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■夏の日の想い出・熱い1日(2)

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『歌う摩天楼』はだいたい新宿のスタジオで収録されていたのだが1度だけ赤坂のサントリーホールで収録された。その日は、しまうららさんが出ていたが、しまさんは会場に来て私を見ると手を振ってくれた。
 
「しまうららさんとも知り合いだっけ?」
と和泉が訊く。
「松原珠妃の先輩だもん。松原珠妃はしまうららさんにスカウトされたんだよ」
「そうだったんだ!」
と言ってから、和泉は
「なんか冬って、この世界に随分コネがあるね」
と感心したように言った。
 
その日は保坂早穂さんの代理歌唱をしたが、その後、しまさんが寄ってきて
 
「あんたさあ、こんな仕事してないで、さっさとデビューしよな」
などと言った。
 
「2年後くらいにはデビューしたいかな、と」
「2年も待つ必要無い。今日デビューでもいい。私がどこかと話付けてあげようか? 珠妃がうちからはデビューするなと言ってるらしいけど、他の事務所とのコネもたくさんあるからさ」
 
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「そうですね。状況次第ではお願いするかも」
 
その日、しまうららさんはパイプオルガンの伴奏をバックに『初恋の丘』を歌った。本番では高名なオルガン奏者が弾くことになっているのだが、リハーサルで弾くのに出てきたのは夢美だった。私と一瞬目が合って、目でお互い挨拶した。夢美はここのホールのオルガンクラブに入っている。彼女は去年・一昨年と2回連続でエレクトーン国際大会のジュニアの部で優勝しているので、この役を仰せつかったらしい。
 
「冬、あのオルガン奏者さんとも知り合い?」
と和泉がその視線のやりとりに気付いて訊く。
 
「小学2年の時のエレクトーン教室の友だち」
と私はうっかり答えてしまったが。
 
「ちょっと待て。冬って、ピアノもエレクトーンもまともに習ったことないなんて言ってなかった?」
「あ、しまった」
 
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「どうも冬は嘘つきだなあ」
「あはは」
 

普段の収録では、リハーサルが終わった所で、本番前に帰るのだが、この日はディレクターさんにお願いして、本番も見学させてもらった。
 
保坂早穂さんの熱唱は凄かった。確かに全盛期は過ぎているのかも知れないが、凄まじい歌のパワーだ。
 
私や和泉が高尾山か箱根なら、松原珠妃は槍や穂高、そして松浦紗雪・芹菜リセ・保坂早穂は富士山。そんな気がした。
 
その後しまうららさんが登場する。パイプオルガンの伴奏で歌うが、その時、私たち同様、本番に居残りしていた夢美が物凄い顔でパイプオルガン奏者の方を見ていることに気付いた。ここにも戦っている女の子がいる。私も頑張らなきゃ。私はそう思った。
 
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だが、このリハーサル歌手の仕事は10月末で番組自体が唐突に終了してしまった。
 
それでさてこれからどうしようと思い、ちょうど§§プロ(秋風コスモスの事務所)からも(私の性別を承知の上で)「アイドル歌手にならない?」などというお誘いがあっていたので、アイドルというのは自分的には不本意だけど、誘いに乗っちゃおうかなぁ・・・・などと思っていた時、和泉から再度の誘いがあったのである。
 
11月2日(金)昼休みに私の携帯に和泉からメールが入り、会って話したいことがあるというので、授業が終わってから部活はサボって会いに行くことにする。
 

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帰ろうとしていたらクラスメイトの紀美香が
「唐本さ〜ん、ちょっとちょっと」
と呼び止める。
 
「何?」
「タロットカードを買ったのよ。占ってあげる」
などという。
 
「占い苦手〜」
「唐本さんが占う訳じゃないし」
 
などといって、カードを1枚引くように言うので紀美香が扇形に広げているカードの中から1枚引く。
 
星のカードだった。
 
「ふむふむ」
紀美香は解説書を見ている。
 
「今日あなたは運命的な出会いをするでしょう。今日学校を出た後帰宅するまでに会う人と一生の付き合いになります」
と紀美香は言った。
 
ふーん。これから和泉と会うんだけどね。和泉とそういう縁が出来るのかなあ。
 

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そんなことを考えながら、私はいつものように密かに1階の面談室に行き、女子制服に着替える。そして玄関を出て校門を出、電車の駅に行く。
 
そして電車を待っていた時、目の前に私を覗き込む人物が居る。
 
「うっ。。。」
「わーい、冬子ちゃんだ。かっあいい!」
 
と政子は嬉しそうに言った。
 
「どうしたの?性転換しちゃった?」
「したいけどねぇ。政子、今日部活は?」
「サボってデート」
「おお、うまくやってね」
「冬子ちゃんもサボって誰か男の子とデートかな?」
 
