【娘たちの収縮】(4)

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フェニックスでの女子日本代表候補の練習は続いていた。
 
日本で連休明けとなった5月7日、千里はまた練習終了後に日本に転送してもらい、戸籍の分籍の手続きをした。千里の新しい戸籍自体はそのまま実家の住所に置いておくことにした。
 
5月8日の夕方からはこれまで散々お世話になったマーキュリーとの練習試合をする。第1ピリオドでは34-16とダブルスコアになったが、第2ピリオドで向こうが主力を下げると日本は互角の戦いをし26-21と5点差で持ち堪えた。更に第3ピリオドでは14-22とこちらの方が点が多かった。しかし最終ピリオドでは向こうが主力を戻したので28-14とまたダブルスコアでやられ最終的には102-73で敗れた。
 
「勝負になる相手ではないけど、最後にまた主力をコートに呼び戻しただけでも君たちはよくやったと思う」
と村出監督は言った。
 

5月9日、半月滞在したフェニックスを離れて、午前中に1時間半のフライトでロサンゼルスに移動した。夕方から高梁王子が留学中のトロイ大学に行き、そこの体育館で練習をさせてもらった。今回はどうも代表選手の関わっている所に協力してもらっている感じだ。
 
10日は朝から15時くらいまで練習した所でいったん休憩する。
 
そして夕方からロサンゼルスを本拠地とするWNBAチーム、ロサンゼルス・スパークス(Los Angeles Sparks)と練習試合をした。
 
最初は向こうが油断していたようで、第1ピリオドは14-19とこちらが5点リードする展開。しかし第2ピリオドになると向こうは主力を投入してきて、25-17, 合計で39-36とし、逆転される。更に第3ピリオドでは32-20と大差をつけられ、第4ピリオドでは主力は下がったものの、控え組の選手も頑張って24-21と向こうがリード。結局95-77で敗れた。
 
しかし8日の試合にしても今日の試合にしても、日本女子代表の力はWNBAの1つのチームの控え組に並ぶ程度にはあるんだなというのが分かった。
 

ロサンゼルスには2日滞在しただけで、最後の合宿地シアトルに向かう。
 
11日朝8時の飛行機に乗り、2時間45分ほど飛んで、10:45くらいにシアトルに到着する。今回フェニックス、ロサンゼルス、シアトルは全部UTC-7の時間を使用しているので、とっても分かりやすい。
 
シアトルにはWNBAチーム、シアトル・ストーム(Seattle Storm)もあるのだが、千里たちが最初に対戦したのはジョージア州(*1)のアトランタ・ドリーム(Atlanta Dream)であった。ともかくもここシアトルでは13日までの間にいくつものチームと練習試合をした。
 
(*1)ジョージア州はアメリカ南東部の州。南隣がフロリダ州。北はテネシー州。東はサウスカロライナ州、西はアラバマ州。
 
全ての日程は13日中に終了し、14日の午前中には束の間の自由時間でお土産などを買う。そして14日午後の飛行機に乗り込んだ。
 
SEA 5/14 14:20 (DL155) 5/15 16:45 NRT
 
アメリカに行く時には1日、日がダブるのだが、帰る時は1日どこかに行ってしまう。日本代表候補チームは成田で記者会見した後、解散。千里は取り敢えず葛西のマンションに戻り、ひたすら寝た。
 

5月16日(水).
 
千里は合宿と合宿の合間を縫って、放送局の打合せに出て行った。
 
昨年の秋から今年春に掛けて放送した「ハート・ライダー」がひじょうに好評であったことから「ハートライダー2」をオリジナル脚本で作ることになったらしい。やはり群像劇なのだが、ライダーグループの他にドライバーグループも出てくるということで、オープニング曲をライダーをテーマにした曲、エンディング曲はドライバーをテーマにした曲を書いて欲しいということだった。
 
「誰が歌うんですか?」
「オープニングは堂本正登」
「わぉ!堂本さん復帰ですか」
「うん。やはり彼は男らしいイメージがあるから、皮のライダースーツ着せて。ドラマの中にもカメオ出演させる予定」
「だからAOR (Adult-Oriented Rock) という感じで頼む」
「Chicagoみたいな雰囲気ですね」
「そうそう」
 
「オープニングは海野博晃に歌ってもらう案もあったんだけど、照会したら性転換手術を受ける日程入れているからダメと断られた」
「あの人性転換手術受けるんですか?」
「冗談だと思う」
「海野博晃はもう何年も前から性転換すると言っているけど、一向に性転換する気配は無い」
「まあ性転換するつもりはないんだと思うけど」
「あの人はそういうジョークを言うのが好きなだけだと思う」
 
「エンディングは小野寺イルザで」
「へー!じゃアイドルっぽい感じですか?」
「それだけど、彼女は歌自体がしっかりしているから、少し大人の歌手という側面も見せていこうよということで、アイドルというよりポップスという路線でお願いできればと」
「分かりました」
 
「名義は、堂本のは醍醐春海、小野寺イルザのは鴨乃清見で」
「了解です」
 
「ついでにイルザがフェラーリを運転している所を富士スピードウェイで撮影して、エンディングのビデオに組み込もうと」
「彼女運転免許持っているんですか?あの子幾つでしたっけ?」
「1993年10月10日生まれの18歳。先日自動車学校に通わせて、免許取得しました」
 
「初心者にサーキット運転させるんですか〜!?」
「うん。だから大半は醍醐が代わりに運転するということで」
「まあいいですよ」
 

「イルザは日本人初の女性F1ドライバーを目指すキャラとしてドラマにも出演」
「ちょっと待って下さい。そういう役どころなら、本職のレーサーさんに代行してもらってください」
と千里は言った。
 
