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■夏の日の想い出・新入生の冬(6)

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「私、チューナー無いと調弦できない」と政子。
「貸して。私がする」
と言って私はそのヴァイオリンを借りて音を合わせる。
 
「音叉とか笛とかなくてもできるんですね」と唯香が感心したふうに言う。「ええ。音を覚えてますから」と私は笑顔で答えた。
 
「でも、このヴァイオリン、凄くいい楽器ですね」と私は言った。
「どれどれ」と政子が持って少し弾いてみると、物凄く上品な響きがする。
「これいい! こんなの欲しいなあ」
「来年は少し頑張って稼いで、そのクラスの楽器を買えるようにしようよ」
と私は笑顔で言った。
 
「これ、そんなに高い?」
「うん。たぶん1000万円超えると思う。ですよね?ミハイル・ニコライヴィッチ」
「そうですね。たしか500万ルーブルくらいだったと思います」
「じゃ、日本円にして1400万円くらいですね」
 
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「ひぇー。道理でいい音がする訳だ」
「値段で音が出る訳じゃないけどね」
 
私たちは演奏する曲の譜面を出して伴奏の入れ方を検討する。私はツアーの最中で五線紙を携帯していたので、いそいで政子が弾くヴァイオリンパートを書き始めたのだが・・・・
 
「書いてもらっても私、譜面が読めない」
などと言い出す。
 
「じゃ、私がキーボードで弾いてみるから、その通り弾いてみて」
「OK」
 
私は荷物からいつも持ち歩いている小型キーボードを出し、各々の歌を歌いながら、ヴァイオリンパートをキーボードで弾くと、政子もそれに合わせて弾く。
 
「覚えた?」
「だいたい分かった。行けると思う」
「じゃ、済みません。唯香さん、この曲合わせてみません?」
「はい」
 
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ということで、私たちは『黒い瞳』を、私のキーボード演奏に合わせて唯香の歌、政子のヴァイオリンで合わせてみた。
 
「一発で合いましたね」と唯香のマネージャーさんが笑顔で拍手してくれた。
 
ミハイルさんも「素晴らしい」と言って拍手してくれる。調弦できないとか譜面が読めないなどという政子の発言で、少々不安気な様子であった彼も、今の演奏を聴いてホッとしたようである。
 
私たちはこのような感じで、6曲を全部合わせた。
 
「じゃ、これで2回目のステージは行きましょう」
 

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やがてステージの時間となる。私はステージに出て行くと、会場の中を素早く見回した。居た!
 
会場の中、マトリョーシュカなどの民具を置いてある所のそばに町添部長が来ていた。政子が突然「一緒にステージやりたくなった」と言い出した時点でメールしておいたのである。町添さんは私がピアノの前に座ったのはいいとして、政子がヴァイオリンを持っているので、びっくりした顔をしている。
 
司会者の人は「花村唯香さんです」とだけ紹介する。お客さんも私たちは単に伴奏者と思っているだろう。
 
私が唯香とアイコンタクトで合図して、前奏を弾き始める。続けて政子のヴァイオリンが美しい音色を添え始める。そして唯香の魅力的なアルトボイスがその伴奏に乗って流れ出す。
 
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基本的に私のピアノは和音を奏で、政子のヴァイオリンは前奏・間奏のメロディ部分と、歌唱部分ではオブリガートを演奏する。唯香の歌と政子のヴァイオリンがデュエットしているようなイメージである。政子はいつもローズ+リリーで私が歌うメインメロディーのオブリガートを歌っているので、だいたいの雰囲気が分かれば自然にどう演奏すればよいかが分かるようである。
 
1回目のステージが好評だったせいか、2回目は前の倍くらいの人数で、しかも最初からステージに注目している人たちがたくさんいる。
 
『黒い瞳』『ともしぴ』『モスクワ郊外の夕べ』と静かな曲が続くのでヴァイオリンの響きがとてもよく合っている。『レターラ・ダ・ペラ』は元気な曲だが政子のヴァイオリンは、まるで踊るかのようにこの曲を弾いていた。
 
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その後、唯香の持ち歌『ベレスタ』はポップス調なので、政子にとってもふだん馴染んでいる世界の曲という感じで、歌とヴァイオリンがきれいに調和するように奏でていく。そして最後『カリンカ』では、ピチカートを多用して、元気に曲を盛り上げた。
 