「そんなんじゃないよぉ」
「でもその制服は?」
「ちょっと借り物〜」
 
「ふんふん。こないだみたいに、誰かに無理矢理女装させられたなんて、みえすいた嘘をつかないだけ、優秀、優秀」
 
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と言ってから政子は小さな声で
「ね、コンちゃんとか持ってる?」
などと訊く。
 
「あるけど」
「1枚ちょうだい。念のため」
 
「うん。2枚持ってるから2枚ともあげるよ。でもホテル行く時は花見さんに買わせなよ」
と言いながら、私は学生鞄の内ポケットから生理用品入れを出すと、その中から避妊具を出して渡した。
 

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「サンキュー。でも冬子ちゃんは使わないの?」
「使わないよぉ。これから会うのも女の子の友だちだもん」
「なるほどねぇ。冬子ちゃんがコンちゃん使う時、相手は男の子か〜」
と言って、何だか納得したような顔をしている。
 
「でもそれ、ちょっと見せてよ。可愛いナプキン入れ使ってる」
「まあいいけど」
 
「パンティライナー2枚にナプキン1枚。何に使うの?」
「え?普通の使い方だと思うけどなあ」
 
「冬子って生理あるんだ!?」
「さあ、どうかな」
 
と言って取り敢えず、はぐらかしておく。
 
「でも政子、花見さんと一応してもいい気になったんだ?」
と私は訊いてみる。政子は肌に触られるのも嫌がっていた筈である。
 
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すると政子はチッチッチと指を横に振り、避妊具の♂マークが付いている側の外装に小さな穴を空けちゃう。ん?と思って見ていると、練り唐辛子のチューブを出してその穴に差し込み、ぎゅっと押し出す。
 
「それって・・・・」
「啓介がどうしてもしたいと言ったら、これ付けてと言って渡す。で、装着したら・・・」
「花見さん、ちょっと可哀想!」
 
「冬子はそういう時の刺激、想像付く?」
「ううん」
「やはり冬子には付いてないんだな」
 
などと言っている内に私が乗る電車が来たので、政子にバイバイと手を振って私は電車に乗った。
 

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ハンバーガーショップで待っていると、すぐに和泉は来た。そして開口一番言った。
 
「あのね、冬さ、デビューする気無い?」
 
話を聞くと、和泉を含めて数人の女の子のユニットでメジャーデビューという企画が持ち上がっているらしい。既に3人までメンバーは決まっているが、私のことを畠山社長に話したら、私ならぜひ入れたいと言われたということであった。
 
私はとてもやりたかった。
 
しかし私は断った。
 
「ごめん。パスさせて」
「どうして!?」
 
「だって、ボク、絶対性別問題で和泉たちに迷惑を掛けるよ」
「ああ」
 
私はデビューすればきっとマスコミやファンなどが自分の身辺を調べるので、男の子であることがバレてしまい大騒動になると言った。すると和泉は、それなら最初から「実は男の子です」と公開してからデビューすればいいと言った。
 
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「でもそれやるとそのユニット自体が色物と思われてしまう。和泉が中心になるなら、絶対歌だけで純粋に売れるユニットになると思う。それなら女の子だけのユニットの方が絶対に愛してもらえるユニットになる」
 
と私は主張した。
 
「冬って自分のことより、プロデューサー的な見方するんだね」
「ああ、ボクって、そういう性格かも」
 

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和泉はそのやりとりで諦めたのだが、畠山さんは諦めなかった。
 
実は私はその時の畠山さんとのやりとりの記憶が無い。私は2008年の8月から12月まで超多忙な生活を送っていたので、それに先行するこのくらいの時期からの記憶が混乱したり矛盾したりしている。
 
後から聞いてみるとこの11月上旬、畠山さんは私の自宅まで来ようとしたらしい。ところが、車で私の自宅近くまで来た所で、ちょうど高校の(女子)制服を着て歩いている私を見つけ、声を掛け、私が横浜に行く所だというと、車で送って行くから時間が取れないかと言われ、30分くらいならというのでカフェか何かにでも入って少し話をしようということになったらしい。
 
横浜に(民謡の伴奏で)行ったのは手帳によれば11月4日(日)で、歌唱ユニット結成の企画を和泉が聞いたのは11月に入ってすぐだと言っているので、恐らく最初に和泉から誘いがあったのが11月2日(金)あたりだと思う。
 
