【娘たちのムスビ】(4)

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龍虎は最初から嫌な予感がしていた。
 
仙台の祖母が入院したというのはとても心配した。それで支香叔母から
「おばあちゃん、わがままばかり言って、お医者さんの言うことも聞かないから、あんたから少し注意してやって」
と言われて、お見舞いも兼ねて母(田代幸恵)と一緒に行ってくることにした。
 
ところが行くことになっていた当日、(教師をしている)幸恵が、緊急に学校から呼び出されて、そちらに行ってこなければならなくなった。父の涼太も部活の引率で朝から出ている。それで困ったね、と言っていた時、
 
「龍、元気してるか?」
と言ってやってきたのが、佐々木川南である。
 
川南は、田代幸恵が龍虎と一緒に仙台に行ってくるつもりだったのが、急に学校から呼び出しがあったと聞くと
 
「だったら、お姉ちゃんが仙台まで連れて行ってあげるよ」
と言った。
 
「ほんと?でも川南ちゃん、時間は大丈夫?」
「今春休みだから大丈夫ですよ〜。ちゃーっと車で往復してきますよ」
と川南は言っている。
 
そういう訳で龍虎(小4)は祖母・松枝が入院している仙台市内の病院まで、佐々木川南の車(マーチ)で往復してくることになったのである。
 
龍虎は「いや〜な」予感がしたのである。
 

上島雷太の度重なる浮気にとうとう堪忍袋の緒が切れた茉莉花は2月20日に家出をすると、中学時代の恩師・比嘉先生が住んでいる甲府に行った。先生は既に教師を引退しており、悠々自適の生活を送っている。
 
「2〜3日泊めてもらえませんか?」
と言う茉莉花を暖かく受け入れてくれた。
 
そして比嘉先生も先生の家族も、茉莉花に何も尋ねなかった。また芸能人とか有名作曲家の妻としてではなく、ふつうの教え子として扱ってくれた。
 
「2〜3日と言わず、一週間くらい休んでいくといいよ」
と言われたので、お言葉に甘えて、一週間ほど居候させてもらった。
 
さすがに長居しすぎかなと思い「行きます」と言うと「行くあてある?」と尋ねられる。茉莉花は中学時代からモデルなどのお仕事をしていて17歳で高校をやめてデビューしたので、実はあまり友人がいない。
 
「仁山先生に話を付けたから。今松本に住んでいるんだよ」
「ありがとうございます」
 
それで茉莉花は結局、何人かの先生の家を渡り歩くことになる。どの先生も茉莉花のことについて何も詮索したりしなかった。
 

携帯の番号とアドレスは家出した翌日に変更してしまったので、電話やメールには煩わされずに、12年ぶりくらいの、のんびりとした時間を過ごしていた。
 
思えば中学の頃は歌やダンスのレッスンに通う一方で様々なオーディションを受けたりしていたし、アイドルとしてデビューしてからは凄まじく忙しい日々だった。ずっと生理不順を抱えているのも、以前醍醐春海ちゃんに指摘されたように、当時の無理な生活から来ているのだろうと思う。
 
「私、赤ちゃん、産めないかも知れないなあ」
と独り言をつぶやく。
 
20歳になる頃から事務所の大先輩・上野陸奥子さんのアドバイスもあって、アイドルからバラエティタレントへの転身をはかり、それは結構うまく行ったと思う。そして人気絶頂の中、22歳で上島雷太と結婚。上島も当時作曲家として成功しつつあった所で、玉の輿とか、勝ち組とか言われた。
 
雷太と以前付き合っていた4人の女性が4人の子供を産んでいて、雷太が毎月その母親たちに仕送りしているのは結婚前から知っていた。雷太はその各々の女性と本当に結婚するつもりで交際していたものの、様々な事情で結婚できなかったのだと言っていた。4人目の子供の妊娠中に自分は雷太と付き合い始めた。そして結婚したが、ふたりの間に子供はできていない。
 
雷太と他の女性の間に子供ができたということは、不妊の原因の多くが自分にあるのだろうなと茉莉花は思っていた。
 
雷太が浮気をするのは更に子供が欲しいからだろうか?とも考えてみるものの、4人もいれば充分という気もする。現在25歳。まだ子供を諦める年齢ではないが、この先、自然妊娠できる自信が無かった。
 
「でもなんで私、妊娠しないんだろうなぁ」
とつぶやいてから、唐突にそのことを考えた。
 
「まさか私、実は男だってことはないよね?」
 

龍虎は、最初から嫌な予感がしていた。
 
朝9時に自宅を出た後、川南の運転するマーチは羽生ICから東北自動車道に乗ると仙台方面に走った。バスケで身体を鍛えているので川南はだいたい5時間くらいはぶっ通しで運転しても平気である。しかし龍虎はそんなに長時間は、まずおしっこがもたないので、だいたい1時間半くらいおきに小休憩をしながら行くことにした。
 
最初に10時半頃、矢板北PAで休憩する。車を降りてトイレに行く。入口が男女に別れている所で、むろん川南は女子トイレに行くが、龍虎は男子トイレに入っていった。川南は中に入らずに、腕を組んで入口の所で待っていた。
 
「君、こちらは違う!」
という声が聞こえてくる。
 
やがて困ったような顔をした龍虎が男子トイレから出てきた。
 
「龍ちゃん、何やってんのさ?こちらにいらっしゃーい」
と言って、川南は龍虎の手を引いて、女子トイレに連れ込んだ。
 

「あんた、実は男でしょ?だから妊娠しないんでしょ?とか言われたんです」
と阿倍子は泣きながら貴司に語っていた。
 
前の夫とは職場の同僚であった。ごく普通に親しくなり、ごく普通に恋人時代を送り、3年の交際を経て結婚した。そしてごく普通の結婚生活を送った。夫は優しかったので、阿倍子は幸せな日々を送っていたものの、ただひとつ子供ができないのだけが気がかりだった。
 
結婚して5年経っても子供ができないので、夫の母は不妊治療してみたら?と言った。それで夫と一緒にクリニックに通った。最初はタイミングの話をして基礎体温なども記録して、生理周期の排卵のタイミングに合わせてセックスするというのをしてみるものの、うまく妊娠しない。
 
1年ほど経っても妊娠できないので、色々検査を受けた。卵管に水を通す検査などもした。各々の生殖細胞を採取して検査してもらう。その結果、夫の精子の活動比率が悪いものの、妊娠が困難という程ではないことが分かる。阿倍子の卵子も特に問題があるという訳ではない感じであった。
 
