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■夏の日の想い出・やまと(4)

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「全く恥ずかしい話なんだけど、僕は昔事件を起こしてね」
と東城先生は、桃川が持って来たハーブティーを飲みながら語り始めた。
 
「この子たちがまだ生まれる前かなぁ?」
と桃川を向いて訊くが
 
「たぶんギリギリ生まれた後ですけど、物心は付いてないですよ」
と桃川。
 
「それで1年間の謹慎を師匠の東堂先生から言い渡されたんだけど、あの事件には色々納得のいかないことが多くて。僕自身人間不信に陥ってさ」
 
「それで、最初は道内のあちこちを転々としていたんだけどね。畑正憲さんが住んだことで有名になった嶮暮帰島(けんぼっきとう)にも数ヶ月居た。でも最終的にここに落ち着いた」
 
「ここは私有地ですか?」
「そうそう。ここは法的には山林で、所有者は実は藤吉真澄(木ノ下大吉の弟)の友人なんだよ」
 
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「へー!」
 
「あの事件の後、私が人間不信に陥っていて静かな所で少し心を休めたいと言っていたら、静かな所ならありますよ、といってここに小屋を建てて貸してくれた。ここは3坪以内の工作物で、基礎工事とかもせず地面に直接置いている状態だから『建築物』ではないらしい。だから税金も払ってない」
 
「3坪以内だと建築物ではないんですか!」
と私たちは感心したように言ったが
 
「この小屋が建てられた時の基準ではそうね」
と桃川が補足する。
 
現在では、古いコンテナを置いたまま物置に使っているケースなど、地面に固定されていないものでも、長期間その場所に置かれているものは建築物に準じて扱うことになっている。
 
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「まあ税務署の人が来たらそれなりに対応するが、税金払えと言われたら大根で物納するかな。ここの家賃も大根で納めているし」
と先生は言っている。
 
「先生はほぼ完全に自給自足生活なんですよ。畑を耕して野菜を育て、夏の間に溜めた野菜と川や湖で釣った魚で冬はだいたいしのいでおられるんです」
 
「凄い生活送っておられますね」
「肥料も堆肥を自給してるしね」
「なるほどー」
 
「冬の間の暖房の燃料は夏の間に集めた小枝とかでほぼまかなっている。非常用にと、桃川君が木炭もたくさん置いて行ってくれているから、取り敢えず凍死の心配は無いかな」
 
「しかし夏の間にけっこうしっかり準備をしてないと冬は過ごせませんね」
「昔の人間はみんなそうしていたのだと思うよ。備蓄の燃料と食料が無くなったら死しか無かったと思う」
と先生は言う。
 
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「それは私たちが忘れてしまっていた大事なことですね」
と私は言った。
 

「この小屋で生活を始めた頃、ぼくはここで『究極の一曲』を書きたいと思ったんだよ」
 
「究極の一曲ですか!」
 
「でもさ」
「はい」
 
「ここで暮らしていたら、もう生きていくだけで精一杯で、そんなのどこかに行ってしまった」
と先生。
 
「まあ、そんなものですよ。こういう場所で生きておられるだけで凄いと思いますが」
と七星さんが言う。
 
「でも『究極の一曲ができるまでは山を降りない』とみんなに言い訳はできる」
「なるほどー」
 
「師匠が年に1度くらい手紙を書いてくるけどね」
「東堂先生も心配しておられるんですね」
「ただ師匠の手紙は読めん」
「へ?」
 
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「この子たちに見せてあげてください」
と桃川が笑いながら言っている。
 
それで東城先生が見せてくれた「手紙」は美しい草書体の連綿で書かれていた。私はそれを見て読みあげた。
 
「親愛なる東城一星君。北海道の空は今は泣いているかい?それとも笑っているかい?」
 
私がすらすらと手紙を読んでいくので、東城先生も桃川も驚いている。
 
「なぜ読める?」
 
「草書連綿は規則に従って文字を崩しているだけなので、その規則がちゃんと分かっている人には何の問題もなく読めるんですよ」
と私は言う。
 
「私たち書道部だしね〜」
と政子も言う。
 
「凄い」
「雨宮も木ノ下も読めなかったのに」
 
「続きを読んでくれる?」
「はい」
 
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それで私は続きを読む。
 
「君がカイの地に籠もってから、もう二十四年が経った。世間では実写と見分けがつかないようなコンピュータ・グラフィックスの映画とか、そこらへんの歌手よりもずっと上手い人工音声の歌なども作られているが、僕は古い人間だから昔ながらに手で五線譜を書き、生の歌手に歌わせているよ。君なら下手くそな生の歌手が好きかい?それとも自分の指定通りに歌ってくれるロボット歌手でヒット曲を目指すかい?東郷などはこういうハイテクノロジーを面白がって、いろいろ新しい挑戦をしているが、東城のやり方も見てみたいなあ・・・・」
 
