【男の娘モルジアナ】(3)

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夜明前、モルジアナはアリの所に行きました(実はその後寝ていない)。
 
「御主人様、朝早く申し訳ありません」
「どうした、モルジアナ。そうだ。昨日は急な来客で苦労を掛けたね」
「いえ、それは構わないのですが」
 
アリは奥さんのザハルと同衾しているので、モルジアナは内密の話だと言ってアリを廊下に呼び出しました。
 
「御主人様、昨夜の来客が誰かお分かりですか?」
「え?旅の商人だと言っていたが」
「全くの大嘘です。庭に来て、荷物をごらんください」
「ん?」
 
それでアリは昼間の服を着て、モルジアナと一緒に庭に出ました。
 
「中をご覧下さい」
というので、革袋を覗きますと、人間が入っているので仰天します。
 
「怖がらなくても良いです。それは死人(しびと)です」
「まさか・・・」
と言ってアリは全ての荷物を見て回りましたが、最後のラバが積んでいた袋以外は、全て人間の死体が入っていました。
 
「あの商人は人間の死体を運んでいたのか?」
「いえ。昨夜までは生きている人間でした。御主人様、男たちの顔に見覚えとかはございませんか?これは例の“40人の盗賊”ですよ」
 

「そういえば・・・」
と言って、アリはいくつかの袋を再度確認しました。
 
「この顔には見覚えがある。この顔にも見覚えがある。確かにこいつらはあの盗賊たちだ。でも、なんでこいつら死んでるの?」
 
「こいつらは、アリ様とご家族様、それにここに住んでいる全ての者を殺し財宝を盗もうとしていました。それで私が殺しました」
 
「君が殺したの?」
「はい。アリ様とみんなを守るためには仕方無かったのです」
 

それでモルジアナは先日からの、扉や入口の所の印の話もしました。実際に扉に白いX印、入口の目立たない所に赤いO印があるのを見、また近所の家々にも同じ印が入っているのを見て、アリはモルジアナの話を信じてくれました。
 
「あ!あの客人は?」
「逃げて行きました。部下が全員やられているのを見て、自分もすぐ殺されると思ったのでしょう」
 
「なんてことだ。しかしモルジアナ、よくやってくれた。危うく、私も妻も、カシムの妻子も、そして君たちも死ぬ所だった」
 
「いえ、昨夜は何とかしなければと思い、必死だったので」
 
「しかしこいつらの遺体はどうしよう?」
「死の谷に持っていって投棄しましょう」
「それしかないか」
 
通常人が死んだら葬式をして墓地に埋葬しますが、行き倒れや、身寄りの無い者などの遺体は、山の中に持って行き、棄てられます(*32)。そこに棄てておけば他人にバレることもないでしょう(*31).
 
(*31)原作では盗賊の死体は庭に埋めたことになっているが、38人もの遺体を埋める穴を掘るのは大変だし時間もかかる。出て来た土の処分問題もある。またその跡を見た使用人たちが絶対不審に思う。死臭も凄まじいはずである。更にはラバの処分問題もある。それらを解決するには、結局、客人は出発したということにして、ラバごと死体をどこかに持ち出す以外無い。
 
(*32) 死んだ奴隷なども、しばしば、そのようにして棄てられていた。酷い主人になると、病気あるいは年老いて動けなくなった奴隷を生きたまま投棄するものもあったという。
 

それでアリはラバを連れ出し、死の谷へと連れて行きました。モルジアナはラーニヤに、
「お客様が早朝から旅立ちになられる。アリ様もお見送りなさるから、私も随行する。昼くらいには戻るから」
 
と言い、アリと一緒に家を出ました。
 
まだ日出前です。あまり人には見られたくないのて好都合です。
 
アリとモルジアナは馬に乗り、20頭のラバを導いていきました。アリが先頭のラバを曳き、モルジアナが最後のラバを抑えて、死の谷まで行きます。2時間ほどで到着したので、聖典の言葉を唱えながらひとりずつ遺体を袋から出して谷に落としていきました。38人の遺体の投棄には1時間以上かかりました。革袋は油を掛けて燃やしました。残った油は革袋ごと投棄しました。
 
「ラバはどうしようか」
「結んでいる綱を切って、バラバラにして放置すれば誰かが拾いますよ」
「そうするか」
 
それでアリとモルジアナは、目立たないようにあちこちで、ラバたちをつないでいた紐を切り、2頭・3頭と放しました。
 
そして2人は昼前に帰宅しました。
 

アリは言いました。
 
「今回は本当に助かった。君がいなかったら、僕は今頃天国に行っている所だった。今回の働きの御礼に君を奴隷身分から解放するから」
 
「ありがとうございます」
 
それでモルジアナは自由な身分になったのです。
 
「でも、よければこのままうちに勤めててくれない?」
「もちろん、そうさせてください」
 
それでアリはモルジアナを女家政長および店の女番頭に任命し(実際今までも実質そういう仕事をしていた)、ワルダを家の新しい女奴隷頭、マルヤムをお店の女奴隷頭に任命しました。
 

さて、部下を全員殺されて逃げ出した盗賊の頭(かしら)は落ち着くと、このままやられっ放しにはできんと思いました。そして部下たちの恨みもあるし、アリだけでも殺さずにはおけないと思います。
 
それで彼は色々準備を整えた上で、月が改まってラマダン(9月)の中旬、髭や眉を鉛白で白く着色して老人を装い、左目に眼帯をして人相がよく分からないようにしました。そしてシンド風の服装をしてシンド風の帽子をかぶり、メルヴのムハマドたちのお店のあるバザールの組合に行くと、こう言いました。
 
「私はイシムと申します。長らくシンドで商売をしていたのですが、年老いて生まれ故郷のホラーサーンに帰って来ました。組合の加入料と会費をお支払いしますので、こちらにお店を出させて頂けませんでしょうか?」
 
そう言って、シンドの商業組合からの紹介状(偽造!)を見せますので、組合では彼の加入を認めました。彼はシンド風の婦人服を扱う店を出しましたので、同じ婦人衣料品店ということで、ムハマドの店の近くにお店が割り当てられました。(バザールでは一般に商品ごとに店を出す区画が分けられている)。
 
シンドの衣服は実は隊商を襲って奪った品物の中にたくさんあるので、それを店に並べたのです。従業員を雇うとボロが出そうなので、誰も雇わず、ひとりで店をやっていました。本人はあまり商売自体をする気は無いし、売れすぎると店に並べる商品に困るので、わざと高くしてあり、結果的にほとんど売れませんでした。でも全く気にしていませんでした。
 
