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■夏の日の想い出・心の時間(4)

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「へー。随分時間を掛けて作ったんだね」
「ええ。じゃ、部長はもう7月の時点で私とマリの歌をお聴きになってたんですか」
 
「そう。でも雨宮君がなかなか捕まらないし、どこかのプロダクションを動かしてこの子たちに接触させようか、なんて話をしている内に、8月に浦中君から、こういう素材があるのだけど、という話が来てCDを聴いてみたら、例の音源の子たちじゃん!ということになって。それなら○○プロに任せるか、というので人数を入れて具体的なプロジェクトが始動した」
「へー!」
 
「ただ『明るい水』はさ、メジャーデビューさせる曲としては使えんと思ったんだよ。『ふたりの愛ランド』は悪くなかったけどカバー曲でデビューというのは避けたい。むしろデモCDの曲を歌わせようかなどと加藤と話したけど、自作曲を歌わせるとシンガーソングライターとみなされる。シンガーソングライターというのはどうしても曲だけで評価されがち。でもこの子はむしろ歌手であって、ソングライターを兼ねているだけ。その微妙な線を活かすには最初は誰か他の人の曲を前面に出した方がいい。それで誰か有名作曲家に依頼して曲を提供してもらおうと言っていた時に、上島君から『ローズ+リリーのために曲を作ったので、よろしく』と電話があったから、よしそれで行こうと」
 
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「きゃー、やはり最後は上島フォンなのか」
「そうそう。それで、取り敢えずデビューイベントは、プールのイベントにねじ込んで。でもあのデビューイベントが予想を上回る成功だったからね。即、全国キャンペーンと全国ツアーの予定を組んで会場も押さえた」
 
「凄い。やはり★★レコードの内部って、物凄い速度で進行していたんですね」
「うん。常に先取りして動いて行く。その精神が無いと、この変化の多い世の中を生きて行くことはできないよ」
 
「そのお言葉、肝に銘じます」
 

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「君は自分たちはリリーフラワーズの代役として出てきたユニットにすぎないなんて思っていたかも知れないし、以前にも君は『私、代役の天才なんです』
などと言っていたけど、そういう訳で、君たちは決して代役としてこの世界に入ってきたんじゃない。君たちの実力を僕たちが評価して、メジャーデビューを計画した。だから、自信を持ちなさい」
 
と町添さんは言った。
 
「・・・部長、良かったら、その話をマリの前でもして頂けませんか?」
 
「・・・いいけど・・・マリちゃんと食事をするんなら、何かの食べ放題の所がいいよね?」
 
と町添さんは心配そうに言った。町添さんは10月にしゃぶしゃぶ屋さんでマリの凄まじい食欲を目撃していた。
 
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「はい、それでお願いします」
と私も笑顔で言った。
 

この私と町添さんの会談を起点に始まった、ローズ+リリーのアルバム制作プロジェクトは、この月の下旬には、私と政子の母にも同席してもらって会食をし、双方の親から制作の承認を得た。
 
一方、私と政子はゴールデンウィークに、政子に唆されてホテルに行き、セックスに等しいくらいに熱いひとときを過ごした。私との愛をしっかり確認できたことで、政子はまた精神的に安定し、自宅にカラオケシステムを入れて歌の練習を再開した。
 
そんな中、私たちはそのアルバム制作に関する打ち合わせで5月中旬に★★レコードまで出かけて行ったのだが、その時、偶然XANFUSと出会い、私たちは久しぶりにお互いハグし合って、友情を確認した。このXANFUSとの友情の儀式で、また政子は音楽活動への意欲を高めたのであった。
 
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XANFUSと会った週の金曜日。私は学校で政子に言った。
 
「町添さんからさ、ベストアルバムの製品予定編集版が出来たから、聴きに来てもらえないかって連絡があったんだけど一緒に聴きに行かない?」
 
「★★レコードに行くの?」
「ううん。夕食を兼ねて飲茶の店で食事しながら鑑賞しよって」
「飲茶? ね?それ食べ放題とかある?」
「ああ。その店、夕食時は基本が食べ放題なんだよ。2時間以内だけどね」
「よし、行く!」
 
そういう訳で、私たちは学校が終わると一緒に新宿に出て、飲茶の店に行った。私は校内で女子制服に着替えたので「あれ?それどうしたの?」と訊かれたが「あ、借り物」と答えておいた。それで女子制服同士で手を繋いで下校した。
 
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お店には町添さんと秋月さんが来ていた。個室に通される。秋月さんが持参のCDプレイヤーにベストアルバムの試作版をセットして4人でイヤホンで聴く。
 