人工授精を試みるが、どうしても着床しない。人工授精を1年ほど続けた所でとうとう体外受精をしてみようという話になる。それで卵巣から卵子を採取して夫の精子とシャーレの中で受精させる。受精自体はうまく行く。しかし子宮に投入しても着床してくれない。10回目の挑戦でやっと着床したものの5週目に流れてしまった。
 
それでそのお母さんから言われたのが「あんたほんとは男じゃないの?」ということばだった。
 

人工授精の費用は1回3万円くらいだが、体外受精になると費用もその1桁上になる。不妊治療に費やした期間は4年を越え、費用だけでも700万円くらいに及んでいた。これにあまりにも費用が掛かってしまったため、マイホームを建てようなどという計画も吹き飛んでしまっている。
 
何度も病院に付き合わされる夫との間の感情はこじれていき、子供を作ることを優先するためセックスも自由にはできない状況で、愛情自体が冷めていった。
 
そしてお母さんとの関係悪化もあり、阿倍子はその流産を機に離婚に至った。不妊治療を始める前までは夫との関係も良好で幸せだったが、不妊治療を始めてからは、ただただ精神的な苦しさと、医療上の痛み(不妊治療には異様に痛いものが多い)や苦しみ(ホルモン剤の影響で頭痛や気分の悪さに耐える日々になっていた)で、辛いだけの日々だった。夫の冷たい視線、義母の突き刺すような視線で針のむしろだった。
 
阿倍子は泣きながらここ10年間のことを貴司に語った。
 
「母からは、しばらくひとりでいればいいし、またいい人がいたら結婚してもいいだろうしと言われたんですけど、また結婚したら、結局妊娠できないことから、同じことの繰り返しになるんじゃないかと思って。私、どっちみち幸せになることはできない気がして。もう死んでしまおうと思って」
 
「それで自殺しようとしたんですか」
「はい」
 
「別に結婚しなきゃいけないということもないし、結婚するにしても、子供はできなくても構わないという男性もいますよ」
と貴司は言う。
 
「そうですよね」
「それにそもそも妊娠って相性もあるんです。別の男性とならひょっとして妊娠するかも知れませんしね」
 
「それは実は電話占いで相談した占い師さんからも言われました!」
 

市内のレストランで偶然遭遇したことから、貴司は長い長い阿倍子の話を聞くことになったのだが、貴司と3時間くらいにわたって話をしたことで、阿倍子はかなり落ち着いた感じであった。
 
それで彼女はもう少し詳しい話をしたいと言い、再度約束して会うことにしていたのだが、その待ち合わせの場面に唐突に緋那が現れ
 
「私この人の妻なんですけど、あなたなんですか?」
と阿倍子に言った。
 
それで阿倍子は「ごめんなさい!もう会いません」と言って立ち去ったのであった。阿倍子には気の毒だと思ったが、確かに彼女と会ったこと自体が軽率だったかもと貴司は反省した。
 
「貴司、千里さんと結婚するんでしょ?浮気もたいがいにしなよ」
と緋那は貴司に苦言を呈したが、本当に緋那の言う通りだと思った。
 
「ありがとう。軽率だったと僕も反省する」
と貴司は緋那に言った。
 
「そちらは順調?」
と貴司は尋ねた。
 
「うん。順調だよ。秋には赤ちゃんも生まれると思うし」
「ほんと?おめでとう!」
「研二ったら、マタニティ着たりして嬉しがっているし」
 
「・・・・妊娠してるのは緋那だよね?」
「さあ、どっちだろ。ジャンケンして負けた方が産もうかと言っているんだけど」
「はぁ!?」
 

龍虎はやはり悪い予感は当たったなと思っていた。
 
祖母の入院している病院に行ってみると、祖母は思いの外元気な様子であった。
 
「ね、ね、川南ちゃん。病院の御飯が少なくておなか空いちゃって。お菓子か何か買ってきてくれない?一緒に食べようよ」
と松枝は言ったが、龍虎がダメ出しをする。
 
「おばあちゃん、支香叔母ちゃんからも聞いてます。あばあちゃん食生活に問題があるから身体が悪くなっているんでしょ?病院に入っている間だけでもきちんと食事コントロールしないと。病院で出る食事以外のものを食べてはいけないよ。僕が結婚して子供ができて、その子供が結婚するくらいまでは生きててくれないと困るし」
 
小学4年生でも龍虎はひじょうにしっかりしている。口調だけ聞いていると中学生くらいに感じる。やはり早くに親を亡くしたことで、自立心が確立したんだろうなと支香や上島などは思っていた。
 
「そうかい?確かにあんたの子供は見たい気がするね」
と松枝は言ってから少し考えて尋ねた。
 
「ところであんたはお嫁さんに行くんだっけ?あんたがお嫁さんもらうんだっけ?」
 
「僕はお嫁さんには行かないよ!」
「だってあんたスカート穿いてるし」
 
龍虎が“2度も”男子トイレに入ろうとして咎められたことから、川南に「やはり性別を間違えられないような服装にしようよ」と言われ、ちょうど通りかかったイオンに寄って“かぁいいスカート”とか“かぁいいブラウス”とかを買って、着せ替えられたのである。可愛い髪留めとかもつけさせられている。むろん下着も女の子用を着けさせられている。龍虎自身『このスカート、ホントに可愛い!また着ちゃお』などと思っている。
 
「最近は男の子でもスカート穿くよ」
と龍虎は言っておく。
 
ちなみにこの病院に着いてからも男子トイレを使おうとしたら、看護婦さんから「あら、女の子はこっちよ」と言って、女子トイレに連れ込まれてしまった。龍虎みたいな子がスカートまで穿いていたら、まず“性別を間違う”人は居ない!
 
「へー。最近はそうなんだ?」
と松枝は納得しているようであった。
 

茉莉花は困惑していた。
 
別の先生から紹介されて、ここにやってきたのだが、玄関の所に貼紙があったのである。
 
《吹風さんへ。急な親戚の用事で3〜4日留守にします。家に勝手にあがっていてください。布団は用意しておきました。冷蔵庫のものとかも自由に食べてね》
 
それでとりあえず勝手に中に入ったものの、どうも居心地がよくない。どこか他の知り合いの所に行こうかとも思ったものの、その知り合いというものがあまり無い。芸能関係者の知人は多いが、そういう所に接触すると、結果的に上島に自分の居場所を知られる気がした。
 
茉莉花は念のためアドレス帳を見てみようと思い、自分のスマホを取り出した。その時、スマホと一緒に紙が1枚飛び出してきた。ふと見ると、家出する直前に掛かってきたケイの電話のメモである。
 
茉莉花はじっとそのケイの携帯の番号を見つめていた。
 

龍虎は今日って最悪と思っていた。
 
「わあ、凄い可愛い子ね。妹さん、小学5〜6年生くらい?」
と女子大生くらいの女の子から尋ねられて
「まだ小学4年生なんですよ」
と川南は答えていた。
 
「そういえばまだ胸が無いもんね。でもあんた、美少女アイドルになれるかもよ」
「この子、歌もうまいから、アイドルになれるかも知れないですね」
「わあ、歌もうまいのなら、中学生くらいになったらオーディションとかに出てみるといいですよ」
「ああ、そういうのもいいですよね」
と川南は答えている。
 
そういう訳で龍虎はスーパー銭湯に来ているのである!
 