結局私はここ10年ほどの東堂千一夜先生から東城一星先生への手紙を全部読み上げた。東城先生は涙を流しておられた。
 
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「ぼくは全く返事を書いてないのに」
と言っておられるが
「仕方無いですよ。これ知らない人には読めませんよ」
と私は言った。
 
「なんかまた曲を書いてみようかなあ」
と先生はポツリと言った。
 
「このカイの土地で、24年間暮らした先生にしか書けないものがきっとありそうですね」
と私は言った。
 

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桃川さんの結婚祝賀会に出てきた東城先生は、長く人里離れた所で暮らしていたとは思えない、穏和な表情であった。兼岩さんから
 
「日本語忘れてない?」
と言われると
「うん。忘れた。朝の挨拶って『印税払え』だっけ『酒酒酒』だったっけ?とか考えちゃったよ」
などとジョークで返していた。
 
あの小屋で、私と政子・七星・桃川と5人で朝まで語り明かしたのがほんの1ヶ月ちょっと前だったのだが、東城先生は私の顔を見ると
 
「これ約束したもの」
と言って、紙を1枚私に渡してくれた。
 
私はその場で譜面を読ませてもらって、これは凄い曲だと思った。むろん『やまと』に収録するレベルに達している。
 
「ありがとうございます。年末か年明けに発売するので、印税は早くて3月、遅くて6月頃以降に」
と私は言った。
 
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「いやあ、五線譜の書き方なんて忘れてないかと思ったけど、だいぶ思い出せた」
「良かったですね」
 
東城先生から渡された紙には『赤い玉・白い玉』という幻想的な曲が書かれていた。C-Dm-Em-F-G7-Am-Bb-Cというスケール的コード進行を持つ意欲的な構成で、私は東城先生が随分と「やる気」を回復させているのではと思った。
 
この曲は結局チェリーツインに伴奏してもらって『やまと』に収録することになる。
 

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2016年9月10日、日本国内のポップスファンの多くが驚愕するニュースが流れた。
 
レインボウ・フルート・バンズのフェイが妊娠出産のため、1年間休養するというのである。
 
レインボウ・フルート・バンズはメンバー全員がセクマイ(性的少数者)というバンドで、どういうセクマイなのかは公表していないものの、ファンの推察で次のようなことがほぼ確実と言われていた。
 
バス:キャロル(ゲイ)
テノール:マイク(FTM・手術しているかどうかは不明)
テノール:ポール(男装者・男性ホルモン常用)
アルト:モニカ(MTF・手術済)
アルト:アリス(女装者・思春期前から女性ホルモン常用)
ソプラノ:ジュン(レスビアン)
 
そしてもうひとりのソプラノであるフェイだけが、性別が良く分からないとされていた。中高生時代の友人などに取材しても「あの子は女の子だよ」という話と「あの子実は男」という話の両方が同数程度出てくる。中高生時代の写真にしても、男子制服姿、女子制服姿の双方の写真が存在し、そのどちらも全く不自然さがないのである。
 
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ひょっとしたら半陰陽なのではないか?と推測する人もあったが、よく分からない感じであった。
 
しかし妊娠したということは、取り敢えず生物学的には女性であったということになるのだろう。
 
正直フェイの過去の言動からは、手術済みのMTFなのではと思わされるものもあったので、私はてっきりMTFかと思っていたのだが、どうも逆にFTXか何かだったのだろうかと私は考えた。
 

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フェイはレインボウ・フルート・バンズのリーダーなのだが、サブリーダーのポール、そして事務所の野坂社長とともに記者会見したが、フェイは平謝りの状態であった。
 
