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■夏の日の想い出・風の歌(2)

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「でも、市民プールに来れるんだったら、学校のプールでこれ着てもいいのに。ってか、いっそ練習自体、セーラー服着て参加してもいいのに」
 
「そうそう。授業じゃないんだから、セーラー服着ちゃいなよって唆してるんだけどね。本人恥ずかしいって言って」
 
「さっきのセーラー服姿も、この水着姿も全然恥ずかしがってるように見えないんだけど」
「ね?」
 
この後、吹奏楽部の練習後の市民プール通いにはしばしば金本君も付いてきた。彼は遠泳用コースで泳いでいたが、時々ウォーキングコースに来て歩きながら会話にも参加していた。
 
「しかしふたりが女の子水着を着てると、俺だけ男子水着で疎外感を感じるな」
「カズちゃんも女の子水着にする?」
「いい! 俺にはどう考えても、そんな水着は着られない!」
「普通の男の子はそうだよね〜!」
「俺が女子更衣室に入っていったら即痴漢で捕まりそうだし」
「冬ちゃんは男子更衣室に入ろうとして追い出されたことあるらしいよ」
「そうだろうな!」
 
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8月28日は名古屋で風帆伯母の教室で民謡のお稽古だったが、その後、待ち合わせて名古屋市内で、リナ・美佳・麻央と会った。
 
「おぉ! 冬がセーラー服を着てる。髪型も女の子っぽい」
「麻央、ほんとに丸刈りなんだ!」
 
と私たちは言い合った。
 
「でも久しぶりだね」
「うんうん」
「でも毎月名古屋まで出てきてるんなら、時々会おうよ」
「うん、会おう、会おう」
 

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「でも、冬、今日はセーラー服だからいいけど、ふだん男子制服を着てたら、問題が起きたりしない?」
「最初の頃、生徒指導の先生に『なぜ君は学生服なんか着てるの?』と注意された」
 
「ああ、ボクも生徒指導の先生に『なぜ君はセーラー服なんか着てるの?』と注意された」
と麻央が言う。
 
「麻央は警官に職務質問されたこともあるらしいよ」
「ああ」
 
「こないだ市民プール行ったらさ、女子更衣室で悲鳴あげられて、痴漢として突き出されそうになったよ」
「麻央って、以前にもそんなことなかったっけ?」
「うん。女湯の脱衣場で捕まったことある。小学生の時ね」
 
「冬はお風呂は男湯・女湯、どちらに入るの?」
「えー、それは男湯だけど」
「ほんとかなあ」
 
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「冬だったら、男湯に入ろうとしたら摘まみ出されそうな気がする」
「うんうん、むしろ女湯にはふつうに入れそう」
「まさか」
 
「だいたいセーラー服で男湯に入って行こうとした時点で、あんたこっち違うと言われると思うよ」
と美佳。
「それはボクがジーパン穿いて女湯に入ろうとした時に言われることだな」
と麻央。
 
「でも麻央はウィッグとか付けたりしないの?」
「めんどくさーい」
 
「それにウィッグの方がよけい性別疑われたりして」
「ああ、ありそう!」
 

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「冬、その持ってる楽器はギターともうひとつは何?」
 
「あ、こちらは胡弓だよ」
と言って私はそれを取り出し、『G線上のアリア』を弾いてみせる。
 
「おお、ヴァイオリンの曲が胡弓で弾けるのか」
「どちらも似たような楽器だよね?」
「擦弦(さつげん)楽器っていうんだっけ」
 
「うん。ヴァイオリンや胡弓は弦をこするから擦弦(さつげん)楽器。弦をはじく三味線やギターは撥弦(はつげん)楽器。古い時代の外国文学の翻訳作品にはヴァイオリンのことを胡弓と訳したものもあるね」
 
「あれ?ヴァイオリンの日本語訳って何だろ?」
「提琴(ていきん)だと思う」
「ああ」
「じゃチェロは?」
「大提琴」
「なるほど、でっかいヴァイオリンか!」
 
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「女子十二楽坊が使ってるのもこれ?」
「あれは二胡(にこ)と言って、糸が2本なんだよ。中国語で発音すればアルフーだけどね。日本の胡弓は糸が3本」
「へー」
「構造もかなり違うね。胡弓の胴は三味線のように薄いけど、二胡の胴は鼓のように厚い。胡弓は四角形だけど、二胡は六角形か八角形。張ってある皮も、二胡はニシキヘビだよ。ニシキヘビは国際保護動物だから、二胡を中国から日本国内に持ち込もうとすると、けっこう大変なんだよね。税関で没収される人続出。向こうの法律コロコロ変わるし」
 
