【福引き】(中)

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少し落ち着いた所で会社と妹に電話した。
 
「はい。無事手術が終わりました。ええ。では10月1日から出社します。またよろしくお願いします」
と部長に言う。
 
1ヶ月前に病院から部長に電話した時は翌日には「冗談でーす」と言うつもりだったのに。こういうのを嘘から出たまこととか言うんだった??
 
「あ、繰戸君、名前は何になるの?」
「はい、里子(さとこ)で」
「じゃ、建設三課課長・一級建築士・繰戸里子(あやべ・さとこ)で新しい名刺を作っておくから」
「ありがとうございます」
 
それで電話を切ったが、まだ会社にどんな顔して出て行けばいいのか分からない。
 
「無事手術終わったから」
と有華に言ったら
 
「お兄ちゃん、あれ冗談じゃなかったの?」
などと言われる。
 
いや、俺も冗談のつもりだったんだけど。
 
「お兄ちゃんが女の子になりたがってたなんて知らなかった!」
 
うん。俺も女になりたいなんて思ったこと無かったし。
 
「でも会社にはそのまま勤められるみたいだから、お前の学費は出してやるよ」
「ほんと。じゃマジで受験勉強頑張る」
 

食糧も充分買ってきたし、里子は取りあえずのんびりと「静養生活」を送った。
 
実際、手術した所は、お股も胸もとっても痛い。喉や肩も痛いのだが、その2ヶ所に比べれば痛みは随分小さい。まあ2ヶ月も自宅療養していれば、痛みもだいぶ減るだろう。
 
里子はそう思っていた。
 
ダイレーション(人工的に作った膣が縮まないようにダイレーターという棒を膣に挿入し、拡張する作業)は苦痛だし、痛かったが、これを毎日3回やることを医師からは言われていた。一応ふだんはあまりきつくない、留め置き用のダイレーターを入れっぱなしにしている。
 
男の人とセックスする時は外さなきゃやばいよな、と考えてみたものの、当面、男性とセックスするあてはない。というか、そもそも男とセックスなんて考えただけでも気持ち悪い。
 
しかし女の形になってしまったお股でおしっこするのにも随分慣れてきた。むしろここにチンコがあった時、どうやってしてたんだっけ?とそちらの方を忘れてきつつあるような気もした。
 
そして5日ほど経った時であった。
 
里子のアパートの玄関のベルが鳴った。
 

「はーい」と言って里子は玄関に出た。
 
女になったら会社の女の子たちともたくさんおしゃべりしないといけないだろうし、少女漫画に少し親しもうと思い、アマゾンで『夏目友人帳』全巻セットを頼んだので、それが来たかと思ったのである。
 
それでドアスコープも見ずに玄関を開けたら、そこに居たのは紀恵だった。
 
「あ、のんちゃん・・・」
「さと・・・・ちゃん!?」
と彼女は戸惑うような顔をした。
 
それはそうだろう。女の子みたいな髪型、水色のフレンチ袖チュニック、白い膝丈スカートと穿いている。まるで女装でもしているみたいだ。いや、2ヶ月前の自分なら女装なのだが、今はこれが普通の服だ。
 
「何て格好してるの? 何かの罰ゲーム?」
「あ、えっと・・・いろいろあってね。取り敢えず中に入らない?」
「うん」
 
と言って中に入ってくる。
 

里子は取り敢えず紀恵の好きなローズヒップティーを入れて、買い置きのムーンライト・クッキーを出す。これも紀恵の好み。甘いローズヒップティーにあっさりめのムーンライトが合うのである。
 
「わぁい。前回来た時にローズヒップティーもムーンライトも最後のストック使っちゃったのに、また買っておいてくれたのね」
「うん。4日くらい前に買物に行った時買っておいた」
 
「へー。で、どうしたの? 心配してたんだよ。全然連絡無いから仕事が忙しいのかなあとか思ってたんだけど、携帯にメールしても反応無いし。会社には連絡したら悪いかなと思ったしさ。何度か実はここまで来たんだけど留守みたいだったし。でも1ヶ月も連絡が無いのは変だと思って。まさか建築現場とかで怪我して重傷とかで入院してたらと思って、昨日思いあまって会社に電話したんだよ。友人ですが全然連絡が取れないのでと言って。でも友人には教えられないと言うんだよ。それで実は恋人なんですと言っちゃったんだけどね」
 
「うん」
 
「そしたら、1ヶ月入院していたけど数日前に退院して今は自宅にいるはずと言われて。でも部長さんが『ショックを受けないでください』と言ったんだけど何なの? やはり現場の怪我?」
 
里子は頭を畳に付けて謝った。
「ごめん。お詫びのしようもない」
 
「ちょっと、ちょっと。何なの? 別れてくれとか言うのは嫌だからね」
 
「別れるとか何とか以前に、俺、女になっちゃった」
「はあ?」
 
「実は性転換手術を受けて1ヶ月入院していたんだ」
「性転換!? 何の冗談? それに女装でもしてるかのような服だし」
「女に見えない?」
「全然」
「そっかー」
 
そうかも知れないな。だって、こないだ女になったばかりだもん!
 

