【夏の日の想い出・Long Long Ago】(4)

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理史の川口市のマンションが10月7日の地震で一部壊れ、出入りできなくなっている問題で、アクアは念のためコスモスに、理史と同居してはダメか?と訊いてみたものの、コスモスは恐い顔で!
 
「ダメ」
 
と一言言った。
 
仕方ないので、理史の新しいマンションを探すことにした。
 
「Mは彩佳と一緒に暮らしてるのに〜」
と、龍虎はぶつぶつ言っていた(彩佳的見解では夕食を持って来て一緒に食べてるだけ)。
 
しかし探すといっても、2人とも仕事が忙しいので、候補選びは和城理紗(わっちゃん)に任せた。
 
すると、わっちゃんは1日歩き回ってから
「荻窪とかどう?」
と言った。
 
「ああ!」
 
わっちゃんは、目を付けてきたマンションの位置を地図で示した。
 
「荻窪駅は新宿から中央線と総武線、それに地下鉄丸ノ内線で結ばれているからコロナが落ち着いたら仕事に行くのに電車でのアクセスもいい。このマンションは、荻窪駅の1kmくらい南にあって、駅から歩いて12-13分。それに荻窪からは中央線快速で八王子まで35分くらい。コロナが落ち着いたら電車で八王子にも来やすい」
 
「八王子駅から龍の家まで電車が欲しい」
「歩いたら3時間掛かるかもね」
 
「まあここは高井戸ICまで3kmくらいだから、高速で八王子まで20分かなあ」
「そちらがいいね」
 
それで深夜(しか時間が取れない)に3人で見に行ってみた。
 
「ここわりといいと思う」
「うん。霊道とかも通ってないから過ごしやすいと思うよ」
と、わっちゃんは言うが、霊道とかは龍虎にも理史にも分からない。でも感じがいい気がした。
 
土地の雰囲気は昼と夜でガラリと変わることがあるので、昼間見ていい場所だと思っても夜はとんでもない状態になることもある。しかし夜間に見ても大丈夫ならたぶん大きな問題は無い。
 
「だけどここ便利だから高そう。家賃はいくら?」
と理史は訊いたのだが
 
「え?家賃??買うんじゃないの?」
と、わっちゃんは慌てている。
 
「分譲なの〜〜?」
「うん。築8年だし、今回の地震でも全く被害は出なかったみたいだし」
「ちなみに分譲価格は?」
「新築じゃないからわりと安いよ」
「で、いくら?」
「9980万円」
「なんかスーパーの目玉商品みたいな値段の付け方だ」
「消費税入れたら1億1千万かな」
「うん。1億0978万円。数字が78901と並ぶストレートフラッシュだよ」
「スートは〜〜?」
 
「とても払えない」
と理史は言うが
「ボクが買おうか」
と龍虎は言う。
 
「あ、龍ならお昼御飯代程度だよね」
と、わっちゃん。
 
「まあそれでもいいか」
ということで、龍虎がお金を出して、このマンションを買うことにしたのである。
 

購入手続きは2人とも時間が取れないので、龍虎の顧問弁護士・新井川さんに手続きをお願いした。新井川弁護士は、10月15日(金“ひらく”)にわっちゃんと2人で不動産会社に行き、このマンションの購入手続きをしてくれた。なお、購入する部屋は、わっちゃんが昼間に見せてもらい、霊的な環境と風水が最も良い部屋を選んでいる。
 
入居は10月21日以降と言われたが21日が“さだん”て゜建築関係の吉日なので、その日に入居することにして、当日、わっちゃんが理史のかばん1個と伏見稲荷の“砂”を置いてきた。これでその日入居したことになる。“砂”があると弱い雑霊は近付けないので、部屋が自然にクリーンになる。
 
でもこの時点ではまだ川口市のマンションに出入りできないので荷物の本格的な移動はできなかった。理史は取り敢えず通販でベッドを頼んでおいた(到着日に、わっちゃんに行って受け取ってもらう)。また電気・水道・ガスの手続きをしてもらい、包丁・まな板・煮鍋・フライパン・オーブントースター、電気ケトルなど最低限の調理器具、箸・茶碗・皿、トイレットペーパー、トイレの汚物入れなど数日滞在するのに最低必要なものも買いそろえてもらった。
 

10月16-17日は東京江東区の東京辰巳国際水泳場で、短水路選手権(正式名“日本選手権(25m)”)が行われたので、青葉をはじめとする“津幡組”を能登空港→熊谷にA318で連れてきた(10名ほどのスタッフを含む)。
 
青葉には大会終了後の18日、§§ミュージック社員寮の候補地(さいたま市内だが、旧岩槻市内になる)を千里と一緒に見てもらい、コスモスは即、売買契約をした。ここに現在建っているマンションを崩して、新しいマンションを建設。社員寮とすることになる。
 

土地の売買契約をした翌日、10月19日、コスモスは播磨工務店の前橋と社員寮の建設について話し合った。彼女を現地に連れて行き、土地も見せる。概略設計図も見せた。
 
「なるほど、地下に駐車場を含めて2フロア、地上に10フロアの合計12フロアですか」
「ええ。1階が管理関係の部屋で2〜10階が住居になります」
 
セキュリティ問題もあるので、隣の部屋の会話が聞こえたりしないこと、しかしムーラン建設が建設中の第2女子寮のような防音構造にまでする必要はないこと、など、いくつかのポイントを示した。
 
「“お急ぎ”ですか?」
 
播磨工務店の“お急ぎ”は危ないなとコスモスは思った。彼らはこのくらいのビルを半月程度で作る能力を持っているが、部屋の天井と床が逆になっていたりしかねない!?
 