「へー」
「胡弓の皮は?」
「表が猫、裏が犬」
「あ、両面張ってあるのか」
「そそ。二胡は表だけだよね。そして胡弓は胴体を回転させながら演奏する」
と言って『越中おわら節』の胡弓を弾いてみせる。
 
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「なんか面白い!」
「弓の角度を変えるんじゃなくて本体を回転させるのがヴァイオリンとの違いだよね」
 
「あ、沖縄の三線(さんしん)もヘビの皮だっけ?」
「そうそう。三線もニシキヘビの皮を使う。日本の三味線も初期の頃はヘビの皮を使ったらしいけど、本土ではニシキヘビの皮は入手困難だから猫の皮になったらしいね。津軽三味線は犬の皮だけど」
「なるほどー」
 
「猫の皮って、そこら辺の野良猫とか捕まえて使うの?」
「1950年代くらいまでは、猫取りさんっていたらしいけど、今は日本国内に猫取りさんは存在しないよ。後継者がいなかったんだよね。日本の三味線や胡弓に使われているのはだいたい中国産で、食用猫の肉を取った後の皮らしい」
 
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「食用猫?」
「猫も食べるのか」
「まあ、四つ足の物は、机以外食べるというし」
「すごい」
 

「そちらのギターでも何か弾いてみてよ」
「うん」
と言って、私がギターケースから三味線を取り出すので、みんなびっくりする。
 
「三味線だったのか!?」
「これ、ギブソン製の三味線?」
「まさか。ギブソンは三味線は作ってないと思うな」
 
と言って、私はその三味線をバチではなくギターピックで弾いてベンチャーズの『ダイヤモンド・ヘッド』を演奏する。
 
「おぉー」
「でもこれハワイじゃなくて、九十九里浜か天橋立を振袖着たお姉さんが走って行く雰囲気だよ」
 
「うふふ」
 
「ギターは弾かないの?」
「弾いたことない」
「あ、じゃ次会う時にボク、自分のギター持ってくるからさ、少し教えてあげるよ」
と麻央が言う。
 
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「三味線でこれだけ弾けるんなら、ギターも行けるよね」
「全然違うよー、たぶん」
 

私が9月3日に八尾の風の盆を見に行くと行ったら
 
「八尾って大阪だっけ?」
などと言われる。
「私が行くのは富山県の八尾(やつお)、大阪のは八尾(やお)だよ」
 
「冬も何か演奏するの?」
「しないしない。見学だけ。民謡の演奏はやはり地元の人のを生で見ないとね」
「服装は?」
「浴衣かな」
 
「それって、男物?女物?」
「あ、えっと・・・・」
「言いよどむ所を見ると女物だな」
「うん、まあ」
 
「よし、冬の浴衣姿を見に私たちも行こう」
「えー?」
「でも平日だよね」
「金曜日だけど、夜なんだよ」
 
「富山に何時に着くの?」
「東京を20時に出て、富山に着くのは23時半かな」
「どれどれ」
と言ってリナが携帯で時刻を確認している。
「こちらも名古屋を20時に出ると、富山に23時半に着く。米原経由」
 
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「富山から東京と名古屋って同じ距離なのか」
「よし、私たちも浴衣を持って出かけよう」
「持って行って着替える所ある?」
「それはやはり野外プレイで」
「きゃあ」
 
「嘘嘘。叔母さん、エスティマを持って行くと言ってたから、車内で浴衣くらいなら着付け可能だよ」
「それか《しらさぎ》のトイレで、降りる前くらいに着替えるかだよね」
「ひとりで浴衣着れる人は、そっちが楽だと思う」
 
私はすぐ風帆伯母に電話して、名古屋の友人が3人行くと言っていることを伝えた。するとエスティマは名古屋から行くお弟子さんたちで一杯だが、富山駅からピストン輸送してあげるということであった。
 

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風帆伯母は、結局、私サイズの浴衣をあらかじめ私の家に送ってくれた。姉が受け取ってくれていたのだが、
「可愛い柄だね〜。あんたこれ着るの?」
などと言われる。
 
