広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・やまと(12)

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私たちが東京に戻ったのは、9月26日の午前中である。何となく青葉と千里も一緒に私のマンションに入る。そして政子は「疲れた。眠い。起きたら焼肉が食べたい」と言って眠ってしまった。
 
結果的に私と千里と青葉の3人で居間でお茶とお菓子を頂きながら会話することになる。
 
「桃川春美の演奏が初日と2日目ではまるで違っていた。一体何があったの?」
と私は千里たちに訊いた。
 
しかし青葉は
 
「守秘義務があるので話せません」
と、にべもない。
 
「まああの2人の間の誤解が9年ぶりに解けたこと。それがあの演奏に現れたんだろうね」
と千里は言う。
 
「悲しい話でした」
と青葉は厳しい顔で振り返るように言う。
 
「誰が悪かったわけでもない。人間の愛の営みの悲しさだね。だけど春美さんが生き延びたのはあの人の守護霊の強さだという気がするよ」
と千里が言うと
 
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「あの人の守護霊はある意味、脳天気。だから厳しい状況にあっても何とかなると思っている。そういう人って運命に翻弄されてもわりと平気」
と青葉は言っている。
 
「ああ、確かにあの人は楽天的な性格だよ」
と私は言った。
 
「でも青葉、自分も同じ立場だというのを言わなかったね」
と千里。
「言ったほうが良かった?」
と青葉は尋ねる。
 
「ううん。彼女は慰めも同情も必要無い。彼女に必要なのは、希望と意欲だけなんだよ。だって3人の子供の母親だもん。頑張らなくちゃ」
と千里が言うので、私は微笑んだ。
 
桃川春美は北海道南西沖地震(1993)の津波で家族親戚を大量に失った。青葉は東日本大震災(2011)の津波で家族や祖父母を一気に失った。しかもどちらもMTFである。ふたりの立場が似ているなというのは私もこれまで何度か思ったことがある。
 
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「とうとう法的にも親子になったんでしょ?」
「うん。結婚に伴って3人を養女にしたから。法的には養女であっても遺伝子的には親子だというのは本人たちが分かっているから全く問題無い」
 
そんなことを言った時「実子なのに法的には養子」という面倒な状況に私自身も千里も数年後に心悩ませることになるとは、知るよしもなかった。
 
「春美さんが自殺未遂をしたのは2007年11月12日の夕方。そして亜記宏さんの前の奥さん・実音子さんが交通事故に伴う半年ちょっとの入院生活の末亡くなったのが同じ11月12日の夜。このことを千里姉が調べてくれたので、事情が分かりました」
と青葉は言っている。
 
「自殺未遂の日付は春美さん本人も、彼女を救出した紅姉妹も覚えていなかったんだけど、私の友人(歌子薫)が、自殺未遂する直前の春美さんに会っていて、彼女がその日付を手帳に書いていたから、その手帳を発掘してもらって日付が確定できた。実音子さんの死亡日時はちゃんと記録されているから」
と千里は解説した。
 
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「まさか、春美さんの自殺未遂って、奥さんの呪いなの?それで呪い返しで奥さんは亡くなった?」
と私は訊く。
 
千里と青葉は顔を見合わせている。
 
「私のことばから、冬子さんがそういうことを想像なさったのは、冬子さんの霊感のなせるワザとは思いますが、私はそれにコメントはできません」
と青葉は言った。
 

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「結局あの3人の子供って、遺伝子的には誰と誰の子供なの?」
と私はファンの方から頂いた「薩摩大使」を出して来て、お茶を入れながら訊いた。
 
「その件は春美さんがけっこう周囲に話していますから、それで想像できると思いますが」
と青葉は言いながら薩摩大使を1切れ取って食べて
「あ、これ面白ーい」
と言う。
 
「遺伝子的な父親は春美さん?」
「遺伝子的に親子だと主張していますし、春美さんは遺伝子的な母親になる能力はないので、消去法で、そういうことになります」
 
と言いながら、青葉は悩むような顔で千里をチラッと見た。
 
「遺伝子的な母親は?」
 
「あの3人と多津美ちゃんが実は姉妹だという話から想像がつくと思います」
 
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「まさか、遺伝子的な母親って、多津美ちゃんのお母さん?」
 