近所なので、彼はムハマドなどと声を交わす機会もあります。それで少しずつ親しくなっていきました。モルジアナは彼の顔を見た時、どこかで見たような気はしたものの、この時点では気付きませんでした。
 

イシム(実は盗賊の頭)がバザールにお店を出してから1ヶ月ほど経ち、ラマダン(*33)も明けて10月の上旬、彼はムハマドに言いました。
 
「君のお父さんはあまり店に出ないの?」
「親父は、商売のことは分からんと言っても僕にまかせっきりなんですよ」
「でも、君のお父さん、お店の店主さんに挨拶したいなあ」
「ああ、話してみますよ」
 
それでムハマドは満月前の10月14日にイシムを自宅に招待することにしました。満月は10月15日になりそうなのですが、その日は金曜日の休息日なので、宴会のようなものは慎むことにし、前日の14日にしたのです。
 
(*33)ラマダンとは9月のこと。この月の間は、イスラム教徒は日中は食事を取らない(高齢者・乳幼児・妊産婦・病人などは例外)。また争いなどもしてはいけない。
 
イスラムの暦(ヒジュラ暦)は、太陰暦で閏月を入れないので、月の名前と季節感は毎年(10.88日ずつ)ずれていく。365.2422÷10.88=33.56で、約33年経つと元に戻るので「同じ季節のラマダンは一生に2回」と言われる。
 
各月の始まりは「その地でイスラム教徒の成人男性2名以上が日没直後に新しい月(Moon)を目撃した時」から始まるので、いつ新月が始まるかはその時になってみないと確定しないし、地域によっても異なる(原理的に西にある地域ほど目撃しやすいので、マレーシアでは目撃できなくてもモロッコでは目撃できる場合もある)。
 
また当日曇っていると月(Moon)を確認できないので月(Month)の始まりは延期される!
 
しかしこのルールを厳格に適用すると、地域によって暦がバラバラになってしまい、実務上不便であるため、現代では一部の国(トルコ等)は天体計算によって暦を定めている。しかし伝統を守っている国もある。普通は計算で決めてもラマダンの始まりと終わりだけは実際の新月観測で決めている地域もある。また11世紀頃から(天体計算をしない単純な)算術計算のみによる簡易計算表が流布しており、Microsoftのイスラム暦換算もこの簡易計算表によっているが、この方式は実際の日付とどうしても1-2日程度のずれが生じる。
 

今回の訪問は、女奴隷たちにも前もって報されていたので、食材なども買い揃えて、前日から料理の仕込みをし、準備をしていました。
 
ところが・・・
 
当日、ムハマドがモルジアナに言いました。
「モルジアナ、済まない。客人は持病があって塩がダメらしいんだよ。塩抜きの料理とかできる?」
と彼は本当に申し訳無さそうな顔をしています。
 
(塩抜きの料理を求めたのは前述と同様の理由。人を殺す前だから)
 
モルジアナは「前もって言ってくれ〜!」とは思ったものの、他ならぬムハマドの頼みなので
「大丈夫だよ。何とかするよ」
と笑顔で言いました。
 
「ごめんね。手間を掛けて」
と言って、ムハマドはモルジアナの手を握って行きました。
 
(キスしようとしたが、人目があるので控えた)
 

「どうする?」
とワルダが言います。
 
「下味を付けてた羊肉は水で洗おう」
「え〜!?それでいいの?」
「平気平気」
 
モルジアナがそう言うので、ワルダもラーニャたちに指示して、お肉を下味を付けていた容器から取り出して、水で洗ってしまいました!更に15分くらい水に漬けて塩分が抜けるのを待ちます。
 
(水が豊かなメルヴだからできる処理法!)
 
それで、そのお肉を蜂蜜で味を付けて焼き、まだ内蔵を抜いただけだった鯛は塩を振らずに香草だけで香りを付けて焼きます。また塩を入れないように気をつけてスープを作り、小鉢の類いも塩分を充分に落として盛り付けました。
 

しかし、モルジアナは“塩抜き”という言葉で、ふとあの盗賊たちを殺すことになった夜のことを思い出しました。
 
あれ以来、モルジアナはしばしば殺した盗賊たちがグール(*34)と化して、自分に復讐に来る夢を見て、夜中に飛び起きることもありました。
 
「まさかね・・・。だって今夜の客人は年寄りだし。あの盗賊の頭(かしら)はまだ30歳くらいだったもの」
 
(*34)グールは中東で伝承される妖怪で西洋の吸血鬼や、西インド諸島のゾンビなどに近い。女の姿をしたものはグーラと呼ばれる。人に化けて、人を食うと言われる。多数の人間の集団に紛れ込んでいたりする。しばしばグーラは美女の姿をしていて、男を誘惑し、2人きりになった所でその男を食べてしまう。
 
またグールは捕食した人間に化けて更にその仲間を襲うとも言われる。つまり女を食ったグールが食った女に化けて、その恋人の男を食ったりする可能性も?
 
しかし善良なグールも居て、人間に色々なことを教えてくれるグール、また母親を失った子供に乳を与えて育ててくれるグーラもあるらしい。
 

モルジアナやワンダが食事を持って行きます。ラーニヤが客人にお酒を勧め、またウードを弾いたりしていました。モルジアナはムハマドに請われて、ラーニヤのウードに合わせて歌を歌ったりしました。
 
モルジアナは歌を歌いながら、客人をよくよく観察しました。
 
『でもこの人、あの油商人に化けていた盗賊と似ている気がする。まさかあの盗賊の親か兄ということは?』
などと思います。
 
モルジアナはムハマドから舞を舞ってよと言われたので、
「では余興で」
と言って舞うことにします。モルジアナは、勝手に客人が腰に帯びているコピス(*36)を取り、片手にはダフ(*35)を持って、ラーニヤにウード伴奏を頼んで舞い始めました。
 
(*35) ダフ(Daf)は、タンバリンのような楽器。木製の円形の枠にヤギの皮を張ったものである。小型の鈴などを付け、タンバリン同様に、皮の面を打つと、それが一緒に鳴るようになっている。モルジアナは右手には剣を持っているので、左手に持つダフは自分の腰などに打ち付けながら舞ったものと思われる。
 
(*36)コピスは伝統的な直刃の短剣である。中東の短刀というと、曲刀のジャンビーヤが有名であるが、あれはアラブの武器であり、この時代にはペルシャでは使用されていなかった。ペルシャでジャンビーヤが使われるようになったのは、17世紀頃と言われる。
 

