はこの龍笛を使って。普段の祈祷では今千里が使ってる花梨の龍笛でいい」
 
「分かった」
 

それで千里(Y)は、いつも使っている龍笛(小春が使っていたもの)は巫女服の袖の中に入れ、今小春からもらった龍笛を手に持ち、宮司室前まで行く。蓮菜が宮司の出てくるのを待っている。宮司が出て来て、蓮菜の先導で拝殿に向かう。
 
木遣り歌が終わる。蓮菜が先導し、宮司、そして千里が昇殿する。
 
蓮菜が太鼓の所に座り、千里が笛を構える。宮司と蓮菜が視線を交わし、蓮菜が太鼓を打ち始める。千里の龍笛が始まるが、蓮菜も宮司もピクッとした。
 
あれ?間違った?と千里は思ったが、途中でやめることはできない。自分が覚えている通りに演奏して行く。宮司が祝詞を奏上する。宮司の祝詞が普段に増して気合が入っているような気がした。
 
神輿は港に運ばれ、宮司とともに沖合に出て、神上(かみあげ)の儀式が行われ2日間に渡った例祭は終了する。
 
みんなが引き上げた神社では、ボランティアによる境内清掃が行われた上で21:50から宮司・梨花・乃愛・花絵・千里(千里Y)の5人だけで秘密の神事が行われる。
 
昨年までは小春がしていたが、小町はこの儀式をさせるにはまだ未熟である。本当は中学生を深夜には使いたくないのだが、今年は千里がおこなった。一応22:00に終了する。これは極めてデリケートな儀式なので、できる人が限られる。
 

例祭の翌日、7月21日、千里Bは、ちょうど出勤してきた保志絵を社務所の入口近くでキャッチした。
 
「細川さん、ありがとうございました。素敵な笛でした」
と言って保志絵に“昨日使った”龍笛を返そうとしたが、保志絵は言った。
 
「千里ちゃんは、私が思っていた以上の子だった。その龍笛は千里ちゃんを持ち主として選んだ。その龍笛はずっと千里ちゃんが使って」
 
「さすがにこの龍笛の代金は払いきれません」
と千里は言う。
 
「だからあげると言ってるのに」
「贈与税取られます!」
「だったら、預かっててもらうだけ」
「うーん。まあいいですけど」
 

ということで、昨日の神事で吹いたのは、小町が推定5-600万円と言った天然煤竹の龍笛“織姫”だったのである。
 
「だいたい普段も“見せ笛”と“吹き笛”を使い分けてるし」
「いえ、あの“No.224”も初心者があんな良い龍笛使ってたら何か言われそうだから、拝殿の中だけです」
と千里は言う。
 
実は社務所内でみんなに見せているのは、小春に頼んで東京の雅楽器店で調達してもらった(実際に買いに行ったのはミヨ子)8万円の安い?龍笛(合竹なのに樺巻き)なのである。
 
社務所で吹いてみせたのもそれだが、実際に拝殿で普段吹いているのが、保志絵からもらった Tes No.224 という刻印の入った手塩工房の人工煤竹・樺巻の龍笛、そして今回のお祭りで吹いたのは天然煤竹を使用した“織姫”(No.200)であった(*8)
 

(*8)Tes No.の龍笛
 
No.200(織姫) 保志絵→B
No.214 きーちゃん
No.218 保志絵が使用
No.222 A大神→小春→Y
No.224 保志絵→R→小春→小町→B
No.228 A大神→小春→R
 
この他、Yは小春が使っていた花梨の龍笛を持つ。Bは合竹の龍笛を持つ。Rは1本だけだがフルートを持っている。
 
小春が(A大神の指示で)YとRにも龍笛を渡したのは、3人に似たような笛を持たせることで、不都合が起きにくくするためである。
 
実は梁瀬龍五が亡くなった時、笛の価値の分からない息子は「無価値な民芸品」と思い、全部廃棄しようとした。それをA大神は破壊される前に回収させた。またそれ以前にも自分の眷属を使って毎年1本くらいずつ購入させていた。それで龍五の晩年の作品30本ほどをA大神は保持している。但し、No.218だけは龍五の遺言により保志絵に贈呈され、その後、保志絵が自分で使用している。
 

