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■夏の日の想い出・生存競争の日々(6)

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「間違い無く、それはケイさんをハメようとしたんですよ」
と細川さんが難しい顔で言う。
 
「何のために?」
「ライバルを蹴落とすためでしょ。冬、芹菜さんの評判は知ってる癖に、そういうのに簡単に応じたらダメだよ。断る理由くらいいくらでもあるでしょ」
 
と千里は言う。
 
「でもそのためにわざわざ麻薬を入手して?」
 
すると細川さんが言う。
 
「昨年ドーピング追放の広報をしている人のお話で聞いたのですが、エクスタシー(MDMA, 通称「玉」あるいは「X」または「ペケ」)は今でこそ本物は入手困難らしいですけど、1990年代にかなりクラブなどで出回ったそうですし、その当時はまだ規制も弱かったから、エクスタシー使ってみましたとか堂々と言っている芸能人とかもいたそうですよ。当時の物をまだ持ってる人もいると思う」
 
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私は夜遅くではあったが、芹菜さんのマネージャーに電話を入れて、芹菜さんと食事をしていて、途中で気分が悪くなられてお帰りになったようなので、彼女のかばんを預かっていますと言った。
 
すると深夜ではあるものの、マネージャーさんは飛んできて、バッグを受け取った。こういうケースでは下手すると翌朝、私のバッグが無いと言い出して付き人さんに当たったりすることもあるらしい。全く付き人さんも大変である。会計を代わりに払ったことも言うと、現金で54万円渡してくれた。ちなみにトートバッグの中には、千里が悪戯心で近くのコンビニでわざわざ買って来た例のソーダ菓子を1シート入れておいた。
 
マネージャーさんが帰って行くと千里は
「さて、私も帰ろう。貴司はここに泊めてもらうといいよ」
などと言っている。
 
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「千里は世田谷区でしょ?どうやって帰るの?」
「さっきのレストランの近くの駐車場に車を駐めているんだよ。あそこまでタクシーで行ってから車運転して自宅に戻る。私もワイン飲んじゃったから醒めるの待ってたのよね」
 
「タクシー使うくらいならうちのリーフ使ってよ」
「うーん。じゃ借りようかな」
 
「でも千里、彼とデートしていたんじゃないの?」
と尋ねてみる。
 
「彼はデートしていたみたいだけどね」
と千里が言う。
 
「は?」
 
「すみません。僕が浮気しようとしていたのを千里に阻止されたんです」
と細川さんは言っている。
 
「千里がデートしたんじゃないんだ!?」
 
「東京に出張したのをいいことに、前からメール交換していた女の子とあの店で食事したあとホテルに連れ込むつもりだったみたいだけど、私が追い返したから。まあ食事はキャンセルすると悪いから私が頂いたけどね」
 
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と千里は言っている。
 
「千里、帰っちゃうの?」
などと細川さんは寂しそうに言うが
 
「結婚している男性とセックスとかはできませーん」
と千里は笑顔で言うと、手を振って私が渡したリーフの鍵を持ち、マンションから帰っていった。
 
私は千里が本当に細川さんと寝るつもりが無かったのか判断はつかなかったものの、細川さんには
 
「千里とは長い付き合いなので、朝ご飯くらいは出しますから、今夜はお休みになってください。今客用寝室に案内しますね」
 
と言った。
 

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翌朝、細川さんは7時に起きてきた。冷凍の鮭を焼いたのと、お味噌汁・御飯を出す。政子はもちろんまだ寝ている。
 
「すみません。色々お世話になって」
「いえ。千里とは遠慮の要らない間柄ですし」
と言う。
 
「奥様、妊娠は順調ですか?」
と訊くと、細川さんは驚いたように
「妻の妊娠の話まで聞いてるんですか!?」
と言う。
 
「おかげさまで今は安定しています」
 
「性別は分かっているんでしたっけ?」
「医者は男の子のようだと言ってますね。もうすぐ9ヶ月目に入りますが、お腹がだいぶ大きいので、外を歩くのが大変とか言うので、むしろ出ないでと言って買物はできるだけ私が1週間分まとめて買っておくんです」
 
「他人が口出しすることではないとは思いますけど、奥様がそういう時に浮気するのはどうかと思いますよ」
と私は言う。
 
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「すみません。千里からも叱られました」
などと言って恐縮している。
 
「日本代表メンバーの発表はまだなんですか?」
 
男子のオリンピック・アジア予選は9月に行われる予定である。細川さんは昨年アジア競技大会の日本代表になり、彼の活躍もあって日本は3位になっている。但し今度のアジア予選では優勝しないとストレートにはオリンピックの切符は手に入らない。2位か3位になった場合は翌年の世界最終予選に出て世界12カ国の中からリーグ戦とトーナメントを勝ち上がって3位以内になる必要がある。
 