「無理して急ぐ必要はないので、普通の工程で作って下さい」
 
「分かりました。今建っているマンションは一晩で崩しますので、その後、“お急ぎ”でないなら基礎工事のコンクリートが固まるのを待つ間に構造計算して設計図を書いて建築確認を取って、10月30日から建築作業に入り、12月1日の完成、検査後、12月3日(金)のお引き渡しになります」
 
なんか順序がおかしい気がするが気にしない!でも前橋さんはまだまともだ。南田社長なら完成後に設計図を書いたりしかねない(青葉の家は南田)。九重さんになると本人が好きなように作るから何ができるか予測が付かない!?(八王子の龍虎の家が九重)
 
「ああ、充分です。ではそれでお願いします」
「分かりました。では早速今夜から取りかかります」
 
ということで、12月上旬に社員寮が完成することになったのであった。
 

10月19日(火)。
 
夕方、秋風コスモス(本名:伊藤宏美)の祖父(伊藤太郎の父)伊藤辰吉が亡くなった。1916年(大正5年)生れの105歳で、スペイン風邪に当時罹ったものの生き延びた、“スペイン風邪免疫”世代である。今回のコロナでも最初は
 
「俺は西班牙風邪の免疫があるから罹らん」
 
などと言っていたらしい。でもワクチンが出来ると優先接種グループなので
 
「やはり受けとこうかな」
と言って、ちゃんと2回接種を受けたが、副作用はあまり無かったらしい。
 
今回の死因は医者によると老衰ということで、死に顔も穏やかであったらしい。
 
大往生である。
 

宏美(コスモス)は『八犬伝』の撮影中で多忙な時期なので、葬儀は欠席させてもらおうかなと言っていたものの、千里が乗り込んできて
 
「何かあったらサポートするから行って来なよ」
と言って送り出した。宏美も千里がいるなら安心かなと思い行くことにした。
 
宏美と夫の道雄、姉の秋好(秋風メロディー)と夫の田船智史に2人の子供(5歳と3歳)、宏美たちの両親の伊藤太郎・花子と8人まとめてA318で関空に飛ぶ。
 
この日は実はG450は、青葉が富山に戻るのに使用していた。それでコスモスはA318(定員100名)を使ったが、コスモスの両親は
「こんな大きな飛行機に私たちだけでいいの?」
と不安そうに言っていた。
 
関空からは智史の運転するレンタカーのセレナで奈良県御所(ごせ)市の祖父宅に行った。
 
祖父には宏美は(歌手デビュー以来忙しすぎて)しばらく会っていなかったが、姉は曾孫を見せるために4年前と2年前にここを訪問している。今回智史が運転を担当したのは過去に2度行っているからである。
 
20日が通夜で21日午前中に葬儀ということだったので、21日に葬儀が終わったところで帰ることにする。
 

「喪主はお父ちゃんじゃないんだ?」
と宏美は言った。
 
喪主は次男の次郎さん(宏美の叔父)になっている。
 
「ああ、俺は親父の本当の子供じゃないから」
と太郎は言った。
 
「嘘!?」
 
「実は俺は“藁の上の養子”なんだよ、戸籍上は親父とお袋の長男になってるけど、実は別の人の子供を養子としてもらいうけた」
「そんなことがあったんだ」
 
「気持ちの上では親父の息子のつもりだし、弟たちとも兄弟のつもりだ。弟たちは俺を兄と親しんでくれたし、長男として立ててくれる。両親は俺を実の子供と分け隔て無く育ててくれた。でもこういう時は遠慮しようかなと次郎に言った。次郎は今更気にすることもないのにと言ったけどな」
 

御所市への道々、太郎が話したのはこういうことだった。
 
太郎が生まれたのは1954年だが、当時辰吉は38歳、妻のトムは34歳だった。ふたりは辰吉が22歳・トムが18歳の時に結婚したが、16年間妊娠していなかった。年齢的に考えても、もう子供はできないと思われた。それで養子をもらったらしい。藁の上の養子にしたのは、実母がまだ女学生だったので妊娠・出産がバレると退学になってしまうからだと聞いた。何かの間違いで妊娠してしまったのだろう。
 
ところが太郎を養子にもらったら、実の息子となる次郎が生まれてしまった。ひじょうによくある話だ。更に3年後、トムは39歳で2人目の実子・三郎を産んだ。むろん3人とも辰吉・トム夫妻の長男・次男・三男と戸籍には記録されている。
 
「お父ちゃんは自分の実の両親のことは知ってるの?」
と宏美は尋ねた。
 
「よく会ってたよ」
「そうなんだ!」
 
「母親にはな。父親とも3回会ってる。でも母親はやはり自分が若くして産んだ子供のことはずっと気に掛かるんだと思うよ」
「そうだよね〜」
 
宏美は父が養親たちのみでなく、実の親にも愛されていたということだけで満足であった。しかしそうすると、父は龍虎と似た立場だったのかも知れない。
 
「アキ(秋好:メロディー)とヒロ(宏美:コスモス)が歌手になったのは、その実の母親の遺伝かもな」
と太郎は言った。
 
「え?お祖母ちゃん、歌手か何かだったの?」
と宏美は驚いて訊いたのだが、その時、宏美は太郎の隣に座っている花子がおかしくて仕方ないような顔をしているのに気がついた。
 
「まさか、ヒロ、こんな阿呆な話信じたの?」
などと太郎は言っている。
 
「え〜〜〜!?」
 
「喪主を次郎にしてもらったのは、俺はずっと本家に来てなくて、親父は次郎たちと暮らしてたからだよ」
と太郎は大笑いしながら言った。
 
姉まで
 
「ヒロちゃん、向こうに着いて次郎さんの顔を見たら分かる」
などと言っていた。
 
「アキも一度ころっと欺されたな」
などと太郎は言っている。なるほど、姉もやられていたわけだ。
 

それで実際現地に行き、挨拶をしたが、次郎さんは父と双子か?というほどよく似ていた。これは間違いなく実の兄弟だ。しかし、どこからあんなふざけた話が出て来たのか、と宏美は呆れ返った。
 
次郎がずっと辰吉と暮らしていたからということで彼が喪主を務めるのがやはり妥当と多くの人が思ったようだが、喪主はわりと忙しいので、太郎が弔問客を歓迎し、よく話などもして、また酒を勧めたりして喪主を助けて動いていた。遠く離れて暮らしていても仲は良いのだろう。
 
道雄や智史も男性の親族や友人たちと一緒に酒盛りしているので、ああ、帰りは私が運転することになるなと宏美は思って見ていた。その前にあんなに集まって酒盛りとかして、感染したりしないだろうな?と心配になる。帰ったら1週間くらい隔離しておかなくては。(一応窓もドアも開けて扇風機まで掛けて、換気はかなり強くやっているようではある:寒いくらいだ)
 

次郎は御所市で辰吉と同居し、御所市役所に勤めていた。50代で外部機関に出向したが、ずっと御所市から出ていない。俺は市外に出て行く頭が無いからなどと言っていた。定年退職後も外部委託機関に勤めている。
 
三男の三郎は、奈良県内で公立高校の先生をしている。県内各地を数年単位で転勤で飛び回っている。2020年3月で定年退職したが、再任用となり、現在は御所市内の高校で教えている。一貫して剣道部の顧問をしており指導していた剣道部を何度か県大会で優勝させ全国大会に連れて行っている。自身も七段の免状を持っている。眼力が強いので、メロディーが怖がっていた!コスモスはどこかで似たような体験をしたことがある気がした。
 
