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■夏の日の想い出・天下の回り物(6)

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千里2が参加する、フランスのリーグ戦は9月開始らしく、2ヶ月近く比較的時間が取れる状態が続くので、何かあったら言ってくれと彼女は言っていた。私はアルバム制作に協力して欲しいと言い、彼女も「どうせゴールデンシックスの制作にもカウントされているし、できるだけ参加するよ」と言ってくれた。
 
なお千里1はまだ茫然自失状態で、康子さんや桃香などが声を掛けてもほとんど反応が無いらしい。御飯を目の前に置いて「食べていいよ」と言うと食べるし、言えばお風呂くらいひとりで入れるし、トイレくらいは自分で行くし、眠くなったら寝るものの、自力では生活できない状態にあると桃香は言っていた。まるで重度の自閉症にも似た状態のようである。実際おそらく自分の心を守るためにinput/outputを抑制して閉じこもり、自分を少しずつ治しているのだろう。
 
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21日はアクアのステージを楽屋から見たあと、KARIONの公演があるので日中はパフォーマーズ・スクエアで本番近くまで寝ていた。KARIONは現在新しいアルバム『1024』の制作中なので一部の楽曲を公開した。
 
21日の夜には越後湯沢のホテルで、ローズ+リリーの出演者で一室に集まり、演奏曲目と各々の担当を確認した。
 
「いつものようにステージの出入りと使用楽器について表示するスマホをお配りしますので、その指示に従って下さい」
と風花が出演者みんなに言う。
 
それで出入りだけリハーサルしたが、「謎の男の娘」さんがまだ来ておらず今夜は欠席なので妃美貴が代理を務めた。
 
「今回は出演者が少ないね」
と風帆伯母が言う。
 
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「上島先生の問題で疲労している音楽関係者が多いので、体力が足りないと言っている人が多いんですよ。今少しでも楽曲が書ける人はほぼ全員作曲に動員されている現状なので」
と私は説明した。
 
「たいへんね〜」
 
「それでコーンフレークの花も今年はダンサー抜きで」
と私が言ったら
「私がダンサーやってあげようか?一緒に来ている友だち連れて来てもいいよ」
と風帆。
 
一瞬シーンとなる。
 
すると美空が手を挙げた。
「私と小風でやってもいいですか?」
 
「ああ、その方がいいかもね」
となぜかここに居るアクアのマネージャー・山村が言った。
 
「大御所さんのダンスも圧巻でしょうけど、ここは若い人に出場機会を多く与えるということで」
と山村。
 
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「あんた口が上手いね」
と風帆。
「それで50年ほど芸能界で生きて来ているので」
と山村は笑顔で答えた。
 

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妃美貴が後で言っていた。
 
「謎の男の娘さんって、何か会う度に雰囲気が違う気がするんですが、ひょっとして、中の人が何人かいるとか?」
 
「よく分かるね。それもあって覆面をしているんだよ」
「プロレスなんかでも、覆面レスラーの中身が違うことってたまにあるらしいですね」
と江口マルが言っている。
 
「大きな会場でするようなものではそんなことないだろうけど、地方の公演とかでは、そういうのもあるという噂はあるね。覆面レスラーを描いた『A・O・N』という漫画にはそれっぽいことが書いてあった」
と鷹野さんが言っている。
 
(鷹野さんはしばしば女性用楽屋に居る)
 
「知り合いのレスラーが『覆面は天下の回し物』と言ってたよ」
と山村マネージャーが言っていた。
 
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(山村さんは女装者なので当然のような顔をして女性用楽屋に居る)
 
「凄い表現だ」
「決められた時間に、そのリングの上に、その覆面を付けたレスラーがいれぱいいのさ」
 
「うむむ」
 
どうもこの人は芸能界やその周辺の闇を知り尽くしているようである。
 

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結局今回のフェスで演奏した曲目は下記である。
 
『青い豚の伝説』『雨の金曜日』『紅葉の道』『砂の城』『斜め45度に打て』、『ふるさと』『コーンフレークの花』『苗場行進曲』『ピンザンティン』、
『あの夏の日』
 
郷愁協奏曲も検討したが、その1曲だけのために弦楽器奏者を多数呼ぶのは申し訳ないのでやめた。『フック船長』も検討したが、演奏者のやりくりが難しかったので断念している。『ふるさと』の三味線は省略である。風帆伯母には『ふるさと』で箏を弾いた後、『コーンフレークの花』ではギターを弾いてもらった。“謎の男の娘”さんは『ふるさと』で龍笛を吹いた後、『コーンフレークの花』ではヴァイオリンを弾いてもらっている。夕方ではあるものの今年は猛暑で、熱中症で搬送される観客も発生しているので、ヴァイオリンはサマーガールズ出版が所有する電気ヴァイオリンSV250を使用している。
 
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苗場行進曲に行進してくれるチームだが、昨年は政子がオーナーをしている江戸娘のメンバーにお願いしたので、今年は私がオーナーをしているローキューツの人たちにお願いした。
 
2014苗場 ローキューツ
2014大宮 ローキューツ・ジョイフルゴールド
2015苗場 40 minutes
2016苗場 レッドインパルス
2017苗場 江戸娘
2018苗場 ローキューツ
 