それで里子は1ヶ月前に起きたことを話した。
 
テレビ局の番組に出たこと(紀恵は見ていなかったらしい)。それでドッキリ企画がありますと言われたこと。そのテレビ局を出た直後に福引券の落とし物を拾い、商店街の人に届けたものの、どうせ落とし主は分からないし、連絡があったらその人にも引いてもらうから、あなたが引きませんかと言われたこと。それで引いたら1等が当たり、賞品を渡すと言われて病院に連れて行かれたこと。それで1等賞品は性転換手術だと言われたこと。そんな賞品の福引きなんて、あるわけないし、これがテレビ局の人が言ってたドッキリ企画かと思っていたら本当に手術されちゃったこと。
 
しかし紀恵は途中からとっても変な顔をする。
 
「ねえ、その冗談、出来が悪すぎるんだけど」
「俺も冗談だと思い込みたいんだけど」
 
それで里子は服を脱いでみせた。
 
「嘘・・・・」
 
紀恵は口に手を押さえて呆気にとられている。
 
「うっそーーーー!!!」
と紀恵は再度叫ぶ。
 
「いや、嘘とか冗談だったらいいんだけど」
 
「でも、どうするのよ!? 突然女になっちゃって」
「まあ、なっちゃったものは仕方無いから、頑張って女として生きていくかなと」
 
「さとちゃん、受容性がありすぎ!」
「うん。それは人から良く言われる」
 
紀恵は少し考えていた。
 
「ねぇ。本当は元々女の子になりたくて、それで自主的に手術を受けたということはないの?」
「それだったら、大喜びしてるんだろうけどねー」
 
更に少し考えて紀恵は言う。
「私との関係はどうするつもり?」
「うん。この身体では、のんちゃんの夫になってあげることができないなあと思って」
 
「まさか、私との関係を解消したいなんて言わないよね?」
「どうしよう・・・」
 
紀恵は更にまた少し考える。
「私のこと好き?」
「好き」
「ずっと一緒に居たい?」
「ずっと一緒に生きて行きたい」
 
「だったら、恋人のままでいいね」
と紀恵は笑顔で言った。
 
「ほんとにいいの?」
「私、過去に女の子と恋愛したこともあるしね」
「へー!!」
 

「名前とかどうすんの?」
「それは里子(さとこ)で」
「そうだねぇ。女で里太郎(さとたろう)という訳にはいかないよね。でも『さとちゃん』のままでいいね」
 
「うん。会社も繰戸里子の名前で新しい名刺作ってくれるらしい」
「ふーん。そのまま勤め続けるんだ?」
「うん。でもどんな顔して出ていけばいいんだろう?」
「何も変わらない顔して出て行けばいいんだよ。ずっと前から女であったような顔して」
 
「そうだね。そうなるかな」
「でも建設会社で女性の課長って珍しいかも」
 
「ああ。それが国の政策で女性の管理職の比率を増やさないといけないらしくて。今管理職が30人の内女性管理職が2人しかいないけど、30人管理職がいるなら2割の6人は女性でないといけないんだって。だから4人増やさなきゃってことらしい。だからちょうど良かったと言われた」
「男性の管理職も1人減るし?」
「そうそう」
 
「でも28人の男性管理職と2人の女性管理職の所に4人女性管理職を追加しても、34人中6人で比率は17.6%にしかならない。2割以上なら5人追加しないと。それなら35人中7人で20%になる」
「あ、そうか」
 
「もっとも、さとちゃんが女になっちゃったから現在27人の男と3人の女。これなら4人追加で34人中7人で20.3%になるね。さとちゃんの性転換は人事をとっても楽にしたね」
「うむむ」
 
今回の自分の性転換って会社の陰謀じゃないよな?と一瞬考えてしまった。
 
「いっそ、さとちゃん以外にも3人の男性管理職が女性に性転換しちゃうとか」
「なるほど、それはいいな。提案してみようかな」
 
「仕事辞めるのと男辞めるのとどちらがいい?と迫るとか」
「それ、子作り終わって住宅ローン抱えてる中年男は性転換を選択せざるを得なかったりして」
「妄想小説にありそうな展開だ」
 

「だけどさぁ、さとちゃん」
「うん?」
 
「さとちゃんさあ、そういう格好してても全然女に見えないんだけど」
「そう?」
 
「罰ゲームで女の服を着せられたお兄さんって感じなんだよなあ」
「うむむ」
 
「女として生きるつもりなら、取りあえず女に見えるようにしないと」
「どうすればいい? やはり眉かな。なかなかうまく切れなくて」
 
「まあ眉もあるかな。ちょっと切ってあげるよ」
「うん」
 
それで紀恵に切ってもらうと、目の付近の印象がかなり変わる。眉は男女の顔を見分けるのに重要なファクターであることを再認識する。
 
「あとね。視線が男の視線なんだよ」
「視線が男と女で違うの?」
 
「男の視線は対象物を刺すように見る。女の視線は対象物を受け入れるように見る。視線の方向が逆なんだよ」
「へー!」
 
それで里子は意識して物を受け入れるように見てみた。コーヒーカップならコーヒーカップが自分の目に飛び込んでくるかのように見てみる。確かに今まではコーヒーカップに自分の視線をぶつけていた気がする。
 