なお辰吉の遺産は住んでいた家・屋敷と“山3個”だけということで、太郎も三郎も相続辞退するらしいので、次郎が引き継ぐことになる。そういう意味でも次郎が喪主になるのにふさわしかったのである。若干の預貯金や株もあるが、たぶん相続税で消える。
 

通夜の席では、秋好・智史・宏美・道雄の“正体”はバレなかったのだが、葬儀の時には
 
「あのお、もしかして秋風コスモスさんですか?」
とか
 
「あのお、もしかしてバインディング・スクリューの田船さんですか?」
と訊いてくる弔問客がいて宏美も智史も
 
「はい、そうですよ。お世話になってます」
と明るく返事した。エア握手した人たちも結構いた。
 
コスモスが故人の孫と聞くと驚いている人も多かった。
(多分1年くらいこの話題が老人達の間で話のネタとして継続する)
 
「あんたとこの事務所の後輩のアクアちゃん、すっごい美人だね」
「ありがとうございます」
「うちの孫の嫁さんに欲しいくらいだわあ」
「まだ結婚しませんので」
「人気やもんねー」
 
あはは。やはりアクアはお嫁に行くんだろうな。エンゲージリングはもらってたし。
 

また道雄も
「ひょっとしたら、うどん・ほー(本人の発音のママ)の木取君ですか?」
 
と3人ほどの老婦人から訊かれて
 
「僕は引退したので」
と照れていた。
 
でもメロディーには声を掛けてきた人は無く、ぶつぶつ言っていた!
 

告別式で“故人が好きだった曲”というので、流れた曲がなんとワンティスの歌なので、宏美はびっくりした。思わず道雄・秋好・智史で顔を見合わせる。しかし4人とも困惑した表情になる。
 
「ねぇ、この歌知ってる?」
と秋好が訊く。
「聞いたことない」
と道雄。
 
「でも間違い無くこれワンティスだよね?」
「うん。これ高岡さんと上島さんのデュエットだよ」
「上島さんの声が物凄く若い」
 
4人は次郎さんの奧さんを掴まえて尋ねてみた。
 
「ああ、ワンティスというバンドなの?何のバンドか知らないけど、お父さんがこのCD大好きでよく掛けてたから、葬式でも流したのよ。棺に入れて送ってあげようと思ってたんだけど」
 
「待ってください。これ物凄く貴重な音源である可能性があります」
「え〜〜〜!?」
と次郎さんの奧さんは驚いていた。
 

4人は辰吉が大好きだったというCDを見せてもらった。
 
「JASRAC番号が入ってない」
と智史が言う。
 
「きれいにレーベルが印刷されてて、普通の人が見たら商業的に出版されたものと思うかも知れないけど、これは多分昇華型のプリンタで印刷したもの」
 
「ごく少数の関係者にだけ配ったものかも」
「恐らく今国内にこれ1枚しか存在しないかも」
「たぶんプロモーション版か、ひょっとしたらブートレグの可能性もある」
 

「辰吉さんって、何の仕事をなさってたんでしたっけ?」
 
これは次郎さんが説明した。
 
「生まれは天川村なんだよ。尋常小学校を出た後は左官屋の弟子になったけど、招集されて満州に行った。終戦後、民間人のふりして命からがら日本に逃げ帰って、東京に出て印刷屋さんをしていた。それで親父は物凄く字が上手かったよ。その後、田舎に戻って、最初は奈良市でレコード屋に勤めていた」
 
「レコード屋さんですか!」
 
だったらその時にこのCDを入手したのだろうか?レコード会社がデモ版をレコード屋さんなどに配布することはわりとある。
 
「そのレコード屋さんが御所市に支店を作ったから、親父はその店長として御所市に赴任した。65歳になってから退職して、カラオケ・スナックを作った。これを90歳の年まで運営してから他人に譲って引退した。その後は、特に仕事はせずに、好きなカラオケと囲碁三昧の暮らしだったよ」
 
ワンティスとは交差しそうで交差しない微妙な話だ。ワンティスは2001年4月にデビューし、2003年12月の高岡の死で活動停止した。2003年は辰吉が87歳の年になる。その時期は辰吉は、既にレコード屋さんもやめてるし、カラオケスナックもやめる直前くらいということになる。
 
しかし、ともかくもこのCDが物凄く貴重なものであることは理解してもらい、コスモスたちはこのCDを預からせてもらうことで了承を得た。
 

葬儀はお昼前に終わったが、道雄と智史が親族に掴まってしまい、なかなか返してもらえない。仕方ないので、
 
「酔いが覚めたらレンタカーでも借りて帰って来てね」
 
と言って、放置して帰ろうかとした。ところが智史は
 
「待って。僕も帰る。今日の夕方に仕事があるから帰らないといけない」
と言い、結局、メロディーと“人質交換”!して、メロディーが飲み会に残り、智史はコスモスと一緒に帰ることになった。
 
コスモスは、セレナに両親の伊藤太郎・花子、メロディーの子供の薫・夕霧、そして完璧にダウンしてる感じの智史を乗せて関空に戻り、A318で熊谷に帰還した。
 
かなり泥酔した状態で飛行機に乗った智史は死にそうな顔をしていた。飛行中ほとんどの時間トイレに籠もっていた!
 
(結果的に隔離になったかも!でも機体の大きなA318で良かったと思う)
 
コスモスはトイレの清掃をすることになる、ムーランエアのスタッフに謝っておいたが
「そのくらい平気ですから気にしないで下さい」
と笑顔で言われた。
 

東京にもどったコスモスは、その足で水戸の上島邸を訪れた(10/21)。なお、薫たちはしばらく花子が預かることになった。
 
(チャイルドシートの付いた智史の車を太郎が運転して多摩市に戻り、コスモスは自分の車で智史を彼の姉!宝珠美玲の所にポストしてから水戸に向かった。太郎が使用中の代車は空港に置き去り:翌日美玲と義妹の七星の手で回送)
 
音源を聴いた上島は驚愕した。
 
「これは『ワンザナドゥ』だ」
と上島は言った。
 
「もしかしてワンティスの未発表アルバムですか?」
「音源が行方不明になってたんだよ」
「え〜〜!?」
コスモスはその話は初耳である。
 
「高岡が死ぬ直前に完成して、プレスを始める直前だった。これは多分そのプロモーション版ではないかと思う」
と上島は言う。
 
「FM局とかに配ったもの?」
「恐らくそうだと思う。常識的に考えると数十枚しか作ってない」
と言って、上島はそのCDを詳細にチェックしていた。
 
「このCDはCD-Rだね。工場で生産したものではなくパソコンで少数焼いたものだよ」
「どうしてそんなものをうちの祖父が持っていたんでしょうね」
「お祖父さんはレコード屋さんを長くやっていたのなら、その人脈で誰かからもらったのかも知れないね」
と言ってから上島は言った。
 