「うん、まあ」
「ちょっと着てみてよ」
などと言われるので姉の部屋で着てみせると
「おお、可愛い!」
などと言われて写真を撮られた。
 
それで9月3日の夕方、学校も終わり、部活は休んですぐに帰宅し、早めの夕食を終えてから、その浴衣や姉から借りたカメラなどを持ち富山に出かけようとしていたら突然奈緒がやってきた。
 
「冬〜、忘れ物があったから、持って来たよ〜」
と言って持って来てくれたのはICレコーダである。
 
「わあ、ありがとう。今ちょうどそれ探してた」
「あれ? 今からどこか出かけるの?」
「うん、富山まで」
「へー、随分遅い時間出るね。夜行で移動して朝から何か?」
「ううん。0時頃から『風の盆』を見る」
「夜中にやるの〜?」
「そそ」
「頑張るなぁ。ひとり?」
「現地で名古屋の伯母さんと、愛知の時の友だち3人と落ち合う」
「何〜? 愛知の時の友だち? それ女の子だよね」
「当然。ボクに男の子の友だちがいるわけない」
「よし。私も行かなきゃ」
「へ?」
 
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私や愛知の友人たちが浴衣を着る予定だというと奈緒も浴衣を持って行くというので、結局父が私たちを車に乗せて奈緒の家まで行き、奈緒が旅行用具と浴衣を持ち、そのまま私たちふたりを大宮駅まで送ってくれた。
 

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そういう訳で、父の手前、私は大宮駅まで男装のまま来てしまった。
 
「まだ少し時間があるね。着替えてくる」と私が言う。
「浴衣に?」
「それは現地で着替える」
 
それで私が着替えて来たところで奈緒が訊く。
「何か変わったっけ?」
「うん。ワイシャツと学生ズボンから、ブラウスとブラックジーンズに。それから下着の線を隠すのに着ていた濃紺のTシャツを脱いで代わりにキャミを着た」
「解説されてもよく分からん」
「そう?」
 
「だいたい冬って、着替えるのに今女子トイレに入って行ったね」
「えっとね。男から女にチェンジする時は女子トイレを使って、女から男にチェンジする時は男子トイレを使うのが、問題起きにくい」
 
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「いや、それはたぶん冬だけだと思う」
「そうかなあ」
「普通は男が女子トイレに入った時点で悲鳴をあげられる」
「うーん。悲鳴をあげられたことはないな」
「まあ、冬はそうだろうね」
 
みどりの窓口で、富山までのチケットを買い、私と並びの席にしてもらった。
 
「並びの席にするのに、男女だと関係を訊かれるかもと思って先に服を替えたんだよね」
「いや、元の服装でも充分女の子に見えてたと思う」
「えー? でもワイシャツだよ」
「私がワイシャツ着たら男の子に見える?」
「・・・・女の子にしか見えないかも」
「それと同じだよ」
「むむむ」
 

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今夜徹夜することになるから、取り敢えず越後湯沢まで寝ておこうと言って、座席で持参の毛布を身体に掛けて寝てしまう。越後湯沢の少し前で目を覚まし、《はくたか》に乗り換える。しばらくおしゃべりした後、糸魚川を過ぎた所で一緒に車内の多目的トイレに入り、お互いに協力し合って浴衣を着た。
 
23時半に富山駅に到着する。少ししてから《しらさぎ》が到着し、リナたちが降りてくる。3人とももう浴衣に着替えている。
 
「こちら、東京の友人の奈緒、こちら愛知の友人のリナ、美佳、麻央」
「はじめましてー」
と言ってお互いに握手している。
 
「冬の浴衣姿可愛い〜」と美佳。
「麻央ちゃん、その頭インパクトが凄い」と奈緒。
「えへへ」
「でもさぁ、麻央、今日はその頭では余計な混乱招くから、これ付けない?」
 
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と言って、私は用意してきたウィッグを取り出す。
 
「おお、かぶせよう、かぶせよう」
とリナが言い、
「えー?要らないよ」
と言っている麻央を少し押さえつけるようにして、かぶせた。
 
「でないと、女子トイレで悲鳴が炸裂して、それでなくてもお祭りの警備で忙しい警察の人に迷惑掛けるからさ」
「確かに、確かに」
「いや、実は名古屋駅でも悲鳴を挙げられた」
「やっぱり」
 
「冬は女子トイレで悲鳴あげられたことある?」
「男子トイレでなら何度も」
「なるほどー」
 

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