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■夏の日の想い出・新入生の冬(2)

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「でもやはりヴァイオリンは、ちゃんと良い木材を探して長年乾燥させて、それを、きちんと木目を見ながら手作業で削るのが基本。でもそうするとやはり制作に何ヶ月もの日数が掛かるからね。工房製のヴァイオリンの原価の大半は人件費だよ。普及品はね。高級品は長年乾燥させた木材を使うから、その木材の価値がプライスレス」
 
「木材って何年くらい乾燥させるんですか?」と政子。
「最低10年。特に良いものを作るには100年」
「ひぇー!」
 
「今日買ったヴァイオリンはどのくらい乾燥させたものなんですか?」
「うーん。たぶん5年くらい。まあ、この価格だしね」
「わあ、それでも5年か」
 
「だから普及品に限って言えば、同じような制作過程で作られる場合、日本国内で100万掛かってしまうものが中国とか東欧で作られると30万くらいで出来ちゃうんだよね。このクラスは値段が違っても品質に差は無い」
「ああ」
 
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「そしてイタリア製と言っても大半の工程が中国で作られていて、最後の一番上のニスを塗るのだけイタリアでやっているようなヴァイオリンが大量にあるんだわ。まあその最後のニスだけイタリアで塗ったってのはまだ良心的かな」
「うーん。。。」
 
「今世界のパソコンの大半が台湾で設計されて中国で生産されてるでしょ?ブランドは日本やアメリカのブランドでもね。今中国は世界の生産工場なんだよ。ヴァイオリンも同じ」
「ああ」
 
「あとさ、ヴァイオリンにしても他の楽器にしてもだけど、高い方が良い物と思い込んでいる人たちがいるでしょ? だから本来20万で売ってもいいものを80万とかで売る店もあるんだよね。その方が売れるから」
 
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「ありがちですね。でもそれは物の善し悪しが判断できなくて、その値段で買っちゃう方が悪いと思う。骨董品の売買なんかと同じでしょ」
 
「そうそう。ヴァイオリンはちゃんと実物を試奏しないと買えないよ」
「だって。マーサ」
「うーん。私はそういうの分からないから、それをチェックするために冬がいる」
「はいはい」
 
「あ、そうだ」
と言って政子は楽器倉庫になっている奥の部屋に行き、YAMAHAの刻印がある楽器ケースをひとつ持って来た。
 
「これ冬にあげる」
「フルート? うちに置いてあったんだ!?」
 
「うん。中学校の時に私が吹いてたフルート。こないだこのマンションの防音室で試しに吹こうとしたけど、完璧に忘れてて、音も出せなかった」
「ああ」
 
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「明日から一週間、冬は北陸だよね?」
「うん。新潟と富山を重点爆撃」
「その間に冬、これ吹けるようになってよ」
「私が吹くの?」
「私もこの一週間ヴァイオリンを練習するから、月曜日にアンサンブルしよ。曲目はそうだなあ。『主よ人の望みの喜びよ』とかどう?」
 
「私、フルートなんて吹いたこと無いんだけど」
「冬なら一週間で吹けるようになるよ」
「そんな無茶な!」
宝珠さんが笑っていた。
 
「だって冬は高校時代、何とかって縦笛吹いてたでしょ?」
「縦笛は誰でも音が出るけど、横笛はまず音が出るようになるまでが大変だよ」
「冬ならできるって」
 

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「そうそう。私、バンド作ったんだよ」と宝珠さんは言った。
「わあ」
「こないだのレコーディングで一緒だった近藤君と私を中心に知り合いに声を掛けて」
「どういう構成ですか?」
「ギター、ベース、ドラムス、キーボード、サックス」
 
「ギターが近藤さん、サックスが七星(ななせ)さんですね」
「うん」
「名前は?」
「スターキッズというの」
「なんか格好いい」
「実はね、近藤君の下の名前『嶺児』の『児』、これは児童生徒の『児』ね。それと私の下の名前『七星(ななせ)』の『星』とをつないだんだ」
 
「意外にシンプルな由来だ」
「歌はどうするんですか?」
「近藤君が一応歌ってる」
「七星さんも歌えばいいのに。確かうまかったですよね?」と政子。
 
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「私サックスだからさあ。歌いながらサックスは吹けない」と宝珠さん。「あぁ。。。冬だったらサックス吹きながら歌えない?」と政子。
「それはさすがに無茶」と私は答える。
 
