【娘たちの収縮】(1)

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2012年3月19日(月).
 
千里は大分県別府市で全日本クラブバスケットボール選手権に参加して優勝した。帰宅はその日の深夜になったので、千葉駅で空港連絡バスを降りた後は、全員タクシーで帰した。全員飲んでいるので車の運転は禁止した。駅前に停まっているタクシーに乗せ、タクシーチケットを運転手さんに渡している。この確認作業は“睨みの利く”千里・麻依子・国香・浩子の4人でやっている。
 
麻依子は彼氏が迎えに来ていたので、そちらで帰す。国香・浩子もタクシーで帰してから千里自身は西千葉駅に近い桃香のアパートまで歩いて行った。
 
この日は友紀と真帆が来ていてウィスキーで酒盛り!していたので、千里も付き合うことになった。
 
「これ美味しいね」
と千里は言ってからボトルのラベルを見て
「ああ、カティサークか」
と言った。
 
「美緒はバランタインの方が好きと言ってたけど、私はこちらが好きだ」
と真帆。
 
「私はジョニー・ウォーカーもいいと思うんだけどね。カティサークも好き」
と友紀。
 
「桃香に訊いてみたら、桃香はフォアローゼスだと言っていた」
「スコッチじゃないじゃん!」
「でも桃香にはバーボンが似合ってる気はする」
 
「桃香は角瓶と言うかと思った」
「桃香は基本的に安いものが好きだけど、お酒はほどほどのお値段のを飲む」
「あ、それは感じてた。さすがにモルトウィスキー(*1)には手を出さないみたいだけど」
「モルトウィスキーは学生には手が出ない」
 
(*1)スコッチウィスキーでモルトウィスキーというのは単一の蒸留所で作られたものを言う。マッカランとかグレンロセスとかがモルトウィスキーである。これは結構なお値段がする。カティーサーク、バランタイン、ジョニーウォーカー、J&Bなどはブレンディド・ウィスキーと言って様々な蒸留所のお酒を混ぜて飲みやすい味にまとめている。これはとっても庶民的なお値段で、学生のお小遣いでもわりと気軽に買える。角瓶やトリスはサントリーのウィスキーの中で最もお手頃な価格帯の製品である。サントリーのブレンディド・ウィスキーのランクはたぶん、響30/21/17/12/Japanese Harmony/ローヤル/スペシャルリザーブ/オールド/角瓶/ホワイト/トリス・エクストラ/レッド/トリスクラシック、という感じ?
 

「うーん。私はウィスキーはよく分からないや。でもこれは美味しいと思った。しかし夕方、大分でも結構飲んだから、迎え酒になるなあ」
と千里。
 
「大分に行ってたんだ?」
「うん。バスケットの大会でね。そうだこれ開けちゃえ」
 
と言って、別府で買ったお菓子「ざびえる」の箱を開ける。桃香にあげるつもりだった分だが、まあよいだろう。
 
「あ、これ美味しい−」
「いいね、これ」
 
「試合は勝った?」
「うん。優勝したよ」
「おめでとう!」
 
「メダルか何かもらった?」
「うん。これ」
と言って金メダルと記念品のウィンドブレーカーに柘植ブラシを見せると
「すごーい!」
と言って触っていた。
 
「あれ?女子の部優勝と書かれている」
と真帆が言う。
「千里が男子の部に出る訳ない」
と友紀。
「結局、千里は女子選手なんだっけ?」
「何を今更?」
 
「千里って、実際問題としていつ性転換手術受けたの?」
「今年の7月に受けるつもりなんだけど」
「手術は終わっているよね?」
「手術が終わってないのに、女子選手になれる訳ない」
 
「そうなんだよね〜。過去に3回くらい病院で性別検査受けさせられて、あなたは確かに女だと言われたし」
「では今年の7月に性転換するという話はおかしい」
「それで私も困っているんだけどね〜」
 

「そういえば最近、桃香はこのアパートにほとんど戻ってないみたいね。お陰で貞操の危機を感じることなく、ここに泊まれる」
 
みんな襲われているのか!?
 
「襲われそうになったらお腹を蹴り上げるのが良い」
「あれだと1時間くらい立ち直れないみたいだし」
「美緒は1度やっちゃったらしいよ」
「さすが美緒!」
「朱音にはちんちん切り落とされたらしい」
「ああ、桃香は去勢した方がいい」
「私は2回桃香を去勢した」
「何度去勢されても生えてくるというのは、たくましいちんちんだ」
 

「実際問題として、桃香は最近、季里子ちゃんちに入り浸りになっているみたいだね」
「あの子たち結婚したんだよ」
「うっそー!?」
 
「桃香が季里子ちゃんにエンゲージリング贈って、マリッジリングも交換した。マリッジリングは見せてもらったよ」
「すごー!」
「今週季里子ちゃんのお母さんにカムアウトすると言ってたけど、うまく行っているといいけど」
「うまく行ってなかったら、きっとここでやけ酒飲んでる気がする」
「お店で飲むと高いから、絶対自宅で飲むよね」
「ここに居ないということは、きっとうまく行ったのでは」
 
「破談してショックで自殺してたりして」
「桃香は自殺ということばからは最も遠くにいる存在だ」
「うん。桃香なら、ふられたら数時間後には別の恋人を見つけている」
 
なんか無茶苦茶言われてるなあと思う。みんな桃香をよく《理解》してるよ!
 

その日の午前中、ローキューツの島田司紗は、高校時代の友人、坂口葦帆・浜出雅美の2人と会っていた。
 
坂口葦帆は北海道の短大を卒業して4月から旭川市内の企業に就職するが入社前の時間を使って東京に旅行で出てきた。卒業旅行のようなものである。浜出雅美は結婚して九州の博多近くの今宿という所に住んでいるのだが(現在の苗字は「入浜」。浜出から入浜になって「出たのが入ったのか?」と言われた)、高速バスで出てきて今朝9時半に新宿に到着した所である。彼女は東京0泊で今夜21時発の高速バスで福岡に戻る予定である!
 
午後からは越路永子・夏嶺夜梨子の2人も出てくる予定で“銀河5人組”が2年ぶりに揃うことになる。
 
彼女たちは高校に入った時、女子バスケ部の入部試験を受けて落とされたのだが「掃除係でも洗濯係でもいいから入れて欲しい」と南野コーチに訴え、その熱心さが認められて入部を許可された。
 
彼女たちは“補欠5人組”と自称していたのだが、2年生になる時「先輩になるのにその名前は可哀相」と言って1年上の佐々木川南が《銀河5人組》と命名してくれた。何だか格好いいが、実は銀河=星屑である!
 