千里Bは夏休みの間は、Q神社に毎日午前中4時間ご奉仕することにした。その間の昇殿祈祷の龍笛を全部吹く。寛子はお昼頃に出て来て、千里から引き継ぎを受け、午後のお客さんの分を吹く。寛子から千里への引き継ぎはメモを残しておく方式である。
 
7月22-24日(火水木)は、蓮菜と玖美子が提案して“勉強合宿”をおこなった。普段はP神社・社務所内の部屋を借りて勉強しているが、たまには気分を変えて別の場所でやろうというのと、27日にある模試に向けて少し集中的に勉強しようというのがあった。
 
場所は蓮菜の親戚がやっている民宿である。ここを3日間7食(昼夕・朝昼夕・朝昼)7000円という格安料金(事実上食事代のみ)で借りて泊まり込んだのである。出席者は、蓮菜・玖美子・恵香・美那・千里・留実子の6人である。この6人で4人部屋に無理矢理6つ布団を敷く。
 
留実子は、この話をしていた時に、たまたま近くに居たので引き込んだ。
 
「ぼくは勉強とか分からない」
と言っていたが、留実子が質問する内容は基本的なことが多いので、みんな良い復習・基礎固めになった。
 
それでこれ以降、合宿には毎回呼ばれるようになっていく。
 

初日、千里はバスに乗ってF町まで行き、歩いて3分ほどで民宿まで行った。その民宿に入ろうとした時、留実子がお姉さん(?)のスクーターに同乗して民宿前まで来た。
 
「遅れた遅れた」
などと留実子は言っているが
「まだ集合時間まで30分あるよ」
と千里は言う。
「あれ〜?8時集合じゃなかった?」
「9時だけど」
「勘違いしてた」
 
「でも次のバスだと微妙だったかもね」
「夏休み中はバスが少ないもんなあ」
 

「千里ちゃんセーラー服着てるのね」
と留実子の姉(?)敏数は言う。
 
「女子中学生ですから」
「そうだ。あんたブルマ要らない?」
と敏数は千里に訊いた。
 
「何を唐突に」
「この変態妹が穿くかなと思って買ってあげたのに、穿かないと言うから」
「うちの中学の体操服は夏は男女ともハーフパンツですよ」
「冬は?」
「男女ともロングパンツです」
「じゃブルマは使わないの?」
「使いません」
 
「残念ね。でもブルマの中で熱い棒が立ってたら、凄く背徳的な気分で、いいのに。思わず金鎚で叩いちゃう」
 
金鎚で叩くのか!?
 
「立つようなものは存在しないので。それは、るみちゃんに言ってあげて下さい」
「あんたブルマ穿いて、ちんちん立てて嫌らしい気分に浸ったりしない?」
「ちんちんくらい立てて出す物は出すけど、ブルマは女の服だから穿かない」
と留実子は答えた。
 
千里は“出す物は出す”ってどういう意味だろう?と思った。
 
(千里はセックスの仕方は知っているのに男子のオナニーを知らない)
 

変態姉(?)は放置して、一緒に民宿に入り、案内してもらって部屋に行くと、蓮菜だけが来ていた。
 
「なぜるみちゃんは普段着なのか」
と訊かれる。
 
「あれ〜。蓮菜ちゃんもセーラー服だ」
「遊びと勉強を区分けするのに勉強する時は制服着ようと言ってたじゃん」
「でもぼくセーラー服は着たくないな」
「確かにるみちゃんはそうだろうね。じゃ、るみちゃんはその服でいいことにしよう」
「女湯に入って悲鳴あげられたりして」
「それはいつものことだから気にしない」
 
でも留実子はこの合宿中、ウィッグを外して丸刈りの頭を曝していた!
 

