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■夏の日の想い出・花と眠る牛(3)

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「ん?どうしたの?」
「いや。今自分の名前が呼ばれた気がした」
 
「ああ」
「櫛紀香さんも時代を変えて行こう」
 
「そうだなあ」
「大学卒業した後はどうするんですか?」
「実は何も考えてない」
「KARIONの作詞家専任になる?」
 
「それ二択だと思っているんですよ。会社勤めしちゃうと、結局24時間365日、そちらに取られてしまう。だから作詞活動を続けるには専業になるしかないと思うんだけど、それだけでは食っていけない。今考えているのは、うちの実家の地区はとうとう原発事故後の避難指示が解除されたから、あそこで農業やるのもいいかとも思ってる。両親も僕が戻ってくるなら一緒に頑張ると言っているので」
 
「農業詩人かな」
「格好良いかも」
 
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「専業になってくださるなら、事務所の他のアーティストにも可能なら提供して欲しいって社長が言ってたよ」
と和泉が言うと、櫛紀香さんは頷いている。
 
「でも放射能はマジで大丈夫?」
と小風が心配そうに訊く。
 
「自主的に、土は全部入れ替えるつもり」
「ああ」
 
「家も建て直す。幸いにもKARIONの印税があるし。家の建て直しは実は最初から考えていた」
 
私たちは頷く。
 
「こないだ行ったらね。一面に菜の花が咲いてたんです。そこの土を掘り返して花たちを潰しちゃうのは、ちょっと心がとがめるけど、そこに新しい生活を築きたいんですよね」
と櫛紀香さんが言うと
 
「ミッシェル・ポルナレフの歌にあったね?」
と和泉が私の顔を見て訊くように言う。
 
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「『おばあちゃんを殺したのは誰?(Qui a tue grand maman?)』って曲。ブルドーザーがおばあちゃんを殺した。花たちをドリルやハンマーに変えた」
と私は答える。
 
「1970年代だと無秩序な自然破壊を嘆く歌だったんだろうけどね」
 
「今回の場合は、人が入れなくて花たちやネズミたちの国になっていた所に人が入っていくのは良いこと」
 
「畑耕して、牛とかも飼いたいし。牛飼うための土地はいくらでも買えそうな気がするし」
と櫛紀香さん。
 
「うん。頑張ろう」
 
「でもブルドーザーって元々牛が寝るって意味だよね?」
「そうそう。それまで牛に引かせていた工作機器をエンジンで動かしたのがブルドーザー。牛は寝てていいよという意味」
 
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「牛がまどろみながら草を食んでいられる所にしたいです」
と櫛紀香さんは言った。
 

「だけどローズ+リリーの曲は、主として私たちが自分で作った曲と上島先生の曲ばかりだけど、KARIONはいろんな人から楽曲もらってるね」
 
と政子は言う。
 
「まあ、森之和泉+水沢歌月(泉月)で半分くらいは書いているけど、櫛紀香さんまたは福留彰さんが詩を書いたものに相沢孝郎さんが曲を付けたもの(櫛孝・福孝)、ゆきみすず先生とすずくりこ先生のペアの作品(雪鈴)、樟南さん、スイート・ヴァニラズさん、東郷誠一先生、それから広田純子・花畑恵三ペア(広花)、葵照子・醍醐春海ペア(照海)」
と和泉は名前を挙げていく。
 
「あとごく初期には木ノ下大吉先生から作品を頂いたんだよね」
「木ノ下先生は作曲活動に復帰しないのだろうか」
「やはり長年無理な活動を続けて、精神にかなりダメージが来てるみたいね。沖縄に行くまでは無気力で1日中ぼーっとして過ごしていることが多かったという話」
「今は紅型(びんがた)染めの修行してるんだっけ?」
「あれ?私は三線(さんしん)作りの修行と聞いたような」
「日本の歌謡史にあれだけの足跡残した人だもん。きっとまた何かやるよ」
 
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「すずくりこ先生はこないだ大変だったみたいね」
「うんうん。テレビ見た」
 