「メンバーに入ってもらうよと個人的には連絡されています。もう少ししたら取り敢えず代表候補が正式発表されると思うんですけどね。それより私はFIBAの制裁がどうなるかの方が気が気でないです」
 
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「全くですね。でも何とか今のところみんなおとなしくタスクフォースの方針に従ってくれているようですね」
「まあここで和を乱すほどの馬鹿は居ないと信じたいですけどね」
と細川さんは言う。
 
「でも制裁解除が気になるのは千里は代表から漏れてしまったけど、ユニバ代表の人達のほうが切実だと思うんですけどね」
と細川さん。
 
ユニバーシアード女子代表12名は4月8日に発表されたのだが、そこに千里の名前は無かった。代表候補は24名居たので落ちた人たちも比較的ショックは少なかったようである。千里は「私は余暇にバスケしてる人だから、1日中練習している人たちにはかなわないよ」などと言っていた。
 
「かなり日程が切迫してますよね」
「そうなんですよ。制裁が解除されるかどうかの判断は6月20日の会議で決まる。でもユニバーシアードは7月3日からなんですよ」
 
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「もう制裁解除してもらえる前提で選手たちは練習に励まないといけないけど、ひょっとしてと思ったら嫌な気分でしょうね」
「私の知り合いでU19女子の代表になっていて、世界選手権の参加はダメと通告されて、もう泣いてた子がいますよ」
「ああ、可哀想に」
 

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細川さんは9時頃「ほんとにお世話になりました」と言って帰って行った。政子は11時くらいに起きてきた。
 
「でも昨日の御飯美味しかったね」
と言ってご機嫌である。政子には芹菜リセの悪意は分かっていないようだし、昨日の警察の取り調べも何だかゲームでもしているような感じで楽しそうにしていた。私は寿命が縮む思いだったんだけどね!
 
「芹菜さんのバッグ返しに行かなくていいの?」
「連絡したらマネージャーさんが取りに来てくれたよ。ついでにお金も払ってくれた」
「やっぱり芹菜さん、いい人だね」
 
と言って政子はニコニコしている。
 
私は政子が羨ましくなった。
 

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4月28日(火)、★★レコードほか数社のレコード会社の共同発売の形で
『懐かしの1980年代アイドル&シンガー・オンステージ』というDVDシリーズが発売された。ボックス形式でまとめての購入も、1枚単位での購入も可能である。
 
中身が過去にテレビなどには露出したことのない映像ばかりで40代から60代くらいの層の心をくすぐるものであった。
 
この映像のソースは○○プロの丸花社長が所蔵していた8mmフィルムである。シングル8と呼ばれる規格で、映像は光学的にフィルムに撮影し、音声は磁気ストライプ、いわゆるサウンドトラックに録音する。ちなみに名前は似ているが1990年代に使用された8mmビデオとは全く別規格だ。
 
ローズ+リリーのアルバム『雪月花』の中の『白い虹』という曲のPV制作で8mmカメラによる撮影を行ったのだが、それを見た丸花社長が「懐かしい!これちょうだい」などと言ってこちらの制作が終わった後、「お持ち帰り」になった。
 
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丸花社長は昔歌手のステージを大量に8mmカメラで撮影したのでと言っていたのだが、このカメラを持ち帰って自分で古いフィルムを見ている内にこれをひとりで見るのは惜しい。発売しようと思い立ったのである。
 
それでメーカーの技術者、★★レコードや老舗の〒〒レコードなどの技術者数人が集まってプロジェクトを組み、丸花社長が所蔵していた大量のフィルムのデジタル化を行なった。この時、音源に関しては最新の技術でノイズの減少やダイナミックレンジの拡大などの処理が行われている。
 
まとめられた内容は出演している歌手が124組、映像時間は全部で90時間にも及ぶ膨大なものである。DVD50枚にまとめられ、5枚単位のボックスが10種類。DVD1枚買いは1500円、ボックスのまとめ買いは解説書・写真集付きで7000円、全部買うと7万円になるが全巻購入する場合は特別値引き価格64,000円となっている。
 
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そもそもプロダクション側で撮影していたものなので、ライブ映像が多い。しかも多くの場合撮影禁止であったものを撮っているので、これ以外には存在しない貴重な映像が多かった。
 

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「みっちゃんのアイドル時代の映像がありましたね」
 
と私と政子はこの全集をUTPに持ち込んで再生しながら須藤社長と話した。
 
「いや、びっくりした。河合奈津子(当時の芸名:みやえいこ:スイート・ヴァニラズの事務所社長)から連絡があって、あんたも映ってるよと言うからその巻だけ取り敢えず買って来た」
 