「でも醍醐先生もA級ライセンスをお持ちなんでしょう?」
と和田ディレクターが言う。
「“国内A級”ですけどね」
と千里。
 
「国内?」
「自動車競技のライセンスは、国内B級から始まって国内A級、国際C級・B級・A級とあがっていきます。F1に出るには国際A級ライセンスの更に上のスーパーライセンスが必要です」
と千里は説明する。
 
「ああ、国内A級ライセンスと国際A級ライセンスがあるんですか」
「国内A級は、取り敢えずサーキットを走ってもいいよというライセンスですね。持ってる人はごまんと居ますよ」
と千里が言うと
 
「いや5万人はいない。たぶん2万人くらい」
と雨宮先生は言った。
 
実際には資料を確認すると、2012年での国内A級ライセンス発給数は16,963人、国際ABCが合わせて2405人なので、雨宮先生が正しい。むろん千里は「五万」と言った訳では無く、数が多いという意味で「ごまんと」(*1)と言っただけである。
 
(*1)「ごまんと」は数が多いことを表す古語「まんと」の派生語で近世になって使われはじめたもの。「五万と」と書かれることもあるが当て字。
 

「B級は?」
「講義受けたらもらえるライセンスで、まあ自動車レースのファンクラブ会員のようなものです」
「そうだったのか」
 
「でも一応サーキットを走れるライセンス持っているなら醍醐さんでいいと思うよ」
と橋元プロデューサーが言った。
 
「ええ。むしろF1を目指す女の子だから、今は必ずしもテクが凄くなくてもいいんです。ですから職業レーサーさんに代役してもらうより、アマチュアのドライバーさんの方が映像的に使えると思います」
と脚本家の桐生も言う。
 
「分かりました。私でもいいというのであれば運転しますが、下手すぎると思ったら遠慮無く他の方に交代して下さい」
 
「うん。それは遠慮無くそうさせてもらう」
と橋元さん。
 
このあたりをストレートに言うのは、さすが番組の責任者である。
 

「でも女性のF1ドライバーって今までいたんでしたっけ?」
と出演者代表(このドラマには明確な「主役」は居ない)で出てきている俳優の暁昴(あかつき・すばる)が言う。
 
彼はドラマの中ではハーレーダビッドソンBlackline (1584cc)に乗っているが、個人ではスズキのブルバードM50 (805cc)に乗っているらしい。
 
800ccなのに50という名前が付いているのは50立方インチだからである。1 inchは 2.54cm なので 1 cu in = 2.543 = 16.387 cm3 になる。従って 805 / 16.387 = 49.1 cu in (cubic inch) なのである。
 
彼はバイクに乗る俳優というイメージが定着しているので、よく人から
「暁さん、個人的には、どんなバイクに乗っているんですか?」
と訊かれ
「ああ。俺のは小っちぇえよ。50だから」
と言うので、みんなてっきり50ccのスクーターにでも乗っているのかと思い、へー意外にと思うのだが、実際に彼が愛車に乗ってくるのを見たら巨大な車なので、みんな仰天するらしい。
 
なお、ブルバード(Boulevard)M50というのは、アメリカでの名前で日本国内の名前は素直にBoulevard 800である。但し国内販売は2006年10月に終了しており、暁さんが買ったのはアメリカからの逆輸入もので、本当にM50なのである。
 
ちなみによくブルーバードと誤記されるが、青い鳥ではなく大通りBoulevardである。
 
でも暁昴のバイクには青い鳥のステッカーが貼られている!
 

「女性F1ドライバーは今までに5人いますね」
と言って桐生さんが説明した。
 
Maria Teresa de Filippis (1926.11.11-2016.1.8) イタリア.1958-1959に参戦。1958ベルギーGPでは予選を19位通過、決勝10位完走。同年ポルトガルGPとイタリアGPでも予選通過したが決勝はリタイア。1959は予選通過ならず引退。後にマセラッティの名誉会長を務める。
 
Maria Grazia "Lella" Lombardi (1941.3.26-1992.3.3) イタリア.74,76ブラバム, 75,76マーチ, 75ウィリアムズで参戦。1975年F1スペインGPで6位入賞して0.5Pt獲得。これは女性ドライバーが入賞した唯一の記録であり、また生涯獲得ポイント0.5は、F1の生涯獲得ポイント最小記録である!
 
Divina Mary Galica MBE (1944.8.13-) イギリス。1976サーティースおよび1978ヘスケスのチームで参戦。1976イギリスGPにはレラ・ロンバルディも参戦しており、F1史上唯一、複数の女性ドライバーが出走したレースとなった。
 
Giovanna Amati (1962.7.20-) イタリア。1992年にブラバムと契約して3戦に参加するが全て予選落ち。解雇されてデイモン・ヒルが後任となった。
 
Maria de Villota Comba (1980.1.13-2013.10.11) はスペインの女性ドライバー。2012年3月にロシアのマルシャF1チームと契約して今後の活躍が期待される。
 
(とこの時桐生さんは説明したのだが、彼女は2012年7月3日風力テスト中にサポートトラックに激突し重傷を負う。この怪我が元で10月11日死去。33歳。結果的にF1のレース自体には1戦も参加していない)
 

「男性でも、日本人のF1ドライバーは今まで20人もいませんからね(*1)。日本人女性の体格でF1ってどのくらい現実味があるのかとは思うんですけどね。まあ、夢物語ということで」
 
と桐生さんは言っていた。
 
(*1)F1に参戦した日本人ドライバーは参戦年の順に鮒子田寛、高原敬武、星野一義、長谷見昌弘、高橋国光、中嶋悟、鈴木亜久里、服部尚貴、片山右京、鈴木利男、井上隆智穂、野田英樹、中野信治、高木虎之介、佐藤琢磨、山本左近、井出有治、中嶋一貴、小林可夢偉、の19人。この他に中谷明彦はブラバムチームと契約したものの、スーパーライセンスの条件を満たしていないとしてFIAからライセンス発給拒否され、代わりに採用されたのが女性ドライバー、ジョバンナ・アマティである。
 

