【神様のお陰・神育て】(1)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
 
命(めい)が星を産んだのは2013年1月16日である。
 
その日、命(めい)は帝王切開で子供を出産することになっていた。双方の母も村から出てきてくれて4人でいろいろおしゃべりしている内に看護師さんが来て「手術着に着替えましょうね」と言う。
 
布団の中で服を全部脱いで渡された薄い布製のブラジャーと産褥ショーツを穿きガウンのような感じの手術着を着る。
 
「導尿しますのでカテーテルを入れますね」と言うので
「お願いします」と言ってやってもらう。
 
命(めい)はチラっと母たちを見た。みんな自分の顔の方を向いて座ってる。ということは「これ」は見られなくて済むなと思った。
 
看護師は布団をめくり、産褥ショーツを少し下げてから、命(めい)の陰唇を開き、尿道口からカテーテルを挿入。その後またショーツを上げてくれた。
 
やがて時間となる。命(めい)は手を振って手術室に運び込まれる。下半身麻酔を打たれ手術が始まる。医師は下腹部を切開した時、信じがたい物を見た。
 
「先生どうなさいました?」と冷静な命(めい)が声を掛ける。
「いや・・・その・・・」と医師は明らかに焦っている。
「子宮があるんでしょ? 私そんな気がしてました」
「直前のスキャンでは映ってなかった」
「だから普通の帝王切開と同じです。よろしくお願いします」
「わかった」
 
医師は子宮を切開する。そして少し上の方のお腹に手を置いてギュッと押さえる。すると、胞衣に包まれた胎児が飛び出してくる。医師は羊膜を切開しようとしたが、物凄く硬い。
 
命(めい)はお腹を切開されるあたりから目を瞑っていたが、赤ん坊が出たはずなのに、なかなか泣き声が聞こえないので少し不安になった。しかしやがて元気な鳴き声を耳にする。わあ。。。命(めい)は思わず涙が出た。
 
「赤ちゃん、元気ですよ。全身麻酔に切り替えて後の処置をしますね」
「お願いします」
 

縫合が終了した命(めい)は眠ったまま病室に連れてこられ、看護師が産褥パッドをショーツの中にセットしてくれた。1時間ほどで意識を回復する。
 
「赤ちゃんは?」と命(めい)は目覚めて第一声で訊いた。
「保育器の中でよく眠ってるよ。男の子だよ」
「僕、お乳あげたい」
 
若い助産師さんが来て命(めい)の乳房をマッサージしてくれたが、1〜2ccくらいしかお乳は出ない。
「最初はこんなものかなあ」
などと言っていたら、
「あんた、マッサージが下手ね。ちょっと貸して」
という声。
 
見るといつのまにかまどかが来ている。
「あなたは?」
「あ、知り合いのお姉さんです」と命(めい)と理彩が同時に言った。
 
「手本を見せるから、見てなさい」
と若い助産師さんに言うと、まどかは命(めい)の乳房を掌で包むようにしてマッサージをしていく。
「痛たたたた」と命(めい)が悲鳴をあげるが、まどかは構わずマッサージを続ける。しかし痛かったのは最初のちょっとだけで、その後は先ほど助産師さんにされたのより痛くない。むしろ気持ち良くなる感じだ。マッサージしながら、まどかは
 
「マッサージはね、乳腺体だけ刺激してもダメなのよ。乳腺がちゃんと働けるように周りを整えてあげるのが基本。出口と入口が特に重要だから、乳首付近と、ここの○○のツボへの刺激が鍵。お乳を生産する工場にちゃんと材料が流れ込むようにしてあげて、生産されたお乳がちゃんと出てくるようにしてあげないとね。それから○○線と・・・・」
と途中から専門用語を交えて説明し始める。命(めい)は話の内容がチンプンカンプンだったが、理彩と助産師さんは頷いている。
 
マッサージを10分ほど続けてから
「これで出る筈だよ」
と言う。助産師さんが搾乳をすると、お乳が15ccほど出た。
 
「凄いですね!」と助産師さんがマジで感心している。
「医学用語にもツボのことにもお詳しいようですし、助産師をなさってるんですか?」
 
「ああ。資格は持ってないけど、東京で産婆の助手を結構やってたからね」
「わあ。でも今の揉み方、とっても勉強になりました。何か凄く理に適った刺激の仕方をしてるなと思いました」
「あんた、素直でいい子ね」
とまどかが褒める。まどかが人を褒めるのは珍しい。
 
「じゃ、これ赤ちゃんにあげてきますね」
「お願いします。あ、少し眠くなった。もう少し寝てます」と命(めい)。
「うん。おやすみ」
「私、付いてっていいですか?」と理彩。
「あ、私も行こう」と双方の母とまどか。
 

「お母さんたちは、もしかして、まどかさんと初対面だったっけ?」
と理彩はNICUに向かって歩きながら言う。
「ええ」
「私と命(めい)が小さいころ、よく遊んでくれたんですよ」
「あらら」
「うちの村の出身なんだけど、ずっと東京で暮らしてたんだよね」と理彩。「えぇ。生まれてすぐ名古屋へ行って。その後東京が長かったですね」とまどか。
「なるほど」
 
「命(めい)が今日出産すると聞いて金沢から駆けつけてきたよ。あ、これお土産」
と言って、まどかは金沢銘菓「中田屋のきんつば」を理彩の母に渡す。
「ありがとうございます」
「あ、ここのきんつば、美味しいんですよね!」と命(めい)の母。
「命(めい)はまだ食べられないかな?この4人で食べちゃおうか」と理彩。「1個くらい取っておきなさいよ」と理彩の母。
 
ということでその日は理彩や母たちがNICUに付いて行き授乳する所を見学した。初日はさすがに命(めい)はベッドから動けず、半分くらい寝ていて導尿したまま。産褥パッドも看護婦さんに交換してもらっていた。しかし翌日には何とか少し動けるようになって車椅子でNICUまで行けるようになり、トイレも部屋付属のトイレでできるようになって導尿も終了した。
 
命(めい)が初めてNICUで星と対面した時「星〜」と呼びかけると、笑顔を見せた。それで命(めい)は心がキュンとして、ああ、どんなことしてもこの子を守って行こうという気持ちになった。
 
「物凄く丈夫で元気な子ですね。今すぐ保育器から出してもいいんじゃないかって感じの元気さです。この体重で生まれたのに呼吸もしっかりしてるし、お乳も自分で飲みますしね」
とお医者さんは言っていた。5日目からは直接授乳もさせてもらえるようになった。
 
