【少女たちの卒業】(3)

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千里は2002年2月2日にセーラー服の採寸だけしてもらったのだが、直後に神崎さんから、娘の美加さんが着ていたセーラー服をもらってしまったので、注文する必要はなくなった。しかし小春は、千里を装ってお店に電話し、この日採寸したサイズで新しいセーラー服を作ってもらった。
 
小春はこれを3月3日(月)(千里の誕生日!)に受け取った。代金は千里の預金を勝手に引き出して!払っておいた。小春はこのセーラー服を、千里が神崎さんからもらったセーラー服とこっそり入れ替え、神崎さんからもらった制服は自分で着ることにした。実は神崎さんから頂いたセーラー服は、千里には少し大きすぎたのである。
 

2003年3月20日(木).
 
N小学校で卒業式が行われた。
 
この日、千里は自宅でS中学の女子制服(セーラー服)を着ると、寒いのでその上にダウンコートを着て、登校した。
 
千里が教室でコートを脱ぎセーラー服姿を曝すと、ざわめきがある。
 
「千里、ほんとにセーラー服、着て来たんだ!」
「当然。私、女の子だもん。中学にはちゃんとこれで通学するから」
「えらーい。勇気あるなあ」
などとみんな言っている。
 

その千里を羨ましそうに見る視線がある。
 
セーラー服を着ている留実子である。
「るみちゃんも学生服着ればいいのに」
と千里は言った。
「えーっと・・・」
 
「中学では何か言われるかも知れないけど、小学校には服装規定は無いよ」
「そうだよね!」
 
すると他の女子からも
「るみちゃんの学生服姿見たーい」
「学生服、持って来てないの?」
などという声がかかる。それで留実子は
「よし、着替えてこよう」
と言って、紙袋を持って女子?更衣室に行った。
 
「やはり持って来てたんだ」
「だって、送る会でも着てたもんねー」
 

もうひとり、千里を羨ましそうに見る視線がある。
 
「沙苗(さなえ)ちゃんもセーラー服着ればいいのに」
「ぼ、ぼくは・・・・」
「セーラー服持ってないの?」
と恵香が訊くと
「持ってない」
と悲しそうに言う。
 
「たったら、せめて学生服は脱いで、私服で出たら?」
「私服(しふく)とか持ってきてないし」
「私のでもよければ貸そうか?」
と言って、千里は黒いセーターと黒いレディスパンツ、そして同じく黒のオーバースカートを見せた。
 
「千里、それ自分が着るつもりで持って来たの?」
と美那が訊く。
「まさか。沙苗がセーラー服持ってないかも知れないと思って代わりになるもの用意した。セーラー服がもう1着あれば貸しても良かったんだけどね」
 
しかし
「千里のセーラー服が沙苗に入るわけない」
という声もある!
 
「その私服、借りようかな・・・」
と沙苗が言う。
 
「うん、着替えなよ。小学校では服装は自由だよ」
「じゃ借りる」
と言って、千里から紙袋を受け取り、更衣室に行こうとしたが、みんなに止められる。
 
「更衣室は今るみちゃんが使ってるから、ここで着替えなよ」
「るみちゃんは女子更衣室じゃないの?」
「沙苗(さなえ)ちゃんも女子更衣室でしょ?」
「私が女子更衣室に入ったら叱られるよぉ。男子更衣室使うよ」
「叱られることはないと思うけど。それにるみちゃんはひょっとしたら男子更衣室かも知れない」
「えっと・・・」
 

ということで、沙苗はみんなが見ている所で着替えることになってしまった。要するに女子たちによる性別検査である!
 
「なんだ。ちゃんと女の子下着をつけてるじゃん」
「ブラジャーまでしてるし」
「これでは男子更衣室使えないよねー」
「あまり見ないで」
 
沙苗の周囲には女子が集まっており、男子たちからの視線を遮っている。むろん男子たちも、こちらを見たりは、しない。
 
「パンティに、ちんちんの形が無い」
「もしかして、もうちんちん取っちゃったの?」
「ちんちん取ったのなら、女の子の服着なきゃ」
 
沙苗は女の子下着の上に千里が渡した袋の中からまずはブラウスを身につける。
 
「えらーい。ちゃんとブラウスのボタンを留められるんだ」
「それゃ留められるよ」
 
ブラジャーをしてるので、ブラウス姿では胸が膨らんで見える。彼(彼女?)はその上に元々着ていたトレーナーを着て、千里から借りたレディス仕様のセーターを着る。そして黒いレディスパンツを穿いた。
 
「千里、そのパンツ、ウェストは何cm?」
「これ、実はうちのお母ちゃんのなんだよ。私の服じゃ入らないと思って。サイズは69cm」
「なんか大きいと思った。でも普通の男子だと、69でも穿けないよね」
「まあ沙苗(さなえ)は3割くらい女の子だし」
「確かに3割かも」
と多くの女子が納得する。
 

「オーバースカート穿かないの?」
「どうしよう?」
「穿いちゃえ、穿いちゃえ」
 
「よし。穿いちゃおう」
 
パチパチと女子たちから拍手があった。
 
それで沙苗は、セーラー服ではないものの、女子に見える服装になったのである。元々彼(彼女?)は髪型は女の子っぽくしているので、こういう服を着ても違和感がない。
 

やがて留実子が戻ってくるが、そのりりしい学生服姿に女子たちがきゃっきゃっ言って、並んで記念写真撮る子が相次ぐ。
 
「花和の人気すげー」
と同じサッカー部の鈴木君が言っていた。
 
時間になったので、体育館に通じる通路まで行って待機する。我妻先生が留実子を見て
「おお、花和君は格好いいね」
と言うので、留実子は照れていた。先生は沙苗が女性的な服装をしているのには何も言わなかった。
 
結局私服で参加したのは、札幌の私立A中学(制服が無いらしい)に進学する典子と、黒いセーターに黒いパンツ(+黒いオーバースカート)の沙苗の2人だけだった。典子は黒いビロードのドレスでの参加である。
 
