【福引き】(下)

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「婚約者って・・・、あんたそういう人がいるのに女になっちゃったの?」
「うん」
 
「私、有華から聞いてびっくりしてさ。あんた、女になりたかったの? そんな感じは全然無かったから」
 
「うん。まあ、あまり表には出してなかったかな」
と里子は答える。実際自分でも思ってもみなかったしねー。
 
「でもあんた・・・・結構美人じゃん」と母。
「里子さんは、充分美人の部類に入ると思います」と紀恵。
 
「さとこ?」
「あ、うん。女で里太郎という訳にもいかないし、里子と名乗ることにした」
「ふーん。まあいいか。でも紀恵さん? この子がこんなになっちゃってもいいんですか?」
 
「私もびっくりしましたけど、私が好きなのは、さとちゃん本人だから性別は気にしません」
と紀恵。
「あんた、良い人を見つけたね!」
と母。
 
「ふたりともウェディングドレス着て、結婚式なんてのもいいかなとか言ってるんです。分かってくれる人だけ招いて」
 
「ああ、そういうのもいいかもね。紀恵さんはどちらのご出身ですか?」
「青森なんですけど、両親は私が大学生の時に事故で亡くなっちゃったんです。だから天涯孤独の身なんですよ」
 
「あら、そしたら学費なども大変だったでしょう?」
「それで彼女はクラブとかスナックで夜バイトして学費を稼ぐようになったんだよ。昼間のバイトだと学業と掛け持ちできないから」
「それは苦労したのね!」
「まあ、住めば都です」
 
「彼女の御両親は八戸で会社を経営していて、当時は羽振りが良かったんだよ。それでこちらの○○○大学に入ったんだけど」
 
「わぁ!お嬢様大学だ」
 
「うん。だから学費も高額で。でも両親が亡くなると会社も倒産して大変で。とてもそこの学費は払いきれないから、編入試験受けて***大学に移ったんだよ」
「***大学に入れるって、頭いいんだね!」
 
「この子、私より頭がいいよ。両親や会社名義で莫大な借金があったけど、とても払いきれないから、やむを得ず相続拒否して借金が掛かってくるのは防げたんだけど、生活に突然困った従業員さんからも債権のある取引会社とかからも、かなり泣かれたらしい。泣かれても個人的な資産は何も無いからどうにもしてあげられなかったんだけど。会社の土地とかは全部銀行に取られたし」
 
「ほんとに苦労したのね! それで、そのバイトは・・・」
「今でも続けてます。こちらその営業用の名刺です」
と言って、紀恵はピンクの名刺を見せる。
 
「へー! カオルさんなの?」
「仕事場では」
「紀恵さんというのが本名?」
「はい、そうです」
と言って、紀恵は運転免許証をバッグから取り出して母に見せた。
 
「なるほどねえ」
 
母は彼女の生年月日の所を見て年齢を計算している雰囲気。
 
里子は大事な点を言っておく。
「でもそういうバイトしてても、この子身持ちが堅くて。私と知り合うまでヴァージンだったんだよ」
「はい、里子さんにヴァージン捧げました」
 
「あんた、本当にそういう人がいて女になっちゃうのは無責任だよ!」
「うん。ごめん」
 
「でも、里子さんはたぶん女として生きる運命だったんだと思います。私はそんな所まで含めて里子さんを好きになったから、その決断を認めてあげることにしました」
と紀恵。
 
母の前ではさすがに福引きで性転換手術が当たったなんて話はできない。自分の意志で性転換したことにせざるを得ないだろう。話を複雑にするだけだし、だいたい福引きで性転換なんて話を誰が信じるだろう?
 
「あんた、仕事はどうするの?」
と母は里子に訊く。
 
「今まで通り勤めるよ。手術のあとは無理がきかないから一応9月末まで休職。その間は保険から給与の3分の2の額が支給されてる。他に貯金もあるから休職中の生活費は問題無いし」
 
「女になっても同じ仕事できるの?」
「問題無いと思うけどね。まあヒゲ課長の名前は返上せざるを得ないから、代わりにピンクの服を着て行ってピンク課長とでも呼んでもらおうかな」
「ふーん」
 