6日目、命(めい)が星に授乳したあとNICUから病室に戻ろうとしていた時、ふと気配を感じて立ち止まった。角の向こうで若い看護師さんが小さな声で噂話をしている。
 
「ねえ、この病院で男の人が出産したって噂聞いた?」
「うん。聞いた。でも、それらしき人いないよね?」
「私も何人かに聞いてみたけど、そんな人いそうも無いんだよね」
「いれば、そもそも出産の時見ちゃうし、帝王切開だとしても産褥パッドの交換とか、導尿カテーテルとかで、いやでも気付く筈だよね」
「やっぱりガセネタじゃないの?」
「いくら生殖医学の進んだ時代でも、男の人が出産できる訳ないよね?」
「ほんとほんと」
 
命(めい)は微笑んで、ふつうの顔で角を曲がり病室に向かった。
 

それは星を出産する前夜のこと。まどかが命(めい)の夢の中に現れた。夢の中に出てくると、絶対に他の人の目には触れない。
 
「今の身体のまま帝王切開してもさ、赤ちゃん取り出すの無理なんだよ。お腹開けてもそこに赤ちゃんはいない。自然分娩ならちゃんと出てくるんだけどね」
とまどか。
「いない赤ちゃんがどうしてエコーでは見えるの?僕、胎動も感じるし」
 
「それはその子の存在が強烈すぎるからだよ。裏の身体にいるのに、表の身体にまでその虚像が出て来てる。ホルモンもこちらに漏れ出してきて、命(めい)の乳房を大きくして、男性機能を停止させた」
「じゃ、どうすればいいの?」
 
「裏側にある子宮と卵巣を表に引き出してくる。それから、出産後の悪露を排出する必要があるから、男性器は一時的に撤去する」
「つまり完全な女の身体になるのね?」
「まさか、理彩もこんな時期にあんたとセックスしようとはしないよね?」
「うん」
 
「じゃ、しばらく男性器無くてもいいよね?」
「僕は無くても全然構わないけど、どのくらい取り外しておくの?」
「悪露が無くなるまでだよ。たぶん2〜3ヶ月」
「うん。そのくらいは理彩がもし見ようとしても適当に誤魔化すよ」
「じゃ、とりあえず男性器を外すね」
「うん」
と返事をした瞬間、お股の感触が変わる。
 
「子宮と卵巣は、手術の直前に戻すから。でないと検査とかされた時に写真に写ると面倒だから」
「その辺は任せるよ」
「何か食べたいものとか無い?」
「そうだなあ。。。。きんつば系のお菓子」
「OK。適当なの買ってきてあげる。じゃ、明日は頑張ってね」
「ありがとう、よろしく」
 

初日は1〜2時間おきに搾乳して哺乳としていたが、少しずつ間隔が空いていき、それに伴い星が1度に飲む量も増えていった。
 
「でも、こんなにお乳が出るのは良いことです。特に未熟児の場合、お母さんのお乳から、未熟児に必要な栄養の入ったお乳が出るようになってるんですよね。ミルク混ぜずにお乳だけで完全にまかなえているのは本当に理想的です」
と3日目に巡回してきた年配の助産師さんが言っていた。
 
悪露は最初は物凄い量出てきて、命(めい)自身「きゃー、こんなに出て大丈夫?」
と思うほどだったが、少しずつ少なくなっていき、ふつうの生理の時くらいの量になっていく。しかし・・・と命(めい)は思う。男性器が付いたままの状態では、これを出す道がホントに無かったじゃん、と。120年前に神の子を産んだ男性はどうしてたんだろう?と疑問を感じた。
 
この時期、命(めい)は病院のスタッフに対しては「女性の妊婦」として埋没し、また、理彩や母たちには「男性器が消滅している」ことを隠しながら、綱渡り的な日々を送っていた。それは、妊婦は女性であるはずというスタッフが持っている一般的な常識、守秘義務に従い命(めい)が男性であることを他言しない担当医や婦長、そして命(めい)がこれまで度々巧みに男性器を隠している所を見てきている理彩たちの「付いてないように見えても実は付いているはず」という思い込みを、うまく利用させてもらっていたのである。更には様々な偶然と幸運も重なっていた。
 
命(めい)の導尿などは、婦長が自分でやるつもりでいたが、直前に急患の対応で手を取られ、新人の看護師に「何を見ても驚かないように。そして他言しないように」と言ってやらせた。しかしその看護師が命(めい)のショーツを下げても、普通の女性の陰部なので、何を驚かないようにと言われたんだろう?と疑問に思いながらも、ふつうに処置したのであった。婦長は、命(めい)が男性であることを知る人間ができるだけ少なくなるようにと考え、それ以降の産褥パッドの交換や、カテーテルを外す作業なども、その看護師にさせたが、結局婦長は、命(めい)が女性の陰部になっている状態を1度も見ることが無かったし、若い看護師の方は、命(めい)が男性であるとは夢にも思わなかった。
 
理彩は毎日病室でたくさん命(めい)や母たちとおしゃべりしていたが、命(めい)とHなことをしようとは、さすがにしなかった。
 

7日目にはどこかで噂を聞きつけて、春代と香川君がやってきた。ふたりは理彩が出産したものと思い込んでいたので、命(めい)がベッドに寝ていて、助産師さんが命(めい)から搾乳するのを見て驚愕する。
 
「いや、俺は前から斎藤って、実は本物の女なのでは?って思ってた」と香川君。「そもそも、命(めい)って月経があるという疑惑が昔からあった」と春代。
 
そんなことを言いながらも、ふたりはまだ結婚式・披露宴してないのなら、高校の同窓生に呼びかけて友人間でお祝いをしてあげるよと言った。
 
そして命(めい)は1月末で退院する。
 
「赤ちゃんもとっても丈夫だし、あなたも凄く回復が速いですね」
と医師は感心するように言っていた。
 
「呼吸が安定していて酸素吸入とかの必要も無かったし、排便も3日目からできたし、お乳もよく飲むし、物凄く生命力の強い子ですよ」
などとも言っていた。さすが神様だね!と命(めい)は思った。
 
命(めい)が退院しても星は2月いっぱいまで入院を続けた。この時期、理彩は期末試験期間中でもあったし、命(めい)は毎日病院に通っては、星に直接授乳し、また自宅でピジョンの搾乳機を使って搾乳した母乳を持参して助産師さんに渡して哺乳をお願いしていた。病院では助産師さんが、自宅では毎日のように来てくれるまどかがマッサージをしてくれたので、お乳は本当によく出た。
 