「それで、七星さんは近藤さんと同棲してるんですか?」と政子。
「まだ同棲はしてないよ」
「ああ、やはり恋人にはなったんですね」
「あ!今のは誘導尋問か!?」
 
「だって、七星さん、近藤さんの名前を言う時に妙に恥ずかしげな顔をするんだもん」と政子。
「私、そんなに顔に出てた?」
 

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その日の夕方、私は★★レコードを訪れ、女性アイドル歌手担当の北川さんにその日作曲・アレンジした2曲の譜面とMIDIデータを渡した。
 
「ありがとうございます。わあ、どちらも何だか可愛い曲ですね!」
「ええ。ノエルちゃんにはこんな雰囲気の曲が合うかな、というイメージで書きました」
「すみませんね。急にお願いして」
「いえ、ちょうど東京に戻っている時で良かったです」
 
今週新曲の録音をする予定だったアイドル歌手・富士宮ノエルにこれまで楽曲を提供していた木ノ下大吉という作曲家が突然失踪するという事件(取り敢えず報道は抑えてある)があったのだが、営業政策上、どうしても今週中に音源製作して、12月頭にCDを発売したいということから、代わりに曲を提供してくれないかという打診が、昨日の午後あったのである。政子に好物のトンカツを食べさせて昨夜詩を書いてもらい、それに今朝曲を付けた。そしてヴァイオリンの買物をしてきた後、編曲をしたものである。
 
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「でも木ノ下先生、心配ですね。どうしたんでしょうね?」
「奥さんも全然原因の心当たりが無いということで、困惑しているようです。取り敢えず今朝メールがあったらしいので、ご無事ではあるようなのですが」
「それは良かった」
「まあ、ぷいとどこかに消えたくなることはあるかも知れませんけどね」
 
「でもノエルちゃんだけじゃないでしょ?影響受ける人」
「そうなんですよ。今木ノ下先生から楽曲提供を受けていた歌手の代替ソングライターを確保するのに、もう大わらわで。今日までにどうしても欲しかったのが3組あったので、実はその内2組分4曲を上島先生にお願いして1組分2曲・ノエルちゃんの分をケイ先生・マリ先生にお願いしたのですが」
 
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先日★★レコードからデビューが決まったスリファーズに私たちが楽曲を提供し、その担当である北川さんが楽曲を見て「こんな可愛い曲が書けるんですね!」
と感動していたので、その関係で私たちに話が回ってきた感じであった。スリファーズのデビュー曲の音源製作は既に完了しており、来月下旬に発売される予定で月明けからはキャンペーンが行われる予定である。
 
「上島先生は仕事が無茶苦茶速いですからね。品質も安定しているし」
「ええ。ちょっといつも無理して頂いているみたいでそこに突然割り込みで1日4曲というのは心苦しかったんですけどね。でもケイ先生・マリ先生も曲作りが速いよ、というのを秋月から聞いていましたから」
 
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秋月さんというのは私たちの前の担当者で現在は退職し結婚して福岡に住んでいる。
 
「まあ確かに秋月さんの見ている前で私たちがさっと曲を書き上げたことは何度もありましたから。でもいつでもできる訳じゃないんですけどね」
と私は笑って言った。
 
「正直1日でポップス系の曲を書いてくださりそうな先生は他に心当たりが無かったんです」
「クリエイターはどうしても調子の波がありますからね。一週間で20曲書ける人でも1日で1曲と言われると、自信無いと言う人多いと思います」
「ですよねー」
 
「でもマリは美味しいもの大好きだから、御飯を食べさせるといい詩を書いてくれるんです」
「ああ、それは便利ですね」
「食費は掛かりますけどね」
「曲作りの原料費ですね」
「ですです」
 
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私は今頃政子がくしゃみしてそうだと思いながら、北川さんと話していた。
 

その日から始まるという音源製作を少し見学していきませんかというので、北川さんと一緒にスタジオに行く。
 
ノエルは中学生なので毎放課後にしか音源製作の作業に入れない。それでどうしても今日の夕方から作業を始めないと間に合わないということだったらしい。
 
ノエルは木ノ下先生に急なトラブルが起きていると聞いて驚いていたが、今回私とマリが楽曲を提供すると聞くと「わあ、私『恋座流星群』大好きです」
などと言われる。「あのCDとかもらえたりしませんよね?」などというので「★★レコードさんが良ければ」と私が言うと、北川さんは「ノエルちゃんなら大丈夫です。明日持って来ますね」と言った。
 