高校卒業後、永子と夜梨子はKL銀行に入社して、永子は事実上の1軍のジョイフルゴールド(関東実業団1部)に、夜梨子は事実上の2軍であるジョイフルダイヤモンド(関東実業団3部)に所属している。司紗は習志野の叔母の家に転がり込んで司法書士事務所のバイトをしながらローキューツに参加している。“アリバイ作り”で一応司法書士試験も受けてはいるが、あまり合格する気は無い(行政書士と宅建の資格は取った)。
 
雅美は結婚したので地元のママさんバスケのチームに入っているらしい。ママさんバスケ(家庭婦人連盟)の参加条件は結婚している(あるいは結婚経験がある)女性であって子供がいる必要は無い。雅美は現在チームのエース格である。昨年は福岡都市圏の大会で準優勝したらしい。
 
葦帆は短大時代もバスケ部に入っていたが、強豪だったので試合には出場機会は少なかった。就職した企業にはバスケ部とかは無いので、どこかクラブチームに入れないか探しているという。
 
「旭川ホルスタインズは?」
「あそこ今ほぼ活動休止中らしい」
「札幌ならクロックタワーとか味噌ウィーメンとかスノーフェアリーズとかあるけどね」
「札幌までの交通費が」
 
「いっそ千葉に出てきたら、ローキューツに入って欲しいけど」
「東京方面に出て行く理由を作れない」
「東京に転勤する人と偽装結婚するとか?」
「それは後からかなり揉めそうな気がする」
 
「じゃせっかく旭川で就職したけど、やはり辞めて札幌で仕事探しなよ。札幌くらいなら親も認めてくれるでしょ?」
 
「ほんとそれ考えようかなあ」
と葦帆は悩んでいた。
 

最初はファミレスでおやつを食べながら話していたのだが、何か身体動かしたいね〜という話になり、適当にいくつかの体育館に電話していたら空いている所があったので、そこを予約して一緒に行く。
 
体育館で受け付けをする。Bコートを使って下さいと言われてフロアに入ったのだが、Aコートでもバスケの練習をしている人が3人いた。
 
「あれ?蘭に雪子ちゃんまで居る」
と司紗が声をあげる。
 
「久しぶり〜!」
と杉山蘭も笑顔でこちらを見た。
 
森田雪子・杉山蘭は、司紗と旭川N高校で同学年であった。もっとも雪子はスターター、蘭はベンチ入りボーダー組、司紗たちは銀河組である!
 
「この付近に住んでるんだっけ?」
と蘭。
「ううん。私は千葉、葦帆は旭川、雅美は博多」
と司紗が答えると、司紗たちの知らない女性が
「凄い距離だ!」
と言った。
 

お互いに自己紹介する。
 
「え〜!?大学のバスケ部やめたの?」
と司紗が驚いて言う。
 
「申し訳ない。ふたりは私に付き合ってくれた」
と言っているのは雪子と蘭の先輩で沢口葉子さんということであった。
 
「新しい監督さんの考え方に納得ができなかったんですよ」
と蘭が説明している。
 
「どこかチームに入ってる?」
「いや、何か適当なチームは無いかなあと言っていた所」
 
「だったらうちに入りませんか?」
と司紗は誘った。
 
「今日はツン(司紗)は勧誘しまくっているな」
と雅美が言っていた。
 

和実は2月23-24日に富山まで行って来た後は、
「ちょっと手伝って」
と姉に言われて石巻に行き、ひたすら美容室の開店準備を手伝うことになった。
 
「は〜る〜か〜ちゃん?こちら出て来ないの〜?」
というエヴォン社長からのラブコールに
「すみませーん。来月中旬までお休みください」
と答えて、内装の調整や備品の購入などで忙しく駆け回っていた。
 
オープン直前には淳も有休を取ってこちらに来てくれた。
 
その忙しい中、3月10日には青葉が大船渡で家族の一周忌をすると言っていたので、時間を見繕って大船渡までプリウスに乗って淳と一緒に往復してきた。そして何とか3月11日14:46、美容室《新トワイライト》はオープンした。
 
その後は1週間ほどめまぐるしい忙しさで、和実はお客さんのシャンプーに、和服の着付けにと駆り出された。
 
無給なのに!!!
 
やっと落ち着いたのが飛び石連休の終わった3月21日(水)である。
 
「私休む!」
と宣言すると、富山へと出かけて行った。
 
仙台6:25-7:35大宮8:14-9:04越後湯沢9:14-11:35高岡
 
それで13時ジャストくらいに病院に入った。
 
ちょっと“準備を整える”。
 
前回は疲れていたからうっかり“整えず”に受診しちゃったもんなあと反省する。今日は・・・これでいいことにするかな?しかしこの状態、多分、性別の“設定”手術が終わるまで続くんだろうなあ、などと思う。やはり我ながら無茶をやりすぎたかと少し反省しているが、これは青葉にはあまり相談したくない。
 
採血・採尿をし、MRIを取る。それで医師の診察を受ける。松井医師は面白く無さそうな顔をしていた。ほんとこの先生面白い!
 
「残念だ。卵巣子宮は写っていない。ホルモンは完全に女性ホルモン優位だけど染色体はXYだし」
 
「何度やっても同じだと思いますけど」
「いや絶対にあんたの卵巣・子宮はいつか出現する」
 
と言ってから松井はふと思いついたように言う。
 
「2〜3日入院していかない?長時間観察してみたい」
 
それは絶対やばいなあと思う。そんなことされたら、写っちゃうじゃん。やはりこの先生、いい勘している。
 
「それ私が病院内で寝ていたら、松井先生、勝手に私に麻酔打って手術室に運びこんで女の子に改造しちゃうでしょ?」
と和実が言うと
 
「そうか、その手があったか!」
などと言っている。
 
どうも本当に危ない先生のようである。
 
「じゃまた来月に」
と先生。
「ええ。来るのは構いませんけどね」
と和実。
 
領収書等を見せて石巻からの交通費をもらい、その日は青葉の家に泊めてもらって、翌日“東京に”!戻った。
 
石巻に戻ったら身が持たないもん!!
 

3月23日(金).
 
