【神様のお陰・神育て】(2)

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どうも女子達の関心は命(めい)よりも正美の方に移ってしまった感があった。近くのスポーツ用品店で、ワンピース型の水着とアンダーショーツ、水着用のパッドを買う。そしてみんなで奈良市近郊の温泉センターに行った。
 
まどかが全員分の入場料を出してくれる。
 
もう逃げ出したくてたまらない顔をしている正美を春代と理彩がしっかり捉まえて女湯の脱衣場に連れ込む。浩香は笑っていたが、ふと命(めい)の方も見る。
 
「命(めい)は別に逃げたりしないのね」
「うん。開き直った。どっちみち男湯には入れない身体だし」
「胸を大きくしちゃったんなら、もう無理だね」
 
正美は「トイレで着替えてくる」と言って、トイレに飛び込んでしまった。すると全員の視線が命(めい)の方に来る。しかし命(めい)は平然としてスカートを脱ぎ、カットソーを脱ぐ。
 
「すげ〜。乳でかっ」と浩香が言う。
「うん。Eカップだからね」と言って命(めい)が平然とブラを外してバストを露出するので、春代が「う〜ん」と言う。
 
「どしたの?春代」
「いや、少し恥ずかしがるとか、嫌がるのをみんなに無理矢理脱がされるとか、そういうシチュエーションだと萌えるんだけどね〜」
「あ、それは正美の担当ということで」
 
「でも張り切って大きくしたんだね〜。なんか絞ったらお乳出そう」
と浩香が言うが
 
「それ、お乳出るよ」と理彩と春代が同時に言った。
「えー!?」
「だから母乳パッドを付けてる」と言って理彩が命(めい)のブラカップの中に入っていた母乳パッドを取り出してみせる。
「やっぱり、命(めい)ってホントに女の子なの?」
 
「うん。女の子だよ。命(めい)、パンティも脱いじゃいなよ」と理彩が言う。
「うん」
と言って命(めい)がショーツを脱ぐと、豊かな茂みに覆われた陰部が姿を現す。
 
「付いてない・・・・よね?」
「命(めい)、少しお股を開いてみて」と理彩。
 
「おちんちん挟んで隠してる訳じゃないね・・・」
「本当に女の子だね」
 
「でも実際問題としていつ手術したの?」と浩香。
「高2の夏休みじゃないかと私は疑ってるんだけどね。中学校の修学旅行では男子と一緒にお風呂に入ったと聞いたから」と春代。
「命(めい)が女の子になっちゃったのは小学1年の時だよ。それ以降はダミーのおちんちんで誤魔化してただけ」とまどか。
 
「えー!?」
「その前に3歳頃に理彩におちんちん切られちゃったんだけどね」
「え?さっき理彩が言ってたの本当?」
「切り取ったおちんちんは私が保管してるよ」とまどか。
「ほんとに小さい内に、おちんちん取っちゃったんだ!」
「命(めい)は小学5年生の時から生理もあるよ」と理彩。
 
「えー!??」
「星は命(めい)が産んだ子供だしね」とまどか。
「うん、それは知ってる」と春代。
「え?そうだったの?」とそのことは初耳の浩香。
 
「やっぱり生理があったから妊娠できたのね」と春代。
「生理があるってことは本物の女の子なんだ!」
 
「もう、理彩もまどかさんも冗談がきついんだから」
と命(めい)は笑っている。
 
「やっぱり冗談なの?」と浩香。
「そのあたり、どこまで冗談でどこまで本当なのか実は私にもさっぱり分からん」
と春代。
 
やがて正美が水着姿で恥ずかしそうな顔をしてトイレから出てきたので、みんなでしっかり掴まえて浴室に移動する。
 

命(めい)が普通の女の子と全然変わらない感じだし、女湯で恥ずかしがる様子も無く、平然としていて「萌えない」というので、浴室でも正美にみんなの視線が集中する。
 
「正美は女湯、何度か来たことあるの?」
「去年の夏、プールの女子更衣室は1度経験したけど、女湯は初めて」
正美はもう消え入りそうな雰囲気で、小さい声で話している。
 
「女子更衣室まで来てたなら、女湯も大差無いでしょ?」
「全然違うよ〜」
 
「どう?女湯の感想は?」
「逃げ出したい」
ほんとに逃げ出したさそうな顔をしているので理彩も春代も楽しくなってくる。
 
「今日は水着を着てるけど、次は裸で挑戦しようね」
「それは無理〜」
 
「おっぱい大きくして、おちんちん取っちゃえば裸でここに来れるよ」
「そう簡単に言わないで〜」
「ほら、おっぱい大きくして、おちんちん取っちゃった人がそこにいる」
と命(めい)を指さす。
 
「正美も、おちんちん取りたいんでしょ?」
「うーんと。。。。」
 
「正美ちゃん、私がいい病院紹介してあげようか?」とまどか。
「いや、いいです」
「夏までにおっぱいだけでも大きくしちゃおうよ。そしたらビキニが着られるよ」
とまどか。
「えーっと」
「それ私たちもさっき言ってたんです」と春代。
 
まどかは楽しそうな顔をして正美を見ている。ああ、これは正美は大学卒業する頃までには完全に女の子の身体になってしまうな、と命(めい)は思った。
 

夕方奈良市内でみんなで一緒に御飯を食べてから、正美はもう直接和歌山に帰り、浩香は市内の下宿に帰るということだったので、命(めい)・理彩・春代の3人で村に戻った。
 
「だけど今日の命(めい)のおちんちんの隠し方は凄かったね。ホントに付いてないみたいだった」と運転しながら理彩が言う。
 
「・・・・あれ、実は隠してるの?」と春代。
「そうだよ。僕はまだ下の方は手術してないよ。おっぱいは本物だけどね」と命(めい)。
「ほんとに〜?」
「昨夜は私、命(めい)のおちんちんで遊んだよ」と理彩。
「どうもあんたたちの言葉はどこまで信用していいのか分からん」と春代は言っている。
 
「でも妊娠出産の影響で全然立たないんだよね。だから次の子供は冷凍保存している命(めい)の精液を使って妊娠するつもり」
「少なくとも今男性機能は無いわけだ」
「うん。立たないし射精も起きない。調べてもらったけど睾丸には生殖細胞が全く無い」と命(めい)。
「睾丸に生殖細胞が無いというより、睾丸自体が無いような気もするけど」と春代。
 
「小さくはなってるよね。おちんちんも」と理彩。
「うん。かなり萎縮してる。どちらも高校生の頃の半分くらいしかない」
「0の半分は0だけどね」と春代。
 
「あのサイズだと多分立っておしっこできないよね」
「命(めい)って立っておしっこしてたことあるの?」
「え?去年の夏頃まではふつうに男子トイレで立ってしてたけど」
「ほんとかなあ」
 

