広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・生存競争の日々(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-06-13
 
4月26日(日)仏滅!
 
この日、私と政子は芹菜リセさんに唐突に呼び出された。
 
私と彼女は同じ「蔵田派閥」の一員ではあるが、彼女はひじょうに気むずかしい性格で友人は全く居ないと言われている。しかし彼女の曲は売れているし、テレビ番組ではその辛口トークがまた人気なので、業界としても彼女を干すことはできない。彼女を気遣って、蔵田さんはしばしば、蔵田さん・芹菜リセ・松原珠妃の3人での会食をしているようである。珠妃によればその席では普段見せるような辛辣な発言などもなく、おだやかに「ふつうのお姉様」という感じで会話しているという。
 
それでもふだん芹菜リセはその松原珠妃に対する「口撃」が凄まじい。
 
「松原珠妃、へー、そんな歌手居たっけ?」
「今歌っていたのは新人歌手か何か?下手くそだったね」
 
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しかし珠妃はそんなこと芹菜さんが言ってましたよなどと記者から聞いても、「何かの間違いでしょ」とか「尊敬している先輩です」などと笑顔で話して決して喧嘩を買ったりはしない。
 
私や政子は彼女の姉の保坂早穂とは親交があるものの、芹菜さんとはテレビ局やイベントなどで顔を合わせて挨拶したくらいで、個人的に話したことはなかったので驚いたが、大先輩歌手から呼ばれれば行かない訳にはいかないので、出かけて行った。
 

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彼女が指定したのは銀座の超高級レストランである。一見さんお断りで誰かの紹介が無ければ入ることもできない。私たちも一応サンローランのドレスを着て行ったのだが、芹菜さんはおそらくオートクチュールと思われる高そうなドレスにシルクの手袋、胸には1カラットはありそうなダイヤのネックレスも着けている。
 
政子が
「このダイヤすごーい。いくらしたんですか?」
などと率直に訊く。こんなのを何の遠慮もなく訊いてしまえるのが政子の便利な性格だ。芹菜さんも笑って
 
「大したことないわよ。400万円くらいだったから」
などと答えている。
 
政子は
「きゃー。しゃぶしゃぶに500回くらい行ける!」
などと言って感動(?)していた。
 
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「なんか最近、ケイちゃんたちって、凄い活躍だよね」
「いえ、まだまだ未熟です」
 
そんなたわいもない会話から始まったものの、彼女のトークは最近活躍している様々な歌手・俳優の悪口オンパレードである。それに政子がいろいろ勝手なコメントをするので私はヒヤヒヤであったが、政子の素朴な反応を芹菜さんは結構楽しんでいたようである。
 
しかしさすがに料理は美味しかった。フレンチなので量的には少ないのだが、美味しいので政子もけっこう満足していたようである。ワインも昨年千里におごってもらった帝国ホテルのディナーで飲んだワインに近い味わいのかなり美味しいワインで、これもまた政子が
 
「このワイン、美味しい〜!幾らですか?」
などと言うので
 
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「30万円だよ」
と芹菜さんが答えて
 
「きゃー、美味しいわけだ!」
と政子も言っていた。
 
私の舌では昨年千里におごってもらったワイン(16万円)の方がもう少し美味しい気がしたのだが、もうこの付近のレベルになると好みの問題になってくるのか、あるいは帝国ホテルのような量をさばいている店と、こういうこじんまりとした店の設定価格の差か。
 

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お店に入ったのが20時頃で、私たちはゆっくりとディナーを楽しんだ。
 
21時半にウェイターが「ラストオーダーでございます」と言ってきたので政子のリクエストではブランマンジェを頼む。それが来る前に芹菜さんが「ちょっと失礼」と言って席を外した。私は化粧直しにでも行ったのだろうと思い、やがて頼んだ品が来ると彼女を待たずに先に頂いた。
 
「美味しいね〜。さすが高級店はデザートも美味しい」
などと言って楽しそうにしている。
 
私たちは芹菜さんが戻るのを待っていたのだが、なかなか戻ってこない。私は困惑した。やがて閉店時刻になる。ウェイターが来て
 
「お客様、たいへん失礼ですが、お会計をお願いできますでしょうか」
などと言う。
 
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芹菜さんほどの人がこのシチュエーションで逃げたりする訳もないが、ここはお店に迷惑を掛けるわけにはいかない。それで私が取り敢えず払うことにして、私はVISAカードを出して「これで」と言った。
 