夕方、冬子は自宅マンションで楽譜の整理作業をしていたのだが、政子がお腹が空いたというので、一緒に外に出た。最初政子が好きなお寿司屋さんがあるという日本橋に行ったのだが、あいにく臨時休業していた。それで銀座にでも行こうかと言って移動する。そしてどこに入ろうかなどと言いながら歩いていたら、バッタリと★★レコードの氷川さんに遭遇する。
 
「氷川さん、可愛い服着てる!」
「今日卒業式だったんですよ」
「それはおめでとうございます!」
「今、親と兄と一緒に軽い食事をした後、別れてきたんですが、何か食べ足りないなあと思っていた所で」
 
「だったら、一緒に食事しませんか?ケイがおごってくれますよ」
と政子が言う。
 
「え?でも・・・」
「先日から色々お世話になっているし。夏くらいに出したい新しいアルバムの構想でも話しませんか?」
と冬子は言った。
 
「だったらご一緒しようかな」
 
それで入ったのが、しゃぶしゃぶのお店である。
 
「あ、このお店なら私、御食事券持ってますよ。町添からもらったんですよ」
「おお、それは素敵だ」
 
サービス券(ちゃんと3枚ある)は特選神戸牛のコースのものであるが、冬子は言った。
「すみません。私が追加料金払いますから食べ放題コースに切り替えて下さい」
「はい?」
 
それで7000円の特選神戸牛コースを12000円の特選神戸牛食べ放題(女性)コースに切り替えた。
 
お店に入ったのはもう夜の10時を過ぎていた。銀座は場所によっては不夜城になるのだが、この付近はわりと常識的な客が多い界隈である。このお店は一応12時までである。
 

個室が空いているか訊いたら空いているということだったので案内してもらう。
 
それで最初は先日の《エンジェル・リリー》の主題歌の騒動のことから始めて、3人は2日前に発売した『Month before Rose+Lily, A Young Maiden』のこと、来月発売予定の『Rose+Lily after 1 year, 私の可愛い人』のことなども話す。
 
氷川は、一応ここ2ヶ月ほどローズ+リリーの担当をして(ローズクォーツとスリファーズも担当しているが、先日のローズクォーツのツアーには同行していない。須藤がツアー費用を少しでも切り詰めたかったのと、レコード会社からあれこれ言われたくなかったことから、★★レコード担当者の随行を断ったのである)、冬子・政子と結構打ち解けているものの、まだふたりの気質などまでは把握していなかった。
 
それで最初氷川は“そのこと”に気付かなかった。
 
ちょっと会話が途切れた時、彼女は冬子の隣にしゃぶしゃぶのお肉の皿が5枚積み上げられているのを見た。
 
「ケイさん、結構食べるんですね。これなら食べ放題でも元が取れるかな」
と氷川は言った。
 
「いや、これはマリが食べた皿です」
「へ?」
 
それで見ていると、マリはおしゃべりしながらお肉をお皿から取ると、さっとしゃぶしゃぶの鍋に通し、ごまダレに付けて食べる。その一連の動作が美しいし、リズミカルでテンポが速い。マリはずっとしゃべっているのに、そのお肉を食べる動作で会話が中断しないのが凄い。
 
「この牛肉凄く美味しいです。こんなの食べられて幸せ〜」
などと政子は言っている。
 
皿の数はしばらく見ている内に10枚に達する。
 

冬子はトイレに立った時、お店の支配人から声を掛けられた。
 
「大変失礼ですが、お客様たちは普段はどのくらいお召しあがりになりますでしょうか?」
「あ、すみません。食べ過ぎですかね。何でしたら男性6人分くらい払いましょうか?」
「でもお客様たちは女性でいらっしゃいますよね?」
「取り敢えず戸籍上は3人とも女性かな」
「でしたら、料金はちゃんと女性の食べ放題お一人様12,000円で提供致しますが、閉店時間が近いので、こちらのお肉の準備があるので」
と支配人は申し訳なさそうに言う。
 
「なるほどですね!」
と言ってから、冬子は言った。
 
「以前別のしゃぶしゃぶ屋さんに行った時、男性の友人も一緒ではありましたけど、30皿行きましたよ」
「30!」
と言ったっきり、支配人は絶句した。
 
「分かりました。しっかりご用意致しますので、安心してお召し上がり下さい」
「はい、ありがとう」
 
それで冬子は席に戻ったが、背後で「取り敢えず2kg解凍して」などという声が聞こえた。
 

マリの前の皿が20枚に達した時、氷川は“今日の本題”を切り出した。
 
「そうだ。突然思い出しましたけど、今度★★レコード創立20周年で1年間に7回全国でシークレット・ライブをやるんですよ。沖縄でやるシークレット・ライブで、マリちゃんとケイちゃん、歌ってくれないかなあ」
 
「へー、沖縄か」
 
「宿泊はラグナガーデン全日空ホテル。外の景色が見えるシャワールーム付きのスイートルーム。ホテルにはプールやフィットネスもありますし、たぶん御飯も美味しいですよ」
 
その「御飯も美味しい」という所で政子がピクっと反応した。
 
「でも沖縄なら、例の難病と闘っている麻美さんを招待してライブを見せられるといいね。あの子、だいぶ回復してきているみたいだし」
と冬子が言う。
 
「そういう子を招待するのは全然問題無いですよ」
と氷川。実際にはそのあたりの話は既にまとまっており、麻美さんのお母さんにも、まだ決まってないので本人には言わないで欲しいと言った上で、もし決まったら見に来ることについて、医師の許可も取ってもらっている。実はローズ+リリーの復活ライブの場所として沖縄を選定したのは、麻美を招待するという話でマリが頑張るかも知れないというのを期待したのもあった。つまり今回はダシに使わせてもらった。
 
すると政子は頷くようにして言った。
「麻美さん少し元気になってるって言ってたね。いいよ。歌うよ」
 

マリが2008年11月以来、3年半ぶりのライブに同意した瞬間であった。
 
氷川は用意周到に町添・加藤および冬子と一緒に計画を練っていた説得が成功してホッとしたが、次の政子の言葉に絶句した。
 
「じゃ氷川さん、私歌いますから、この後、今度は焼肉に行きましょう。私、お腹空いちゃった」
 
氷川は一瞬マリの言葉が理解できないまま、マリとケイの間に積み上げられている25枚ほどの皿を見つめていた。
 
ちなみに、氷川はその後、(冬子も氷川もとてもこれ以上お腹が入らないので)焼肉屋さんに付き合ってくれる人(★★レコードの北川とスターキッズの宝珠七星)を電話で呼び出したが、そんなことをしている内に、マリは30皿完食して満足そうであった。
 
