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■夏の日の想い出・浴衣の君は(3)

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「おっす、久しぶり。冬彦君」と夢美の声。
「私、自分の性別のこと、夢美に言ってなかったっけ?」と私。
 
実際私は夢美に話したことがあったかどうかが不確かだったのである。
 
「聞いてないぞ。まさか冬彦君が男だとは思いも寄らなかった」
「その名前は勘弁してよぉ。私のことは冬子で」
 
「ふーん。性別詐称なんだ?」
「詐称してるつもりはないけどなあ。戸籍の方がどちらかというと誤り」
「まあいいや。私、日本に帰ってきたから」
 
「え?いつ?」
「一昨日。それでとりあえず凍結していた携帯を使えるようにして冬にかけたけどつながらないんで」
「ごめーん。まだドイツだと思ってたから、番号変えたの連絡してなかった」
 
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それで結局、けいおん仲間たちとは別れて、夢美と会うのに電車で都心に出る。
 
新宿のどこか静かな所で会おうということだったので、私は新宿駅近くの某スタジオを指定した。そこの1室を∴∴ミュージックで借りているので∴∴ミュージックのアーティスト証を持っている私は空いている限り、いつでも自由に使うことができる(○○プロ・$$アーツ・ζζプロ・★★レコードのアーティスト証も持っている)。
 
「面白い場所を指定するね」
と夢美は私が渡した缶コーヒーを飲みながら言う。ついでにピザも1枚買ってきている。この程度の食糧でも充分間に合うのが、政子とは違う所である。
 
「夢美も私も有名人だから、マックなんかで話していたらサイン求められたりして面倒でしょ?」
と私は言うが、
 
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「私は残念ながらサインを求められたことはない」と夢美。
「だって世界一になったのに」
「エレクトーンはマイナーだからなあ。ピアノやヴァイオリンで世界一になったら、結構騒がれそうだけど」
 
夢美は昨年のエレクトーン世界大会で優勝した。その前3年間にわたってジュニアの部で連続世界一になり、昨年は高校生になったので初めて成人の部に参加して優勝したのである。それで誘ってくれた人があり、通っていた高校を休学して、ヨーロッパに武者修行に出ていた。向こうでたくさん各地のパイプオルガンを弾きまくっているのをブログに書いているのは見ていた。
 
「もう武者修行は完了?」
「ううん。また行く。10月くらいにドイツに入って、その後3〜4年行きっ放しになるかも」
 
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「こちらの高校はどうするの?」
「放置になるけど、多分退学になっちゃうだろうな」
「向こうの高校に入るとかは?」
「ドイツは高校の制度が複雑で、簡単には外国人は入れないんだよ」
「へー」
 
「まあ、私は学校の勉強より、たくさんオルガン弾きたいから、高校はもういいかなという気もある」
 
私は凄いなと思った。夢美にしても静花(松原珠妃)にしても、音楽をすることに対する覚悟が凄い。他の全てを捨てて、それに全部賭けている。振り返ってみて自分はどうなんだろうと思う。音楽のことについても、自分の性別のことについても、全然覚悟ができていない。
 

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30分くらい話していた時、スタジオに入ってくる人物がある。あら、使う人が来たか。それなら別のスタジオか、個室のあるレストランにでも移動しようかと思ったら、和泉だった。
 
「ハーイ!」
「ハーイ!」
と挨拶を交わす。
 
「ごめーん。使うよね。移動するから」
と私は和泉に言ったのだが、夢美が和泉を見てびっくりしたような顔をする。
 
「KARIONのいづみさんですか?」
「そうですよ」
「わぁ、凄い! 冬、いづみさんと知り合いなの?」
と夢美が訊くので、私は
 
「当然。だって私もKARIONだから」
と言っちゃう。
 
「なに〜〜〜〜!?」
 

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和泉は参考書を買いに出てきて、いいのが見つからず歩き回っている内に疲れたので、ここで一息つこうと寄ったのだということだった。缶コーヒーは持っていたので、取り敢えずピザを勧める。(30分経ってもピザが半分しか消えていないのが、やはり政子とは違う所)
 