客人は腰のコピスをモルジアナに取られた時、反射的に服の内側に手を入れようとしました。それでモルジアナは、彼が服の内側に剣を隠し持っているなと思いました。またそもそもこのコピスは明らかに人の血を吸っています。
 
モルジアナは左手のダフを打ちながら、右手の短剣はまるでお手玉でもするかのように放り投げて身体を一回転させてから掴んだりしながら舞を舞います。
 
「あんなことして、よく刃で自分の手を切らないな」
とムハマドが半ば呆れて言いました。
 
しかしアリは
「凄い凄い」
とよろこんでいますし、客人もこの余興に称賛を送っていました。
 

モルジアナはラーニヤのウード演奏がクライマックスになってくると、その短剣をムハマドの喉元すぐ傍まで持って行き、ギリギリで空を切るので、ムハマドが思わずのけぞり
「僕を殺さないでね」
などと言います。
 
モルジアナは同様にアリの喉元まで持って行くとアリはただ笑っています(反射神経が悪いなと思う)。そして客人の喉元にも持って行くと、客人は身体をそらせると同時に反射的に服の内側に手を入れようとしました。それでモルジアナの疑惑は決定的になりました。
 
モルジアナは剣舞をしながら、客人を再度まざまざと観察していたのですが、その内、気付いてしまいました。
 
眼帯までしているから分かりにくいけど、この客人の眉と髭を黒く染めたら・・・あの油商人のふりをしていた盗賊の頭(かしら)の顔になるではないか!と。
 
つまり、これは変装だ、ということにモルジアナは気付いてしまったのです。
 
やはり夜みんなが寝静まってからアリ様を殺すつもりに違い無いとモルジアナは判断しました。
 

剣舞が終わると、モルジアナは
「失礼しました」
と言って、コピスを客人に返しました。
 
「いや、なかなか面白い余興だったよ」
と客人も笑顔でモルジアナを褒めました。
 

モルジアナは後のことはワルダに任せて自分の部屋に下がりました。
 
そして仮眠しました!
 

夜中、廊下を静かに歩く足音がありますが、アリは気付かずに眠っています。廊下を歩いてきた人物はそっと部屋のドアを開けました。
 
部屋の中に入ってきた人物は満月に近い月の明かりで、ベッドに寝ている人物の内、男の方を識別しました。服の中からそっと剣を取り出します。そしてそれで男を刺そうとした時、女が気付いて目を覚まし
 
「きゃー!」
と悲鳴をあげました。
 
それでアリも目を覚まします。
「わっ!」
と叫びました。
 
しかし剣を振り上げた男は、そのまま崩れるように倒れてしまいました。
 

“モルジアナ”が、廊下の小型ランプを持って来て、部屋のランプに火を移しました。
 
「強盗か何か?」
とザハルが怯えるように倒れた男を見ています。
 
男の首の後ろ、いわゆる“盆の窪”に短い矢が突き刺さっています。ここは人間の急所です。
 
「あなたが殺したの?」
とザハルがモルジアナに尋ねます。
 
「殺さなかったらアリ様が殺されましたから」
とモルジアナはまるで機械のように言ってクロスボウ(*37)を拾いました。
 
モルジアナは最初からこの部屋に静かに忍び込んでクロスボウを即発射できる状態にしていました。そして自分の存在を滅却し、部屋の空気と一体化していました。それで男がアリを殺そうとした所で、クロスボウで矢を発射し、男を倒したのです。満月近いので、モルジアナはしっかりとターゲットを見定めることができました。
 
(*37) 原作では剣舞の際にモルジアナが剣舞に使っていた剣で刺し殺したことになっているが、幾多の修羅場をくぐっている盗賊の頭領が、いくら不意打ちされても、素人女に殺されるとは思えない。実際近接戦闘で倒せるほど、頭(かしら)は弱くはないはず。それで飛び道具の登場となった。
 
クロスボウ(現代日本では商品名からボウガンとも呼ばれる)は紀元前から存在した武器である。これが普通の弓なら、弓を引く気配で頭(かしら)は気付くので、頭(かしら)を倒せる可能性がある武器はクロスボウか投げナイフくらいだと思う。
 
それに多数の使用人の見ている前で殺せば、その殺人を秘匿するのは困難になる。
 

「しかし誰?」
とザハルが言うので、モルジアナは俯せ状態になっている男の身体を反転させました。
 
「客人!?」
とアリが驚いて言います。
 
モルジアナは彼の眼帯を外しました。そして蜜蝋を染み込ませた布で、男の髭を拭きました。すると鉛白で偽装していた白い色が取れて元々の黒い髭が露出します。
 
「アリ様、この男の顔をよくご覧下さい」
 
「油商人に化けていた盗賊の頭(かしら)だ!」
 
「アリ様を殺すために、わざわざムハマド様を信用させてこの家に招かれたのですよ」
 
「なんてことだ・・・」
 
「部下を殺された復讐に来たのでしょうね。私を殺せばいいのに」
とモルジアナ。
「まさか女に殺されたとは思わなかったと思うよ」
とアリ。
「でもモルジアナちゃん、よく盗賊だと分かったね」
とザハル。
「顔が似てる気がしたので、最初はあの盗賊の兄か何かかと思ったんですけどね」
 
「この男の遺体の始末はどうしよう?」
とアリが悩むように言う。
 
「役人に届けて、私を下手人として突き出しますか?」
とモルジアナは投げ槍に言いました。
 
38人の盗賊を殺したことがモルジアナの心に物凄い重荷になっていました。それなのにまた人を殺すはめになったのに正直疲れ切ってしまい、このまま重犯罪者として八つ裂きの刑に処されてもいい気分でした。
 
「とんでもない!私たちを守ってくれたのに」
とザハルが言います。
 
「死の谷に棄ててこよう」
とアリが決断するように言いました。そしてアリは付け加えました。
 
「モルジアナ、君は私の使用人だ。だから君の行為は全て僕の行為でもある。38人の盗賊を殺したのも、この男を殺したのも、僕の行為だ。君は自分ひとりで全てを抱え込んではいけない」
 
「はい」
と言って、モルジアナは涙を浮かべ、ザハルがモルジアナを抱きしめました。
 

盗賊の頭(かしら)の遺体を棄ててくるのは、アリがひとりでやると言い、革袋に入れてラバに乗せ、夜中の内に、死の谷へ向かいました。
 
ザハルが
「あなたは少し寝なさい」
と言い、ザハルが付き添って、モルジアナの部屋に行き、お酒を飲ませて寝せました。
 
ザハルはダニヤだけにこのことを話しました。2人はこのことはアリ、モルジアナと自分たち2人の4人だけの秘密とし、まだ若いムハマドには知らせないことで意見が一致しました。
 