ところで今回の合宿に参加した千里は、午前中はY、午後はBであった。実は合宿では朝の内はあまり頭が働かないから英語や国語をして、午後から数学や理科をしようということになっていた。
 
それで英語・国語の得意なYは午前中合宿に出て、午後からはP神社に行き、数学・理科の得意なBは、午前中Q神社でご奉仕して、午後からこの合宿に出ていた(全然合宿になってない気もする)(*9)
 
(*9) “千里たち”は、授業も数学や理科はたいていB、音楽・国語・保健などはR、英語・社会・家庭などはYが受けているようである。どうも各々の得意科目を受けている感じだ。朝の会に居るのはYが多く、昼休みはB、帰りの会はRが多い。千里の後の席の尚子は、千里が時間ごとに違う色の玉の髪ゴムを付けているのを見て、なぜ時間ごとに髪を結び直すのだろうなどと思っていた(その内気にならなくなった)。
 
またこの頃から、W/R は滅多に見ることがなくなり、Wが出ている時はたいていW/B, 時々W/Yであるようになった。鞠古君に代わって女性ホルモンの注射を受けていたのもW/Bである(4月に渡した女性ホルモンの錠剤を飲んでいるのはW/Y or Y)。
 
また3人同時に出ていることは少なくなり、1人または2人になっている時が多くなったようであった。小春とミミ子は、千里たちが“落ち着き”始めたと感じた。
 
ただ、この合宿の時は3人稼働していた。
 

千里Rはこの期間、実は旭川で、きーちゃんの家に泊まり込んで、フルートの手ほどきを受けていた。1日中フルートというのも疲れるので、時々気分転換に龍笛を習ったり、また
 
「完璧に自己流だね」
と言われたピアノに関してもバイエル!からやり直して本当に基礎的な部分を再構築していた。バイエルを最初の2日で仕上げ(ほんとに基礎固め)、3日目はバーナムをやった。
 
更には「運動もした方が良い」と言われ、毎日1時間、旭川市内在住で、越智さんという剣道六段の人(きーちゃんのお友達)から、剣道の稽古を付けてもらった。
 
「君一級なの?既に二段の力量があると思うけど」
「初段も来年にならないと取れないんですぅ」
「まだ中学1年生かぁ!」
 

留萌の勉強合宿の方は、民宿ということもあり、お風呂はあまり広くないので、できたら混雑時間帯の18:00-20:00を避けた上で、1人ずつ入ってと民宿の女将さん(蓮菜の母の又従姉妹か何かになるらしい)に言われていた。それで、各々区切りのいい所で行くことにした。実際には
 
蓮菜→玖美子→(混雑時間帯回避)→美那→恵香→千里→留実子
 
の順序で入浴した。この時、恵香の次に行った千里がお風呂に行ってからなかなか戻ってこない。蓮菜は、きっとあの長い髪を洗うのに時間が掛かっているのだろうと思っていたのだが、千里がお風呂に行ってしばらくした所で美那が言い出した。
 
「あれ?考えてみたら、るみちゃんは千里を待たなくてもいいんじゃない?だって、千里は男湯に行ってるよね?るみちゃんは女湯だから時間が重なっても平気だよ」
 
これに対して蓮菜と玖美子が視線を交わす。2人とも考えたことは同じである。
 
“千里は当然女湯に入っている。しかし留実子は男湯に入るのではないか?だったら、重なっても平気だ!”
 