「4年ぶりの苗場だ」
「出演者パスのおかげで凄い演奏をいくつも聴けた」
と彼女たちも喜んでいた。
 
「この勢いで全日本を目指すぞ!」
と最後は気合いを入れていた。
 

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ライブが終わった後、メイクを落とし着換えていたら、鮎川ゆまが来て
 
「洋子〜、いくぞ」
と言う。
「はいはい」
と私は力なく返事すると、一緒にドリームボーイズの楽屋に向かった。
 
入って行くと、蔵田さんからいきなり言われた。
 
「お前は既に死んでいる」
 
「へ!?」
「こいつ、生気が無いと思わないか?」
と蔵田さんが言うと、なぜかここに来ている雨宮先生が
「性器は手術で除去したから無いはず」
などと言っている。
 
「でも女の性器を作ったんじゃないの?」
と蔵田さん。
「まあ純正部品じゃなくて代用品だからね」
と雨宮先生。
「まあ医者は神様ではないから仕方ない」
「もっとも私の経験では、使用感にほとんど差が無いけどね」
「ああ、そういうもん?」
 
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この人たちは何の話をしているんだ!?
 
「蔵田君も性器を取っ払って代用品に変える?」
「俺はただのホモであって女になりたい訳じゃ無いから。雨宮こそそろそろ手術して女にならないの?」
「あら、私はふつうの男だけど」
 

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「でもネットにも早速、ケイちゃん元気が無かった。大丈夫かな?という書き込みがだいぶある」
と言って雨宮先生は自分のスマホを見ている。
 
「そういうのはすぐに観客には分かるよな」
「ケイちゃん、ひょっとして妊娠しているのでは?という書き込みもあるが」
「妊娠はしてません。だいたい私卵巣も子宮もないから妊娠しません」
「いや、ケイなら妊娠しても驚かない」
 
「しかし俺たちのバックで元気の無い所を見せられたら困るから、これ飲め」
「何ですか?ドリンクですか?」
と言って、私は受け取ると、そのペットボトルをグイっと飲んだ。
 
「うっ」
 
「まさか一気飲みするとは」
 
「これお酒ですか〜?」
「一口飲んだ段階で気付かない所が、やはり死んでるからだな」
 
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「今飲んだ分くらいなら死なないから大丈夫だな」
と私が飲んだ残りの量を見て蔵田さんが言っている。
 
「うん。全部一気飲みしてたら一時間後くらいに死んでたね」
と雨宮先生。
 
勘弁して〜。
 
「取り敢えずこれを飲むといいよ」
と凛子がポカリスエットの2L瓶をくれたので、それを私は一気飲みした。
 
「まあ水分を身体に入れればその分アルコール濃度は落ちるからいちばん正しい対処だな」
と雨宮先生は言っていた。
 

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それで私は酔った状態でドリームボーイズのバックで踊ったが、アルコールでブーストしているので、私は結構良いノリで踊ることができた。
 
しかし足がまるで雲の上を歩いているみたいだ!
 
それでそちらが終わってからいったん自分の楽屋に戻ると、覆面を付けたままの千里が寄ってきて言った。
 
「冬、これこのままにしておくと、あと30分くらいで意識を失って、1時間後に死ぬかも」
「え〜〜〜!?」
 
「私に任せて」
と言って、千里は自分の服をめくり、私の手を千里の胸に付けた。
 
「ここから手を放さないで」
「うん」
 
千里は右手と左手で印でも結ぶようにする。すると急激に酔いが冷めていくのを感じた。
 
「これで大丈夫だと思う」
「ありがとう!」
 
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「冬らしくもない。こんなに飲むなんて。たくさん楽曲書いてて辛いかも知れないけど、ヤケを起こしちゃ駄目だよ」
 
「違うよ。欺されて飲まされたんだよ」
と言って私が状況を説明すると千里は笑っていた。
 
「作曲禁止か。今年冬はここまで既にひとりで300曲くらい書いているもん。この後は休んでなよ。政子ちゃんが作曲禁止を言い渡したのなら、それに従えばいい。代わりに名画を見たり、クラシックのコンサートに行ったりして、自分のセンスに栄養をあげればいい」
 
「うん。私も美術館とか行こうかなと思ってた。でも私300曲も書いた?」
「過去の楽曲を再利用したものも入れたらそのくらい行ってると思う。でも、夢紗蒼依が本格活動開始するから、代替曲はそちらに任せればいいよ」
 
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「そうだね」
 
「元々上島さんが作曲できなくなったのを冬を含めて多くの人で代行した。でも実際問題としてこの代行作戦は半ば冬が頼りだったと思う。でもさすがに冬の力でも無茶すぎた。だから、それを私や青葉、それに夢紗蒼依で代行する。代行の代行を代行するって感じで、作曲は天下の回し物だね」
と千里は言った。
 
「何か今年は色々なものが回っている」
と私は力なく答える。
 
「でもそんなの飲まされるとか、やはり基本的に注意力が落ちているね」
と千里は言ってから小さな声で言った。
 
「政子ちゃん妊娠しているみたいだけど、冬が妊娠させたの?」
「え!?」
 

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政子の妊娠は翌週明らかになるのだが、この夜は桜野みちると森原准太の熱愛が発覚し、大騒ぎになっていた。しかし私はそれもこの日は全然気付かなかった。ふたりの記者会見は翌23日月曜日に行われることになった。
 

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