【Shinkon】(3)

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助産婦さんが来て「搾乳の時間ですよ」と言う。
「はい、男の人は向こう向いてて」と言われて、香川君が壁の方を向く。
 
僕はおっぱいを出して搾乳してもらった。春代が「へー、凄い」などと言って見ている。
 
「さあ、赤ちゃん見に行こう」と言って、僕と理彩、春代と香川君の4人でNICUに行き、保育器の中の赤ちゃんに授乳するところを見学した。
 
「わあ、可愛い!」とみんなが言うと、それだけで嬉しくなる。
 
「もう抱いたりした?」
「時々抱かせてもらってるよ。直接の授乳も時々してる。お母さんにたくさん触られたほうが成長も早いんだって」
 
「8ヶ月で帝王切開したんだけど、凄く丈夫な子だと言われてる。すぐ保育器から出してもいいくらいだけど、2月いっぱいは様子を見ましょうということで」
と理彩が補足する。
 
「体重は?」
「生まれた時が1416gだったんだよね。今もう2000gになった。一応このくらいの体重が保育器から出す目安らしいんだけどね。普通は月が満ちずに生まれた子は本来の予定日まで保育器に入れておくらしいけど、この子は成長がいいから、たぶん1ヶ月早く切り上げていいですよって」
 

授乳の時間が終わって、病室に戻り、またおしゃべりをする。香川君たちが買ってきてくれたフルーツの籠を開け、桃を剥いてみんなで食べた。
 
「だけど、ふたりとも在学中なのに、どうやって子育てするつもり?」
「僕はこの1年の後期は休学したんだよね。大きくなったお腹、人前に晒したくなかったし。テレビ局とか取材に来たりしたら嫌だしね」
「確かにね」
 
「一応私のお母ちゃんと、命(めい)のお母ちゃんとで週交替でこちらに出て来て、私たちが学校に行っている間、赤ちゃんの面倒見てくれると言ってる」
「わあ、良かったね」
「私が大学卒業するまであと5年、命(めい)は休学しちゃったから結局あと4年。何かいちばん大変な時期をお願いすることになっちゃうけどね」
 
「どうせ卒業が1年遅れるしということで、僕はこのまま後半年休学して育児に専念して、今年の後期から大学に復帰するつもり」
「ああ、いいかもね」
 
「だけど、妊娠中、斎藤はどんな服着てたの?妊婦服って女物しか無いだろ?」
「女物の妊婦服を着てたよ。妊婦服を着ることになる以前から、少し女物に慣れておこう、なんて理彩から言われて、8月頃から女物の服着て出歩いてた」
「おお」
 
「そんな時、トイレはどうすんの?」
「男子トイレに入っても妊婦は大目に見てくれるだろうけどね」
「ああ、そうかもね」
「でも一応、女子トイレ使ってたよ」と僕は言う。
「まあ、いいだろうね、それでも」と春代。
「最初の頃、恥ずかしがってたから、私が強引に手を引いて女子トイレに連れこんで、個室に放り込んだんだけどね」と理彩。
「ああ、理彩らしい」
 
「あ、でも斎藤って、以前からけっこう女装してたよな」
「させられてたというか」と僕は苦笑する。
「はい、加害者です」と理彩が手をあげる。
 
「私と命(めい)って、元々服のサイズが同じなのよね〜。だから、よく私の服を着せてたんだよね」
「女物の浴衣を着せられて一緒にお祭りに行ったこともあったなあ」
「ひょっとして、その時に命(めい)って神様に見初められたのかもね」
「あはは」
 
「僕、ウェストが女の子みたいに細いんだよね。逆にいうとウェストサイズで服を選ぶとお尻が全然入らない。だからいつも大きなサイズのズボン買ってきて、ベルトで締めて穿いてたんだよね。ここ半年ほどですっかり女物の服を着るの味しめちゃったから、お腹のサイズが戻っても、ジーンズは女物穿いてようかな、とか思ってる」
「スカートも味しめてない?」と理彩。
「うん。ちょっとだけ」
「ああ、命(めい)、きっともう男物の服には戻れないよ」と春代。
「いっそ、このまま性転換しちゃったら?」と香川君。
「それ、唆してるんだけどね」と理彩。
「うん、それもいいんじゃない?」と春代は笑って言った。
 
「どうせ出産に伴うホルモンの影響で、男性器は機能停止してるしね。機能のないおちんちんなら、取っちゃった方がすっきりするじゃん」などと理彩は言う。「ああ、さすがに男性機能は停止か」と香川君。
「うん。それは覚悟で産んだんだけどね。シャワーのように大量に体内に女性ホルモンが分泌されているはず」と僕は言った。
 

僕は1月末で退院したのだが、赤ちゃんの方は2月いっぱいまで保育器に入れられたままで、僕は毎日病院に行って授乳し、また家にいる間に搾乳し冷凍しておいたお乳を渡して、哺乳をお願いした。
 
赤ちゃんが退院して3人でアパートで過ごした夜は、赤ちゃんは夜泣きもせずにスヤスヤと寝ていて、僕たちはとても幸せな気分だった。
 
「命(めい)、お乳の出がいいね」
「うん。プロラクチンとかオキシトシンとかの分泌がいいんだろうね」
「オキシトシンって子宮を収縮させるとともに、赤ちゃんのこと可愛く思えるように作用するんだって」
「すごく可愛いよお」
 
「でもこうしてたら、自分が産んだ子供のような気がしてくるよ」と理彩。
「ふふふ。産んだのは僕だからね。おっぱいあげられるのも僕だし」
「すごーく、お乳あげたい」
「理彩だってその内産めるよ。大学卒業したら産むといい」
 