「ここパネル式になってるから、好きなものを押して確定ボタンを押せばそれを持って来てくれるから」
と町添さんが説明する。
 
「はい、食べます!」
と言って政子は早速、春巻・水餃子・桃饅頭・海老焼売・中華ちまき・小籠包などと楽しそうに注文を入れていた。
 
ずっと私たちが歌う曲が流れていたが、ふと政子が
「私、こんなにうまかったっけ?」
などと言い出す。
 
「マリちゃんは、並みのアイドル歌手よりは上手いと思うよ」
と秋月さんが言う。
 
秋月さんは絶対にお世辞を言わない人なので、政子もその言葉には頷いている。
 
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「そうだなあ。ケイと比べちゃうと私下手だけど、貝瀬日南とかよりは上手い気がする」
 
私はつい先週も実は貝瀬日南のライブに招待されて行ってきたばかりだったので、心の中で吹き出してしまった。マリに自信付けさせるのに一緒に連れて行けば良かったかな?
 

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この試作版の内容については、私も特に異論や注文を入れるようなものは無かった。ライブ音源から取った曲も丁寧にノイズ除去がされている。下川先生の工房でその作業は引き受けて、サウンド技術者が一週間掛かりで除去したと言っていたが、さすがである。
 
その曲が流れる中、町添さんは先日私に話してくれた話、ローズ+リリーがデビューに至った経緯を再度語ってくれた。
 
「えー!? じゃ、あのケイとふたりで作ったデモ音源を聴いてくださっていたんですか」
 
「私、やっと思い出しました。あの音源、8月まで誰にも聴かせていなかった気がしていたんですが、津田(アキ)先生にだけは出来てすぐお聴かせしたんですよ。だから、そこから加藤課長に流れたんですね? 津田先生と加藤課長は旧知の仲だもん」
 
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「情報ソースについては明かせないよ」
と町添さんは笑っている。
「でもマリちゃん」
「はい」
 
「大事なことはね、僕たちはリリーフラワーズの事件が無くても最初から、君とケイちゃんをメジャーデビューさせるつもりで既に動いていたんだよ。だから、君たちは決して偶然の代役でこの世界に来たんじゃない。期待されてこの世界に迎えられたんだから、自信を持ってもらっていい。僕たちはマリちゃんの天才的な詩も、マリちゃんの歌もちゃんと評価していた」
 
「へー、そうだったのかあ・・・」
 
と政子はちょっと嬉しそうな顔をした。たくさん食べてお腹が膨れていることで、積極的な気持ちになっている効果も大きいだろうなと私は思った。
 
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「君たちのデモ音源を聴いた時、ケイちゃんとマリちゃんの歌が魂で呼び合っているような素敵なハーモニーを感じた」
 
「KARION的なハーモニーとは別次元のハーモニーですよね、それ」
と私は言う。
 
KARIONという単語に政子はピクッと反応する。この反応も本当に面白い。
 
「そうそう。KARIONのあの周波数がきれいな整数比になる物理的なハーモニーは彼女たちの素敵な財産だけど、ローズ+リリーのハーモニーというのは、心理的なハーモニーなんだ。まるでとても仲の良い恋人が愛を語り合っているようなロマンティックさがあるんだよ」
 
「私とケイは愛し合ってますから」
と政子は言う。
 
「うんうん、それでいいよ」
と町添さんも楽しそうに言う。
 
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政子はこの2時間で飲茶の皿を60皿ほど積み上げた。
 

飲茶の店を出た所で町添さんが
「ケイちゃん、マリちゃん、あと2時間くらい付き合ってもらってもいいよね?」
と言う。
 
「はい、問題ありません」
 
それで私たちはタクシーで中野に移動した。駅からそう遠くない所にある中規模なホールに行く。
 
「あれ?ここローズ+リリーでライブしたことのある所だ」
と政子。
 
「そうだね。活動停止前に最後のホールライブをした会場だよ」と私。
 
「何かのコンサートがあるんですか? でも看板が何も出てない」
 
「特別なシークレットライブがあるんだよ。それで招待した客しか来てないから、看板も出していない」
と町添さん。
 
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「へー」
などと政子は言っている。
 
私たちが会場に入っていくと、中には30人くらいの客が客席の前の方に集まって座っていた。
 
「あれ、まだお客さんあまり来てないのかな?」
などと政子は言ったが、私たちが入って来た気配に客が振り返り、パチパチパチパチと拍手をする。
 
「へ?」
 
よく見たら、何だか知っている顔ばかりである。
 

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詩津紅や紗恵など、政子の数少ない友人たちの顔がある。理桜・圭子・カオルに翠、静香さん。仁恵と琴絵。紀美香。私の友人の奈緒・若葉・有咲、絵里花、貞子・美枝、風花に聖子・美野里。それに政子の母と伯母、私の母と姉が来ている。
 