「このCDを譲って欲しい。そして水上の追悼版として発売したい」
「水上先生も喜ぶと思います」
「お祖父さんのご遺族と条件面の交渉をしたい。僕をそこに連れて行ってくれない?」
「私はとても行けないですが、智史さんが行けるか訊いてみます」
 
それでコスモスは智史にメールしてみた。彼からは折り返し電話があった。
 
「要件は分かった。でも仕事の都合がつかない。25日とかではダメ?」
 
10/25は月曜日である。芸能人は週末がどうしても忙しい。
 
上島先生に尋ねると25日でもいいという。それでコスモスは御所市の本家に電話し、次郎さんに電話に出てもらって、例のCDの件で、ワンティスの人がお話したいと言っていると伝え、25日の夕方とかに会えないかと打診した。すると、次郎さんは夕方からでは体力が無いし、自分は自由出勤なので昼間の方がいいということだった。それで、上島先生と田船智史が、25日午後に御所市に行くことになった。
 
あらためて智史に連絡して了承をもらう。
 
「でも智史さん、かなり酔ってるみたいだけど、今日夕方からのお仕事大丈夫?」
「頑張る」
 
それでコスモスはムーランエアーに、"A318"のフライト予約、そしてレンタカー会社にも“8人乗りセレナ”の予約を入れた。
 

10月23日(土).
 
恋珠ルビーが“主役”の光の精、水森ビーナが準主役のミチルを演じるドラマ『青い鳥』が放送された(チルチルは石川ポルカ)、ルビーは『魅惑の美少女シンデレラ・シンドルバッド』に主演して話題上昇中だし、ビーナはその『シンドルバッド』でシンドルのアシスタント役を演じていて、
 
「シンドルバッドのコンビだ」
と言われた。
 
ここで坂田由里が性悪女のチレットを演じていて、その演技力が、20代以上の人たちには注目されることとなる(小学生などには嫌われるが、由里はそれを覚悟で演じている)。それで、これまで全く無名だった坂田由里の名前がかなり多くの人に認識されることになったのである。
 
「この坂田由里の演技で、この劇が物凄く引き締まっている」
「§§ミュージックは次々と才能豊かな人が出てくるね」
と20代以上の層では評価された。
 
そして10月24日、制作中の『八犬伝』の詳細な配役が発表されたが、坂田由里が玉梓と船虫を演じるという発表に、
 
「この人の悪役は見てみたい」
という声が多数あがったのである。
 
「取り敢えずビーナはもう高崎ひろか・松梨詩恩の妹ということでいいな」
とコスモスは呟いた。
 

また§§ミュージックは、12/31-1/01 のカウントダウンライブ(あけぼのテレビ・★★チャンネル・ЮЮネット(AYS連合)同時放送)の出演者を発表した。今回、俳優業が中心の、中村昭恵と今井葉月は参加しない。また音楽活動を全くしていないリセエンヌ・ドオと大崎志乃舞も外れた。
 
■第0部 11:00-12:00
Prologue/信濃町ガールズ Introducing New Face
 
■第1部 12:00-13:30
白鳥リズム/ラピスラズリ/常滑真音
 
■第2部 13:30-19:30
水谷姉妹FlowerSunshine/甲斐姉妹/ColdFly5/恋珠ルビー&花貝パール/ 松梨詩恩&水森ビーナ/七尾ロマン/石川ポルカ/原町カペラ/西宮ネオン/高崎ひろか/品川ありさ
 
■第3部 19:30-23:45
信濃町ミューズFlowerFour/めろでぇず/ローザ+リリン/秋風コスモス/花咲ロンド/山下ルンバ/桜野レイア/川崎ゆりこ
 
■第4部 23:45-1:00
姫路スピカ/アクア
 
第1部は特に明言されていないものの“紅白組”だろうなと多くの人が思った。紅白歌合戦の会場に移動しないといけないから、トップで歌わせるのだろうと。
 
司会は第0部が古屋あらた、第1部が鈴鹿あまめ、第2部が夕波もえこ/松島ふうか(途中で交代)、第3部は原町カペラ、第4部は花咲ロンド、を予定している。
 

第3部は紅白とぶつかる時間帯で、花咲ロンドによれば
 
「見なくてもいいけど放送休止すると寂しいから流しておく番組」
らしい。今回は昨年やったような、紅白で§§ミュージックの歌手が歌う時間だけ演奏を中断するのはしないことも明らかにしている。
 
途中に箸休め?に、めろでぇずとローザ+リリンのお笑いタイムが入っている。めろでぇずの前が、フラワーフォーで、このスケジュールを見た道雄は
 
「俺たちはお笑い枠かぁ!」
と言っていた。
 
「女の子が“俺”とか言ってはいけません」
と花咲ロンド。
 
「お笑いじゃなくてマジなら、4人で性転換手術を受ける?病院紹介しようか?」
とゆりこが楽しそうな顔で言うと
 
「それは勘弁して〜!まだ男やめたくない」
と道雄は言っていた。
 
ちなみにローザ+リリンの次の秋風コスモスも
「きっと私の時間までお笑い枠」
と言っていた。
 

1月1日には、今年も午後からローズ+リリーのニューイヤー・ライブが行われる。今年も、あけぼのテレビなどAYS連合を通したネットライブである。
 
しかしネットライブは、観客の宿泊先とか移動手段などを準備しなくてよいので、企画する側は楽だ!
 
ローズ+リリーのライブでは、司会は昨年同様姫路スピカ、ゲストに新人の美崎ジョナ・立山きらめきが登場する。
 

10月25日(月).
 
理史の川口市のマンションの管理会社から「今すぐ崩れる恐れは無いことが判明したので、引越のために入るのはOK」という連絡が来た。それで、引越業者さんを手配して、10月29日(金)“たつ”に、川口市のマンションから、荻窪のマンションに荷物を移動してもらった。
 
でも理史も龍虎も忙しいので、この日はまだ実際に見に行くことはできなかった。荷物移動の指示は、わっちゃんにやってもらった。
 

10月25日(月).
 