病院を出た後、川南は
「今日は暑いね。なんか汗掻いちゃったよ」
と言った。それで龍虎もうっかり
「ほんとに。ボクも汗掻いちゃった。帰ったらお風呂入らなきゃ」
と言ってしまった。
 
すると川南は
「だったら、帰る前にスーパー銭湯に寄っていこうか」
と言った。その時点では龍虎もまだ《事の重大性》に気付いていなかった。
 
仙台市郊外のスーパー銭湯に着いて川南が料金を2人分払う。これは田代の母からもらったお金の中から払っている。それで龍虎は中でジュースをおごってもらってから脱衣場の方に行こうとした。
 
ところが男湯の脱衣場に入ろうとすると、
「君、小学生でしょ?お父さんと来たの?でも小学生はちゃんと女湯に入らなきゃダメだよ」
 
と言われて、つまみ出されてしまったのである。
 
「どうしよう?」
と困ったような顔で訊く龍虎に川南は平然として言った。
 
「普通に女湯に入ればいいと思うけど」
「え〜〜〜!?」
「だってその格好で男湯に入れる訳が無い」
 
それで川南に連れ込まれて女湯に入ってしまい、今浴槽に浸かっている所である。
 

3月10-11日に大船渡に青葉、桃香と千里、和実と淳、などが集まっていた頃、冬子と政子は宮崎県の酒造メーカーの依頼で、CMの制作のため九州に行っていた。またもや町添さんや丸花さんなどの画策で、政子のやる気を起こさせようという作戦であった。
 
冬子のカローラ・フィールダーに2人で乗って、東名・伊勢湾岸道・新名神・名神・山陽道、九州自動車道と走り、いったん阿蘇に寄ってイベントで歌う。この時、本当はケイひとりで歌う予定だったのだが、政子が「歌ってもいいかな」と言い、ふたりで歌った。ローズ+リリーが人前で歌ったのは昨年12月のマキの結婚式以来である。わりと重要な出来事だったのだが、ローカル紙の片隅に載っただけであった。
 
“歌手が歌った”ことを特別なことと思う人は、普通居ない!
 
その後、九州自動車道に戻り、宮崎自動車道を走って宮崎県まで行くのだが、その途中、3月11日の朝、ふたりは一緒に結婚式を挙げる夢を見た。
 
親友の琴絵が巫女さんの格好をしていて、ふたりの持つ素焼きの杯にお酒を注いで、冬子と政子は三三九度をしたのである。
 
冬子と政子が一緒に同じ夢を見るというのは、時々起きていることで、2010年3月24日早朝にも鬼怒川温泉でふたりは同じ夢を見て、その時に書いたのが、名曲『影たちの夜』である。
 
ふたりはその日都城の酒造メーカーでCMの制作をし、その後、12日にずっと高速を走って3月13日朝、東京に戻ってきた。そしてその翌々日の15日、ケイの携帯に、春風アルトからの電話があったのである。
 

ケイは
「誰にも言いませんから、一度会いませんか?」
と言った。
 
ケイとしてはアルトが変なことを考えたりする前に、確保しなければと思ったのである。状況によっては、上島先生に義理のない知人、たとえば若山流の親戚などを頼ってアルトさんを保護しようとこの時点では考えた。
 
アルトも帰ってきてとか言われるかと思ったのを単に会おうということだったので、
「そうだなあ。ケイちゃんたちとなら会ってもいいかな」
と言った。
 
それで、その日の夕方、冬子と政子は再びフィールダーに乗り、伊豆の三島まで行った。
 
三島駅前でアルトを拾い、その日はそのまま国道136号を南下し、伊豆長岡温泉の温泉宿に泊まった。伊豆半島の中央山岳部の温泉としては修善寺温泉があまりにも有名だが、その修善寺温泉まで行く途中、修善寺より15kmほど北にあるのが伊豆長岡温泉である。ここはある種の穴場になっている。
 
「上島からケイちゃんたちにも連絡無かった?」
「アルトさんから連絡がある少し前に訊かれたんですよ。だから知りませんと答えたのですが、嘘つかずに済んで良かった。もちろんアルトさんからの連絡の方が先だったとしても、私は知りませんと答えていたでしょうけど」
とケイは語った。
 
「あの人、やはり私を探してる?」
「かなり探しているみたいですね。最初は§§プロ関係に訊いて、それでも誰も知らないから、アルトさんと共演したりして親しいタレントさん数人に訊いて、それでも行方をつかめないから、高校時代のお友だちとかにも訊いたりしていたみたいです」
 

アルト(茉莉花)は食事の後、夜通し、ケイとマリにこれまでのことを泣きながら語った。
 
「私、自分の性別に疑問を感じてしまった」
 
「アルトさん、男だったら子宮もないし、生理も無いです」
「あ、そうか。私、生理はあるから、やはり女なのかな」
「だったら間違い無いですね」
 
「ケイも生理があるから、本当は天然の女の子だね」
とマリが突っ込むが
「話がややこしくなるから、その話はやめなさい」
とケイは注意する。
 

ケイはアルトに言った。
 
「上島先生の浮気について『我慢しよう』と思ったらダメです。気にしないかあるいは離婚しちゃうかです」
 
「要するにあの人の浮気癖は直らないということね」
「直りません」
とケイは断言した。
 
アルトは、それって結婚する前に醍醐春海ちゃんからも似たようなこと言われたよなと思った。あの時も迷ったけど、浮気は気にしないことにして結婚を選択した。しかしここまで酷いとは思っていなかった。結局は、やはりその二択しかないのかとアルトは改めて思った。
 