「それなんだけどねえ。在学中に産んじゃったらだめ?」
「え?」
「だって大学卒業して新米医師になってさ、すぐに妊娠で休んだら、新米の癖にとか言われそうじゃん。それならいっそ在学中に1年休学して産んでおいた方がいい気もするんだよね」
「それは言えるね」
 
「夏休みを有効利用したいから、後期と次の前期を休むのがいいと思うのよね」
「うんうん」
「命(めい)と同様に7月上旬に受精して3月末に出産というのでもいいかなあ。或いはもう少し早いスケジュールにしてもいいよね。私は大きなお腹抱えて通学してもいいから」
「女性は便利だね」
「まあ、男性の妊娠ってあまり無いから」
「ふつうあり得ないよね」
「それに私、産んだ翌週には学校に復帰してもいいな」
「経膣分娩なら行けるだろうね。僕も経膣で行きたかったよ」
「まあ、命(めい)には膣が無いから無理だね」
「子宮が無いから妊娠することもないと思ってたんだけどね」
「まあ事実は小説よりも奇なりだよ」
「ほんと、こんな話を小説に書いたら、あり得ない話だって言われるだろうしね」
 

3月27日。この日は本来の出産予定日だった。僕たちは帰省していて、3人で僕の実家にいたのだが、星のもうひとつの誕生日だねと言って、理彩が車で20分ほどの所にあるショッピングセンターまで行き、ケーキを買ってきてくれたので双方の両親も集まり、ささやかなお祝いをした(理彩は大学1年の1学期に免許を取得した。僕はボーっとしていたので取ってないが、今年前期に休学のついでに取るつもりである)。
 
「命(めい)が妊娠したなんて聞いた時は、何がどう間違えばそんなこと起きるものかと思ったけど、まあ何とかなるもんだねえ」とうちの母。
「理彩も自分が妊娠せずに母親の予行練習ができた感じで」と理彩の母。
 
僕たちは来年くらいに、保存していた僕の精子で理彩が妊娠して次の子を在学中に産んでしまう計画を話して、双方の承諾を得た。
 
「確かに新米のお医者さんで就職して即1年休んだら、無茶苦茶言われるわよねえ」
「だから女医さんって、たぶん初産年齢がみんな高いんじゃないかと思うんだけど、星を見てたら、私も早く子供産みたいって気になっちゃって」
「いいと思うわよ。ふたりが学校に行っている間は私たちで面倒見てあげられるわよね」とうちの母。
「同感同感。それに毎月半分大阪で過ごせると、結構都会の生活が楽しみだわ」
と理彩の母。
「お前たち、まるで遊びに行くみたいだな」
「もちろんそれが目的の半分よ!」
 
「神様に当ててもらった宝くじのお陰で、そういうことする資金もあるしね」
「でも私たちが行って泊まっていて、それでお前たち3人も暮らすってのに、あの1DKは無理だよ」
「うん。引っ越すよ。今シーズンだから、わざとそれを外して来月中旬くらいにやるつもり」
 

その夜、みんなが寝静まった頃、私は気配を感じて目を覚ます。
 
誰かがベビーベッドのそばに立っている。理彩でもうちの両親でも無い。その人物もこちらに気付いて「しばらく来れずに申し訳無かった」と言う。
「僕、最初どうしようかと思ったよ」
 
「男の子だね。名前は?」
「星(ほし)」
「いい名前だ」
「この子・・・・神様になるの?」
「いづれね」
「いつ?」
「それはその時が来れば分かるよ。ただ神様の代替わりは壬辰の年なんだよ」
「あ、去年が壬辰だった」
「うん。水の龍だから、壬辰の年なんだ。僕は主神の座を去年で降りた。今年の祈年祭では新しい神様が踊ったよ。ただ、今度の神様は60年前に生まれた神様で、この村の人にかなり酷い目に遭わされてるんで厳しいぞ」
「10分で終わったっていって神職さんが嘆いていた」
「10分はうまく行った方だと思う。まあ、彼が暴走しないように僕も、そしてこの子も制御していくと思うけどね」
 
「神様って3人なんですか?」
「そう。親子3世代。60年ごとに新しい神様が生まれる。本当は一昨年踊った女の子に去年踊って欲しかったんだけどね、神職さんが占いの結果を読み間違えるんだもん」
「間違いのせいで、僕が産むことになっちゃったんですか! でも、未婚の女の子が突然妊娠したらびっくりするし、周囲から何と言われるか分からないですよ。そういう意味では僕が産んで良かったのかも」
「君は優しいね。君の男性能力は、赤ちゃんの授乳が終わった頃、回復するから」
「ありがとうございます」
 
「僕も実は男の子から生まれたんだよ。明治25年の壬辰の年に受精してやはり翌年生まれた」
「そうだったんですか」
「当時は村の人たちは優しかったよ。これはみんなの子供だって言われて大事に育てられた」
「60年前は何があったんですか?」
 
「あの時代はみんなの心がすさんでいたんだろうね。それに科学万能主義の時代で神様の子供なんて話を誰も信じてくれなかった。それで石を投げられるようにして母と共に村を追われてね。生まれた神様も、ここには戻りたくないと言って、那智の神様の所に預けられていたんだよ。村に戻ったのは10年前のことで」
「そうだったんですか」
「この子は優しく受け入れてもらっているようだね」
「ええ。僕の両親も理彩の両親も優しくしてくれてます」
 
