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■夏の日の想い出・辞める時(8)

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私はコーヒーを入れ、ゆまは勝手に棚からFour Rosesを出して来て冷蔵庫から氷も出してロックで飲んでいる。
 
「私は今日彼らと話していて、信子ちゃんの性別問題は大したことないという確信を持ったよ」
と青嶋さんは言う。
 
「でしょ? 彼女、いわゆるオカマには見えないから、一般の音楽ファンにもあまり抵抗は無いと思うんですよ」
 
「普通の女の子に見えるしね。で、結局あの子、性転換手術を受けて、まだ性別を変更してない状態なのかな?」
 
「手術はしてないと言ってたけど、女の子の身体になっているのは事実のようです。でも20歳になるまでは性別変更できないんですよ」
と私は言う。
 
「あ、そうか。でもそれは変更予定ということで押し切るよ」
と青嶋さん。
 
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「そちらの事務所の、チェリーツインなんかも性別の微妙なメンバーいるけど、問題になってませんでしょ?」
「まあ、チェリーツインの場合は、そもそも性別に問題があることを公表してないし、あまり個人情報に興味を持たれるようなユニットじゃないしね」
 
「チェリーツインってなんか複雑な人がいたっけ?」
とゆまが訊く。
 
「キーボードの桃川さんはMTFだけど、まだ完全に性転換手術を終えてない。工事中らしい」
「へー。そんな風には見えないけど。あの人は普通の女に見える」
 
「ある意味、信子ちゃんと近いタイプかも」
「あ、そうかも!」
 
「事実上のボーカル、公式見解では大道具兼コーラスの少女YはFTX」
「ああ、あの子はちょっとレズっぽい雰囲気があるね」
「あの子も結構男装して出歩いているよ」
 
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「あと紅さやかさんは実は手術して女の子になっていて、紅ゆたかさんと実質夫婦ではないかという噂があるよね」
と政子が言うか
 
「そんな噂はありません」
と私は言っておいた。
 

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桃川はその夜、ある人に電話を掛けていた。
 
「そろそろお店終わった頃かと思ったから」
「うん。さっき片付け終わって今一息ついていた所」
 
「あのね、あのね。私、女になろうかと思って」
「手術するの?」
「うん。睾丸を取ってから20年、おちんちん取ってからも6年。何か今更な気もするけどね」
「僕がきちんとしてたら、もっと早く手術してたよね?」
「まあ私たちもたいがい迷走してるね。でも手術終えたら、私たち通常のセックスができるようになるよ」
「それ、僕のが使えたらね」
「あれ柔らかいままでも、無理矢理押し込めないの?」
「昔、試してみたことはあるけど無理だった。入らない」
「タンポンのアプリケーターみたいな硬いケースに入れて押し込んだら?」
「それでは気持ち良くない」
 
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「男の人って不便ね。いっそ男は辞めて女になるとか」
「それは嫌だ」
「ふーん。女装は好きなのに、女にはなりたくないんだ?」
「別に女装も好きじゃない!」
 
「まあいいけど。でもそれって自分で触っていじっても気持ち良くならないんでしょ?だったら無くたっていいじゃん。私レスビアンでもいいよ。というか実質レスビアンと大差無いことしてるし、私たち」
 
「機能は喪失してても無くなるのは困る」
などと彼は言っている。そのあたりの“男性”の気持ちが桃川にはよく分からない。あれって、そんなに大事なものなのかね〜?
 
「でもさ」
と彼は言った。
 
「美智が女の子になる手術受けたら法的な性別を女に変更できるよね?」
「もちろんそのために手術受けるんだよ」
 
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「だったらさ、僕たち法的には男と女になるからさ」
「うん?」
「あのさ、だから」
「何よ?」
 
彼が言いたいことは分かるが、絶対こっちからは言ってやるものかと桃川は思った。本当は12年前に聞きたかった言葉だ。
 
「僕たち結婚しない?」
と、やっと彼は言った。桃川は微笑む。
 
「ダイヤのエンゲージリングくれるなら結婚してあげるよ」
「やった! 指輪は今度会った時一緒に選ぼうよ」
「いいよ。もっとも結婚しても別居生活だけどね」
 
「まあそれはお互い今居る場所を移動できないし、仕方ないね」
と彼は悟りきったかのように言った。
 

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千里と暢子は最初深夜営業の居酒屋で食事をしながら、お酒を飲みながら話していたものの、内容があまり周囲に人が居る場所で聞くものではないと思った。それで、コンビニで食料とビールを買い込み、ホテルのツインの部屋を取ってその中で話を聞くことにした。
 
「暢子の彼氏が**君だなんて全然知らなかった」
「誰にも言ったことないし」
「でも結婚くらいしてあげればよかったのに。バスケは結婚した後で、なしくずし的に練習時間を増やしていけばいいんだよ」
 
「私は結婚しても毎日2時間はバスケができなかったら嫌だと、高校時代から言っていた。でも今更、ああいう条件を持ち出してきたことで私はもう覚めてしまった。だから、もう心残りは無いよ」
 
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と暢子は泣きながら言う。
 
結局ふたりは徹夜で飲み明かすことになる。
 
「千里も辛い恋をしてるな。細川君との仲がそうなっていたとは思いもよらなかった」
 
「大学の友人に言われたんだよ。たとえ向こうが法的に別の女性と婚姻したとしても、向こうより先に結婚式も挙げて、今でも定期的に会って性的な関係を持っているのであれば、私の方こそ正当な妻だって。だからそう思うことにした」
 