翌朝、ザハルとダニヤは
「今日はお仕事は休みなさい」
とモルジアナに言ったのですが
「奥様方、私は大丈夫です」
と言って、いつものようにムハマドと一緒に出掛けることにしました。
 
「あれ?親父(アリ)と客人は?」
とムハマドが訊きますが、ダニヤは
 
「ムルガブ川で釣りをするんだとか言って、一緒に出掛けたわよ」
と言いました。
 
そしてモルジアナと一緒にいつものように出掛けましたが、モルジアナが明らかに顔色が悪いので
「大丈夫?」
と心配して尋ねます。
 
「大丈夫です。月の者が近いから少し気分が悪いだけです」
と笑顔で答えました。
 
「女の人は大変だね!」
とムハマドは納得していました。
 

モルジアナはこの日(10/14)はムハマドに言われて早めに帰宅しました。盗賊の死体の始末に行っていたアリも昼過ぎには戻りましたが、少し精神力を回復したモルジアナはアリに言いました。
 
「偽装工作をしましょう」
「へ?」
「“イシム”がうちの家に行った後失踪したということになれば、役人から疑われる可能性があります」
「しかしどうしろと?」
 
「アリ様、少しお化粧しません?」
と言って、モルジアナは白粉(おしろい)を取り出しました。
 
「え〜?お化粧とかしてどうするの?まさか女の服を着れとか言わないよね?」
「アリ様が女の服を着たいのでしたら、アリ様が着られるような女の服をお作りしますが」
 

翌15日、いつものようにムハマドとモルジアナが一緒にお店に出て行くと、近くで白いヒゲに眼帯をし、シンドの帽子をかぶった“イシム”が店を開ける準備をしていました。
 
「やあ、ムハマドさん。一昨日はありがとうね」
「あ、いえ。大したお世話もできませんでしたが」
「あんまりお酒が美味しかったから、昨日はアリさんと釣りに行った後、1日寝てたよ」
「あまり無理なさらないでくださいね」
 
“イシム”はその後、3日間お店に出て、近所の他の店の人と言葉を交わしていましたが、いつものように客は全く入っていなかったようでした。
 
ムハマドは
 
「あんなに客が入らなくて、やっていけるのだろうか」
と疑問を感じました。
 
(トルクメンでシンドの服を売っても需要があるとは思えない)
 

しかし4日目の18日、“イシム”はお店には出ていませんでした。5日目も“イシム”のお店は開いていませんでした。そして2度とイシムの店が開くことはありませんでした。
 
組合では10月の組合費が納められなかったので、お店に訪ねて来ました。周囲の店の者が、10月18日以降はイシムの姿を見ていないと言うので、ひょっとして中で倒れているのではと考え、組合が持っている合鍵で中に入りましたが、中には誰もいませんでした。
 
それでイシムは失踪した、あるいはどこかで行き倒れたのではないかということになり、身寄りも無いようなので、店にあった商品は組合で回収して競売し、未納の会費に充当しました。
 

 

11月29日。
 
カシムが亡くなってから(亡くなったということにした日から)4ヶ月と10日が過ぎて、ダニヤの服喪期間が終わります。
 
アリはあらためて、地域の教義に詳しい人を呼び、クルアーンを読んでもらって、喪明けとしました。
 
アリは正式にダニヤと結婚しましたが、結婚式は内々に済ませました。メジディ(モスク)で結婚の誓約をした後、自宅に友人のワシム夫妻のみを招いて簡単な祝宴をあげただけです。(ワシムはバーナの夫であり、またムハマドはワシムの店で商売の勉強をしていた)
 
「そういえばムハマドとモルジアナの結婚式はいつしたんだっけ?」
とワシムが訊きます。
 
「まだです!」
とモルジアナ。
 
「でも既に実質夫婦なんでしょ?早く式をあげないと注意されるよ」
「まだ“実質夫婦”ではありません!」
 
なおアリとダニヤは結婚はしたものの、前々からのダニヤおよびザハラとの約束に従い、アリがダニヤを抱いたりすることはありませんでした(*38).
 
この時点でこの邸には、ダニヤの部屋、アリとザハラの部屋、ムハマドの部屋、モルジアナの部屋、女奴隷頭ワルダの部屋(他の女奴隷と年が離れているので特に個室を与えた)があります。男奴隷、ワルダ以外の女奴隷は各々ひとつの部屋に入れられています。
 
(*38) 元々イスラムの“妻は4人まで”というルールは、夫を亡くした女性を経済的な余裕のある男が保護して生活を保証するための制度である。イスラム教の創始者ムハンマドなど、12人の妻を持ったが、その多くが寡婦である。ムハンマドはさすがに12人は多すぎるだろうということで、以降4人までにしようと定めた。但しムハンマドの場合は有力部族側からの政略結婚の面もある。
 

イード・アル=アドハー(犠牲祭 12月10日)も過ぎ、新年(1月1日)も過ぎます。
 
モルジアナは毎晩、神に祈りを捧げていました。
 
モルジアナは最近やっと盗賊たちが自分に復讐に来る夢を、めったに見なくなりました。
 
ムハマドはまだかなり頼りないものの、何とか店主っぽい雰囲気が出て来ました。
 
それでもしばしば
「ああ、丁稚(でっち)さん、店主を呼んで」
などと、お客様に言われてしまうので、年長の男奴隷ルスランに
 
「すみません。店長は出掛けているので、番頭の私がお伺いします」
などと言わせて応対させています。
 

「でもムハマド様、商品のことをよく知るために自分でも身につけてみたりしません?」
などとモルジアナは言ってみました。
 
「いや、遠慮しとく」
とムハマドは言いますが、ルスランなどは
 
「女の服は着てみた方がいいよ。自分で着てみないと、よしあしは分からないから」
などと言っています。
 
「ルスランは女の服着るの?」
「売れ筋のを自分で買って着てみますよ。個人的にはトルコの女の服が好きだなあ」
 
相撲チャンピオンも取ったことのあるルスランが女の服を着ている所は・・・一度だけ想像してみたが、モルジアナは頭が痛くなったの゛、その後は想像するのはやめた!でも実はルスランが着られるようなビッグサイズの服が結構需要がある!
 