「あ、変わった変わった。結構印象が変わったよ。すぐ変えられるって、さとちゃん、女の子になる素質を持ってたのかも」
「うむむ」
 
「あと、これがいちばん大事だと思うんだけど。雰囲気を女にしないとダメ」
「雰囲気!? それどうしたら変わるんだろう」
 
「自分が女であることを自分の心で受け入れること。そして自分が女であると信じること」
 
それでやってみようとするのだが・・・・
 
「どうすればいいのか分からん」
「まあ、一朝一夕には無理かもね。女の子は生まれた頃から。オカマさんとかもたいてい小学生頃から、自分でもそう思い、周囲からもそう思われて、女としてのセルフ・アイデンティティを作ってきているから。女になって1ヶ月ではまだなかなか自分が女と思い込めないかも」
 
「そうかもね」
「いつまで会社休むの?」
 
「9月いっぱいまで休職させてもらうことになってる。10月から出社する」
「それまでには、少しは女の雰囲気出るかもよ。私もさとちゃんを女として扱ってあげるからさ」
「うん」
 
「毎日朝起きた時と、寝る前に『自分は女、自分は女、自分は女』と言い聞かせるんだよ」
「自己暗示か」
 
「そうそう。これまでさとちゃんは『自分は男』という自己暗示を掛けてたんだね。
 

それで紀恵は里子が持っている服をチェックしていたが
 
「女気が無さ過ぎる」
と言われる。
 
「これはもう女であることを辞めたおばちゃんが着るような服だよ。若いんだから、もっと女の子らしいものを着ようよ」
「どういうの選んだらいいか分からない」
 
それで一緒に買物に出ることにする。
 
先日退院してすぐの時は里子はスーパーの婦人服売場に行き、主として《980円》とか書いてあるコーナーとか、ワゴンに乗っている商品を買ったのだが、その買い方がそもそも間違っていると言われた。
 
紀恵は里子をショッピングセンターの中に入っている若い人向けのレディス・ショップに連れて行く。
 
「何か中に入るのが恥ずかしい」
「慣れたら普通になる」
ということで手を引いて連れ込まれる。
 
「こんなの可愛くないかなあ」
などとボートネックのカットソーで、赤とピンクのボーダーなのだが、そのボーダーが肩より下の部分だけに入っているものを選んで、里子の身体に当ててみる。
 
「こんなの着るの〜?」
「あまり赤とか着たことないでしょ?」
「赤なんて女の服だって父親に言われてたから着たことない」
「赤が女の服だという意識があるなら、その赤を着ることで自分の意識を変えていけるね」
 
紀恵は他にもフリルの付いた服とか、センスの良いロゴ入りの上品な雰囲気の服とかを選ぶ。里子はそんな服を着るところを想像すると自分を破壊されるような気分だと思ったが、紀恵は実際に自分を一度破壊しないと女の意識にはなれないと言った。スカートも、どこの娘さんが穿くんだ?という感じのを3点選んだ。
 
そしてトリンプショップに行く。先日買ったブラやショーツはスーパーの自主ブランドのだとか、聞いたこともないメーカーのとかだったが、さすがトリンプだと、何だかデザインが格好良い! ついでにお値段も格好良い!!
 
「たかがブラ1枚で5000円もするの!?」
などと里子は小声で言うが、紀恵は
「だってそれ可愛いもん。私が今付けてるブラとか8000円したよ。まあこれはお仕事用だけど」
などと言う。
「ひぇー、女は大変だ」
「男物の下着でも高いのはあるよ」
「わたし、3枚1000円のシャツとかしか買ったことない」
 
部屋の中では自分のことを「俺」と言っていたのだが、女の子が俺なんて言ってはいけません、と言われて矯正中である。しかし「わたし」という言葉を使う度に自分のことじゃないみたいで、物凄い心理的抵抗がある。
 
「まあそういう人が多いだろうね。私もオフの時は、しまむらで上下セット500円とかのをつけてたりもするし」
「その値段、いいな」
 
結局、天国のブラだか、愛するブラだか、そんな感じの名前のものを上下セットで3つ買った(と思っていたら、天使のブラに恋するブラだ、と後で紀恵に修正された)。試着させてもらって買ったのだが、何だか凄くしっかりした感じで、安物とは違うというのは良く分かった。
 

その後、ファンシーショップに行く。
 
「ここで何を・・・・」
「こういう所に来る練習」
 
と言って、紀恵は「あ、これ可愛い」とか「これも可愛いな」などと言っていろんなグッズを見ている。しかし里子には、それがそもそも何なのかが分からないものも多かった。
 
結局、女物の傘を持ってないでしょ?と言われて、ピンクのハート模様の傘を買う。持ち手の所も何だか可愛いキャラの形になっている。
 
「会社にも似たような感じの傘持ってる子が居た」
「かぶっちゃう?」
「ううん。向こうは確か水玉柄でライトブルーだった気がする」
「ぶつからなきゃ大丈夫だね。似たようなのなら、このお店で買ったのかもね」
「ああ」
 

そしておやつを洋菓子屋さんで取る。
 
「挑戦してみよう」
と言われてフルーツパフェを頼む。紀恵はプリンパフェにした。
 
「これ、何だか美味しい」
「お医者さんから血糖値は何か言われた?」
「ううん。手術前に色々血液検査とかされた時も特に何も言われなかったけど」
 
「女性ホルモンを摂取すると、それが血糖値を上げるから、性転換者はカロリーには気をつけないといけないんだよ。下手すると糖尿やるからね」
「ふーん」
 
「・・・・女性ホルモンはどんな製剤を渡されたの?」
「女性ホルモンって取らないといけないの?」
「まさか何も渡されてない?」
「聞いてない」
「うそ」
 
「必要なの?もしかして」
「当然。睾丸を除去したけど、卵巣は無い訳だから、男女どちらかのホルモンを取ってないと、ホルモンニュートラルになって、色々問題が起きる。まさか男性ホルモンを補充しようとは思わないよね?」
 
