広告:オトコの娘コミックアンソロジー-~小悪魔編~ (ミリオンコミックス88)
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■夏の日の想い出・夏のセイテン(3)

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私が手に持った便座を女に投げつけたのと、大守さんが愛用の年代物のフェンダーのベースで女を殴ったのと、警備員のひとりが女の腕に飛びついたのと、銃声がしたのが、ほぼ同時であった。
 

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すぐに女は警備員に取り押さえられ、手から拳銃を奪われる。
 
演奏は中断して観客が騒然とするが、私は蔵田さんが落としたマイクを拾うと
 
「お静かにお願いします! 犯人は取り押さえました!」
と客席に向かって叫んだ。
 
これでパニックは抑えることができた。
 

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「蔵田さん!」
「孝治!」
 
と言って、私や大守さん・野村さん、ゆまさん・凛子さんなどが駆け寄る。ステージ脇に居た運営の人も駆け上がってくる。
 
「大丈夫みたい」
とさすがに青ざめた顔の蔵田さんが言う。
 
「孝治、足が」
と大守さんが言う。
 
銃弾が靴に命中したようで、愛用のブーツのくるぶし付近に大きな穴が空いている。大守さんが警備員の確保している拳銃を見ている。
 
「アナコンダじゃん!.44マグナムか!?」
 
.44(フォーティーフォー)マグナムの弾丸を受けたら、死ななくてもその部分は破壊されて身体の機能に確実に障碍が残る。これは本来人間に向かって撃つ銃ではなく、車のエンジンルームにぶち込んで車を停止させたりするための銃だ。
 
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「孝治、ちょっと靴脱げ」
と言って大守さんが靴を脱がせる。
 
そして私たちは絶句した。
 

「何これ?」
 
「あ、いや。あはははは」
と蔵田さんは笑っている。
 
「シークレットブーツ!?」
 
「蔵田さん、身長誤魔化してたんだ!」
「知らなかった!」
 
「そういや、おまえ、絶対に他の奴と一緒に風呂とか入らなかったな。セクシャリティの問題で、男と一緒に入りたくないのかと思ってたけど」
 
確かに蔵田さんが時々女物の下着をつけているのは私も知っている。
 
「ごめーん。実は背丈誤魔化してたから、絶対に靴を脱げなかったんだよ」
 
「取り敢えず、おまえ、観客に挨拶しろ」
「うん」
 
それで蔵田さんは反対側の靴も脱ぐと、マイクを持ってステージの前面に立った。
 
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「みんな、心配掛けてごめん。俺、この通り無事だから」
 
という蔵田さんの声に観客の安堵したような歓声が起きる。
 
「びっくりさせたお詫びにもう1曲歌ってからこのステージ終わるな」
 
私たちはびっくりした。
 
運営さんが首を振るが大守さんが「よし。演奏しよう」と言う。しかし大守さんのベースはさっき女を殴ったので壊れている。それに気づいた、次の出番だったので傍まで来てスタンバイしていたスリーピーマイスのレイシーが駆け寄ってきて、
 
「良かったら私のベース使って下さい」
と言って自分の楽器を渡す。
 
「さんきゅ。助かる」
と言ってコードをつなぎ直す。
 
警備員が数人がかりで暴漢の女をステージから降ろした。私たちは所定の位置に戻る。それで運営さんも仕方ないかという顔をしてステージの脇に行く。運営さんの指示で警備員が4人、ステージに立ったまま、ドリームボーイズはこの日最後の曲『哀しみの親子丼』を演奏する。
 
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そして物凄い熱狂の中でドリームボーイズのステージは終了した。蔵田さんや大守さんが何度も何度もお辞儀しても、拍手はずっと鳴り止まなかった。
 

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女は警察の取り調べに対して、樹梨菜さんの熱烈なファンで、樹梨菜さんが蔵田さんと結婚したことで、樹梨菜さんを「取られた」と思い、蔵田さんに恨みを抱いたと供述したということであった。
 
「ホモのはずの蔵田が樹梨菜と結婚したというので、樹梨菜は絶対騙されているから、悪い蔵田を排除したいと思ったと言ってたらしいぞ」
 
と大守さん。
 
「しかしそれで44マグナムぶっ放しちゃう訳か」
「こわいなあ」
 
「トカレフとかだと入手も容易みたいだけど、.44マグナムは珍しい。しかもあれ東南アジアとかに出回るようなコピー品じゃなくて、本物のコルト・アナコンダだったらしい。入手先を追及しているって」
 
コルト・アナコンダは「シティ・ハンター」や「蘇る金狼」で有名なコルト・パイソンと似た外形(ハシゴのようなventilated ribと呼ばれる放熱板がある)のリボルバー(回転式拳銃)で、.44(フォーティーフォー)マグナム弾を撃てる拳銃のひとつである(パイソンは.357スペシャル弾)。.44マグナムを撃てる銃としては「ダーティーハリー」に出てくるS&W(スミス・アンド・ウェッソン)のM29も名高い。
 
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「しかしシークレットブーツ履いてたなんて全然知らなかった」
 
「警察が証拠品として持って行っちゃったけど、あれ20cmくらいありませんでした?」
「よくあんな高いの履いて転びませんね」
 
などと話していたのだが
 
「私は孝治さんがシークレットブーツ履いてたの知ってたよ」
と凛子が言う。
 
「うそ」
 
「俺も知ってたけど」
と増田さん・野村さんも言う。
 
「結構みんな知ってたの?」
 
それで、知ってた人手を挙げてというと、増田・野村・原埜、そして凛子・充子・ゆまの6人が手を挙げた。
 
「全然気づかなかった!」
と私などは言ったのだが、
 
「ズボンの膝の曲がる位置を見ていれば普通に分かる」
とゆま。
 
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「ああ、確かに曲がる位置はごまかせないよな」
 
「でも蔵田さんバレーボールの選手だったんでしょ? それで身長高いのかと思ってた」
と私。
 
「バレー部ではあったけど、俺万年補欠だったから」
と蔵田さん。
 
「まあ150cm代ではレギュラーにしてもらえないだろうな」
「同じように背の高い人のスポーツでもバスケットなら、ポイントガードには背が低い人も昔から結構いるんだけど」
 