必要な量を超える母乳が出るので、余った分は冷凍保存した。理彩が飲みたいというので少し飲ませたが「まずーい」と叫んでいた。
 
「でもこれが赤ちゃんには美味しいし、赤ちゃんに必要な栄養が入ってるからね」
「自分では飲んでみた?」
「うん。時々飲んでるよ。コーヒーにもフレッシュ代わりに入れてみた」
「美味しい?」
「まずいね」
「やはりそうか」
 
「でも変な物食べると味が変わるから、食事には気をつけてるよ。お刺身とか納豆とか避けてるし。御飯は毎食2杯は食べるようにしてるし」
「ここしばらく薄味なのもそれか?」
「そうそう。味が足りなかったら、適当に醤油とか掛けて食べてね〜」
 
「水分もよく取ってる感じが」
「うん。水やお茶で毎日2Lは飲んでと言われてるから」
「大変そうだ」
「理彩も自分で産んだら頑張らなきゃだよ」
「うーん。次も命(めい)が妊娠しない?」
「えー!?」
 

この時期、ちょうど試験中ということもあったろうが理彩は珍しく浮気などせずに我慢していたので、その分結構飢えていたようで、夜は「してして」と要求したので、指で逝かせてあげていた。命(めい)自身は「今授乳中で性欲は無いし、いじられるとお腹の傷が痛むから」などと言って、あまり陰部を触られないようにしていた。たまにショーツの上から触られることもあったが、ずっとナプキンの厚いのを付けているので、そこの形までは分からないようであった。
 
「なんでナプキン付けてんの?」
「まだお産の後の悪露が出るんだよ」
「どこから出てくるの?」
「生理の出てくるところから」
「やっぱり命(めい)って生理あるよね?どこから生理出るの?」
「知ってるくせに」
 
「命(めい)ってもしかしてヴァギナがある?」
「僕は女の子だからね」
「いつの間に女の子になったの?」
「生まれた時からずっと女の子だよ」
「男の子の命(めい)とセックスした記憶あるんだけど」
「気のせいだよ」
 
などという会話をしたものの、さすがに理彩も命(めい)を裸にしようとまではしなかった。理彩は高校時代にも何度か命(めい)がナプキンやパンティライナーを付けているのを見ていたので、これも命(めい)の「変態的な遊び」なのかもと思っていた節がある。高校時代、理彩が命(めい)になぜナプキンを付けているのかと訊いたら、たいてい命(めい)は「女の子の気分を味わいたいから」
と答えていた。
 
またこの時は、イチャイチャしている内に、夕飯の買物に行ってきてくれた理彩の母が戻ってきてしまったので、追求はそれで終わってしまった。そもそも1Kのアパートに3人いると、なかなかHなこともできない。
 
「だけど星が戻って来たら、この部屋にベビーベッド置いて大人3人寝るのは不可能だよ」
「うん。やはりもっと部屋数のあるところを借りようよ」
 
悪露は2月末に星が退院する直前頃にようやく終わったが、それでも命(めい)はしばらく用心に軽い日用のナプキンを付けていた。その後も結局1年近くパンティライナーを常用していた。
 

 
退院した夜はアパートで3人で過ごした。明日は一緒に村に帰ることにしている。夕食後、星が眠ったのをふたりで見ていたら、物凄く幸せな気分になってきた。
 
「こうしていたら、自分が産んだ子供のような気がしてくるよ」と理彩。
「理彩だってその内産めるよ。大学卒業したら産むといい。精子は冷凍してるから、僕の男性能力が回復しなくても、それで受精できるし」
 
「それなんだけどねえ。在学中に産んじゃったらだめ?」
「え?」
「だって大学卒業して新米医師になってさ、すぐに妊娠で休んだら、新米の癖にとか言われそうじゃん。それならいっそ在学中に1年休学して産んでおいた方がいい気もするんだよね」
「それは言えるね」
 
「年子にしてしまうと大変すぎるから、来年の7月上旬に受精して、再来年3月に出産というコースかな。生まれた時に、命(めい)まだお乳出てたら、その子に命(めい)もお乳あげていいからね」
 
「え? ほんと? あげたい。2年後なら逆に星もまだおっぱい飲んでると思うから、理彩も星におっぱいあげられるよ」
「ふたりでおっぱいあげられるって、何だかいいね」
 
この日、まどかが身体を一時的に男に戻してくれたので、命(めい)は約2ヶ月ぶりのセックスをした。もちろん勃起はしないしインサートもできないのだがお互いにとても満足感のあるセックスだった。理彩もこの2ヶ月は浮気を我慢していたので理彩にとっても2ヶ月ぶりのセックスで、理彩は
 
「やっぱり、命(めい)とのセックスがいちばんだ!」
と叫んでいた。
「だったら、もう浮気しないでよ。理彩、1年間浮気させろって去年の2月に言ったけど、あれから1年経ったよ」
「そうだなあ・・・・しばらく控えるかなあ・・・」
 
この時期、まどかは理彩とセックスする時だけ身体を男に戻してくれていた。
 

翌3月1日、命(めい)と理彩は星を連れて帰省する。
 
理彩の両親、命(めい)の両親は、この1ヶ月半、かなり頻繁に入れ替わり立ち替わりで大阪に出てきてはまだ入院中の星を見ていたのだが、あらためて青いベビー服を着た星を見ると「可愛い!」と言って抱きたがり、星もまた抱かれてキャッキャッと愛想を振りまいていた。祖父母たちもやってきて、可愛い曾孫と触れ合っていた。
 
そして翌日ふたりは村の神社で結婚式を挙げる。ふたりとも式では白無垢を着て、披露宴では色打掛を着た。命(めい)にもお宮参り用のベビードレスを着せる。何だか物凄く可愛くなってしまったので、式の前にふたりはこんなことを話した。
 
「男の子でもこんな可愛いフリフリの服でいいんだっけ?」と命(めい)。「だって、可愛い子は可愛くしてあげなきゃ」と理彩。
「一見女の子かと思っちゃうね」
「いいじゃん。そもそも新郎が白無垢や打掛けを着るんだし」
「うーん。。」
「でも星、可愛いなあ。どうせなら女の子だったらたくさん可愛い服着せられるのに。おちんちん切っちゃおうかなあ」
「あまりそういうことマジで考えないように」
 
「命(めい)は今、おちんちん付いてるんだっけ?」
「付いてるよ」
「触らせて・・・・お、付いてた」
「ふふ。昨夜もたくさんいじってた癖に」
「命(めい)のおちんちんって付いてない時の方が多いしなあ」
「いつでも付いてるけど」
 