「例の偽ベートーヴェンのとばっちりね」
 
「うん。あれで耳が聞こえないのに作曲をしている、すずくりこ先生まで疑われて、テレビ局のスタッフが付いている状態で大学病院で聴力検査まで受けさせられていたからね」
 
「昨年ヒーリングの達人のセッションを受けて、低音の認識に関してはかなり回復はしているんだけど、ふつうの人の声に関しては障害者3級レベルという診断だったね」
 
「でもそもそも、すず先生は障害者手帳を取ってなかったから」
「そうそう。充分な収入のある自分がそんな優遇を受けるのは申し訳無いと言って申請してなかったんだよね」
 
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「作曲作業の方も、複数のテレビ局が取材してたね」
「うん。特に**テレビのが徹底してた。テレビ局で用意したセミプロ作詞家数人にその場で詩を書かせて、その中から、街で歩いている人つかまえてダーツ投げさせてどれかを選んで、それにその場で、すず先生に曲を付けてもらうという」
 
「冬なんかがやってるのに似てたね。すず先生、その歌詞を見ながら五線譜に直接音符を書き込んでいってメロディーを作っちゃった。あれだと耳が聞こえるも聞こえないも関係無い」
 
「途中音を勘違いしている所がいくつかあって、ゆきみすず先生が修正したので、よけい本当にその場で作曲しているんだ!というのが信じてもらえた感じだった」
 
「2〜3度音が移動する所は間違えないけど、やはり4〜5度飛ぶ所は勘違いしやすいんだよ」
と私はコメントする。
 
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「実際に普段やっているのでは、この程度はアシスタントさんが調整するんですよ、とゆき先生は言ってたね」
 
「でも特に力作については、ゆき先生が直接修正することもあります、というのを明かしていたのも、好感されてた感じだった」
 
「まあ、ゆき先生が結構曲にも関与していることは、作曲家の間ではわりと知られていたんだけどね」
と和泉が言う。
 
「KARIONの楽曲制作でも、けっこうゆき先生、その場で楽曲の修正やってたね」
 

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政子は少し考えている風にしていたが、やがて言った。
 
「私、樟南さんとは何度か話したことあるし、スイート・ヴァニラズの人たちには随分お世話になっているし、東郷誠一先生もパーティーで会ったことあるけど、広田純子・花畑恵三ペアと、葵照子・醍醐春海ペアには会ったことない」
 
「広田・花畑ペアは何度か、KARIONの楽曲制作現場に出て来てくれた」
「あのペアはKARION作品が出世作になったんだよね」
 
「うん。それまでもコンペに当選してとかで何人かのアーティストの曲を出してはいたけど、KARIONの『鏡の国』が売れるまでは、3万円を超える印税をもらったことなかったらしい」
 
「広田さんと花畑さんって、カップル?」
「違う違う。従姉弟同士」
「へー」
 
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「広田さんは詩の同人とかで活動してたんだよ。花畑さんは最初の頃自分で作詞作曲してたんだけど、広田さんが詩を書くのを知ってたから、一度自分の曲に詩を書いてくれないかと頼んで、その最初の作品がコンペに通ったんだよ。もらった印税は2万円くらいだったらしいけどね」
 
「まあ、コンペって、しばしば通ってもそんなものだよね」
 
「アイドルも消費されてるけど、コンペに参加する作詞作曲家も消費されてる」
 

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「葵照子・醍醐春海ペアは、そういえば、私も会ったことないな」
と和泉は言った。
 
「和泉ちゃんも会ってないなら、どうやって連絡取ってるの?」
 
「あれは∴∴ミュージックの親会社みたいなものに当たる∞∞プロが連絡を取ってくれる。こんな感じの曲がほしいんですけど、ってオーダーすると、だいたい1週間程度で作ってくれる。すっごく可愛い字でコメントが書いてあるのが良い感じ」
「あ、じゃ醍醐春海さんは女の人なんだ?」
「だと思うよ。まあ男の子で可愛い字書く人もいるかも知れないけど」
「女の子になりたい男の子ならあり得る」
 