「これからは時々来てくれるの?」
「ごめん。あまりこちらの世界に姿を現すことができないから。でも必要な時や君たちが危ない時は来るよ。そして、姿を見せなくても、いつも見守ってるから」
「うん」
「何よりも、僕と君の間の息子がいろいろしてくれるさ」
「ああ」
 
神様は僕にキスをしてくれた。そして去って行った。

僕たちは理彩の通学に便利なように吹田市内で3DKのマンションを探していたのだが、不動産屋さんが「一戸建てはダメですか?」と聞く。
 
「お家賃は?」
「5万円なんですけどね」
「安っ!」
「一応3LDKです。LDKは広めの台所じゃなくてキッチン付き居間という雰囲気ですよ。1階に6畳の部屋、2階に4.5畳の部屋2つ」
 
「あの。。。赤ちゃん連れなんで、少々傷めるかも知れませんが。。。。」
「築後40年の家なんですよ。もう家主さんも解体しようかなんて言ってたのをきっと需要あるから、うちに登録してみませんか?とお勧めした家でしてね。そもそも今もけっこう傷んでるのでこのお家賃なんですが、あなたたちが最後の借り主になる可能性もあるし、多少傷つけても、常識の範囲なら何も言わないと思いますよ」
 
星も連れて3人で見に行くと、何となく良い雰囲気の所だった。中も見せてもらった。お風呂が古いタイプでコンクリートにタイル貼りの浴槽を半分埋め込むようにして作られている。外釜で、火を付けるには家の外に出なければならない。どうも石炭釜だったのを石油釜に比較的最近交換したようだ。浴室内からは湯温調節できないからひとりでは入浴不能。誰か必ず釜係が必要だ。しかし一酸化炭素中毒を起こす心配は無い。トイレは男女共用の洋式であった。妙に広い気がしたので聞いたら「トイレは以前小便器と和式便器だったのをは前の入居者が強く要望して、改装してこれにしたんですよ。一応ウォシュレット付きです」
「あ、いいな、これ」
 
物件としてはかなり気に入った。しかし、ふたりの通学には少し便が悪い気がして、僕は迷った。
 

その時、星が何か言いたそうな顔をした気がした。僕が星の口元に耳を寄せたら
「ここに決めて」
と星が言ったような気がした。
 
「ん?どうしたの?」
「星がね、『ここに決めて』と言った気がした」
「へー。星が言うんなら間違いないね。ここにします」と理彩。
「通学はどうしようか?最寄り駅は岸辺駅だけど、乗り換えが面倒だよね」
 
「ここからさ、車でモノレールの摂津駅まで5分くらいで行かない?」と理彩。
「そうですね。空いていれば5分で行きます。混雑すると10分くらいかかるかも」
と不動産屋さんの人。
 
「じゃ、その分余裕を見て出ればいいかな。モノレールの駅まで行けたら、あとは、医学部にも理学部にも直結。ま、私は万博記念公園で乗り換えるけど」
「確かに。でも朝は一緒に出るにしても帰りは?」
「早く帰ってきた方がそのまま家まで運転して帰って、遅くなった方は連絡して迎えに来てもらえばいい」
「あ、そうか。理彩、頭良い!」
 
「もっとも、命(めい)が免許取るまでは、私が帰ってくるまで命(めい)は駅でひたすら待つしかないけどね」
「うん、頑張って免許取る」
 
そういう訳で、僕たちはその一戸建てを借りることにした。摂津駅の近くの駐車場も、不動産屋さんに紹介してもらって月12000円の所を借りることができた。また通学用に中古のVitzを20万円の破格値で買った。
 
またここはJRの岸辺駅までは充分歩いていけるので、田舎と往復するのにも便利であった。
 
「考えてみると、ここ凄くいい場所だね」
と僕たちは入居して1週間もしない内に言った。
 

僕たちは、今主神となった神様の怒りを少しでも鎮めたいということを神職さんに言い、神社の分霊を作ってもらって、僕たちの家に持ってきてもらった。神職さんが、1階の6畳にきちんと「分社」として作ってくれたし、上げるべき祝詞も渡されて、きちんと毎日朝晩唱えてくださいと言われた。
 
「きちんと祭れなければ逆効果になりますからね」
「はい。命(めい)をぶん殴っても唱えさせますから」と理彩。
「私も命(めい)君だけなら不安な気がしたのですが、理彩さんが付いていれば大丈夫だろうということで、このお話に乗りました」と神職さん。
 
「なんか信用度が違うなあ」と僕は苦笑した。
「あと、この神様を祭っている部屋ではセックスしないでください」
「はい。この部屋はできるだけ清浄に保ちますから」
「ここを星の部屋にするのはいいですか?」
「ええ、それがいちばん問題ありません。星君はきっと神様と直接対話できますし」
 

そういう訳で、この部屋は基本的に星の部屋ということにし、僕か理彩が添寝してお世話する部屋ということにした。セックスをしたい時は星が寝ている間に隣の居間で、僕たちは睦みごとをした。この時期、まだ僕の男性能力は回復していなかったけど、お互いの秘部を刺激しあうだけでかなり気持ち良かったし、松葉の体位で直接お互いのお股を合わせて刺激を楽しんだりもしていた。勃起しないおちんちんが理彩の股間をゴロゴロ移動するのも結構楽しかった。
 
「これなら、おちんちん無くなってもやっていけると思うよ。性転換する気無い?」
「無い無い」
「私が医師免許取ったら、ロハで手術してあげてもいいよ」
「いや、遠慮します」
 
そんなことは言ったものの、僕は女装で出歩くのがすっかり癖になってしまい、お腹が収縮して元の大きさまで戻って来ても、僕は相変わらず女の子の服を着て買い物に行ったり、図書館に行ったりしていた。田舎からどちらかの親が出てきてくれている時は、星をまかせて、僕と理彩のふたりで、まるで姉妹か何かのような感じでお出かけして、遊んだりもした。
 