冗談で言ったのに、マジに取られている気がする。本当にピンクの服で現場に出かけて行こうか。
 

その日は自宅で3時間ほど母と話した上で、外に出て紀恵お勧めの割烹で夕飯を食べた。母は里子が女子トイレに入るので
 
「あんた女トイレでいいの?」
などと訊くが
「もう男子トイレには入れない身体になったしね」
などと里子は笑顔で答えた。
 
母はその日はホテルに泊まって、翌日は里子たちと一緒に遊園地に行ったあとデパートで買物したりして過ごし、夕方郷里に帰って行った。
 

里子が退院してから1ヶ月少し経った9月の初め。
 
郵便物を見ていた紀恵が
「あれ?裁判所から手紙が来てるよ」
と言って里子に渡す。
 
「裁判所?誰か金返せとかいう裁判でも起こしたとか?」
「さとちゃん、お金借りてるの?」
 
「ううん。私はお金は人にも貸さないし、自分でも借りない主義。まあクレカは付き合いで作ったけど、携帯代を払うのとか通販の支払いにしか使ってないな」
 
そんなことを言いながら開封したが、中身を見て首をひねる。
「なんだろ?これ」
 
「ん?私が見ていいの?」
と言いながら紀恵もその書類を見た。
 
中に2枚の書類が入っている。1枚の書類には
 
《申立人の性別の取り扱いを男から女に変更する》
と書かれており、もう1枚には
《申立人の名「里太郎」を「里子」と変更することを許可する》
と書かれていた。
 
「さとちゃん、戸籍の変更を申請したんだ?」
と紀恵は訊いたが
 
「これ、戸籍の変更なの?」
と里子は訊き直した。
 
「こちらは戸籍上の性別を男から女に変更するという意味。こちらは戸籍上の名前を里太郎から里子に変更するという意味。いつ申請したの?」
 
「こんなの知らない・・・・あっ」
「ん?」
 
「病院を退院する日に、何か申立書とかいうのに署名して病院に出した」
「じゃ、病院からこれ裁判所に送られたんだ!?」
「そうかも」
 
「なんて親切な病院というか、余計なお世話というか」
と紀恵はほとんど呆れている。
 
「じゃ・・・私、戸籍の上でも女になっちゃうの?」
と里子は戸惑うような顔をする。
 
「まあ、そうだね。実態が女なんだから、その方がいいんじゃない?」
と言いながら紀恵は少し渋い顔をしている。
 
「そっかぁ・・・」
 
と里子は事態を充分把握できないまま少し考えている。
 
そうしたら紀恵が気を取り直したようにして
「おめでとう」
と笑顔で言った。
 
「おめでたい・・・のかな?」
「だって、実態が女なのに、戸籍が男だったら、あれこれ面倒だよ。選挙の投票に行っても『これ違いますよ』と言われたり、海外旅行した時に入出国審査で揉めたりするよ」
 
「そうだよねー。じゃこれでいいのかな」
と里子は少し考えていたが、重大な問題に気付く。
 
「大変だ!これだと、私、のんちゃんと結婚できない」
 
日本ではたぶん、女同士では結婚できないはずだ。
 
「うーん。そうだなあ」
と紀恵は少し考えていたが
 
「別に戸籍なんて、どうでもいいじゃん。私とさとちゃんが夫婦であると思っていたら、それで私たちは夫婦なんだよ」
 
「いいの?」
「まあ、ふつうの結婚にはならないなというのは、さとちゃんの性転換を知った時点で覚悟してたよ」
と紀恵は笑顔で言った。
 

それで田舎の母と連絡を取り、いっそ休職中に結婚式を挙げてしまうことにした。自分で田舎に行って父に直接自分の性別のことを話したかったが、その件を母に言うと「まだ静養中なんでしょ。無理しない方がいい」と言って、父と一緒に一度上京してきてくれた。妹も一緒だ。
 
父は最初里子を、里子の婚約者かと思い込んだものの、すぐに自分の息子と分かると「信じられん!」と言った。いきなり「こんな奴はもう息子じゃない」などと言うが、母と妹が「まあ息子じゃないよね。娘だよね」と言うと、「娘だと!?」
などと言う。
 
それで里子は服を脱いで、裸になってみせた。
 
「ちんこ・・・・無くなったのか?」
と父。
「そりゃ、女の子におちんちんが付いてたら変だよね」
と妹。
 
「うーん・・・」と悩んでいる父。
 
「私はこの人のことを好きなので、性別が変わってもその愛は変わりません。ですから、結婚させてもらいたいと思っています」
と紀恵が言う。
 
「ほんとにいいんですか?」
と父が紀恵に訊く。
 
「ええ。赤ちゃんは望めないけど、仲良しだから一緒にやっていけると思います」
と紀恵が笑顔で言うと、それで父も
 
「まあ、お嫁さんがそう言うのなら、まあ認めてもいいかな」
と言い、何とか、性別変更と結婚のことを認めてくれた。
 

友人関係は片っ端から電話を掛けて、性別変更と結婚式を挙げることを言い、御祝儀は不要だから、良かったら出席して欲しいと言ってみた。遠くの人にはこちらで旅費も出すことを伝えた。
 
「女になっただとぉ〜〜〜!?」
と多くの友人が驚いたような声をあげる。
 
「お前、そんな趣味あったの?」
「まあ趣味というか生き方だけどね」
「その女になったというお前を見てみたい」
 
そんなことを言って、電話を掛けた友人のほとんどが出席に同意してくれた。
 
会社関係も部長に話してみたところ、部長自身と社長・専務・常務、それに同僚が男女15人ほど出席してくれることになった。紀恵も学生時代の友人数人、ネットの友人、そして何人か仲の良い同僚などを招待する。それで結局出席者は60人ほどに膨れあがってしまった。
 
今回、御祝儀は不要、持って来ても断ると宣言していたので、この費用を全部自費でまかなう必要があるが、持っていた自社株を部長にお願いして会社で買い取ってもらい、何とか費用を作った。
 
でも実際には「断るかも知れんが押しつける」と言って、御祝儀を押しつけてきた友人が結構居たし、部長と社長・専務・常務も「いいから取っておけ」と言って御祝儀を無理矢理置いていったので、結果的には結婚式・披露宴の費用の7割くらいは御祝儀でまかなえてしまった。
 

なお、同性婚になるが、打診してみたホテルは、最近はそういう事例も多いのでと言って、快く引け受けてくれた。そこと提携している神社の神職さんも「お互いが真に愛し合う気持ちがあるなら神様は祝福してくれます」と言って式を引き受けてくれた。
 
それでふたりは9月23日の秋分の日に結婚式を挙げた。
 

結婚式の当日、紀恵が書類を里子に見せた。
 
「ねぇ、こんなの出しても認められないだろうけどさ。婚姻届を書かない?」
「ああ。いいかもね。でも、これ《夫になる人》《妻になる人》になってるけどさ、私たちどちらが夫?」
 