「確かに春海って、男女どちらもあり得る名前だね」
 
「葵照子・醍醐春海ペアは、KARION以前から、∴∴ミュージックの五人娘(2003年に倒産した他の事務所から移ってきた女性歌手5人)に曲を書いてたりしてたんだよね。そんなに売れている訳ではないけど、そこそこ良い曲を書いてくれている。やはりこのペアもKARIONが当たったので、凄い収入を得たみたい」
 
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「まあ5人娘は名前は売れてるけど、CDは売れてない。ここだけの話」
 
と小風が言うと、楽屋の隅で話を聞いていたマネージャーの花恋が苦笑している。
 
「ああ、花恋ちゃん、鈴木聖子さんのライブによく付いてるもんね」
「鈴木聖子さんは、しばしば鈴木聖美と間違えられてチケットが売れる」
「でも充分上手いから、間違ってライブに来てからファンになる人が多い」
 
「向こうの事務所と一時期名前について話し合いもしたみたいですけどね。まあ本名だから、向こうとしても文句言わないというか、正確には黙殺するということで話が付いたみたい」
と花恋は言う。
 
「まあ、∴∴ミュージックは弱小だけど、∞∞プロがバックに居るから」
と和泉。
 
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「やはり大手がバックに居るとそのあたりが押し通せる」
と小風。
 
「ああ、UTPも○○プロ傘下だから、結構わがまま許されてる」
と私。
 

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「でも葵照子・醍醐春海ペアの方は、わりとあちこちに楽曲提供している割りには、表に出て来ないよね」
 
その時美空が
「会ったことあるのは、この場にいる中では私だけかも」
と言ったので、みんな
 
「えーーー!?」
と声をあげる。
 
「みーちゃん、どこで会ったの?」
 
「中学生時代からの知り合いなんだよ」
「え? じゃ、そのふたり、私たちと同世代?」
「私たちより1つ上だよ。ふたりともまだ大学生」
「てっきり30代くらいの人たちかと思ってた!」
「けっこう昔から居るもんね」
 
「でも1つ上で大学生って、留年でもした?」
「違うよー。葵照子さんは医学部だから、今6年生。醍醐春海さんは理学部だけど、院まで行ってるから今修士課程の2年」
「へー」
 
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「学生だから、表に出るのを避けて勉強に時間を取るようにしてるんだよ」
「なるほどー」
 
「醍醐春海さんは、Lucky Blossomの初期のアルバムに楽曲を提供していた大裳(たいも)さんの別名義。『大裳』って読めない人が多いから『だいご』と誤読されたことあって、それで開き直って『醍醐』という別名義を考えたらしい」
 
と美空は解説しながら紙に《大裳》と書いた。
 
「確かに読めん」
「裳ってスカートのことだよね?ロングスカート?」
と和泉が尋ねる。
 
「衣服の精霊の名前じゃなかったかな?」
と私はコメントした。
 
「ほほぉ」
 
「でもLucky Blossomにも関わってたんだ!?」
「そもそもLucky Blossomの結成に関わってたらしいよ。メンバーではないけどね。私もそのあたりの経緯は詳しく聞いてないんだけど」
 
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「それは知らなかった」
「じゃ意外に重要人物だったんだ」
 
「私、大裳さんの『六合の飛行』好き」
と和泉が言う。
 
「あれはファンが多いよね。ライブでもいつもやってたし、ベストアルバムにも入ってた」
と私も言う。
「でもLucky Blossomの3作目以降には参加してないなと思ったら、醍醐春海として活動してたのか」
 
「柊洋子からケイになったみたいなものかな」
などと美空が言うので、私は咳き込んだ。
 

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「醍醐春海さんは、やはり女の人なの?」
と小風が訊いた。
 
「女の人だと思うけどなあ、多分」
と美空。
 
「多分?」
「裸にしてみた訳じゃないけど、女の子に見えたよ」
「何か性別を疑う理由でも?」
 
「その時、ちょっと性別のこと話題になってたんで、私もノリで『私男です』
と言ってみたんだけどね。私、低音ボイスだから、一瞬信じかけられた」
 
「ああ、みーちゃんって話す時、特に低い声で話すもん」
 
「それに私、おちんちん付ける手術するかもって言われたことあるしね」
と美空が言うと
 
「えーーー!?」
という絶叫が起きていた。
 

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