この付近の記憶は4月上旬の“神様会議”の結果、混乱させられ、典子以外に私服で参加したのは、セーラー服を着られなかった千里と思い込んでいる人がかなりある。正しく、千里はセーラー服で参加し、黒いズボンを穿いていたのは沙苗であることを覚えていたのは、蓮菜と玖美子のみである。
 
(“記憶操作”の対象にならなかった2組の子たちは全員、千里がセーラー服を着ていたことを覚えていたが、沙苗もセーラー服だったと思っていた)
 

5年生の鼓笛隊が演奏する『地上の星』に合わせて6年生が入場し、体育館前方の席につく。
 
鼓笛隊のドラムメジャーは児童会“副会長”の渡部美知花(合唱サークル)である。実は3年ぶりに男子の児童会長となった山本君に最初ドラムメジャーをやらせたら、あまりにもリズム感が悪く、彼のメジャーバトンの動きに合わせて演奏するのは不可能だった。
 
それで副会長の美知花がドラムメジャーを務めることになり、鼓笛隊の指揮者は、4年連続で女子が務めることになった。児童会長以外がドラムメジャーになるのは、12年ぶりらしい。山本君は校旗を持つ旗手に回った!(これならリズム感はあまり関係無い)
 

教頭先生の開会の辞のあと、馬原先生がピアノを弾いてそれに合わせて『君が代』を全員で斉唱する。そのあと卒業生が1人ずつ名前を呼ばれて校長先生から卒業証書を受けとった。
 
留実子は我妻先生から「花和留実子」と呼ばれると「はい」と答えて、学生服姿で壇上にあがり、校長先生から卒業証書を受け取った。校長は学生服の留実子を見て一瞬ギクッとしたが、すぐ笑顔になって「おめでとう。夏の大会でのハットトリック凄かったね」と言って証書を渡した。
 
沙苗は自分の名前を呼ばれると、女の子のような声で「はい」と答え(みんなには隠していたが実はこういう声も出る)、黒いセーターとズボン(オーバースカートも穿いているが、これは遠目にはよく分からない。上着の裾にも見える)で壇上に登る。校長先生は一瞬首を傾げそうになったが、すぐ普通の顔に戻って「おめでとう。剣道頑張ってるね」と言ってくれた。
 
会場内で、沙苗のことを「私服を着ている男の子」と思った人と「私服を着ている女の子」と思った人があったようである。保護者たちの多くは「私服の可愛い女の子」と思い「あんな可愛い子いたっけ?」「最近転校してきた子?」などと話していた。沙苗は女子として見ても、かなり美人の部類に入る。
 
千里は担任の我妻先生から「村山千里」と呼ばれると「はい」と大きな声で返事し、セーラー服姿で壇上に上がる。一部の4〜5年生の間にざわめきがあった。校長は笑顔で「合唱とか剣道とかで頑張ったね。卒業おめでとう」と声を掛けてくれて千里に卒業証書を渡した。
 

全員に卒業証書が渡された後、校長先生の式辞、市長(の代理人)の告示、PTA会長の祝辞などと続く。そして5年生代表(山本君)の送辞、そして6年代表で典子の答辞があった。
 
合唱サークルのピアニスト・渡部香織(5年)のピアノ伴奏で校歌を斉唱した。香織はこの役を果たすためドレスを着て来ており、鼓笛隊には今日は参加してない、
 
その後、教頭先生の閉会の辞があり、5年生の鼓笛隊が演奏する『蛍の光』に合わせて卒業生は退場して、卒業式は終了した。
 

千里たちは、教室に戻り、あらためて我妻先生から1人ずつ卒業証書を受け取った。留実子はもちろん学生服、沙苗はもちろんセーターとスカート、千里はもちろんセーラー服で受け取った。
 
その後、先生から15分ほどお話がある。その話が終わった頃、5年生が来て部活の先輩に記念品を渡してくれた。
 
千里は、剣道部の真南から“赤胴”のキーホルダー、ソフト部の尋代からコーヒーカップ、合唱サークルの津久美から“みどりのそよ風”の楽譜がボディにプリントされた可愛いボールペンをもらった。
 
「先輩、セーラー服似合ってます。可愛い女子中学生になってくださいね」
「津久美ちゃんも来年セーラー服着られるよ。君もきっと可愛い女子中学生になれるよ」
「はい。頑張ります」
 
「やはり、ちんちんなんて、さっさと切っちゃうものだよねー」
「たまたまとか、やはり4年生くらいまでに取った方がいいですよねー」
などと千里と津久美が言ってると
 
「お前ら、安易に切るとか取るとか言うな」
と鞠古君が言っていた!
 
でも千里がプレゼント品を3つ抱えていると、恵香が
 
「千里、3つももらってる。豊作」
などと感心していた。
 

ちなみに、合唱サークルもソフトボール部も女子だけだが、剣道部には男女の部員がいる。基本的には女子の千里・玖美子には女子の在校生(千里には真南、玖美子には如月)が記念品を渡したのに対して男子の佐藤君・工藤君には5年男子の倉岡君、遠藤君が記念品を渡した。
 
しかし沙苗には、5年生女子の聖乃が記念品を渡した。記念品も千里や玖美子がもらったのと同じ、赤胴のキーホルダーである(男子卒業生への記念品は竹刀のキーホルダー)。
 
「沙苗先輩、中学では可愛い女性剣士になって下さい」
と聖乃から言われて、沙苗は真っ赤になっていたものの
「なりたーい!」
と笑顔で言っていた。
 

下級生との交款が終わった後、卒業生は、再度体育館に行き、クラス単位で記念写真を撮った。この時、千里はいつものように蓮菜の隣に並ぶ。千里の反対側の隣には、ちゃっかりセーラー服を着ている小春を入れた。そしてその小春の隣に沙苗を並ばせた。学生服の留実子は仲の良い鈴木君の隣に並んだ。この集合写真は、写真屋さんが撮影したほか、多数の保護者が撮影した。今日は17-18歳の姿になっている小町もデジカメで撮影していた。
 
この写真は卒業生全員の許に残ることになるので、千里が私服を着ていたと思い込んでいた人たちもこの写真を見ると千里はセーラー服だったことに気付き、だいたいみんな20歳頃までには記憶の誤りを訂正していくことになる。記憶操作の目的は千里の性別に関する“ソフトランディング”なので、記憶訂正されていくのは全く問題無い。
 