「うそうそ。夜中に命(めい)のお股を触るとしばしばおちんちんが無くて、割れ目ちゃんがあって、クリちゃんもあったりするよ」
「そんな馬鹿な。夢でも見てたのでは?」
「そうなのかなあ・・・」
 
結婚式は神社の拝殿を使い、辛島和雄宮司が祭主を務め、宮司の娘さんの梅花さんと理彩の従妹の来海が巫女を務めてくれた。結婚式では左に命(めい)、右に理彩が並び、星はクーハンに寝かせて命(めい)の左側に置いたが、結婚式の間は起きていたものの全く泣かず、結婚式が終わってから命(めい)のおっぱいをたっぷり飲んだ後は、披露宴の間ひたすら寝ていた。おかげでこの日は本当に手要らずであった。
 

命(めい)たちは月半ばまで、村でのんびりと過ごしたのだが、中旬、星に最初の予防接種をさせるのと(赤ちゃんは生まれて2ヶ月目の誕生日以降、予防接種ラッシュになる。1歳になるまでに15回の予防接種を受けさせなければならず、その順序はほとんどパズルである)4月からの新居を探すために命(めい)の母まで入れて4人で大阪に出た。
 
星のお世話をするのに、命(めい)の母と理彩の母が一週間交替で大阪に出て来てくれることになっていた。すると子供のいる新婚夫婦の所に親が同居するのに今住んでいる1Kではさすがに不可能なので3DKくらいのマンションを探そうと思った。命(めい)が星の世話をしている間に理彩が別室で集中して勉強ができてと考えると2部屋必要だし、お母さんたちのプライベートスペースとして1部屋確保しておきたい。またお母さんが2人とも泊まる場合は1部屋ずつ使ってもらい残りの1室で理彩・命(めい)・星の3人が寝るような使い方もできる。
 
そこで今理彩が契約しているアパートを管理している不動産屋さんに行き、吹田市近辺でできるだけ安い3DKの賃貸マンションを、ということで尋ねた時、不動産屋さんの担当者が「一戸建てはダメですか?」と聞く。
 
「お家賃は?」
「5万円なんですけどね」
「安っ!」
「一応3LDKです。LDKは16畳半ありますから、ふつうに居間として使用できます。その他、1階に6畳の部屋、2階に4畳半の部屋2つ」
「その構成って、総二階じゃなくて一部二階ですね」
 
「です。築40年建ってる古い物件でして。当時は今みたいな総二階は格好悪いと言われて一部二階が多かったのですよね。もう家主さんも解体しようかなんて言ってたのですが、都市計画の区画整理に引っかかる可能性がありましてね。ワンルームマンションとかに建て替えた途端に立ち退きを求められると面倒というので躊躇なさってたんですよ。それで、それなら取り敢えず賃貸登録してみませんかと数日前にお勧めして登録してもらったばかりの物件でして」
 
命(めい)はその「一部二階」という構造に興味を持った。命(めい)はここに神社の分霊を祭るつもりでいたので、そのためには総二階より一部二階の方が助かるのである。ただ現物を見てみないと判断できないので、みんなで見に行く。
 
果たして物件は理想的であった。持参した方位磁針で方位を確認する。二階になっている部分は一階の南西側になっている。一階座敷の北端は上が屋根なのでそこに祭壇を設置すれば、その上を誰かが歩くことはない。北端に設置するということは南を向くので、神様を祭るにはとても良い方向であるのと同時に、南ということは、村の方を向くということでもあるので、村の神社の分霊を祭るにはとても良いのである。
 
「玄関が北東なんですね」
と命(めい)が方位磁針を見ながら言うので不動産屋さんが恐縮した顔で
「実はそうなんです。それも含めてこのお家賃なので」
と言って頭を掻いている。
 
「何、何、鬼門ってやつ?」と理彩。
「家相学ではね。ところが風水では、僕たち1993年生まれで星は2012年生まれだから北東は3人とも吉方位になるんだよ」
「へー。日本の方位学と中国の方位学の対決か! あれ?星は2013年生まれだよ」
「星は立春前に生まれたから、東洋占術ではまだ2012年生まれになるんだ」
「へー」
 
命(めい)としてはかなり気に入ったのだが、理彩は玄関が鬼門にあることより、その家がいかにもボロなのが気になるようであった。その時、命(めい)が抱いていた星が何か言いたそうな顔をした。星の口元に左耳を近づける。すると星の声が、その耳にではなく直接左前斜め上から響いてきた。『ここに決めて』
命(めい)はニコリとして頷く。
 
「ねえ、理彩。星がね、『ここに決めて』って」
「へー。星が言うんなら間違いないね。じゃ、ここにします」と理彩。
 
そういうことで、命(めい)たちはその日、即決でその家を借りることにしたのである。保証人には命(めい)の母がなってくれたので、敷金と4月分の家賃、3月分の日割り家賃を現金で支払い、契約を済ませた。
 

星の声を最初に聞いたのは、星が生まれてちょうど1ヶ月した頃であった。NICUで直接授乳していた時『ママ?』という声を確かに聞いた気がしたのである。
 
その声の聞こえてきた方角は、まどかの声や、理の声が聞こえてくる方角と似ていたが、微妙に角度が異なっていた。命(めい)はびっくりして「今の星?」
と訊くと、星は声を出して笑った。
 
その後、結婚式が終わって披露宴の前に白無垢を脱いで取り敢えず星に授乳していた時『結婚したの?』と星の声が聞こえた。
 
「そうだよ。今きれいな着物を着ているお姉ちゃんと結婚したの」
と命(めい)が答えると
『じゃ、あの人がパパ?』
と声が聞こえてくる。
「そうだね。私がママだからね」
と命(めい)が笑って答えると、星は理彩の方を向いて笑顔になった。
 
「理彩、星が何か言いたいみたい」と命(めい)が言ったので理彩が近づいてくる。その時、理彩にもハッキリ、例の方角から『結婚おめでとう』という声が聞こえた。
「ありがとう、星」
と理彩は答えて、頬ずりをした。
 
その後も星は命(めい)と理彩だけに聞こえるように「例の方角」から毎日1〜2回声を聞かせてくれた。ただ大半は『お腹空いた』『おしめ換えて』のような類のことばであった。たまに『今日は雨降るよ』とか『探し物は冷蔵庫の上』などといった感じの、とっても役に立つ情報を教えてくれることもあった。
 

この吹田市の家に入って最初に困ったのが雨漏りである。
 
「ねえ、こんなに雨漏りしたんじゃ、祭壇作ってもびしょ濡れだよ」
などと理彩が言い、命(めい)もどうしたものかと困っていたら、まどかが現れた。
 
「今日は堂々と出て来たね」
「まあ、星が寝てるしね。雨漏り修理してあげるよ」
と言うと、座敷の雨漏りがピタリと止まる。
「おお、凄い」
「じゃね」
と言って、まどかは姿を消した。
 
「忙しい人ね」
「でも助かった」
 
などと思っていたら、直ったのは座敷の雨漏りだけで、2階の雨漏りは直ってなかった!
 
