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■夏の日の想い出・何てったってアイドル(2)

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美祢子さんが本坂さんと結婚できなかったのは、彼女が戸籍上は男性であるからである。健康上の問題で性転換手術が受けられないので、戸籍も変更できないのである。もっとも彼女は11歳の時から女性ホルモンを摂っており、高校生の時に去勢もしているので、体付きも完璧に女性である。
 
「一応、奥さんに200万円、ご両親にも200万円、本坂さんと関わりの深かったレコード会社数社合同で、御見舞金の名目で払っている」
 
「じゃ美祢子さんやご両親も少しはもらえたのか」
「そうそう。それでご両親も子供たちの本坂さんとの死後離縁を認めてくれた」
 
「離縁したんだっけ?」
「うん。ふたりの子供は本坂さんと離縁したから、元々美祢子さんの養子であったことにより、そちらの籍に戻ることになった。それで親権もそちらに行ったんだよ」
 
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「離縁したら相続権を失わないの?」
「相続が発生した時点で養子であった以上、その後で離縁しても相続権は失わない」
「へー。あれ?その離縁をする時の子供たちの法定代理人は?」
「離縁の結果、その子の法定代理人となるべき者が代行する。つまり美祢子さんが認めれば離縁できるんだよ(*1)」
「法律って面白いね〜」
 
(*1)民法811条2項。
 
「美祢子さんは自分は引き続きこの家に住み続けて、本坂さんの両親の世話もしていきたいと言ったので、この件について両親からの異論も出なかった」
「その家って子供たちの名義なんだよね?」
「そうそう。正確には不動産自体は妹の萌菜ちゃんが相続している。その分、金融資産については愛菜ちゃんの取り分が多い。借金も全額愛菜ちゃんが引き受ける形になっている。音楽著作権についてはほぼ半分こ。もっとも子供たちが成人するまでは全部美祢子さんが管理するし、数年以内に借金は全部返済する方向らしい」
 
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「子供たちの実の母親には権利は無いんだっけ?」
「万一愛菜ちゃん、萌菜ちゃんが、結婚もせず子供も作らないまま死んだ場合は美祢子さん自身と実の母が相続権を持つ」
「ほほお」
 

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この報道から数日後、私と政子はその里山美祢子さんのお母さんで作曲家で元歌手の松居夜詩子さんに「相談がしたい」ということで呼び出された。
 
「実はホワイト▽キャッツのデビューアルバムに、おふたりから曲を提供してもらえないかと思って」
 
「金平糖クラブじゃなくてホワイト▽キャッツにですか?」
と私は驚いた。
 
「ホワイト▽キャッツは名目上は横居剣一さんがプロデュースしているんだけど、実際の楽曲の選定は私を含めた数人のワークグループで管理することになっているんですよ」
 
「そうだったんですか!」
「特にデビューアルバムは、ライバルグループのプロデューサーだけど御祝儀代わりということにして、私も2曲提供することにしていたんですけどね。私も知らない間に愛菜のホワイト▽キャッツ入りが決まってしまって」
 
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「ああ、それで遠慮しておこうということですか」
「そうなのよ」
 

「でもなぜ私たちに?」
と私は尋ねた。
 
これまで彼女と私たちはあまり交流が無かった。
 
「今回のデビューアルバムの楽曲提供者なんだけどね。一応メイン作曲家ということになる平原夢夏さんが3曲、萌枝茜音さんが2曲、城島ゆりあさんが2曲、私が2曲、佐保津希乃さん・花愛夢好芽さん・久保佐季さん各1曲」
と言って彼女は提供予定者と楽曲仮題のリストを見せてくれる。
 
私はその名前を見て少し考えた。
 
「もしかしてLGBTのクリエイターばかりですか?」
「実はそうなの。それで私の代わりにケイちゃんにお願いできないかと思って。まあ作曲家グループが今回全員LGBTというのは特に公開もしないんだけどね。ホワイト▽キャッツのメンバー自体にも実は男の娘が2人混じっていて、まあそれも非公開なんだけど」
 