「そうだなあ。じゃあ、じゃんけん」
と紀恵が言うのでじゃんけんすると、紀恵が勝った。
 
「じゃ、私が夫になっていい?」
と紀恵が言うので、里子も
「うん、いいよ」
と答える。
 
それで、紀恵が《夫になる人》の所に署名捺印し、里子が《妻になる人》の所に署名捺印した。里子はまさか自分が《妻》になるとは思いもよらなかったなと思いながら名前を書いた。
 
「苗字はどちらを選択する?」
「そうだなあ。私が夫になるの選んだから、苗字はさとちゃんの方のでいいよ」
「じゃ、ふたりとも繰戸(あやべ)になるのね?」
「そうだね。じゃ私が繰戸紀恵で」
 
そんな話をした上で、出してもはねられるだろうけど、婚姻届を書いたという話を里子の両親にしたら、父が証人欄に署名捺印してくれた。もうひとりの証人は紀恵の高校時代からの友人という光知子に頼んだ。
 
「あんたたち籍入れられるの?」
と光知子は訊く。
 
「入れられないけど、記念に」
と紀恵が答える。
 
「ふーん。のりちゃんが《夫》なんだ?」
「便宜上だよ。両方妻になる人なんだけどね、ほんとは」
「ふーん」
と言って、少し不思議な笑みを見せて、光知子は署名捺印してくれた。里子は彼女の表情を読みかねた。
 

10時から結婚式である。
 
里子の両親と妹、部長に、紀恵の学生時代からの友人が光知子を含めて3人と勤め先のオーナーさんまで双方の列席者4人ずつでホテルの神殿に入り、神式で結婚式を挙げる。
 
三三九度は普通、夫→妻→夫、妻→夫→妻、夫→妻→夫、という流れになるが今回、婚姻届けで紀恵が夫欄に記入したというのもあり、紀恵が夫役になることになって、紀恵→里子→紀恵、という順序で杯を空けた。けっこうな量のお酒で、手術以来ずっと禁酒していた里子はちょっと酔ってしまいそうだった。(紀恵は毎日お仕事でお酒も飲んでいるので、平気っぽい)
 
神職さんの祝詞(のりと)を聞いていたら
「香茂**の長女・紀恵と、繰戸**の長女・里子、**大神の御前(おんまえ)にて、婚嫁(とつぎ)の礼(いやわざ)執り行わんとす」
などと言われていた。ちゃーんと女同士の結婚ということになっているようだ。
 
ちなみに里子は性別変更後「長女」になると市役所の戸籍係の人から説明された。でも、それで有華が次女に繰り下がる訳ではなく、ふたりとも長女になるらしい。性別変更と同時に分籍されてしまうので構わないようだ。離婚再婚をした場合に長女が2人できるケースがあるが、それと似たような感じか?と里子は思った。
 
ちなみに、既に運転免許証やクレジットカード、銀行口座も書き換え済みだし、新しい《繰戸里子・女》と書かれた健康保険証も会社からもらっている。
 

披露宴では、紀恵が純白のウェディングドレス、里子がライトブルーのウェディングドレスを着て、メインテーブルに座った。面倒な挨拶とか抜きに、ふたりがメインテーブルに着いたら、もうお食事スタートということにし、後はみんな適当にお祝いを言ったり、余興をしてくれたりという、無秩序な披露宴にした。結婚するふたりが無秩序だから、披露宴も無秩序にしちゃおうという魂胆である。
 
司会者も余興の合間に祝電を読むという感じであった。
 
里子の同僚の女子の祝辞。
「ヒゲの課長として男らしさで有名だった、あの繰戸さんが、まさか女になってしまうなんて。そしてお嫁さんになっちゃうなんて、もう完璧に想定外。でも本人のウェディングドレス姿見て、きれーい。びじーんと思いました」
 
一方、紀恵の元同級生の祝辞。
「高校時代にあんなに男らしくて、女子たちの憧れの的になっていた、のりちゃんが可愛いお嫁さんになると聞いて、やはりのりちゃんは女の子だったのかと改めて思いました。ほんとにお祝いしたいです」
 
紀恵は笑っていたが、里子は「男らしかった紀恵」というのをちょっと見てみたい気分だった。確かに紀恵は決断力があるし、包容力もあるので、女子の友人の中ではけっこう人気だったかも知れないなと思った。紀恵は商業高校を出ているので、一応男女共学ではあるが、男子は1学年200人中10人くらいしか居なかったらしい。ほとんど女子高のノリだったのだろう。
 
