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■春産(10)

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2016年8月27日(土)。
 
青葉は水泳部の1年先輩で南砺(なんと)市出身の布恋さんと一緒に高岡総合プールにやってきた。今日明日の2日間、富山県水泳選手権大会が行われるので、2人はこれに個人資格で参加するのである。
 
布恋さんは現在は夏休み中なので南砺市の実家に居るが、学期中は金沢市内のアパートに住んでいる。しかし住民票は南砺市の実家に置いたままで、富山県民であり、この大会に参加資格がある。
 
「でも布恋先輩、私、先輩を差し置いて、インカレ中部予選とか、全国公とか出て済みません」
と青葉は取り敢えず言っておく。
 
「ああ。そんなの何も気にする必要無い。スポーツは単純明快。年齢も地位も関係無く強い者が上に行く世界だもん。青葉ちゃんは私より遙かに速いから、当然青葉ちゃんが出るべき」
と布恋は明快である。
 
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「はい」
「それに私はダイエット兼ねて運動しているようなものだから、まじめに頑張っている青葉ちゃんの方をそもそも優先したい」
「すみません。あまり練習してません。それに本当は私、5月に退部届け出したのに、圭織先輩が握りつぶしているみたいで」
「あはは。そりゃ全国大会で通用する戦力は簡単に手放したくない」
と言って彼女は笑っていた。
 

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高岡総合プールは25m,8コースの屋内温水プールと、50m,9コースの屋外プールを持っており、今日の大会は50m屋外プールで行われる。
 
この日、布恋は200m平泳ぎ・200m背泳と100mバタフライに、青葉は200m個人メドレーと800m自由形に出場する。布恋も本当は200m個人メドレーに出たかったらしいが、種目が200mの自由形・平泳ぎ、個人メドレー、背泳と4つ続くので、個人メドレーに出てしまうと、その前後の平泳ぎと背泳に出るのは体力的に厳しい。ということで個人メドレーは諦めて平泳ぎと背泳に出ることにしたらしい。100mバタフライに出るのは「参加者が少なそうだから」ということである。
 
実際200m自由形は男女とも多数の参加者がいて予選が女子で5組、男子で7組行われていた。大会は9時から始まったのだが、9時50分頃になって、やっと布恋の出る200m平泳ぎになる。これは参加者が少なく女子の予選は2組だけだった。布恋はここで脱落した。
 
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「惜しかったですね。あと2人だったのに」
「いや、予選敗退で予定通り。決勝まで行く体力無いし」
「えーっと」
 
その後、青葉の出る200m個人メドレーである。これは参加者が物凄く多く予選が11組もあった。青葉は1組で泳いでトップでゴールして順調にA決勝に進出した。
 
なお、この大会では人数の多い種目ではA決勝・B決勝をおこなう。予選で9位までの成績だった人がA決勝(1〜9位決定戦)に出て、10-18位の人がB決勝(10-18位決定戦)に出る。B決勝はあくまで10-18位の順位を決めるものなので、ここでA決勝の参加者より良いタイムを出してトップになったとしても順位は10位にしかならない。
 

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布恋の次の出番まで少し時間があるので、その間に軽く昼食を取っておく。消化の良いものを取ってカロリー補給という感じにする。
 
「そういえば南砺市からは通学は困難なんですか?」
「10号線・塩硝街道を突っ切れば行けるけど、あの道は毎日は通りたくない。と言って国道8号まで迂回すると結構時間が掛かるし」
 
10号線というのは、石川県道10号線と富山県道10号線がひとつながりになったもので、県境を越える県道には、昨年七尾に行くのに使った県道18号線など、石川県側と富山県側で同じ番号になっているものが多い。塩硝街道は南砺市と金沢市を結ぶ古い道で、富山県道54号と、富山県道・石川県道10号から成っている。
 