それでウェイターが金額をプリントした紙を持って来てサインしたがサービス料10%と消費税を入れて53万4600円である! 恐ろしい。
 
「連れがトイレに行ったのでそれを待っているのですが」
と私がウェイターに言うと、ウェイターは
「お具合が悪くなっていたりしたら大変ですね。女性スタッフに見てこさせます」
と言う。
 
ところが数分してやってきた女性スタッフは
「お手洗いにはどなたかもおられませんでした」
と言う。
 
政子が
「女子トイレが混んでて男子トイレに飛び込んでいたりして」
などというので、スタッフが再確認してきてくれたが、男子トイレにも誰も居ないということであった。
 
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マジで逃げた!?
なぜ!???
 
芹菜さんはトイレに立つ時、ハンドバッグは持っていっているが、大型のトートは席に置いて行っている。
 

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と思っていた時、突然数人の男性が入ってくる。
 
「お客様、もう閉店のお時間でございます」
と店長が言っているが
 
「警視庁の者です。麻薬の取引が行われているという情報があったので来ました。店内におられる方、その席から動かないでください!」
 
とひとりの男性が言った。
 

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店内にはその時、私たちを含めて20人ほどの客がいた。みんな「え〜!?」という顔をしている。
 
その時、私は芹菜さんが席に置いて行ったトートバッグが気になった。それを手元に取ってみる。中には大したものが入っていない。芝居のパンフレットとかローズ+リリーの先日リリースしたCDとか!
 
しかし私はその中に布の生理用品入れがあるのに気づく。バッグの中で開けてみる。中には薬のシートが入っている。用心してシート自体には触らなかったものの、その錠剤の表面にはハートに矢を射たようなマークが入っている。
 
エクスタシーだ!
 
私はどうすればいいのか、まさに進退窮まった。
 

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取り敢えずバッグは元の場所に戻すが、やがて捜査員が来て言う。
 
「お荷物拝見できますか?」
「はい」
 
と私はポーカーフェイスで答えて、私は自分のバッグを見せる。中をチェックしている。ポケットの中まで調べている。政子のバッグも見るが、中にはおやつとかアンパンとかばかり入っているので捜査員も微笑んでいる。そして捜査員は芹菜さんが座っていた席に置かれていたバッグに目を留める。
 
「これはどなたのですか?」
「一緒に来ていた知人が持っていたものです」
「その知人はどこに?」
「トイレに行ったまま戻ってこないので困っていた所です。でもトイレには居ないということで」
 
と言うと、私たちのテーブルを担当したウェイターが
 
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「お客様のおっしゃる通りです。お連れ様がおられたのですが、先に帰ってしまわれたようで」
 
と証言してくれた。
 
「このバッグは確かにその帰られた人の持ち物ですか?」
と捜査官がウェイターに訊くが
「すみません。そこまでは見ておりませんでした。申し訳ありません」
と言う。
 
確かにそんな細かい所までは見ていないだろう。
 
果たして捜査官はそのバッグの中を調べている。生理用品入れを見付ける。男性の捜査官ではあるが、仕事なので遠慮無く中を開けてみる。そして錠剤のシートを見付けて手に取った(捜査官はむろん手袋をしている)。
 
「あなたたちはこの錠剤を見たことがありますか?」
と捜査官が訊いた。
 
「いいえ」
とは答えたものの、私は目の前が真っ暗になる思いであった。脳裏にこんなニュース記事のタイトルが浮かぶ。
 
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『ケイ、違法薬物を使用』
『★★レコード社長会見 厳正な対応をする』
 
ローズ+リリー、KARIONの全てのCDが廃盤になり、巻き添えを食ってケイ&マリの楽曲を使用していたアーティストの曲まで回収騒ぎになる。私たちの後見人ともいうべき町添部長が引責辞任。それどころか★★レコード倒産。
 

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その時である。
 
「あれ〜、冬じゃん」
と言って結構離れた席に座っていた女性がこちらのテーブルにやってきた。
 
「千里!?」
 
彼女は品の良いドレスを着ていて、似たような感じの年齢でラルフローレンっぽいスーツを着た男性と一緒である。身体が引き締まっている。髪も短い。私はスポーツ選手だと直感した。もしかして彼、千里の元夫で現在は不倫相手の細川さん??
 