「まどかさ〜ん、ここもお願いできる?」と言うと、
『自分の居場所が濡れると困るから座敷は直したけど、そこは命(めい)が自分で何とかしなさい』と声だけ聞こえてきた。
「うーん。。。」
 
理彩とふたりでしばし悩む。
 
「雨漏りするというのは、瓦がずれてるんだと思うのよね。だから屋根に登って瓦をチェックして、ずれてる所を直せばいいと思う」と理彩。
「雨漏りってそんな単純なことだとは思わないけどなあ」
「取り敢えず屋根をチェックしてみようよ」
「それ誰がやるの?」
 
「か弱い女の子にさせるつもり?」
「僕に何かあったら星に誰がおっぱいあげるのさ?」
「大丈夫、大丈夫。もし落ちたりしたら、まどかさんが助けてくれるよ」
「あの人、そんなに親切じゃないよ」
 
などと言いながらも、命(めい)は翌日屋根に登ってチェックする。古い家らしく昔風の土葺きである。命(めい)はここ築40年じゃなくて築50年か60年では?とも思う。でもこれなら、ずれている所があればそれを直すだけでも効果はありそうだという気になる。しかしどこかずれてるかが全然分からない!
 
困っていたら『ママ、もう少し左』という星の声。おお!ここに親切な神様がいた! ということで星の声に従って少し左の方に移ってみると、確かにずれてる感じの瓦がある。ここか! というので正しい位置と思われる所にずらす。『次はもう少し上、右手』などというので移動して探す。
 
そんなことをしばらくやっていたら、『これで当面大丈夫だよ』という星の声。『ありがとね、星』『降りる時、気を付けて降りてね』『うん。ありがとう』
 
といった経緯で、星のお陰で、2階の雨漏りは応急処置することができたのであった。(瓦に関しては翌年の春、大家さんが業者に依頼して瓦の位置調整と土の補填、古い瓦の交換をしてくれた)
 

この吹田の家からの通学手段だが、モノレールの摂津駅まで行ってそこから命(めい)は柴原まで乗るコース、理彩は万博記念公演で乗り換えて阪大病院前まで行くコースになる。しかし摂津駅まで歩くとけっこう掛かるので、車を1台買って、そこまで車で往復しようということになった。朝ふたりで一緒に摂津駅まで行き、帰りは早く帰ってきた方が車で自宅まで戻り、後から帰ってくる方は、電話して迎えに来てもらう、という方式である。
 
(阪大まで直接車で行っても20分ほどで行くが、キャンパス内は特に許可を取った車以外、進入禁止である)
 
それで通学用に1台車を買おうと、星も連れて3人で中古車屋さんに見に行った。最初軽でいいかなと思ったのだが、やはりベビーシートを設置して、大人が3人(理彩と命(めい)にどちらかの母)乗るケースを考えると、軽では辛いかもと考え、コンパクトカーにターゲットを絞る。
 
最初理彩が目を付けたのは3万円という値札が貼り付けてあるコルトだ。
「これ安〜い。私、安いの大好き」
「これは多分距離が・・・・かなり行ってますよね?」と命(めい)。
「そうですね。35万km走ってますが」
「走る奇跡だな。たぷん乗ってるとメンテナンス代の方が掛かるよ」
「うーん」
 
「こちらはどうですか?」
と副店長さんが勧めてくれたのは13万円のヴィッツ。距離は9万kmである。「なんでだろ?私、この車好きになれない」と理彩。
「うん。僕も。変だな。車はきれいにしてるのに」と命(めい)。
 
その時、星が何か言いたそうにしてるので耳を近づける。
『事故』
と星は言った。
「ああ、これ事故車でしょ?」と命(めい)。
 
「お客さん、鋭すぎます」と副店長さん。
「じゃ、こちらは如何ですか? 同じ年式のヴィッツですが事故車ではありませんし、禁煙車です。少し距離は行ってますが」
「何kmですか?」
「14万kmです」
 
星を見る。ニコニコとしている。理彩もそういう星の表情を見て
「いい車ですね。これが15万円なんて素敵」と言う。
「え?いや、お客さん、これ24万円ですが」
「あら、16万円ですか。まあ、そのくらいまではいいかな」
「困ったなあ。じゃ、23万円」
「17万」
「22万。これ以上は負けられません」
「じゃ、今キャッシュで払うから、費用込みでその値段で」
 
「それは無茶ですよ〜。じゃ、現金払いで、保険をうちで契約してくださるなら、込み28万ってのでどうです?」
「買った」
 
と言うことで、理彩の値切りで破格値でこの車を買うことができた。明細を見たら車両本体価格は19万円ということにされていた。
 

ふたりはヴィッツを駐めるのに、不動産屋さんの仲介で自宅近くの駐車場と、摂津駅近くの駐車場の契約をし、自宅近くの駐車場で車庫登録をした。また、星を乗せるのにレーマーのベビーシートを買った。
 
乳幼児兼用のも検討したのだが、どうしても大きくなるので狭いヴィッツで使うなら、ベビーシートとチャイルドシートは別にした方が良いと判断した。2年後にもうひとり赤ちゃんを作る予定であることからふたつ買っても無駄にならないし、その時はふたり目のベビーシートと星のチャイルドシートを並べればいいし、というのもあった。
 
大阪に結局一週間滞在して、また村に戻った。
 

3月27日は星の本来の出産予定日であったので、みんなでお祝いをした。そしてその夜、数ヶ月ぶりに理が命(めい)の前に姿を現し、星の顔を見ていく。理は命(めい)に5月から7月までのことについて詫びを入れ、また星を産み育ててくれていることに感謝した。命(めい)は新しい家に村の神社の分霊を祭って朝晩奉仕することで新しい主神(円)の怒りを少しでも鎮めたいと言い、賛成してもらった。
 