連休明け、命(めい)は自動車学校を卒業し、門真市の運転免許試験場に行き、免許を取得してきた。朝から試験場に行き、書類を書いて持参の写真を貼る。受験料の印紙を買い貼って列に並び学科試験の受験申請をする。
 
申請書に仮免許証、自動車学校の卒業証明書を添えて提出したら係の人が鉛筆で必要事項が書かれているかどうかチェックしていたが唐突にこちらをチラッと見てから
 
「性別の所は該当しないのを消すんじゃなくて、該当するのに丸を付けるんですよ。直しておきますね」
 
と言って、僕が男の方に丸を付けたつもり(なのが楕円形になっていたので、斜線で消したようにも見えた)のところを二重線で消され、女の方に丸を付けられてしまった。
 
え?え? 僕は何か言おうとしたが
「次は○番で適性検査を受けて下さい」
と言われるので「あ、はい」と言い、僕は書類を持ったまま視力検査を受け、スタンプを押してもらって、学科試験会場へ。うーん。。。性別いいのかなぁと思うが、まいっかと思い取り敢えずその件は忘れることにする。そういえば僕は自動車学校の書類も性別・女になってたな、というのを思い出す。
 
試験は例によって引っかけ問題の嵐だが、自動車学校でもたくさん模試を受けているので、慎重に回答をしていった。
 
やがて試験が終わり、合格発表。自分の番号がモニターにあるのを確認。ICの暗証番号2個(理彩の誕生日と星の誕生日にした)を登録。手数料を払ってから写真撮影をされ、免許証の発行まで待つことにする。
 
ロビーで自宅に居る母に電話して合格を報告し星の様子を聞いたあと、持参したおにぎりを食べていたら「あ、命(めい)ちゃ〜ん」と声を掛けられる。
 
見ると麻矢だ。
「あれ?麻矢ちゃんも免許?」と命(めい)。
「うん。合格してた」
「わあ、おめでとう!!AT?MT?」
「ATなんだけどね。命(めい)ちゃんも合格?命(めい)ちゃんはどっち?」と麻矢。
「うん。合格してた。私はMT」
「おめでとう! MTいいなあ。私もMTで受講してたんだけどね〜、チェンジレバーの操作があまりに下手だったんで、あんたATにしなさい。どうせ運転するのはATなんだからと言われて、ATになっちゃった」
 
「あはは。確かにMT車を運転する機会ってあまり無いだろうね」
「そうなんだけどね〜」
「また後で限定解除の講習を受けて解除してもいいしね」
「そうだね。少し慣れてから解除受けに行くかなあ」
「うんうん。運転に慣れてからの方がいいよね」
 
「あ、そうだ。赤ちゃん生まれたんだよね?」
「うん。1月に。帝王切開だけどね」
「わあ、それは大変だったね。見せてもらっていい?」
「うん。じゃ。免許受け取ったら一緒にうちにおいでよ」
 
麻矢は命(めい)が妊娠中に町で偶然遭遇したことがあり、命(めい)が「妊娠のため休学」したことを最初から知っていた、希少な友人である。
 

やがて免許が交付され、少しお話があり、それから解放される。命(めい)は麻矢と免許を見せ合う。
 
「あれ?免許の色が違う」
 
命(めい)の免許はグリーン、麻矢の免許はブルーである。
「うん。私、高校時代に原付の免許取ってたから」
「へー」
「グリーンは最初だけだよ。次の更新でブルーになって、その次の更新では、ブルーかゴールド」
「ゴールドは無事故無違反5年間だよね」
「そうそう。それって実際に運転していたらまず無理。ゴールド持ってる人のほとんどはペーパードライバーだよ」
「なるほどー」
「警察の取り締まりはえげつないからさ。私も去年、一度切符切られたからなあ。ピザの配達のバイトで走ってたんだけどね。まだ行けると思って赤になったばかりの信号通過したら、そこにパトカーいるんだもん」
「ああ」
「バイト代が半月分飛んじゃったよ」
「交通安全施設の整備に寄付したのね」
「うんうん」
 
自宅に案内すると「わあ、大きな家に住んでるね」と言われる。母がお茶を入れてくれて、ストックしているお菓子を出してきてくれた。星がこちらを見て泣いたので、抱いておっぱいをあげる。
 
「わあ、なんか幸せな構図。私も赤ちゃん産みたくなっちゃう」
「苦労する分、こうしてる時は確かに幸せだよ」
「確かに苦労も多いだろうね〜」
 
「子供育てるのに夫婦とも学生だからさ。双方のお母ちゃんが一週間交替で田舎から出てきて、昼間赤ちゃんの面倒見てくれるんだ。こちらうちの母」
「わあ、それは助かるね。どうもお世話になります」
 
「いえ、こちらこそ。命(めい)の大学のお友だち?」
「高3の夏休みの講習で一緒になったんだよ」
「わあ」
「学部は同じだけど科が違うから、あまり学内では会わなかったね」
「へー」
 
「まあそれで、赤ちゃんを育てる部屋、勉強する部屋、お母ちゃんに泊まってもらう部屋で3部屋はいるなというので探してたら、ここが3LDK 5万円だったから」
「凄い安い家賃!」
 
「ここ、微妙に不便な場所だからね。ただ多少どこかの駅まで歩く気があれば意外にどこにでも出られるんだけどね」
「ああ。大学にはどうやっていくの?」
「摂津駅からモノレール」
「摂津駅まで30分か40分掛からない?」
「それでそこまで車で行く」
「なるほど!それで免許が必要になったのか!」
 

20年近く時を戻して1995年春。
 
命(めい)と理彩がまだ1歳半頃。村の神社の神職、辛島利雄は朝のお勤めをしていた時、唐突に西脇殿の気配が消えたのを感じた。え!? 何が起きた?
 
筮竹を持って来て占いをしてみる。筮竹は最初に1本、次に1本、3回目にも1本手に残った。乾為天(けんいてん)初爻(しょこう)。本来はそう悪い卦ではない。しかし利雄は「1」という数が強調されたことが気になった。
 
神様が一人になってしまった!!
 