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なお、この畠山さんと会った時、私が自宅近くの店はやめてと言ったので、結局少し車で走った所で見たファミレスにしたらしい。要するに私を知っている人と遭遇する可能性の低い所ということだったのだろう。
 
私は最初自分はまだ未熟だからとか言っていたらしいが、とても熱心に勧誘されたので、とうとう私は自分の性別をカムアウトし、隠してデビューしてバレたら大騒動になるし、最初から実は男と言ってデビューした場合、ユニット自体が色物と思われてしまう。和泉が歌うのならきっと実力で売れるユニットになるから純粋に女の子だけのユニットにした方が、イメージ戦略として良いはずと私は語ったという。
 
「そういう販売戦略とかの問題は置いといて、君自身としては、本当は歌手になりたい?」
 
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「なりたいです。少し前まではその時期は2年後くらいかなと思っていたのですが、今回リハーサル歌手をしていて、できるだけ早くデビューしたい気分になりました」
 
「じゃ、やろうよ。イメージ戦略の問題は解決策があるはずだよ」
「ごめんなさい」
 
30分というタイムリミットが近づく中、畠山さんは
「分かった。君のことは諦める」
と言った。その時、私がとても寂しそうな顔をしたという。
 
そこで畠山さんは再度訊いた。
「もし君が生まれながらの女の子だったら、この企画に参加した?」
 
そして私は答えた。
「もちろん。参加したいと言ったと思います」
 
その私の言葉を聞いた瞬間、畠山さんは、この歌唱ユニットは「4人」でやるということを決断し、ユニットの名前も、私が参加してくれた場合の名前の候補として考えた《KARION》(4つの鐘)というので行こうと決めたのだという。
 
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KARIONの結成日は、畠山さんと私が会談しただろう日の翌日。11月5日(月)である。
 

ところでこの時期、私は密かに自分の精子の冷凍保存をしていた。ずっと自分の性別のことで悩んでいて、やはり自分は女として生きていくんだという気持ちが固まってきていたが、それで小学5年生の時以来「控えめに」摂取していた女性ホルモンの量を増やそうと考え、そうなると生殖能力が消えてしまうので、その前に念のため精子を保存しておこうと考えたのである。
 
この作業には若葉が協力してくれて、若葉は私の「婚約者」と称して一緒に病院に行っていた。精子の採取は4回行ったが、その最後の採取を11月10日の土曜日午前中に行った。
 
病院を出てから何となく川沿いの道を散歩した。今日は年齢詐称して病院に行っているので、ふたりとも女子大生風?の私服である。
 
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「まあ4回も取っておけば大丈夫よね。半分にして解凍できる容器に入れられているから、8回挑戦できるし。子供8人できたりしてね」
と若葉は言う。
 
「子供8人か・・・・楽しいかも」
と私は思わず言った。
 
「2人くらいは産んであげていいけど、私ひとりじゃ8人も産めないから、何人かに分散して産ませてよね」
「えっと・・・・」
 
「あ、分かった。冬も2人くらい産むといいのよ」
「私ちょっと子供産む自信無いなあ」
 
と私が言うと、若葉は私の顔をのぞき込んで「ふーん」という感じの顔をした。
 
「じゃ、精子も保存しちゃったし、性転換しちゃう?」
「うっ・・・」
 
「その内、するつもりだよね?」
「もちろん」
「だったら、今からしてもいいよね」
「今から!?」
「性転換手術してくれる病院知ってるよ。今から連れてってあげようか?」
 
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「まだ心の準備が」
「ふふ。冬って、結構覚悟ができてないよね」
「うん」
 
「取り敢えず玉だけ取るのもいいんじゃない?」
「そうだなぁ」
 
「よし。おいで、おいで」
と言って若葉は私の手を取ると、通りがかったタクシーを停めた。
「JRの○○駅まで」
 
と駅の名前を告げる。
 
「電車で行こう。車だと渋滞に引っかかりやすいし」
「都心に出るの?」
「新宿のね。○○クリニックというところ」
 
「うっ・・・」
「ん? どうしたの?」
 
「実は掛かり付けの病院だったりして」
「へー!」
 
「若葉だから言っちゃうけど、実はそこでHRT(女性ホルモンの投与)してる」
「なぁんだ。そこでは診断書は?」
「もらってる」
 
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「だったら、診断書2枚あるんだ!」
「うん。まあ」
 
「掛かり付けの病院なら間違いないね。今日は、やっちゃおうよ」
「えー!?」
 
と言いつつも、私はこの時、去勢くらいしちゃってもいいかな、という気がした。
 

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