「女になったのに男性ホルモン取るというのは有り得ないと思う」
「だったら女性ホルモンを補充しなくちゃ」
「それって薬屋さんで買えるの?」
「処方箋があれば。電話して処方箋出してもらったら?」
「うん」
 

それで里子が手術をした病院に電話してみると、先生が出て
「あ、自分で調達してたのかと思った。いいよ。処方箋出すよ」
と言ってくれたので、紀恵と一緒に取りに行った。
 
念のため簡単な診察をした上で
「順調に回復してるね」
と言って、処方箋を出してくれたので、それを持って近くの製剤薬局に寄り、取りあえず3ヶ月分のエストロゲンとプロゲステロンの製剤を受け取った。
 
「でも、あの病院ちゃんと実在したんだな」
などと里子は言う。
 
「なんで?」
「なんかあのこと自体が夢か幻じゃないかという気もしてさ」
「幻だったら、今さとちゃんが女の身体になってる訳無いね」
「そうだねー」
 

買物でいろいろ荷物が増えたので、いったん自宅アパートに戻り、荷物を置いてから、またふたりで町に出た。里子が、お化粧がさっぱり分からないなどと言うので、一緒に化粧品を選ぶ。
 
「さとちゃんは汗掻き体質だから、汗掻いても崩れにくいマックスファクターが良いよ」
と言って、マックスファクターのコンパクト、口紅、アイカラー、チークなどを選ぶ。それから化粧水と乳液はソフィーナにして、デジャヴュのマスカラを買い、他にアイブロウ・アイライナー、眉切りハサミ、ビューラー、チークブラシなども買う。
 
「化粧品高い!ほんとに女の人は大変」
「だね。でもさとちゃんもこれからは大変だよ」
「うん」
 
「練習しなくちゃね」
「色々教えてよ」
と里子が言うと
 
「毎日レッスンしてあげる」
と紀恵は言う。
 
毎日レッスンするって、それつまり毎日会うということなのかな?と漠然と里子は思った。
 

その日は取りあえず早めの夕食を一緒にリーズナブルな日本料理店で取り、それから紀恵はクラブに出勤して行った(紀恵は里太郎との交際を始めてから同伴出勤をしなくなった)。里子は何となくそのまま帰宅するのは寂しい気がして本屋さんで、いくつか女性向けファッション雑誌を眺めて、結局MOREとnon-noを買って帰った。
 
それでお茶を飲んだ後、ネグリジェに着替えて寝ていたら、夜中ドアが開く音で目を覚ます。
 
ん?と思って布団から起き上がると、紀恵である。
 
「お疲れ様。どうしたの?」
「うん。明日の朝、里子ちゃんの朝のお化粧を教えないといけないから、ここに帰って来た」
「あ、えっと・・・・」
 
「ここで寝せてねー」
と言うと紀恵は通勤用の服を脱いで下着姿になり、
「おやすみー」
と言って里子の布団の中に潜り込むと、そのまま眠ってしまった!
 
これってもしかしてセックスのお誘い?とは思ったものの、紀恵は本当に眠ってしまった雰囲気だし、そもそもセックスしたくても、チンコは取っちゃったし!ということで、結局里子は紀恵の唇にキスをして、自分も寝た。
 

朝起きると、そばに寝たまま携帯をいじっていた風の紀恵が
「お早う、マイハニー」
と言ってキスをしてくれた。
 
それでふたりで一緒に朝御飯を作って食べた。
 
「私、取りあえず一週間お店は休むことにしたから」
「へ?」
「それで一週間、ここに泊まり込んで、さとちゃんの女の子レッスンをしてあげるよ」
「ははは」
 
「貯金少しあるから、一週間くらいは何とかなるし」
と紀恵。
「いや、その間の生活費は私が出すよ」
と里子。
 
翌日は一緒に町に出てまたいろんな所を廻ったが、その間細々としたことを紀恵は指導した。
 
物を落としたとき、里子が身体を折り曲げて取ろうとしたら「それダメ」と言って、腰を落として取る《模範演技》を見せる。
 
「身体を折り曲げて取ると、短いスカート穿いてたらパンツ見せることになっちゃうから」
「なるほど」
「そもそも美しくないよ」
「確かに、のんちゃんが腰を落として拾う動作は可愛いと思った」
 
電車で座った時、里子が足を広げて座ったら「膝頭をちゃんとくっつける」と注意される。
 
「これ、けっこう力が要るよぉ」
「慣れたら眠ってしまっても膝頭は離れないようになるよ」
「ひぇー。そうなるまで、どのくらい掛かるだろ?」
「そうだねぇ。2−3年掛かるかもね」
「女修行は大変だ」
 