最後には里子の両親への感謝状贈呈なんてことをしたが、里子の父は半分困ったような顔をしていたものの、ちゃんと受け取ってくれた。
 

結婚式・披露宴が終わり、二次会の会場に移動しようとしていた時。
 
紀恵が何かを探しているふうである。
「のんちゃん、どうしたの?」
「あ、さとちゃん、ここに置いてた婚姻届、知らないよね?」
「へ?」
 
「今朝記念に書いたの、封筒に入れてここに置いていたはずが、見当たらなくて」
「バッグにでも入れたとか?」
「そうかも」
 
と言って、紀恵はバッグを探すが、やはり見当たらないようだ。
 
「まあいいじゃん。実際に提出する訳じゃないし。その内どこかから出てくるよ」
「そうだねー」
 
それで二次会に行く。カラオケ屋さんのパーティールームを借りたのだが、定員35名の所に無理矢理50人くらい入ったので、結構窮屈である。
 
しかしその人数で適当に食事を取りながら、マイクを奪い合って歌いまくると、けっこう楽しいものであった。
 
里子にも「松田聖子の赤いスイートピー」というリクエストが掛かったので元々持ち前の可愛い声で歌うと、大きな歓声が上がっていた。
 
そういえば、こんな感じでテレビ局で歌ったのが、性転換劇のはじまりだったんだなあ、などと里子は歌いながら思った。
 

「ところでさ」
と高校時代の里子の友人男子がビールを飲みながら言った。
 
「お前、里子って名前にしただろ?」
「うん」
 
友人は手近な紙に《繰戸里子》と書いてみる。
 
「この名前って確かに本来は《あやべ・さとこ》かも知れんが、音読みしたら《くりとりす》だよな?」
 
里子は吹き出した。
 
言われて見れば確かにそう読める! 音読みなのかどうかは知らないけど。
 
そばにいる紀恵も今気付いたようで笑っている。
 
「でも、お嫁に行くんだったら、苗字変わるの?」
「あ、いや苗字は私の方のを使うことにしたから。だから紀恵が繰戸紀恵になる。って、婚姻届は書いただけで提出してないけどね」
 
「あれ、なんで提出しないの?」
「いや女同士の婚姻届は受け付けてくれない」
「あ、繰戸、女になったの?」
「うん。戸籍上の性別を変更したよ」
「へー。でも性別変えずにおけば、戸籍上も結婚できたのに」
 
「私が事実婚で良いから、ちゃんと戸籍の性別も変えた方がいいと言ったんです。だって選挙の投票に言っても《この入場券違います》って言われるからって」
と紀恵が言う。
 
「ああ、確かにそうだよね」
「クレジットカード使う時とかも不便ですしね」
「なるほどなるほど」
 
などと言っていたら
 
「あ、婚姻届は出してきてあげたよ」
 
などと妹の有華。
 
「へ?」
「控室に置いてあったけど、ふたりは出しに行く時間無いだろうしと思って代わりに市役所に持って行ったよ」
 
「えーーー!?」
 
なんで。。。。自分の周りにはこう余計な親切をする人がいるのだろう。
 
里子は紀恵と顔を見合わせた。
 
「受け付けられちゃったりして」
と紀恵。
「まさか」
と里子。
 
「受理証明書は後日郵送しますって言ってたよ」
 
「あ、そう」
「ありがとう」
と言ったが、多分受理拒否通知書が送られてくるんじゃないかと里子は思った。
 

新婚旅行は、里子の体力問題があるので、あまり遠くに行くのはやめようということで、伊豆白浜の少しお値段高めの温泉宿で3泊4日過ごすことにした。
 
なお、結婚を機に紀恵はクラブを退職してしばらく「専業主婦」になることにしている。但し一応嘱託ということにして籍は残し、繁忙期は頼むと言われている。
 
「私、婚姻届けで《夫になる人》の所に名前書いたから、専業主夫かも」
と紀恵。
 
「まあ、それでもいいけどね。私が奥さんだし」
と里子。
 
白浜の海岸も歩いてみたが、ここはほんとに美しい。ゴミとかが全く落ちていない。そもそもあまり人が来ないというのもあるのだろうが、清掃などもマメにされているのであろう。
 
少し涼しいが浜辺に座ってふたりで海を眺めた。
 
「私たちさ・・・」
と紀恵が言った。
「うん?」
「きっと、何とかなるよね?」
「うん。何とかしていこう」
と里子は笑顔で答えた。
 

温泉宿なので、当然お風呂は温泉である。大きな宿なので、大浴場も広いものが付属しているようだ。里子と紀恵は一緒にその大浴場に行った。内風呂と露天風呂が続きになっていて、露天風呂からは海も見えるという趣向である。
 
「さとちゃん、もう女湯に入るのも平気だよね?」
と紀恵から訊かれる。
 
「まあ、のんちゃんに連れられて5回も銭湯に入ったからね」
と里子も微笑んで答える。
 
脱衣場は明るくそしてきれいだ。掃除もメンテも行き届いている感じ。ふたりは並んだロッカーに服を入れて裸になり、浴室に入った。
 
「ひろーい」
 
シーズンオフなのでお客さんも少ない。ふたりはのんびりと身体を洗ってから浴槽に身体を沈めた。
 
「さとちゃん、最近乳首が立ってるよね」
「うん。女性ホルモンが効いている感じ」
「乳首も大きくなったら、もう男には戻れないね」
「チンコが無い時点で男に戻れないよ」
「まあ確かにそうだね」
「でも身体は女でも男として生きる道はあるよ」
と紀恵は言う。
 
それは確かにちょっと考えたこともある。性転換しちゃったのは仕方無いが、男装して、男として仕事をする手も無いことはない。
 
「ううん。女として生きるのも悪くない気がするから、女でいいよ」
「ふーん。女という生き方にハマったのかもね」
「うん。そうかも」
と言って里子は微笑んだ。
 

新婚旅行が終わり、3日休んでから、会社に出て行く。(出社前日に病院で女性器の診察を受け、ふつうの人より早く回復していると言われた)
 
女としての初出社である。紀恵に見立ててもらったレディススーツに身を包み出て行き、まずは部長に挨拶する。少し話しておこうと言われ、社長室に行く。専務と常務、人事部長もやってきた。
 
基本的に今までと同様に扱うと言われた。うちの会社は男子と女子で建前的には給与に差を設けてないので給与も変わらないが、査定が悪ければ下がることもあるというのは言われる。
 