「まあどっちみち、人も少なくなってるだろうから行っていいんじゃない?」
と蓮菜は言い、留実子も
「じゃ行ってくる」
と言って、タオルだけ持ってお風呂に行った(蓮菜の強い勧めでウィッグは付けていった)。
 

留実子は浴場棟まで行くと、階段を降りる。降りた真正面に男湯の暖簾、右手の通路先に女湯の暖簾があるのを見た。
 
周囲に人の気配が無いのを確認してから、男湯の暖簾の前で耳を澄ます。
 
男性数人の声がしている。それで、ふっと溜息をついて首を振り、右手女湯に向かった。暖簾をくぐり、脱衣籠を取って服を脱ぎ、脱いだ服を入れた。タオルだけ持って、浴室の引き戸を開け、中に入る。静かだったので誰も居ないかと思ったら、女性が1人、浴槽に入っている。留実子は「先客がいたのか。悲鳴あげられたら面倒だな」と思った。
 
その人物は留実子が入ってきた音に振り返った。
 
「こんばんは・・・って、何だ、るみちゃんか?あれ?ここ男湯だっけ?」
「千里、ぼくが居たら男湯だと思うの?」
「一瞬、私間違って男湯に入っちゃったかと思った」
「おっぱいあるから男湯は無理」
 
「そっかー。でも、小さい頃は、るみちゃん結構男湯に入ってたよね」
「たぶん4年生の5月に入ったのが、男湯に入った最後」
と留実子。
「私が男湯に入った最後はいつだろう?覚えてないや」
と千里(多分千里は男湯に入ったことがない)。
 
留実子はワイルドに?頭と身体を洗い、浴槽に入ってきた。
 
「千里少し胸が膨らんできている」
「そうだね。鞠古君の代わりにたくさん女性ホルモンの注射してもらったからそのお陰かな」
「あれ、悪かったな」
「ううん。こちらは助かった」
 
なお、ここに居るのは午後参加しているBだが、W/Bの状態になっている。つまり男性体だが、千里は意識が女なので、たとえ男性体でも男湯に行く気は毛頭無い。千里Yの方は小春が誘導して、早朝、お風呂に入れている。
 

2人が浴槽内で話していたら、20代の女性2人が入ってきた。関西方面からの観光客らしい。結構道内の観光地のことでおしゃべりした。
 
「君たちは姉妹だっけ?」
「ええ。私は中2でこの子は小6です」
と留実子が言った。
 
「なるほどねー。妹さんは身体のある部分の成長がこれからね」
「しかもこの子、早生まれなんですよ」
「だったら5年生みたいなものか」
「それなら、これからきっと急速に発達するよ」
などと言われた。
 
むろん留実子が、千里の未発達の胸を不審がられないように、6年生だと言ってあげたのである。
 
結局一緒にあがったが、留実子は男物の下着を着けていることを指摘される。
 
「楽でいいですよ」
「でも中学生ではまだ女を捨てたらだめよ」
「おばちゃんたちには時々居るけどね」
などと留実子が言われていた。
 

ふたりが一緒に部屋に戻ったので
 
「あれ?一緒だったんだっけ?」
と美那から言われる。
 
留実子は、女湯の中で遭遇したとバレたらまずいかなと思い
「いや出口で一緒になったんだよ」
と言うが、その後の話から、結局千里が女湯に入ったことはすぐバレてしまう。
 
「千里、女湯に入れるんだっけ?」
と美那が驚いたように言ったが、蓮菜は言った。
 
「みんな今更何言ってんのさ。修学旅行でも宿泊体験でも、千里はみんなと一緒に女湯に入ったじゃん」
 
「あれ〜〜?そういえば一緒に入った記憶がある」
と美那。
「確かに女湯の中で千里とおしゃべりしていた」
と恵香。
 
「何かそのあたり記憶が混乱してる人いるよねー」
と玖美子も言う。
 
「なぜ今までそんなこと忘れてたんだろう?」
と恵香・美那は不思議がった。
 
それでともかくも、この件に関しては、恵香と美那は記憶の封印が外れたのであった、
 
でも留実子は、修学旅行の女湯の中に千里いたっけ?と考えて、まだ封印が掛かったままであった!(留実子が他の子たちと離れた場所で入浴していたせいもあると思う)
 