利雄は長く東脇殿が「空っぽ」であることに気付いていた。本来ここの神社の神様は三柱の神で、正殿・東脇殿・西脇殿に、一柱ずつ神様がいるというのが辛島家代々の口伝である。しかし利雄が16歳の時から、東脇殿には神様がいなかった。
 

心当たりはあった。彼が15歳の時(1953年)、村の若い女の子・東川多気子が父親の知れない子供を産んだ。当時彼女は10人ものボーイフレンドがいて、かなり乱れた男性関係を持っていたが、そのボーイフレンド全員が「自分の子供じゃない」と言った。
 
多気子の家はひじょうに貧乏で、多気子の父は既に亡く、母もここ数年病に伏せっていた。実際問題として、多気子本人も薄給で、ボーイフレンドたちから少しずつもらっているお小遣いが実質家計を支えていた。その多気子も出産の数ヶ月前から仕事ができない状況になっていた。
 
認知は求めないから、この子たちをしばらくの間少しだけ支援して欲しい、と産後でさすがに動けない多気子に代わって病を押して訴えて回る多気子の母親に10人のボーイフレンドの大半が冷たい態度を取った。あろうことか、その中のひとりで村の有力者の息子だった男は、子供が生まれて3ヶ月ほどたったある日、赤ん坊を多気子ごと密かに殺そうとした。「父親じゃない」と否定はしていたものの、内心かなり「ひょっとしたら」と思っていたのであろう。
 
それを救ったのが利雄であった。彼は祖母の辛島美智と曾祖母の奥田阿夜から「母子が危ないのでかくまって」と言われ、多気子とその赤ん坊を手引きして神社の倉庫に隠したが、そこに父の琴雄が「東川さん(多気子の母)が亡くなった」
という報せを持って来た。父は「ずっと病気だったからなあ」などと言ったが、利雄はあの男に殺されたんだと直感した。
 
美智と阿夜に相談する。
 
「いつまでもはかくまえない。見つかると命が危険。どこかに逃がそう」
ということで話がまとまる。
 
美智が当時のお金で数十万円の資金を用立てて、多気子に渡し、今後も定期的にお金を送るからと言って、ちょうど宇治山田市(現・伊勢市)に帰る知人の車に密かに同乗させて村から出した。利雄は
「でも定期的に送金までするって、なぜあの母子をそこまで気に掛けるんですか?」
と祖母たちに訊いた。すると阿夜が
 
「あの産まれた子供は神様なのよ。いづれこの神社の御祭神になる」
と言った。
 
その時は利雄はその意味が分からなかった。しかしその頃から、利雄は神社の神殿の前に座った時、東脇殿に気配が感じられないのに気付いた。
 

それからずっと、神殿には正殿と西脇殿にしか気配が無かった。その西脇殿の気配が消えてしまった。利雄は「神様にも寿命があるんだよ」という話を幼い頃、阿夜から聞いていたので、西脇殿の神様の寿命が尽きて消滅したのだということに思い至った。
 
しかしそうなると正殿の神様だけが頼りだが・・・・・
 
本来三柱の神で村を守っていたのである。その一柱がずっと欠けたままであった。更にもう一柱欠けてしまった。そうなると、正殿の神様に本来の3倍の負荷が掛かるのではないか? そうなった場合、正殿の神様の消耗が激しくなり、下手すると正殿の神様まで消えてしまう事態も。
 
それだけは絶対に避けなければならない。
 
利雄は再度今出した易卦を見てみた。「乾為天の初爻」。これは地下に潜っていて、まだ姿を現していない龍を表す卦でもある。まだ姿を現していない神様がいる。その神様を呼べばいいのではないか?
 
その時、利雄は自分が16歳の時に助けた東川母子のことを思い出す。あの時の赤ちゃんが本来東脇殿に入るべき神様なのではないかというのはずっと思っていた。あの神様をここに勧請できないだろうか? 多分村人に冷たくされて村を去ることになってしまったので、ここに来てくれてないのではないか?と利雄は思っていた。
 
しかし今あの時の赤ちゃんはどこにいるのだろう。
 
美智の遺言に従い、利雄はずっと多気子の口座に毎月神社の通常収入の一定割合の送金をしていた。そのお金が受け取られていて活用されていることは占いによって確信していた。つまり多気子もその子供も元気なのだろう。しかし多気子たちがどこにいるのかは分からない。
 
その時、利雄は昔阿夜から、阿夜の夫(美智の父)命理が当時村の神社に大きな危機があり村がたいへんなことになっていた時、ある禁法で村の守護神を呼び戻して村を救ったことがあると語っていたことを思い出した。
 
それは術者が自分の性器と寿命20年分を犠牲に捧げて行う秘法ということだった。利雄は今57歳である。20年の寿命を捧げたら、捧げた瞬間自分は死ぬかも知れないと思った。しかし逆にそういう自分だからこそできることではないかという気もした。
 
利雄は命理の実家である奥田家を訪問し、神社に関わる資料が残っているかも知れないので蔵を探させて欲しいと言い快諾される。半月ほど掛けた捜索で、利雄はついに命理が書いたメモを発見する。そこには性器と寿命の捧げ方と唱えるべき呪文が記されていた。
 

それとなく妻と息子に後事を託す。
 
深夜、神殿を汚さないようにビニールシートを敷き、裸で座る。清めた短刀を自分の性器に当てる。毛は剃ってある。直前に村を流れる川で潔斎してきた。呪文を唱える。この呪文を唱えただけで自分の寿命は20年縮んだはずである。そして更に決意をすると、短刀で自分の性器を一気に切り落とした。激痛の中、利雄は二礼二拍手一礼する。この呪法をしている限り、性器を切り落とした傷で死ぬことはないという話だ。しかし痛い。気を失いそうだが、気合いで意識をしっかり持ち、召喚の呪文を唱える。
 
すると、ふっと丸い輪の模様の小紋を着た女性が目の前に姿を現した。
 
「完全に切り落とすのは、三柱の神を全員召喚する時だよ。ひとりなら切り落とさなくても使えなくするだけでいい」
と彼女は言い、利雄が切り落とした男性器を手に持ち、元あった場所に押しつける。性器は元の通りくっついてしまった。
 
そのあたりに流れていた血がいつの間にか消えている。
 
「性器は戻した。でも男性能力はもらったよ。もうそのおちんちん立たないから」
「それは構いません」
「あと、あんたの寿命は20年も残ってなかったんだけど、サービスで来年の新嘗祭まで延長したから。あと1年半くらい生きられるよ」
「ありがとうございます。あなたは東川多気子さんのお嬢さん?」
 
利雄は実は多気子が産んだ子供の性別を知らなかったのだが、ここに現れたのが女性であるからには、きっと女の子だったのだろうと思った。
 
「うん。まどか(円)と言うの。利雄ちゃん、よろしく」
と笑顔で言うと、まどかは東脇殿にすっと入って行った。
 

まどかは神殿の東脇殿に「常駐」してくれている訳ではないようであったが、微かな気配は常にあり、しばしば人間の姿でやってきては、村の様子を見ているようであったし、利雄が東脇殿に向かって「まどかさん」と呼ぶと、たいてい出てきて色々相談に乗ってくれた。
 