3月16日は御殿場まで北上し、富士五湖道路から富士急ハイランドに行った。そしてアルト、ケイ、マリ、の3人で思いっきり遊んだ。
 
「かっなり、来るね、これ」
「男の人だと、玉が縮むって奴?」
「私玉がないから分からない」
「私も玉は取っちゃったから分からない」
 
「よし、あの人をここに連れて来よう」
「縮むかどうかの確認ですか?」
「そうそう。私、物じゃ許してあげない。私との時間を持ってもらう」
 
「帰ります?」
「うん。帰ろうかな」
 
「茉莉花さん。御守りにこれ差し上げます」
と言ってケイはアルトに素焼きの杯・大中小のセットを渡した。
 
「これもしかして三三九度の杯?」
「先週、宮崎にお酒のCM制作で行ってきたんですが、その時酒屋さんからこれを頂いたんですよ。2セットもらったから1セットはお裾分け」
「へー」
 
「これで三三九度やり直すといいですよ」
「うん。そうしよう! 実は私たち人前式だったから結婚式の時は三三九度しなかったんだよ」
「だったら、あらためてやるといいですね」
 

スーパー銭湯を出た後、龍虎はふつうに可愛いブラウスとスカートを着て、川南の運転するマーチで東北道を南下した。
 
「仙台は新しい建物が多かった」
と龍虎はポツリと言った。
「少しは復旧してきたね」
と川南も言った。
 
夕方、ふたりが田代家に帰還すると、両親とも帰っていた。
「ただいまあ」
と言って、龍虎が家の中に入る。
 
「お疲れ様」
「川南ちゃんありがとうね。御飯食べていって」
「頂きます」
 
龍虎はスカート穿いていることを親から何か言われるかな?と思ったが特に何も言われなかった。何かボク、こういう格好しているのが日常になりつつあるなあ、と龍虎は思っていた。
 
別にボク、女の子になりたいとか、そういう気持ちは無い・・・と思うけどね!
 

ケイとマリはフィールダーでアルトを上島宅の前まで送っていった。そして彼女が玄関の中に入るまでを見守った。
 
上島雷太は茉莉花の前に土下座して、これまでたくさん浮気をしてきたことを謝った。そして茉莉花からの「三三九度やろうよ」という提案に応じ、ケイからもらった清酒『花霧』で三三九度をした。
 
「このお酒美味しい!」
「都城のお酒なんだって」
「南九州は焼酎所だけど、日本酒の美味しいのもあるんだね〜」
 
少し落ち着いた所で、雷太は、支香の件について少し説明させて欲しいと言った。これは騒動が起きた時にすぐ説明したかったのだが、あの時期は、あまりにも茉莉花が怒っていたので、とても説明できる自信が無かったのだと言った。
 
「そりゃ怒るよ。ってかまだ怒っているんだけど」
「ほんとにごめん!」
「で何を説明したいの?」
 
「支香には2004年以来ずっと送金をしている」
 
それは茉莉花が家の中を『探索』して発見した預金通帳から分かっている。
 
「それは支香と恋愛関係があったからではない。支香との恋愛関係ができたのはここ半年くらいのことだったのだけど、それまではただのワンティスの同僚というだけの関係だったんだよ」
 
「じゃ何のための送金?」
「本来夕香が受け取るべきだったお金を代わりに僕が遺族である支香に送金していた」
 
と言って、雷太はワンティスの作詞者が偽装されていたことを語った。
 
「だったら、高岡さんのお父さんが、夕香さんの遺族が受け取るべき印税を受け取っているわけ?」
 
「そういう流れが、事務所とレコード会社の間でできあがっていたから、僕たちは抵抗できなかった。高岡が亡くなった後も、事務所の社長からは絶対に偽装のことは言わないようにと釘を刺された」
 
そして更に、雷太は初めて、龍虎のことを茉莉花に打ち明けた。
 
「あなた、他にも隠し子が居たの!?」
と茉莉花は怒って言った。
 
「違う!僕の子供じゃない。高岡と夕香さんの間の子供なんだよ」
 
「うっそー!?」
 
「だから僕が支香に送金しているお金は、夕香の遺族が受け取るべき印税に加えて、龍虎の養育費・病院代が含まれているんだよ」
 
「へー。でも“りゅうこ”ちゃんって、どういう子?何年生?」
 
「今小学4年生なんだよ。だから僕の子供たちよりずっと年上」
 
上島雷太の隠し子たちは7,6,5,4歳である。
 
「ふーん。可愛い子?」
「可愛い。歌もうまいし、もしかしたらあの子は芸能デビューしたいと言い出すかも知れない。ただその時は、高岡の子供だというのは伏せてデビューさせたいと思っている」
 
「うん。そのほうがいいと思う」
と茉莉花も賛成した。
 
雷太は龍虎の写真も見せる。
 
「すごーい!美少女じゃん。お母さんに似たのね」
「ああ、女の子と思われることもよくある」
「へ?女の子じゃないの?」
「男の子だけど」
「だって、名前は“りゅうこ”って言わなかった?」
「うん。だから空を飛ぶ龍に、吠える虎で、龍虎なんだよ」
「その字か!」
 

アルトを上島宅に送っていった後、ケイとマリは続いて鬼怒川温泉に行き、そちらのイベントに出席した。ここでもマリはケイと一緒に歌った。
 
東京に戻ると、高校時代の友人、仁恵と琴絵がやってきた。3月11日に見た夢では、琴絵が巫女さん役をしていたのだが、実はその琴絵本人も同じ夢を見ていたというのであった。
 
「政子と冬子ってだったら結婚したの?」
「結婚したのはむしろ2010年3月23日の晩だと思う」
「今回正式に式も挙げた感じかな」
 
それで仁恵たちに乗せられて、冬子と政子は再度ふたりの前で三三九度をした。琴絵が巫女さん役をしてくれた。
 

ふたりが帰ってから、冬子と政子はラジオの番組に出るのに放送局に行ったのだが、その帰り、冬子は政子に言った。
 
「指輪買ってあげようか?」
「エンゲージリングはいいから、マリッジリングがいいな」
と政子は言った。
「いいよ」
「でも指に付けるんじゃなくて腕に付けるの」
「随分大きな指輪だね」
「だからブレスレットだよ」
「へー!」
「それなら、いつでも付けてられるでしょ?私たち27歳までは結婚・出産禁止だし」
「それもいいかもねー」
 
それで冬子と政子は宝飾店に行き、おそろいのプラチナのブレスレットを求めたのである。これは2012年3月19日のことであった。
 
ふたりはそのまま美容室に行って髪をセットすると、自宅で適当なドレスを選んで着て、写真館に行って記念写真を撮った。
 
「ね、ね、振袖写真も撮ろうよ」
と政子が言うので、ふたりは翌20日には美容室に行って振袖を着付けしてもらい、お花(胡蝶蘭の花束)なども買ってきて飾り、自宅マンションでセルフタイマーで写真を撮ろうとした。ところがそこにちょうど冬子の姉・萌依が来たので、これ幸いと撮影係をしてもらった。
 
萌依は冬子と政子が結婚したと言うと驚いていたが
「まあ実質プライベートでもほぼ一緒に暮らしているしね」
と言っていた。
 
そういう訳で、このプラチナのブレスレットがふたりの夫婦の証であることをこの時点で知っていたのは、仁恵・琴絵・萌依の3人だけである。
 
「このお花きれいね〜」
「お姉ちゃん、何なら持ち帰る?私たち不在がちだから、枯らしちゃうし」
「じゃ持ち帰る〜」
 
「結婚式の花束を持ち帰るから、きっと萌依さん、次の花嫁ですよ」
と政子は言った。
 
「そうだなあ。私もレスビアン婚しちゃおうかな」
「あ、いいと思いますよ」
 

3月18日(日).
 