千里の日程が詰まっているので、千里がイルザに代わって富士スピードウェイを走るシーンは、翌5月17日に撮影された。
 
当日はイルザも来て、メインストレートを60km/h!!で走らせることになった。このためにイルザは運転免許自体の取り立てなのに、B級ライセンスの講習会に行って、国内B級ライセンスを取得、更に富士スピードウェイの講習会にも参加させてFSWライセンスも取らせている。これは2時間ほどの講習で取れるもので、千里も3月30日に再度FSWに行って講習を受け取得している。
 
さて、今日使用する車はフェラーリ F12 berlinetta である。
 
イルザが「格好いい!」と言ってはしゃいでいる。
 
「これ、もう日本に来ていたの!?」
と雨宮先生はびっくりしている。
 
今年3月に公開されたばかりの新型車で、フェラーリの最高峰モデルである。
 
「年末くらいから発売する予定です。ディーラーに出すのも7月からなのですが、今回の撮影のために特別にお貸しすることにしました」
とフェラーリ・ジャパンの社員証を付けた人が言っている。
 
最初にフェラーリのドライバーが軽くショートサーキット(約900m)を一周してきた。
 
次に番組のスタントチームのドライバー豊岡さんが乗ろうとしたのだが、ここで雨宮先生が「醍醐、やってみ」と言った。
 
それで千里は「はい」と答えて車に乗り込む。
 
エンジンを掛ける。凄いパワーだ。凄いけど一般道では宝の持ち腐れだよなあ、と思う。千里は“軽〜く”33秒で回ってきた。
 
ストップウォッチでラップタイムを計っていたディレクターとそのストップウォッチを見ていた脚本の桐生さんが目を丸くしている。
 
「醍醐先生、マジですね!」
とイルザ担当の★★レコード北川さんが言っている。
 
「このサーキットはよく来ておられるんですか?」
とディレクターが尋ねた。
 
「ショートサーキットは2度目ですね。レーシングコースの方は何度か走ったんですけど」
と千里は言う。
 
「醍醐先生、マジでレーサーの素質がありません?」
 
「私はバスケット選手なんで、レーサーにはなりませんよ〜」
と千里は言っておいた。
 
「醍醐先生は昨年のアジア選手権でスリーポイント女王を取っておられるんですよ」
と北川さんが、みんなに千里の《スポーツ選手》としての実績を紹介する。
 
「昔F1に出た女性ドライバー、ディビナ・ガリカは元々スキーの選手としてオリンピックに出ているんですよ。そういうスポーツ選手として世界的なレベルにある女性なら、あるいはF1を目指せるのかも知れませんね」
 
と桐生さんが言っている。
 
そして唐突に言った。
「橋元さん、イルザちゃんが演じる小島秋枝ですけど、サッカーかバレーでもしていたという設定にできない?」
 
「それならマラソン選手がいい。イルザちゃん、元陸上部だよね?」
「はい。中学の時1500mで一度全国大会まで行きました。予選落ちでしたけど」
「いや、予選落ちでも全国大会まで行ったのは凄い」
 
「じゃ元長距離選手という設定を入れよう」
「もしかして私、走るシーンとか出てきます?」
「当然」
「練習しなきゃ!」
 

イルザにも運転させるが、豊岡さんが助手席に同乗し、おそるおそる時速40km!ほどで一周してきた。しかしそれでもイルザは
 
「面白かった!」
 
と言っていた。結局このショートサーキットで1時間ほど練習した後、レーシングコースが空いたという連絡が入るのでそちらに移動する。
 
千里とイルザは同じデザインのレーシングスーツを着ている。千里のスーツがオーダー物で、千里がイルザに合わせることができないので、イルザ用に、千里のと同じデザインの既製品を用意した。
 
イルザは黒髪ロングヘアだしスリムな体型なので、実は千里と雰囲気は似ている。イルザは先ほども話が出たように、元陸上選手のスポーツ少女である。中学時代主として長距離(800m,1500m,クロスカントリー)を走っていて、駅伝(10km)で区間記録を出したこともあるという。彼女は身長も164cmあり、体重は52kgほどまで落としているものの、レーシングスーツを着ていると体型はあまり分からない。
 

レーシングコースを借りられるのが1時間なので、手早く撮影を済ませる。
 
最初に千里が乗って遠景撮影用に3周走った。これを多数のカメラで撮影する。
 
実はさっきショートサーキットを走ったのは《こうちゃん》だったのだが、今回は千里自身が運転する。最初の1周は2:10(平均速度126km/h)、次は2:01, 3周目は1:55(平均速度143km/h)であった。
 
「ちょっと遅すぎましたかね?」
と千里は訊いたが
 
「私はこれ以上スピードを上げられたらチェッカーフラグを振ってくれと言おうかと思ってました」
とフェラーリの人は言っている。万が一にも壊されると営業戦略として困るというところだろう。
 
その後、走行中の近景を撮る。もう一台持って来ているフェラーリ Ferrari FF を豊岡さんが運転し、後部座席にカメラマンが乗る。そして豊岡さんのFFの後を千里のF12berlinettaが走る形で、撮影を行った。速度はラップタイム2:30ほどのペースである。これを念のため2周分撮影した。
 
最後にイルザがひとりで運転して直線を60km/hで走る所を撮影する。これも豊岡さんの車で先導し、その車内から運転しているイルザを撮影した。
 
ここまで撮影した所で50分近く使ったので、素早く撤収した。
 

「後はスタジオでの撮影で何とかなると思います。お疲れ様でした」
 
ということで解散した。
 
千里が雨宮先生の612スカリエッティを運転し、先生をお台場のFHテレビで降ろす(「ハートライダー」はΛΛテレビ)。その後車を雨宮先生の御自宅に回送し、そこに駐めていた自分のインプレッサで葛西に帰還した。そして明日から始まる代表合宿の準備をしていたらドアベルが鳴る。何か郵便受けに入らない大型郵便物でも届いたかと思い、ドアスコープを見たら、桃香なので、千里は驚いてドアを開けた。
 