クラス単位の記念写真の後は、思い思い友だち同士で、また親子で並んで記念写真を撮る。小春も小町も“写真係”となって会場を回っていた。
 
千里は、蓮菜・恵香・美那と並んだ写真、合唱サークルのメンツで撮った写真、また母と2人並んだ写真などを撮ってもらった
 
沙苗の母は、彼が学生服ではなく、黒いセーターとスカートで参加したことについて
 
「びっくりしたけど、学生服を着たくなかったのは理解する」
 
と言ってくれて、そのスカート姿の沙苗と並んで記念写真を撮ってもらっていた。
 
「髪切るのは入学式の当日にしようか」
とお母さんは言う。
 
「うん」
と沙苗は辛そうな顔で答えた。
 
入学式は13:00からなので、午前中に美容室に飛び込んで切ってもらえば、ギリギリ間に合うはずである。
 
「千里もその髪、女子としても違反」
と美那から指摘される。
「当日の午前中に切るよ」
と千里も答えた。
 

沙苗は中学の入学式前に髪を切らなきゃと言われて町に出た。一応、少しでも抵抗するような気持ちでレディスのセーターに、ロングスカートを穿いている。
 
それでいつも行っている美容室に行き、中に入ろうとしたら、千里が出て来た。
 
千里はセーラー服を着ていて、髪も長いままである。
 
「髪切ったんじゃないの?」
「毛先を少し切り揃えてもらっただけだよ」
「その髪で中学に行くの」
「もちろん。セーラー服着て通学するよ」
「いいなあ」
 
「沙苗(さなえ)もセーラー服で通学しなよ」
「私、とてもそんな勇気無い」
「髪切りに来たの?」
「うん。男子は耳が出て、衿につかない長さまで切らないといけないから」
「その髪、切るのもったいなーい。髪じゃなくておちんちん切りなよ」
 
沙苗はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「千里はもしかして、ちんちん切っちゃったの?」
「あんなもの3年生の時に切ったよ」
「じゃ4年生になってから、女子トイレ使って、身体測定も女子と一緒に受けて、体育の時の着替えも女子と一緒になったのは、本当に女の子になったからなんだ?」
 
「女の子でなかったら、剣道の女子の部に出られるわけない」
「あ、そうだよね!」
 
「沙苗(さなえ)もちょっと手術して、入学式までにちゃんと女の子になっておけば、堂々とセーラー服で通学てきるよ」
「それはそうかも知れないけど」
 
「セーラー服で通いたいんでしょ?」
「うん」
と言って、沙苗は頷く。
 

「じゃ、ちんちん切っちゃおう。おいでおいで」
と言って、千里は沙苗をBレディースクリニックという所に連れて行った。
 
「ここで切ってくれるの?」
「その筋では有名だよ」
「へー」
「“Bレディー”は be ladyで“女になる”、クリニックは“クリに作る”の略で、ちんちんをクリトリスに改造してくれるんだよ」
「そうなんですか!?」
 
待合室で待つが、やがて名前を呼ばれる。千里も付き添って一緒に診察室に入った。
 
「この子が、ちんちん切って女の子になりたいと言っているので、手術お願いします」
と千里が言った。
「え?その子、女の子じゃないの?」
と女の先生が言う。
 
「まだ男の子なんですよ」
「嘘でしょ?見せてみて」
 
それで沙苗がベッドに横になり、スカートを脱ぎ、パンティも脱ぐ。
 
「ほんとにちんちん付いてる」
「それを切ってあげてください」
「君、このちんちん取っていいの?」
「はい。私、女の子になりたいです」
「了解。じゃ手術しようね」
 
と言って沙苗は麻酔を打たれた。
 

意識を回復すると、病室に寝ていた。付いてくれていた千里がナースコールする。それで先生が来て、傷口を調べる。お股に巻かれた包帯を取ると、そこには12年間、沙苗を苦しめた、ちんちんと玉袋は無く、代わりに美しい割れ目ちゃんができていた。
 
沙苗は新しい自分のお股を見てドキドキした。
 
「もう傷は治ってるね。念のため、この薬を毎日新しいクリトリスに塗って、よくモミモミしてね」
 
「はい。傷を治す薬ですか?」
「ちんちんが生えてこないようにする薬よ」
「生えてくるんですか?」
「ちんちんってしぶといからさ。切っても切ってもまた生えてくるのよ」
「え〜〜〜!?」
「ちんちん生えて来たら嫌でしょ?」
「いやです。せっかく女の子になれたのに」
「これをクリちゃんに塗って、よくモミモミすれば、もう生えてこないから」
「分かりました。ちゃんと塗って毎日モミモミします」
 
「夕方には退院できるよ。これ君の性転換証明書ね」
と言って、女医さんは沙苗に証明書を渡した。自分の名前と生年月日が書かれたのに続き、このように書かれている。
 
上記の者は性転換したことを証明する。
旧性別:男
新性別:女
 
患者には、陰茎・陰嚢・睾丸・精管・精嚢・前立腺は無く、卵巣・卵管・子宮・膣・大陰唇・小陰唇・陰核が存在する。また尿道は通常の女性の尿道口の位置に開口している。よって患者は女性である。
 
「これを市役所に提出すれば、住民票はちゃんと女に変更されるからね。中学にはセーラー服を着て通えるよ」
と医師は言った。
 
「嬉しい」
 
「沙苗(さなえ)、良かったね」
と千里が言った。
 
「ありがとう」
と沙苗も答えた。
 

そこで目が覚めた。
 
沙苗はパンティの中に手を入れて、お股の形を確認する。そして
「はあ」
と溜息をついた。
 
ちなみにわざわざショーツの“中”に手を入れるのは、ショーツの外から触っても、あるかないか、自分でもよく分からないからである(自然に無くなることはないはずではあるが)。
 
沙苗のちんちんは最近めったに大きくならないようになったし、小さくなっている時は自分でも摘まめない。陰嚢も肌に貼り付いていて“ぶら下がる”ことは無い。それで女児用ショーツが無理なく穿けたりする。むろんショーツを穿いている所を(恵香たちに)見られても“形”が見えないので
 