冬子たち3人はこの日のお店の最後の客になった。支配人自ら見送ってくれたが、ケイはその手に素早くポチ袋を握らせて「チップです」と小声で言った。そのせいか支配人は笑顔でマリに「どうかまたいらして下さい」と言い、マリも「ありがとう。ここ美味しかったからまた来るね。ラジオ放送とかでも宣伝しておくね」と言っていた。実際、マリがその後、ラジオ番組の中でここが凄く美味しかったと話したら、お客さんが増えたらしかった。
 

龍虎は昨日から支香と一緒に病院に来て入院し検査を受けていた。毎年恒例の健診である。正直な所、当時は自分でも全く分かっていなかったが、今になって思えば、自分はあの時、手術中に死んでいてもおかしくなかったんだよな、などとも考える。
 
今生きていて、田代のお父さん・お母さんと一緒に快適に暮らすことができているのも、物凄い幸運だ。
 
龍虎は採尿・採血をされた上で、昨日も様々な検査を受けたが、今日はMRIの検査を受け、その後で23番の診察室に行って下さいと言われたので、そちらに行く。この時、支香はお昼食べてくると言って席を外していた。むろん龍虎は検査なので昨日の夕方から何も食べておらず、お腹が空いている。検査が終わって退院したらカレーとか食べたいななどと考えていた。
 
「ナガノリュウコさん」
と呼ばれたと思ったので診察室に入る。
 
「先にお注射しますね」
と言われるので腕を出すと看護婦さんに注射をされる。健診でそもそも色々な注射をあちこちでされているので、龍虎もいちいち何の注射だろうというのは詮索しない。
 
注射が終わった後、看護婦さんからそこのベッドに寝てと言われるので寝る。やがてお医者さんのような人が入ってくる。
 
「じゃ診察するね。そのまま寝てて」
というので寝ている。
 
すると医師は龍虎のズボンとパンティーを下げてしまう。わっ。女の子パンティ穿いてるの見られちゃったよ(*1)。でも、これ何の診察だっけ??といぶかる。医師はちんちんを触ってる!? ちょっと待って。なぜこんなことされるの〜〜!?
 
(*1)病院に来るのにそんなものを穿いてくること自体に問題があるということを龍虎は認識していない。
 
「ふーん。触っても何も反応しないね」
「そうですね。小さいから、実際問題として立っておしっこできないんです」
「おしっこはここの先から出るの?」
「出ます」
「じゃ本当に男の子のおちんちんみたいになっているね」
「はあ」
 
男の子のおちんちんみたいって、これ多分男の子のおちんちんだと思うんですけど!?そうじゃなかったら、これ何なのさ?
 
「了解。では明日の午後、手術しますので、今日は病室に戻っていて下さい」
 
「手術!?何の手術ですか?」
 
龍虎は今回の入院で手術もあるという話は全く聞いていなかった。
 
「え?君、おちんちんみたいに見えるものを取って、ちゃんと普通の女の子の形にするんだよね?」
 
「そんな話聞いてません。誰か他の患者さんと間違ってませんか?」
「え?君、ナガノユウコさんじゃないの?」
「違います。私はナガノリュウコです」
 
「ごめーん。間違った。君、もしかして男の子?」
「男の子ですー!」
 
ボクのお股女の子に見える??
 
「でも男の子が婦人科で何の診察だっけ?女性ホルモンの補充もしてるんだよね?」
「ここ婦人科なんですか?23番に行ってと言われたのですが」
と言って、カルテを見せる。
 
「これは印刷がかすれているけど、28番だよ。28番の消化器科に行って」
「ありがとうございます!」
 
と言って、龍虎はパンティーとズボンをあげてベッドから降りると23番診察室を出たが『おちんちんを取って、ちゃんと女の子の形にする』って何なの〜?そういう治療を受ける小学生がいるのか?と考えたら・・・・
 
なぜかドキドキしてきた。
 
更には「女性ホルモンの補充」という言葉もすごーく気になった。もしかしてさっき打たれた注射って、その“女性ホルモン”という奴だったりして!?もしかして女の子になっちゃう薬?? ボク女の子になっちゃったら、どうしよう?
 

2012年3月24日(土).
 
千里は、やれやれと思いながら、静岡県の富士スピードウェイにやってきた。インプレッサから普段積んでいる様々な荷物(主として車中泊装備と音楽制作関係)を降ろして身軽になり、東名を御殿場ICまで行く。そこから20分ほど走って富士スピードウェイに到達した。
 
今日はここでA級ライセンスを取ってくれという指示なのである。しかしまあB級ライセンスを取らされた時、もしかしてA級も?という気はしていた。
 
さてA級ライセンスを取るための条件は、既にB級ライセンスを持っている場合は次のようになっている。
 
・ラリー、ジムカーナ、ダートトライアル、サーキットトライアル等に1回以上出場し、完走すること。
・A級ライセンス講習会を受講し、試験を受けて合格すること。
・公認サーキットで25分以上のスポーツ走行の経験があること。
 
実際のA級ライセンス講習会では、サーキットトライアル、“25分以上のスポーツ走行”、講習会・筆記試験を1日でやってしまうのである(泊まりがけで、1日目にトライアルをして2日目に試験と実技走行というコースもある)。なお、筆記試験は本を見ながら解答できるので、落ちる人は稀れである。
 

この日の受講者は12名であった。女性は千里1人である。
 
午前中は講義をひたすら聴く。本当は先にサーキットトライアルをやってからでないとこの講習を受けられないはずなのだが、そのあたりはどうも主催者によって色々あるようである。千里が参加した講習会ではトライアルと実技走行をまとめてやっちゃおうということだった。
 
ところで他の参加者が男性で、ひとりだけ女性だと、話しかけてくる男もいる。名刺も3枚もらった! しかし千里が左手薬指にプラチナ(に見える)指輪をしているのを見ると、「残念」という感じで、短時間で退散してくれた。
 
なるほど〜。結婚指輪って《虫除け》効果が大きいんだな、とあらためて納得した。
 
お昼を食べてから、午後は実技になる。まずは着換える。
 

雨宮先生がオーダーしてくれていた3レイヤーのレーシングスーツを身につける。オーダーのスーツは制作に2ヶ月くらい掛かるらしい。つまり1月にはオーダーしていたということで、全く計画的である!
 