「おちんちんはまあいいとして寿命まで捧げてくれたから少しはサービスしないとね」などと、まどかは言っていた。
 
「斎藤さんちの息子さんが病弱で。もうすぐ2歳なのですが、生まれてこの方、毎月のように熱を出して病院に通っていて、お医者さんも原因がよく分からないようなのですよ」
 
「ふーん」
と言ってまどかは何かを見ているようだった。
 
「ああ。この子は根本的な生命力が弱すぎる。身体全体が衰弱してて何でもない雑菌やウィルスで熱を出す。多分1〜2年の内に死んじゃうよ。どうしようもないね」
基本的にまどかはドライである。
 
「そこを何とか助けてあげられませんかね?」
「そうだなあ。利雄ちゃん、易を立ててみてよ」
「はい」
 
利雄が筮竹で易卦を立てると雷沢帰妹(らいたく・きまい)である。
「ふーん。妹に返す。女の子にしちゃったらいいね」
「と言いますと?」
「取り敢えず小学校に上がるまで、女の子の服を着せて育てたら?」
 
「ああ。病弱な子は異性の服を着せて育てるといいというのは昔から言いますね」
 
利雄は納得して、斎藤家を訪問し、命(めい)に小学校に上がるまで女の子の服を着せて育てるという案を提示した。
 

それから半月ほどたった日、まどかがまた利雄の相談に乗ってあげて、東京に帰ろうと社務所兼辛島家の自宅を出たところ、神社の境内のブランコのところで女の子がふたり遊んでいた。が、よく見るとひとりは女の子の服を着た男の子である。
 
ああ、これこないだ私が「女の子の服を着せて育てるといい」と言った男の子か。と、まどかは思い至る。つい興味を持ち
 
「君たち、何して遊んでるの?」と声を掛けた。
 
「地面にお絵かきしてるの」
と命(めい)が答える。おっ。男の子にしては可愛いではないか。それに魂が物凄く純粋! まどかは一目で命(めい)のことが気に入った。しかし何てまあ弱々しい生命の火なんだろう。これでは明日死んでもおかしくない。まどかは命(めい)の手を握ると、そこから生命エネルギーを少し注入してやった。これでしばらくは大丈夫のはず。
 
「おばちゃん誰?」と理彩。
カチンと来る。
「私はね、まどか『お姉ちゃん』。おばちゃんじゃないよ」
 
これがきっかけで、まどかはしばしば命(めい)と理彩の様子を見に来るようになった。時には理彩と命(めい)にだけ会って、利雄にも会わずに帰ることもあった。また暇な時はよくふたりの様子を東京の住まいから水晶玉で眺めていた。
 
まどかが村に頻繁に来るようになったことで、現役神様の理(ことわり)も
「おお、助かる。これちょっとやってくれない? ひとりだともうてんてこ舞いでさ。休む暇も無いんだ」などと言って色々用事を頼んでいた。
 

その時期、まどかのもうひとつのひそかな楽しみが、神社の禁足地に足を踏み入れ禁足地の中にある「呪いの地」に立ち、復讐をすることだった。この神社に初めて来た時、そこに呪いを掛けるのに絶好の場所があることに気づき、その計画を思い立ったのであった。理は「やめときなよー」と言っていたが。
 
まどかは自分の母・多気子にも結構な怨み(というよりわだかまりに近い)を持っていたが、その多気子を苦しめた男たちにはもっと怨みを持っていた。
 
多気子のかつてのボーイフレンド10人の内、ひとりだけ貧乏で資金力は無かったものの、産後の多気子を気遣って御飯などを持ってきてくれていた男だけは許すことにしていたしむしろ運気を上げてやった。まどかが最初にターゲットにしたのは、自分の祖母を殺し、多気子と自分も殺そうとした男である。その男は今は某市で市会議員をしていた。
 
まどかはその男に「呪いの地」から呪いを掛け、約4年掛けてありとあらゆる苦しみを体験させてから殺した。この男を呪い殺したのは他の男たちへの警告・見せしめでもあった。
 
他の8人に関してはその後、運気を落とす呪いを掛けることで苦しませた。破産させたり社会的な地位を失わせたり、汚職などで摘発されるように仕組んだり、痴漢の冤罪をでっちあげたり。色々な苦しませ方をすることで、まどかは自分の心の中にあった母親への怨みまでも解消していった。ただしまどかは、この8人の命(いのち)は奪わなかった。
 
まどかの基本的なポリシーは「目には目を」なので、祖母の命(いのち)を奪った男の命(いのち)だけ奪えば充分だったのである。
 

このまどかの復讐劇は7年ほどで完了した。まどかが復讐を止めたのは理彩と命(めい)と一緒に山の中の温泉に入った時、命(めい)たちから「お母さんを許してあげましょうよ」と言われたのがきっかけであった。実際問題としてまどかの男達への復讐は、母への怨みを解消する代替の色合いもあった。
 
まどかは命(めい)と理彩にほんとによく気を配り目を掛け、色々世話を焼いていたが、そうやって命(めい)たちを育てて行くのと同時に、自分も成長して行っているという気がすることもあった。ふたりから思わぬことを指摘され考えさせられることがよくあった。
 
この村に来た頃ドライで結構冷淡な性格だったまどかが、命(めい)・理彩との接触を通してけっこう親切でまろやかな性格に変わっていった。理龍神の前などでは敢えて「荒ぶる神」を演じていても、実は結構理に気付かれないように情けを掛けたりしていた。
 
命(めい)・理彩への「悪ふざけ」は楽しいので、窮地に陥れてふたりがどう対処するのか眺めて楽しんだりすることもあった。ふたりをわざと迷子にしてみた時、理彩が命(めい)を励まし5mの崖を登ってまどかの結界を脱出した時は「この子たちやるね!」と思わず叫んだ。命(めい)が色々考えて対処し理彩が体当たりで打破していくのは、いいコンビだなと思った。
 
理彩が「大変な時は神様が助けてくれるよ」と言うのに対して、命(めい)は「天は自ら助くる者を助くだよ」と言うのも考えさせられた。そして命(めい)の言うように、自分で何とかしようとしている者には助けの手を差し伸べるようになっていった。
 
「私を成長させてくれるこのふたりに、次の神様を育てさせるのも面白いかも知れないな」と、いつしかまどかは思うようになり、綿密な計画を練り始めた。その時、ふたりの内どちらに次の神様を産ませるかについては、まどかは最初から命(めい)の方だと決めていた。
 