季里子は自分の母を千葉市内に呼び、桃香と“結婚”したことを話した。母は驚いたものの
 
「あんた、昔から女の子が好きだったもんね〜」
と言って理解を示してくれた。実は高校時代に女の子の恋人とセックスしている現場を母に見られてしまったこともある。当時は季里子がタチ(男役)だった。つまり季里子は相手のバージンをもらっている。
 
母と少し話し合った上で、エンゲージリングをもらったこと、マリッジリングも交換したことを話す。
 
「へー。どんなのもらったの?」
「これなんだよね」
と言って桃香からもらったルビーの指輪を見せる。
 
「わあ、いい指輪じゃん!これ石の色がきれい!」
「きれいだよね。少し高かったけど、頑張ってくれた」
「マリッジリングはつけないの?」
「えへへ。つけてていい?」
「ふたりが結ばれたという証(あかし)だもん。つけときなさい」
 
それで季里子は自分の左手薬指にプラチナのマリッジリングをつけ、その上にルビーのエンゲージリングも重ねてつけた。
 
「ああ、あんたもお嫁に行ったんだね」
「うん。お嫁さんになった」
 
「相手はどんな子?」
「会ってもらっていい?」
「うん」
 
季里子がそちらを見ると、近くの席に居た、(女性用)ビジネススーツを着た桃香がテーブルに近づきお母さんに挨拶した。
 
「高園桃香と申します。よろしくお願いします」
「あら、あなたが季里子の旦那さん?」
「はい。ご挨拶にも行かず、申し訳ありません」
 
「えっと、あなた女性ですか?」
 
母には一瞬桃香の性別が判断できなかったのである。
 
「一応戸籍上は女になっておりますが」
「見た瞬間、男の人かと思っちゃった」
「お母ちゃん、スカート穿いてる男の人はいないよ」
「そう?でも最近、男の子でスカート穿く子も時々いない?」
「まあいることはいるけどね」
 
「女湯とか女子トイレで悲鳴あげられたことは何度かあります」
 
と桃香は言いつつ「何度も」と言うべきかなと思った。
 
「男の子になりたい女の子?」
「男の子になりたい気持ちは無い訳ではないですが、やはり自分は性同一性障害ではなく、ただのレスビアンかなと思っています」
と桃香は言うが
 
「まあ私としてはどちらでもあまり大差無い気もするけどね。でも私、女の子が好きだから桃香が性転換して男になってしまったら、別れるかも。取り敢えずおっぱいは無いと嫌だ」
 
「なるほどね〜」
 

促されて桃香もマリッジリングを左手薬指につけた。季里子の母は、取り敢えず桃香と携帯の番号・アドレスを交換した上で言った。
 
「ずっとふたりで暮らしていくの?」
「そのつもり」
と季里子。
 
「今私は学生なので、あと1年学生やって卒業したら、就職して、家庭を支えていくつもりです」
と桃香。
 
「赤ちゃんとかはどうするの?」
とお母さんは、つい言ってしまってから「あれ?」と首をひねっている。
 
「私、桃香の子供を妊娠しちゃうかも」
と季里子。
「あまり女の子を孕ませる自信は無いんですが」
と桃香。
「精子あるんだっけ?」
「時々友人から、お前精子あるだろう?と言われるのですが、精子を生産できるような器官は持ち合わせていないはずなのですが」
 
「でも桃香と初めてセックスした後、3ヶ月生理が来なかったから、あの時は、もしかしたら一時的に妊娠していたのかも」
と季里子は言う。
 
あれは念のため産婦人科に行ってみようかと言ってたら生理が来たのである。
 
「女同士なので籍は入れられませんけど、もし季里子さんが妊娠した場合はちゃんと認知しますので」
と桃香。
 
「女性でも認知できるんだっけ?」
「やってみないと分かりません」
 

「でもお父ちゃんにはどう話そうか」
と季里子が迷うように言う。
 
「しばらく秘密にしておこうよ。既成事実を積み上げて、せめて半年か1年くらいしてから話さない?」
と母は言った。
「その方がいいかも知れないね」
と季里子。
 
「私はいつでもお父さんに挨拶に行っていいですので」
「今すぐそれやったら、お父ちゃん激怒して話にならなそうな気がするもんね」
「取り敢えず桃香さん、季里子のお友だちみたいな顔して、うちに時々顔を出してくださるといいかも」
「だったらそういうことにしようかな」
 
「桃香、お酒好きだし、お父ちゃんと飲み友だちになってしまうといいかも」
「まあお酒は好きだけど。今度、どこかの地酒でも持って訪問しようかな」
と桃香が言うと
 
「いつでも歓迎よ」
とお母さんも笑顔で言った。
 

3月19日(月).
 