「女の子にまでなるつもりなくても、もうそういう格好が癖になったでしょ?」
「うん。10月になったら、これで学校に出て行くよ」
「よしよし」
「おっぱいもまだDカップあるしなあ。この胸ではそもそも男装不能だよ。神様は授乳期間が終わったら男性能力回復するって言ってたけど、バストも小さくなっちゃうのかなあ」
 
「大きなおっぱいが癖になったね」
「なった。平らな胸になったら悲しい」
「ふふふ。もう女の子の身体になりたくなる10秒前だね」
「うーん」
 

4月から僕は自動車学校に通い始めた。どうせ休学しているし、本当は合宿コースに行ったほうが早く免許を取れるのだが、星のお世話もしなければいけないし、朝晩のお勤めもあるので、通学コースにした。
 
僕は自動車学校にも女装で行った。すると、僕の名前がそもそも男女の性別が曖昧なので、学校側はこちらを女子と思ってくれたようであった。特に問題が発生することもなく、ふつうに講習は進んだし、女子の友人も随分できた。
 
僕は高校時代までも、けっこう女子の友人達と気軽に話ができていたので、そのノリで話すと、向こうもふつうに接してくれた。
 
「ふーん、これはどなた?」
などと、理彩が僕の携帯のアドレス帳を勝手に開けては、女性っぽい登録のところで追求する。
 
「ただの友だちだよ。自動車学校の知り合い」
「私も浮気しちゃおうかなあ」
「僕は別に浮気してないよ。それに理彩がこないだから△△君と3度デートしたことは知ってるよ」
「ちぇっ、バレてたか」
 
「でも僕は結婚した時に言ったように、理彩が他の男の子とセックスしても構わないよ。僕のことも愛してくれている限りは」
「うん。まあ、△△とはこないだのデートの時既にセックスしたけどね」
 
「でもこんなことお互いに平気で話せるって、僕たちきっと凄く変な夫婦だよね」
「うん。変だというのは認める。だいたい夫が子供産んだという時点で全ての前提がひっくり返ってるし」
 
結局、理彩は僕のアドレス帳に女性の友人の登録があることは認めてくれた。そして10月に学校に復帰した後は、更に女性の友人の登録が増えて行くのである。
 
僕は5月中に運転免許を取得した。
 

その年の夏、サマージャンボの発売時期になると、星が僕のパソコンを操作して、みずほ銀行○○支店のページを開いていて、11:00 というのをGoogle Barに打ち込んでいた。
「星、ここで宝くじを買えっての?バラでいいのかな?」と星に向かって言うと星はニコリと笑った。
 
そこでその通り買ったら(買う前にソーミーショーリョーと唱えた)、またまた2億円が当たってしまった。
 
「ねえ、去年も思ったんだけど、この当選金って、星を育てるためというだけにしては多すぎない?」
「それね、僕も去年の秋頃から思ってたんだ。これ、何かに使えという意味だと思う」
「何に?」
「村に事業を興す」
「わあ」
 
「今考えているのは、あの村って土地は余ってるから、何か付加価値の高い作物を植えて、ブランド価値を付けて大阪・京都・神戸に出荷する」
「何を作るの?」
「僕も農業とか継ぐつもり全然無かったからさ、不勉強だったんだけど、色々勉強してて、やはり果物がいいと思うんだよね」
「ああ、そうだろうね。柿か何か?」
「桃が行けないかなと思ってる」
「あの村で桃が作れたら、けっこう付加価値出るね」
「でしょ?」
 
実は何の作物にすべきか悩んでいた時に星が「桃」と言ったから、というのは取り敢えず内緒である。
 

僕たちは一度帰省して、農協の人に、桃の新種を開発して村で栽培するというプランを打ち明けた。新種の開発のために1000万円提供すると言うと、農協の人は驚き、それだけの費用があれば充分開発できると思うといい、県の農業試験場に開発の依頼をしてもらった。それと同時に村の中で桃の作付けに適した土地の調査も開始してくれた。その調査のためにも取り敢えず200万円を渡し、足りなくなったら言ってくれと言った。
 

10月、僕が学校に復帰すると、女装なのでみんなが驚いたようであった。
 
「どうしちゃったの?」
「うーん。何となく、癖になっちゃって」
「まさか性転換手術のために1年間休んでいたとか?」
「ああ、手術はしてないよ。赤ちゃん作ってただけ」
「赤ちゃん?」
 
去年のクラスメイトが男女6人、僕たちの子供を見たいと言って、うちに押し寄せて来た。ちょうどその日は理彩が戻っていた。
 
「奥さんですか? いつの間に結婚したの?」
「婚姻届けを出したのは年末なんですよ。この子が1月16日に生まれたから、もうギリギリ直前」
「斎藤君ってアバウトなのね」
「いや、ごめんごめん」
 
という感じで、みんな理彩が産んだ子と思っている。まあ、そう思ってもらっておいた方が、あれこれ問題も少ない。
 
「でも、赤ちゃん、可愛い!」
「抱っこしてもいいですか?」
「うん、いいよ」
という訳で、女子3人が、代わる代わる星を抱っこした。星はご機嫌で笑っていた。
「人見知りしないんですね」
「ああ、田舎に連れ帰って、村の人たちにも抱っこされてたけど、誰に対してもご機嫌なのよね」
 