7月26-27日(土日)は留萌最大の夏の祭典・るもい呑涛(どんとう)まつりが開かれた。青森の“ねぶた”に似た、多数のあんどん(行灯)が運行され、“ねぶた”同様、多数の“はねと”が踊る。
 
これに合わせて観光客も大勢来て賑わう中、千里たちは27日、模擬試験を受けた。
 
会場は、町中の賑わいを避け、市郊外にある留萌市立F中学校の校舎である。受験しているのは中学3年生が圧倒的で全体の7割くらい。1年生は全員1つの教室に収納された。ソフトボールや剣道で見知った顔もあり、会釈しあった。
 
基本的には中学3年生向けの問題なので、千里にはさっぱり分からない問題も多かったが、国語や英語は学年とあまり関係無いので結構解答できた。それに漢文は中国語として読めるし!!
 
「中国語として読める」というのは、蓮菜も言っていた。玖美子があんたたち凄い!と言っていたけど。
 

模擬試験が終わった後の7月28-31日(月〜木)、千里(R)と玖美子は、剣道の合宿を行った。2人だけでは、やりにくいので沙苗も参加させる。そして指導者役として、1月のN小合宿にも顔を出してくれたN小S中出身の女子大生・道田大海(ひろみ)さん(四段)を頼んだ。
 
道田さんには「交通費・宿泊費に加えて指導料に3万円でどうでしょうか?」と打診したのだが「指導料とか要らん」と言い、更に交通費も「どうせ実家に戻るし」と言って、結局、合宿所の使用料のみを千里と玖美子が負担する形で参加してくれた。道田さんは「タダで飯が食えるのは良い」などと言っていた。
 
1月のN小の合宿でも使用した新聞社の研修施設を使う。4人で1つ部屋を借りて泊まり込みで、朝から晩まで剣道漬けである。
 
朝はジョギングのあと素振り100回。その後、午前中は主として筋トレや足さばきの練習をする。お昼を食べた後、切り返しをして、面打ち・小手打ち・胴打ちの様々なパターンの基礎練習をする。
 
「剣道は基本が大事だから」
と道田さんは言い、千里たちも大いに同意した。
 
切り返しは、道田さんを含めて4人でローテーションして相手を変えながら練習したが、沙苗と初めて相対した道田さんは
「君強そう」
と言っていた。
 

午後3時にはおやつを食べて休憩する。そして午後の後半は実践的な試合形式の練習をした。これは道田さんは審判役で、千里・玖美子・沙苗の3人で“1本勝ち抜け”方式で対戦する。実力が近い3人だからできる練習形式である。
 
「こら。ちゃんと声を出せ」
「残心が残ってない。打った後も気を抜くな」
と道田さんの声が飛ぶ。
 
1本が決まったら道田さんが「面あり」とか言う代わりにベルを鳴らすので、それを合図に交替である。しかし3人で対戦していると、休む間もなく次の対戦をするから、なかなか体力を消費する練習形式であった。
 
「でも沙苗ちゃん強いね。新人戦ではこの子を大将にしていいんじゃない?」
「すみませーん。私、出場資格が無いので」
「何?実は20歳だとか?」
 

「しかし君たちは3すくみだな」
とも道田さんは言った。
 
「玖美子ちゃんは沙苗ちゃんに勝率がいい。沙苗ちゃんは千里ちゃんに勝率がいい。千里ちゃんは玖美子ちゃんに勝率がいい」
 
「だからこの勝ち抜け方式がうまく回るんですよねー」
と玖美子は言った。
 
「玖美子ちゃんはやはり基礎練習をもっとして筋力を鍛える必要がある。筋力が付いたらもっとスピードが付いて勝てる。沙苗ちゃんは精神的に脆いみたいで、やられそうになったらすぐ諦めてしまうから本当に決められてしまう。精神面を鍛えた方がいい」
と道田さんは、各々の弱点を見抜いて言った。
 