「けっこう険しい道でしたっけ?」
「まあ上品ではないね。54号線よりはマシ」
「そちらはもっと凄いんですか?」
 
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「その10号線と54号線で塩硝街道(えんしょうかいどう)なんだよね。54号は数年前に崖崩れが起きた所がまだ復旧してなくて現在通行不能」
「あらら、そうだったんですか」
 
「塩硝(えんしょう)って知ってる?」
「火薬の原料か何かでしたっけ?」
「そうそう。黒色火薬の原料。これを加賀藩は江戸時代に五箇山(ごかやま)の山奥で密かに製造していたんだよ。これって動物のおしっこを葉っぱとか土を重ねたものの上に掛けて3年くらい寝かせると出来るんだよね」
「そういう製造方法なんですか!」
「尿には窒素が含まれているから、バイオテクノロジーだよね。結構画期的な量産技術だったらしいよ。むろん当時はそうやって生産できること自体が秘中の秘。それで出来た塩硝を秘密裏に金沢に運び込むための道が塩硝街道」
 
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「つまりそもそもがとんでもない山の中を突っ切っているんですね」
「うん。江戸にばれないようにしないといけないから」
「バレていた気もしますけど」
「するする」
 

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12時すぎから、布恋の出る200m背泳が行われた。参加者は18名しかいなかったが、布恋はまた予選落ちであった。本人は
「予定通り、予定通り」
と言っている。
 
12時半頃から青葉の出る800m自由形がある。この種目はタイム決勝である。さすがにこの距離で予選をして決勝をしてというのは辛い。もっとも実際にはこの種目の参加者が9人しか居なかったので、結局1発決勝と同じことになった。青葉はトップでゴールした。
 
男子の1500m自由形(同じくタイム決勝)が行われている間にプールサイドで800m女子の表彰式が行われ、青葉は1位の賞状をもらった。2位に入ったのが宮内さんといって青葉と同世代っぽい人、3位はまだ中学生くらいの子で竹下さんという子であった。宮内さんがその竹下さんに声を掛けていた。
 
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「リルちゃん、今年はもうドルフィン賞取れなくて残念ね」
「あ、はい。でも2回もらったから。今年は宮内さんに勝って優勝します」
「おお頑張れ、頑張れ」
と宮内さんも笑顔だが、ああ、なんか好きな性格の子かも、と青葉は思った。
 
ドルフィン賞というのは明日行われる400m自由形で最も良い成績をおさめた小学生に贈られる賞である。つまりこの子は中学1年ということなのだろう。
 

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男子の1500m自由形(タイム決勝だが参加者17名で競技は2組に分けて行われた)を経て、午後2時近くになって布恋の出る100mバタフライである。布恋は参加者少ないだろうなどと言っていたのだが、実際には35人もいて予選が4組行われた。布恋はB決勝に進出した。
 
「予選落ちするつもりだったのに予定外だ〜」
などと言っている。
 
その後4時頃から200m個人メドレーのB決勝・A決勝が行われたが、このA決勝にさきほど800m自由形で2位に入った宮内さんが出ていた。青葉は会釈を交わしておいた。
 
青葉と宮内さんは隣のコースになった。それで相手の泳ぎがダイレクトに分かる。この人、凄く上手い!と思いながら青葉は泳ぐ。結果はわずか0.01秒の差で宮内さんが1位、青葉が2位であった。ふたりのタイムを見て会場がどよめいていた。
 
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「負けたと思った。勝ったのか信じられない」
などと宮内さんは隣のコースでまだ水に浸かったまま言った。ふたりは取り敢えず握手した。
 
「宮内さん、凄い上手いです!」
と青葉。
「川上さんは無茶苦茶な泳ぎ方なのに筋力で何とかしてる」
と宮内さん。
 
「それは指摘されたことあります」
 
たぶん最後0.01秒向こうが速かったのも、彼女の方がゴール板へのタッチが上手かったからだろうなと青葉は思っていた。
 
「水泳始めて間もないの?」
と水から上がって表彰台の方へ歩いて行きながら彼女が訊く。
 
「そもそも始めてないというか。高校3年の時に頭数が足りないから出てと言われてインハイに行って、今年も何か強引に大学の水泳部に入れられちゃって、退部届け出してるのに受け取ってもらえないんです」
 