千里も暢子の前ではたくさん泣いた。泣いたことで千里自身、凄く気持ちが楽になった気がした。千里はここ1年数ヶ月、ずっと心が宙ぶらりんになっていた。
 
「でも、面白いメンツでチーム作ったんだな」
「うん。みんな強いから楽しいよ」
「よし。私もそのチームに入れてくれ」
 
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「入るのはいいけど、うちお給料とか出ないから、生活費は別途何かで稼ぐ必要があるよ」
 
「そのくらい何とかするよ」
「だったら、暢子にはマジック・ジョンソンの32番の背番号を進呈しよう」
「おお!それはすばらしい!」
 
「あ、ところで私が仕事先と住まいを確保するまでの間、千里のアパートに泊めてくんない?」
 
「私も友だちと同居してるけど、それで構わなければ」
「うん。OKOK。ついでに最初のお給料が出るまでの生活費を貸してくんない?」
「じゃ出世払いで」
 

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暢子はそれで年明けに札幌市内のアパートを引き払い、その荷物を取り敢えず千葉市内の千里のアパートに送って、自分も出てきた。
 
桃香が、大量の家財道具が積み上げられているのを呆気にとられて見ながら
 
「えっと・・・どなた?」
と尋ねたのに対して千里は
 
「高校時代の友だちなんだよ。恋愛関係とかはないから心配しないで。アパートが見つかるまで泊めてあげることにしたから」
と答えた。
 
「あ、よろしくお願いします。若生暢子です。性別自己認識は女性、肉体的な性別は女性、戸籍上も女性で、恋愛対象は男性ですから、夜中に襲ったりすることはないと思いますので、よろしくお願いします」
と暢子。
 
「うーん。。。私がいつもガールフレンド連れ込んでいるから、文句が言えん」
と桃香は言った。
 
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「あれ、雪子じゃん」
と暢子は、夕食を取ろうと入ったファミレスで、通りがかりのテーブルの所に高校時代のチームメイト森田雪子が居るのに気付いて声を掛けた。
 
「あ、暢子先輩!」
「あんた、結局今どこにいるんだっけ?」
「千葉市内のローキューツという所に入っていたんですけど、この秋に辞めたんですよ」
 
「ああ。千里が昔居たチームで、薫がキャプテンやってるところか」
「はい。私は千里先輩とは入れ替わりになっちゃって」
 
「でもなんで辞めたの?来季からは大学卒業してWリーグに入るの?」
「Wリーグなんて雲の上の存在ですよぉ」
「そんなことはない。雪子なら、欲しいというプロチームや実業団チームはたくさんあるぞ」
 
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と言ってから暢子は訊いた。
 
「もしかして薫と対立した?」
 
「いえ。対立まではしてないのですが・・・」
 
と雪子が言ったので暢子はだいたいの事情を察した。
 
「暢子先輩は東京旅行ですか?」
と雪子が尋ねる。
 
「こちらに引っ越して来た」
「わあ。お仕事とかは?」
「今探してる」
「え〜〜!?」
 
「でも雪子、それならバスケの練習はどうしてるの?」
「今は毎日ランニングしたり、ひとりでドリブルの練習したりで」
「練習相手は居ないの?」
「はい」
 
「雪子のレベルだと、その辺の趣味のチームとかでは、練習相手にならんしなあ」
と言ってから暢子は言った。
 
「じゃ、うちのチームに入らない?今ならピート・マラビッチの背番号7がまだ空いてるぞ」
 
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「わぁ!ピート・マラビッチは私にとって神様です!」
と雪子は笑顔で言った。
 

「お兄ちゃん、お正月は帰ってくるの?」
と鹿島智花は母に尋ねた。
 
「バイトが31日のお昼くらいまであるんだって。だから、こちらに着くのは夕方くらいになるって」
と母は言った。
 
「夏休みはバイトで忙しいとか言って1度も帰ってこなかったもんね」
「なんかあの子、大事な話があるんだって。それでとにかく戻るって。バイトがあるから1日のお昼にはこちらを出ないといけないらしい」
 
「なんだ。慌ただしいな」
と父が言う。
 
「でも大事な話って何だろう?」
と智花が言う。
 
「あの子、もしかしてガールフレンドとか出来たとか」
「それなら凄いな」
 
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「ふーん。お兄ちゃん、女の子の友だちならたくさんいたしね」
「それで私も心配してたんだけどね。あの子、女の子の友だちは作ってもガールフレンドは作ったこと1度もなかったから」
と母は言った。
 

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12月31日19時頃。
 
「ただいま」
という声が玄関の外であったので、近くに居た智花がドアを開ける。
 
「あ、智花、ただいまあ。お母ちゃん、お父ちゃんもただいま。これ東京ばなな。あとこちらは智花とお母ちゃんに松阪屋で買ったマフラー、こちらはお父ちゃんに東京の地酒・澤乃井」
と言って、取り敢えずお土産のお菓子を智花に渡す。
 
「誰?」
と智花が言う。
 
「あのぉ、もしかして信一のガールフレンドさんか何か?」
と母が、玄関の所に立っている18-19歳くらいの女性に向かって言う。可愛い赤紫のフリースに、白いロングスカートを穿いている。髪にはカチューシャも付けている。そしてナチュラルメイクである。
 
「ぼく、信一だよ」
「へ?」
 
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「ぼく、女の子になっちゃった」
 
「え〜〜〜〜!??」
と母も父も智花も大きな声で叫んで絶句した。
 
「どうしたの?みんな驚いた顔して。ぼく、ちょっと性別変わっただけなのに」
と笑顔で信子は言った。
 
 
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