「これが玖美子ちゃんなら、最後の最後まで回避行動をするから相手の1本がきちんと決まらない」
「それは玖美子の強さなんですよね。打たれても1本にならない」
と千里も言う。
 
「千里は?」
「千里ちゃんは手抜きをしなければもっと勝てる」
「ああ、見抜いてますね」
と玖美子。
 
「相手の力量に合わせて対戦してる感じなんだよね。だから君は強い人の間で揉まれたら、本当に強くなるだろうね」
とも道田さんは言った。
 
「まあ道大会はいい練習場になるでしょうね」
と玖美子は言った。
 

練習は18時で切り上げ整理運動・お互いにマッサージ一(沙苗と千里が組み、玖美子は道田さんと)してから、19時頃食堂に行って夕食を取った。夕食は18-21時の間に食べに行けばよいことになっている。ご飯とお味噌汁のお代わりは自由なので、沙苗以外!はお代わりして食べた。
 
「ちゃんと食べないと、おっぱい大きくならないぞ」
などと沙苗は道田さんに言われて
「はい!」
と答えて少し恥ずかしがっていた。
 
食事が終わった後は4人でお風呂に行った。千里が沙苗の手を握ってあげていたので、沙苗も勇気を出してみんなと一緒に女湯で入浴した。
 
「玖美子ちゃんも千里ちゃんも、結構胸が発達してきている」
と道田さんが指摘するが、道田さんのバストはたぶんDカップくらいある。
 
「だからしっかりしたスポーツブラを着けてないと、動きが止められる感じになるんですよー」
 
「まあバストは液体だからな」
「あ、そう思います!」
 

そんな会話をしてると、沙苗は恥ずかしがって下を向いている。
 
「まあ沙苗ちゃんのバストは周回遅れのようだけど、こういうのは個人差があるから、きっと中学卒業までにはもっと大きくなるよ」
「はい!」
 
「実は私も中学時代はみんなから絶壁と言われてたんだよ」
と道田さんは言う。
 
「とてもそんな風には見えません」
と千里・玖美子。
 
「私の名前、大きな海と書いて“ひろみ”だからさ、字面(じづら)だけ見たら男名前にも見えるじゃん。それでよく『大海(たいかい)君は男の子だろ?男湯に行った方がいいよ』とか、友だちにからかわれていたよ」
などと、道田さんが言うと、沙苗はますます俯いてドキドキしたような顔をしている。
 
「まあお股に触れば、ちんちん付いてないから女というのは疑い無いですけどね」
などと行って玖美子は沙苗のお股に触った!
 
沙苗が思わず「きゃっ」と小さな声をあげるので、道田さんは
「可愛い!」
と言っていた。
 

実を言うと、今回の合宿で沙苗を“女湯デビュー”させるため、千里は合宿前の27日、沙苗の自宅に行って“入浴指導”をしたのである。
 
そもそも沙苗は“タック”を知らなかったので、まずこれを教えてあげた。ペニスを後に曲げた状態で陰嚢の皮膚で両側からペニスを包むようにし、中央を接着剤で留めて行くと、ペニスは接着した皮膚の下に隠れ、左右の皮膚を接着したものが陰裂に見えるので、ほんの10分ほどで、女性の股間のように見える状態に変化する。
 
この方法の最大のメリットは、それ以前から多くの人がしていた“潜望鏡”方式と違い、タックしたまま排尿ができるので、長時間、何日も継続してタックしたままにしておけることである。(但し血行を阻害し内臓を圧迫するのでよくないと医師は警告する)
 
「こんな画期的なちんちん隠しの方法があったなんて!(*10)」
と沙苗は感動していたが、お母さんも
「本当にもう手術しちゃったみたい」
と感心していた。
 

(*10) タックが女装者の間でわりと知られるようになったのは2002年にニフティの某フォーラムのホームページを利用して、やり方が写真付きで公開された頃からである。正確には写真はフォーラムのホームページ上にあったが、サイト自体は外部のサイトであった(そのフォーラムに協力してもらったと書かれていた)。
 