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宮内さんは呆れているようだ。
 
「そんな初心者でここまで泳げるのは凄いよ。来年の夏までに私もっと鍛えるから、川上さんも泳ぎ方をきちんと覚えてよ」
 
「そうですね。少し頑張ろうかな」
 
「明日の400mと400mメドレーにも出る?」
と彼女は青葉に訊いてきた。
「出ます」
「じゃ、それでもまた勝負」
「はい」
 
それで握手した。
 
彼女は昨年高校を出て現在は専門学校生。富山のスイミングクラブに所属しているということだった。つまり青葉とは同い年だ。
 

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少ししてから100mバタフライのB決勝が行われる。布恋は9人中6着で15位の賞状をもらった。
 
この日の参加種目はここまでなので帰ることにする。
 
「賞状もらえてよかったですね」
「小学生の時に市の水泳大会で200m自由形3位の賞状もらって以来の賞状だ」
「3位は凄いですよ」
「参加者が3人だったし」
「あら」
「小学生女子だと200m泳げる子が少なかったしね」
「確かに体力要りますよね。でも布恋さん、バタフライ結構速いですよ」
「そうかなあ。青葉ちゃんこそ、うちのメドレーリレーじゃバタフライ泳いでるけど得意なん?」
「全然。消去法で押しつけられているというか」
「なるほどー」
 
「メドレーメンバー候補5人のクロール、平泳ぎ、背泳、バタフライの50m,100mのタイムをパソコンに入れて200m,400mメドレーで各々P(5,4)=120通りの組合せを全パターン計算してみたら、200mメドレーでは背泳が圭織さん、平泳ぎが香奈恵さん、バタフライが私で、自由形がジャネさんという組合せ、400mメドレーでは香奈恵さんの代わりに杏梨が入る組合せが最速という計算結果が出たらしいです」
 
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「おお、数学で決めたのか!」
 

「ところで青葉ちゃん、本当は男の子だという噂も聞いたのだけど」
と布恋が小声で訊く。
 
青葉は苦笑した。
「戸籍上はまだ男の子ですけど、もう性転換手術を終えてから4年経ちましたよ。でも20歳になるまで戸籍の性別は変更できないんですよ」
 
「20歳になったら直せるのか。4年前といったら高校1年くらい?」
「中学3年生の夏休みです」
 
「そんなに若い内に手術したんだ。タイかどこか?」
「国内です」
「国内でもできるんだ?」
「国内では通常20歳以上。特に事情がある場合でも18歳以上なんですけど、私は特例中の特例中の特例だったそうです」
「へー!」
「昨年インターハイに出る直前になんか物凄い精密検査されましたよ」
「なるほどー」
「形だけ女にして、睾丸をどこかに密かに温存していたら男性的に筋肉が発達しますからね」
「まあ青葉ちゃんは男の子の体型には見えないなあ。じゃ、睾丸は無いんだ?」
「もう無くなってから5年経つかな。そもそも小学4年生の時に機能停止させちゃったんですよ」
「すごーい」
 
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「一応IOCの基準では去勢した後2年経っていれば女子の試合に出られるんですよ」
「2年かぁ」
「それだけ時間が経てば、男性時代に付けた筋肉も落ちるだろうということで」
 
「ああ。スポーツ辞めてから2年経てばもう筋肉とか落ちてけっこう普通の人になっちゃうしね」
「だと思います」
 
「私の姉も小学生の内に去勢して高校1年で性転換したんですが、国際大会に出る前に半日くらい掛けた徹底的な検査されたらしいです。頭のてっぺんから足の先まで全身くまなくMRIでスキャンされたと言ってました。私は国内の大会にしか出てないから、そこまで厳しくは無かったですけど」
 
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