「上手に隠してるね。それとも取っちゃった?」
などと言われる。
 

「なんか最近、この手の夢ばかり見るなあ」
と沙苗は思う。
 
実は数日前にも母に連れられて病院に行き、
「この子、女子中学生になりたいと言っているので、女の子に変えてやって下さい」
と言われ、性転換手術をしてもらった夢を見たばかりである。あの時も女の子の形になった、お股が嬉しくてたまらなかった。
 
その数日前には、こんな夢も見た。
 
髪を切りに行ったら、美容院のメニューに「ヘアカット 3000円」の下に「ペニスカット 5000円」というのがある。
 
「ペニスカットって何するんですか?」
「伸びすぎたペニスをカットするのよ。沙苗(さなえ)ちゃんもカットする」
「お願いします!」
 
するとパンティを下げられて、ペニスにハサミを当てられる。
「結構伸びてるね。4cmくらいあるかな。何cmくらいにする?」
「じゃ0cmで」
「全部切るのね?」
「はい」
「そんなに短くするって運動部にでも入るの?」
「ええ、ちょっと」
「運動部なら長くしてるのはぶらぶらして邪魔よね。じゃ全部切るね」
 
と言って、美容師さんはペニスを根元からハサミで切ってくれた。
 
お股が凄くすっきりした。
 
髪切ってスッキリしたと言う人は多いけど、ペニス切るのもスッキリするよね?
 
「またペニスが伸びてきたら切りに来てね」
「はい!お願いします」
 

という所で目が覚めた。
 
病院(びょういん)じゃなくて美容院(びよういん)でペニスをカットしてくれるなんてシュールだけど、中世ヨーロッパでは床屋さんが去勢手術してたんだっけ!?髪を切るのも玉を切るのも似たようなもの??
 

「同じことが起きてもさ、歓迎する人と嫌がる人があるよな」
とその日、田代君は珍しく神社に来ていて言った。
 
この日は神社の一室を借りて勉強会をしていたのだが、田代君が
「札幌行って来たから、お土産」
と言って“美冬”(石屋製菓の洋菓子)を持って来たので、お茶を入れて一緒に食べていた。ついでに彼も入れて小学校の復習をしていた。
 
「ここは女子専用だから、雅文、ここに居るならスカート穿け」
と蓮菜に言われて、彼は本当にスカートを穿いている。このスカートは田代君のウェスト(81cm)に合うもので、なぜか蓮菜のロッカーに入っていた。でも彼のスカート姿は違和感無い。着こなしている感じで、千里や恵香は彼のセクシャリティに疑問を感じた。
 
「具体的には?」
と蓮菜が訊く。
 
「山盛りのごはんを出されたら、お腹が空いてた人は嬉しい。ダイエットしてる人には迷惑」
 
「まあそういうのはあるよね」
 
「文庫本は安いから、安く本を読みたい人にはいいけど、視力が悪くて大きな字で読みたい人には辛い」
 
「その人のニーズとのミスマッチだな」
と蓮菜が言う。
 
「昔話によく王子様と結婚して幸せになりました、ってのあるけど、王子様と結婚して幸せになれる人は、強い権力欲のある人だけだと思う。ほとんどの女性にとっては、凄まじいストレスで、疲れるだけ。特に庶民出身の王妃は無茶苦茶いじめられるし」
 
と田代君。
 
「それはこのグループで過去に話したこともあった」
と蓮菜。
 
「夏に暑いと南の国の動物であるライオンとかニシキヘビは喜ぶけど、寒い所の動物であるペンギンとかシロクマは辛い。冬に寒いとその逆」
 
そういえば、そんな話を3月1日のラストデートで晋治としたな、と千里は思い起こしていた。
 

「俺は男だから、ヒゲが生えて、声変わりして身体が男らしくなっていくのはおとなの男になっていく感じで嬉しい。でも、村山はそういうのが嫌だったから、睾丸を取って男性化が起きないようにした」
 
うーん。。。まあ、そういう話でもいいかなと千里は思った。
 
個人的には自分は女だと思っているから、自分が思っている性別に合うように身体を変更してもらってきただけだ。
 
「沙苗(さなえ)も、せめて睾丸取っちゃえばいいのにね」
などと恵香が言う。
 
「千里、子供でも手術してくれる病院、教えてあげたら良かったのに」
 
「あの子は女の子になりたい気持ちも強いけど、男を辞める踏ん切りがつかないでいるのだと思う。あの子、私たちの前では“私(わたし)”という自称使うけど、学校では“ぼく”を使うし“俺”とも言う」
 
「確かに確かに。無理してるなと思って見てる」
 
「そういう子はまだ去勢とかしてはいけないと思う。後戻りできないことだから」
と千里は珍しくマジで言った。
 
(千里の言葉は99%のジョークと1%の嘘でできている!でも丸山アイになると30%のジョークと70%の嘘で出来ている!!いつも100%マジの青葉はとてもこの2人には勝てない(何の勝負!?))
 
「まあ18歳になったら、すぐ睾丸は取るだろうけどね」
と千里が付け加えると
 
「ああ、それは間違い無い。あそこ親も沙苗が女の子することを認めてるから、きっと20歳前に性転換手術しちゃうよ」
と玖美子が言う。
 
「だから沙苗は何とか耐えていくと思う」
「あの子、精神的に脆そうで意外としぶといよ」
「親も協力的だしね」
とみんな言う。
 
実際、沙苗がまさかあんなことをするとは、この時、誰も思っていなかった
 
「むしろ私、るみちゃんの方が心配」
と美那が言った。
 
「私も心配してた。このメンツが女子の中では一番るみちゃんと親しいからさ。あの子が早まったことしたりしないように、みんなで気をつけてようよ」
と蓮菜は言った。
 
みんなそれに頷いていた。
 

鞠古知佐(まりこ・ともすけ)はその日トイレに入っていて、排尿時に激痛を覚えた。あまりの痛さに気を失いそうになったが、わずかに残る意識で何とかトイレのドアをアンロックし、そのまま倒れた。
 