上島先生と田船智史はAirbus A318で熊谷から関空へ飛んだ。
 
「たった2人でこんな大きな飛行機を使うのは何か気が咎めるね」
などと上島先生は言っていたが、智史はコスモスがなぜこんな大きな機体をリザーブしていたのか、何となく理由が分かっていた。
 
関空から予約していたレンタカーのセレナで御所市の伊藤家を訪ねる。そしてこのCDがずっと行方不明になっていたワンティスの未発表アルバムの恐らくプロモーション版であることを説明した。そして充分な御礼はするので、このCDを譲って欲しいこと、またこれを元にワンティスのアルバムを販売したいということを申し入れた。
 
次郎は驚いたが、CDを譲るのも、アルバムを販売するのも全く問題無いと伝えた。そして謝礼は一切辞退すると言った。
 
「だって、うちの姪(コスモス)が、そちらの業界には大変お世話になってますし、親父自身音楽の世界で飯を食ってきた人だし、そもそもこのCDは上島先生たちに権利があるものですよ」
と次郎さんは言った。
 
それで話はまとまり、18年前に発売されるはずだったアルバムが長い時を経て世に出る道筋が付いたのであった。
 
理想的にはおおもとのデータから再度ミックスダウンしてプレスしたい所だが、そのようなものが見付かる可能性は低いので、このCDをそのままコピーした形でプレスすることになるだろう。せいぜいノイズを減らす調整をするくらいである。
 

2人はその日そのまま帰るつもりだったが、
 
「上島大先生にこんな田舎まで来て頂いた以上、何も歓迎せずに帰す訳にはいかない」
などと言って、次郎さんが豪華な食事(松阪牛の牛刺しくらいはいいが、フグは恐かった!)と美酒を用意して歓迎してくれた。結局その日、2人は伊藤家に泊めてもらうことになる。
 
東京では不祥事を起こしたミュージシャンとしてその地位は大きく低下しているものの、田舎では今でも多数のヒット曲を生み出した大先生なのである。
 
それで智史と上島先生は翌日、10/26に東京に戻るが、2人ともお酒を飲んでしまったので、レンタカーは次郎さんの娘さんが運転してくれた。
 
(娘さんがレンタカーを運転し、孫娘さんが自家用車を運転して一緒に関空まで行き、レンタカーを返して、帰りは一緒に自家用車で帰宅する。この時、セレナに上島先生が同乗して、やっと酔いが覚めてきた!道雄とメロディーを“搭載”し、自家用車に智史が同乗した)。
 
道雄とメロディーはフライト中、ずっとA318のトイレに籠もっていた!!
 
「なるほどー。だからトイレが複数ある機体を使ったのか」
と上島先生は納得していた!
 

10月28日(木).
 
『八犬伝』の撮影は大詰めに入っていたが、太郎のために買った車が納品されるということだったし、この日は撮影が無かったので、コスモスは午前中、多摩市の実家に行き、新車の日産ノートを受け取った。
 
前の車(キューブ)に積んでいた装備をそちらに載せ替える。三角表示板、牽引ロープ、ブースターケーブル、毛布、水のペットボトル、非常用食料、非常用トイレ、ティッシュペーパー、替えの靴下、軍手、簡易防寒具、予備のウォッシャー液、サンシェイド、ワイドミラー、カーナビ。
 
カーナビはFMトランスミッターで飛ばすので、車側のオーディオをFMにして周波数を合わせる。
 
「ちゃんと聞こえるかな?」
と言って太郎はカーナビを音楽モードにして再生させた。
 
いきなりワンティスの曲が流れる。
 
これは・・・葬儀の時に流れていた曲だ!!上島さんと高岡さんのデュエットだが、上島さんの声が若いことから昔の音源であることが分かる。
 
「この音源、お父ちゃんも持ってたの?」
と宏美は訊いた。
 
「ああ、これワンティスの『ロング・ロング・アゴー』。いい曲だよな」
「というか、これもしかしてお祖父ちゃんが持ってたCDからコビーした?」
「いんや。Protoolsのブロジェクトファイルから変換した」
「Protools〜〜〜!?」
 
宏美は父がProtools(*13)などという専門的なソフトを知っていたことに驚愕した。
 
「そのProtoolsのデータって、どこにあるの?」
「うちのナス(*12)に入っているよ」
「コピーさせて!」
「いいけど」
 
(*12) NAS (Network Attached Storage) LAN上に接続してLAN上の各マシンから自由にアクセスできるハードディスクやSSDの類いのこと。しばしば俗に「茄子」と書かれる。(窓、鯖缶、黒目、火狐、雷鳥、加藤舞、などの類い)
 
(*13) Protoolsは音源制作で使用される標準的なソフト(というよりシステム)。概して作曲家はCubaseというソフトで楽曲を制作し、制作者はそれを元に演奏・歌唱をProtoolsを使って録音し、まとめる。
 

宏美は自分の車でビックカメラに行ってSSDを買ってきた。そして、NASの中に入っているProtoolsのデータをコピーさせてもらった。
 
なお太郎は、先日ワンティスのCDの件で騒いでいた時、精進落としの準備作業をしていてその場に居なかったので、その件は知らなかったらしい。
 
宏美はデータをコピーしながら、ファイル一覧を見ていたが、NAS内の 1x という名前のフォルダー(one xanaduの意味か?)に何と20曲ものプロジェクトデータが入っていた。先日祖父のところて発見したCDは12曲入りだった。この20個がもし全部別の楽曲のデータだとしたら、もしかして没にした曲だろうか。
 
「でもなんでワンティスの音源データがお父ちゃんのところにあるの?」
「若杉千代さんが置いてったからだよ」
と父は言う。
 
若杉千代といえば1960年代に国民的歌手として物凄い人気だった人である。そして、ワンティスが所属していた事務所・ユンゲツェダーのオーナーである。
 
「なんで若杉千代さんがこんな大事なデータをお父ちゃんとこに置く訳?」
「近かったからだと思う。次郎も三郎も奈良県だし。事務所が火事とかに逢った時のためにバックアップを別の場所に置いておきたかったんだよ」
 
「若杉千代さんとお父ちゃんの関わりは?」
「だから言ったろ?俺の実の母親だよ。だから、お前やアキの歌の才能は千代さんの遺伝だと思う」
 
姉が聞いたら「大歌手の孫ならヒロはもっと歌がうまくていい」とか言いそうだ。
 
「待って、あれジョークじゃなかったの?」
「あれはな、本当は三郎の話」
「え〜〜〜〜!?」
 
だったら、自分“は”千代さんの血は引いてない訳か。
 
「親父は、戦後間もない頃は印刷屋に勤めてたけど、その後、広報誌の印刷で関わった縁で、芸能プロダクションに転職した。そのプロダクションに千代さんが入ってきた。千代さん本人は歌手になりたいと言ってたけど、当初あまり歌がうまくなくて、レッスンも受けさせてもらえず、先輩歌手の付き人みたいなことしていた。そんな時、ある作曲家と親しくなった。あ、この話、他の人にはするなよ。アキにもな。あいつ口が軽いから」
 