また、命(めい)は理に、この村を繁栄させていくために、神様に当ててもらった宝くじの資金を使って何か事業を始めたいと思っていると言った。理は最初、工場の類を建てるとか、遊園地のようなのを作るのかと思ったようで、それでは村が荒れると言って難色を示したが、命(めい)がそうではなくブランド作物を作り農業で村おこしをすることを考えていると言うと、賛成してくれた。ただこの時、理は、美味しいお米でも作るのかと思い込んでいたらしい。
 
実は農業で村おこしというのは、昨年の秋頃から考えていたことだったのだが、実際に何の作物を作るのがいいかについて、命(めい)はかなり悩んでいた。村の気候や降水量を考えていくつかの作物に絞ったのだが、未知数の部分が多く、かなり迷う。
 
迷いながらある日、命(めい)が星におっぱいをあげていたら、星が『桃』と言った。
 
「桃ジュース飲みたい? じゃ、後で買ってくるね」と言ったら
『作る』と言う。
 
「村の作物?」
『うん』
 
なるほど!と命(めい)は思った。桃は耐干性があるので、うちの村のような保水力の弱い傾斜地でも何とかなる気がする。どうしても水分が足りないようであれば、地下に高分子吸収体のシートを敷くなどの対策を取る手が使えるかも知れない。気候的にはたぶん適合範囲になる気がした。雨が多すぎるとまずいのだが、あの村は山奥は無茶苦茶降るが、里の近辺はそんなに降らない。
 
そして何よりも、桃はまどかの大好物だ!
 
これは行ける、と思い、命(めい)はそれから桃を第一候補に考えて調査を始めたのであった。
 

4月1日、吹田の家に辛島宮司に来てもらい、1階の座敷北端に神殿を設置してもらい村の神社から持ってきた分霊を入れてもらった。ここに命(めい)たちは毎日お供え物をすると共に、朝晩祝詞をあげるようにした。
 
その年の祈年祭で「神様との踊り」がわずか10分で終わってしまったのを受け、神様の怒りを鎮めるのに少しでも寄与したいということから命(めい)が提案したものであったが、朝祝詞をあげる時に、毎日ではないものの、できるだけ巫女舞も奉納するようにしていた。
 
この巫女舞は元々村の若い女性に伝えられているもので、祈年祭の朝に奉納する習わしになっている。この舞を理彩は高校卒業直後「命(めい)も村の娘なんだから」などと言って、命(めい)に覚えさせていた。そこでそれも一緒に奉納することにしたのである。命(めい)が舞をするので、朝の祝詞を理彩が代行する時は、理彩も舞を舞うようにしていた。
 
「でも、命(めい)の舞もだいぶ上達したね」と理彩。
「先生が良かったからね」と命(めい)。
 
「村の女はみんなこの舞を踊れるからね。これで命(めい)も村の女の一員だよ」
 
「えっと、舞は踊るんじゃなくて、舞うんだよ」と命(めい)。
「へ?」
「舞と踊りは別もの」
「そうなんだっけ?」
「舞はワルツなんかと同じで回転運動。踊りはジャズダンスなんかと同じで跳躍や縦の動きなどが中心」
「ああ、そう言われたらそうだ。へー。舞と踊りって違うものだったのか!」
 
「けっこうごっちゃにしてる人いるよね。日本の踊りは古い時代の田楽などから来ている。民謡大会の上位入賞者なんかでも、両方をゴッチャにした新作の舞とも踊りともつかぬものを演じる人がいたりするから」
 
「うーん」
「舞と踊りをミックスするのは、八宝菜にフランスパン添えるようなもの」
「・・・・それ私、平気で食べる」
「そうか」
 
「でも詳しいね、命(めい)」
「実は、まどかさんからの受け売り」
「ああ」
 
「ここだけの話だけど、巫女舞してってのも、まどかさんから言われた」
「そっか。じゃ私も朝の祝詞を命(めい)の代わりに読む時は、巫女舞をするね」
「ありがとう」
 

4月の中旬から命(めい)は自動車学校に通い始めた。そもそも昨年の春免許を取っておけば良かったのが、ぼんやりして取っていなかったので、あちこち移動する時にいつも理彩に運転してもらっている。早く自分も取らなきゃと思っていた。更に吹田の一軒家に引っ越して来て通学用にヴィッツを買ったものの、自分は免許が無いので、復学するまでに免許を取らないと、またまた理彩に負担を掛けてしまう。そこで1ヶ月程度以内には取ろうと思った。
 
星のお世話はあるものの自分が外出中は自分の母と理彩の母が交替で面倒を見てくれる。そもそも休学中で時間の都合は付けられるので、ほぼ毎日出て行くことにした。
 
ネットで申し込みをして振込用紙をプリントし、コンビニでパックコースの料金を支払う。そして「新婚旅行」から帰ってから1日休んだ4月16日(火)の午後、入校手続きをした。写真撮影、適性検査、オリエンテーションのあと、すぐに最初の学科教習、そしてシミュレータによる予備練習を経て、即最初の実習になる。
 
きゃー、初日からいきなり運転するのかとは思いながら実習の待合室に行く。先生が来て名前を呼ばれるのを待ちながらふと教習原簿を眺めていて「え?」
と思う。
 
性別が女になってる。。。。。
 
申込書で性別の丸印を付け間違ったかなあ、と考えてみるも、性別の所というのはふつうの人以上にいつも意識しているので、確かに男の方に丸を付けたという記憶がある。
 
『入力する時に間違われたんだよ。命(めい)って外見を見たらどうみても女の子だもん』とまどかの声。
『まどかさんのしわざ?』
『人聞きの悪い。単純ミスだよ。命(めい)、声も女の子の声で話してたろ?』
『あ・・・。でも僕、もう随分長く男の声出してない気がする』
 
そもそも初日の命(めい)はドレッシーなブラウスに運転の時に足を動かしやすいようにとミニスカートを穿いてきている。これを見て男と思う人はまずいない。
 
『それじゃ女と思われても無理ないね』
『これ、訂正してもらわなくていいかなあ』
『別に性別なんてどうでもいいんじゃない?』
『そうだろうか?』
 
やがて講師の人が呼びに来て、命(めい)は(建前上)初めての運転席に就いた。最初はとにかく車を動かし、ハンドルで車の進行をコントロールすることだ。
 
「運転うまいね。実は運転してたでしょ?」などと講師から言われる。
「えーっと、それはしてない、という公式見解で」
 
「ははは、まあいいですよ。斎藤さんは女子大生ですか?」
「あ、はい」
 
「どちらの大学です?」
「阪大ですが」
「おお、凄い!才媛なんですね」
 
あはは・・・やはり、女の子と思われてるよね。ま、いっか!
 