「桃香どうしたの?」
と言いながら、ドアを開けて中に入れる。千里はドアを“ロックしなかった”。
 
「千里が恋しくてやってきた」
「どうしてここを知ったの?」
「愛する千里のことなら何でも“知っているよ”」
「だって“真里子”ちゃんは?」
「真里子は真里子、千里は千里だ。千里、Hしよう」
と言って、桃香はいきなり千里を押し倒す。
 
が、次の瞬間、千里を押し倒した“桃香”が空中に“持ち上げられた”。
 
《りくちゃん》に“桃香”を持ち上げろと千里が指示したのである。
 
「何これ〜!?」
と“桃香”は言っている。
 
「私こそ訊きたいね。あんた誰さ?」
「誰って、私は桃香に決まってるじゃん」
「あまりにも稚拙な変装で私を笑わせないで欲しいね。だいたい言葉遣いからして桃香の話し方じゃないし、“真里子”ちゃんなんて聞いたこともないし」
「うっ・・・」
 
「研究不足が過ぎるね。くすぐりの刑にしてやろうか?」
「それだけはやめて〜〜!!」
「じゃ、さっさと退散しなよ。玄関のドアはロックしてないから」
「分かった。退散する。千里、あんた凄すぎるよ」
 
それで《りくちゃん》が彼女を放すと、桃香に変装した何者かは急いでドアを開けて逃げて行った。
 
「締め上げなくて良かったの?」
と《りくちゃん》が訊く。
 
「拷問で口を割るような奴ではないのは一発で分かったよ」
「しかし何しに来たんだろう?」
「多分私の私の精子でも取りに来たんじゃないかね」
「そんなもの何するの?」
「私の子供が作りたかったとか」
「だって千里精子持ってないのに」
「ね?」
 
千里は《こうちゃん》が居心地悪そうな顔を一瞬したのを見逃さなかった。普段ならこの手の『荒事』は《こうちゃん》にやらせるのに、今回《りくちゃん》に命じたのは、千里の勘である。
 
千里は半紙と硯・筆を取り出すと梵字でこのように書いた。
 
《ノウボウアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ》
 
そして念を込めてドアの傍に貼った。
 
「これであいつはここには勝手に進入できない」
と千里は言う。
 
「なぜその真言?」
と《びゃくちゃん》が訊くと
「何となくね」
と千里は言った。
 
《こうちゃん》は今度は感心したように頷いていた。
 

貴司はその日、いつものようにチーム練習を終えると、千里(せんり)のマンションに帰った。
 
「セックスしたいよぉ。誰でもいいからしてくれないかな」
などと不遜なことを言っている。
 
その時、ピンポーンという音が鳴る。誰かがマンションのエントランスの所に来ているようだ。何だろうと思ってモニターにスイッチを入れると千里なのでびっくりする。
 
「千里!?どうしたの?」
「鍵を忘れてきちゃって。入れてくれる?」
「うん!」
 
それで貴司は“千里”を中に入れ、エレベータで33階まで上がってきた頃合いを見てドアを開ける。廊下を千里が歩いて来てニコリと笑って首を傾げるように会釈する。
 
「入っていい?」
「もちろん。入って入って」
と言って貴司は“千里”を中に入れる。
 
「でもどうしたの?明日から合宿かと思ったのに」
「貴司の顔が見たくなったの。顔見て安心したから、もう帰るね」
「待って。セックスしていく時間ある?」
「そうだなあ。そのくらいいいよ」
 
それで貴司は“千里”にシャワーを勧め、“千里”がシャワールームを出ると自分が今度は入って汗を流す。大雑把に身体を拭くと、ベッドルームに直行した。
 
「好きよ、貴司」
「僕も好きだよ、千里」
 
それで貴司は“千里”と快楽の時間を過ごした。
 

貴司は練習の疲れもあり、そのまま眠ってしまった。
 
“千里”は身体を起こし、やれやれと思う。
 
貴司のアレから避妊具を外し、中にかなり濃い液が溜まっているのを見て満足げに頷く。
 
「取り敢えず貴司さんの精子を使えば、京平君の兄弟は作れる訳だから、それでいいことにしよう。卵子は冷凍保存しているこないだのが、まだ行けるよね?産むのは誰に頼もう?」
 
それで“千里”はベッドルームを出て、サービスでボルシチを作ってあげてからマンションを出て、新大阪駅の高速バス乗り場に向かった!
 
千里にしても早紀にしても、眷属の力で瞬間移動することはできるものの、その力は無闇には使わず、どうしてもそれ以外の方法が無い時だけにしている。
 

千里は5月18日(金)から日本代表候補の第四次合宿に入った。23日までNTCで練習をするが、その間に壮行試合をする。相手はスロバキア代表である。
 
5/19(土) 17:00 栃木県立県南体育館(小山市)
5/21(月) 19:00 代々木第2体育館
5/22(火) 19:00 代々木第2体育館
 
客が入りそうな日曜を外すというのは不思議な日程である。
 
小山だが、新幹線の駅で言うと、大宮の次が小山で、その次が宇都宮である。20kmほど西に佐野市がある。つまり新幹線は小山市、高速道路は佐野市を通っているのである。千里たちは実際新幹線で小山駅まで行き、そこからチャーターしたバスで会場に入った。
 
さて日本代表候補が20名居た内から今回召集されたのは16名である。落とされたのは下記4名である。
 
佐伯伶美・千石一美・月野英美・中丸華香
 
千里は妙に若い人ばかり落とされたなあと思った。佐伯・千石・月野は1986年組で年齢的にも最も運動能力が高い25-26歳の世代。中丸華香は千里たちと同学年である。
 
ただこの選手絞り込みを一体誰がやっているのか良く分からない。今回はやっとヘッドコーチのジーモン・ハイネンが来るらしいが、どうも19日の大会当日に日本に到着するらしい。本当にヘッドコーチの考えで絞り込んだのか、その場合どこでプレイを見たのか。練習のビデオとかを撮ってもらっておいてそれを見て決めたのだろうか?
 