千里がB級ライセンスを取りに行けと言われたのはバイクで北海道の雪道を疾走して戻ってきた後の1月下旬で、実際に取りに行ったのは2月15日である。たぶん北海道に行って来た後、すぐこのオーダーを入れたのだろう。女性用のレーシングスーツはどうしても数が少ないし、千里はバスケットで身体を鍛えているので、標準的な女性の体型からも外れており、オーダーが必要である。
 
レーシンググローブとレーシングシューズも用意されていたが、こちらは同じメーカーの既製品で、ふたつ合わせて5万円したと言っていた。スーツは恐らく25万円くらいか?ヘルメットも渡されたがこれも5万円くらいらしい。つまりこれだけの装備で35万円になる。全く恐ろしい。
 
下着も難燃性のものを渡された。パンティ5枚、アンダーシャツ2枚、ブラジャー2枚で3万円くらいと言っていた。レーシング用は何でも高いが、これが万一の時は生死の分かれ目になるのでケチることができない。下着は家を出る時から身につけている、
 
(レーシングスーツは2レイヤーと3レイヤーがあるが、どうせ買うのなら3レイヤーにした方が良い。ただ、レーシングスーツはあまりに高いので、ツナギを着る人が多いらしい。上下に別れる服は危険である。下着は化繊はさすがに避けた方がいいが、コットン製ならまだマシと思われる。また、レーシングシューズも普通のスニーカーで代用する人が多いという。しかしグローブはちゃんとしたのを使った方が良いと言われた)
 

車の荷物は全部降ろす。カーナビも取り外すし、フロアマットも取る。バックミラーも取り外す(こうちゃんにやってもらった)。車にゼッケンを貼り、ライトには飛散防止のテープを貼る。計測器を取付け、いったん指輪も外し、手袋やヘルメットなどをしっかり装着してコースへ。
 
しかし色々な車がいる。フェラーリ、ポルシェ、スカイラインGT-R, NSX, といったあたりは、さすがサーキット!と思う。
 
他にフェアレディZ、千里のインプレッサ、ランサーエボリューション, RX-8, ウィングロード、カローラアクシオも居て、更にヴィッツにミラアヴィまでいる。軽でも参加できるのかと少し驚いた。
 

まずはサーキットトライアルが始まる。サーキットなんてものを走るのは初めてなので、慎重にスタートする。
 
基本的にサーキットは右回りである。陸上競技のトラックとは逆向きに走る。
 
最初メインストレートから走り始めるが、これがひたすら直線なので物凄く気持ちいい。ついアクセルを踏みたくなるが、とりあえず自重する。やがて急な第1コーナー(2016以降はTGRコーナー)を曲がり、軽い第2コーナー、まあまあのコカコーラコーナーを抜けた後、恐らく勝負所になりそうな100Rコーナーをゆっくりと曲がっていく。ヘアピンコーナー(アドバンコーナー)の後は、ほぼ直線といってもいい長い300R(通称バックストレート)、そしてダンロップコーナー、第13コーナー、ネッツコーナー(後のプリウスコーナー、2017以降はレクサスコーナー)、そして最後のパナソニックコーナーを曲がると最初の直線に戻る。
 
このコースを試走1周+本番3周で4回まわって、そのラップタイムのベストタイムで順位が認定される(ゆっくり走ったつもりだったが5位だった)。これでサーキット・トライアルをしたことになる。
 

走行は4回まわった後、続いて実技走行になる。千里は事故とか起こしてもつまらないので、無理しないペースで走った。追い抜いていく車もあるが、気にしない。
 
この走行は“走行技術”を見るものではなく、“走行マナー”を守れることと、フラグの意味を理解しているかを確認するためのものである。だからスピードを出す必要は無いのである。
 
前の車を追い越す時は慎重に追い抜く。1台某高級車に乗っている人が凄く下手で、こちらが抜こうとしている時に突然走行ラインを変えたりするので(向こうは抜きやすくしようと移動しているのだろうが)、かなり恐かった。
 
この下手くそな車は途中から見なくなった。リタイアさせられたのかな?と思った。
 
4563mのコースは時速100kmで走ると4.563/100*60=2.7378分(2分37秒)で一周することになる。プロのドライバーはフォーミュラマシンを使ってここを1:20とか1:30とかで走る。つまり“平均”速度180-200km/hといった世界である。一応ここではラップタイム2:00-2:20が高速車と低速車のボーダーラインになっていて、レースでも区分けされている。平均速度に直すと120-140km/hである。平均と言っても直線ならスピードが出せるが急カーブはゆっくり走る必要があるし、ここで速度を落としすぎるとその後加速にも時間が掛かるから平均速度はかなり落ちることになる。
 
25分の走行は100km/hペースだと25 / 2.7378 = 9.1周ということになる。千里は最初は120km/hくらいで走り始めたのだが、コースに慣れてきた後半には結構ペースがあがっていった。急カーブにしても、トライアルの時は恐る恐る曲がっていたのだが、実技走行になったあたりでどのくらいで曲がれるものか周回の度にスピードをあげていくと、さすがグリップの良い《ポテンザ》を履いているだけのことはあり、結構なスピードでも問題無く曲がれることが分かり、安心してその前でアクセルを踏めるようになる。
 
千里は13周走った所で停められた。25分20秒ほど走っていたので、計算すると平均速度は140km/hくらいになっていた。最初のあたりが120km/hだったので最後の方は160km/h平均くらいになっていたことになる。やはり1500mの直線で結構アクセル踏んでいたからかな?と千里は思った。
 
しかし1台も事故が起きることなく実技走行が終了したのは良かったと思う。
 

千里のすぐ後で走行終了したのがRX-8に乗っていた自分と同年代くらいの男性である。このRX-8は途中からずっと千里のインプの後ろに居た。最初何度か1500mのメインストレートで抜いていったものの、カーブの続く途中にあるバックストレート(300R)で千里が抜き返している。
 
「このインプは君だったのか!」
と声を掛けてきた。
 
この人は名刺をくれた人の1人だ。たしか、鈴畑さんだったかな?
 