むろん彼は荷物の運搬や警備が業務なので、彼が店頭で売り子を務めることはありません。
 
一応、女性のお客様、夫婦や母娘などで来店した客にはモルジアナか女奴隷たち、男性のお客様には副店長のムハマドが応対しています。異教徒の多い町なので、結構女性の単独の客もいますが、だいたい4割は男単独の客です。
 

イシムの事件から半年たった、4月(季節は夏:Hijri 241.4.1=Greg 855.8.22)アリとモルジアナは馬に乗ってラバを連れて例の岩山を訪れました。
 
「ところでモルジアナ、そろそろ君とムハマドの結婚式をあげようかと思うんだけど」
と道すがらアリは言いました。
 
「ムハマド様はまだ13歳です。15歳になるまで待ちましょう」
「彼がもう待ちきれないような顔をしているのだけど」
「困った子ですね〜」
 
最近時々自分の服、特に下着が紛失するのは、たぶんムハマドだろうな、とモルジアナは思っていました。女の服の試着は嫌がった癖に!
 
モルジアナとしては彼が15歳くらいになるまでの間に彼が好きになりそうな女の子を見つけて来て、彼のそばに仕えさせ、それで彼がそちらに“転ぶ”ようにしようという魂胆でいました。それでモルジアナはカシムが亡くなった後、何度か奴隷商人のところに行き、ムハマド好みの女の子がいないか見ていました。
 

「君はムハマドのこと嫌いじゃないよね?」
「弟のような存在ですね」
「そうかも知れないね!」
 
「小さい頃からムハマド様には『僕の奥さんになって』と言われているし、結婚するのは構いませんけど、私は第2か第3の妻でいいですから、アリ様、トルクメン人かせめてペルシャ人の娘さんを見つけてあげてくださいよ」
 
(モルジアナはスーダン人の母とトルクメン人の父の子供なので、中間の肌の色をしている)
 
「今更、人種など気にする必要はないと思うよ。ムスリムはみな平等なんだから」
「そうですね」
 
と答えておいたが、実を言うとモルジアナはムスリムではない!ムスリムの生活習慣に合わせている異教徒(こういう人を“啓典の民”と言う)なのだが、このことは、本人以外は知らない。
 

アリとモルジアナが“イシム”事件の後、半年待ったのは、実は盗賊の“人数”問題がありました。
 
最初に岩戸の所に行った時、アリは盗賊の人数を頭(かしら)以外に40人と数えました。頭(かしら)が油商人に化けてカシムの家にきた時、モルジアナが殺した手下の数は38人です。ということは、あと2人仲間がいるのではないか、恐らくはその2人はアジトで留守番をしていて襲撃に参加しなかったのではないかと、モルジアナとアリは想像しました。それで彼らの復讐に警戒しながら半年ほど様子を見ていたのです。
 
しかし一向に怪しい動きは無いので、ひょっとしたら頭(かしら)が殺されたのを知り、怖じ気づいて逃げてしまったのかも知れないと考えました。それでこの岩戸に行ってみようと考えたのです。
 

岩戸の前まで行った時、小鳥の苦しそうな鳴き声を聞きました。
 
何だろうと思ってモルジアナがそのあたりを探すと、赤い小鳥が、木の枝に引っかかってしまっているのを見ました。トゲのある木なので、それが羽に引っかかって、身動きが取れなくなっているようです。
 
モルジアナは小鳥に
「今助けてあげるね」
と声を掛けて、小鳥の羽をトゲから外してあげました。小鳥は嬉しそうに飛んで行くと、まるでこちらに感謝するかのような声で鳴きました。
 
「優しいね」
とアリが言います。
 
「私、本当は優しい女なんですよ。戦わなければならない時は戦いますけどね」
 
「その性格がムハマドのパートナーとして最適だと思うんだけどね。商人は海千山千でないといけない。僕はそこまでうまく立ち回れない。ムハマドも性格的に優しすぎる。彼ひとりではきっと誰かに欺される」
 
そうだね。きれいにイシムに欺されたからなあ、とモルジアナは思いました。彼が天使なら自分が悪魔にならなければならないのだろうか、と彼女は考えます。だから、非情にならなければならない所を引き受けるのが自分の役目なのかも知れないという気もしました。
 
「あの店の主人は本当にいい人だけど、女房は悪魔だ」
とか言われるのもいいかもね!私が売掛金とかも、じゃんじゃん回収しちゃる。
 

アリが岩戸の前に立ち、唱えました。
 
「ゴマよ、お前を開(ひら)け」
 
入口の所にランプがあるので、モルジアナは懐炉で携帯してきた火種で、それに点火しました。
 
洞窟内が明るくなります。
 
「かなり広いものですね」
「だろ?これは相当の量がある」
「これはあの盗賊が集めたものだけではありませんよ。相当昔から恐らく100年以上にわたって集めたものです」
 
「そうかも知れない。だとすると、元々は別の人が集めていたものかもね」
「その秘密をあの盗賊が知ったんでしょうね」
 
アリが以前入った時は気付かなかったのですが、この穴の奥に小さな通路があるようです。そこにあったランプにもモルジアナが懐炉の火種で点灯すると奥の方にも部屋があることが分かりました。
 
「この部屋も宝物でいっぱいだ」
「凄い」
 
その更に先にも3つ目の部屋があり、その部屋の向こうに戸がありました。
 
開きません。
 
「ここも同じ呪文かしら」
「たぶんそうだ」
と言ってアリは呪文を唱えました。
 
「ゴマよ、お前を開け」
 

扉が開きました。
 
その扉を開けた先には庭がありました。ここは明るく日が差しています。外と繋がっているのかと思って上を見るのですが、天井には岩があるので、この光がどこから入ってきているのか、よく分かりません。
 
しかしこの庭には多数の宝石の“花”が咲いていました。
 
ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド、トパーズ、アメジスト、物凄くたくさんの“宝石の花”です。
 
「これはきっとワクワク島(*39)に生えているという仙境の植物だと思います。それをここに移植したんですよ」
とモルシアナが言います。
 
「ワクワクにだったらあるかも知れないなあ」
とアリも言いました。
 
(*39) ワクワクとは、中東の様々な伝説に登場する一種の桃源郷である。海上にあり、7つの島から成っていて、住民は女性ばかり。人間の形をした実の生る木がある(つまり住人は木から生まれる??)。黄金と黒檀が豊かで、住人の服や犬の首輪まで金でできている(重すぎて大変という気がする)。千一夜物語内の“ハサンの冒険”では、ハサンが住人の女性の衣服を隠し、その結果ハサンはその女性と結婚した(天羽衣型の物語)。
 
ワクワクというのは実は“倭国”が語源で、わくぉく wakwoku→ wak-woku であるとする説が有力である(7つ:本州・四国・九州・北海道・淡路と・・・壱岐・対馬?)。インドネシアに比定する説もある。
 

アリとモルジアナがその庭を歩いていると、その先に小さな家がありました。扉がありますが、これはモルジアナが普通に引くだけで開きました。呪文を唱えようとしていたアリは拍子抜けです!
 