これはマジで女修業ではなく女修行の気分である。
 
道で人とお見合いになった時は素早く譲るとか、エレベータに乗った時は進んでボタンの所に立ち、他の人の行く階を聞いたりなどというのも、言われる。
 
「私も女の子レッスンなんてしたことないからさ。思いつくままに言ってるから、不効率なのはごめんね」
「ううん。こういう実践的なもの、ほんとに役立つ」
 
「でもだいぶ女の子らしい視線が使えるようになってきてるよ。さとちゃん、ほんとに飲み込みが良い」
「そうかな?」
 
そう褒められると、里子はちょっと嬉しい気がした。
 

マクドナルドにも行ってみる。
 
「入る前に訊きたいけど、何食べる?」
と紀恵は訊いた。
 
「そうだなあ。クォーターパウンダーのセット2個にアップルパイ、シャカシャカチキンくらいかな」
と里子。
 
「それ、女の子のオーダーじゃない」
「ぐっ」
 
「女の子はセット2個も一気に食べたりしないよ(若干例外的な人もいるけどね)」
「じゃ、のんちゃんは何頼むの?」
 
「私はそうだなあ。ベーコンレタスバーガーのサラダセットかな」
「だけ?」
「女の子の食欲はそんなものだよ」
「その程度じゃお腹空くよー」
「少しダイエットした方がいい。今ウェストが75cm?せめて69cmにしよう」
「そんなに!?」
「69cmでもサイズとしてはLだよ」
「ひー」
 
「で、さとちゃんオーダーは?」
「じゃ・・・てりやきマックバーガーのLLセット、ポテトとコーラで」
「サラダと爽健美茶のMMセットにしよう」
「う・・・。お腹空きそう」
 
「それで満腹できるように頑張ろう。ポテトのLは570kcalもある。これだけで食事1回分のエネルギー。日本人女子の1日の必要カロリー量は1500klcalくらいだからね。基本的にマクドナルドでポテトは食べてはいけない。コーラLも180kcal。基本的に飲み物はノンカロリーのもので」
 
「ひぇー!女の子って大変だ!」
 
女の子としてオーダーするのも練習と言われて、里子が2人分注文して席で食べたが、全然食べ足りない感じだった。
 
「やはりお腹空きそう」
「おうちに帰ったらサラダでも作って食べようよ。お野菜色々買って帰ってさ。お野菜でお腹を埋めれば結構持つんだよ。野菜はノンカロリーだから幾ら食べてもいい」
「それで女の子ってサラダを良く食べるんだ!?」
「そういう訳でもないけど、食生活って、結構惰性なんだよ。少ないカロリーでの食事に身体を慣らしていこう」
 

女子トイレにも一緒に入り、列に並んだ。
 
「いつもあんなに列ができるもんなの?」
とトイレを出た後で訊くと
「女子トイレに列はつきもの。だからギリギリで行くんじゃなくて早めに行っておかないといけないんだよ。漏らしたくないでしょ?」
「うん」
 
「それに、女性は尿道が短い分、男性よりもおしっこが近くなるはず。今までの感覚でいると、絶対漏らす羽目になるよ」
と紀恵。
 
「あ、それは手術した先生からも言われた気がする」
と里子。
 
「トイレついでに言っておくと、大の方をした後、紙で拭くとき、前から後ろに拭くようにして」
「へ?」
「多分、さとちゃん、後ろから前に拭くよね?」
「そうしてた」
「それやると、女の子の場合、お尻を拭いた紙が、割れ目ちゃんの付近に当たって衛生上、とっても問題があるから」
「そうか!気を付けるよ」
 

3日目の午後。お昼を食べた後で、おしゃべりしながら歩いていたら、いつの間にか何だか派手な外装の建物が並ぶ一帯に来ている。
 
そして笑顔で紀恵は言った。
「ね、さとちゃん、ここに入ってみない?」
「え!?」
「私、こういう所来たことないけど、さとちゃんは経験あるよね?」
「でも、私、おちんちん無いけど」
「無くても気持ち良くなることはできるはずだよ」
 
それで2時間の御休憩で入る。
 
「取りあえずシャワー浴びようよ」
ということで交替でシャワーを浴びてきた。先に里子がシャワーを浴びてきて一応、裸のままベッドに入って待つ。それから紀恵がシャワーを浴びてきた。
 
紀恵はバスタオルで身体を隠している。そしてそのままベッドの中に入り、中でバスタオルを外して、里子に抱きついた。
 
「今日でお互いヴァージンは卒業ということにしようよ」
「え?でも私、入れるようなものが無いし」
「それはお互い様だね」
 
そう言って紀恵は里子を強く抱きしめた。
 

その後の1時間ちょっとのプレイは紀恵主導で進んだ。
 
紀恵は里子の新しいクリちゃんを優しく、でも高速に指で刺激した。それで何度か里子は《逝く》感覚があった。
 
「私もしてあげる」
と里子は言ったが
「いいよ、いいよ。今日は私がたっぷりさとちゃんを刺激して女の喜びを体験させてあげるから」
と言って、紀恵はほんとにその日、攻めに徹していた。
 
留置式のダイレーターも外して、代わりに紀恵が指を入れて来た。それで刺激されると、また《逝った》感覚がある。
 
「ここが、さとちゃんのGスポットなんだよ」
と言われる。
「わたし、Gスポットもあるの?」
 
そんなものも性転換手術で作るのだろうか??
 