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「へー」
 
「男の娘もほんとに可愛い子がいますよね」
と政子が言う。政子はこういう話は大好きである。
 
平原夢夏さんは本人は肯定も否定もしていないが、レスビアンあるいはバイなのではという噂が以前からある。萌枝茜音さんは公開はしていないがMTFトランスセクシュアルである。城島ゆりあさんは一応女性のように見えるが、ラジオ番組で「私男なのよ」と発言したことがある。ただ友人たちは否定しているので真実は不明である。佐保津希乃・花愛夢好芽は私も知らないが、久保佐季は丸山アイちゃんの本名だ。アイちゃんの性別は結局の所、よく分からない。友人たちの中にも彼女(?)の裸を見たことのある人がいないらしい(*1)。
 
(*1)実は青葉と★★レコードの八雲礼朗さんの2人が丸山アイと女湯で遭遇したことがあったらしいのだが、この頃、私はその話を知らなかった。
 
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「ちょっと待って下さい。だったらまさか、松居夜詩子さんもLGBTなんですか?」
「うん。私は生まれた時は男の子だったのよ」
 
「え〜〜〜!?」
 

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「本当にオーディションに応募したのはうちのお姉ちゃんだったのよ」
と彼女は語り始めた。
 
「それでひとりでは不安だから、あんたでもいいから付いてきてって言われてさ、それが私の人生の躓きだったというか」
 
「歌謡史に残る大歌手の誕生のきっかけだった訳ですね」
と政子は言った。
 
「受付の所で姉が事前に郵送されてきていた書類審査の合格通知を出して名簿にチェックしてもらい参加章のリボンを胸に付けてもらって。それでスタジオに行こうとしたら、あれ?あんたは?と言われるのよね。私は姉の付き添いですと言ったんだけど、あんた可愛いね、あんたも一緒に二次審査受けなよと言われて、その場で追加の参加章を渡されて。だから私は一次審査を受けてないのに二次審査の参加者になったのよね」
 
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「なんかそのパターンって多いですよね。この世界」
と私は言った。
 
「そうそう。姉や友だちの付き添いで来たとか。友だちが勝手に応募したとか」
「ひどいのになると、たまたまスタジオに掃除係とかで居たとか」
「あるある。オーディションに落選したけど居残りして見学していた所を目を付けられたなんてのもある」
 
「そういえばローズ+リリーも実は設営スタッフだったとか言ってたね」
と松居さんは言う。
 
「そうなんですよ。本番で歌うべき歌手がトンヅラしてしまって。私たちが代役をやらされたんです」
「たまにそういうのも聞くね」
「やはりたまにあるんですか!?」
 
「1970年代のフォークブームの頃、フォーク歌手のライブやらないといけないのにその歌手が来ない。それでたまたま近くを通り掛かった知り合いに『お前ギター弾けたよな?』とか言って代役をやらせたってのを聞いたことある」
「ひどい」
 
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「まあ昔は適当だったのよ。私もそういう適当なマネージングの犠牲者」
と彼女は自嘲ぎみに言う。
 

「それでその時二次審査に参加した人は100人くらい居たと思う。1人ずつ審査員の前に出て行って挨拶して名前を言って60秒歌唱。挨拶して下がる」
 
「審査員も重労働だ」
「だと思う。それをひたすら3時間くらいやって30人ほどに絞られた。ここでは姉も私も残ったんだよね」
 
「そこに残るってのはお姉さんも優秀だったんですね」
「うん。今でもカラオケ大会荒しだからね」
「そういうのもいいですよね」
 
「それで三次審査は水着審査って言われてさ。私、水着なんて持って来てないのにと思ったら、姉が予備に持って来たのを貸してくれると言うのよね」
 
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「ああ・・・」
 
『これって女水着じゃないの?』
『何言ってんの?そもそもこれは女の子アイドルのオーディションだよ』
『私男の子なのに』
『あんた可愛いから女の子でも通るって、と』
 
「うむむ・・・」
 
「それで女の子水着を着せられちゃった訳よ」
 
「おちんちんはどうしたんですか?」
と政子が興味津々という感じで訊く。
 
「姉がうまく処置してくれた。私のってそもそも小さかったから何とかなったんだと思うのよね」
「へー」
 
「まあそれで水着審査やって九州地区からの合格者6人が発表された。姉は落ちてて私は合格していた。でも困っちゃってさ」
「女の子アイドルになるには、ちょっと余計なものが付いてますよね」
と政子。
 