「あなた、生理休暇は必要無いよね?」
と人事部長(社長の奥さんの妹)から言われた。
 
「はい、必要ありません」
「卵巣は作ってないんでしょ?」
「ええ。卵巣も子宮も無いので生理はありませんから」
「了解、了解」
 
それでいつも仕事をしていた大部屋に戻ってから、みんなの前で挨拶する。
 
「えー、今度女になりましたが、仕事は今まで通り、厳しくやりますから、みんな覚悟しておくように」
 
「うん。それでこそ繰戸君だ。ではみんなもよろしく」
と部長が言う。
 
女子社員のリーダー格の40代の女性から
「織戸課長もお茶汲みのローテーションに入れていいですか?」
と訊かれた。
 
「うん。私、ふつうの仕事もこれまで同様バリバリやるけど、女性社員になっちゃったし、お茶くみ・お使い・雑用もするよ」
と笑顔で答えた。
 
女子社員たちにはさっそくその日の夕方つかまって、お茶会に誘われた。
 
「繰戸課長、声がホントに女の子みたい」
と若い女子社員に言われる。
 
「ああ。これ結構練習した」
「凄く若い声ですよね。30近い女性の声じゃなくて、女子高校生くらいの声に聞こえる」
と25歳の女性社員。
 
「お化粧もすごく綺麗にしてる。実は前から練習してたんですか?」
「内緒、内緒」
「へー!」
 
「声も雰囲気も、なんか私より女らしいよね」
 
と30代のベテラン女子社員が言う。なお、彼女は例の女性管理職を増やすという方針で来年の4月から係長に昇進することになっている。
 

その週は
「君に設計してもらいたい案件がたまっていた」
などと言われ、ビルの設計を3つもした。
 
翌週は現場にも出る。その日はピンクのスーツを着て行った。
 
「そういう訳で、ヒゲの課長あらためピンク課長の繰戸です。みんなよろしくー」
 
性転換のことを聞いていなかった人たちも多かったので、みんなびっくりしていた。ここ3ヶ月ほど現場に顔を出していなかったので退職したのかと思っていた人たちも多かったようである。
 
しかしこれまで通り、しっかりとみんなに指示を出し、手抜きを見逃さないので
「繰戸さん、女になっても全然変わらない!」
などと言われた。
 
「そりゃ中身は同じだから。チンコがあるかないかなんて大したことじゃないしね」
「大したことですよ!」
 
仕事の後でお風呂に入る時は、女性作業員さんたち(ほとんどが40-50代のおばちゃんたち)と一緒に女湯に入る。
 
「失礼しまーす。女になっちゃったから、こちらに入るね」
と断って彼女たちと一緒に入ったが
 
「ほんとに女の身体になっちゃったんだ!」
と言って、バストにたくさん触られた。1人、お股にまで触るおばちゃんがいたので、「そこは勘弁してー」と言っておいた。
 
「でも、おちんちん付いてないね」
「そりゃ手術して取っちゃったから」
「へー、凄い!」
「だって女にちんちん付いてたら変じゃん」
「ああ、私、息子から、母ちゃんチンコ付いてるだろ?とか言われるよ」
「おちんちん付いてたら、どこから子供産めば良いか分からないね」
「ああ、確かに子供産むのには邪魔だよね」
 

紀恵との《新婚生活》も順調だった。
 
一応紀恵が《主婦》(主夫?)なので、御飯なども作ってくれていたが、里子が少し早く帰宅した日は一緒に晩御飯を作る時もあった。
 
夜は毎晩熱い時間を過ごした。正常位に近い形でお互いの足を組み合わせて、各々の女性器が刺激される体位を多く使用したが、反対向きになり松葉の形で直接女性器同士を接触させて刺激するのもよくやった。また紀恵はよく里子のクリちゃんを舐めながら、指をヴァギナに入れGスポットを刺激してくれた。それは男性時代にも経験したことのないほどの快感で、1度里子は潮吹きまでしてしまった。
 
「気持ちいいよー」
「女になったから体験できる快感だよね」
「うん。私、女になって良かったなと思う」
 
里子も紀恵のを舐めてあげるよと言ったのだが
「恥ずかしい」
などと言って、紀恵は遠慮した。
 
「私はさとちゃんが気持ち良さそうにしているの見るだけで気持ちよくなるから」
などと言って、指や舌で里子の女性器を攻めてくれた。
 

里子が会社に復帰した3日後、会社に思いがけない客がある。
 
大きなビルの設計会議を終えてオフィスに戻ると、放送局の人が来ていると言われ、応接室に入る。
 
「こんにちは。織戸ですが」
と挨拶したが、里子はその人に見覚えがあった。
 
「カラオケ番組のプロデューサーさんでしたっけ?」
 
「あの・・・あなたは・・・?」
とプロデューサーは困惑した顔をする。
 
「ああ、ちょっと性転換しただけです」
 
「えーーーー!?」
 

プロデューサーは、あの素人カラオケ番組を見ていた、あるレコード会社の制作者が、この人は面白い。ぜひCDを出したいと言ったのだと説明した。それで連絡を取ろうとしたが、病気で入院して会社を休職していると言われていたので、退院して復職するまで待っていたのだと言う。
 