「うん。しない」
「実際には宴席でレイプされたみたいだけどな」
「というか性的な接待をさせられたんでしょ?」
「実態はそうだと思う。で妊娠してしまった」
「ありがちな話」
「でもその妊娠中に、たまたま吹き込んだCM曲が大当たりしてしまう」
「『銀の首飾り』?」
「そうなんだよ。本来は先輩歌手が歌う予定だったのが、小説家と駆け落ちしてしまった。それで歌う人がいなくなり、たまたま空いてた千代さんが歌った」
「そしてヒットした」
 
「そうすると千代さんの妊娠はまずい。でも堕ろせる月数じゃなかった」
「それでお祖父ちゃんが引き取ったんだ?」
「当時親父とお袋の間には俺と次郎がいた。年の近い子もいるし、君が育ててよと言われて、親父とお袋は千代さんを奈良の田舎町に連れて行き、そこで出産させた。それで“藁の上の養子”でお袋が産んだ子供として出生届けを出した。産婆に大金積んで、嘘の出生証明書を書かせたんだよ。産婆は嘘は書けないと抵抗したけど、出産がバレたら学校を退学になるからと言って何とか説得した」
 
1950年代なら、産院で赤ちゃんを産むのは、何か問題があるような場合だけである。ましてや病院で産むのは相当重大な問題がある人だけだった。多くの人が自宅に産婆さんを呼んで出産していた。
 
宏美は三郎さんの風貌を思い起こしていた。確かに父や次郎さんとは顔の系統が違う気がする。そしてその風貌は“ある人”を思い起こさせた。まさか・・・
 
「でも親父もお袋も俺・次郎・三郎を分け隔て無く育ててくれたよ。だから俺たち3人は団結力はあるつもりだ」
 
「仲いいみたいと思った。三郎さんの本当のお父さんが誰かは聞いてる?」
「千代さんは頻繁に三郎に会いに来てたから、俺や次郎もたくさん優しくしてもらった。俺たちにとっては優しい叔母ちゃんという感じだった」
「それで親しかったんだ!」
 
「父親は3回か4回しか来てないけど、責任感はあったみたいで、たくさん養育費を送って来てくれたみたい。俺も三郎もおかげで私立の大学に行けた」
「そんなに養育費送ってくれたのなら、有名な人?」
 
「鍋島康平だよ」
 
「ひぇ〜〜〜!!」
 
とんでもないビッグネームが出て来て、めったに表情を変えないコスモスも度肝を抜かれた。でもでも、確かに三郎さんは鍋島康平に似ている!
 
「でも鍋島康平さんって隠し子10人くらいいるのではと言われてた」
「実際そのくらい居たかもよ」
と父は言う。
 
「10人くらい居ても、楽に全員に養育費送れたはず」
「だろうね。あの人なら」
 
鍋島康平さんは本妻さんとの間には子供ができなかった。大量の楽曲の著作権は、奧さんが相続したが、奧さんが亡くなった場合は恐らく、奧さんの妹さんか、その子供に引き継がれることになるのだろう。
 

「お祖父ちゃんが未発表のワンティスのアルバムを持ってたんだけど」
「きっと千代さんからもらったんだろうな。親父は最初からワンティス好きだったみたいだし。俺、千代さんからより親父から聞いてワンティスのこと知ったし」
 
なお太郎は“最後に受け取ったハードディスク”のデータをNASにコピーしたらしい。押し入れをひっくり返して、数世代のハードディスクを発見してくれた。
 
「千代さんが癌で倒れて入院してからは、旦那の社長が持ち込んでたよ」
「なるほど」
「三郎は千代さんが亡くなるのも看取った。確かにこの子は私の子供ですという、署名実印入りの書類も残したけど、三郎はそれを燃やしてしまった」
「それ気持ち分かる。自分は、辰吉さんとトムさんの子供、という意識だったんだろうね」
「だと思う」
 
「でもこれ古いディスクだからもう起動しないかも」
「それはメーカーの工場とかでデータがサルベージできないか調べてもらうよ。これ全部預からせてもらっていい?」
「うん。お前が持って行け」
 

コスモスから連絡を受けた上島は驚愕した。そしてNASにコピーされていた音源をまずは聴いてもらったところ
 
「これは最終的に完成する少し前のバージョンだと思う」
と言った。
「最終版ではないんですね?」
「うん。こないだのCDに入っていたのが最終版だよ。でもこのデータには最終的に収録しなかった曲のデータも入っている。貴重だ」
 
太郎が持っていた古いハードディスク6台は、そのままでは全て起動しなかった。§§ミュージックのシステム部技術者が筐体を解体して中のハードディスクを取り出し、直接USBアダプタで接続すると2台は読めたので、すぐデータをコピーした。その内の1つがNASにコピーされたのと同じデータだった。残りの4台はメーカーに持ち込んで調べてもらったが、その内の2台からデータをサルベージできた。後の2台はメーカーでもデータ取出し困難ということだった。
 

「え〜〜!?私が歌うんですか?」
 
「他に歌える人はいないと思う」
とコスモスはアクアに言った。
 
コスモスの祖父が持っていたCD、および太郎の自宅にあったデータを上島・雨宮をはじめとするワンティスのメンバーで調べた所、このような状態であったことが判明した。
 
最終版(12/25) CD 12曲
Ver.320 (12/14) ptx 20曲
最終版に含まれる曲 12
ほぼ完成しているが収録されなかった曲 4
伴奏はほぼ完成していて歌が入っていない曲 4
ver 280 (11/16)
内容は↑と同じだが完成度が低い
ver 250 (10/19)
ver 230 (9/21)
上記20曲に加えて未完成の演奏だけが入っている曲 4
 
つまり合計24曲のデータが得られたのである。
 

「最終盤のCDに入っている12曲はそれを活かす。ノイズの除去とかはするけど。ほぼ完成していた曲は基本的に演奏はそのまま使って、新たにミックスダウンして公開する。そして演奏だけが入っている8曲でアクアに歌を入れて欲しいんだよ」
とコスモス社長は説明した。」
 