などと言っている。須藤さんや河合さんなどが所属していたサンデーシスターズは1980年から1987年まで活動しており、須藤さんは1982年に加入して解散まで在籍している。解散後ソロ歌手としてデビューしたものの全く売れずに引退。しかしそのソロ歌手時代の貴重な映像が丸花さんの持っていたビデオの中に残っていたのである。
 
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「でも冬が全集買うのなら、ここだけコピーさせてもらえば良かったな」
 
などと、著作権ビジネスをしている人間の発言とは思えないことを言う。
 
「でも、みっちゃん歌下手」
などと政子は手厳しい。
 
「ごめーん。でもサンデー・シスターズって、基本的には番組のアシスタントだったから、愛敬の良い子とか、機転の利く子とかを採用しているんだよね。歌を歌うようになったのもあの番組の後期になってからだし、歌がうまい子といったら、ゆきみすずさんとか少数しか居なかったんだよ」
 
まあ確かに須藤さんは機転は利くし、どんな状況でも絶対に諦めずに打開策を考えて行動して行くしぶとさは持っている。だからこそ30年以上もこの浮き沈みの激しい芸能界で生きてきたのだろうが。
 
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「それにこれライブ映像だしね」
と私は言う。
 
「うん。レコード作る時はたくさん録音して出来のいいところをつなぎ合わせて作るけど、ライブだとそういうごまかしが利かないから、昔のアイドルって、ライブはとても聞くに堪えないほど下手な子が多かったんだよ。今の秋風コスモスとか、当時のアイドルよりはまだマシって感じ」
 
「あ、私も思った」
と政子が言っている。
 
「だけど中には上手い子もいますね」
「うんうん。北見裕子ちゃんとかほんとに上手いし、当時もうアイドルではなく歌謡曲歌手という扱いだったけど、西川令子さんとかも無茶うまかった」
と須藤さんは言っている。
 
「西川さんって冬の関係者だよね?」
と政子。
 
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「うん。私の先生の先生って感じ」
 
西川令子こと4代目若山桜盛は現在民謡若山流の総家元である。若山流総宗家は「自分の子供には家元を継がせない」という不文律がある。基本的には共同で一派を立てた3つの家(桜家・橘家・藤家)の一族から第一優先50歳以上60歳未満、第二優先40歳以上65歳未満の歌い手で最も上手い人を現在の家元が指名して継がせ、70歳になった年の年度末で定年である。70歳定年制は「衰えて声も出ないのに名前だけの家元に留まることは許さない」という考えから出ており、初代若山桜盛も70歳で引退して2代目若山橘丘に家元を譲った。
 
ある程度の実力を持つ弟子には新派を立てることを許すので私の祖母若山鶴乃もそれで若山流鶴派を立てている。この手の分派が現在10個ほどある。派として設立されたのはもっと多いのだが、一派を維持するにはそれなりの経営的な才覚も必要だ。鶴派が現在500人以上の名取りを抱えていて若山流の中でも特大勢力になっているのはやはり鶴乃の長女で私の伯母・若山鶴音の積極的な全国行脚のおかげだろう。鶴音は現在66歳だが、見た目はまだ50歳前後にしか見えない。体力もあり、毎年フルマラソンを走っていたが、周囲に心配されて60歳以降はハーフマラソンにしている。山歩きも好きで熊野古道などもよく歩いているし、愛車のRX-7を乗り回して車中泊の旅でどこにでも出かける。
 
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西川令子は桜家一族の中で1つ違いの実姉と熾烈な後継者争いをしていたものの、15歳の年にもう姉にはかなわないと察して民謡を事実上辞める。一時的に高校の合唱部で活動していた後、アイドル歌手に転身、人気を博す。事務所の倒産で活動停止に追い込まれたもののロックバンドのボーカル兼ベーシストとして復帰したのちソロの歌謡曲歌手として一定の地位を築く。ところが30歳になった時、姉が唐突に失踪。その後アメリカ人と結婚してロサンゼルスに住んでいることが判明したものの、帰国の意志はないと言った。それで親族の要請に応えて彼女が民謡界に復帰し、その後厳しい修行を経て、50歳の年に4代目若山桜盛を襲名。2009年4月に先代の定年引退をうけて56歳で家元の地位に就いた。
 
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アイドル歌手には浮き沈みの多い人生を送る人が多いが、彼女も本当に激動の人生を歩んでいる。
 

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夏の日の想い出・生存競争の日々(6)

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