広告:ここはグリーン・ウッド (第2巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・2年生の秋(6)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-09-06/改訂 2012-11-11
 
ローズ+リリーの新曲レコーディングに関する作業が終わった翌日、美智子が私のマンションを訪れた。これはとても珍しいことであった。美智子が私に話がある時は電話で話したり、必要なら事務所に呼び出して話すことが多い。
 
「おはようございます。とりあえず中へ」と言って案内し、お茶を入れる。少し世間話などをした。こういうのも異例である。美智子はふだん要件を最初に言うタイプである。
「さて、本題なんだけど」
「はい」私は思わず緊張する。
 
「冬、もしかして男の子と付き合ってる?」
あぁ、と思って私はため息を付いた。
「付き合ってるのね?」
「ごめんなさい。恋愛する時は早めに言ってね、と言われていたのに」
「うん。私には言っておいてもらわないと困る。スクープとかされた時の対応が後手になってしまうから」
「私自身は、交際している意識は無いんだけど、政子たちからは充分交際になってると言われてる」
 
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「どのくらいの付き合いなの?その感じだと、まだセックスはしてないのね?」
「うん。彼、高校の時の同級生なんだけど、8月末に街でバッタリ再会して。それから、お茶とか食事とかを5回くらいとドライブ2回した。あと、日に1回くらい携帯メールのやりとりをしてる。私が忙しい日は返信放置だけど。あと誕生日のお祝いにイヤリングもらった」
「充分交際してるな」
「でも、セックスどころか、まだ手を握ったこともないよ」
「清い交際だね」
「やはり交際になるのかなあ・・・・告白っぽいのもまだ無いけど」
「イヤリングのバースデイプレゼントなんて、ほとんど告白に等しいよ」
「え?そう?」
 
「まあ、取り敢えずその人の名前と連絡先教えて。よほどのことがない限り私からそちらに直接連絡したりすることは無いとは思うけど」
「分かった」
私は正望の名前と住所、携帯・家電の番号、携帯メールのアドレスをメモに書いて美智子に渡した。
 
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「まあ、恋をすること自体はいいけどさ」
「うん」
「政子とかはむしろ煽ってる方だろうから、私がこういうこと言う役目をさせてもらうけど」
「うん」
「過度に期待しちゃダメよ。特に性別変更している子を本気で恋してくれる人はなかなかいないし、結婚をほのめかされたりしても、親の反対とかで破談になる確率がものすごく高い」
 
「うん。私も結婚はほとんど諦めてる」
「諦めてるからこそ、結婚を示唆されると期待しちゃうんだよね」
「それはあるよね」
「ショック受けたら、私に連絡して。いつでも抱きしめてあげるから」
「ありがとう」
「冬は感受性が強いからさ、振られたら発作的に自殺しないだろうかとか私は心配なのよ」
「うん。私もそういう自分の性格は分かってるつもり。振られたら半月くらい何もできなくなりそう。死にたくなるかどうかは分からないけど」
「もし死にたくなったら、絶対私に電話すると約束して」
「うん」
「指切り」
私は美智子と指切りをして、そのことを誓った。
 
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「でも私、失恋自体の経験はあるよ」
「へー」
「中学の時に親しくしてた女の子がいてさ」
「ふんふん」
「私は友達のつもりだったのよ。でも向こうはこちらを男の子として見てたのよね」
「あらあら」
「途中で私そのことに気付いて、彼女の心を大事にしてあげたかったから、彼女のこと好きになろうとしたの」
「優しいなあ、冬は」
 
「それで結果的には恋人っぽい雰囲気になって、その状態が半年くらい続いたかな」
「おお、すごい」
「だけど、彼女、他の男の子から凄いアタック受けて」
「ああ」
「そちらに転んじゃったのよね」
「まあ、そういうこともあるわよ」
 
「私って、完全に男の子としては振る舞いきれないから、そのあたりも彼女は不満だったみたい。自分のこと『俺』とか言わないの?なんて言われたし。筋肉とかもあまり無いし。彼女と腕相撲して1度も勝てたことない。そこに普通の男の子からアタックされたら、そちらに行っちゃうよね」
「うーん。そのあたりはあまり関係ないと思うけどなあ。自分のことを愛してくれるなら、多少女性的であったとしても、そんなに気にしないと思うなあ」
 
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「そうかな?」
「もっとも、デートに女装で来られたら多少引くかも知れないけど」
「ははは、その頃はまだ女装したことなかったよ」
 