和泉は夢美の世界大会優勝のことは知っていたが、夢美の顔は知らなかったらしい。
 
「世界一のオルガニストと会えて光栄です」
などと言って笑顔で握手をしていた。それで結局、和泉と夢美でサインを交換した。
 
「元々私はKARIONの一員なんだけど、お父ちゃんとの話が出来なくて正式契約がなかなかできずにいた間に、ローズ+リリーの方がきちんとした契約もしてないのに進んでしまって、ややこしいことになっちゃったんだよ」
 
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と私は状況を超簡易に説明する。
 
「その説明さっぱり分からない」
「まあ話せば長くなるから、今夜にでもゆっくりと」
「了解〜」
 
「夢美は私のキーボードの先生でもあり、最初のヴァイオリンの先生でもあるんだよ」
と私は和泉に説明する。
 
「あ、ヴァイオリンも弾くんですか?」
「ええ。でも向こうで使っているヴァイオリンは今回、置きっ放しにして帰って来ちゃった」
「高価な楽器は出入国が大変だよね」
「そうなんだよね。手続き面倒だから。必要な時は誰かに借りればいいかなと思って」
 

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「そうだ! 夢美さん、ヴァイオリン弾くのなら、明日からのKARIONの音源制作でヴァイオリン弾いてもらえません?」
「へ?」
 
「いつも冬がピアノとヴァイオリンの両方弾いてるけど、1人2役だと同時には弾けないから」
 
「ちょっと、和泉ー。夢美は多分忙しい」
「ううん。日本にいる間はゆっくり休もうと思って予定入れてない。やってもいいよ」
 
「ほんとに!?」
「わーい!」
 

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そういう訳で今回のアルバム『大宇宙』では、夢美がヴァイオリンを弾いてくれたのである。ヴァイオリンは私がふだん使っている《Flora》を持って来た。《Rosmarin》の方がいいかも知れないが、借り物を勝手に人に貸すのはまずいと考えた。
 
「なんだ、これドイツ製じゃん!」
「ああ、そうだっけ?」
 
《Flora》はドイツのE.H.Rothという工房の作品である。
 
「このヴァイオリン、私の好み〜」
「ドイツ製ならドイツでも買えるのかな」
「ね、物は相談。このヴァイオリン、譲ってくれない?」
「えー!?」
 
「なんか凄くしっくり来るよぉ。相性が良い。こういうの個体差が大きいから同じ工房の製品を買っても必ずしも相性がいいとは限らない」
「それはあるよね」
 
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確かにそのヴァイオリンは夢美が弾くと物凄く豊かな音を出した。
 
「何なら代わりに私が今ドイツで使っているのをこちらに転送するから」
「いや、それやると送料と関税が怖いことになる」
「それはそうかも知れん。じゃ代わりに日本国内で1つ買って渡すよ」
 
「まあ、その辺はまた後で話し合いを」
 

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さて、軽音フェスティバルに出場するバンド「リズミック・ギャルズ」の方は、相変わらず人が集まらないままも少しずつ練習は進んでいた。しかしそんなことをしているというのを私は政子には言ってなかった。
 
「何それ?」
「詩津紅や風花たちと一緒に軽音楽のユニット作って練習してたんだよ」
 
「へー!どんな格好でやるの?」
「女の子ばかりのユニットだからね。みんな、うちの学校の女子制服だよ」
 
「他の子たちは分かるけど、冬も女子制服なの?」
「もちろん」
 
「じゃ、見に行かなくちゃ!」
 
ということで、政子は本番前日の練習を見に来たのだが、
 
「来た以上は何か演奏してもらおう」
と言われて、結局ボーカルで参加することになる。
 
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4000人の観客の前で政子は気持ち良さそうに歌った。私は政子の精神力がどんどん回復して行っているのを確信した。この日は記念にというので、大会の後、みんなでその機材を持ってスタジオに行き、演奏を録音したCDを参加者限定で作って配布した。
 

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軽音フェスティバルの翌週からは、KARIONのツアーが始まる。今回のツアーでは、私はコスプレをすることになった。
 