家の中に入ると、1階には様々な服がかかっています。
 
「この服、素敵!このデザインもらっていいかしら?」
などとモルジアナが言います。
「持って行けば?」
「素敵なものが多くてとても持って行けません。ここにまたデッサンにこようかな」
「ああ、それはここに来て描き移すといいよ」
 
2階に登ってみると、多数の箱や壺が並んでいて、薬のような臭いがします。
 
「薬の箱や壺のようだね」
とアリが言っていた時、小鳥の声がします。
 
見るとさっきの赤い小鳥です。
「お前、こんな所に入り込んだら出られなくなるよ」
と言って、モルジアナは小鳥を自分の手に留まらせます。
 
しかし小鳥はモルジアナの手から飛んでいき、ひとつの箱の上に留まりました。そしてモルジアナを呼んでいるようなので、行ってみます。モルジアナには「この薬を持って行きなよ」と言っているように感じました。
 
手に取ると、どうも中国の文字(漢字)で薬の名前と説明が書かれているようです。
 
「アリ様、この薬をもらってもいいでしょうか?」
「ああ、好きなの持って行くといいよ」
「はい」
 

それでモルジアナはその薬を持って行くことにしました。
 
モルジアナはその後、小鳥を自分の肩に留まらせて、一緒に外に出ました。この日は、洞窟の中のものはそれ以外では、お店で加工して売れそうな織物を数点持ち出しただけです。金貨の類いは持ち出しませんでした。いつでも取りに来られると思うと、特に持ち出す必要を感じませんでした!
 
赤い小鳥は洞窟の外に出ると、どこかに飛んで行きました。
 

帰宅したモルジアナは洞窟から持ち帰った薬に添えられていた中国語!の文章を解読しようとしましたが、これが大変な作業でした。
 
モルジアナは中剌辞典 (Chinese Arabic Dictionary) を持っていましたので、それを使って何とか解読しようとするのですが、中国語の文字(漢字)がとても複雑な造りをしていて、ひとつひとつの文字が、辞書に載っているどの文字なのか特定するのに、物凄い時間が掛かったのです。最初は辞典の引き方自体分からず苦労しましたが、3日目くらいに“部首”というものを理解して、やっと引けるようになりました。
 
説明書はわずか300文字程度なのですが、モルジアナの解読作業は1ヶ月!掛かりました。しかしこの薬の説明書にはこのようなことが書かれていました。
 

“化娘物”(ファーニャンブー)は、人を女に変える薬である。
 
東方の日本近海で十年に一度穫れる女人魚の卵巣から作られる薬である。これを飲むと男人は女性になり、中人も女性になり、女人も女性になる。
 
この薬は本来男を女に変えるのに必要な量を三分割して丸薬としてまとめているので、女になりたい男は三錠飲む必要がある。ただしまとめて三錠飲むと身体が変化に耐えられず運が悪いと死亡する場合もあるので、一錠飲んだら最低一日空けるのがよい。
 
男が一錠飲んだ場合、睾丸が消失し、膣が生じる。
 
更に一錠飲んだ場合、陰嚢が陰唇に変化し、子宮が生じる。
 
更に一錠飲んだ場合、陰茎が消失し、卵巣が生じる。
 
卵巣ができた人はだいたい半年程度で乳房が膨らみ完全な女になる。
 
思春期前の男人または思春期前に去勢した元男の中人がこの薬で女性に変じたら、二年も経てば子を産むこともできる。
 

モルジアナはこれはカシム様が言っていた“キャファブ”なのではと思いました。
 
カシム様が言っていたのは、中国東方のパンライ(蓬莱)で、雄の海馬の子袋から作るという話でしたが、この説明分では、中国東方のリーペン(日本)で、雌の人魚の卵巣から作るとあります。この程度は話が伝わっていく内に微妙に変化してしまったことが充分考えられます。それに“ファーニャンブー”という名前は“キャファブ”と似ている気もします。
 
そういう訳で、モルジアナは金曜日が始まる晩、取り敢えず1錠飲んでみました!
 
飲んでから30分もすると、物凄く気分が悪くなります。取り敢えずベッドに潜り込みましたが、私死ぬかも〜、と思いました。実際翌日は金曜日(*40)であるのをいいことに「少し疲れが溜まったかも」と言って一日寝ていました。
 
(*40)1日の始まりは深夜0時ではなく日没。
 
イスラム社会では金曜日は“合同礼拝の日”で、お仕事はお休み(仕事をする人もいる)。お店なども多くは休店日となる。ユダヤ教の安息日(土曜日)やキリスト教の“主の日”(日曜日)と類似の扱い。現代では週休2日制の会社では木・金が休業日になる。
 
イスラム教の金曜日の扱いはキリスト教の日曜日の扱いに近く、ユダヤ教徒の安息日(労働禁止なのでエレベータのボタンさえも押せない)ほど厳しくない。わりと任意である。但し多分宗派や地域にもよる。
 

そしてモルジアナは薬を飲んだ翌日は、自室でぐっすり眠っていたのですが、夕方起きてから、お股を見てみると自分のお股の“割れ目”のいちばん奥の所に穴ができていることに気付きました。これは膣だ!と思いました。
 
薬の説明書では「1錠飲んだら睾丸が消え膣が生じる」ということでしたが、自分の場合、元々睾丸は無いので、単に膣ができたのでしょう。しかし1錠飲んだだけで、こんなに苦しい思いをするとは思いませんでした。
 
薬の説明書には最低1日空けろと書いてありましたが、もっと間を空けることにします。
 
モルジアナはだいたい28日おきに女の小屋に入っていました。それで次に女の小屋に入る日(5月某日)にこの薬を飲むことにしたのです。
 
女の小屋に行く前日夜に2回目の薬を飲みました。そして翌朝はすごく辛かったのですが、頑張って女の小屋まで行きました。女の小屋では、モルジアナが辛そうにしているので、年上の女性が
「大丈夫?」
と声を掛けてくれましたが、モルジアナは無理に笑顔を作って
「今回少し重いみたい。寝てます」
と言ってひたすら寝ていました。
 
それでも心配した年上の女性が
「ちょっと見せなさい」
と言ってモルジアナのお股を見ます。するとこの時は既に陰唇ができていたのでモルジアナはもう外見上は完全に女になっており、見てくれた人も
「炎症とかは起きてないみたいね」
などと言って、不審がられることはありませんでした。
 