「いや、ヒゲのおじさんがまるで女子高生みたいな声で歌うギャップが面白すぎると言われましてね」
と放送局の人は言うが
 
「それは残念でしたね。私はもう女になっちゃったので、そのギャップの魅力は無くなっちゃいましたね」
と応じる。
 
正直仕事が忙しいので、そんなCDを作りましょうなんて話には付き合っている暇が無い。
 
「いや、そのギャップは無くなっても、今度は《性転換女子高生声シンガー》として売り出せますよ」
 
「勘弁してくださいよ。それでなくても性転換で親からあれこれ言われたんで、これ以上全国に個人情報曝したら、何と言われるか」
 
「そんなこと言わずに、話だけでも聞いてください」
 

放送局の人があまりにも熱心なので、里子は週末、取りあえずそのレコード会社の人に会うだけは会うことにした。
 
レディススーツを来て、以前行った放送局に行く。ヒゲをたくわえて麻のジャケットを着た20代の男性が《**レコード制作部A&R》と肩書きの入った名刺を渡した。里子も《**工務店・建設三課課長・一級建築士・繰戸里子》の名刺を渡す。
 
「取りあえず何か歌ってみてください」
などと言われるので、その日はgirl next doorの『情熱の代償』をアカペラで歌ってみせた。レコード会社の人が何だか物凄く驚いたような顔をしていた。
 
そして歌い終わったところで
「どうです? この人行けるでしょう。即メジャーデビューという所でどうです?」
などと放送局の人が言う。
 
「行ける」
と制作担当は言った。
 
「おお、これで《性転換女子高生声シンガー》の誕生だ!」
 
などと放送局の人が言った所で、里子は背後に気配を感じたので振り返る。
 
するとそこに《ドッキリ》と書いたプラカードを持った人が立っている。カメラを持った人も立っている。
 
里子はやれやれという顔で苦笑いした。
 
放送局が企画していたドッキリ企画というのは、こういうことだったのか!?全く。くだらない話に乗ったものである。
 
「ちなみにあの番組で1位になった女子高生にも、2位になったおじさんにも同様のドッキリを仕掛けて、実はもう放送が終わってます」
 
などと笑いながらプロデューサーは言っている。
 
「私、忙しかったんですけどねー」
と里子は笑顔で文句を言い、
 
「じゃもう帰っていいですね?」
と尋ねる。
 

その時だった。
 
「待って下さい」
とレコード会社の人が言った。
 
「いや、これドッキリ企画と聞いてたんだけど、この人、マジでうまいじゃん」
 
「へ?」
 
まあ確かに自分でも3ヶ月くらい前からすると歌がうまくなったかも知れないという気はした。女の子らしい声を出す練習を兼ねて、毎日100曲歌っている効果だ。それに声自体も以前はあくまで男声のハイトーンだったのが、最近はかなり本当に女声に近くなっている。
 
「あなた、マジでデビューする気無い? 正直ヒゲのおじさんなら、どんなに可愛い声を出せても、色物として売るしかないけど、あなた性転換して女性になっているんだったら、やや異色の実力派シンガーとして、本当に売れる」
 
「いや、からかうのやめてください」
「からかいじゃないです。私は本気であなたのCDを出したい」
 
「あの・・・マジですか?」
と放送局の人が訊く。
 
「マジです」
とレコード会社の人。
 
「おい、カメラ回ってる?」
とカメラの人に訊く。
 
「回ってます」という答え。
 
「じゃ、本当にこの人、メジャーデビュー?」
「今度の企画会議にあげます」
 

そういう訳で、里子はこの後、有名作曲家から楽曲を提供され、歌手としてデビューしてしまうことになる。一応平日はふつうに会社に行き、週末だけ歌手として活動する《週末歌姫》になってしまう。
 
最初はCDを出しただけだったが、けっこう人気が出て、テレビ番組にも出たり(会社の宣伝にもなるから出て良いと部長から言われた)、全国ツアーとかまですることになった。
 
そして結果的にはその歌手としての収入で、里子は妹の学資を出してあげられることになるのである。
 

取りあえずその日、里子は半信半疑のまま放送局を出た。そしてバス停の方に行くのに信号待ちをしていたら・・・。
 
何か違和感を感じて振り向く。
 
あれれ??
 
商店街が無い!?
 
3ヶ月前に、この放送局を出てこの信号を渡ろうとして、福引券を女性が落として、それでそこの商店街に福引券を届けに行ったのに!
 
通りかかった地元のおばちゃんっぽい人に尋ねてみる。
 
「すみません。そこら辺に商店街とかありませんでしたっけ?」
「商店街? ああ、それはもう10年くらい前に潰れてしまったよ。最近の人は商店街とかじゃなくて、スーパーとかジャンピングセンターとかに行って買物するから、客が来なくてね」
 
とお婆さんは言った。ジャンピングセンターというのは、ショッピングセンターのことかな? でも商店街は10年前に潰れた!??
 
「でもあの商店街、最後の方は売出とかがどんどん過激化してね」
「へー」
「売り子にヌードの女の子を使って警察に注意されたり、福引きの賞品を顔の美容整形手術にして、公的取引委員会から差し止められたり」
 
公的取引委員会って公正取引委員会だろうなと思う。しかし美容整形が賞品?もしかして、それが更に過激化して、とうとう性転換手術を賞品にしちゃったとか? その商店街はこの世界では潰れてしまっても、実はどこかのパラレルワールドで続いているんだったりして。そして自分はそんな所に紛れ込んだ?
 
いや違う。
 
と里子は思った。多分、自分はそういう過激な商店街のある世界に居たんだ。でも、どこかでこちらのパラレルワールドにスリップしてしまったんだ。それはなぜだろう?
 
