広告:ここはグリーン・ウッド (第3巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・若葉の頃(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-06-13
 
私たちはその後であらためて北川さんのお見舞いに行ったのだが、滝口さんに胃癌が見つかったというのに驚いていた。
 
「これって制作部のスタッフ全員強制的に健診を受けさせるべきかも」
と真っ暗な病室の中で北川さんは言う。
 
「そういう話になるかもですね。サボってる人多いでしょ?」
 
「うん。私もだいぶサボってたし、南君は今年も何とか逃げようとしてこないだから森元課長に何度も叱られてるよ」
「ああ。あの人は1週間くらい休ませた方がいいです」
 
「八雲君はセクシャリティの問題で受診したくないみたいだし」
「うーん。今更だと思いますけど」
「ね? もういいかげん女性社員になっちゃいなよと唆すんだけどね」
 
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などと私と北川さんが話していると、八雲さんの性別問題を知らない政子が訊く。
 
「こないだから、何人かに八雲さんのこと訊くんだけど、誰も教えてくれない。八雲さんって男なの?女なの?」
 
「それが本人にも分からないみたいで」
と私が答えると
 
「え〜〜〜!?」
と言っていた。
 

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北川さんは早々にPDT(光線力学療法)のレーザー照射が終わって光過敏な状態からの回復をひたすら待っている状態なので、暇をもてあましていたようで、私たちと3時間ほど話していた。
 
そろそろマリにご飯食べさせないといけないから失礼しますね、と言って18時頃病室を出る。それでエレベータで1階まで降りたら、そこに村上専務がいるのでびっくりする。
 
「ちょっと話せる?」
「はい」
 

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それで私たちは村上専務のおごりで、都内の料亭に行くことになった。
 
ここは今まで来たことのないお店である。どうも社内でも松前・町添系と村上系では、こういうのに使うお店まで区分けされていたようだ。
 
取り敢えずマリは美味しいご飯が食べられてニコニコである。
 
「君たちが北川君のお見舞いをしていた間に、滝口君の検査をずっとやってて。彼女が取り敢えず当面仕事はさせられない感じで、組織もいったん見直す必要が出来てきたんだけど、実は製品開発室の中に、滝口君に代われそうな人材が居なくて困ってしまって」
 
滝口さんは自分の意見に反対されるのがあまり好きではない。それで正直彼女から「相談」を持ちかけられても悩んでしまったのだが、そういう性格だからどうしてもYESマンが周囲には多くなるだろう。KARIONの現在の担当の土居さんなどは、滝口派の中でも正面切って意見が言えるレアな存在である。
 
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と思っていたら、村上さんからその土居さんの名前があがる。
 
「実は土居君をこちらに一時的にでも借りられないかと町添君に打診してみたのだけど、今彼女にKARIONから外れられるのは困ると言われて」
 
「KARIONはバックバンドのリーダーが脱退して少なからぬ動揺が起きていたので、担当者まで交代されると本当に困ります」
 
「みたいだね。辞めたバンドリーダーの相田君だったっけ? 彼がこれまでKARIONの楽曲を全て書いてきた水沢歌月の正体なんでしょ?なんでも性転換手術を受けるために辞めたんだって?」
 
私はどこをどう間違えばそういう話になるんだ?と悩んだ。マリは笑いをこらえるのに必死なようである。さすがにマリもここで笑ってはいけないと感じたようだ。
 
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しかしこれだと、村上専務はもしかしたらケイ=蘭子を知らない人のひとりかも、という気がした。
 

「それで町添君も病院まで来てくれてね。さっきまで病院近くのレストランでふたりきりで腹を割って話し合ってたんだよ」
と村上専務が言う。
 
私は驚いた。わずか3時間の間にそれだけのことが起きていたとは。町添さんも本当にフットワークがいい。しかし今の時期に村上さんと町添さんが腹を割って話す機会ができたのは、もしかしたら良いことかもと私は思った。
 
「それで、今回のオーディションは制作部の方に引き取ってもらうことにした。これまで多数の新人をブレイクさせている、八雲礼江さんって女性担当さんがいるらしいね。なんでも作詞家の八雲春朗さんの双子の妹なんだって?」
 
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マリの目がキラキラ輝いている。ワクワクテカテカという表情だ。私は村上専務って、情報を正しくキャッチできない性格なのではという気がしてきた。
 
「八雲さんは優秀ですよ。丸山アイも彼女のおかげでブレイクしましたし、ステラジオも丸口美虹も八雲さんが売り出したんですよ」
と私は言う。
 
「おお、それは凄い」
 
「ただ八雲君も来月くらいまでは抱えているアーティストの制作とかで時間が取れないらしくて。だから今回のオーディションには関われないということらしいんだよね」
 
「なるほど」
「だから八雲君には夏に始める第2弾のオーディションから担当してもらうことにした。しかし、今回のオーディションの合格者を来週には発表しなければならない」
 
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私はやっと村上さんが私たちをここに誘った理由が分かった。
 
そういうことか!
 