ゴールデンウィーク。昨年はバイトをしていて帰省しなかった命(めい)と理彩も、今年は星を連れて村に帰省したが、そのゴールデンウィーク期間中に高3の同級生女子で集まった時、成人式の振袖のことが話題になった。
 
「あ、じゃ京都組は1月に予約したんだ?」
「うん。4人で一緒に見に行ったんだよ」と小枝。
小枝・百合・愛花・杏夏の4人は通っている大学は違っても、高校の時以来の友情で団結力が堅い。
 
「私も奈良市内の呉服屋さんで1月に予約した」と玖美。
「私はレンタル。予約済み」とあおい。
「私も同じく」と博江・須美。
 
「私はお母さんが昔着てた振袖を着る〜」と綾。
「お母さんが着てたのなら、かなりいい品じゃないの?」
「見たけど、良い物か安物か、私には分からん」
「きっと良い品だよ。昔は今みたいにインクジェット・プリンタで染めたりしないもん」
 
「しかし、そうなると、まだ振袖を確保してないのは?」と理彩が見回す。「はい」と言って手を挙げたのが春代と浩香である。
 
「じゃ、どこかに一緒に見に行かない?」
「そうだね」
「見に行くんなら、うちに奈良市の呉服屋さんから展示会の案内が来てたよ」
と言って、玖美がパンフレットを出して来た。
 
「あ、いいかも。うちにも全国チェーンの呉服屋さんからDMは来てたけど、どうも微妙な気がしてたのよね」
「ここの呉服屋さんは良心的だよ。うちは20年来の付き合いなんだ」と玖美。
「じゃ、行ってみようか」
 
「行くのは、私と理彩と春代の3人?」と浩香が訊くが
「当然、命(めい)も一緒だよね」と理彩・春代。
 
「あ、命(めい)も当然成人式は振袖なんだよね」
「うん。背広着るなんてふざけたこと言ってたから、もう背広着れないようにおちんちん没収したから」と理彩。
「命(めい)が背広はあり得ない」とその場にいたみんなが異口同音に言う。命(めい)は苦笑している。
 
「没収も何も、命(めい)のおちんちんは高校時代には既に無くなっていたはず」
と百合。
「その胸も本物なんでしょ?」と綾。
「本物だよ〜。Eカップあるよ」と理彩。
「張り切って大きくしたね〜」
「そのバストでは背広なんて着れないよね、そもそも」
「そうそう、私もそう言ったんだよ」
 
「あれ?命(めい)って高校時代、振袖着てなかった?」
「あれは理彩のを借りたんだよ」
「じゃ、理彩は振袖持ってるんだ?」
「うん。持ってるというか、お母ちゃんのなんだけどね。でも成人式のはそんなに高いものでなかったら、新たに買ってもいいんじゃない?って言われてるのよね」
「なるほどー」
 
「じゃ、行くのは私と理彩・命(めい)・浩香の4人かな」と春代が言うと「あ、そうだ。正美は?」と愛花が言い出した。
「おお、ぜひ誘って行こう」
と春代が言い、早速電話を掛ける。
 
「だいたい正美は、この集まりにも誘ったんだけどね〜、何かごちゃごちゃ言って遠慮しとくとか言ってたし」と玖美。
「もっと女の子としての自覚を持った方が良いよね」と小枝。
命(めい)はまた苦笑している。
 
「は〜い、正美」と春代。
「どうしたの?」と正美。
「正美さ、成人式は何着るの?」
「えっと・・・まだ決めてない」
「振袖着ない?」
「えー? 着たいけど着ていいものなのかなあ」
「だって、正美は女の子でしょ? 女の子なら振袖着なくちゃ。命(めい)も振袖着るんだよ」
 
「ああ。。。命(めい)も着るなら、僕も着ていいかなあ」
「着ていいって。命(めい)なんて既婚でママなのに振袖着る気満々だから」
「ああ。僕は一応まだ未婚だし子供もいないし」
「うんうん。明日、奈良市に見に行くからさ、正美も一緒に行かない?」
「うん。じゃ見に行く」
「よし。9時頃迎えに行くね」
「うん。ありがとう」
 

そういう訳で理彩と命(めい)、春代と浩香、正美の5人で奈良市内の呉服屋さんまで出かけることになったのであった。星は命(めい)の母が面倒を見てくれるということだった。5人なので、理彩のヴィッツでは少し苦しい、理彩の父の少々年代物のスカイラインを借りることにした。免許を持っているのが理彩と正美なので、2人で交代で運転することになった。
 
「浩香、河合君は成人式、何着るの?」
「コスプレしようかな、なんて言ってたから、してもいいけど私のそばに寄らないでと言っておいた」
「河合君にも振袖着せちゃおう」
「かなり、唆してるんだけどねえ。何とか、じゃちょっと私の振袖を試着させて、ってところまでは漕ぎ着けたけど」
「あと一押しだな」
 
「なんで、そんなにみんな男の子を女装させようとするの〜?」と正美。そう言う正美は少しドレッシーなカットソーに膝下サイズのプリーツスカートを穿いている。耳には赤いウサギのイヤリングをしている。
 
「だって楽しいじゃん」と理彩。
「そうそう。特に嫌がるのを無理に女装させるのが楽しい」と春代。
「そういう意味では、高校時代、正美がいちばん楽しかったね」と浩香。「命(めい)は全然嫌がらないで、喜んで女の子の服着てたからね」と理彩。「いや、喜んでというより、当然のように女の子の服を着てた」と春代。
「確かに」
「みんなに乗せられて、僕はこんな感じになっちゃった」と正美。
 
「いや、元々女の子になりたかったんでしょ?」と春代。
「たぶんGIDだよね〜」と浩香。
「うーん。そうかも知れないという気はする。今完璧に女の子ライフにハマっちゃってるし。フラフラと豊胸手術受けたくなるんじゃないかと自分が怖い」
「受けちゃえばいいののに」
「そうだ、そうだ」
「今おっぱい大きくすれば今年の夏はビキニの水着を着れるよ」と理彩。「ビキニの水着・・・ああ。着たい!」と正美はかなり迷うような声をあげた。
 