「きちんとすべきことをしてなくてこういう事態になってしまい、大変申し訳ありません」
とフェイは神妙に謝った。
 
「妊娠なさったということは、フェイさん、女性だったんですか?」
と記者は、みんなが一番聞きたかったことを聞く。
 
「実は、私、少なくとも戸籍上は男なんですよね」
とフェイが言うので
 
「え〜〜〜!?」
という声が上がる。
 
「もしかして女性半陰陽ですか?」
 
「生まれた時の医師の診断では、停留睾丸の男児ということだったんです。それで男児として出生届を出したんですが、私自身の意識としては女の子だったんです。それで親も私が女の子として行動するのを許してくれていたので、小さい頃の友人は私のことは、女の子あるいはオカマちゃんと思っていたと思います。当時はまだおちんちんがあったので」
 
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「あったので、ということは今はもう無いんですか?」
「はい。手術して取っちゃいました」
 
記者がざわめく。
 
「フェイさんのお股はでしたら現在女性の形なのでしょうか?」
「そうです。割れ目ちゃんもあるし、ヴァギナもあります」
「そのヴァギナというのは、人工的に作ったものですか?」
「いえ。ヴァギナは生まれた時からありました。だから自分ではこの穴って何だろう?と小さい頃は思っていたんですよ」
「割れ目ちゃんはあったんでしょうか?」
「ありませんでした。おちんちん取った時に、作ってもらいました」
 
「じゃ、ほぼ性転換手術を受けたようなものですね?」
「はい、まさに性転換手術だと思います。手術が終わった後の自分のお股見てきゃーっと思いましたよ。まるで形が変わっちゃったから。ちんちん無くなったのはちょっと悲しかったし。でも慣れたら、これって凄くいいですね。記者さんも、一度性転換してみません?」
 
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「いや、遠慮しておきます」
とここまで多数の質問をしていた男性記者が言う。
 
「戸籍はその時直さなかったんですか?」
と別の記者が訊く。
 
「父が戸籍直すのは20歳過ぎてからにしてくれと言ったので20歳になってから直すつもりだったんですが、20歳すぎても結局放置していました」
 
「睾丸はどうなさったのでしょう?」
「停留睾丸と思われていたのが、実は片方は本当に睾丸だったのですが、もう片方は卵巣だったんですよ」
 
記者がまたざわめくが頷いている人もある。これは時々ある事例である。
 
「それでおちんちん取る時に、一緒に睾丸の方は除去してもらいました。それで卵巣だけ残ったんですが、この卵巣は実際には機能していないと言われました。それでホルモンニュートラルは色々問題が起きるからということで、女性ホルモンの補充療法を受けてました。だから実は、私、生理も一度も経験したことないんです」
 
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「じゃ生理の経験も無いまま、初めての排卵が受精してしまったということですかね?」
と女性の記者から質問がある。
 
このあたりのメカニズムは男性の記者にはよく分からない所だろう。
 
「たぶんそういうことになるんだと思います」
 
「その子供の父親は誰ですか?」
 
「申し訳ありませんが現時点では非公開にさせてください。その件に関してはちょっと諸事情により調整中なので」
 
「芸能人、あるいは有名な方ですか?」
「すみません。現時点ではそれも含めて非公開にさせてください」
 
「妊娠は間違い無くしてるんですよね?」
「お医者さんに確認してもらいました。出産予定日は4月26日です」
 
「母子手帳はもらいましたか?」
「はい。頂きました」
と言って、フェイは母子手帳を見せる。成宮真琴というフェイの本名が記入されている。
 
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「すんなりもらえました?」
「私が戸籍上男性なので、最初ふざけないでと言われましたが、医師の妊娠診断書を見せた上で、自分は半陰陽なのでと言ったら部長さんが出てこられて、話し合いの上で発行してくれました。戸籍の訂正はこの後すみやかにするつもりですので、出産までには戸籍上の性別も女性になっていると思います。ですから男が出産したという事態にはならないはずです」
 
「男性が出産したら戸籍上どうなるんですかね?」
「市役所の人も分からないと言っていました。多分どこにも前例は無いのではないかと思います」
 
「レインボウ・フルート・バンズの活動としてはどうなるのでしょう?」
「大変申し訳ないのですが、来年の7月いっぱいまでライブ活動をお休みさせて頂くことになりました」
 
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「ライブ活動のみ休養ですか?」
「アルバム制作は進めます。むしろアルバム制作に集中することになると思います」
 
 
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夏の日の想い出・やまと(4)

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