まどかが次の神様を命(めい)に産ませたいと思ったのは「その方が面白いことになりそう」という単純な発想によるものである。
 

2013年に話を戻そう。
 
命(めい)たちの子育ての奮闘は続いていた。星はあまり病気もせず手の掛からない子ではあったが、それでも夜泣きしたのを外に連れ出して散歩して気分転換させたりするなど、お世話自体はけっこう大変だしどうしてもホルモンの関係で命(めい)はマタニティブルーになりやすい面もあった。しかしおおらかな性格の理彩と日々やりとりをし(この時期は浮気も控えてくれていた)、双方のお母さんが週交替で出てきて、しばしば「お世話しておくから、どこかに気晴らしに行っといで」などと言ってくれることから、何とか精神的に持ちこたえていた。また、しばしばまどかも出てきて、あれこれイタヅラしたりちょっかいを出したりして、命(めい)たちの生活に刺激を与えていた。
 
5月には4ヶ月検診に出て行ったが
「早産だったとは思えない、しっかりした発達具合ですね。何の問題もありません」
などと言われた。
 
この時期、命(めい)が休学中なので、常時どちらかの母が吹田の家に来ていなくても何とかなるということから、特に平日には双方の母が不在のこともよくあった。
 
この吹田の家のお風呂は浴槽はタイル貼りで滑りやすい上に、けっこうヒビが入っており、多少水が漏れている雰囲気もあった。また釜は外釜方式であった。元々は石炭か薪で焚くようになっていたっぽいが、それを灯油で焚く方式の物に交換して10年くらいは経っている雰囲気であった。
 
石炭釜のように点火に苦労したり、燃料の追加で悩んだりする必要は無いものの、点火と燃焼・種火の切り替えは家の外に出ないとできない。結果的にひとりでお風呂に入ることは困難で、誰かが「釜係」になる必要があった。
 
どちらかのお母さんが来ている時は、釜をお願いして、命(めい)と理彩と星の3人で一緒にお風呂に入っていたのだが、不在の日はそれができず、またシャワーも付いていないので、理彩は不満をもらしていた。そしてそんな母不在の5月下旬のある日。
 
「命(めい)、お風呂入ろうよ。そろそろ沸いたと思うよ」
「今日はお母さんいないから、交替で入らなくちゃ」
「面倒だな」と言って、理彩はお湯を見てくる。
 
「ねー、今少し熱めなんだよね。これなら3人で入っている内はまだ湯温維持できると思うなあ」
「そう?じゃ、一緒に入ろうか」
 
命(めい)が外に出て釜を種火だけにしてきた。
 
「雨が凄いや。ちょっと行ってきただけでずぶ濡れ」
「お風呂で暖まらなくちゃね」
 
命(めい)が星を抱いて3人でお風呂に入った。まずは狭い湯船に3人で無理矢理入る。物理的に結構困難なのを命(めい)が少々アクロバティックな姿勢を取ることで何とかなっていた。こういうことをして楽しいのが新婚というものである。
 
交替で星を抱っこして身体と髪を洗う。おしゃべりしつつ、身体を洗いつつ、星をあやしつつ、そして少々Hなことなどもしながら入っていたら、その内お湯がぬるくなってきた。
 
「命(めい)〜、お湯がぬるくなってきたよぉ」と理彩。
「やっぱり無理だったか。どちらが火をつけに行く?」と命(めい)。
「ジャンケン」
というのでジャンケンしたら命(めい)が勝った。
 
「えーん。負けちゃった。でもなんか雨音が凄いよ。命(めい)替わってよ」
「今ジャンケンしたのに。それに僕、風邪引いたら、授乳に影響するから」
「私、来週試験だから、今風邪引きたくない」
 
などと押し問答をしていたら、ポッという音がして風呂釜が燃焼に切り替わった。
「え?」
「火がついた」
「なんで?」
と言ってからふたりは星を見た。ニコニコ笑っている。
 
「星が火をつけたの?」
「どうもそうみたいね」
「便利な子だ! よしよし、またやってね」
などと理彩が言っているが命(めい)は
「だめだめ。星、こういう時はお母ちゃんたちが困っていても勝手に助けないこと」
と星をたしなめた。星は当惑した顔をする。
 
「なんで〜?」と理彩も言うが
「神様の力はこういうことで安易に使ってはいけないの。人が自分でできることは、人にやらせなきゃダメ。人知を尽くしてできないことを神様はしてあげるの」
と命(めい)は言った。
 
3人の様子を勝手に居間でお茶を飲み、おやつを食べながら見ていたまどかは
「へー。命(めい)って、ほんとに神様の教育係として、しっかりしたこと言うね」
などと思った。
 
むろん、まどかはこういう時に風呂釜の点火をしてあげるような親切心は持ち合わせていない。
 

それからしばらくした日のことであった。またまた命(めい)たちは3人だけの日に、理彩のアバウトな予想に従って、お風呂に入っていて、またまたお湯が途中でぬるくなってきて、その日はまたまたジャンケンで負けた理彩が、しぶしぶ途中で風呂釜のスイッチを入れてきた。理彩と命(めい)でジャンケンをすると昔から理彩が勝つ確率が高かったのだが、このお風呂のジャンケンに関してはなぜか命(めい)の勝率が高かった。
 
「ああ、寒かった。集中豪雨って感じだったよ」
「お疲れ様。ゆっくりぬくもって」
「うん。少しゆっくり入ってよ」
 
などと理彩は湯船に入っていたが、のんびりしていたら、今度は熱くなりすぎてきた。
 
「えーん。ちょっと熱いよ。命(めい)、停めてきてよ」
「そうだね。さっきは理彩だったから、行ってくるか」
と言い、命(めい)は星を理彩に預けて外に行こうとする。
 
「ああ、でも本当に不便なお風呂だなあ。いっそ壊れたら、新しいのに替えてもらえるだろうに」と理彩が言った。すると、突然ガツン!という凄い音がして、風呂釜の燃焼が停まった。
 
「何?今の?」
「風呂釜が・・・・壊れた気がする」
「もしかして?」
とふたりは星を見る。星がにこにこしている。
 
「星、お母ちゃんたちが、勝手なこと言っている時、それを聞いてはいけません」
と命(めい)が星を叱る。星はまた当惑した顔をする。理彩が言ってた通りのことをしてあげたのに叱られるというのは、どうにも納得がいかないだろう。
 
「だけど、理彩、僕たちもあまりわがままなことを口にしないようにしておかなくちゃね」
「絶対言っちゃいけないのは、誰とか死んじまえ、みたいな発言ね」
「それ、結果が怖すぎる」
「神様を育てるのって、大変なんだね!」
 