大分県別府市では、全日本クラブバスケットボール選手権大会の準決勝と決勝が行われた。
 
この日が平日で翌20日は祝日(春分の日)なので、これが県大会とかであれば19日には試合をせずに、20日に試合をするところだろうが、これは全国大会で遠くから参加チームが集まってきているので、そういう訳にはいかず、平日だが試合は行われる。ここまで残っているのはこの4チームである。
 
ローキューツ(関東1位)、伊豆ホットスプリングス(東海3位)、カステラズ(九州1位)、遊ガールズ(九州2位)
 
準決勝(9:00)の相手は長崎から来たカステラズである。
 
見た記憶のある顔があるなと思ったら薫が「あの8番は長崎P女子高にいたね」と言っていたので、インターハイかウィンターカップに出ていたのだろうと思った。
 
事前の分析ではその8番と、12番を付けている長身の選手が手強いということであった。その選手もインターハイなどには出たことがないものの、同じ長崎市の強豪、長崎C女子高のOGらしい。
 

8番は麻依子が任せてくれと言ったので、彼女に任せた。そして12番は桃子に対応させた。
 
麻依子は日本代表候補にこそ召集されたことがないものの、それに近い実力を持っている。正直、代表経験のある竹宮星乃などとそう実力に差が無いのではという気がしている。その麻依子が本気になると、向こうの8番は完全に抑えられてしまった。
 
12番と桃子は良い勝負をしていた。どうかしたチーム相手なら12番が全部リバウンドを取ってしまうのだろうが、桃子は身長では相手に劣るものの、ジャンプ力と勘で相手に対抗していた。
 
そして・・・麻依子と桃子が相手の主力を抑えている間に、千里と聡美の2人で点を取りまくる。ポイントガードは岬が務めた。
 
千里がスリーをどんどん成功させるので、向こうの8番は千里を抑えに行きたがっていたが、麻依子が放してくれない。それで向こうの選手の中で器用そうな感じの15番の選手が千里に付いたが、千里のスピードと瞬発力で振り切られてしまう。
 
そういう訳で、この試合は相手主力を抑えている間にこちらが得点するという作戦で、20点差で快勝した。
 
結果的にローキューツはこの試合で誠美と翠花を温存することができた。薫と国香も、ほとんど出ていないので充分元気がありあまっている。
 

決勝は遊ガールズとであった。遊ガールズは伊豆ホットスプリングスとの熾烈な戦いを制して1点差で勝ち上がってきた。
 
つまり伊豆ホットスプリングスと同程度のレベルのチームということだろう。
 
伊豆ホットスプリングスとは2009年12月の純正堂カップで戦っている。当時は伊豆銀行ホットスプリングスの名前だったが、伊豆銀行の支援が無くなってしまい、チーム名からも“銀行”を外したらしい。
 
2年前の純正堂カップの時は当時のローキューツと互角のチームだった。その後の成長については、昨夜分析会を開いたのだが(昨夜は今日対戦する可能性のある3チーム全部を検討している)、当時よりかなり実力があがっているというのが、多くの見方であった。
 

「遊ガールズ」は「あそガールズ」と読む。JRが以前運行していた蒸気機関車牽引の観光列車に「あそBOY」というのがあった。阿蘇と「遊ぼう」を掛けたものである。このチーム名はそのBOYをGIRLに性転換!したものである。
 
遊ガールズに関しては事前の情報が無い。今大会のビデオを昨夜分析した所ではあまり役割分担をしていない、いわゆるラン&ガン型のチームで、とにかく速攻が多いので、必ず誰か1人は浅めの位置に留まっておいた方がいいという結論に達していた。
 
それでこのようなメンツで出て行った。
 
国香/千里/翠花/夢香/誠美
 
夢香がその浅い位置に留まって、相手の速攻に対抗する係である。
 
実際これでかなり相手の速攻を停めることができた。
 
夢香には、絶対にアンスポを取られないように、相手を背中から追いかけてはいけないと言ってある。背中から追う形になってしまった場合はそのまま攻めさせて、リバウンド狙いにする。そうしないとこの係は簡単に退場をくらう。
 
相手はこちらを全く研究していないようだった。もっともこのタイプのチームは相手を分析して対策を考えてという戦い方そのものをしないであろう。一応マンツーマンだが、偶然近くにいた選手についている感じである。それで誠美に150cm代の選手が付いたりもする(当然勝負にならない)。
 
しかしこういう戦い方では、“専門家”を作る必要が無いので、選手運用が楽である。疲れてきた選手を交代させるという単純な方式で運用できる。充分な体力のある状態で戦うから、スタミナが持ち、ひたすら速攻を出すことができる。
 
試合は結果的に互角で進んだ。
 

浅い位置に居て速攻を停める係は消耗が激しい。第1ピリオドも後半は瀬奈に代わり、第2ピリオドは前半が夏美、後半でまた夢香にする。ポイントガードも運動量が多いので、第1ピリオドは国香、第2ピリオドは凪子を使う。また翠花の位置は、薫や元代にも変えていく。
 
しかし千里と誠美はずっと出続けた。
 
この相手には引っ込める訳にはいかないのである。
 
どうしてもファウルがかさみやすい相手なので、誠美には点数取られてもいいから、無理するなと言った。誠美が退場になると、勝負にならなくなる。
 
後半になっても向こうの戦い方は変わらない。それで守備に備える位置は瀬奈→聡美→岬→夢香と変えていった。ポイントガードも第3ピリオドでは浩子→国香、第4ピリオドでは司紗→凪子と変えていく。浩子や司紗は自分たちに出番が回ってくるとは思っていなくて驚いたようだが、こういう運動量が多く消耗しやすい試合では、彼女たちにも頑張ってもらわないと体力が持たない。
 
試合は最後まで競っていく。
 
残り1分の段階で93-89.こちらが4点ビハインドである。しかも相手の攻撃。こちらも疲れてきて、なかなか相手速攻に足がついていかない。向こうの選手が結果的に独走してランニングシュートを撃つ。これが決まれば6点差になり、ローキューツには厳しいことになる。ボールはリングの上をグルグルと数回回る。
 
しかし外に落ちてきた!
 
それを抜かれたものの追いかけていた夢香がしっかりキャッチする。そしてまだ戻りきっていない味方にロングパスを出す。それを凪子がしっかりキャッチして、相手選手が寄ってきた所で反対側のサイドにいた麻依子にパス。麻依子が中に進入して、相手選手にぶつかりながらもシュート。
 
ボールはゴールに入った。
 
審判は遊ガールズ側のファウルを取った。
 
バスケットカウント・ワンスローである。
 
麻依子がフリースローをする。
 
これをきっちり決めて1点差!93-92.
 

相手はすぐ攻めて来るが、フリースローの後なので、さすがにこちらは全員しっかり戻っている。相手は少しパス回しをした上で、結構強引に飛び込んできてシュート。
 
しかし外れる。
 
リバウンドを誠美が確保。近くに居た夢香にパスし、夢香は走り出していた千里に長いパスを出す。千里は相手選手と並走に近い状態になっていたのだが千里は巧みに走行路を調整して相手選手と反対側にボールの飛行路が来るようにした。
 
ボールが到達する直前に振り向いてキャッチ。そして相手を一瞬で抜き去ってミドルシュート。
 
きれいに決まって逆転!93-94.
 
相手が攻めて来る。速攻の後なので、こちら側のコートに選手がたくさん集まっている。攻めあぐねる。どんどんショットクロックの数字が小さくなっていく。困ってしまってスリーを撃つ。
 
これが入っちゃった!
 