異様な音に驚いた母が来てみると、知佐が倒れている。
「ともちゃん、ともちゃん」
と呼びかけるが反応が無い。
 
病院に連れて行こうと思ったが、気を失っている50kgの息子を車に乗せるのはとても女の力では無理である。会社にいる夫に電話すると
「救急車を呼べ。俺も行く」
と言うので、119番した。
 
それで知佐は市立病院に運び込まれた。
 
救急処置室のベッドに寝かされた所で意識を回復する。
 
「どうしました?」
と医師が訊く。
「ペニスにできものができてて、激痛で」
「どれどれ」
と言って、医師は知佐のズボンとトランクスを脱がせた。ペニスをチェックする。
 
「ああ、これは大丈夫。すぐ治りますよ」
「ほんとですか?」
「すぐ手術しましょう」
「手術?」
 

そこからは麻酔を打たれたので記憶が途切れている。目を覚ましたら、心配そうな顔で自分を見ている両親の顔があった。
 
「ああ、目を覚ましたね。悪い所は全部取ったからもう大丈夫って」
「ほんと?よかった」
 
知佐が意識を回復したので、母がナースコールして、医師を呼んだ。10分ほどで医師がやってきて、
「痛みは無い?」
と訊く。
「はい。大丈夫です」
「悪い所は全部取ったから、もう安心だからね」
「ありがとうございました」
「ちょっと傷の具合を見ようかな」
 
と言って、医師は知佐の病院着のズボンを下ろす。するとズボンの下に自分が見慣れないパンツを穿いていることに気付く。肌にピッタリ付いているのはブリーフっぽいが、前の開きが無い。前身頃は1枚布である。そして前身頃の下部は水平になっていて、別の布と縫い合わせてある。
 
知佐は、これまるで女の子のショーツみたいと思った。
 
医師はその女の子のショーツのようなパンツも脱がせる。包帯が巻かれている。医師はその包帯をほどいた。その付近が露出する。
 
え!?
 
「ペニスが・・・・」
「腫瘍が大きかったから、ペニスごと切除せざるを得なかったんだよ。ペニスが無くなって少し不便かも知れないけど我慢してね」
 
それって“少し不便”の範囲なのか!?
 
「それでペニスを切除した結果、そのままだと、睾丸があって性欲が出るのに、ペニスが無いとその性欲を解消できずに精神的に崩壊するから、それを防止するために睾丸も除去したから」
 
それは確かに気がおかしくなるかも知れない気はした。でもそれじゃ、俺、棒も玉も無くなってしまったの?
 
しかしこの形はまるで・・・
 
「それてペニスがなくて身体から直接おしっこが出る状態になるんだけど、その場合、尿道口が身体の表面にあると、炎症が起きやすくて、その場合ペニスがあった時と違って尿道が短いから膀胱炎を起こしやすいんだよ。それで炎症が起きにくくするために、女性の陰唇と似た形にして、その中に尿道口を開口させるようにしたから」
 
女性の陰唇と似た形って、これ完全に女の子の形に見えるんですけど!?
 
父が言った。
「知佐、ちんこ無くなったのはショックだろうけど、お前の命を救うためにはやむを得なかったんだよ」
 
それはそうかも知れないけど、ショックだよぉ。
 
「それで、あんたちんちん無くなっちゃったから、男物パンツだと、パンツと身体との間が空(あ)きすぎて、身体によくないからさ。これからは女物のショーツを穿いてね」
と母が言った。
 
これやはり、女の子ショーツなのか!?
 

最初の3日間は導尿していたのだが、4日目にカテーテルは外された。でもその目は
 
「今日1日はポータブルトイレで」
と言われた。
 
それでちんちんが無くなってから初めてのトイレをしたのだが、物凄く変な感じだった。これまでおしっこは「出す」感覚だったが、ちんちんが無いと「出す」ことができず、勝手に「出る」感覚なのである。ちんちんがあれば、おしっこは前に飛ぶが、無いとおしっこは真下に落ちていく。
 
でもちんちん無くなっちゃった以上、これからはずっとこういうおしっこの仕方をしないといけないのかな、と知佐は思った。
 
5日目からトイレに行ってしてくださいと言われる。それでトイレに行き、最初小便器の前に立つが
「あ、そうか。ちんちん無いとできないや」
と思う。それで個室に入ろうとするが、個室がふさがっている。
 
いつまでも空かない。
 
それで同じフロアの少し離れた所にあるトイレまで行く。
 
ここも個室がふさがっている!
 
えーん。困るよぉ。
 

ナースステーションで
「どこか個室のたくさんあるトイレありませんか?」
と尋ねた。
「ああ、あなた、ペニスを切った患者さんね」
「はい。それで小便器が使えないから」
「だったら女子トイレを使いなさいよ」
「えー!?」
「大丈夫。緊急の際は、女子トイレに入ってもいいのよ。緊急避難と言って」
 
それでも不安だったので、結局看護婦さんに付いてきてもらって女子トイレに入り、やっとおしっこをすることができた。
 
ちんちん無いって、何て不便なんだと思った。
 
しかし知佐は入院中、ずっと女子トイレを使うはめになってしまった。
 

知佐は半月ほど入院してから退院したが、退院する時、母から
「これ穿いてね」
と言ってスカートを渡された。
 
「僕、スカート穿くの?」
「だって、あんたちんちん無くなっちゃったから、男子トイレが使えないでしょ。入院中はずっと女子トイレを使っていたし」
 
男子トイレを使えないというか、なぜか行きたい時に個室がふさがっているから、やむを得ず女子トイレに入っていたんだけど。
 
「それならスカート穿いてれば、女の子と思ってもらえるから、堂々と女子トイレに入れるよ」
 
そうかなぁ。病院内だからいいけど、外では痴漢として通報されないかなあと不安になる。
 
でもこの日は母親に言われた通り、スカートを穿いて退院した。
 
「あんたスカート穿いて歩けるのね」
「僕、小学3年生頃まで、けっこうスカート穿いてたし」
「そういえばそうだったね」
「しばらく穿いてなかったけどね」
「じゃ学校にもスカート穿いてこうね」
「え〜〜〜!?」
 

知佐は母親に連れられて、ジャスコの制服コーナーに来た。
 
「S中学のセーラー服、今から頼んでも入学式に間に合いますか?」
と母が訊く。
「今日ならギリギリ間に合いますよ。でも遅くなったんですね」
「ええ。転校してきたものですから」
「ああ。なるほどですね」
 
(転校じゃなくては転換だったりして!?)
 