「でも、奥さんとして、彼氏がこんな格好しててもいいんですか?」
とクラスメイトのひとりが僕の女装のことを言う。
「あ、それは平気。むしろ、昔から私が命(めい)には女装を唆してたから」
「わあ、奥さん公認で女装できるなんて、良かったじゃん」
「うん、まあね」
 

その年の村の収穫は、ふだんの年よりは落ちたものの(去年からすると大幅ダウン)、凶作というほどではなく、村人はホッとした。
 
「命(めい)さんたちの毎日のお勤めのお陰ですよ。私も今年は例年以上に熱心にお勤めしたし、毎月滝行もしてたんですけどね」と神職さんが言っていた。
 
「先月、先代の神様が来ました。神職さんの滝行で今の神様もかなり軟化したと言ってましたよ」と僕は言う。
「今の神様が生まれた時、村の中でただひとり母子を守ってくれたのが神職さんのお父さんだったからって」
 
「そのお母さんはどうしたのでしょう・・・」と神職さん。
「ずっと東京に住んでいたようですね。10年前に68歳で亡くなったそうです。亡くなる時に、お前は村を恨んでるかも知れないけど、私はとうに怨みは消えてるから、お前が神様なら、あの村を守ってくれと言い残したそうです。それで、那智からあの村に戻る決心をしたそうです」
と僕は先代神様からきいたことを伝えた。
 
「そうですか」
「これ、理彩と神職さんの2人だけには言っていいと言われました」
 

星は時々不思議なことをするものの、普通の赤ちゃんのように育って行った。5月頃には「あーあー」とか「ばぶー」のような感じの喃語が始まり、8月頃にはお座りができるようになり、かなりしゃべるようになったし、赤ちゃん用のおもちゃでも遊ぶようになった。12月になると、はいはいもするようになった。
 
そしてそれはその年もくれて、翌年の1月16日のことであった。誕生日なのでうちの母と理彩の母も来てくれていて、みんなで少し豪華な御飯を食べてからみんなで居間でくつろいでいた時、隣の星の部屋に突然光が射した。
 
え?何事?と思って、僕たちは星のそばに寄る。
 
するとそれまでベビーベッドで寝ていた星が突然立ち上がった。そしてこう言った。
 
「お父さん、お母さん、そしておばあちゃんたち。これまで僕を育ててくれて、ありがとうございました。僕も神様になる日が来たので、これから父のいる国に向かいます」
 
僕たちは夢でもみているかと、目をパチクリさせていた。しかし星は
「では、さようなら」と言うと、そのまま天井を突き抜けて、空高く飛んで行ってしまった。
 
僕たちはみな呆然としていた。
 
かなり長い沈黙が続いた後、理彩が
「星、天に還っちゃったのかな。賀茂の玉依姫伝説みたいに」
と言う。
 
僕は涙があふれてきた。
「そんなの嫌だよお。寂しいよ。もっともっと育てたかったのに」
 
理彩が僕をガッチリ抱きしめてくれた。
 

その後、半月ほど、僕は放心状態だった。
 
星がいなくなったのに、おっぱいは張る。理彩がみかねて乳を搾ってくれた。
「ねえ、もし星が帰って来た時のために、それ冷凍しておいてくれる?」
「うん。いいよ」と理彩は優しく言って、僕にキスをした。
「じゃ、冷蔵庫1台買っていい?」
「うん。2台でも3台でも買って」
「OK」
 
「しかし、赤ちゃんが突然いなくなったら、私たちが殺したかと思われたりしてね」
「あはは。その時は僕が殺したと言って警察に引き渡してよ。このまま死刑になっても構わないや」
「死刑になった後で、星が戻って来たら、寂しがるよ」
「そっかー」
 
その時期、僕はその星が戻ってくるかも、という可能性だけに賭けて生きていた気がする。もちろん家に祀っている分社には朝晩のお祈りは欠かさなかった。そのお祈りをしながら、お願い、星、帰って来て、と僕は祈っていた。
 

その年の祈年祭。真祭の夜が明けた2月14日の朝、踊りは30分続いたという報告を神職さんから受けた。この時間なら、豊作とまで行かなくても、悪くはない出来になるだろう。
 
「きっと星が今の神様に干渉してるんだよ。先代の神様からも次の神様からも言われちゃ、今の神様もしゃーねーな、という感じになるんじゃない?」
「じゃ、星は頑張ってるんだね」
「うん。神様だもん。あの子は頑張る子だよ」
「そうだね」
 
それを聞いて僕は少しだけ元気が出た。
 

そんな気分でいた17日の朝、僕が朝のお勤めをした後、理彩と一緒に朝御飯を食べていた時、突然、星の部屋にまた光の柱ができた。僕たちがびっくりして飛んで行くと、その光柱の中をゆっくりと星が降りてきて
「ただいま」
と言った。
 
「星?」
「帰って来てくれたの?」
「うん。本当は神様としては生まれて1年もたてば1人前だから、神様としての修行をしないといけないんだけど、お前のお父さん・お母さんが寂しがってるから当面は、ふたりの子供として人間の世界にいなさいって言われた。それで、祈年祭が終わった所で戻って来た」
 
「当面ってどのくらい?」
「そうだなあ。50年くらいかな。その間は、一応人間界にはいるけど、時々神様の国に行って修行もするね」
「嬉しい!」
僕は駆け寄って星を抱きしめた。
「お母ちゃん、ちょっと強すぎるよ」
 
「星にとっては、命(めい)がお母さんなの?」と理彩が訊く。
「うん、そうだよ。僕を産んでくれた人だもん。よろしくね、お父さん」
「そうか!私がお父さんか。まあ、いっか。それで出生届出したしな」
 