どうもそのあたりがよく分からないと千里は思った。
 

さて。。。。
 
第3試合のある5月22日なのだが、困ったことにこの日は青葉の誕生日であった。青葉には眷属の代役が利かないので、千里自身が行く必要がある。おそらく青葉の誕生パーティー自体はお友だちを呼んでその子たちをあまり遅くならない内に送り届けなければならない関係で17時〜18時半頃だろう。しかしその後、家族の団欒が続くので、ちょうど試合時間(19:00-20:30)とぶつかってしまう。
 
桃香からは午後の新幹線で彪志君も一緒に行くよと言われている。
 
東京13:12-14:30越後湯沢14:38-16:48高岡
 
試合の方も当然代役は利かない。
 
どうしたものかと思っていた時、携帯に電話があった。知らない番号である。
 
「もしもし」
「千里ちゃん?私、こないだの“桃香”だけど」
と言っている声は桃香の声にしか聞こえない。
 
「何か用事?」
「千里ちゃんには私の正体分かっちゃったみたいね」
「さあ」
「後でまたマンション行ってみたら、私専用の強力な結界貼られているし」
「やはりまた来たのか」
 
きっと何かの仕掛けでもしようとしたのだろう。
 
「それでさ、取引しない?」
「ん?」
 
「私、千里ちゃんの卵子が欲しかったんだけど、お断りみたいだから、代わりに桃香ちゃんの卵子が欲しいなと思ってさ」
「ふーん・・・」
 
「千里ちゃん5月22日に、東京で試合があるのに青葉ちゃんの誕生日で高岡に行かなきゃいけなくて困っているでしょ?」
「よく調べてるね」
「研究不足だってこないだ言われたから少し勉強した」
「それで?」
 
「その高岡に行く方の千里ちゃんを私に代理させてくれない?青葉ちゃんには絶対バレない自信がある」
 
千里は確かに元々人間観察力の無い青葉なら、この人(?)になら誤魔化されるかも知れないと思った。
 
「それで桃香と寝ようということなんだ?」
「生殖器を接触させないと、卵子を転送できないんだよ」
「まあ高岡に私と一緒に行ったら、桃香は浮気をしようとするだろうね」
「お互いにメリットがあると思うんだけど」
 
「いいよ。じゃそちらお願い。私は試合に出る」
「ありがとう」
「乗る新幹線は分かっているよね?」
「東京13:12発のMaxとき325号新潟行き」
「さすがさすが。じゃよろしく〜」
 
それで電話を切るが、この掛かってきた電話番号は名前を付けてアドレス帳に登録した方がいいと思った。それで何という名前にしようかなと思ったら《こうちゃん》が『こくう』と“思考した”(のを千里は知覚した)。それで『虚空』という名前で登録すると《こうちゃん》は驚いているようだった。
 
そういうことで千里は高岡行きは虚空に代行してもらうことにしたのである。
 

18日(金)、龍虎の小学校では運動会の予行練習があった。
 
ダンスでは他の女子たち!と一緒に『Everydayカチューシャ』を踊り、うまく行ってたくさん拍手をもらい、龍虎も上機嫌であった。
 
徒競走では龍虎は5人で走って2位だった。
 
「田代、だいぶ早くなったな」
とゴール係をしていた“男子”の体育係・伊東君から褒められた。
 
「龍のお父さんは中学時代、陸上部だったんだって」
と先に走り終えていた彩佳が言う。
 
「へー。だったら、田代はもっと練習してればもっと早くなるよ」
ともうひとりの体育係・金野君も言う。
 
「田代さんのタイムは幾らだった?」
と体育の先生・小林先生が訊く。
 
「1位の園田さんが34秒で、田代さんはそれより少し遅れていたから36秒くらいだと思います」
と伊東君が言う。
 
「じゃあまだ田代さんは今のままでいいな」
「そうですね。男子の中に入れたら進行に影響が出るレベルだし」
「じゃ田代さんは100m 30秒くらいを切ったら、女子を卒業して男子と一緒に走るということで」
と小林先生は言った。
 
「じゃ女子を卒業できるようにもっと頑張ります」
と龍虎。
「うん。頑張れ、頑張れ」
と小林先生は笑顔で言った。
 
「それともちょっと手術受けて男子を卒業して完全な女子になる?」
と彩佳がからかう。
「それは、やだ」
と龍虎は即答した。
 
ちなみに、この小学校の運動会では、男子の徒競走のゴール係は女子の体育係が、女子の徒競走のゴール係は男子の体育係が務めている。
 

5月19日(土)。千里たち日本代表候補一行は朝から新幹線で小山まで行き、会場に入る。午前中は地元の小学生や中学生を招いてのバスケ教室などのイベントをおこなった。そして17:00から試合となったが、結果はこのようになった。
 
SVK×62-65○JPN
 
この相手にこんなに苦戦するのはやばいなと千里は思った。
 
その千里はほとんど出番が無かった。第3ピリオドの前半に少し出してもらっただけで、ずっとベンチを暖めていることになった。他に亜津子も第2ピリオドに少し出してもらっただけ。玲央美も第4ピリオドの前半に少し出ただけ。王子はこの日は全く出番が無かった!
 