「同じくらいのペースで走りましたね、鈴畑さん」
 
「わあ。名前覚えてくれていた?ありがとう、村山さん。でも女性でもうまい人がいるんだなあ」
 
「本当に女性かどうかは分かりませんよ。男かもよ?」
「男なの!?」
「さあ」
 
「まあいいや。どっちみち結婚しているみたいだし。でも最初何度か抜いたけど、こちらはカーブでなかなかスピード出せなくて」
 
「私も最初はあまり出せなかったんですけどね〜。少しずつ上げて行ったら最後のあたりは結構な速度で曲がれるようになりました」
 
「でも結果的にはペースメーカーにさせてもらった」
「まあ一緒に走るのは割と楽ですよね〜」
 
彼には後で醍醐春海の名刺をあげたが
「こないだ北海道をバイクで疾走した作曲家さんか!」
と驚かれていた。何かあれで結構名前が売れちゃったかな?などと千里は思った。
 
「バイクもライセンス持ってるの?」
「持ってないんですけどね〜。何かライセンス取って来いと言われる気がする」
「君ならライセンス取れると思うよ」
「やはりそうなるのかなぁ」
 

この実技走行では、結局千里が3位、彼が4位だったようである。
 
計器を提出してから建物の中に入り、普通の服に着替えてから、筆記試験を受ける。試験を受けたのは11人である。やはり例の下手すぎる車は危険ということで落とされたのだろう。ミラアヴィの人はしっかり完走していたし、どうもヴィッツやカローラアクシオの人より速かったようである。ヴィッツはまだいいとして、1500ccのカローラより速いというのは凄いなと思った。
 
さて、試験は教本を見ながら解答できるのであやしげな所は見てチェックして正確に書くようにした。
 
結果は満点で、無事講習修了のスタンプをもらった。これで申請すればA級ライセンスがもらえることになる。実際今日試験を受けた11人は全員合格したようであった。
 
テーピングを外して、バックミラーを取り付け(てもらい)、フロアマットを敷き、カーナビを取り付け、様々な装備も載せる。
 
帰りは須走ICに出て(富士スピードウェイから10分ほどで須走ICに到達できる)、東富士五湖道路→中央道を通って東京に帰還した。土曜なので中央道が混んでいたが、のんびりと車の流れに任せて走った。
 
しかし結構楽しかったなと思った。
 

その日、冬子はKARIONの和泉と秘密の会談をしていた。
 
「とうとうマリちゃんがステージに帰ってくるか」
「しゃぶしゃぶ30皿と焼肉20皿で落ちた」
「2日掛かりか・・・」
「違う。一晩でそれだけ食べた」
 
和泉は絶句していたものの
「まあいいや」
と言って作戦を話す。
 
「KARIONのライブはこの日は珍しく夕方から、そしてローズ+リリーのライブは午後1番から」
「去年2月のツアーの時とパターンが逆だよね〜」
 
「午前中にKARIONのリハやるけどどうする?」
「欠席でもいいなら欠席で」
「了解。じゃ欠席で」
「ごめんねー」
 
「リハが終わってからそちら偵察に行くから」
「ちゃんとチケットは用意しているから。氷川さんが和泉に渡してくれるはず」
「分かった。それでライブが終わったら私たちはTAKAOさんと一緒に宜野湾市に戻るから」
「私はSHINさんの運転する車でそちらに移動すると」
「じゃそれで」
「うん。よろしく〜」
 

3月31日、千葉市内でローキューツの送別会兼新人歓迎会が開かれた。
 
今年度いっぱいで退団するのは結局次の6名である。括弧内は生年度。
 
4.石矢浩子(1989)、34.愛野夏美(1989)、32.麻取夢香(1988)、5.溝口麻依子(1990), 8.村山千里(1990)、14.白城菜香子(1990).
 
そして新規加入はこの7名である。
 
後藤真知(1990)宇都宮B女子高→千葉V大学
真田雪枝(1991)茨城S学園→千葉V大学
原口揚羽(1991)旭川N高校→CJ化学
水嶋ソフィア(1992)旭川N高校→SK化学
沢口葉子(1990)東京U学院→東京N大学
森田雪子(1991)旭川N高校→東京N大学 (2010-U20候補 2011-Univ候補)
杉山蘭(1991)旭川N高校→東京N大学
 
これでローキューツのメンバーは20名になるが、大学に新入生が入ってくるので、良さそうな子がいたら勧誘しようという話をしている。なお、麻依子と千里もバスケ連盟の会員資格を維持するために、籍だけは残すことになっているので登録者自体は22名になる。
 
なお背番号は一部再利用することにして次のようになった。
 
4.歌子薫(SF 1990 176) 6.森田雪子(PG 1991 158) 7.風谷翠花(PF 1992 177) 8.原口揚羽(C 1991 176) 11.水嶋ソフィア(SG 1992 175) 15.東石聡美(SF 1990 165) 16.馬飼凪子(PG 1991 159) 17.杉山蘭(PF 1991 172) 18.岡田瀬奈(SG/SF 1992 168) 19.沢口葉子(SF 1990 165) 20.島田司紗(GF 1991 164) 22.五十嵐岬(PF 1991 169) 23.愛沢国香(PG/SF 1989 165) 24.岸原元代(PF 1991 173) 25.長居茜(PF 1988 170) 26.弓原玉緒(SF 1988 171) 30.後藤真知(SF 1990 167) 31.真田雪枝(SF 1991 166) 33.森下誠美(C 1990 184) 35.長門桃子(C 1991 178)
 
薫は17を付けていたが「キャプテンは4番」と言われて4を押しつけられ、17は蘭が使うことになった。千里が付けていた8番を揚羽が受け継ぐことになった。雪子はSサイズで作ったユニフォームの6番が余っていたので「雪ちゃんはこれでいいね」と有無を言わさず決められてしまった。雪子・蘭と一緒に加入した沢口葉子(165)もMサイズの19が余っていたので、それを渡された。
 
晩餐から合流した後藤真知(167cm)と真田雪枝(166cm)はMサイズなのだが、Mサイズの在庫が無くなってしまったので、30と31の新たなユニフォームを作った。
 
茜は7だったが自分はあまり出番無いのに1桁の番号持っているのは悪いから誰か交換してくれと言うので、25の翠花と交換することになった。玉緒も11だったが、誰か交換してと言って、結局11はソフィアが使うことになった。ソフィアは先日シェルカップに出る時在庫のあった28番を使用したのだが、28番は元々Lサイズで作られていたものでソフィアの身長(175cm)には小さすぎた。それで新たに作ることにした。玉緒(171cm)は茜(170cm)と並びの26にした。26も元々Lサイズで作られていた。
 