ステージを降りると、ミハイルさんが私たち3人と喜んで握手した。
「ありがとう、素晴らしいステージでした」
「パジョースタ(どういたしまして)」と私と政子は応えた。
 
私の視界の端で町添部長が笑顔でこちらに手を振って会場を出て行くのが見えた。
 
そしてこのロシアフェアのステージをきっかけに唯香の曲『ベレスタ』のダウンロードが静かに増え始める。それまでの曲が1000枚行くかどうかだったのが、この曲は1万枚を超えるセールスを上げ、実は★★レコードとの契約を切られる可能性もあったのが、この曲で彼女は生き延びたのであった。
 
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明日の博多ライブは午後からなので、その日は政子とふたりでマンションに帰った。そして政子は家に帰るなり、こう言った。
 
「唯香ちゃんって、ああしてると女の子にしか見えないね。声も女の子だし」
「は?」
と私が聞き返す。
 
「だって、あの子、男の子だよね?」
「なに〜〜〜〜!?」
 
私は突然頭から水を掛けられたような衝撃を受けた。
 

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「握手をした時に分かったよ」と政子。
「そういえば、唯香ちゃんと握手した時に、マーサ微妙な表情したね」
「うん。え?と思っちゃったから」
 
「そういえば、こないだ唯香ちゃんとハグした時に、何か不思議な違和感を感じた」
「女の子じゃなかったからだろうね」
 
「でも胸Bカップくらいあるのに」
「ホルモンでも飲んでるんじゃない?」
「声もホルモンで声変わりを止めたんだろうか?」
「違うと思うな。冬と同じように声変わりは来たけど、発声法であの声を出してるんだと思う。歌ってる時の感じがね、春奈ちゃんより冬に似てるもん」
「はあ」
「だからあれはカウンターテナーの発声だと思う」
 
「そう言われてみると、そんな気もするな。だけどこないだ一緒にお風呂入ったのに」
「春奈ちゃんともお風呂入ってるでしょ?」
「うむむ・・・・」
 
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「だけどさ」
「うん」
「私が冬と最初に握手した時」
「それって、高校入ってすぐの時?」
 
「そうそう。あの時ね、冬の手を握って、これって女の子の手だって思ったよ」
「あはは」
「だから、この子、実は女の子で男装してるんじゃないか。ひょっとしてFTM?とか思った」
「それで、お股に触ってみたわけね?」
「そうそう。そしたら、おちんちん付いてない感じだったんだもん」
 
「でもFTMならおちんちんを偽装してるよ」
「そうそう。だから男装趣味なのかなと思った」
 
「それで夏には胸も触ってみたわけだ」
「そういうこと。でもね」
 
「うん?」
「私さあ。啓介の胸を何度か触ってて、それと似た感触だったから、冬にはやはり胸は無いのかと思ったんだけどね、あの時」
「うん」
「よくよく考えたら、啓介ってかなり肥満だもんね。だけど冬は凄いスリム」
「・・・・・」
 
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「だから、あんなにスリムな冬の胸の感触が、肥満な啓介の胸の感触と似てるというのは変だと気付くべきだったんだよ」
「えーっと」
 
「そのことに思い至ったのは、かなり後になってからだったんだけどね」
「・・・・・」
 
「ということで、正直に白状しろ」
「えっと、何を?」
 
「冬は、かなり以前からホルモン飲んでたんだろ? だから高1の時の胸って実はホルモンの影響で少し膨らんでいた胸だったんだ」
「そんなこと無いよ。ホルモン飲み始めたのは高校卒業してからだよ」
「それ、絶対嘘。冬ってこういうことに関しては凄い嘘つきだもん」
「嘘ついてないよ〜。それに私は中学の時も高校の時も身体検査とか受けてるよ」
「いや、身体検査くらいきっとうまく誤魔化してる」
「そんな馬鹿な」
 
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「よし。今夜は拷問だ」
「ちょっとやめて。明日は朝から予定が入ってるんだから」
「素直に吐けばすぐ安眠できる」
「勘弁して〜!!」
 

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「だけど、マーサのヴァイオリン、ここ2ヶ月ほど練習した人とは思えなかったよ。凄くうまかった」
 