何か理由があるはずだと里子は思った。
 

急に不安になった里子は自分が手術を受けた病院に電話してみた。
 
つながらない・・・。
 
バスでその病院のある町まで行き、探していくのだが、見つからない!うそ。。。だって、あの病院で先月末に診察を受けて女性ホルモンの処方箋も書いてもらったのに!?
 
近くを通りかかった27-28歳くらいの若い女性に尋ねる。
 
「済みません。この付近に**クリニックってありませんでしたっけ?」
「ああ、その病院なら5年くらい前に潰れましたよ」
「5年前ですか?」
 
「なんか患者が望んでない手術を受けさせられたとかで、患者から訴えられて揉めて、裁判は結局どうなったのかな? 覚えてないけど、保険医の指定を取り消されて、病院を畳まざるを得なくなったみたい」
 
女同士で年齢も近そうな気安さからか、女性は敬語を使わずに話す。しかし、まあ、あの闇討と手術やってたら、訴える人も出るだろうな、と里子は思った。
 
自分が福引きをした商店街は10年前に無くなっていた。そして性転換手術を受けた病院は5年前に無くなっていた。
 
自分はもしかして男の身体のままだったりしないかな?と思って近くのコンビニでトイレに入って確認したが、身体は女の形である! うーん。。。
 

里子が色々考えながら帰宅したら、紀恵が何だか神妙な顔をしている。
 
「どうかしたの?」
「あのね、あのね、こんなのが来てた。昨日届いてたんだと思うけど、昨日は郵便受け見なかったから気付かなかったの」
 
などと紀恵が言う。
 
「何?」
と言って受け取る。
 
「繰戸里子様宛になってたのにうっかり開封しちゃった。ごめんね」
「うん。別にそれは構わない」
 
と言って、その大型の封筒から中身を取り出す。何これ?
 
《婚姻届受理証明書》
夫・香茂紀恵、妻・繰戸里子。
 
右当事者の婚姻届は、証人****及び****の連署にて届けられた所、本職は審査の上、平成**年9月**日、これを受理した。よってここに法律上婚姻は成立したこととなる。
 
右証明する。
平成**年10月**日
日本国政府戸籍事務管掌者
**市長****
 
「どういうこと、これ? 何で受理されちゃったの?」
 
里子は一瞬、自分の戸籍の性別変更の戸籍への記載が遅れている内にこちらが先に通ってしまったのではと考えた。しかし戸籍の変更は9月の上旬に済んでいる。処理が遅れた所でも中旬くらいまでには全部書き換わっている筈である。
 
この婚姻届けは9月23日に出されている。後先になったとは考えられない。
 
その時
「ごめんなさい」
と言って、紀恵が土下座した。
 
「何?どうしたの?」
とびっくりして里子は訊く。
 
「私、実は戸籍上は男なの」
と紀恵は言った。
 
「は!?」
 
「私ね。生まれた時は紀理(のりみち)と言ったの。それで高校までは男子として通学していたんだけど、大学に進学したのを機に女の子として生活するようになって。それで名前も20歳すぎてすぐに紀恵(のりえ)に変更したの」
 
「ちょっと、ちょっと、何の冗談?」
 
「名前は紀恵になってるけど、まだ性別は変更してなくて男のままだったの。それで私が男で、さとちゃんが女だから受理されてしまったんだと思う。普通は数日で受理されるのが時間が掛かったのは、私の名前が女名前だから戸籍の原本を参照したりして確認に手間が掛かったせいだと思う」
 
里子はくらくらとして、その場に座り込んだ。
 
「それ本当なの?」
「ごめんなさい。ずっと黙ってて」
 
「じゃ、のんちゃんも性転換してたの?」
 
「それが・・・・今年性転換手術するつもりでいた所で、さとちゃんと知り合ってしまって。手術受けに行くタイミングを逃してしまって」
 
「ちょっと待って」
「だから、私、まだ男の身体なの」
 
「えーーーーーー!???」
と里子は叫ぶ。
 
「だって、だって、毎晩一緒に寝てるじゃん。お風呂にも何度も一緒に入ったじゃん」
 
「ごめんなさい。アレは隠していたの」
「隠せるもん!?」
 
紀恵は暗い顔をした。
 
「武士の情け。私、自分でもその存在が嫌でめったに触らないの。ましてや、大好きなさとちゃんには絶対に見られたくないから、お布団の中だけで」
 
「うん」
と里子は答えたが、半分も今の状況を把握していなかった。
 

それでまだ日は高かったがカーテンを閉めて、お布団に入ることにする。
 
最初に里子がお風呂に入り、布団の中で待機する。その後、紀恵がお風呂に入り、布団の中に入ってきた。
 
「自分でも触りたくないから、さとちゃんには触らないで欲しい」
「いいよ」
 
それで紀恵は里子の唇にキスした後、たくさんあちこちにキスする。乳首も舐める。それでお互い興奮してきた後、紀恵は里子のクリちゃんを刺激した。
 
感じる。。。気持ちいい。
 
それで少し濡れて来たかな、と思っていた時、何かが身体の中に侵入してきた。
 
う・・・・。
 
やがて紀恵はそれをゆっくりと出し入れする。
 
あはは。結局、自分って男の人とセックスすることになっちゃったのか。でもいいよね。婚姻届で、紀恵が夫・自分が妻ということにしたんだから。妻になるって、結局、こういうことなんだろうし。
 
でも・・・何だか、気持ちいいじゃん!これ。
 
紀恵のピストン運動はかなり長時間続いた。里子は自分が男性時代に女の子の身体に自分のものを入れてこういうことをしていたことを思い出していた。あの時よりも今の方が気持ちいい気がするのは何故だろう。セックスの快感なんて男の方が絶対大きいと思っていたのに。実は女の方が気持ちいいのだろうか? あるいは別に好きな訳でもない女の子と快楽だけを目的にセックスするのと、愛している人とのセックスは別物なのだろうか?
 