「ふふふ。女のGスポットは実は男の前立腺だよ」
「え?そうなの?」
 
「元々前立腺が女性の場合未発達なんだけど性感帯としては働いているんだよね。それがGスポットの正体。その前立腺は性転換手術でも摘出しないから、そのまま残ってるんだよね。だから自分でも指を入れてこの付近刺激してみるといいよ。気持ちいいから」
「うん。試してみる」
 
また紀恵は里子のクリちゃんを舌でも舐めてくれた。これがまた気持ち良くてまたまた里子は逝ってしまった。
 

「もしかしたら女の方が男より気持ちいいのかも」
とホテルを出た後、里子は言った。
 
「ふーん。それなら良いね。両方体験できる人は少ないから」
「女の歓びにハマっちゃったら、どうしよう?」
「多分ね。女同士だから気持ち良いんだよ」
「へ?」
 
「だって男の人は出したら終わりでしょ?女の子が気持ち良くなるまでしてくれないから」
「そっかー。でも、私、多分もう、のんちゃん以外とセックスすること無いから」
「私もさとちゃん以外とセックスすることは無いよ」
 
女同士なのでインサートということはできなくても、その日里子は確かに紀恵と結ばれたという感覚だった。そしてそのことがお互いの信頼関係を深めたように思った。
 

翌日。
 
「今日はプールに行こう」
と言ってまずは連れてこられたのはショッピングセンターの水着売場である。
 
「えっと・・・・」
「女の子なんだから、可愛いビキニの水着でも着る?」
「勘弁してー」
 
「と言うだろうと思ったな。まあいきなりビキニ姿を人前に晒したら、たぶん着こなせなくて、変態さんに見えちゃいそうだし。ふつうの競泳用水着から始めようか」
「うん。それがいい気がする」
 
それでお腹の肉もあるしということで、サポート機能のあるワンピース水着をチョイスする。そのほか、アンダーショーツ、ゴーグル、水泳帽も買った。
 
「私も新しい水着買っちゃおう」
などと言って紀恵は上下セパレート式のを買っている。
 
「ちょっと変わったビキニだね」
と言ったら
「これはタンキニと言うんだよ。上がタンクトップでしょ?」
と言われた。
 
「へー」
「さとちゃん、女の子の服の名前もあまりよくわからないよね?」
 
「うん。パンツの名前もなんだか色々あって、さっぱり分からない」
「ああ。確かにあれは女の子でも分からないくらい色々名前がある。まあ少しずつ教えていってあげるよ」
「お願い」
 

それで市民プールに行くが、
「まずはチケット買おう。大人・女を2枚だよ」
と言われる。
 
あはは。里子は男性時代にもここに当時のガールフレンドを連れてきたことがあったが、その時は「大人・男1枚と大人女1枚で買っている。
 
でも今は女2枚で買うしかない。この体では男子更衣室には行けない。それでチケットの「大人・女」という赤いボタンを2度押してチケットを買った。
 
受付で渡すと、赤い続き番号のロッカーの鍵をもらう。それで更衣室の前まで来るが、さすがにためらう。すると紀恵はニコッと笑うとそんな里子の腕を取り、女子更衣室に連れ込んだ。
 
きゃー。こんなところに入るなんて。まるで痴漢にでもなった気分だ。だいたいたくさん女の人が着替えてるし、真っ裸になったまま歩き回っている人もいる。無防備に曝しているおっぱいがまぶしい。昔ならきっと、チンコが立ってしまっていたところだろうだが、今は立つようなものも無い。
 
「さあ、私たちも着替えよう」
と紀恵は言って服を脱ぎ始める。
 
「うん」
と言って里子も服を脱ぐ。
 
紀恵はさっさと服を脱ぎ、ブラとパンティも脱いで裸になり、それからタンキニの水着を身につけた。里子も服を脱ぎ、下着も脱ぎ、まずはアンダーショーツを穿いた上で、ワンピース水着を・・・
 
「これ、下から穿けばいいの?」
「そうだね。下からの方が楽だと思うよ」
 
それで両足を通し、上にあげて肩紐部分を両肩に掛けた。
 
「うん。違和感無いよ」
と言われる。バスト部分にCカップの胸が収まっている。水着のバスト部分にはカップが入っているので、乳首が外側には響かない。へー。女の子の水着って、こうなっていたのか、と思った。男はこういう「女の子の運用方法」について無知である。
 
しかし・・・・
 
女の子水着を着た姿を人前に曝すのが凄く恥ずかしい気がした。ひとりだときっと途中で逃げ帰っているところだが、紀恵が手を引いてくれるので、ひーーーと思いながらも一緒にシャワーを浴びてプールに行った。
 

「さとちゃん、泳げるの?」
「去年までは泳げていたけど、どうだろう?」
「別におちんちんで推進力が出てた訳じゃないだろうし、大丈夫だよ。やってみなよ」
「うん」
 
それで水に入り、恐る恐る泳いでみると、普通に泳げる。紀恵に言われた通り、別にチンコが付いてるかどうかは運動能力には関係無さそうという気がした。ただホルモンの関係でどうしても今後筋肉は落ちていくよとも言われた。しかし今のところはそう変化は無いようである。
 
紀恵の方も結構泳ぎは得意なようで、隣のコースで泳いでいたが、里子が休憩して見ていると、かなりの距離を休まずに泳いでいた。へー凄いと思ってその泳ぎを見ていた。
 
一緒にスライダーにも行く。これは並んでいる時間の方がメインという感じだ。ここ数日、女性らしい話し方というので結構指導されていたのだが、人が周囲にいる状態で紀恵と色々おしゃべりするのも、だいぶ気恥ずかしくなくなって来た気がする。これって他の人には女の子の友だち同士で話しているような感じに聞こえるかな?
 