青葉は大きく息をつく。
 
「つまりですね。亜記宏・実音子夫妻は、どちらも生殖細胞を作る能力が無かったんですよ。あの3人の誕生は、双方の親、亜記宏さんの母の弓恵さんと、実音子さんの母の洲真子さんが主導したものでした。どちらも故人ですから今更追及もできませんけど。あの3人の遺伝子上の両親が、自分たちの子供が生まれているなんて全然知らないままに、あの3人は生まれていたんです」
と青葉。
 
「という話も、春美さんや理香子ちゃんが話している内容をよくよく聞いていると、自然に分かる」
と千里は言っている。
 
「多分バレない内に、というので年子でさっさと3人作ったんだと思います」
と青葉。
 
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「しずかは春美さんに似て何にも考えてない所がある。織羽は全てを知っているけど語らない。結局理香子が話してくれる」
と千里。
 
「春美さんは高校時代に去勢手術を受ける前、念のためと言われて精液の保存をしていた。有稀子さんと駆志男さんの夫婦もなかなか子供ができずに不妊治療をしていて、それで卵子を採取して冷凍したものがあった。それを勝手に使っちゃったんですね」
と青葉。
 
「全く他人の精子を勝手に使うなんて酷いよね」
と千里が言うので私は吹き出した。
 
「千里、まだ桃香のこと怒っているんだ?」
と私は言う。
 
「当然。こないだからセックス拒否してるし」
と千里は言うが
「桃姉に言っておいたほうがいいよ。出産まではセックス禁止って。胎児によくないから」
と青葉は言っている。
 
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「悪いけど、青葉、桃香が出産するまで、桃香の身体のケアをしてやってよ。桃香はRhマイナスだから、血液型不適合を起こす可能性があるから」
 
「うん。気を付けておくよ。まあ最初の妊娠だから大丈夫とは思うけどね」
 
Rh(-)の女性はRh(+)の子供を妊娠すると血液型不適合を起こすが1度目だけはあまり大きな問題にはならない。2度目のRh(+)の子供の妊娠が危険である。これは一種のアナフィラキシー・ショックである。通常は抗体ができないように出産または流産後2日以内にガンマーグロブリン注射をするのだが、気付かない内に1度流産していたような場合が怖い。ごく初期の流産は少し重い生理程度に誤認される場合がある。
 
なお、実際問題としてこの時、桃香が妊娠していた子・早月はRh(+)であった。桃香がRh(-)B型、千里はRh(+)AB型で、早月がRh(+)B型である。
 
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「まあそういう訳で、私こういう曲を書いたから、良かったら使ってくれない?」
と言って千里は私に五線譜を渡した。
 
「『寒椿』か・・・・」
 
「寒椿は冬の厳しい環境の中で赤い花を咲かせる。ほんとに不幸の連続を生きてきた春美さんを見てて思いついたんだよ」
 
と千里は言う。
 
「彼女は名前は春の桃だけど、確かに彼女のこれまでの人生は冬の寒椿かもね」
「あと普通の椿は花が丸ごと落ちるでしょ?だから首が落ちるみたいと言われて昔の武士には嫌われていた。ところが寒椿はサザンカとのハーフだから、サザンカ同様に花びらは1枚ずつ落ちていくんだよね」
「しぶとい訳か」
と私は言う。
 
「そうそう。彼女は周囲の人にどんなに酷いことをされても、明るく生きて来た」
「まあ生来、明るい人という気もするよ」
「そんな人が自殺をしようとしたこと自体が異常だよね」
「確かにね」
 
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しかし・・・と私は考えた。
 
「でも、今回のアルバムには既に醍醐春海さんからは1曲もらっているんだけど」
「うん。だからこの曲は“鴨乃清見”で」
 
「なるほど〜!」
「演奏もそちらでよろしく」
「分かった」
 

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そういう訳で千里から今度は“鴨乃清見”の名前でもらった『寒椿』を9月下旬から10月上旬に掛けて制作したが、近藤さんや鷹野さんは
 