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「そうなのよ。それで親も入れての契約の話になって。その段階で私が実は男だというのが事務所にも知れて、けっこうパニックになったみたい」
 
「なるでしょう」
「でも事務所の社長が言うわけ。この子は実はオーディション、全国でも断トツで1位だった。この子は凄いスター性がある。取り敢えず集団でのパフォーマンスに参加してもらうけど、遠くない内にソロデビューも可能だと思う。でも男の子のままでは売れない。だから女の子にしちゃいましょうよと」
 
「それで性転換しちゃったんですか?」
 
「当時まだ私11歳でさ。精通は来てたけど、声変わりはまだだった。両親はどちらかというと契約金300万円ってのに目がくらんじゃったと思う」
 
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「当時のお金で契約金300万円ってのは無茶苦茶期待されてますよね」
「だと思うよ。まあそれで私はまだ小学生なのに性転換手術を受けさせられちゃったわけよ」
 
「すごーい」
 

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「女の子になってくれと言われて、スカートとか穿かないといけないのかなあなんて考えてたのよ。それがそれが」
「無茶しますねぇ」
 
「手術終わって自分のお股を見た時はけっこう衝撃的だったよ。きゃー。おちんちんもタマタマも全部無くなってるって。縦に割れ目があるから、これって、おちんちんを切った傷跡で、治ったらくっつくのかなとか考えたり」
「割れ目ちゃんがくっついちゃったら困りますね」
「当時女の子の身体の構造に関する知識全然無かったからね」
 
「元々女の子になりたかったんですか?」
「女の子もいいなあとは思ってた。明確に女の子になりたいと思っていたわけではないと思うけどね。でも女の子になってくれと言われた時、別に嫌だとは思わなかったから、実は女の子になりたかったのかもね」
 
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「へー」
「それでまさか手術して切られちゃうとまでは思ってなかったけど」
「ああ・・・」
 
「具体的な手術内容は説明されないまま、単に『今から女の子になる手術するから』とだけ言われて病院に連れて行かれて、手術って何するんだろ?と思っている内に麻酔掛けられて。それで意識回復してから医者が傷の様子を確認するのに包帯を取って。それで自分のお股を見た時は本当にびっくりした訳よ。もうお前は女の子だからこれを穿きなさいと言われて女の子パンティとスカート渡された時は何かすごく変な気分だった」
 
「それまでこっそり女装したりとかしてなかったんですか?」
「そういう経験は無いと思う。性転換手術されるまで私はスカートなんて穿いたことなかったよ」
「うむむ」
 
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「手術の後、1日目は導尿されてたけど2日目からはトイレに行ってしなさいと言われて、うっかり男子トイレに入ろうとして『そっちは違う』と言われて女子トイレに連れ込まれて。小便器が無くて個室だけが並んでいる風景がまるで外国にでもきたかのような錯覚を覚えた」
 
「まあ男と女では異世界ですよね」
「どうやっておしっこするのかというのも分からなくてさ。女の子はたぶん座ってするはずだと思って、座ってみるけど、おしっこを出す要領が最初は分からないんだよ。5分以上悪戦苦闘して、やっと出た時は思わずやった!と叫びたい気分だった。でも飛び散るんだよね」
 
「ああ」
「それで最初は服を完璧に濡らしちゃってさ。次からは手でカバーして服にはつかないようにするワザを覚えて、その内おしっこの出る部分に指を当てて、飛び先をコントロールする方法を覚えた。それでも指は塗れるし割れ目ちゃんとか周囲にけっこう付くからさ。女の子って、何て大変なんだと思ったよ。ケイちゃんは、性転換した時、そのあたりどうだった?」
 
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「まあ最初は大変でしたよ。でも手術の傷が落ち着くと、あまり飛び散らなくなったんですよ。私の場合」
「それはお医者さんが上手だったんだろうね」
 
政子はそのあたりの話も興味深そうに聞いている。
 

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