千里は彼女たちとどうなってるんだろうね?と言い合った。
 

5月20日(日).
 
この日龍虎の小学校では運動会が行われた。田代夫妻はむろん来ているし、福井から出てきた志水照枝、それにこの日は上島茉莉花(春風アルト)が来ていた。茉莉花は龍虎と会うのは初めてで
 
「ボク、幼稚園の頃『象さんの傘』大好きで歌ってました」
と龍虎が言うのを
「あれちょっと恥ずかしい!」
と言って茉莉花は照れていた。
 
幼児番組からヒットした曲で、茉莉花は象さんの着ぐるみを着て歌っていたのである。
 
なお、茉莉花が来ているので、この日は長野支香は遠慮すると言って来ていない。
 
9時から運動会は始まる。
 
最初は開会式で入場行進がある。各学年の1〜3組が各々2分割されていて、1組が白組と青組、2組が赤組と緑組、3組が黄組と黒組になっており6組対抗ということになっている。龍虎は1組で青組に分類され青い鉢巻きをしていた。
 
「あれ?龍ちゃん、女子の列に並んでない?」
と茉莉花が訊く。
 
「男子の方が人数が多いから、男子の中から背の低い子が女子の方に回っているんですよ」
と田代幸恵が説明する。
 
「なるほどー。あの子、背が低いもんね」
と茉莉花。
「学年全体でも男女通していちばん背が低いみたいね」
と田代幸恵。
「まあ小学3年生くらいの身長かな」
と田代涼太。
「やはり病気のせいで全体的に成長が遅れている感じなんですよね」
と幸恵。
「勉強はだいぶ取り戻したけど、身体の成長はなかなか追いつかないね」
と志水照枝。
 

開会式が終わった後は、学年ごとの徒競走が行われる。1年生は50m, 2年生60m, 3-4年生80m, 5-6年生100m である。1年生から順番に男女別に徒競走は行われていく。やがて5年生になるが、男子が6人ずつスタートし、最後の3組は5人ずつでスタートした所で男子は終わり、女子の組が始まる。
 
「あれ?龍ちゃん出たっけ?」
と茉莉花が訊く。
「これから出ますよ」
と幸恵が言う。
 
それで見ていると、女子はまず6人で3組走った後、5人で5組走り、その最後の組に龍虎は登場した。
 
「女子と一緒なんだ!?」
「龍虎は身体も小さいし、身体的な成長も遅いから男子と一緒に走るとあまりにも大きく離されて可哀相ということで、3年生の時から運動会では女子と一緒に走るようにしたんですよ」
と幸恵が説明する。
 
「へー!」
「この学校は予め測定していた100m走の成績から、順に走る組を作っているから、最初に出た6人は速い子たちばかり、最後の組は遅い子たちばかりなんですけどね」
「ああ、そういう学校ってあるんですね」
 
「その女子の中で遅い子たちの中でも、3年生の時は他の子の倍くらいの時間かけてゴールしたんですけど、4年生の時は何とか2位になって」
 
「おお、それは凄い凄い」
「徒競走4年生女子の部8組2位の賞状もらってきましたよ」
「あはは」
 
「今年はどうなるかな」
 
それで見ていると、龍虎は最初2番手を走っていたが、その内先頭を走っていた長身の女子が疲れたのか速度が落ちてきた所に龍虎が追いつくような形になり、最後はほぼ同時にゴールを切った」
 
「どちらだろう!?」
 
場内アナウンスが
「ただいまの結果、1位田代さん、2位園田さん、3位南條さん」
と告げる。
 
「やったやった!」
と言って、茉莉花は隣の照絵と手を取り合って喜んだ。
 

お昼は一緒にお弁当を食べた。「徒競走5年生女子の部8組1位」の賞状を見せて、龍虎は嬉しそうにしてた。
 
「女子の部で1位になったから、来年からは男子の部に出なさいと言われた」
「いいんじゃない?頑張ろうよ」
「うん。そろそろ女の子も卒業していいよな。ちんちんも少し大きくなってきてるんじゃない?」
と涼太が言うと、龍虎は恥ずかしそうにしている。
 
「立って小便する練習する?」
「まだ無理かも」
などと涼太と龍虎が会話しているので茉莉花は
「龍ちゃん、立ってしないの?」
と尋ねた。
 
「ボクのまだ小さいからズボンから先が出ないんですよ」
などと本人が言っている。
「それは病気だったんだから仕方ないんじゃない?その内大きくなるよ」
と茉莉花は笑顔で言った。
「うん」
と本人も言っている。
 
「学校のトイレでも、男子トイレの個室ってどこも1つしかないから、龍虎は女子トイレを使ってもいいと言われているんですよ」
と幸恵。
「まだ小学生の内はそれでもいいでしょうね」
と茉莉花は言った。
 

「バレエの衣裳でも上に上げずに中に納めたもんね」
「でも上にあげる衣裳恥ずかしいと思ってたからあれでいい」
「上?中?」
と茉莉花が訊く。
 
「男の子のあそこは足を開いてジャンプした時に挟むと痛いから、普通は上に持ち上げて、プロテクターで守るんですけどね。この子の場合は、夫が手伝って上に上げようとしたけど、小さくて持ち上げるのが無理っぽかったんですよ。それで年末に青い鳥を踊った時は、私が手伝って中に納めて、水泳用のアンダーショーツで落ちてこないように押さえ込んだんです。ですから、白タイツ穿いた時に、女の子と同じようにスッキリしたお股の形になっていたから、観客席から『今年は青い鳥役は女の子が踊っているのね』とか言われてましたけど」
 
「フロリナ姫じゃなかったら、まだいいよ」
などと龍虎は言っている。
 
「お姫様踊るはずだったの?」
「当日、フロリナ姫役の子が風邪引いて休んじゃったんですよ。ボクはいつもその子とペア組んで練習してたから、実はフロリナ姫の振り付けも踊れたんですけどね」
「へー!」
 