「バレーボールでも最近のルールなら、背の低い人がリベロとして活躍してるよね」
「俺の時代にはそんなルール無かったんだよ」
 

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警察はステージを中断させて現場検証をしたかったようだが、これだけの人数の観客を帰してステージ中止なんて言ったら暴動が起きますよ、みんな2万円もするチケット買ってきているんですからと運営が言うと、警察もその日のステージが終わるまで待ってくれて、夜22時から現場検証をしたが、おかげで私たちはみんなそれまで留め置かれてしまった。現場検証が終わったのはもう夜1時過ぎであった。
 
ちなみに政子は待ちくたびれて、美空に連絡を取り、ふたりでフェス内の食べ物を売っているお店を探訪して回り、あちこちで「食の伝説」を作ったらしい。
 
(サインを求められて「マリ&みそら」などという超レアなサインを書いたらしい)
 

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翌日はKARIONのステージがある。
 
今日も物凄い晴天である。雲一つ無い青空が広がる。
 
政子が付いてくると言って、途中で七星さんにも会ったので、私は3人で一緒にKARIONの集合場所に行った。和泉・小風・美空とハグした上でトラベリング・ベルズの面々や、サポートで入ってくれている夢美(Vn)・千鶴(Gl)・美野里(KB)とも色々言葉を交わしている。特に私の「少女時代」のことを良く知っているっぽい、夢美や美野里とは、とっても仲良くしたい雰囲気であった。
 
KARIONのステージは午後1番なのだが、お昼頃、千里と蓮菜(醍醐春海・葵照子)のペアがやってきた。
 
「お疲れ様〜。これ差し入れ」
と言って、来る途中で買ってきたという笹団子を出してくれるので、頂く。政子はたくさん食べていたが、美空は「本番前に大量に食べてはだめ」と言われ、10個だけ食べて、名残惜しそうな顔をしていた。
 
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「でもよくここ控え室の建物に入れてもらいましたね」
「ちょうど加藤課長を見かけたので、入れてもらった」
 
「葵さん・醍醐さんって楽器は何かなさるんでしたっけ?」
と小風が訊く。
 
「私はDRKではグロッケンとギターを弾いてた」
と蓮菜。
「私はフルート、ヴァイオリン、ピアノと弾いてたけど、ヴァイオリン下手だよ」
と千里。
 
下手ってどの程度下手なの?と質問が出るので、今日の夢美の演奏用に持って来ている私の電気ヴァイオリン《GreenWitch》を貸す。それで千里が『歌の翼に』を演奏してみせる。
 
「なるほど。下手だ!」
という声。
 
「私、謙遜しないから」
と言って千里は笑っている。それで私が
 
「醍醐春海は龍笛の名手」
と言うと、七星さんがぜひ聴きたいと言う。
 
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すると千里は自分の荷物から古ぼけた煤竹の龍笛を取り出した。
 
「見せて」
と言って七星さんが笛に触ってみている。
 
「これ、凄い。50万くらいしたでしょ?」
「40万円です」
「ああ。するよね」
 
「私の友人で、大宮万葉のライバルと自称している子は返し竹の龍笛を使ってますよ。亡くなった伯母さんの遺品とかで本人も値段を知らないと言ってました」
 
「返し竹か・・・話には聞いたことあるけど実物は見たことない。でも、青葉ちゃんの龍笛も一度聴いてみたいんだけどね」
 
それで千里は微笑むと龍笛でLucky Blossomの初期の人気曲『六合の飛行』を吹き始めた。
 
夢美の、美野里の、和泉の、SHINさんの、MINOさんの、そして七星さんの表情が変わる。他の人も緊張した面持ちになる。
 
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千里の龍笛は以前にも1度聴いたのだが、その時にも増して物凄い雰囲気だ。この場の空気そのものが特殊なものに変わってしまったかのよう。そして私はまるで千里が巨大な龍に抱かれているかのような錯覚を覚えた。
 
千里が龍笛を吹くことで、その龍が悦んでいるかのようである。そしてその龍の悦びに呼応して、天空に何体もの龍が寄ってくる。私がその天空に集まってきた龍を見ようとするかのように天井を見上げた時、七星さん、和泉、夢美、美野里もまた天井を見上げていた。
 
そして千里の龍笛に合わせて天空の龍たちが舞い始めたかのようであった。
 
バタンと戸を開けて人が入って来た。ドリームボーイズのサックス奏者・野村さんであった。今日は出番は無いはずだが、今日出演するアーティストの誰かに関わっているのであろうか。
 
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管楽器奏者としてはこの音は聞き逃せなかったのだろう。
 
千里の演奏は7−8分続いたが、曲が盛り上がった所で天空の龍の1体が悪戯するかのように雷を落とす。雷鳴が響き渡って、あちこちで悲鳴が聞こえたような気がした。まさに青天の霹靂(せいてんのへきれき)だ!
 

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そして終曲。
 
みんな物凄い拍手を送った。
 
「洋子、この人誰?」
と野村さんが訊く。
 
私は微笑んで答えた。
 
「作曲家の鴨乃清見さんです」
 
「おぉ!!!!」
 

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