逆転!!96-94.
 
こちらが攻める。向こうは必死にプレスを掛ける。何とか8秒ギリギリでボールをフロントコートに進める。相手のプレスは続く。
 
麻依子と千里が複雑な動きをして、結果的に麻依子がスクリーンを掛けた形になり、千里が一瞬フリーになり、ボールを持った。相手はスイッチして、近くにいた選手が千里に迫る。
 
その相手が近づく前に撃つ。
 
ここはスリーポイントラインより外側である。
 
撃った0.5秒後に試合終了のブザーが鳴る。千里に寄ってきた相手選手はギリギリで停止して千里にはぶつからなかった。
 
ボールの軌跡を全員が見守る。
 

ボールはダイレクトにゴールに飛び込んだ。
 
麻依子が千里に飛びつく。凪子と夢香が抱き合う。ふたりはそのまま誠美にも抱きつく。誠美が満足そうな顔で床でバウンドしているボールを見ている。
 
相手選手たちは天を仰いでいた。
 
整列する。
 
「97対96で、千葉ローキューツの勝ち」
「ありがとうございました!」
 
両者握手したり、背中を叩いたりして健闘を称え合った。麻依子は相手キャプテンとハグしていた。
 
こうしてローキューツは全日本クラブ選手権を初制覇したのであった。
 

この日の別府アリーナはAコートが表彰式専用!で運用されていた。
 
9:00からの時間帯にBCコートで女子の準決勝が行われ、10:40からの時間帯にBCコートで男子の準決勝が行われている間にAコートで女子の3位の表彰式が行われた。そして12:20からの時間帯にはBコートで女子の決勝が行われている間にAコートで男子の3位表彰式が行われる。そして14:00からの時間帯にはBコート男子の決勝が行われている間にAコートで女子の1・2位の表彰式が行われた(その後15:30からやはりAコートで男子の1・2位の表彰式)。
 
優勝したローキューツに優勝カップ、トロフィー、賞状、ウィニングボール、記念品が贈られる。優勝カップは浩子、トロフィーは麻依子、賞状は夏美、ウィニングボールは千里、記念品カタログは夢香が受け取ったが、全員3月いっぱいで退団するメンバーだ!
 
次いで準優勝の遊ガールズに賞状と記念品が授与される。
 
その上で金メダル・銀メダルをひとりひとり掛けてもらう。金メダルのプレゼンターはクラブバスケット連盟の会長、そのサポートでメダルの乗ったトレイを持つ役はミス別府の女子大生が務めてくれたが、彼女はこちらを憧れの目で見ている感じだった。
 
個人表彰が行われる。得点女王は遊ガールズの人、リバウンド女王は誠美、スリーポイント女王は千里、アシスト女王は3位になった伊豆ホットスプリングの選手だった。千里はウィニングボールを国香に預けて前に出て行き、賞状を受け取った。
 
表彰式が終わると両チーム入り乱れながら退場。束の間の交歓を楽しんだ。
 

優勝したローキューツは着換えてから男子の表彰式が終わるのを待ち、男子の優勝チームと並んだ記念写真も撮った。それで会場を後にしたのは16時頃である。
 
それでも充分早い時間帯に終わったので、別府市内のレストラン(何位になっても打ち上げしようというので昨日のうちに予約していた)に入り、優勝の祝賀会をした。
 
この日は下記の便で帰ることにしている。
 
別府北浜19:00(臨時バス)19:40大分空港20:10(SNA94)21:30羽田空港22:05-23:05千葉駅
 
SNAはスカイネットアジア航空(現在のソラシド・エア)である。使用機材はB737-400の予定。他の航空会社で長年使用されていた中古機だが、まあたぶん大丈夫であろう。
 
大分空港までのバスはバス会社に照会したら人数が多いので臨時便を出してもらえることになった。そもそも29人も路線バスに乗ろうとするのは無理がある。料金はふつうに1450円×29人で42050円で済んだ。千葉駅から先は交通手段の無い子は行き先別にタクシーに乗せて帰す予定だ。
 

祝賀会では、キャプテン浩子の音頭でワインで乾杯した後、自由に何でも頼んでということにしたので、みんな凄い勢いで食べていた!
 
「結びの大会で優勝できて嬉しい」
と浩子などは本当に嬉しがっていた。
 
「送別会は3月31日にあらためて」
「OKOK」
 
記念品はウィンドブレーカーと大分名産・柘植製品で、柘植のブラシである。ウィンドブレーカーは全員早速着ている。ブラシは本体も山も柘植でできている。
 
「国体で優勝した時は柘植の櫛をもらったね」
と麻依子が懐かしそうに言う。
「うん。でも櫛では私の髪はどうにもならないからお友だちにあげてしまった。今度はブラシだけど、やはり私の髪では折れそうな気がする」
と千里は言う。
 
「妹さんにでもあげるといいかも」
「そうなるかも」
 
4年前、大分県で行われた国体少年女子で優勝した時のメンバーで今ここにいるのは千里と麻依子だけだ。薫は北海道予選までは参加したのだが、まだ女子選手としては全国大会に出られなかったので、国体本戦に参加していない。
 
「プレゼンターのミス別府の目が危なくなかった?」
「そうだっけ?」
「単純に同じ女子として、凄いなあと思って見ていたんだと思うよ」
「モデルとか歌手とかになるのと、スポーツ選手になるのとは両立しないよね?」
「それは身体のつくりとして無理があるな」
「たまにスポーツ選手として有名になった後でCD出す人とかはいるけどね」
「まああくまで余技だよね」
 
「だけどどこかの国の女子チームがオリンピックに行く資金を作るのにヌードを披露していたね」
「マジ!?」
 
(2000年のシドニー五輪サッカー競技で、地元枠で出場したオーストラリア女子チーム"Matildas"は活動資金が無かったため、代表選手の内の12名がヌードを披露するカレンダーを制作。16.20豪ドル=1053円のカレンダーが45,000部売れ、4500万円ほどの売上となり、おそらく2000万円程度の強化資金を確保することができた。なお、結果は0勝2敗1分2得点6失点で予選リーグ最下位であった)
 
「いやお金もらえるなら、ヌードくらい披露してもいいや」
「私は、やだ」
「でもどうせヌード写真撮るなら若い内に撮っておきたいとか思わない?」
「それはカメラの上手な女子に頼んで、プライベートに撮ってもらうといいかも」
「あ、それいいかも〜。誰かカメラの上手い子居なかったかな」
 
千里は桃香の顔が思い浮かんだが、あの子はビアンなので、やや危ない気もする。特にスポーツ女子なんて、桃香のツボじゃん!
 