それで知佐はサイズを計られた。
 
「バスト70、ウェスト63、ヒップ82、肩幅37、袖丈57、身丈58、スカート丈74かな。お嬢さん、身体は細いけど背丈があるからスカート丈も長めの方がいいですよね」
 
「そうですね」
 
(千佐は実はわりと女性体型である。小学生時代は結構ガールズのズボンを穿いていた:小便器が使えないけど!ヒップが大きいので、2月に買った学生服のズボンもウェスト75のズボンを買って、母が裁縫しウェストを詰めてくれた。せっかく母が手間掛けてズボンの補正をしてくれたのに、それを穿かずにスカートを穿くことになって、お母ちゃんに悪いな、と千佐は思った)
 
しかし知佐は自分が“お嬢さん”と呼ばれたことでドキドキした。思えば小さい頃は結構スカート穿いて出歩いていると「お嬢ちゃん」と呼ばれていたよなあと思い出していた。そういえばあの頃はわりと平気で女子トイレも使ってたし。
 
それでセーラー服は入学式の前日4月6日に仕上がるということだった。
 

入学式までの数日間、知佐は姉と一緒にあちこちお出かけし、出先でずっと女子トイレを使った。最初は抵抗があったものの、すぐ慣れてしまい、平気で女子トイレに入って列に並ぶことができるようになった(小2の頃まで普通に女子トイレも使っていたからだと思う)。
 
入学式前日、知佐は母親に連れられて美容院に行った。
 
「女子中学生っぽい髪型にしてください」
 
と母親が言う。それで知佐はどんな髪型にされるのかドキドキしていたが、仕上がったのを見る。
 
前髪はジャスト・オン眉でカットされ、いわゆるボブカットになっている。なんか凄く女の子っぽい。こんなに女の子っぽくしていいのかなと思う。
 
「三つ編みにしたり、お団子作るのも可愛いですよ」
などと美容師さんは言っていた。
 
美容院の後、ジャスコに行き、出来上がったセーラー服を受け取る。その場で試着したが、鏡に映った自分の姿が女の子にしか見えなくて、ドキドキした。
 
僕・・・いっそ女の子になっちゃってもいいかなあ。
 

翌日、S中学の入学式にセーラー服を着て出て行く。
 
「嘘!?なんでセーラー服なの?」
「髪も女の子みたいな髪型だし」
とみんなから言われる。
 
「病気でちんちん切っちゃったんだよ。それで男子トイレ使えなくなったから、それなら女子トイレ使えるように、いっそスカート穿いて女の子みたいな格好してればいいと言われて」
 
「性転換したんだ!?」
「性転換したわけじゃないよ。ちんちん・たまたまを取って、割れ目ちゃん作っただけ」
「充分性転換だと思う」
 
「僕女子トイレ使ってもいいかなあ」
「まあ、ちんちん無くなったのなら、認めてもいいかなあ」
「下着とかどうしてるの?」
「パンツは女の子ショーツ穿いてる。ちんちん無くなっちゃったから、男物が穿けないんだよ。上もそれに合わせてキャミソール着てる」
「体育の時の着替えは?」
「それ相談したいと思ってた」
 
女子数人が話し合っている。女子更衣室の使用を認めていいかどうか、どうも意見が分かれているようである。
 

その時、知佐はこちらに近づいてくる靴音を聞く。
 
振り返ると、怒ったような顔の留実子である。
 
「とも、出直してこい!」
と言って留実子は知佐の顔をゲンコツで力一杯殴った。
 

そこで目が覚めた!
 
知佐は思わず頬を押さえる。ほんとに留実子に殴られたかのように痛い気がした。
 
しかし長い夢だった。
 
「俺が女みたいな格好してたら、絶対るーに殴られるよな」
と知佐は独りごとを言った。
 
「でも俺、ほんとにこの後、どうなるんだろう・・・」
と知佐は自分の行く先に大きな不安を感じていた。
 

部屋の壁に掛かっているセーラー服を見る。姉の花江が
 
「とも、私が着てたセーラー服あげるから、女子中学生になりたくなったら、これ着てね♥」
 
などと言って、知佐の部屋に置いていったセーラー服である!
 
(試着させられて、写真も撮られた)
 
知佐の衣裳ケース・衣裳掛けには3割ほど女物があるが、全部姉が押しつけていったものである。知佐は女物を着ることに抵抗が無いが、それで学校に出て行くと留実子に殴られる!から控えている。家の中にいる時は結構スカートを穿いているが、知佐にとってそれは普通の服の一部であり、女装している意識は無い。(このあたりの感覚は龍虎に近い)
 
「マジで俺、セーラー服で通学することにならないよな?」
 

小学校の卒業式翌日、3月21日(祝)、千里は中学で使う定期券を買うのに、駅前のバス営業所まで行った。むろんセーラー服を着て出て行く。実は小学校の通学定期がこの日で切れるので、その間に買っておきたかったのである。
 
駅は小学校より先にあるが、その分は乗り越し運賃を払って駅まで行く。それで営業所で、通学定期の申込書に記入する。
 
氏名:村山千里(ムラヤマチサト)
生年月日:平成3年3月3日
性別:女
住所:留萌市C町**番***号
電話:0164-**-****
区間:C町→S町
学校名:留萌市立S中学校
種別:学期定期(1学期)
期間:平成15年 4月7日〜7月25日
 
それで料金とともに窓口に提出する。
 
「ああ、新中学生ね」
「はい、そうです」
「期間は4月7日は月曜日で、7月25日は金曜日だけど大丈夫?」
「はい、それでいいです」
「中学校の生徒手帳持ってる」
「まだです。たぶん入学後に渡されると思います」
「あ、そうか。今使ってる定期とかある?」
「はい」
 