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「わあ、言ってみるもんですね」とノエルは喜んでいる。
「そうそう。まずは言ってみるもんですよ。言わなきゃ相手はこちらの希望が分かりません」
と私は言った。
 
「ああ、恋なんかもそうですよね」とノエル。
「うん。恋はまさにそう。思っているだけでは伝わらない」と私。
「ケイ先生はマリ先生と出会う前にも恋とかなさったんですか?」
「いや別にマリとは恋愛関係じゃないけどね」
 
「あれ?そうだったんですか?ごめんなさい。てっきり恋人かと」
「でもマリに会う前も何度も恋はしたよ。失恋ばっかりだけどね」
「やっぱり恋ってなかなかうまく行かないですよね」
「うんうん」
 
「ケイ先生の場合、恋の相手って男の人なんですか?女の人なんですか?」
「今まで好きになったのは半々だと思うけど、明確な形での恋を意識したのは男の子4人と女の子1人かな」
「わあ」
 
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「その女の子は私のことを男の子と思い込んで恋しちゃったんだよ」
「へー。でもケイ先生の男装ってイケメンになりそう」
「私がちゃんと女の子の格好してないからだって友だちから責められたこと、責められたこと」
「あはは。でも制服じゃ仕方ないですよね」
 
「うん。だから罰として男子制服は没収といわれて、女子制服渡されて、2ヶ月くらい女子制服で学校に通った」
「えー!? 面白ーい。あ、その友だちってのは」
「みんな女の子だよ。私は小さい頃から友だちと言えば女の子ばかりだったから」
「ああ。やはりそういう子供だったんですね〜」
 

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その日はまだ楽器パートが無いので、私が用意したMIDI音源を鳴らし、それに合わせて歌ってもらった。歌い方でいろいろアドバイスする。「こんな感じで歌うんだよ」と実際に歌ってみせると
「ケイ先生、ほんとに歌が上手い! それにそんな可愛い14〜15歳の女の子みたいな声も出るなんて」
と驚かれる。
「その声は未公開ですよね」と北川さんも言う。
 
「私、中学生時代に七色の声って言われたともあるからね」
「ひとりで多重録音でカルテットかクインテットくらいできたりして」
「ああ、面白いかもね。ライブ演奏不能だけど」
 
その日は19時から21時前まで作業を続けた(中学生なので21時までに退出させなければならない)が、まだ歌唱が合格水準に達していないとして本格録音は明日以降にしたものの、ノエルの歌の中で今日いちばん良い出来だったものを残し、これを参考に明日の日中にスタジオミュージッシャンの人たちに演奏してもらって、楽器の音を収録することにした。
 
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バタバタと撤収作業をして帰りのタクシーを手配する。そのタクシーの待ち時間にポツリとノエルが言った。
 
「でもケイ先生、お友だちたくさんいていいなあ。私友だち全然いなくて」
「私も友だち全然いなかった時期があるよ」
「そうなんですか?」
 
「自分をちゃんと見せてないと、友だちってできにくい。私も実態が女の子なのに、あたかも男の子みたいに装ってネコかぶってた時期あってさ。その時期は女の子の友だちも男の子の友だちも居なくて、寂しい学校生活を送っていたよ。自分を隠して生きていると、周囲の人は接する時の『立ち位置』が掴みにくいんだよね。すると敬遠されちゃう」
「ああ・・・」
 
「マリなんかも、休み時間にクラスメイトのおしゃべりなんかにも加わらずいつも遠くを見つめてて、時々突然詩を書き出すなんていう、変な子だったから、友だち少なかったみたいだけど、似たようにちょっと変な性格の子と結果的には3〜4人くらいの、グループというより緩い感じのつながりができて、その子たちとは、時々話してたみたい」
「あ、それ私の立場に近いかも。私もクラスの女の子同士のおしゃべりが苦手で」
 
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「マリは最近は我慢してるけど、昔は楽屋で他の歌手とかグループの子がおしゃべりしてると、プイっと居なくなっちゃったりして、本番までに戻ってくるよなって気が気じゃなかったことあるよ」
「ああ、私もそれやって酷く叱られたことあります」
 
「自分が変な子なら、その変なところを露出しちゃうと、それなりに人は接してくれるかもね。私みたいなのは性別を偽って生きて来たから極端すぎる例だけど。でも音楽の世界は変人だらけだよ」
「確かに!」
 
「ケイ先生、携帯の番号交換できます?」
「いいよ」
 
ノエルは私と携帯の番号とアドレスを交換してタクシーに乗っていった。
 

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