モルジアナは4歳で手術された時に、傷跡が偶然にもまるで女の割れ目のようになっていました。それは遠目で見られれば分かりませんが、近づいて見ると、女の形とは違うことが分かるので、あまり近くで見られないよう気をつけていました。しかしこの日、とうとう割れ目が本物になったので、人に見られても問題無くなったのです。
 
そしてモルジアナは6月の“女の日”前日に3錠目の薬を飲みました。一晩寝て翌日また頑張って女の小屋に行きましたが、今回もモルジアナがひたすら寝てるのでみんな心配したものの
「疲れが溜まっているからかも」
と言うと
「あんたはそうかもね!」
と言ってくれました。
 

モルジアナが家政に店の運営にフル回転なのはみんな知っています。
 
「あんた、家の仕事は他の女奴隷に任せた方がいい」
「それがいいかもという気もしてきている」
 
「だいたい、あんた実際はムハマドの奥さんなんだろ?さっさと結婚式あげた方がいいと思うよ。そうすれば家事からは解放されるからさ。それにちゃんと結婚してないのに妊娠とかしたら、処分くらうよ」
 
「私まだムハマドとは“して”ません。寝室も別ですよ」
「ああ、あの子が成人するまでは控えてるのね」
「それはあるんですけどね」
「でも男の子はきっと我慢できなくなって、いつか“やっちゃう”よ」
「やはりそうなる前に結婚すべきかなあ」
「絶対それがいい。ムハマドは少しくらい年齢足りなくても成人させてしまえばいいんだよ」
 

3錠目を飲んだ後、モルジアナは身体が下腹部の付近から“暖かく”なったのを感じていました。私の身体の中に卵巣ができたんだというのを確信します。
 
「これでその内“本当の”月の者が来るかも」
とモルジアナは思いました。
 

7月11日(月)。
 
カシムの一周忌の法事が行われました。カシムが死んだのは世間的には7月19日ということになっているのですが、カシムがラバを連れて岩山の財宝を取りに行ったのは7月11日で、その日が本当の命日と思われました。それで
 
「7月19日は仕事などの都合がつかないので」
と称して、それより少し早い7月11日に一周忌法要をおこないました。
 
そして7月21日(木)には、ムハマドの成人式をおこないました。彼はまだ13歳ではありますが、実の父が亡くなっていて早く独り立ちしたいということでこの成人は認めてもらいました。
 

その上でモルジアナとムハマドは、結婚したいという旨をメジディ(モスク)に届け出ました。
 
一般に、メジディでは結婚の申請があれば、2人が結婚可能かを審査しますが、少なくとも男がムスリムであれば、後は各々が独身(寡婦・寡夫を含む)であることが確かであればすぐ許可されます。ところがモルジアナとムハマドの場合、ムハマドがムスリムなのは確かなので、モルジアナの宗教については確認されなかったものの(実際女は異教徒でも構わない)、うるさ方が
 
「この2人、既に結婚していたのでは?」
と言い出し、結局、アリと(バーナから頼まれた)ワシムが証言してあげて、やっと認められました。
 
モルジアナは処女検査されるかもと言われて「やだー」と思ったものの、その検査は受けなくて済んでホッとしました。
 
それで
「結婚するだけでも手続きが大変だ」
「まあ仕方ないね」
などと言い合いました。
 
結婚式は8月7日(土)に行われることが決められました。
 

当日は、モルジアナはダニヤ・ザハラ・バーナに伴われて、ムハマドはアリおよびワシムに伴われてメジディ(モスク)に行きます。ここで“結び役”の人がふたりに結婚の意思を確認します。それで双方が同意したところで結婚の契約書が作成されます。ムハマドとモルジアナが署名し、ムハマドの親としてアリが署名、モルジアナの親代わりとしてワシムが署名して結婚は成立しました。
 
(イスラム社会ではわりと女性側の意思確認が厳格で、略奪婚などは困難)
 
この後、一同は“モルジアナの家”に移動し、ここの庭で祝宴が行われることになります。
 
この家は、ほぼこの結婚式のためにアリが用意したもので、アリ邸(旧カシム邸)の近くにあります。アリ邸の倍の広さで、庭は3倍広いので、祝宴を開くには便利でした。
 
実を言うと、結婚式にアリ邸の庭を使うと、その場所はモルジアナが盗賊たちを殺した場所なので、モルジアナが辛いだろうという配慮から、アリがモルジアナの名義でこの家を購入しました(岩山の金貨を使用したが、世間的には彼女の父から受け継いだものということにした)。
 
でもここには使用人などは居ませんから、アリ邸の奴隷たちがそちらに来て料理を作り、お客さんたちに提供しました。カシムの友人だったワシムの家の女奴隷たちも手伝ってくれました。
 

祝宴では、最初にモルジアナ邸の屋根の上にワシム(モルジアナの父代わり)が登って、そこからお菓子を入れた袋を撒いたりします(お菓子の中に銀貨が埋め込んであったりする)。有名歌手に来てもらって歌を歌ってもらい、力自慢の男性数人で相撲の試合をしたり、楽隊の演奏など、舞踊や演劇の上演など派手なパフォーマンスがあります。
 
炊き出しがあり、貧しい人たちに食事の施しがされます。それでモルジアナたちは多くの人々から結婚の祝福をしてもらいました。
 
その後、ご近所の人たち(ムスリム以外でもどんどん呼んじゃう)、ムハマドの店の取引先の人たち、などを入れて祝宴が行われます。この祝宴は3日3晩続くのですが、その間、新郎新婦は主賓席に居ないといけないので(さすがに交替で休ませてもらう)、この祝宴が終わるまでは初夜はお預け!です。
 
「結婚するって大変なのね」
「僕もう疲れてきた」
などと言っていたら、ダニヤが
「私とカシムの結婚式なんて、7日7晩続いたから」
などと言います。
 
「きゃー!」
とモルジアナが悲鳴をあげます。
 
「今回そこまでしないよね?」
とムハマドが不安そうに言います。
 
「一応3日3晩で終わる・・・予定だけどね」
「あはは」
 

実際祝宴は3日3晩(日月火)で終わったので、ムハマドとモルジアナは、祝宴が終わるとこのモルジアナ家の寝室でベッドに潜り込み、眠りました。
 
あまりにも疲れていて、この日(水曜)はセックスできず!昼近くになってからワルダから
「初夜のお楽しみで疲れたでしょうけど、そろそろ起きましょう」
と言って起こされました。
 