ただしそれ以前にも1998年頃に、医療用ホッチキス!でお股を綴じた写真を公開していた人もあった(物理的に縫ってるから痛いと思う)。幅広の絆創膏を使う方法、更にその進化形として演劇などで使う皮膚用接着剤を使う方法が知られるようになったのは、ちょうどこの物語の時期頃からである。
 

「これどのくらいもつの?」
「これはおしっこする度にどうしても弛むんだよ」
「ああ」
 
「おしっこの後はよくよく拭くことが大事。それでも1日に1回くらいは補修が必要。でも補修してれば1ヶ月程度は持つよ」
 
「すごーい」
 
「テープで留める方法もあるけど弱いし、ヌードになれない。接着剤がいいけど、これけっこう美しくまとめるのが難しいんだよ。たくさん練習した方がいい」
 
「練習する!」
と沙苗も言っていた。
 

「だけど去勢は済んでいたんだね」
「それ不思議なんだけど、気付いたら無くなってたんだよ」
「へー。そういうこともあるんだ?」
「今掛かっている病院の先生にはこっそり闇の手術を受けたんだろうと思われちゃったけどね」
「叱られた?」
「ううん。ただ『だったら君はもう後戻りはできないね』と言われた。後戻りするつもりはないけど」
 
「そのあたりの覚悟が曖昧なまま、身体の改造始めちゃう人は多いよね」
 
と言って、千里はそれ自分のことじゃん、と思った。女になる覚悟ができてないというのは、しょっちゅう蓮菜から指摘されている。
 

おっぱいを確認するが、沙苗は
「千里ちゃんからもらってる女性ホルモン剤のおかげで今バストがAAAカップくらいまで来た」
と言っていた。
 
「私ホルモン剤とかあげてたっけ?」
「いつもくれてるじゃん!」
「あれ〜?」
 
この手のできごとは、いつものことなので千里も気にしない!
 
今沙苗の家に来ているのは剣道部をしている千里R(Red)。でも沙苗に女性ホルモン剤(エストロモンとDB-10)を渡しているのは、実は千里G(Green)である。Gの存在は小春やミミ子も気付いていない。千里が3人も入り乱れていると、1人くらい余分に居ても分からない。
 

沙苗のバストを実測してみると、アンダー72cm トップ76cm だった。これならAAA75という感じである (AAAはトップとアンダーの差が5cm). 実際には沙苗は2サイズアップのブレストフォームを着けているので A75のブラジャーで合う。
 
「このブレストフォームは凄く精密だから、これでお風呂に入ってもバレないよ」
「そうかな」
「元々乳癌で乳房を切除した人が日常生活を送りやすくするために開発されたものだからね。違和感があったらまずいんだよ」
「そっかー」
 

「よし。これで銭湯に行こう」
と千里が言うと
「え〜〜?」
と沙苗は声を挙げた。
 
沙苗が市内の銭湯なら顔見知りの人に会うかもというので、お母さんに頼んで深川市まで車で運んでもらい、結局、スーパー銭湯にお母さんも含めて3人で入った。かなりビビっていたが、千里がずっと手を握ってあげていた。むろんスタッフさんから怪しまれたりすることも無かった。沙苗はむしろ小学生の頃は男湯に入ろうとして咎められたことが数回あると言っていた。
 
「咎められたから女湯に入ったのね?」
「えーっと・・・」
と言って、彼女は言葉を濁した。
 
しかしこの銭湯体験で、沙苗もだいぶ度胸が付いたようであった。
 
そして4日間の合宿で毎日女湯に入ったことから、沙苗も女湯は完全に平気になってしまうのである。
 
 
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【女子中学生・夢見るセーラー服】(5)