なお、話し方の指導では紀恵は2つのポイントで里子を指導してくれた。
 
ひとつは声自体の問題である。里子は元々かなりのハイトーンが出せる。しかしその声は、さだまさし・小田和正などのような「男性のハイトーン」にすぎない。純粋にその声だけを聞いたら多くの人が男の声だと認識する。
 
紀恵は「低い倍音が出ないように気をつけて」と注意した。声は様々な高さの音が混じっている。多数の倍音で構成されているので、その中の低い倍音が混じらないようにすると、女性の声に似た感じになるのである。喉の下の方があまり震えないようにしようと注意される。色々試行錯誤している内に
「あ、今の出し方がいい」
と言われた出し方を忘れないようにして練習した。
 
また話し方のイントネーションが男性と女性ではまるで違うというのを指摘される。男性は単純な抑揚で話すのに対して女性は豊かな抑揚で話す。「歌うように話すんだよ」と言われ、元々得意な女性歌手の歌をたくさん歌って練習したが、その時も「その歌い方ではあくまで男が女の歌を歌っている感じにしか聞こえない」
と言われて、松田聖子の若い頃の歌、後藤真希の全盛期の歌、miwaや木村カエラなどの歌をiTunesでダウンロードして聴かせられ、これをそっくり真似してごらんよ、と言われた。
 
「でも、さとちゃん、楽器や音源の伴奏が無いと音程が少し不安定」
「うん、音痴なんだよ」
「それは違うと思う。こんなに歌える音痴なんて有り得ない。さとちゃん、練習が足りないだけだよ。たくさん歌っていれば、もっと音が安定するよ」
「そうかな?」
 
「女の子らしい声の出し方の練習も兼ねて、毎日100曲歌おう」
「ひゃー」
 
それで、里子は今まで自分のパソコンを持っていなかったのだが、安いEpsonのノートを通販で買い、それにJOYSOUNDのPC版を入れて、松田聖子からももクロまで女性歌手の歌を朝から晩まで歌いまくった。
 

紀恵は里子に、話し方(ついでに歌い方)の練習をさせるのと同時に、字の練習や文章の練習もさせた。
 
女の子の字は、20代の女性が書いた手書きの文字を見せ、真似して書いてみるように言った。
 
「こんな可愛い文字を書くの〜?」
「お仕事の文字はきちんとした筆跡で書いた方がいい。でもプライベートなメモとかは、こういう文字で書くと、同僚の女性とかにも受け入れてもらいやすいと思うし、ラジオ番組とかにリクエストするのとか、お友だちの結婚式に寄せ書きするのとかでも、可愛くていいよ」
 
「ああ、確かにそういう用途はあるかもね」
 
女の子らしい文章というのでは、まず丁寧語を多用するように言う。それから漢字の比率を下げ、漢字で書いてもかなで書いてもいいようなものはできるだけかなで書くように。また、難しい漢字の熟語は、いっそその部分をカタカナ書きするというテクも伝授した。
 
「ビジネス用の文章とプライベートな文章を使い分けるといいんだよ。全てをビジネス用で押し切ろうとすると、無理がある」
と紀恵は言った。
 
参考資料として、女子高生や女子大生が多数参加している掲示板なども見せられる。
 
「なんか、女の子の文章とは思えないんだけど」
と里子は顔をしかめて言う。
 
「これは女の子同士で媚びを排した書き方をしているからだよ。男は見てないという前提があるから、こういう書き方になる。男が見る可能性のあるところならまた書き方が変わるよ」
 
「女の子って表裏があるんだ!」
「まあ女の子は怖いよ」
 

プールの翌日。紀恵は里子をプールより、もっと凄い所に連れていく。
 
「こ・・・ここに入るの?」
「プールが行けたんだから、ここも平気だよね?」
「全然違うよぉ!」
 
「でも、これは通過しておかなきゃ行けないものだよ」
「そうなの!?」
 
そういう訳で、紀恵は里子の手を引き、銭湯の「女」と書かれた戸を開けて中に入った。
 
「スーパー銭湯とかなら人が多いけどさ。こういう普通の銭湯は少ないからこういう所で少し慣れた方がいい」
と紀恵は言う。
 
確かにそれはそうかも知れないという気がした。料金も安いし!
 