「あ、それから、僕はふだんはふつうの赤ん坊の振りしてるから、こんなにことばをしゃべるのは特別な時だけね」
「うん、分かった」
 

星が戻って来たと聞くと、双方の両親に神職さんも駆けつけてきてくれた。
 
双方の親は、星が天に帰ったことで本当に悲しがっていたので、また喜びようもひとしおであった。神職さんも微笑んで、星に向かって「よろしくお願いします」と言った。すると星はウィンクをした。神職さんが驚いて、「この子、言葉が分かるのでしょうか?」と訊く。
 
僕たちは「神様ですからね。分かるかも知れませんね」と言って微笑んだ。
 

僕たちは理彩の排卵周期に合わせる形で、その年の6月下旬に、冷凍保存していた僕の精液を理彩の子宮に注入。妊娠に成功した。予定日は3月15日と言われた。その年の後期と翌年前期を休学するという魂胆である。
 
その子供は翌年無事産まれた。女の子で、名前は「月」とした。星と対になって夜空を守るというイメージである。
 
僕は理学部を卒業した後、名古屋商科大学大学院が大阪で開いている講座を受講し、ここに2年間通ってMBAの資格を取った。村で始めたい事業のために経営学を学んでおくのは必須と思ったからである。僕が大学院を卒業した年、理彩も医学部を卒業。医師の国家試験にも合格して、大阪市内の病院に勤め始めた。
 
僕の方はこれまで計画していた事業を実行に移すことにした。既に新しい桃の品種の開発は完了し(開発は最終的に5000万円掛かった)、村の何軒かの農家で試験的に育ててもらい、いろいろな人にも試食してもらって、かなり良い評価を得た。
 
僕は大学3年の頃からせわしく村に足を運び、村の中で生育に適した場所にある農地(大半が実際には休作地)の所有者に掛け合い、売却または借地のどちらの契約でもいいので、そこで桃を育てさせて欲しいと交渉した。
 
大半の所有者が売却に応じてくれて、一部借地契約になった所もあわせて3年で1haの土地を3億円で獲得した。こんな資金が使えるのも、神様のお陰である。本当は4haにしたかったのだが、最初から広い面積で始めて失敗したら目も当てられないので、まずは1haから始めることにした。
 

星が2歳の誕生日を迎えた時、僕に「お母ちゃん、誕生日プレゼントにパソコン3台買ってよ」と言った。
「3台?ノートがいいの?デスクトップ?」
「ノート3台がいい。最高速のCPUで。多分酷使するから、一流メーカーのにして」
「了解。光で接続する?」
「うん。できたらお母ちゃんたちが使ってる側と干渉しないように僕専用の回線にして欲しいんだけど」
「いいよ」
 
「それと、宝くじで当たった当選金の内、僕が当てさせた2億を自由にさせてくれない?」
「もちろん。あれは実質的にはお前のものだと思ってる」
「じゃ、お母ちゃんの名前で○○証券と○○証券に株式の口座、○○短資にFXの口座を作って」
「お前、株とか為替やるの?」
「神様といえども、相場の予測まではできないよ。でも人間よりは勘は強いから」
「へー、神様でも相場の先読みってできないのか!」
「もし失敗して資金無くしたらごめん」
「いいよ。そもそもお前が当てた宝くじだもん」
 
そんな会話をして、僕はパソナニックの最新ノートパソコンを3台買って、星が操作しやすいように、座卓の上に三面鏡のような感じに3台並べた。星の希望で、各々のパソコンに、羊さんマーク、ライオンさんマーク、お猿さんマークのシールを貼り付けた。
 
羊さんは監視用、ライオンさんは勝負用、お猿さんは全体管理用だと言っていた。ライオンさんのマシンにだけマウスも接続した。この3台はLANで結び、新たに引いた光回線に接続した。またこの3台だけで共有するNASとプリンタも1台ずつ入れた。見てると星は器用にマウスやタッチパッドを使ってマシンを操作していた。でも夢中になって操作している風な時にそっと様子を伺うとキーボードが勝手に動いている時もあったので、マウス操作とかは人間に見せるためのものなのだろう。
 
星が指定した証券会社には僕の名前で口座を開設し、星が当てた2億円の宝くじの内、5000万円ずつを3つの証券会社の口座に移動し、残りの5000万は万一追証などを払うハメになった時のために温存した。(移動は証券会社から吸い上げる形の移動なので、振込手数料などは不要であった。こんな大金を手数料無しで移動できるなんて、星に教えられないと、思いも寄らなかった)
 
星は大半の時間寝ているのだが、起き出すと周囲に僕と理彩(と月)以外の人がいないのを確認してから、パソコンを操作して、積極的に株を買い、またFXで通貨の交換を続けた。最初の1ヶ月で株に投入した資金1億を1億2000万に増やしFXも5000万を7000万に増やした。おお、さすが神様!と思っていたら、翌月「ぎゃー、御免なさい8000万すった」などと言って落ち込んでいた。
 
はあ、神様でも相場で失敗するものなんだ、と僕は微笑ましく見ていた。
 
しかしその失敗が星にはかなり勉強になったようで、その後はそんなに大きな失敗もしないまま、1年後には資産を5億に増やしていた。僕らが事業を始める頃には、星が僕の名義で作ってくれた資産は30億を超えていたのである。星は株やFXの操作をすること自体が楽しそうなので、その資産の内20億を事業用に出資してもらい、残り10億で自由に星に遊んでもらうことにした。
 