またまた居間で理彩のパソコンを使いゲームをしながらおやつを食べていたまどかは「誰々死んじまえか・・・・私、母ちゃんに言われてそれでだいぶ殺したなあ・・・」とつぶやき、遠い所を見るような目をした。
 
「西沢のおばちゃんとの出会いが無かったら、私ってとんでもない性格に育ってたかも知れないな・・・・・」
と口にするまどかは、今でも自分が結構とんでもない性格であるという自覚が無い。
 
風呂釜に関しては大家さんに連絡して見てもらったら「ああ、完全に壊れてますね。もう10年くらい経ってるから寿命かな」と言い、最初釜だけ交換するような話をしていたのだが、理彩が
 
「こちらでその分の費用を出していいですから、シャワー付きの内釜に変更できませんか?」と言ったら
「確かに、今時シャワーも無いのは不便ですよね」
 
と大家さんも言って、お風呂場を完全に改装。シャワー付きのガス風呂にして、浴槽も滑り止めの加工がされたホーロー製のものに交換してくれた。費用は大家さんが出してくれた。浴槽はこれまでの1.5倍くらいの広さで、それだと命(めい)がアクロバットをしなくても3人で一緒に入ることができた。
 
そういう訳で本格的な夏を迎える前に、吹田の家の風呂はシャワー付きで、ひとりでも入浴可能なタイプになったのであったが、この件で、うっかり星を褒めたりしないように、命(めい)と理彩は充分気を付けるようにした。
 

この手の「神様を育てるために気をつけないといけないこと」については、ちょうど6月29日に「1日繰り上げの大祓」を吹田の家の分社でするため辛島宮司が大阪に出てきてくれた時に、3人で話し合い、
 
「こういうことは言ってはいけないね」
とか
「こういうことは積極的に声に出して言った方がいい」
などと言ったことを列挙した。
 
特に「ありがとう」とか「嬉しい」とか「好きだよ」とかいったポジティブな言葉をたくさん星のまわりに満ちあふれさせようというのは重要ポイントとして同意し、双方の母にも協力をお願いした。
 
結果的に星を育てるということは「正しい生活」をするという感じになっていき、宮司さんも「うちも見習わないといけないな」などと言っていた。
 

7月。命(めい)は理彩の勧めで星を連れてベビー水泳教室に出て行った。
 
星にスイムパンツ(プール用紙おむつ)を穿かせてベビー用のワンピース水着を着せ、命(めい)自身はドレスタイプの水着を着て、教室に参加する。星はふだんお風呂に浮かべていても、けっこう楽しそうにしているが、プールもとても楽しそうで、音楽に合わせて身体を動かしたり、ボールで遊んだりして喜んでいた。
 
女子更衣室で着替えるのは、さすがに慣れた。もうほとんど何も緊張感を感じない。参加者の他のお母さんからいろいろ声を掛けられ、こちらも向こうに
「わあ、可愛いですね」
などと言って、いろいろ会話が成立する。みんな子育てをしていると同じようなことを体験して似たような悩みを持っていたりするので、半ば苦労自慢になってしまいがちである。お姑さんとの関係に悩んでいるママにはみんなで「気にしないこと」「テレビがしゃべってると思おう」などとアドバイスした。
 
そんな話を帰って来てから理彩や母としていたら
「命(めい)、完全に女の中に埋没してるね」
と言われる。
「うん。最近自分が男ということを忘れてる」と命(めい)は言った。
 
「だけど嫁姑関係って、悩む人は大変なんだろなぁ」
「それでなくても赤ちゃん育てるだけで精神的に負荷があるのに、そこに姑さんからあれこれ言われたら、たまらないね」
 
「うちはそれだけは無いね〜」
「お互いに相手のお母さんと小さい頃から仲良しだもんね」
「子供の育て方についても、あんたたちに任せっきりだしね。私も眞穂さんにしても」
 
「お母ちゃんたちも、都会で羽伸ばすのが目的の半分って感じ」
「もちろんよ。そのついでに孫と遊ぶって感じ。星って本当に手の掛からない子だしね」
「病気もしないよね。僕なんか大変だったでしょ?」
 
「うん。あんたに先代宮司さんの提案で女の子の服を着せるようになるまではもう命(めい)が死ぬかこちらが先に心労で死ぬかという思いだったね。あんた育てるのでさんざん苦労したから、星では楽させてもらうわ」
 
命(めい)たちは最終的に4人の子供を育てたが、星も月も光も手の掛からない子であった。唯一、海だけがよく熱を出してハラハラさせられたが、海は4人目なので親としてもある程度精神的な余裕があった。
 

水泳教室から帰ってから、命(めい)がメールチェックするのにパソコンを操作していたら、星が『ジュース』と脳内直伝で言う。
 
「あ、ジュースが飲みたい?」と言って冷蔵庫からジュースを取ってくると、星が勝手にパソコンをいじっていた。
 
「おーい、勝手にいじらないでね〜」
と言ってから、ふと画面を見ると、みずほ銀行の某支店のページが表示されている。そしてよく見ると、Google Bar に「15 1100」という数字が打ち込んであった。
 
「15日の11時に、ここで宝くじを買えっての?」
と言うと、星はニコリと笑った。
そして『ハラ』と言うので「バラ?」と訊くと『あ、それそれ』と言った。
 
そこで命(めい)はその日の11時、星を抱っこしたまま、その支店前に行き、11時ジャストに「ソーミーショーリョー」と唱えてから、サマージャンボをバラで10枚買った。
 
そしてこの宝くじがまたまた1等4億円当たったのであった。
 
昨年同様に父に代理で受け取ってもらうことも考えたのであるが、自分自身の誕生日が近かったので、誕生日が過ぎて20歳になってから受け取りに行くことにした。
 

「ねえねえ、この調子で毎年宝くじを当ててくれるのかな?」
と理彩がわくわくした顔で言う。
 
「それはあり得ないでしょ。これが最後だと思うよ。それに3回も4回も連続で1等が当たるなんて不自然すぎる。2回連続までは、凄くラッキーな人なら、あり得るかも知れないけどね」
と命(めい)はあくまでクールである。
 
「そっかー。でもこんなにお金あるんなら、海外旅行でも行く?」
「どこか行きたい所あるの?」
「そうだなあ。タイとかは?」
「変わってるね。普通はハワイとかグアムとかヨーロッパとか言いそうなのに」
 
「命(めい)を連れてって性転換手術を受けさせる」
「要らない、要らない」
「でも性転換手術の費用くらい、楽に出るよ」
「そんなのする気無いから。それにね。このお金は、そうやって遊びに使うためのお金じゃないと思う」
 