「ただ、こういうケースではね。どうしても後から参入してきた側の方が強いの」
「そういうものなの?」
「恋愛の基本原理だよ。三角関係は後から来た側が大抵勝つ」
「そうだったのか」
「だから、それは冬の性別問題とはまた別だったかもね」
 
「うーん。そうなのかもね。でもその失恋のあと、1ヶ月くらい何にもできなくて。宿題とかもまともにやらないから、先生から、お前どうしたんだって、随分言われた」
「答えられないよね、そういう時」
「うん、放置してて欲しかった」
「冬は少し落ち込むかも知れないけど最終的には自分で解決できる子だもん」
 
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「結果的にはその後、高校受験に集中することで少し心をまぎらせられた感じ」
「失恋の最強の治療薬は何かに集中することだから」
「それで高校入ってから政子と出会って。政子は最初から私に積極的に話しかけてきてくれたのよね。それで『私恋人いるから』なんていうから、私も恋愛要素無しで彼女とはいろいろ話ができて、すごく心が安らいだんだ。私って、元々他の男の子とはあまり話が合わないから」
「その付近の話は前にも聞いたな」
「うん。政子との出会いって、色々な意味で運命的だったんだよね」
 
「政子の方はこんなこと言ってたよ。元々彼女はあまり友人ができないタイプなのよね。いつも夢見る少女って感じで、現実離れした妄想とかしていること多いから。でも男の子とならほどよい距離感で話ができるんで、男の子の友達のほうが多かったみたい。でも思春期になると男の子と友達になると、そのまま恋愛に進行しちゃうのよね」
「うんうん」
「そんなんで花見さんと恋人になっちゃって結果的に3年くらい付き合ったみたいだけど、実際問題として花見さんとはあまり話が合わなかったみたい」
「あはは」
 
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「そんな時に冬と知り合って、話しているとけっこう話が合う。でも自分には恋人がいるということを最初から言っていたおかげか、冬とは恋愛要素抜きで話をすることができて、すごく快適だったと」
「私と政子はやはり、お互いのニーズが合ったんだろうね」
「だろうね。歌手デュオになってなくても、何らかの形で親友になってたんじゃない?」
「うん、たぶん」
 
10月末、ローズクォーツの『夏の日の想い出/キュピパラ・ペポリカ/聖少女』
がとうとう累計売上100万枚を突破した。この時点でローズ+リリーの『甘い蜜』
は103万枚売れていたが、『聖少女』を主題歌にしたドラマの視聴率が好調であったため、こちらの売上が『甘い蜜』を抜くのは時間の問題と思われた。
 
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ローズクォーツの次のシングルは12月に発売予定で、その音源制作は11月上旬に行う予定で作業が進められていた。いつものように、上島先生の作品と私の作品をダブルA面にする方向で、美智子は私にこのシングル用の『上質の』曲を書くように言った。
 
11月1日火曜日、私は裁判所からの手紙を受け取った。先月提出した性別変更の申立ての結果が出たのである。中身は主文で
「申立人の性別の取り扱いを男から女に変更する」
となっていた。改名の方も認められていた。
 
これで私は法的にも女性になったのであるが、実際にこれが戸籍に反映されたのは月半ば頃であった。更にそこから住民票に反映されるのに少し時間が掛かったが、私は新しい住民票を持って警察署に行き、免許証の性別と名前の変更手続きをした(性別は免許証自体には記載されていないが、原本には記されている)。
 
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この免許証を持って今度は国民健康保険・国民年金の変更手続き、また銀行やクレジットカード会社関係を回って必要な手続きをした。私の場合、銀行口座やクレジットカードは全て「通称使用」ということで、唐本冬子名義になっていたのだが、今度はそれが通称ではなく本名になったので、その部分を書き直してもらうようにしたのである。
 
そういった一連の手続きが終了した時点で、私は運転免許証の再発行の手続きをした。最初警察で変更手続きをした免許証は、裏書きで名前が訂正されている。様々な名義変更をするのには、この「訂正のあとがある」免許証が便利であったのだが、それが済んでしまえば、男名前が表に印刷されていて裏書きで女名前に訂正されている免許証は普段使うのには不便である。
 
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免許証の再発行は、紛失などの場合しかできないと思っていたのだが、警察で聞いてみたら、私のようなケースも一応再発行する「正当な理由」とみなしてもらえるということであったので、再発行をお願いしたのである。
 
(私は単純な再発行はできないかと思っていたので、中型免許を取りに行って新しい免許証にするつもりだった)
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夏の日の想い出・2年生の秋(6)

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