そうだ。「愛している人」だ。紀恵は。
 
たとえ男であったとしても。性別なんて関係ない。
 
里子は紀恵との「初めて」の男女型セックスをしながら、そんなことを考えていた。そして突然自分がこのパラレルワールドに来てしまった理由が分かった気がした。それは多分、紀恵と結婚できるようになるためだ。
 
と思ってみたが、すぐに思い直す。
 
そんな馬鹿なー。だいたい自分と紀恵が結婚できるようにするのなら紀恵の方が性転換した方が合理的だったはず。紀恵は多分女の身体になりたいのだろうから。
 

紀恵は結局10分以上ピストンをした上で、やっと逝くことができたようであった。
 
「逝けた?」
と里子は訊いた。
 
「何とか。これしたの、もう10年ぶりくらいだったから」
「へー。10年前に女の子としたことあったんだ」
「えへへ。私、女の子になっちゃってからは、ヴァージンだったけど、女の子とは実は経験あった」
 
「まあいいんじゃない?紀恵は童貞は捨てていても処女はキープしてたんだ」
「うん」
 
「私も逝けた気がするよ」
と里子は言った。
「ほんと?よかった」
と紀恵は嬉しそうに言った。
 
「さとちゃん、寝てていいよ。その間に私出るから」
と紀恵。
 
「出るってどこに?」
と里子。
 
「だって、私、男なんだもん。さとちゃんの恋人ではいられないよね?」
と紀恵は言うが
 
「別れたいと言うのなら許さないよ」
と里子は言った。
 
「さとちゃん・・・」
 
「のんちゃん、私のこと嫌い?」
「ううん、好き」
「私ものんちゃんのこと好きだよ。お互い好きなら、それでいいじゃん。性別なんて関係無いよ」
 
そう言って、里子は紀恵に熱いキスをした。
 
そして紀恵のおちんちんを弄りながら言う。
「いやん、やめてよー、触られたくない」
と紀恵が抵抗していたが。
 
「これどうやって隠してたの?」
「えへへ」
 

「でもさ、私」
と里子は語り始める。
 
「突然女になっちゃった時、最初はとにかくショックで、その内悲しくなって。のんちゃんが来てくれる直前までひたすら泣いてたんだよね。でものんちゃんと一緒に女の子レッスンしていく内に、女の子って楽しい!と思うようになって」
 
「そうだね。女の子は楽しいし歓びだよ」
と紀恵は言う。
 
「だから、私、のんちゃんが女の子として生きたくなったのが分かるような気もする」
 
「ふふ。まあ私の場合は生まれつきだけどね」
「へー」
 

紀恵は布団の中では、嫌がりながらもおちんちんを触らせてくれたが、布団の外では絶対にそれを里子の目に触れさせなかった。
 
「だって私も女の子だもん。おちんちんなんて無いんだよ」
「確かに見たことないなあ」
 
「でも良かったのかなあ。戸籍上も私たち夫婦になっちゃった」
と紀恵は言うが
 
「もしかしてさ、婚姻成立で、のんちゃん、性別を変更できなくなったのでは?」
と里子は少し気になっていたことを口に出してみる。
 
「うん。離婚すれば変更できるけどね」
と紀恵。
 
「離婚は許さない」
と里子。
 
「私もさとちゃんとの婚姻の維持を優先する。だから性別の変更は諦めるよ。一応女名前だから、日常の生活には特に不便は無いしね」
 
「なるほど。性別の変更を保留して、名前だけ変えちゃう手もあるのか」
「そうしている人、結構多いよ。私、女名前だから、銀行口座もクレカも全部性別女で登録してるし」
 
「へー、凄い!。だけどさ」
と里子は言った。
 
「うん?」
 
「のんちゃんの元の名前が紀理(のりみち)って。それ音読みしたら《キリ》だよね?」
「あはは、それに気付かれたか」
 
「のんちゃんの苗字が香茂(かも)だけど、東北の方言で、おちんちんのことをカモって言うよね?」
 
「小学生の頃、たいがい、からかわれたよ。カモキリだから、お前その内、カモを切っちゃうんだよな?って」
 
「で、カモを切る予定は?」
と里子は訊いた。
 
「私のおちんちん、あった方がいい?取っちゃった方がいい?」
と紀恵は訊き直した。
 
「付いてた方がいい。それで私のヴァギナに入れてよ」
「まあ、さとちゃんがそう言うのなら、当面手術は保留だな」
 
「タマタマはあるの?」
「さあどうかしらね。その内、分かるといいね」
 
と紀恵は謎めいた微笑みをする。その表情は肯定にも否定にも読めた。でももしタマタマがまだあったとしても多分機能停止しているだろう。紀恵の体形は女性ホルモンを長年摂っている結果としか思えない。
 
しかし自分たちの結婚って、見た目は女性同性婚なのに、染色体的には男性同性婚だったのか!と思い至る。神式で結婚式を挙げたけど、神様が苦笑していたかも知れないなとも思った。
 
「のんちゃん、もしかして絶対にあの付近を私に見せない気?」
「当然。だって私、女の子だもん」
 
と明るい笑顔で紀恵は言って里子にキスをした。
 
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