実際脱衣場に居るのは、お婆さんが2人とフィリピンかどこかかなという感じのアジア系の40代の女性、それに女子大生っぽい子1人だけだ。
 
あまり他に視線をやらないようにして服を脱ぐ。銭湯だから裸にならないと中に入れない。プールではまだ水着だったけど、裸のまま行動するのは凄く心細い気がした。
 
でも紀恵がそばで微笑んでいるので、ちょっとだけ勇気付けられる。
 
一緒に浴室に移動し、まずは身体を洗って、浴槽に入った。
 

「銭湯自体は結構来てた?」
 
「結構入ってる。あちこちの現場に行った時は、その近くの宿泊所や寮の浴室とか、近くの銭湯で汗を流してからあがるということ多かったし。まあ作業員さんたちとの交流にもなるしね」
 
「工事現場には軽作業する女性もいるでしょ? 今後はその人たちとの交流ができるよ」
「あはは、確かにそうだ。おばちゃんたちと結構仲良くなれるかな」
「きっとおばちゃん世代は、性別を変更した人にも寛容だよ」
「そうかもねー。マツコ・デラックスとかもそういう世代に受けてるみたいだし」
 
「だけど、銭湯に一緒に入れるって、女の子同士の恋愛は便利だね」
「確かに男女じゃ、一緒に銭湯には行けないなあ」
 
初めての女湯ということで最初はちょっと緊張したものの、客が少なかったのもあったし、紀恵と一緒ということで何とか心の不安を乗り越えることができた。
 

そんな感じで、紀恵との一週間はあっという間にすぎてしまった。
 
「明日からはまた私仕事に出るけど、さとちゃん、もう大丈夫だよね?」
「うん。まだお化粧は全然うまくできないけどね」
「練習あるのみだよ」
「うん。頑張る」
 
「じゃ、頑張ってね。また週末にはこちらに来るよ」
「あ・・・」
「ん?」
 
「ねえ。のんちゃん」
「なあに?」
 
「いっそさ・・・・一緒に暮らせないかなと思って」
「・・・」
「いや、そのこの一週間ずっと一緒に居て、のんちゃんって自分にとって欠くべからざる人だというのを再度認識した。私、ずっとのんちゃんと一緒に居たい」
 
紀恵はしばらく里子の顔を見詰めていた。
 
「いいよ。じゃ同棲する?」
と紀恵は言った。
 
「うん」
と里子は笑顔で頷いた。
 
それで紀恵はその日から夕方里子のアパートから出勤し、深夜に里子のアパートに戻る生活を始めたのである。レンタカーで軽トラを借りてきて、タンスなどはふたりで協力して積み込み、移動した。里子のアパートは1DKではあるが、元々里子は大した荷物を持ってなかった(テレビと冷蔵庫と洗濯機と電話くらい)ので、紀恵の荷物は充分余裕を持って入った。
 
「入籍もしちゃう?」
と里子は訊いたが
「それは少しふたりで一緒に暮らしてからまた考えようよ」
と紀恵は答えた。
 
「そうだね。急ぐ必要もないし」
 
「私たち、赤ちゃんは出来ないから《出来ちゃった婚》にはならないし」
と紀恵。
「ごめんねー。種無しになっちゃって」
と里子。
 
「いいんだよ。私たちが仲良くしていければ」
「うん」
 

紀恵と暮らすようになってから、里子は手術の痛みが急速に和らいでいくのを感じていた。精神的なものかなとも思ったのだが、紀恵に言ってみたら、食事を「女の子並み」に変えたのと(医師の指示で)アルコールを断っていることで、血糖値が下がってインシュリンが良く働くようになり、それで傷の治りが速くなっているのではとも言った。
 
確かに今までの食事量を考えると、血糖値は高かったかも知れないなと里子も思った。特に現場に出ていたりすると、作業員の人たちと一緒に飲んで食っていた。たくさん肉体を酷使している作業員さんたちにはそれが必要なカロリーかも知れないが、自分は指示しているだけで肉体労働をしていないので明らかにカロリー過多であったろう。
 
里子はまだ休職中ではあったが、一応毎日お出かけはしていた。外に出るというのがないと、普通の女の子でも気が抜けた生活になりがちだからと言われ、ちゃんと毎日お化粧をして、服もまともなのを来てお買物したり、本屋さんに行ったりしていた。
 
そんな感じで過ごしていたある日、ふたりのアパートに突然の訪問者があった。
 
玄関のベルが鳴るので、お昼にチャーハンを作っていた里子は
「はーい」
と言って、ガスの火を止めて玄関のドアを開ける。
 
「母ちゃん!?」
 
それは里子の母であった。
 
「あんた・・・・里太郎なの?」
と母は半ば呆然としている感じ。
 
「うん」
と里子は頷き、取りあえず母を中に入れる。
 

部屋で雑誌を読んでいた紀恵が慌てて布団を片付け、テーブルを出す。里子と里子の母を座らせて、取りあえず紅茶を入れて、里子が手作りしたチョコレートクッキーを出し、それからチャーハン作りの続きをしてくれた。
 
もっとも里子の母は紀恵がチャーハンを作り終えて
「お母様もよろしかったらどうぞ」
と言って、皿3つに盛ったチャーハンを持ってくるまでは
 
「夏休みのせいか飛行機が満席でね」
とか
「隣の**さんの息子が離婚しちゃって。お嫁さん、子供連れて郷里に帰っちゃったんだよ。可愛い子だったのに」
などといった、あたりさわりのない?話しかしなかった。
 
そして紀恵が
「私、これ食べたら少し外に出てようか?」
と訊いたのに対して、里子は
「居て欲しい」
と言った。
 
それで里子は紀恵を紹介する。
「こちら、私の婚約者の香茂紀恵さん」
 
「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。香茂紀恵と申します」
と紀恵も母に挨拶し、個人用の名刺を出した。
 
クラブの営業用のではなく、ネットで知り合った人などにオフ会で渡すのに作っている名刺だ。肩書きも何も入っていない。電話番号さえも入っておらず、gmailのメールアドレスが書かれているだけである。
 
 
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