「初夜はしてない」
「なんでしてないの?ムハマドちゃん、立たなかった?」
「祝宴で疲れ切って2人ともひたすら寝てた」
「あはは。じゃ今夜頑張ってね」
 

ということで、祝宴の終わった翌日(木曜)の夜に2人はやっと初夜を迎えることができたのでした。
 
2人はきれいに沐浴してから、寝室に入りました。モルジアナは豪華な服を着ています。実はモルジアナ自身が縫った服です。ムハマドも立派な服を着ています。
 
ムハマドがそわそわしています。
 
「してもいいんだよね?」
「私はあなたの妻ですから」
「好きだよ、モルジアナ」
「愛してます、ムハマド」
 

ムハマドがモルジアナの服を頑張って脱がせます。実は女の服の構造?がよく分かってないので、脱がせるのにかなり苦労していました。それでも何とかモルジアナを裸にすることができました。ムハマドが自分でも服を脱ぎます。
 
そしてムハマドはモルジアナにキスすると、同じベッドに入ってきました。
 
「好きだよ」
と言って、抱きしめます。モルジアナは彼を導いて気持ち良くしてあげたのですが・・・・
 
「あ、しまった」
 
彼はあまりにも気持ち良すぎて、入れる前に逝ってしまったのです。
 
「少し休めばまた行けますよ」
「ごめーん」
 
2度目の挑戦で、やっとモルジアナは彼とひとつになることができました。
 

この春までは、この子とすることになった時は、うまく誤魔化して逝かせてしまおうと思っていたのに、本当に男女の交わりができるとは思わなかったとモルジアナは思いました。
 
でも入れられるのって気持ちいい!!
 
その夜、ふたりは何度も結び付き、心をひとつにすることができました。
 

モルジアナとムハマドは、モルジアナの家で3日過ごしましたが、その後は、結局アリ邸に戻って暮らしました。結果的には、“モルジアナの家”は結婚式に使われただけですが、この後、別邸的に使われることになります(ずっと後に店を事実上継ぐことになる娘のフィルヤールの家になる)。
 
なお、ムハマドが成人し、モルジアナと結婚したことから、アリは店長を引退し、ムハマドが正式に店長になりました。モルジアナは女番頭として采配をふるい実際問題としてモルジアナが店のことは指揮していました。
 
女の小屋で先輩から言われたように、モルジアナは家政からは卒業させてもらい、自分が抜けた戦力補填のため、女奴隷を2人雇い入れました。
 
その内の1人、まだ7歳のマラークは実は“男の娘”でしたが、モルジアナは
 
「君は誰が見ても女の子にしか見えないから、うちでは女奴隷として働きなよ」
と言って雇い入れました。彼女(彼?)は最初は女の服を着るのを恥ずかしがっていましたが、すぐに慣れたようでした。ラーニヤたちも彼女が本当は女の子ではないことには、全く気付かなかったようです。
 
モルジアナはこの子が望むなら、10歳くらいになったら牝精を飲ませちゃおうなどと考えていました。
 
(マラークという名前は歴史的には女の子の名前に結構使われているが、元々は天使の名前で、天使には本来性別が無いことから、現代では使用は回避される)
 

モルジアナは岩戸のある山に遠慮無く入れるようにするため、あの山の所有者を調べ、“通常の”山の値段で買い取りました(岩戸の金貨使用!)。そして拠点にするのと、山を買った目的のカモフラージュのため、山の麓に広い敷地の別邸(メルヴのモルジアナ邸の3倍の広さ)を建てました。
 
そして岩戸の奥の家にあった服をいったんこの麓の家に移し、型紙を作った上で、新たな布を使ってそのコピーを2つずつ作り、コピーの片方を岩戸の奥の家に戻しました。布製品は年数が経てば傷むので、今後も更新していくことにします。実際麓の家に持って来た時に、既に崩壊寸前になっていたものもありました。(“ジュジュ”の力で型紙を作るまでは崩壊を留めておくことができた)
 
この服の中にはかなり魅力的なデザインのものもあったので、そのデザインの服を作ってお店に出すと随分人気になりました。
 

モルジアナはムハマドと結婚した2年後に可愛い女の子マナールを産みました。その2年後には男の子アムロ、続いて男の子ザイン、女の子フィルヤールと合計4人の子供を作り、ムハマドは21歳にして息子2人・娘2人の父親となりました。
 
モルジアナは妊娠中も仕事をしましたし、出産後もすぐに仕事に復帰して周囲を驚かせましたが、実を言うと自分の“影武者”を使っていました。
 
モルジアナが岩戸の近くで助けた小鳥は実はルフ鳥(朱雀)の幼鳥でした。このルフ鳥(朱雀)は、この後モルジアナを助けて、彼女の仕事の手伝いまでしてくれることになります。モルジアナは彼女にジュジュという名前を付けてあげました。実は出産直後のモルジアナに代わってお店に出ていたのは、このジュジュでした。
 
ムハマドのお店はますます繁盛して、支店なども作ることになりますが、その繁栄は実は、モルジアナとジュジュの二人三脚によるものだったのです。
 

アリが「やはり遊んでばかりではダメになる」から仕事をくれというので、モルジアナはメルヴの町に病院を建て、アリをその院長にしました。そこには医師を招き、看護士・看護婦を多数雇いました(男の患者は男の看護士、女の患者は女の看護婦が世話する)。
 
そしてそこで多くの人の命を救うことになります。モルジアナは腹心の薬剤師に岩山の中の家にあった薬を少しずつ分析させ、幾つかの薬は再生産に成功して病院の患者の治療に大いに役立ちました(原材料の関係で生産困難なものも多かった)。この病院は後にモルジアナの次男ザインが継ぐことになります。
 
モルジアナはこの病院の運営こそが自分が39人の盗賊を殺した罪滅しかも知れないと思いました。
 
そして岩山は、モルジアナとムハマドの子孫に密かに受け継がれていくことになります(モルジアナの死後はフィルヤールが管理する)。
 
モルジアナの子孫は政治的な変動を避けて、トルクメンからシンド、ヒンド、中国へと移動し、岩山の中の財宝もそれに合わせてジュジュの力で何度か移動しました。しかし岩山のことは子孫の中でもごく一部の人(基本的には子供の中で1人だけ)に伝えられていたので、何度か伝承が途切れてしまいます。その場合は、ジュジュが子孫の中で彼女が見込んだ人に伝えるということも行われました。
 
600年後の中国でモルジアナの遠い子孫に当たる男の娘が100年近く途切れてしまっていた伝承を受け継ぐことになるのですが(ジュジュが気に入った後継者がなかなか見つからなかったため)、それはまた別のお話です。
 
 
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【男の娘モルジアナ】(3)