「2枚組のCDとして販売するんですか?」
「4枚組にして、セット売りもバラ売りもする」
「へー!」
「バラ売りは最終完成形の『ワンザナドゥ』が3000円、未完成だった12曲を入れた『イン・ヴィア(途中という意味)』が2000円、そしてこの2つを新たに録音してアクアに歌ってもらったアルバム2枚がどちらも3000円」
「ボクが24曲も歌うんですか〜!?」
 
コスモスはホワイトボードに書いた
 
『ワンザナドゥ』→コスモスの祖父が持ってたCDの12曲(ノイズだけ消す)
『イン・ヴィア』
B.ほぼ完成していた4曲→ミックスだけ
C.演奏は完成していた4曲→歌を入れる
D.演奏も未完成の4曲→新たに演奏を録り、歌(男声)を入れる
 
『ザナドゥ・アクア』演奏再録・歌唱(女声)再録
『ヴィア・アクア』演奏再録・歌唱(女声)再録
 
「実際の演奏は“ゼロティス”というバンドに頼むことにした」
 
聞いたことないバンドだなあとアクアは思った。
 
「今のワンティスのメンバーは年を取り過ぎてるからね」
 
えっと・・・
 
「できるだけ当時のワンティスの雰囲気を再現したいから20歳前後の人たちに頼むことにしたんだよ。技術より若さ」
「なるほどー」
 
それで自分が知らない訳か。20歳前後というと自分と似たような世代ということになる。
 
「ということでボーカルよろしくね」
「あははは」
「ワンティス名で出す方の8つは男声で、トリビュート版の方は女声で」
「分かりました」
 

10月30日(土).
 
制作中であったローズ+リリーのアルバム『ラブコール』は、この日最後の曲『金目鯛』に、鈴原さくら・薬王みなみがコーラスを入れて全ての録音が終了した。このあと、曲順を確定させてマスタリングし、年内をメドに発売する予定である。
 

『八犬伝』の撮影は、10/30-31日の『甲斐物語』の撮影で無事クランクアップした。10/30の雪の中のシーンは実は出演者と撮影者をG450で北海道の女満別空港に飛ばし、マウンテンフット牧場(チェリーツインの本拠地)に連れて行って撮影している。
 
北海道日帰り!である。
 
そして10/31は熊谷でエキストラを入れて木工作の死から浜路と信乃が里見家に向かう所までを撮影したが、偶然にも雪がちらついてくれたので、北海道で撮ったシーンとうまくつながり、きれいな映像になった。
 
最後はこのシーンに参加した出演者、スタッフに飲み物とお菓子を配り、乾杯は各自で、ということにして解散した。
 
今年は春日部のスタジオのおかげで、ほとんど撮影日程に遅れを生じさせずに撮影修了することができた。
 

10月31日(日).
 
水森ビーナが入れ替わる兄妹の双方を演じ分ける『あべこべ物語』のアニメ付き朗読劇が放送されたが、物凄い反響を呼んだ。
 
原作がサトウハチロウということで、サトウハチロウがこんな小説を書いていたのかと驚いた人もあった。
 
この物語は1932年(昭和7年)に書かれたものだが、長い時を経て1973年にTBSが内容を大きく改変して『へんしん!ポンポコ玉』として放送している。このTBS版の路線を踏襲して2017年にはΛΛテレビが、キャロル前田と七浜宇菜のダブル主演で『変身ポンポコ玉』が半年間の放送予定で制作された。ところが半分まで放送したところで、キャロル前田が去勢していることが週刊誌により暴露され、キャロル前田の人気が急落して視聴率が低迷。打ち切られてしまっている。その後、キャロル前田は事務所との契約も切られ一時期芸能界から姿を消していた。
 
今回の水森ビーナ主演の朗読劇では、ビーナが1人で
 
・男の子
・女の子
・中身が男で外見が女の子
・中身が女で外見が男の子
 
という4通りのキャラを演じ分けて「凄い」と言われる。
 
ビーナは今年『青空高校の午後』で注目され、バイクのCMやドライヤーのCMにも起用され、『シンドルバッド』でシンデレラの小間使いの役を演じ、先日の『青い鳥』ではミチルの役を演じて、今注目度が急上昇中である。
 
しかし今回の4つのキャラの演じ分けで、あらためてその実力が評価されることになった。
 

この朗読劇が話題になったことから、4年前のキャロル前田と七浜宇菜が主演したドラマも見てみたいという声が結構出て来て、ΛΛテレビは急遽、1月に未放送分を含めて22話(毎日1本:深夜枠)、一挙放送することを決めて発表した。
 
そのキャロル前田(18)だが、12月中旬、水上先生が住んでいた白金のマンションを買い取ったことが週刊誌で報道され、本人もワイドショーの取材に
 
「うん。俺もこれでシロガネーゼだ」
などと答えていた。
 
「えっと、シロガネーゼって、白金・白銀台に住む“奥様”のことなのですが」
と突っ込まれると
「んじゃ、スーザンとでも結婚しようかなあ」
などと言って
「やめろー。俺はそっちの趣味は無い」
とベースのスーザン高橋から言われていた。
 
「あのぉ、奥様かどうかの前に女性なのでしょうか?」
「あら、ワタクシ、女よ。だからワタクシ、シロガネーゼになりましたの、おほほ」
とわざとらしい女言葉で返していた。
 
キャロル前田が性転換手術を受けているのかについては、ファンの間でも見解が別れている。2017年の時点では「ボクは将来女の子になりたいです」と発言している。しかし彼はまだ18歳になったばかりであり、その年齢で性転換手術を受けるのは結構難しい(闇の手術を受ける手はある)。
 
ついでにもしキャロル前田とスーザン高橋が結婚したら、それはゲイなのかレズなのかということについても、ファンの間では意見が割れていた。
 

このキャロル前田による買取りは内情をいうと、こういうことであった。
 
三宅先生は、水上先生の追悼版として20年前のワンティスのアルバムが発売されることになり、その中に水上作品が4曲あることから、恐らく印税の分配金が3000万くらい出るだろうと考え、水上先生の奥さんに2000万円貸した。それで奧さんは香典でもらっていた2000万!と合わせて4000万円を住宅ローンを借りていた銀行に返済したのである。
 
すると強制執行の可能性も示唆していた銀行側は(期限の利益は既に失われているものの)もうしばらく返済を待ってくれることになった(残債は約2000万)。
 
その時、キャロル前田が、住んでいたマンションが10月の地震で傷んで建て替えすることになったので、新しい引越先を探しているという話を雨宮先生が聞きつけ
 
「あんたシロガネーゼになる気無い?」
と話を持ちかけたのである。
 
自分ではお金を出さずに他人に出させようというのは、いかにも雨宮先生らしい。
 

「白金ってすごいですね!そんな所、住んでみたかったです!シロガネーゼって憧れる」
 
白金はいいとして女性かどうかが怪しい気がするが?
 