星がFXなどをしていると、月が興味深そうにやってきて、邪魔するので「お母ちゃん、邪魔されたくないから、月にも専用のパソコン買ってあげて」と言う。それで月にもパソコンを1台買ってあげて、うさぎさんマークを貼ってあげたらまだまともに言葉もしゃべっていないのに、楽しそうに勝手にゲームサイトなどに接続して遊んだり、動画サイトを見たりしているようだった。自分達も結構子供の頃からパソコンで遊んでたけど、今はもうこんな遊び方が普通なんだな、と思って月を見ていた。
 
「最初は毎年宝くじを当ててあげようかと思ったんだけどさ」
とある時、星は言った。
 
「毎年1等が当たるなんて不自然すぎるじゃん。2回連続まではいいけど。だから、僕が株とFXで増やすと提案したんだ。先代神様からは『いいけど、お前失敗したらどうすんの?』って、散々言われたけどね。いきなり8000万損した時は、あちゃーと思ったよ。でも、負けるものかと頑張った」
などと星は言っていた。
 
「そんなにお金があるんなら、お母ちゃんの性転換手術費用くらい出るよね」
などとある時、理彩が星に言った。
「あ、お母ちゃん、女になりたいなら手術なんか受けなくても、僕がいつでも女に変えてあげるよ。痛くないよ、多分」と星。
「いや、いい、そのつもり無い」と僕は拒否した。
 
そんなことを言っていたら
「あ、月、男の子になりたーい」などと月が言い出す。
「いいよ、変えてあげようか」などと星が言うので
「だめ」と言う。
「そんな、簡単に人の性別変えたりしちゃだめ」
「だって本人が男の子になりたいって言ってるのに」
「それは余計なお世話。月がもし20歳になっても、男の子になりたいと言ってたら、男の子にしてあげて」
「了解。じゃ20歳になったらね」と星。
「つまんないなあ」と月。
 
神様を育てるのもなかなか大変である。
 
その日の夕方僕は何気なく棚の人形を見ていたら、博多美人の博多人形が立っていたはずの所に見慣れない黒田武士の博多人形が立っていた。どうも星のいたずらのようであった。神様もストレス解消が大変なんだなと苦笑した。(もちろんすぐ元に戻させた)
 

村の土地に桃の木を植え、育てるために、僕たちは人を雇った。農協の人が村出身で都会に出ている人に声を掛けてくれて、農業経験のある人を中心に8人の男女を雇った。ここまでこの桃の試験栽培に協力してくれていた村の人が2人、また岡山県で桃の栽培の経験をしたことのある人が2人、それから過去に他県で有機無農薬栽培をしていた経験者が1人いた。残りの3人は実家の田畑の田植え・収穫を手伝ったりしていた程度の人である。
 
1haに植えられる桃の木はだいたい200本ほどである。5人もいればお世話できるとも思ったのだが、僕たちはこれを有機肥料・微農薬で育てたかったので(最初無農薬のつもりだったが、虫の付きやすい果実を無農薬は無謀すぎると言う農協の人の忠告に素直に従い、微農薬に切り替えた)、どうしても人手がいると思ったのである。彼らの給料も、また必要な器具などの類も星が作った資金のお陰で充分に支払うことができた。
 
収穫した桃は、品質のいいのはそのまま出荷できるが、形の悪いものやサイズの足りないものは、缶詰にした方がいいと農協の人に言われて、そのための加工工場も建てた。また有機肥料・微農薬ということで管理が難しいので、植物の疫学に詳しい専門家を招いてスタッフ一同で勉強会をしたりもした。また微農薬は病害虫の発生をとにかく早く知ることが大事なので農園の見回りは人手でもしたし某大学で開発された巡回監視ロボットも導入して毎日巡回させた。果実の外見と透過光で病害虫を自動認識するほか、剪定した方が良さそうな箇所も教えてくれる優れモノである。
 
この事業は最初の1年は半ば手探りで試験的な稼働をした上で2年目、僕がMBAを修了した年に本格稼働した。1年目では単に「○○県産桃」とだけラベルを貼った状態で出荷していたのだが、2年目ではきちんとブランド名を付け、放送局や新聞などにも取材に来てもらったりして、広報活動に力を入れた。お陰で、このブランドの桃は大阪・京都方面でけっこう話題になり、東京方面からも引き合いが来て、4年目、僕たちは農地を4haに拡大した。
 
更には自分たちでその桃を育てたいという人が村の中に出て来たので、充分な指導のもとで、それを許可したし、農協からの融資を僕たちが保証する形で資金援助をした。大半の人は微農薬でやる自信まで無いということだったので農薬は使った方がいいですよ、と言った。微農薬で作ってる自分たちの農園の桃はその農園名で識別できるから、気にすることもない。
 
そして僕たちの事業の成功に気をよくして、村に戻ってくる30〜40代の人が増えた。村は活性化し、新しい家もたくさん建ったし、近くにショッピングモールも出来た。僕たちに刺激されて、近隣の村でブランド物のミカンの事業化を試みる人が出たし、柿の事業化を試みる人も出た。
 

「先代神様がいちばん心配してたのはね、今の神様が主神でいる間に、村の不作が続いて、みんな農業を諦めちゃって、村に人がいなくなり、この村が消滅しちゃうこと。だから、何かの事業を興して欲しかったのよね」
と星はある時言った。
 
「最初から桃がいいと思ってたの?」
「ああ、あれは僕の思いつき。先代の神様は美味しい米を作ることを考えてたみたい。それが桃という話になってたんで、あれ?と思ったみたいね」
「へー」
 