コスプレしてよいキャラのリストが権利者から提示されていたので、その中の7キャラについて畠山さんが申請。承認された。
 
「7キャラですか?」
「和泉・美空・蘭子・小風の4人と、コーラス隊の3人?」
などとSHINさんが訊くが
 
「いづみ・こかぜ・みそら、の3人については、レコード会社から顔が隠れるまたは変形する特殊メイク、あるいは濃厚なメイクのコスプレはやめてくれという指示」
 
「まあ仕方無いね」
「それで7人というのは、TAKAO, SHIN, HARU, DAI, MINO の5人に加えて、キーボードの蘭子、ヴァイオリンを弾いてくれる蘭子のお友だちの夢美ちゃん」
 
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「いづみ・こかぜ・みそらの3人は宇宙軍の士官風の衣装、コーラス隊の子とグロッケン・フルートの人は巫女風の衣装で考えています。どちらも普通のステージ用メイクです」
「なるほど」
 
「で使用許可取った7キャラですが、R3-D3, C-4PO, ダークベイダー、ルース・スカイウォーラー、レイナ姫、ヨーラ、アソーラ」
 
「おお、女2人と男5人でちょうどいいですね」
「いや、蘭子ちゃんは顔を隠さないといけないので、ダークベイダーあたりで」
「あらら」
「夢美ちゃんはスカイウォーラーやりたいということなんで、それで」
 
「ちょっと待って。じゃ女の子役は誰がやるの?」
 
「この中で女装がいちばん似合わないのは誰かな?」
「そりゃDAIだな」
 
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「じゃ、DAIがレイナ姫で」
「うっ」
 
「逆にいちばん美人になりそうなのは?」
「それはSHINさんだと思う」
「じゃ、SHINはC-4POで」
「なぜ、そうなる!?」
 
結局、TAKAOがR3-D3, HARUがヨーラで、MINOがアソーラと配役が決まった。
 

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7月22日の夕方。自宅。
 
「じゃ、お母ちゃん、明日23日から27日まで居ないの?」
と姉の萌依は訊いた。
 
「そうそう。苗場ロック見に行ってくる。明日は前夜祭。26日は終わった後、風姉ちゃんとふたりで温泉に泊まって来るから27日の夕方帰還予定」
と母。
 
「冬も出る訳?」
「私は24日から26日まで出てる。27日の昼頃戻ると思う」
と私。
 
「お母ちゃんも冬も居なかったら、御飯はどうすればいいのよ?」
と姉。
 
「そりゃ、萌依が頑張らなきゃ」と母。
「お姉ちゃん、お父ちゃんのお弁当もお願いね」と私。
「ちょっと待て。萌依、大丈夫か?」と不安そうな父。
 
以前姉が作ったお弁当は砂糖と塩を間違えていたり、ブロッコリーが生だったりしたようである。
 
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「私に出来る訳ないじゃない!」
と姉は言った。
 

7月23日、不安そうな姉と父を置いて、母は名古屋から来た風帆伯母と楽しそうにおしゃべりしながら、上越新幹線で苗場に向かった。
 
その日、私は明後日から始まるツアーの件で細かい問題を打ち合わせるため∴∴ミュージックに行き、畠山さん・和泉と3人で打ち合わせた。この時、和泉・私と、小風・美空の収入格差問題が議題に上った。
 
「このままだと10倍くらい差が付いちゃう。あまり差が付きすぎると、私たちの意識に壁ができてしまうのが怖い」
と私は言った。
 
和泉も同じことを考えていたようで、和泉はKARIONの(泉月)楽曲の編曲者を「karion」名義にし「編曲印税」を4人で山分けするという案を提示した。
 
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私もそれに賛成し、これで収入格差は3倍程度で収まることになった。実は、ドリームボーイズもこれに似た方式を使って、メンバー間に極端な収入の差が出るのを防いでいるのである。
 
今のままだと、私と和泉の取り分は2.25%で小風と美空は0.25%だが、新方式だと、私と和泉は1.91%で小風と美空は 0.58%になる。
 
「そのくらいの差は逆にあった方がいいと思う。リーダーとサブリーダーの収入が多いのは普通のこと」
と畠山さん、
「ええ、私もそう思います」
と和泉。
 
「ちょっと待って。サブリーダーって誰?」
と私は訊いた。
 
「それは蘭子ちゃんに決まってる」と畠山さん
「それは冬に決まってる」と和泉。
 
「そんなのいつ決まったの〜!?」
 
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夏の日の想い出・浴衣の君は(3)

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