「こんな難しい曲を連続で弾かせるケイは鬼だ」
などと冗談(と取らせてもらった)を言いながら演奏をしていた。
 
龍笛パートは風花が仮に吹いて制作を進めておき、千里がバスケットの練習が終わった後、夜間にスタジオに来訪して風花の演奏を聴きながら入れてくれた。
 

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10月3日。アクアが主演する連続ドラマ『時のどこかで』(原作:筒井康隆『時をかける少女』)の放送が始まった。
 
配役は映画と同じで、芳山和夫:アクア、神谷真理子:元原マミ、浅倉吾朗:広原剛志、ケン・ソゴル=深町一彦:黒山明、福島先生:沢田峰子、といった面々である。生徒役の子もスケジュールが合った子を中心に映画に出ていた子の半分くらいが出ている。例によって西湖(今井葉月)はまたまた女生徒役で出演している。
 
「せいこちゃん、テレビ局の俳優データベースには少女俳優として登録されていたりして」
などと政子がからかうものの、本人はまんざらでもない様子だ。
 
「トイレに入る時、自分のかっこうを確認してから入るようにしてますけど、それでも、うっかり間違っちゃうんですよ」
などと言っている。
 
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「こないだも、学校でうっかり女子トイレに入っちゃって」
「どうした?」
「『天月君、ここ女子トイレだけど』と言われて『うん、そうでしょ?』と返事したら、女子たちが悩んでいて、その内気付いて『あ、間違った』と言って出ました」
 
「それ絶対、ふだんは女装していると思われている」
「実はまだぼくが今井葉月だってのには気付かれていないんですよね〜」
「まあそれは時間の問題だな」
 
「でも、おっぱいくらい大きくしちゃわない?」
「ほんとに大きくしたくなっちゃったらどうしよう?と思いますよ」
「その内、アクアを口説き落としておっぱい大きくさせるから、そしたら、せいこちゃんも大きくしなよ」
「うーん・・・・」
と西湖はマジで悩んでいる。
 
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「そうだ。ぼくの名前なんですけどね」
と西湖がいう。
「うん?」
「今井葉月(いまい・ようげつ)がどうも『いまい・はづき』と読まれている感じがあって、来るファンレターが全部男の子からなんですよ」
 
「ん?」
と言って私と政子は顔を見合わせた。
 
「なるほどー!」
 
「だったら、せいこちゃん、『はづき』を正式な読み方にしちゃおう」
「え〜〜!?」
「ついでに性転換しない?」
「そこまでする勇気はさすがに無いです」
「でも女の子になりたくない?」
「今の所、そのつもりはないですー」
「でも女の子の服、着るの好きでしょ?」
「それは個人的にハマっている気もします」
「やはり」
「あくまで否定するアクアより素直だ」
 
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ドラマは基本的には映画の続きではあるのだが、映画を見ていない人のためにこの日は映画のストーリーがダイジェストで繰り返された。
 
和夫が理科準備室で何かの気体を嗅いでしまい倒れる。和夫はその後、吾朗の近所の火事を見て、翌朝大型トラックに轢かれそうになったところでタイムスリップして前日の朝に戻ってしまう。全く同じ1日を繰り返した末、福島先生に相談するが、福島先生は「その理科準備室に戻る必要がある」と言い、和夫を驚かせてタイムスリップさせた。
 
長い物語なので、今日はここまでである。
 

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「来週は、吾朗のおばあちゃんが長崎で原爆にあった話になるのかな?」
と政子は言うが
 
「木田いなほちゃんは、吾朗のおばあちゃん役じゃないらしいよ。別の役柄で出演するという話。だからあの話はしないと思う」
 
「そうなの?」
「あまり完全に映画通りにやってしまうと、映画見る価値がないじゃん」
「でも、ニナ・ソゴルは出るよね?」
 
ニナ・ソゴルはケン・ソゴルの妹で、映画ではアクアが演じた。
 
「アクアがドラマの記者会見で『ぼくは女役しません』と言ってたよ」
 
「え〜?つまんなーい」
 
実はその記者会見を受けてネットでは「アクア様は女の子役でも『時どこ』に出演させてください」という署名運動が始まったようで、既に数万人の賛成票が投じられている。
 
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夏の日の想い出・やまと(12)

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