「そう?だけど、子育ての費用、学費、生活費に使っても、たっぷり余るよ」
「たぶんね・・・・これ、何かに使いなさいってことだと思うんだよね」
「何かって?」
「それを去年からずっと考えてるのさ。もう少し計画が煮詰まったら理彩にも話すよ」
「ふーん。じゃ、エンゲージリングとかも買えない?」
 
「ごめんね。エンゲージリングは僕が自分で稼いだお金で買いたいんだ。大学・大学院を出て、仕事を始めてから、その稼ぎで買いたいから、あと何年か待ってくれない?」
「うん、いいよ」
「でも、ファッションリングくらいなら、いいかな」
「よっしゃ。私、サファイアの指輪が欲しいなあ」
「ふふ。いいよ。今度ね」
 

8月の上旬。命(めい)は抱っこ紐で星をだっこして町に出ていた。水泳教室で知り合った同年代のママ・媛乃さんと待ち合わせてショッピングを楽しもうという趣旨だった。向こうも1月に帝王切開で出産したということで、共感するものが多かった。
 
新大阪駅で待ち合わせてお茶を飲んだ後、みなみに出て、なんばパークスなどをのぞいたりしてみる。ショッピングと言いつつ何か買うものがある訳でもなく、要するに子育ての息抜きである。
 
「ハイハイを覚えたら、いつの間にか台所に来てたりするから、怖くて怖くて」
と媛乃。
「家の中をちゃんと、お掃除しないといけないよね。赤ちゃんって何でも口に入れちゃうから」
「そうそう。こないだもパチンコ玉を口に入れてて、ぎゃっと思った。それで今、我が家はパチンコ禁止令なの」
「ああ、その類いのものは怖いね」
 
命(めい)たちはオープンスペースのテーブルに座り、しばしおしゃべりを楽しんでいた。最初眠っていた、媛乃の娘も星も途中で起きて、赤ちゃん同士で何やらおしゃべりしている感じ。ふたりともご機嫌が良い。
 
しばらくそんな感じで過ごしていた時、突然「キャー」という女性の叫び声がした。命(めい)がそちらを向くと、上の方の階の手摺りの所から女性が乗り出すようにして絶叫していて、赤ちゃんと思われる物体が落下中である。
 
命(めい)は反射的に『星、あの子を助けて』と心の中で言った。
『助けてもいいの?』『いい。何とかして』
 
その瞬間赤ちゃんの落下速度が低下する。星が落下にブレーキを掛けているのだろう。そしてその落下していく先の近くにいたスポーツ選手っぽいガッチリした体格の男性が数m突然移動して赤ちゃんが落下していく真下に来た。男性は反射的に落ちてきた赤ん坊を受け止める。しかし星がブレーキを掛けていたから、その衝撃はかなり小さい筈だ。
 
男性はポカーンとしている。上の階にいた女性は腰が抜けたように座り込んだ。
 
「すごーい。偶然下に居た人が受け止めてくれるなんて、あの子、運がいいね」
と媛乃は興奮して言う。
「ほんとにね」
 
まあ運が良いのは僕と星がここにいたことだろうな、と命(めい)は思ったが。
 
『お母ちゃん』と星が命(めい)の脳内に直接語りかける。
『ああいうの、全部助けてあげないといけない?』
『あ、そうか。お前、かなり広い範囲のものが見えるんだよね』
『僕が見える範囲でたくさん人が落ちて死んでるけど』
『それが見えてしまうのも辛いね。全部助けてたらキリが無いもんね。やはり気が向いた時だけかな』
 
『ふーん。気が向いたって、よく分からないや』
『じゃ自分の本体がいる近くで、助けを求められた時ってのはどう?』
『何だか難しいなあ』
 
『基本的には神様はただ見ていればいいんだよ。俯瞰って分かるかな?でもたまには助けてあげてもいい。それを人は奇跡と呼ぶんだけどね』
『へー』
『ただ、できるだけさりげなく。奇跡が起きたことを気付かれないようにしないといけない。今の助け方は上手かったよ』
『えへへ』
 

お盆の期間中は村に帰り、命(めい)の実家で過ごした。
 
13日の夕方に迎え火を焚いて、ご先祖様を迎え入れる。仏檀が置かれている部屋で星がやたらとキョロキョロしていたので、本当にご先祖様が来ているのだろう。
 
14日は、せっかくみんな地元に戻っているからということで、高校3年の時のクラスで同窓会をした。昨年は命(めい)は妊娠中だったので欠席し、理彩も命(めい)が行かないなら行かないと言って出席しなかったので、卒業以来1年半ぶりになった友人も多かった。
 
東京から戻ってきていた西川君から
「凄く仲よさそうだね」
と言われたので
「えへへ。去年のクリスマスに結婚したんだ」
と言ってお揃いのマリッジリングを見せると
「わあ、おめでとう!」
と素直に喜んでくれた。
 
命(めい)と理彩が結婚したことを知らなかった子もいたので、一斉に
「おめでとう」
という声が掛かる。
 
元学級委員でもある玖美が
「もう子供もいるんだよ」
と言うと「うっそー!?」という声が上がっていた。
 
「えーっと、でも僕がこういう格好していることについては特に何も突っ込み無いんだっけ?」などと命(めい)が言うが
 
「斎藤が男の格好してきていたら、突っ込んでたな、俺」
などと言われる。
「結婚したことと、子供も出来たというのは驚いたけど、命(めい)は女の子の格好しているのがデフォルト」
などとも言われる。
 
「斎藤の女装は今更だから、気にしないけど、橋本が凄く女らしくなっているのはちょっと驚いた」
などという子もある。
 
「ね、ね、正美、その胸、もしかして本物〜?」
「え? いやこれはパッドだよ」
「ほんとに〜?」
「ね、この後、みんなで▽温泉に行かない? それで正美の胸が本物かどうか確認しようよ」
「うん。行こう、行こう」
 
しかしこの日、正美は同窓会が終わるとすぐに「ごめん。用事があるから帰る」
と言って、そそくさと逃げていってしまった。
 
「怪しいね〜」
「あれ、絶対豊胸済みだよね」
「下の方も手術してたりして」
などと女子たちは言っている。
 

「仕方ない。代わりに命(めい)をいたぶるか」
「命(めい)は逃げたりしないよね?」
「ああ。大丈夫。私がつかまえておくから」と理彩。
 
「命(めい)って、女湯に入れる状態なの?」
「性転換手術済みだよね〜?」と京都組から声が掛かる。
「ゴールデンウィークに一緒に温泉に行ったけど、女の子の身体だったよ」と浩香。
「よし、それ確認しに行こう」
 