「河合君はGIDの傾向は無いの?浩香」
「うーん。女装が嫌いではないみたいだけどね。ちょっとナルちゃんだし。でも女の子になりたい訳じゃないみたい」
 
「命(めい)の場合はどうなんだろ?」
「命(めい)はそもそも女の子だから、GIDでもないね」
「むむむ」
 

奈良市街地の駐車場に駐め、玖美お勧めの呉服屋さんの展示会場へ地図を見ながら歩いて行っていたら、信号待ちのところで浩香が『意外』な人影を見た。
 
「あら、まどかさんでしたよね?」と浩香が声を掛ける。
「あら、あんたたちここで何してるの?」とまどか。
 
浩香は先日の友人達による結婚祝賀会で、まどかと一緒に徹夜で飲みあかしている。
 
「成人式の振袖を見に行くんです」
「へー、じゃ私も付いて行こうかな」
と言うまどかは、センスの良い付下げを着ている。和服姿のまどかを久しぶりに見たなと命(めい)は思った。命(めい)たちが小さい頃はよく彼女のシンボルマークである丸い輪を染め抜いた小紋をよく着ていたが、命(めい)たちが小学校の4〜5年生になった頃以降はだいたい洋装をしていた。
 
春代と正美はまどかと面識が無かったので、命(めい)の親戚の『お姉さん』と紹介する。今日のまどかは少し若めのメイクをしていたので、充分30前後、ひょっとしたら28〜29かも、という感じに見える。
 
「まどかさんは訪問着か何か見られるんですか?」
「そうだね。私も振袖買っちゃおうかな。とりあえず独身だし」
「あ、独身なら年齢関係無く振袖でいいと思いますよ。ここに既婚なのに振袖を着ようなんて子もふたり居ますけど」と春代。
 
「ひとりは既婚で男なのに振袖着たい着たいというから連れてきたんですよ〜」
などと浩香。
「僕は成人式には背広を着ると言ってたんだけど」と命(めい)が言うが
「命(めい)の背広なんてあり得ない。そんな馬鹿なこと言うなら、今すぐ性転換しちゃおう」などとまどかが言う。
 
その瞬間、命(めい)は女体に変えられてしまった。「ぎゃっ」と命(めい)は心の中で叫んだ。
 
「僕も男なんですけど、振袖着てもいいですよね?」と正美。
「ああ、いいと思うよ。好きな服を着ればいいんだよ、成人式なんて」
とまどかは笑って言う。命(めい)はまどかがよけいな親切心を起こして正美を女の子の身体に変えたりしませんように、と心の中で祈った。
 
「まどかさんは事情があって、20歳の時には成人式に出られなかったんだよ」
と命(めい)が説明すると。
「あ、だったら、来年うちの村の成人式に出ませんか?私、実行委員だから、特別参列者として登録しておきますよ。うちの村の出身者なら大歓迎です」
と春代が言う。
 
「大歓迎? じゃ、お願いしようかな」とまどか。
 
まどかがマジで嬉しがっているのを見て、命(めい)は今年の作物の出来が5%は上がったなと思った。
 

展示会は公共の会館の小会議場を利用しておこなわれていた。
 
みんなでひととおり会場内を見て回ってから、理彩が「振袖を選ぼうと思っている」と30歳くらいの女性スタッフに伝えると、ひとりひとりに好みと予算を尋ね、パソコンの画面で、こんな生地はどうでしょう?と言って見せてくれる。
 
「お写真を撮らせて頂けますと、着付けした状態を画面で見られます」
というので、まどかも含めて6人写真を撮ってもらった。19歳の5人はいいとして29歳?のまどかも振袖を選びたいという話に、変な顔をすることもなく普通に対応しているスタッフさんはプロだなあと命(めい)は思った。
 
「へー、世の中進歩したもんだねぇ」とまどかはパソコンの画面をのぞき込んでマジで感心している。
 
まどかはさすがに和服の知識がしっかりしているので、あれこれアドバイスしてくれる。スタッフの人と専門用語?で会話したりしているので、理彩たちは「へー」という感じで、頭の上で飛び交う会話を聞いていた。
 
全員けっこう満足のいく買物が出来た。
 
春代は無難なピンク系伝統柄の型押し振袖を選んだ。浩香は現代的なデザインの赤系統のプリンター染め、正美は可愛らしい感じの青系統のプリンター染めを選ぶ。まどかは「私の年齢じゃさすがにプリンター染めは着られない」と言って京友禅ゴム糸目の黒地に赤と金の波模様が入り桜と蝶が染め抜かれた振袖を選んだ。理彩と命(めい)は最初はプリンター染めでいいかなあ、などと言っていたものの、春代やまどかにうまく乗せられて、結局型押しを選ぶ。星と三日月が描かれた同じ模様で、理彩は白地、命(めい)は薄紫地のものを選んだ。
 

呉服屋さんの後、みんなでカフェに入ってお茶を飲む。
 
「正美はお客様カードの性別、女にしてたね」
「最近けっこう女で登録してる」
「正美って髪はどこで切るの?床屋さん?美容院?」
「美容院に行くようになった」
「やっぱりねぇ」
 
「命(めい)はお客様カードの性別、男に○付けたのに、店員さんが女に修正しちゃったね」
「当然だね」
「命(めい)は髪の毛は?」
「命(めい)は小さい頃から美容院で切ってたよ。いつも一緒に切りに行ってた」
と理彩。
「やはりそうか」
 
「年季が違うな」と正美。
「でも正美も小さい頃から女の子になりたかったんじゃないの?」と浩香。
「うーん。よく女の子だったら良かったのにとかは言われてたけど」
「おちんちん切ろうとしたことない?」
「ある。でも切れなかった」
 
「命(めい)の場合は私が3歳頃におちんちん切っちゃったからね」と理彩。「なるほど、早く切っちゃうに限るね」と春代。
 
「おちんちん無くなって泣いてたから『私がお嫁さんにしてあげるから』と慰めてたんだよね」
「ほんとにお嫁さんになっちゃったね」
 
「命(めい)、マジでもうおちんちん無いの?」と正美。
「ああ、無い筈だよ」とまどか。
「叔母さんが言うなら確かだね」と春代。
「何なら裸にしてみる?」
「裸にしてみたーい」と浩香が言った。
 
「じゃ、このメンツで温泉センターにでも行ってみる?」
「あ、行きましょう、行きましょう」
「命(めい)、男湯に逃げてったりしないよね」と浩香。
「あ、大丈夫、大丈夫。絶対男湯には入れない身体だから。高校時代にも何度か女湯に入ってるよ、命(めい)は」と理彩。
「じゃ、確認できるね」
 
「あ、じゃ僕は車の中で寝てるから結果を報告して」と正美が言うが
「正美も女湯に行こう」と春代が言い出す。
「さすがに無理。僕は何も身体には手入れてないもん」
「水着を着てれば行けるよ」
「ああ、水着くらい買ってあげようか?」とまどか。
「ひぇー」
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
【神様のお陰・神育て】(1)