なお登録だけしておく千里と麻依子の背番号は千里は48, 麻依子が49としたが、ユニフォームは作らない。
 
今年は副主将5番の背番号が居ない。現時点では副主将を決めていないので、誰か副主将になればその人が5番を付けようということになった。
 

「取り敢えず5月6日福岡市で行われる玄海カップに申し込んだから」
と玉緒が言っている。
 
「おお!九州旅行だ!」
「博多なら、博多ラーメンと明太子食べなければ」
 
「福岡の大会だけど、宮崎とか鹿児島とか広島とかからの参加チームもあるらしいんで問い合わせたら千葉からでもどうぞということだった」
「それならある程度のレベルありそうね」
 
「行くのは1軍スターター格の人以外の希望者ということで」
「1軍スターター枠というと?」
「誠美ちゃん、翠花ちゃん、凪子ちゃん、国香ちゃん、薫さん、の5名」
 
「おお!私は入ってない。行く行く」
と言っているのは桃子である。
 
「じゃ、桃子ちゃん、キャプテンということで」
「うっそー!?」
「身長がいちばん高いから、キャプテンと言われると納得するかも」
 
「雪子ちゃんとか、揚羽ちゃんとか、ソフィアちゃんとかこそ、スターター枠という気がする」
という声が出るが、
 
「新規加入者だから懇親を兼ねて。但し雪子ちゃんは日本代表だから、そんな選手を出したら申し訳無いから、雪子ちゃんは選手ではなくマネージャーということで」
と玉緒。
 
「それから谷地コーチが顧問をなさっている中学バレー部の大会とぶつかるということで、司紗ちゃんに選手兼任アシスタントコーチをお願いしました」
 
司紗はC-2級コーチと千葉県公認審判の資格を持っている。実は大会参加の条件として、審判のできる人2人、TOのできる人4人がいることというのがあった。司紗が千葉県公認審判、蘭が東京都公認審判の資格を持っていて、今回は九州の大会で管轄外だが、念のため確認したらオープン大会なので「他県の公認審判でもOK」と言われている。TOは得意な子がたくさん居る。一番難しい24秒オペレータも司紗・蘭・玉緒・元代・桃子・岬の6人ができる。
 

「ただ、ゴールデンウィークでホテルも飛行機も取れなかったから結構ハードスケジュールの行程になるのよね」
と玉緒は言う。
 
「ハードスケジュールというと高速バス往復?」
「一応新幹線往復にする予定。5日の夕方の新幹線で行って、6日夕方の新幹線で帰ってくる。深夜1時千葉駅着」
 
「新幹線ならいいよ」
「寝てればいいもんね」
 
「予約を4月5日と6日の朝10時に入れないといけないから、できたら今すぐ出欠を決めて欲しいんだけど」
 
これについては除外された5名以外の15名全員が参加を希望した。西原監督も入れると16名である。
 

「旅行代理店に勤めている千里ちゃんのお友だちにチケットの確保をお願いしている」
と玉緒。
 
「1ヶ月前4月5日と6日の朝10時に、即予約を叩いてくれることになっているから、多分取れると思う」
と千里。
 
「すごーい」
「飛行機は2ヶ月前からだからもう埋まっていたのよね」
「ああ」
 
「ただ、当日朝1番の新幹線では試合開始に間に合わないのよ。でも博多で前泊しようとすると、5日に博多ドームでラララグーンのライブがあって、それでホテルが満杯なのよね」
「わっ」
 
「それと何人かに前日の予定を打診したんだけど、やはり夕方まで仕事のある人がいるのよね」
と玉緒が言うと、数人頷いている。
 
「それで前日の東京発21:20発の新大阪行き最終新幹線に乗って23:45着。そのまま新大阪近くのホテルに泊まる。千葉から行くなら20:21千葉発」
 
千葉20:21-20:59東京21:20-23:45新大阪
 
「まあ屋根のある所で泊まれるのならいいよ」
「屋根だけあってベッドが無かったりして」
「一応ホテルという名前が付いてるからベッドくらいはあると思う。1泊5000円だけど」
「安!」
「新大阪駅から15分くらい歩くんだけどね」
「それはトレーニングだな」
 
「当日は新大阪駅を朝6時の新幹線に乗って8:25博多到着。博多からは地下鉄で会場体育館に直結している駅まで15分」
 
「取り敢えず博多までは寝ていけばいいな」
「これ鹿児島中央行きだから、寝すごすと鹿児島旅行になってしまう」
「きゃー!」
 
「帰りは博多を18:55の新幹線。23:45東京着。秋葉原から総武線に乗り継いで多分千葉到着は1:07。その先はタクシーで帰すから安心してお酒飲んでいいよ」
 
「飲み過ぎると翌日の会社にこたえる気がする」
「私5月7日は有休取ろう」
 

「博多どんたくは何日までだっけ?」
「5月4日まで」
 
「もう終わってるのか〜!?」
「4日・5日に親戚か友だちの家とかに泊めてもらえる人はそれ以前に行ってもいいけど、その場合は遅くとも明日までに私に連絡して。行く日の便に予約を入れるから」
と玉緒は言っている。
 
「公園で野宿しようかな」
「襲われても知らないよぉ」
「男装しておけば何とかならないかな」
「でも野宿して体調不良だったら罰金だからね」
「それで大阪のホテルに泊まる訳か」
 
最終的に16人の内半数以上の10人が友だちの家に泊めてもらうということで事前移動になった。大阪泊は6人である。玉緒がしっかりと各々の移動希望日と乗りたい便を第5希望!まで出してもらっていた。
 
「予約は1ヶ月前の同日に入れるから、変更する場合も必ずその前日までに連絡してね」
と玉緒は念押ししていた。
 
なお、司紗・ソフィア・揚羽・蘭・雪子の5人は今宿在住の雅美の家に泊めてもらい、どんたくを見ることにして5月2日に新幹線で移動することにした(司紗は6日8時の代表者会議に出なければならないのでどっちみち事前移動予定だった)。雅美の旦那さんは、雅美がおそるおそる「友だちを5人泊めたいんだけど」と言うと「じゃ僕はその間は泊まりがけで釣りに行ってくる」と言って車で出かけていった。4日間車中泊しながら天草方面で釣りを楽しんだようである。
 

2012年4月1日(日).
 