結局、同窓会に出席したメンバーの半分くらいが、村内にある▽温泉に行くことになった。みんな車で集まってきているので、そのまま各自の車で移動する。ロビーでしばらく歓談したあと、男女に分かれて脱衣場に入る。
 
「斎藤、何ならこっち来る?」と声を掛けてくれた男子もいたが
「ありがとう。でもおっぱい大きくしちゃってるから、男湯には入れないんだ」
と命(めい)が答えると
「ああ。じゃ、通報されないように頑張って」
と言われた。
 
元クラスメイトの女子たちとおしゃべりしながら服を脱ぎ、浴室に入る。身体を洗って湯船に入り、更にしばらくおしゃべりしていた時、ひとりの女子が
「あ・・・・おしゃべりに夢中になってて、命(めい)の身体がどうなってるか確認するの忘れた」
と言い出す。
 
「あ、そういえば」
「命(めい)があんまり自然なもんで、気付かなかったよ」
「恥ずかしがったりとか、おどおどしたりとかも、全然無かったね」
 
「取り敢えず・・・胸は大きいね。シリコン?」
「ホルモンだけだよ」と命(めい)は普通の表情で答える。
「すごーい。よく育ったね。Eカップくらいだよね?」
「うん。Eカップのブラ付けてる」
 
「お股は・・・湯船の中よく見えないけど、付いてるみたいには見えない」
「そちらは隠してるだけ。まだ取ってないよ」と命(めい)。
「えー?手術済みなんだと思ったけど」と百合。
 
「僕、隠し方うまいから」
「男性器の存在を確認したら通報してもいいよ」と理彩が煽る。
「うーん。ふつうに女の子のお股にしか見えないのに」
「いやいや、これは絶対手術済みだと思う」と浩香。
 
「でも堂々と女湯にいるよね」
「かなり場慣れしてる感じ」
「ふふふ。今まで女湯は10回以上入ってるから」と命(めい)。
 
「やはり正美を拉致してこないとダメだな。命(めい)じゃ面白くない」
などとまで言われる。
 

15日は日中は村のみんなでお弁当を持って墓地に出かけ、お墓の掃除をした上で、みんなで賑やかに大騒ぎしながら御飯を食べた。アルコールを持ち込んでいる人も多く、完璧に宴会の雰囲気である。
 
ご先祖様も一緒に楽しく飲み食いしようという趣旨で、こういうお盆の過ごし方をする地域は、かなり珍しいらしいが、命(めい)は小さい頃からこういうお盆を過ごしていたので、それが普通という感覚である。むしろ他の地域でこういうことをしないことを知って驚いたほどであった。
 
春のお花見の時と雰囲気が似ているが、お盆の宴会では火は使わないことになっているので、お花見の時のようにバーベキューなどをする所は無い。昔は肉・魚も禁止で精進料理だったらしいが、今はそんな堅いことは言わないので、みんなフライドチキンやウィンナーなどを持って来ている。
 
命(めい)たちは、奥田家・斎藤家合同でお食事をしていた。むろん星も連れてきている。近所の人たちが日本酒の瓶を持って来て「まあ、いっぱい」とやる。命(めい)は授乳中なので、お酒は謝絶していたが、理彩はけっこう飲んでいた。
 
宴も進んでいった中で、まどかが現れる。
「まどかさん、ここに座ってください」と理彩。
「ああ、あんた未成年の癖に飲んだね?」
「まあ、堅いこと言わずに、まどかさんも飲もう」
などと言う理彩は半分出来上がっている感じだ。
 
両方の母は、まどかと何度も会っていたが、父2人は会ったことが無かったので、挨拶をしている。
 
「ああ。東京が長いんですか? こちらには御実家は残ってないんですか?」
「放置してたんですけどね。以前の水害の時に土地もろとも崩れてしまって、今はもう何も無いんですよ」
「そうでしたか。でも、この村、空家もたくさんあるし、どこか買い取りませんか? 安いですよ」
「ああ、そういうのもいいかなあ」
 
「まどかさん、村に家を持つんなら、僕が適当な物件を選んでおきましょうか?」
と命(めい)が言うと
「ふーん。それもいいかもね。東京の家に置いてる荷物、こちらに持って来ちゃおうかな。最近、関西付近で動いてることが多くて、東京の家は放置に近くなってるんだよね」
「へー」
 
「じゃ、命(めい)に頼んじゃおう。2000万くらいまではすぐ払えるから」
「ああ、うちの村の家は、そんなに高くありません。300万あれば買えます」
と命(めい)は笑って言った。
 

8月29日。命(めい)は20歳の誕生日を迎えた。吹田の家で、理彩・命(めい)・星に命(めい)の母と4人でお祝いする。理彩が頑張って唐揚げを揚げたが、星は夕飯前におっぱいをたっぷり飲んで寝てしまった。
 
「自分が20歳まで生きられたってのが何だか不思議な感じ」
と星をベビーベッドに寝せてきてから命(めい)が言う。
 
「それは私も同感だね」と命(めい)の母。
「この子が小学校に入る姿見られるのかなあとか、中学に入ってセーラー服で学校に通う姿見られるのかなあとか、思ってたよ」
 
「ちょっと待って。僕のセーラー服姿が見たかったの?」
「ちゃんと見せてくれたから親孝行だね」
「えっと」
 
「私のパソコンにも命(めい)の学生服姿の写真って一枚も無いですよ。中学時代のも高校時代のも制服っていったら、みんな女子制服着た写真ばかりだし。あとは女物の浴衣を着てる写真、キャミソールにミニスカで遊園地で遊んでいる写真、女子用スクール水着を着た写真」
と理彩。
 
「だって理彩って、そんな写真ばかり撮るんだもん」
「命(めい)が小さい頃に私が空想してた中学生になった命(めい)の姿って、セーラー服姿だったね」と母。
 
「星が大きくなってからそういう古い写真見たら、僕ってずっと女装ばかりしてたみたいに思うかも」と命(めい)は言うが
「いや、いつも女装してたでしょ?」と理彩からも母からも言われる。
 
「でも久しぶりにのんびりとした誕生日だね」
「去年は妊娠中だったし、一昨年は受験勉強中。補習で明け暮れてたね」
「去年も一昨年も、私命(めい)の誕生日って忘れてたよ。ごめんねー」と理彩。
「ううん。別に大丈夫だよ」
 
「忙しかったのに、命(めい)、私の誕生日はちゃんと祝ってくれたね」
「そりゃ、愛しい人の誕生日だもん」
と言って命(めい)は理彩にキスをした。母が微笑んでいた。
 
 
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【神様のお陰・神育て】(2)