「青い鳥の振り付けはボクが休みがちだから、ボクが休んだ場合別の子が踊ってくれることになっていたし、その子に青い鳥を踊ってもらって、ボクにフロリナ姫を踊ってもらおうかとも言われたんですけど、結局、フロリナ姫は去年の公演で踊った中学生のお姉さんが踊ってくれたんです」
 
「それで青い鳥を踊ったんだ?」
「背丈が違うから大変でしたけど」
「ああ、そうだよね!」
 
「ボクが爪先立ちで踊って、フロリナ姫役の人が腰を落として踊って何とか辻褄合わせましたけど」
 
「それは逆に凄いことしている気がする」
 

午後からは集団演技が行われる。最初は6年生の鼓笛隊行進が行われる。5年生の龍虎はその次の出番なので、昼休みが終わるとすぐに集合場所の視聴覚室に行った。
 
ちなみに「祭神輿」に出る児童は理科室に、「集団ダンス」に出る児童は視聴覚室にと言われている。
 
龍虎が視聴覚室に行くと、増田先生が
「これ穿いてね」
と言って水色のミニスカートとカチューシャを渡すので龍虎はギョッとする。
 
「これ衣裳なんですか?」
「そうそう。スカート穿いて、髪にカチューシャ付けてね」
と増田先生。
 
彩佳が来て、龍虎を引っ張っていく。
「なんでスカートなの〜?」
と龍虎は彩佳に訊く。
 
「AKB48は女子のユニットだし」
「私たちも女子ばかりだし」
「ボク、男子だけど」
「龍ちゃんは半分女子だから、いいんだよ」
 
ボクって誤解されているかもと龍虎は思う。
 
「龍はスカートくらい普通に穿いてるじゃん」
「そうかも知れないけどね〜」
 
それで龍虎は仕方なく水色のスカートを穿いた。
「ハーフパンツを脱いでスカートだけになってもよいが」
「遠慮します」
 
カチューシャは自分で付けたのが「変だ」と言われて彩佳が直してくれた。
 
「カチューシャとかしたことない?」
「したことない」
「龍ちゃんセミロングヘアだし、割と似合うと思うけどなあ」
 
「よし、行こう!」
とこの集団ダンスのリーダーに指名されている真智が声を掛け、入場門の所に行った。すると先に「祭神輿」に出る“男子たち”が既に集合している。
 
「男子たちの衣裳凄いね」
「恥ずかしいよぉ」
と彼らは言っている。男子たちは褌(ふんどし)に法被(はっぴ)なのである。
 
ひぇーっという顔をしていた龍虎の視線に気付いた西山君が尋ねた。
 
「田代、褌(ふんどし)とミニスカとどちらがいい?」
「褌(ふんどし)よりはミニスカートかな」
と龍虎は即答した。
 
「つまり田代は、今は性別が曖昧だけど、やがて女子に収束するということだな」
 
と西山君は言った。龍虎は「しゅうそく」と言った西山君の言葉が分からなかった。でもボク、性別曖昧なんだっけ??
 

6年生の鼓笛隊が、西城秀樹の『ヤングマン』、光GENJIの『勇気100%』(忍たま乱太郎主題歌)、AKB48『フライングゲット』の3曲を演奏した。
 
続いて5年生男子による「祭神輿」が行われる。褌と法被姿の男子たちが神輿を担いで走り出し、勇壮なパフォーマンスをした。
 
茉莉花はプログラムに「5年生男子」と書かれているので、龍虎が出ているのではと思い、じっと見ていたのだが分からなかった。
 
「龍虎ちゃん、どこかな?」
「これには出てないみたいね」
「あら、どうしたのかしら」
 
そんなことを言っている内に、神輿のパフォーマンスは終わり男子たちが退場する。その後、5年生女子による「集団ダンス」と告げられる。
 
すると5年生女子がクラスごとに3つの集団に別れて出てきて、最初に全体でももクロの『行くぜっ!怪盗少女』のダンスをする。
 
「・・・あの1組の前面で踊っているの、ひょっとして龍虎ということは?」
と茉莉花は訊いた。
「ああ、やはりこちらに出てきたのね」
「でもなんで?あの子女子なんだっけ?」
 
「うーん。男子だと思うけど」
「龍虎は体力無いから、男子と一緒に神輿のパフォーマンスとかしたら怪我しそうということでこちらに入れたのかもね」
「でもスカート穿いてるけど」
「あの子、わりとスカート穿いてる時あるよね?」
「うん。学校にスカート穿いて行ったことも何度かある気がする」
などと田代夫妻は言っている。照絵はおかしくてたまらないような顔をしている。
 
「ほんとにあの子、男子として就学してるんでしょうか?」
「男子だと思いますよ〜」
「でも体育は女子のポジションでしてるみたいだし、トイレも女子トイレ使うんでしょ?」
 
「うーん。体育は体力無いから女子と一緒の方がよいというだけで」
「おちんちんが小さくて立ってできないからトイレは女子トイレ使った方が問題ないというだけで」
「スカート穿くのは好みの問題だし」
「先月の家庭訪問の時、担任の先生が龍虎のこと『お嬢さん』と言ってたけどたぶん言い間違い」
「まあ普通に男子だと思いますが」
 
「普通ではない気がする」
 
と茉莉花は言った。
 
「あの子、もしかして女の子になりたい男の子ということは?」
「女の子になりたいなら、女性ホルモン飲む?と訊いたら、別に女の子になりたいわけではないと言ってますけどね」
「うーん・・・」
 