「でも屋内だけではつまらないね」
「屋外でヌード写真撮ってたら捕まるよ」
 
「屋外ヌード写真撮影に使える撮影所とかもあるよ。高い壁で囲まれていて、中庭で撮影できる。2〜3万でレンタルできたはず。千葉県内にも凄くきれいな家を1軒まるごとスタジオにした所があったはず」
と千里は言った。
 
「なるほどー!」
 
千里は雨宮先生がそこで女子高生歌手のヌードを撮ったと言ってたなと思い起こしていた。単にヌードを撮っただけで、Hなことはしてないらしいが、全く犯罪スレスレのことしてるなと思う。
 
「しかしヌード撮るなら半年くらい掛けてダイエットしなければ」
「私たち筋肉は発達してるけど、お腹の脂肪が若干不自由なケースもあるよね」
「そこは気合いを入れて引っ込めれば何とか」
「気合いだけでは何ともならないケースは?」
「それはやはり日々の練習で脂肪を燃焼させよう」
 
その時誠美がポツリと言った。
「ヌード撮られるなら、ボク、ちんちんをうまく隠さないと」
 
場が一瞬シーンとなる。
 
「マチ、それマチが言うと冗談に聞こえないから」
と国香が注意した。
 
「いや、マジで誠美にはちんちん付いてんだっけ?と考えてしまった」
という声が出ていた。
 

3月20日に冬子と政子が振袖を着て“結婚記念写真”を撮ろうとしていた所に行き合わせて、カメラマンを務めてあげた萌依は、撮影のアクセントにと用意されていた胡蝶蘭の花束を自宅に持ち帰った。
 
「あら、胡蝶蘭。どうかしたの?」
と母が訊く。
 
「冬子からもらったぁ」
「へー」
 
母としては、ファンからのプレゼントか何かだったのかなと思ったようであった。夕方帰宅した父も「おっきれいな花だな」と言う。母は「萌依が冬子からもらったんですって」と言う。
 
その日の夕食はラーメンであった。
 
「なんか冬・・・が家を出た後、うちの食卓が寂しくなった気がする」
と父。
 
父としてはいまだに元息子のことを「冬子」と呼ぶのも抵抗があるようである。といって「冬彦」と呼ぶ訳にもいかないしということで、語尾を誤魔化している。
 
「まあ冬子が主としてご飯作ってくれてたもんね〜」
と萌依。
「萌依がいいお嫁さんでももらってくれたら」
と母。
「そうだなあ。いい人がいればいいけど」
と萌依。
 
「萌依がお嫁さんをもらうわけ?」
「そういうのもいいと思うけど」
「お前、男になりたいの?」
「うーん。自分の性別はわりとどちらでもいいかな」
と萌依が言うと、父は何だか悩んでいた。
 

翌3月21日(水).
 
萌依はお昼に同僚たちと一緒に外食に出た。よく行く定食屋さんが満席である。「どこか他に行こうか」と言って、その向こう隣のラーメン屋さんに入った。
 
お昼の時間帯は注文などは受け付けず、席に座れば自動的にラーメンが出てくるシステムである。萌依たちもテーブルに座り、おしゃべりをしながら待っていた。
 
このラーメン屋さんはふだんは50歳くらいの大将と20代の娘さんの2人で運用しているのだが、この日は娘さんが休みなのか、大将の(多分)奥さんが入っていた。どうも慣れていないようで、もたついて客から叱られたりしている。
 
「たぶん奥さんだよね?」
「おそらく。初めて見たけど、大将とのやりとり見てるとそんな感じ」
「客商売自体をしたことないみたい」
「もしかしたら後妻さんかも」
「ああ、それはあり得る」
 
やがてお盆にラーメンを4つ載せてこちらに持ってくる。萌依の前に1つ、隣の子の前にひとつ、そして斜め向かいの子にひとつ渡そうとした時だった。
 
4つラーメンを載せてバランスが取れていたので、最後1個になった時そのバランスが崩れてしまう。
 
「あっ」
「きゃっ」
 
ラーメンが床に落ちて丼が割れる。汁が飛び散る。萌依も汁が少し足にかかってアチッ!と思った。
 
その時、近くの席にいた男性が立って、
「君大丈夫?」
とラーメンの汁が萌依と向かいの女性に声を掛ける。
 
「良かったらこれ使って」
と言って、バッグの中からウェットティッシュを取りだして渡した。
 
「ありがとうございます」
と言って、萌依はウェットティッシュを受け取ると1枚出して、前に座っている友人に渡してから、自分でも1枚取って汁のかかった付近を拭いた。火傷などはしてない感じである。
 
奥さん(?)はオロオロしているが、男性が
「ぞうきんとバケツか何か持ってくるといいですよ」
と言うと
「はい!」
と言って飛んで行った。
 
その時、初めて萌依はその男性の顔をしっかり見た。
 
「小山内君?」
「あれ?唐本さん?」
 
それは10年ぶりくらいの邂逅であった。
 

奥さんが掃除している間、給仕が停まる。すると小山内は
 
「僕が運んであげますよ。これ、どちらのテーブル?」
と大将に尋ねる。
 
「たぶんそっちの端」
 
「私も手伝います。こちらは?」
と萌依も尋ねる。
 
「次は観葉植物の隣の席かな」
 
萌依は自分の前に置かれたラーメンを食べておいて、と前の席の友人に言ってしばらく給仕をしていた。
 
それで奥さんが復帰するまでの5分ほど、2人が頑張ったので、昼食時の混雑するお店が何とか運用された。
 

「ありがとうございました!」
と片付けた上で手も洗ってきた奥さんが言った。
 
「ホントありがとう。でもあんたたち、ラーメン持つのうまいな」
と大将から褒められる。
 
「まあ物理の問題だよね。重心がちゃんと手に乗るようにしないといけない」
と小山内が言う。
 
「やはり最後の1個残す時に手の位置を変えないとやばいよね」
と萌依。
 
それであらためて、小山内も萌依も新たにラーメンを作ってもらって食べた。何かチャーシューがどっさり入っていた!
 
そして小山内と連れの男性2人、萌依と連れの女性3人、全員お代をタダにしてもらった上に、サービス券?までもらった。
 
お店を出ようとした時、小山内が言った。
 
「ね、唐本さん、携帯の番号交換しない?」
「いいよ」
と言って、ふたりは赤外線でお互いの番号を交換した。
 
萌依の同僚女性3人が微笑んでそれを見ていた。
 
 
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【娘たちのムスビ】(4)