★★レコードから、先ほどの会食に来ていなかった加藤さん(実はこちらの準備をするため欠席した)、北川さん、吾妻さんなどがいる。
 
「何なの〜? このメンツは?」
 
「ボクとマリのお友だちたち」
と私は言った。
 
「ちょっと待って。これ誰のコンサートなの?」
「もちろん、ローズ+リリーのコンサートに決まってるじゃん」
「えー!?」
 
「内輪の人間だけだからさ。思いっきり歌わない?」
「そうだなあ。。。歌ってもいいかな」
と政子は少し嬉しそうな顔をして言う。
 
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「じゃ、衣装にお着替え」
「衣装があるんだ!」
 
私たちが楽屋で可愛いお揃いのミニスカ衣装に着替えて舞台袖に上がっていくと、仁恵がステージ上のエレクトーンの前にスタンバイしている。
 
私はマリを促してステージ中央に出て行った。
 
「こんにちは、マリ&ケイです」
と私は挨拶した。政子がまだ「ローズ+リリー」という名前で歌うことに自信を持っていないようなので、こういう名乗り方をした。
 
「それではつたない私たちの歌ですが、聴いてください」
とマイクに向かって言う。
 

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客は30人ほどしか入っていないものの、ちゃんとPAも入っているし(山鹿さんがやってくれた。有咲も助手に入っている)、照明もスタンバイしている。照明の装置は吾妻さんと加藤課長が操作する。
 
私が仁恵に合図を送り、最初の曲の伴奏が始まる。
『甘い蜜』である。80万枚ほどの大ヒットになったシングルのタイトル曲だ。
 
客席は30人ほどしかいないものの、そのみんなが手拍子を打ってくれる。私たちは昂揚した気分の中で曲を歌い終えた。
 
私が短いMCをする。理桜と圭子が手を振ると、マリは手を振り返す余裕を見せた。ステージでこの歌を歌ったのは実は初めてであったが、自宅のカラオケではかなり歌い込んでいたようで、よく歌詞を間違えて歌うマリがこの日この曲に関してはノーミスで歌った。
 
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続けて『涙の影』『せつなくて』『遙かな夢』『あの街角で』とマリ&ケイの作品を演奏する。更にはデモ音源で作っていた作品『雪の恋人たち』『坂道』
と演奏して、最後にまた上島先生の作品『その時』を演奏した。
 
政子は昂揚した顔をしていた。物凄く気持ち良さそうだ。
 
「ご静聴ありがとうございました。ローズ+リリーは半年前このホールでライブをやった後、活動停止に陥りましたが、今日同じこのホールでライブしたことでこれからもまた歌をつないで行きたいと思います。今日は私たちのプライベートなライブにお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました」
 
拍手をもらう。お辞儀して下がろうとしたら、拍手がアンコールを求める拍手に変わる。私は政子と顔を見合わせる。
 
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「マリ、『花園の君』って覚えてる?」
「あ、うん。たぶん分かると思う」
 
「仁恵、エレクトーン貸して」
「うん」
 
私がエレクトーンの所に座ったので、政子も私のそばに来て、私の左側に立つ。このポジションが政子にとっては心地良いようである。仁恵はステージを降りて客席に座って笑顔でこちらを見ている。
 
フィルインとともに前奏をスタートさせる。冒頭のヴァイオリンソロを今日はキーボードで演奏する。特徴的なヴァンプを入れたところでマリに視線で合図を送り、歌い始める。
 
華やかなトランペットの音色、軽やかなフルートの音色などが響く中、左手で弦楽器の音を、本当にヴァイオリンやチェロで演奏しているかのように弾く。雨宮先生の物凄く凝ったアレンジをエレクトーンで再現していく(音源制作の時はひとつずつ録った)。政子も多少歌詞が怪しい雰囲気だったが、ひとつの流れができると、連鎖記憶的に次の歌詞が頭の中に流れ出てくるようで、割としっかり歌っている。
 
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間奏ではギターとヴァイオリンが交互にソロを弾く。音源制作ではヴァイオリンではなく実は胡弓を使ったところである。
 
2番、3番と歌い、最後は長い音符をフェイドアウトさせて演奏を終える。
 
物凄い拍手が来た。30人しかいないのに100人くらいから拍手をもらっている感覚があった。
 
「ありがとうございました。いづれローズ+リリーが完全復活した時はこの曲を先頭に置いたアルバムを発表したいと思います。アンコールまでして頂き、ありがとうございました」
 
こうして、ローズ+リリーは人知れず活動を再開した。
 
 
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夏の日の想い出・心の時間(4)

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