「奇遇だね」
と私は千里を見ながら言うが、内心は更に焦る。この状況は、私たちだけでなく、千里たちまで巻き込んでしまうぞ。
 
「済みません。席を移動しないでくださいと言ったのですが」
と捜査官が言う。
 
ところが千里はその捜査官の手からさっと錠剤のシートを取ってしまう。
 
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「あ、これはあれじゃん」
と言って裏返して見たりしている。
 
「すみません。それは証拠品なので」
と言って捜査官がシートを取り返す。
 
「あなたはこの錠剤のことをご存じですか?」
と捜査官が千里に訊いた。
 
すると千里は平気な顔をして言う。
 
「これはラムネ菓子のタブレットですよ」
 
質問した捜査官が続けて寄ってきた上司らしき人と顔を見合わせている。
 
「1錠いただいていいですか?」
「あ、いいと思いますよ」
と千里が勝手に言う。
 
他の捜査官も集まってくる。
 
「舐めてみれば分かりますよ」
などと千里は言っている。
 
捜査官たちはお互い顔を見合わせていたが、責任者らしき人がその端を本当に舐めてみた。
 
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「ラムネだ!」
 
周囲の緊張が一気に抜ける感じがあった。
 
私は・・・・腰が抜けた!
 

「念のため、分析に回していいですか?」
「どうぞ、どうぞ。これ***製作所という所が作っているラムネ菓子です。コンビニにも売ってますよ」
 
と千里が勝手に言うので捜査官がその名前をメモしていた。
 
「最近雑誌で紹介されていたのを見ていたんで、すぐそれだと確信したんですよね〜。まるでMDMAみたいですよね。ネットでも『いいのか?』って結構話題になってましたよ」
 
などと千里は笑顔で言っている。
 
それでも警察は結局、その店に居た全ての客、従業員の所持品検査をした上、最後は私と政子・千里と彼氏の4人については男女別に同性の捜査官の前で裸にされて下着の中などに変なものを隠し持っていないかまで検査された。数十人の捜査官がやってきて、お店の厨房やゴミ箱なども徹底的に調べていたが、結局「あやしげなもの」は芹菜リセが残していったバッグの中にあった錠剤シートだけしか出てこなかった。
 
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私たちの所持品チェック・ボディチェックがされている間にその錠剤シートは本庁で化学的な分析が行われたようである。その結果、ラムネ菓子であることが間違い無いこと、そして千里が言ったお菓子屋さんでこういう菓子を作っていることも確認され、私たちは結局夜の1時過ぎに開放された。
 

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「千里ありがとう。あの錠剤に刻まれているマークを見た時は私、もうこれで自分の人生終わったかと思ったよ」
 
と私は言った。
 
私と政子は、千里と千里の彼氏も誘って恵比寿のマンションに行き、お茶を入れながら話した。政子は眠いと言って寝てしまったが、政子は何が問題なのか分かっていないようであった。
 
「取り調べられている時、従業員の人がひとり『またか』とつぶやいているのを聞いたんだよ。あそこの店、たぶん過去にも薬物の取引現場になったことがあったんだと思う。それで捜査官もあそこまで徹底的に調べたんだよ」
 
と千里は言う。
 
確かにたれ込み情報だけで、あれだけ多人数の捜査官が来て、客を裸にしてまで検査するというのは、やりすぎな感じもした。
 
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そして一息付いたところで千里が
 
「これ、自分のマンションのゴミには出さないで。どこかコンビニのゴミ箱にでも捨ててきた方がいい」
 
と言って錠剤シートを出した。
 
私はぽかーんとした。
 
「警察に押収されたのは・・・・」
「私がすり替えた」
「え〜〜〜!?」
 
と私は驚いて絶句する。
 
「千里、それ君が処分してあげた方がいい」
と細川さんが言うと
「うん。そうしようかな。今日中にはこれはこの世から消滅するから」
と彼女は言っている。
 
「でも都合良く、似たようなお菓子を持ってたね」
「私はその日必要になりそうなものが分かるんだ」
「そんなことを桃香が言ってたね」
 
「だけど、千里も所持品チェック・ボディチェックされたよね?」
「刑事のポケットの中に放り込んでおいた。あとで回収した」
「凄い! 千里って手品の達人?」
「うーん。指の力を付けるためにコインロールくらいは練習したからできるけどね」
 
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などと言って百円玉を出して両手の指の背で同時にコロコロと転がしてみせる。
 
「すごーい!」
 
「だけど何でこんな危ないもの持ってたのさ?」
と千里は訊く。
 
それで私は今夜のことを話した。
 

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夏の日の想い出・生存競争の日々(5)

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