「もしかしてその合格者を私に選んでくれとか?」
「実はそうなんだよ。優秀な子が3人いるということで、一応彼女からMP3は預かっているのだけど」
 
「でも滝口さんは数人のアーティストに聞いてみるとかおっしゃってましたが」
「ケイ君以外に聞くつもりは無かったと思う。何人かに聞くと言ったのは方便だと思うよ。彼女が人脈を持っているアーティストの中でケイちゃんに並ぶほどの人は居ない」
 
確かに滝口さんが売り出した歌手はほとんどがアイドル歌手で大半がもう引退しているか、タレントなどに転向して歌は歌っていない。
 
「彼女たちのビデオありますか?」
「すぐ持って来させる!」
 
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それで村上さんは滝口さんの部下の人に電話して、ビデオを持って来させることにした。
 
それまでの間、私たちは別口の話をする。
 

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「まあそれでここだけの話だけど、取り敢えず製品開発室はいったん解散させることにした」
 
「あら」
 
「それがオーディションを制作部で引き受ける条件だと町添君が頑張ってね。まあ僕も滝口君という存在があっての製品開発室だったんで、彼女が休んでいるのでは、どうにもならない。ここはいったん撤退することにした。正式には6月末で解散する」
 
「なるほどですね。現在居るスタッフはどうするんですか?」
 
「この4月に他の部署から異動してきた12人は原則として元の部署に戻す。新人として採用した8人は制作部の方で引き受けてもらう」
 
その8人の新人というのは助かると私は思った。今北川さんのダウンで制作部もかなり人手が足りない。単純なお使いとか文書作成とかでもしてくれる人がいると南さんや氷川さんたちが助かるはずだ。
 
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「残りの10人については、半分は大阪支店の矢掛君の所に異動させる」
「ああ」
 
矢掛さんは先日の騒動で辞任した元MMレコード・オーナーの孫である無藤鴻勝営業部長の後任として大阪支店に転任した。彼も自分の手駒がいると助かるだろう。
 
「残りの5人は僕直属の戦略的音楽開発室を復活させてそこに置くよ」
「まあ解雇されなければいいでしょう」
 
「解雇しなくても、うちはブラック企業だから、自然と辞めていくけどね」
「まあ確かにこの業界はどこもブラックですね〜」
 

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村上専務とは、最近の集団アイドルの話などを随分した。村上さんはCDのおまけで売り上げを伸ばす手法に興味を持っているようであったが、私はそういう手法は好きではないとハッキリ言った。
 
「私も方便でこういう言い方をしますけど、ファンは金の卵を産む鶏ですよ。ファンを消耗させてはいけないんです。彼らの心が豊かになるような製品を作っていくべきだと私は思いますけどね」
 
「うん。実は佐田も似たようなことを言っていた」
と村上さんは答えて、頷いている。
 
佐田さんは現在常務でMMレコード系の村上さんと並ぶ中心人物である。実際両者は★★レコードの創業者グループと対抗する時はまとまるものの、内面的には村上系と佐田系はあまり仲が良くないという噂もあるようだ。例の大騒動になった問題の宴会は、両者が団結しようということで催した宴会だったようであるが、ハメを外しすぎて写真が流出したことから、様々な怨恨を産むことになり、結果的に両者の溝は深まってしまったようである(音羽の話では)。
 
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「まあそれで実は今回のオーディションに関する指揮は、八雲君に引き継ぐまで佐田が直接担当することにした」
 
「佐田さんもお忙しいでしょうに!」
 
「なにせテレビ局と共同でやっているプロジェクトだから、適当なことはできなくてね」
「大変ですね」
 
「大変ではあるけど、僕としては滝口を失う訳にはいかないから、彼女には治療に専念してもらった上で、オーディションも何とか乗り切る必要がある。テレビ局との関係を考えると、僕か佐田か町添君の誰かが直接指揮するしかないと思う。しかし町添君は多忙すぎるし、僕は音楽に対するセンスが欠如しているから」
 
村上さんも自分のセンスは把握しているんだなと思う。
 
しかし、『恋のブザービーター』のトラブルの時は、滝口さんを切り捨てるつもりだったようなのに、よく言うなあ。まあでも部下を大事にするのは良いことだよね?と私は思った。
 
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そんなことも話している内に滝口さんの部下の明智さんという女性がビデオを持って来てくれた。彼女とは滝口さんがKARIONの担当をしていた時にも何度か会ったことがあるので、彼女は私を見てすぐに会釈した。こちらも会釈を返す。おそらく滝口さんの昔からの関係者なのだろう。
 
「彼女には復活する戦略的音楽開発室の室長になってもらうつもり」
と村上さんが言うと
 
「え?そうなんですか?」
と明智さん本人が驚いている。おそらく急な事態が起きて、しかも短期間に態勢を立て直す必要があるので、村上さんも今考えながら動いているのだろう。
 
「彼女は合宿にも参加していたんですよ。もし個々の子についての質問とかあったら彼女に聞いて下さい」
と村上さんは言う。
 
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それでビデオを見る。現在滝口さんたちが有力候補としていたのは、波歌ちゃんという高校2年生、優羽ちゃんという高校1年生、そして八島ちゃんという中学3年生である。
 
ちなみに読み方は波歌が「しれん」、優羽が「ことり」、八島は「やまと」で、全く読めない!!
 
どうも村上さんはこのビデオも歌も初めて見聞きしたようである。彼としても突然の滝口さんの戦線離脱で、かなり焦っているのだろう。
 

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ビデオを見てから私は頷くようにした。
 
「私の結論としては」
「うん」
 
「全員不合格ですね」
「え〜〜〜〜!?」
 
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夏の日の想い出・若葉の頃(9)

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