「それに防音室があるって最高。夜中でも気にせずギター掻き鳴らせるし。あ、“ギター掻き鳴らす”(*14)って、オナニーじゃなくて本当に演奏するほうね」
 
と言って彼(たぶん“彼女”ではなく“彼”でよい)は実際のマンションを見に行った。
 
(*14) FM番組『スクール・オブ・ロック』の用語。放送で10代の子たちとの会話で、“オナニー”と言われると放送できないので、男の子のオナニーを“キターを弾く”と表現していた。むろんペニスを握って刺激する様をギターの棹を握って指でいじる?のにたとえたものである。これに対して女の子のオナニーを表す表現も作ろうという話になり、女の子のオナニーは“ピアノを弾く”になった。指で押さえるから?鍵盤が小さすぎる気はするが。
 

「防音室内にバス・トイレまであるって、凄くいい!」
と気に入ったようである。
 
現在ローンの返済が滞っていて、やや面倒な状況にあることも水上喜子さんは説明したが、
 
「残債払えば銀行は文句無いでしょ?」
と言い、キャロルは自分の顧問弁護士に銀行と話し合ってもらった。するとキャロル前田が銀行に2000万円(正確には1824万5267円)を払えば、所有権を彼に移転することで合意に達したのである。
 
キャロル前田は11月中旬、その金額を銀行に支払った。それで住宅ローンは完済となり、彼はこのマンションを取得した。水上先生の奧さんと子供は、新たに市川市内に2DKのアパートを借りて、11月末、そちらに引っ越したのである。
 

水上の遺品の楽器については、喜子さんがキャロル前田に
 
「使えそうなのあったら使ってください。代金の一部代わりに」
と言ったら
 
「もらっていいの?じゃもらっちゃう」
 
と言って、彼が引き取った。実際楽器の(残存)価値で500万円はあったと思うので(購入価格は恐らく3000-4000万円)、結果的にキャロルは1500万円でマンションを買ったようなものである。
 
水上が愛用していたビンテージのベースなど
「これすげー」
と言って、ベースのスーザン高橋に貸与して使わせるようにしたようである。
 
「これ凄いね。さすがにこのベースはステージ上で折ってみせられない」
とスーザンは言っている。
 
ギターやベースは弾くものであり、折るものではないと思うが。
 
キャロル前田は、バンドメンバーと一緒に12月、そのマンションに引っ越してきた。つまり、バンド全員でここに住むつもりだったのである!
 

「ジェーン、引越記念に玉抜しない?手術代くらい出してやるよ。20歳前に取れば女性らしさを保てるよ」
「待って。玉抜いて筋力落ちたらドラムス打つのに困るから」
とジェーン佐藤は抵抗していた。
 
「だったら、玉は残して棒だけ取る?」
などとメリー川本から言われている。
 
「玉は体内に埋め込んで陰嚢も除去すれば女湯に入れるかもよ」
 
「おっぱい無いから女湯は無理だし、チンコ取ったらオナニーできないじゃん!」
「穴さえあれば幸せよ〜♪」
「入れられるのって、入れるのの10倍気持ちいいらしいよ。棒を穴に改造した人の話」
「取り敢えず運動量は少なくて済むよな」
「入れるのって腰に来るもん」
「10年考えさせて」
 
「どっちみち俺たちもう男には戻れない気がするけどなあ」
 
「先に進む勇気は無いけど、後戻りするのは絶対嫌だよね」
「背広スーツ着てネクタイ締めて会社勤めとか絶対できない」
 
「俺、こないだ母親から『あんたの戸籍、まだ男になってるけど、性別変更届けまだ出してないの?』と言われた」
「それは理解されすぎている」
「届けるたけで性別変更できたらいいね」
「そういう国もあるよね。自分は女であると宣言するだけでいい国」
「日本でも古い時代はそうだったと思うよ。性別なんて自己申告」
 
そういう訳で、このマンションには性別の怪しい人物が4人出入りするようになり、周囲の住民が彼らの性別について首をかしげていた!
 

11月2日(火).
 
理史と龍虎はやっと時間が取れた?ので、夕食?後、ふたりで、荻窪のマンションに行ってみた(龍虎が20時頃帰宅、理史が22時頃帰宅。食事を取り、セックス!して、ひと眠りしてから、荻窪に行ったのは3時頃である。早朝かも?)。
 
「まあここなら仕事で遅くなった時も帰りやすいかも知れない」
「まあ宿泊所だね」
 
なおここの間取りはこのようになっている。

 
(理史は1998男:坤、龍虎 2001女:兌で、どちらも東四命。↑は理史の方位吉凶)
 
「でも部屋が3つあるんだ。愛人を3人囲うとか?」
「それ無茶だと思う」
「ちんちんが3本無いと無理かな」
「それどうやってセックスするのさ?」
「両手にちんちん付いてたらなんとかなるかもよ」
「町歩いてるだけで、お巡りさんに逮捕されるよ」
 
玄関入って左右の部屋が6畳、真ん中の部屋が8畳(いづれもフローリング)だが、その真ん中の部屋にダブルベッド(新規購入)を置いている。川口市の部屋にあったベッドは左手の部屋に入れている。
 
「これ大きいね」
と言って、龍虎は真ん中の部屋の大きなベッドの上に寝転がって手足を広げる。
 
「少々暴れても転落しないと思うよ」
「大変そう。頑張ってね」
 
「まあ腰を痛めない程度に頑張るよ」
と言って、理史はキスをした(さっきも2回したので、できるかどうか少し自信無い)。
 
しかしこうして2人の同居は1ヶ月弱で解消されたのである。
 
龍虎はしばらく夜が寂しくて、11月5日(金)夜に2日半ぶりに会った時は、4時間くらいセックスを続け
「ごめん、もう立たない」
と理史が音を上げた。
 
「立たないちんちんは切っちゃおうかなあ」
「勘弁して〜」
「レスビアンの人たちって、つい朝までやってしまったりするらしいね」
「終わりが無いだろうね」
「ボクたちもビアンになる?」
などと言いながら、龍虎は理史のちんちんの根元を指で挟み、ハサミで切るような動作をする。
「助けて〜」
 
 
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【夏の日の想い出・Long Long Ago】(4)