それで千里は小学校の通学定期を見せる。
 
窓口の人は、名前、年齢を見比べているようだ。
 
「あら?」
と声をあげる。
 
「あんた、本人?」
「そうですけど」
 
実は千里が提示した定期券は 11 という年齢の所に何も印が付いていない。これは男性の定期券である。しかし申込書では性別:女になっているし、目の前にいるのは女子にしか見えない。
 
「あんた性別間違って発行されてたみたい」
と言って、係の人はきちんと性別女で定期券を発行してくれた。
 
それで受け取った定期券には "12" という年齢の上に赤いOが付いている。これが女性を示す定期券である。千里は営業所を出てから、この赤い丸が付いた定期券を胸に抱きしめた。
 

それで駅前のスーパーで買物してから帰ろうかなと思ったら、留萌駅から若い女性が出てくる。
 
「こんにちは」
「こんにちは」
 
と挨拶する。それは先日別れたばかりの青沼晋治の姉・静子(せいこ)であった。
 
「おごってあげるから少し話しない?」
「はい」
 
千里は晋治と別れたことであれこれ言われると嫌だなと思ったものの、一緒にモスバーガーに入った。
 

静子は晋治との件に付いては、むしろ彼が二股していたことを千里に謝った。
 
「あの子、もてるし、優しい性格だからさ。優しい男って女からの誘いを断り切れないから、二股になりやすいのよ」
 
「ああ、それはそうかも」
と千里も納得する。彼が小学生の頃も彼のまわりにはいつも何人も女の子が群がっていて、千里はずいぶん嫉妬したものである。旭川では千里の目が無い分、きっともっと・・・
 
静子とは色々な話をした。静子は東京の△△△大学に合格したので4月からは東京暮らしである。千里も東京方面に行きたいと思っていると言うと、東京方面の大学に関する情報を色々教えてくれた。
 
「でも千里ちゃん、セーラー服似合ってる。それで通学するの?」
「もちろんです。私、女の子だもん」
「うん。頑張れ、頑張れ。最近は学校側もわりとそういうのには寛容みたいだよ」
「だったらいいのですが」
 
「でもセーラー服はもう調達したのね」
「はい。父のお友達の娘さんが着てたのを譲って頂いたんです」
「千里ちゃんがセーラー服、まだだったら、私が着ていたのでもよければあげようかと思ってたんだけどね」
「すみませーん」
 
「でも洗い替えにもう1着持っておく?」
「頂けるのなら欲しいです」
「よしよし。あげるよ。千里ちゃん細いから、私のでは少し大きすぎるかも知れないけど、千里ちゃんも背が高いから何とかなるかも」
 
静子さんも背が高い。晋治は180cmくらいあるけど、静子さんも170cmはある。お父さんは190cmくらいあるから、遺伝なのだろう。静子さんは、中学時代はバレー部に居たと聞いている。
 
「それと、ついでにこれまで私が着ていた旭川N高校の制服もあげるね」
と静子は悪戯っぽい笑顔で言った。
 
「N高校ですか?」
 
「千里ちゃん、東京方面の大学に行きたいんでしょ?だったら、留萌の高校からでは無理だよ。札幌か、せめて旭川の進学校に行かなきゃ。でも公立は域外からの枠が小さいから、かなり優秀でないと通らない。そのレベルまで上げるのが、留萌の中学では厳しい」
 
「上位大学目指してる子と、そういう話を最近しました」
 
「すると旭川の私立というのが狙い目。その場合、旭川の私立で進学校というのは、晋治が行っているT中学高校、それからE女子中学高校、そして共学のN高校の3つ。ところがT高校は男子高だから、心が女の子である千里ちゃんは行きたくない」
 
「行きたくないです。晋治さんから、うちの中学に来て野球部に入らないかと誘われましたけど、私絶対坊主頭とか嫌だからと断りました」
 
「だよね。でもE女子高は戸籍上は女の子でない千里ちゃんを入れてくれない」
 
まあその問題はクリアしている(逆にT高校には入れなくなった)のだが、自分が女になったことを知られると晋治から復縁を迫られて面倒だと思ったので、何も言わなかった。
 
「そうなると、千里ちゃんが進学できるのは共学のN高校だけ」
「そうだったのか!」
と千里は驚いた。
 
「でも私、N高校に合格するほどの頭が無いし、うちの家には私立に行かせてもらえるお金もないんですけど」
 
「学力は中学の3年間で鍛えればいい。そして特待生を目指そう」
「あ、その話は出てました」
「上位で合格すれば特待生にしてもらえて。授業料は不要だったり、公立程度で済む。そもそも、N高校の上位に居ないと、東京の大学を目指すのは厳しい」
 
「そっかぁ」
「だから勉強頑張ろう」
「はい!」
 
「ということで、N高校の制服もあげるよ。今荷物が混乱してるけど、あとで探し出して持って行ってあげるね」
「すみませーん」
 
それて千里は、晋治の姉から、S中学の女子制服、旭川N高校の女子制服を頂けることになったのである。
 

静子は23日(日)に、わざわざ千里の自宅に寄り、制服(S中の女子夏服冬服・旭川N高校の女子夏服・冬服・指定コート)を渡してくれた。
 
「なんかもらったの?」
とビールを飲みながらテレビで高校野球を見ていた父が訊く。
 
「友だちのお姉さんから、中学時代の制服をもらったんだよ」
「お姉さんなら女子制服じゃないのか?」
「2年後に玲羅が着ればいいんじゃない?」
「あっそうか」
 
しかし玲羅が言う。
「私にはまだ早いから、お兄ちゃんその制服着てみたら?」
「男が女の制服着てどうする?」
「私の代わりに試着よ」
 
「じゃちょっと着てみようかな」
と言って、千里は奥の部屋に入ると、先日から何度も着ている、神崎さんからもらったほうのセーラー服(と千里は思っているが、実は千里のサイズに合わせて作られた新品)を取り出し、ブラウスも着てから上下着用した。それで居間に出ていく。
 