やがてクラスごとのパフォーマンスが行われる。最初に1組の『Everydayカチューシャ』が行われたが、龍虎は4×4のフォーメーションの先頭中央に立ち、目立つパフォーマンスをしている。途中、隣に立つ長身女子と同時に立ったまま前方転回(ハンドスプリング)する技まで見せて、思わず観客から歓声があがった。
 
「なんかあの子、今凄いことしましたね!」
「あの子、身体が柔らかいから、ああいう技もできるみたい。バク転もできますよ」
「へー!」
「バレエやってるから身体が柔らかいみたい」
「なるほどー」
 
その後は2組のExile『Rising Sun』、3組のKis-My-Ft2『Everybody Go』とダンスが行われたあと、全体で日本古謡『さくら』に合わせて美しく優美なパフォーマンスをして、大きな歓声と拍手をもらい、5年生女子の出し物は終わった。
 
茉莉花は閉会式まで見てから言った。
 
「あの子は、とにかく目立つ子ですね」
「ええ。きっとあの子、その内歌手とかになりたいと言い出す気がします」
 
茉莉花は大きく頷いた。
 

5月21日(月)の朝は金環食があった。東京でも金環食になるのを見ることができるので、NTCに籠もっていた千里たちも、その時間帯には、みんな表に出て、予め渡されていた日食グラスで華麗な天体ショーを見た。
 
なお高梁王子は寝ていてこの金環食を見逃したのは言うまでも無い!
 
この日の金環食のデータ(東京)
部分食開始 6:19 金環食開始 7:32 食最大 7:34 金環食終了 7:37 部分食終了 9:02
 
「3年前の日食を思い出すね」
と玲央美が言う。
「あれ2回見たもんね〜」
「うん」
 
ちょうど《スペシャル・マンス》に掛かったため、千里は1度目は雨宮先生たちと一緒に奄美で皆既食を見、2度目はタイのホテルの中庭で部分食を見た。玲央美は1度目は桃香と一緒に福岡で部分食、2度目はタイのホテルで千里たちと一緒にまた部分食を見ている。但し千里は福岡で玲央美が桃香と一緒に日食を見たことは知らない。
 

21-22日は東京の代々木第2体育館で日本代表の壮行試合が行われた。
結果は次のようであった。
 
21(月) SVK×74-80○JPN
22(火) SVK×64-66○JPN
 
千里はこの2試合でも各々3〜4分しか出場していない。
 
これなら《すーちゃん》に試合出場の代理頼んでも良かったよ、などと脳内で独りごとを言うと《すーちゃん》が嫌そうな顔をしていた。
 
しかし・・・なんでこんなに出番が無いの?
 
王子は21日の試合には少し出してもらったものの、22日はまた出番が無かった。亜津子と玲央美の出番もほとんど無かった。
 
「まあ、私たち4人は落選候補ということなんじゃないの?」
と亜津子は言った。
「選手を選ぶのは上の人たちだから、その決定には私たちは何も言えないけど、面白くない」
と千里。
 
「まあ出られないのは面白くないよね」
と亜津子も投げやりな感じで言った。
 

千里が代々木第2で午後にバスケット教室などをし、夕方から試合のベンチに入っていた頃、“千里”は桃香・彪志と一緒に新幹線・はやぶさの乗り継ぎで高岡に向かい、青葉の誕生会に出た。
 
(この日青葉が《代役》に気付かなかったのは青葉が彪志ばかり見ていて、千里には注意を払っていなかったのもある)
 
誕生会が終わった後は家族だけで団欒をし、お風呂に入って夜23時頃には各々の部屋に入る。
 
彪志は青葉の部屋に、千里と桃香は桃香の部屋に入る。この2つの部屋は2階の並びの部屋である。大きな音を立てるとお互いに聞こえる。
 
青葉と彪志は筆談!を交えながら、音を立てないように気をつけて愛の確認をした。
 
「へー。だいぶ練習しているんだ?」
「先輩が車を夜中なら使っていいよと言うからさ、それで借りて練習してる。そもそも交通量の少ない夜間の方が少し下手な運転しても、周囲に迷惑掛けないだろうしね」
「確かにね。でもいい先輩いてよかったね」
「毎晩夜0時から2時頃まで運転の練習している。1日に80kmくらい走ってるから、もう2000kmくらい走ったかな」
「すごーい。だったら、今度の岩手行きの時に安心して運転任せられるかな」
「まだ初心者の部類だけど、頑張るよ」
 

一方隣の部屋では、桃香がいきなり千里を襲おうとして撃退され、お腹を押さえて苦しんでいた。
 
「今日の千里のパンチは普段より更に強い」
「季里子ちゃんがいるのに、浮気するなんてあり得ない」
「恋愛抜きのセックスは浮気の内に入らないと思うけどなあ」
「それ季里子ちゃんに言ってあげようか?」
「やめてー!」
 
しかし“千里”はその後、スヤスヤと眠ってしまう。桃香はおそるおそる起きてそっと千里の布団に侵入する。
 
「千里ちゃん寝てるかな〜?」
などと小さな声を出しながら千里にキスをすると、片手で千里の乳房を触りながら片手でパジャマのズボンを下げパンティも下げてしまう。ちんちんに手が触れてゴクリとつばを呑み込む。
 
「早く邪魔なちんちんなんか取ってしまえるといいね」
などと言いながら、桃香はその後ろの方に手をやり、ここかな〜?と思う所に自分のをインサートした。
 
「千里ちゃんって、まるで女の子みたいにスムーズに入るよね〜」
などと独り言をいいながら“眠っている千里”とセックスしてしまう(完璧にレイプである)。しかしそのやられている“千里”が思わず微笑んだことに桃香は気付かなかった。
 
“千里”は桃香にやられながら『すごーい。桃香ちゃん、排卵期じゃん。良質の卵子ゲット〜〜!』と心中思っていた。
 
 
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【娘たちの収縮】(4)