私たちは3戦か4戦くらい交えてから、ふつうにダブルベッドの上で裸で並んで寝て夜中にふと目覚めたところで会話を交わした。
 
「どのくらいうまかった? プロの演奏家としてリサイタル開ける程度?」
「さすがにそこまでじゃないけど、子供コンサートくらいなら叱られないと思うよ」
「中学生のサークルレベル?」
「高校生くらいはある。今日みたいなポップスの演奏での伴奏なら充分OKなレベルだと思った」
 
「よし、そしたらもっと練習しよう」
「頑張るね」
「私、この2ヶ月、歌の練習と同じくらいの時間、ヴァイオリン弾いてた」
「ほほお」
「冬がいない日曜日とかは2時間歌ったら2時間ヴァイオリン弾いてって朝から晩までやってたよ」
「凄い凄い」
「博多のお土産は、《ふくや》の明太子ね」
「いいよ」
 
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その後の私のスケジュールは慌ただしかった。
12日(日)は飛行機で博多まで行きローズクォーツの「ドサ回り」最後のライブを行った。博多で1泊した後、翌朝の便で羽田にトンボ帰りして、13(月)は学校に行った後、福岡から戻って来た美智子と一緒に、お正月用の振袖を受け取りに行く。私が振袖を着付けしてもらって嬉しそうにしているのを見て、美智子は振袖でロックを歌うというのを思いつき、その場で会社の費用でステージ用の振袖既製品を1つ買った。
 
14日(火)は、やはり学校が終わってから、明日発売日(今日から店頭に並ぶ)の坂井真紅の新曲と、ELFILIESの移籍第1弾の新曲との発売イベントに時間差で顔を出す。どちらもマリ&ケイの曲である。坂井真紅のイベントでは、私がピアノを弾きながら彼女が歌うという実演も見せた。
 
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15日(水)からはローズクォーツの大都市ライブハウスツアーが始まる。この日は東京都内のライブハウスで演奏をした。翌日は横浜、その翌日金曜日は学校が終わった後新幹線で移動して名古屋、そのまま泊まって翌土曜日は大阪、その翌日曜日は金沢と来たところで、沖縄の難病と闘っている女の子・麻美さんが危篤状態になったという連絡を受けて、政子と一緒に沖縄に駆けつける。沖縄には21日まで滞在した。
 

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麻美さんが無事回復してくれたので東京に戻ったら、そこに電話が掛かってきて、私は22日(水)の夕方から23日(木)のお昼頃まで唯香の新しいアルバムの編成会議に出ることになった。
 
スイート・ヴァニラズのElise, 上島先生, 水上先生の4人で★★レコードに集まり、唯香の所属プロダクションの前田課長、★★レコードの担当の北川さん、加藤課長、町添部長も入って会議をした。18時間くらいぶっ通しで会議は続いたが、各々が持ち寄った曲を流して、水上先生の曲1曲、上島先生の曲2曲、スイート・ヴァニラズの曲5曲、マリ&ケイの曲4曲を採用することになった。水上先生は4曲持って来ていたのだが、町添部長が3曲没にした。町添さんは品質に関して絶対に妥協しない。今回、先頭の曲はスイート・ヴァニラズの作品を使うことになった。
 
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「まあ、また飲もうよ」などと上島先生が慰めて?いた。
 
私は前田課長に会うのが久しぶりだったので、挨拶し
「浦中部長にもよろしくお伝えください」と言っておいた。
 
前田さんは
「ローズ+リリーのライブしないの?」
などと訊く。すると上島先生まで
「ああ。僕もマリちゃん・ケイちゃんのデュエットが聴きたいね」
などと言う。
 
私はできるだけ曖昧なことばで逃げておく。するとEliseがまじめな顔で
 
「私は来年中にはマリは1度は一般の人の前で歌うと思うよ」
と言った。
 
しかしこの日の会議でみんなの話を聞いていても、唯香が男の子であるなどという話はひとことも出ない。プロダクションやレコード会社にも秘密にしているのかな?と私は思った。彼女のパス度はひじょうに高いので、充分女の子で通せるのだろう。
 
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ただ今後人気が出てくると、彼女の周囲の人から情報が漏れたりしないだろうかというのを少し心配した。私の時も政子の元婚約者からバレた訳だし。
 

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夏の日の想い出・新入生の冬(6)

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