「あら、ほんとに女子中学生みたい」
と母が言う。
「兄貴、そのまま中学に通ったら?」
と玲羅。
 
父はチラッと女子制服姿の千里を見たが
 
「誰か千里のお友達でも来てたのかと思った。違和感無いけど、やはり髪が長いのが問題だ。その髪さっさと切れ」
と父はビールを飲みながら言った。
 
「入学式の日の午前中に切るよ」
と千里は答えた。
 
しかし母は千里がちゃんと女子制服を着た姿を父に見せ、父が機嫌が良い時だったのも幸いして、特に怒らなかったことに安堵した。先週の漁獲が良かったのもあるのだろう。父が機嫌良さそうなので、母は、セーラー服を着た千里と父が並んだ写真まで撮ったが、父は
 
「まるでもうひとり娘ができたみたいだ」
 
と言っていた。この日は特に機嫌が良かったようである。
 

3月31日(月)は、父は早朝出港していったが、母の勤め先が電気系統の故障で臨時休業になった。それで玲羅が『リロ・アンド・スティッチ』の映画を見たいと言ったので、母の運転する車で旭川に出た。
 
映画を見た後、フードコートに行ったら、留実子と鞠古君、それに鞠古君のお姉さんの花江さんと遭遇した。花江さんは旭川の進学校、E女子高に通っているが
 
「面白いアプリがある」
と言って、みんなの写真を撮ると“髪型変更”をしてみせた。
 
鞠古君のロングヘアーは物凄い違和感があった。
留実子のロングヘアーは、一応女の子に見えた。
千里の坊主頭は凄い違和感である。
 
「しかし性別なんて、見た目だけでは分からないよねー」
などという話もした。
 
「もしかしたら私が男かも知れないし」
と花江。
 
「知佐は実は女かも知れないし」
「花和君ももしかしたら女かも知れないし」
「千里ちゃんも男かも知れないし」
「玲羅ちゃんも男かも知れないし」
 
「まあでも最終的には自分の性別は自分で選べばいいんですよ」
と花江が最後に言ったのには、千里は大きく頷いて同意した。
 
留実子と鞠古君はどちらも何か考えているようだった。
 

4月1日(火).
 
この日は暖かく、気温が(プラス)10℃くらいまで上がった。
 
千里は、この日まで合宿中のN小ソフト部に呼ばれ、最後の紅白戦“Bチーム”のピッチャーを務めた。つまりAチームの子たちと対決する。
 
1月の合宿では、千里の球に何とかバットを当てたのが尋代と俊美のみで、他の子はかすりもしなかったのだが、この日の登板で千里が1月の2度目同様“わりと本気”で投げると、その尋代がヒット、俊美は外野フライを打ち、また他の子たちの中で5人が何とかバットに当てることができて、かなりの進化が認められた。
 
「1月からかなり進化してる」
「はい。毎日たくさん練習しました」
 
「じゃ、今のは前哨戦。次が本番」
「え〜〜〜!?」
 
それで千里は、とうとう“マジ本気”で投げた。千里のボールがスピードがあるし重いので、Bチームのキャッチャー美真では受けきれない。それで千里と同学年でこの日たまたまサポートに出てきていた麦美がマスクをかぶった。
 
すると今回はほとんどの子がバットに当てることもできない。ひたすら三振の山を築く。二巡するように特別に6回までやったが、尋代が2度目の打席で、何とかショートゴロを打っただけで、17三振という凄い内容になった(Bチームの子たちはそのショートゴロの処理をした以外は、守備ではほぼ立ってただけ)。
 
「合宿あと1週間続ける?」
「すみません。夏休みに頑張ります」
 
N小の勝利はまだ遠いようである。
 
「千里、やはりS中のソフト部に入ってよ」
と麦美が言うが
「パス」
と千里は答えた。
 

N小ソフト部の練習が終わってから、千里が買物をしようとバスで駅に出たら駅前で、見たことがある気がするものの、誰か分からない女の子(?)と遭遇した。
 
髪はセミロングで、濃紺のセーターに黒いロングスカートを穿いている。身長は高い。こんな身長の高い子はそう多くないはずなのに、誰か分からない。ひょっとして、誰かの女装だったりして??と考える。
 
千里が自分を見て悩んでいるので“留実子”は
「千里、もしかしてぼくを認識できない?」
と言った。
 
「るみちゃん〜〜〜!?」
「やはり分からなかった?」
 
「その髪、どうしたの?そんな長い髪のるみちゃん初めて見た」
「これはウィッグだよ〜」
と言って、留実子は頭に着けていたウィッグを外してみせる。
 
「うっそー!?」
 
留実子は頭を五分刈り!にしていた。
 
「いや、ぼくの髪はどう見ても短すぎて女子としては違反だと言われてさ。でも入学式までにはとても伸びないじゃん。それでウィッグを買ってもらった。でもウィッグ着けてるなら、下の地頭(じあたま)は髪の長さ気にしなくていいじゃん。だから短くしてみた」
 
千里は留実子のお母さんに同情したくなった。
 
ちなみに留実子はいつも床屋さんに行っている。千里はいつも美容院に行っている。
 

「これ人毛じゃなくて化繊だから、汗掻いたら洗えるし」
「るみちゃんは洗えるのでないとダメだと思う」
「だから授業中はこのウィッグつけとくよ」
「部活の時とかは外すんだ!?」
「そうそう」
と言って、留実子は楽しそうであった。
 
でもこのウィッグというアイテムで、留実子は結構“心の落とし所”を見つけたんじゃないかな、と千里は思った。
 
留実子はセミロングのウィッグを再装着する。
 
「でも今日はスカートなんだね」
 
留実子のスカート姿もまた珍しい。
 
「あんたもひょっとしたら女かも知れないから、少しスカートに慣れなさいと言われたから、これで出て来た。思わず転びそうになった。スカートってほんと歩きにくい」
などと留実子は言っている。
 
「ところでさ、千里」
「うん?」
「さっきから、ぼくトイレに行きたくて。でもひとりでは不安で」
 
留実子は今日はスカートを穿いているので、これでは男子トイレに入れない。ひとりで女子トイレに入っても問題無い気がするけど、本人としては、確かに恐いのかも。過去に何度も通報されてるからね〜。
 
「じゃ一緒に入ろう」
と笑顔で言って、千里は留実子の手を握ると、一緒に駅の女子トイレに入った。
 
 
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【少女たちの卒業】(3)