バスケット日本女子代表候補の第1次合宿が始まった(先日の顔合わせは回数に数えないらしい)。8日までの8日間である。
 
代表候補20名の内、海外に居る羽良口英子・横山温美・高梁王子の3人は免除で、残りの17名での合宿である。
 
今回の合宿にもまだヘッドコーチのジーモン・ハイネン(74)は出てきておらず、アシスタント・コーチを務める予定のシリル・デハーネ(69)が代わって指導に当たった。
 
ヘッドコーチほどではないが、アシスタントコーチも結構な高齢である。どうも体力が無いようで、一時間おきに休憩を入れようとした。三木エレンがさすがにこれでは練習にならないと思ったようでコーチに進言し、何とかその「休憩」の時間も練習を続けていいことにしてもらった。
 
「君たち凄い体力あるね!」
などと言っていたが、ほんとに大丈夫か!?
 
なお、ヘッドコーチのハイネンはドイツ人だが、デハーネACはベルギー人である。ちなみにベルギーはドイツより更に弱い。なぜこういう人選になったのかさっぱり分からない。
 
ヘッドコーチもアシスタントコーチもドイツ語を話すらしいが、ドイツ語が分かるのは、三木エレン・横山温美・千里・玲央美の4人だけ(但し温美は現在スペインに居るので今回は参加していない)で、他の子とは通訳を介しての会話になるのでコミュニケーションに結構手間が掛かっていた。
 

合宿は8日までだったが、7日夜千里は桃香から電話を受ける。
 
「へー。青葉が出てきてるの?」
「今日出てきて彪志君とデートしていたらしいんだけど、明日のお昼を一緒に食べないかと言っているんだけど」
 
「ふたりだけで食べればいいのに」
「と私も思ったが、彪志君が気配りしてくれたんじゃないかね」
「了解。じゃ12時に千葉駅前ね」
 
と言ってから、千里はさてどうしたものかと思った。
 
その時、千里の肩をトントンと叩く者があった。
「千里、俺に任せろ」
 

そして8日11時半頃。
 
トレーニングセンターの2階のフロアで練習していたら突然電気が消えて真っ暗になる。
 
「何だ何だ?」
「停電?」
「まさか。ここは非常用電源もあるはずなのに」
 
他のフロアは電気がついているようで、どうもバスケットコートやハンドボールコートのある2階だけが電気が消えているようである。スタッフが来てチェックしているようだが、故障箇所は分からない模様。結局電気工事店を呼ぶということで、練習は休みになる。しかし千里は部屋に戻るとシャワーを浴び
 
「じゃ、すーちゃん、後はよろしく」
と言って、《きーちゃん》に転送してもらって千葉駅に行った。
 

千里が出札を出ると、もう青葉と彪志は来ていた。
 
「お疲れ様〜」
「あれ?雨でも降ってました?」
と彪志が言う。
「ううん。なんで?」
「いや、髪が湿っているみたいだから」
「彪志君観察力があるね〜。ちょっとジムに行って汗流してたんだよ。その後シャワー浴びてから来たからね」
と千里は言いつつ、青葉は全然気付かなかった風なのを見て、やはり青葉の欠点は人間観察力だなと思った。
 
12:05くらいになって桃香が「ごめんごめん」と言って走って来た。
 
それで商店街を適当に歩いて焼肉屋さんに入る。男性2500円・女性2000円と書かれていたので、お代は任せてと言った青葉が悩んでいるようだった。しかしお店の人が「男性1人・女性3人ですね」と言ったので、それで8500円払って中に入った。
 
「マジで男何人で女何人か悩んじゃった」
と青葉。
 
「戸籍上は男3人・女1人かな」
「実態上は女3人・男1人だろね」
「いや、お店の人はこの中の誰を男と思ったのかという問題について、少し悩んでみる」
 
「うーん・・・・・」
 

「まあ深く追及しないということで」
「もしかしたら、男女の性別が微妙な人を0.5人ずつ数えたのかも」
と桃香が言うと
「僕も性別曖昧ですか!?」
と彪志が言っている。
 
「数えてみたら1.4人くらいだったから四捨五入して1人とか」
「うーん・・・・」
「まあ深くは追及すまい」
 

さて、ナショナル・トレーニング・センターで千里から「後はよろしく」と言われて困ってしまった《すーちゃん》だが、部屋で待機していたら2時頃になって
 
「今回の合宿はこれで終了します」
という連絡があり、解散になる。
 
それで荷物をまとめ、掃除をしてから帰ることにする。合宿の荷物を持って下まで降りていくと、ちょうど佐藤玲央美と遭遇した。
 
「あんたも大変ね〜」
と玲央美は声を掛けてくる。
 
「練習再開されたらどうしよう?と思った」
「すーちゃんなら、どうにかなると思うよー」
「ならないよー」
 
結局、玲央美のコルトプラスで葛西のマンションまで送ってもらった。
 
「ああ、やはりここにアジトがあったのか。千里はどうも江戸川区に拠点があるようだなとは思っていた」
「レオちゃん、すごーい!」
 
「でも、すーちゃんは運転しないの?」
「あまり自信無い」
「少し教えてあげようか?それとも自動車学校に入るとか」
「自動車学校に入るには住民票が必要だし」
「住民票くらい調達できるけど」
「まじ!?」
 

さて千里たちであるが、焼肉屋さんでは、桃香・千里・彪志の3人が各々2人分くらい食べた一方で青葉はごくごく少食であった。
 
「結果的には男3人分・女1人分の料金でも良かった気がする」
と桃香は言っていた。
 
「ちー姉、けっこう食べていたね」
「まあ身体動かした後だから」
「そうか。ジムで汗を流してたと言ってたっけ」
「そうそう」
 
焼肉屋さんを出た後は、おやつを買って帰って午後いっぱい桃香のアパートでのんびりと過ごした。夕方彪志君と青葉が2人でアパートを出る。青葉を送って一緒に東京駅まで行くということであった。青葉は、新幹線→はくたか、の最終連絡で帰宅する。
 
ふたりが出た後、桃香は季里子の所に行くと言っていたので、スクーターを使っていいよと言ってディオチェスタの鍵を預けた。千里自身は《すーちゃん》と入れ替わって葛西のマンションに入り、作曲の作業に戻った。なお今日はファミレスのバイトは休みなので、《すーちゃん》はこれで上がりである。
 
なおナショナル・トレーニング・センターの“電気系統の故障”についてはその日はいくら調べても故障箇所を特定できず、暗くなってきたので明日続きの調査をするということになったものの、翌日は朝からちゃんと電気がついていて、電気工事屋さんも首をひねっていた。
 
 
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【娘たちの収縮】(1)