僕と理彩は理彩が大阪市内の病院に勤めている間はずっとあのまま吹田市内の家に住んでいて、僕は朝晩のお勤めを欠かさなかった。朝、日出と同時にお勤めをして、車で高速をひた走り地元の村に戻って、午後2時か3時には辞して、また車で走って大阪に戻り、夕方のお勤めをした。最初は毎日自分で運転していたが、さすがに体力がもたないので、僕はドライバーを雇った。
 
しかし3年後、理彩がうちの県の県庁所在地の病院に移ったので、神職さんにお願いして、分社も新しい家に引っ越させてもらった。安全な引越をしているかどうかは、そばにもう9歳になった星が付いているので問題あれば指摘してくれる筈で、心配する必要もない。その市内からだと村まで車で1時間で行けるので、僕の通勤もとても楽になった。
 
これは、県会議員さんに陳情して、道路を整備してもらったのも大きかった。それまで村に通じる道は1.5車線のぐねぐねした道路1本だったのが、2車線のまっすぐ通ったバイパス道路をわずか2年で通してくれた。
 
僕が陳情に行った時、県会議員さんも、ニコニコ顔で対処しますよと言ってくれた。あるいは裏金を出さなきゃいけないかなとも思って資金の準備はしていたのだが、特にそれは要求されなかった。向こうも僕のような若手事業家を味方につけておいた方が、何かの時に便利と思ってくれたのかも知れない。
 

こちらに引っ越して2年後、僕たちは3人目の子供を作った。理彩は分娩の前日まで仕事をし、出産後一週間で職場に復帰するなどという、超人的なことをやって、師長さんから「大丈夫ですか?私だって出産後1ヶ月休んだのに」
などと心配されていたが「ああ、平気平気」と豪快に笑っていたという。
 
生まれたのは女の子であった。僕と理彩が初めて正常にセックスして作った子供である。生まれたのは2月14日。その年の祈年祭の日であった。名前は「光(ひかり)」にした。星が1月生、月が3月生、光が2月生で、全員早生まれということになった。星とはちょうどひとまわり違い、月とも10歳違いになる。月が「私、妹が欲しかったの」などと言って、とても可愛がってくれたし、星も「めんどくせー」などと言いながらも、おしめを替えたり、哺乳瓶でミルクを飲ませてくれたりしていた。
 
そうそう。僕の男性能力なのだが、星への授乳が終わる頃に回復するのかなと思ったら、その頃に月が生まれたので、「ねえねえ、月に僕も授乳していい?」
と理彩に訊いたら「出るならどうぞ」というので、自分のおっぱいを月の口にふくませてみたら、ぐいぐい吸われて、どんどん出る。
 
「もしかして、私よりおっぱいの出が良くない?」
「そしたらいいね」
 
ということで、月には僕と理彩のふたりで授乳することになったのであった。月は3歳の時におっぱいを卒業した。そこで僕の授乳は5年続いたのであった。
 
「お母ちゃん、お疲れ様。じゃ、プロラクチンとオキシトシンの分泌を停めるね。それから停止させていたアンドロゲンの分泌を再開させるから」
と星が言った。
 
「ねえ、星。アンドロゲンの分泌が始まったら、おっぱいも小さくなっちゃうの?」
「そりゃ、体内におっぱいを発達させるホルモンが無くなっちゃったら縮むよ」
「おちんちんの機能は復活させたいけど、おっぱいも大きいままにしておきたいんだけど、ダメ?」
「めんどくさいこと言うなあ。まあできるよ。おちんちんとたまたまの周辺だけ男に戻して、それ以外の部分は女のままにしておけばいいから」
「わあい、やってやって」
「しょうがないなあ。お母ちゃんの頼みなら聞いてあげないと」
 
と5歳の星はめんどくさそうな顔をしながら、僕の身体のホルモンを調整してくれた。その結果、僕のおっぱいは授乳していた時よりは少し縮んだものの、その後ずっとCカップを維持してている。
 

理彩の「浮気」は僕が男性能力を回復するまで続いた。「浮気」とはいうものの、僕はだいたい気付いていたし、理彩もどうせバレるしという感じで隠そうともしていなかった。理彩の母が何度か心配して「あんたには言いにくいけど・・・・あの子・・・・」などと言ってきたことがあったが、「ああ、僕も公認しているから大丈夫です」と僕は明るく答えた。
 
「でも万一妊娠しちゃったら」
「絶対に生ではやらない。必ず避妊することというのだけ条件にしています。でも、それでも何かの間違いで出来ちゃった時は、僕の子供として産んで欲しいと言っています。それが彼女の浮気を認める条件です」
と僕は言った。
 
「他の人のタネでもいいの?あんた」
「誰が父親かなんて、信仰みたいなもんですよ」
「確かにね!」
 
でも僕が男性能力を回復したことを言うと、理彩はもう浮気はしないと僕に誓った。
「寂しくない?」
「ううん。この6年間、十分楽しんだしね。そろそろ私も落ち着くべき時かなあという気もしていたし。これからは命(めい)のおちんちんで遊べるから」
「これまでも毎晩遊んでた癖に!」
 
「ふふふ。いいじゃないか。さあ、お嬢ちゃん、お股を開きな」と理彩。
「僕が開くの?」
「今日は私が男役だよ。さあ、あそこに入れちゃうから覚悟して」
「昨日も入れたじゃん! それにぼくのおちんちん使ってよ。やっと立つようになったんだから」
「じゃ、見ておいてあげるから、ここで出しちゃいなさい」
「えーん」
「私が見ててあげるから、命(めい)は見る必要無いね」
「は?」
 
理彩は取り敢えず僕をいじめるのが楽しいようであった。その日は結局、目隠しされて自慰させられた。翌日は今度は手足を縛られた上で彼女の手でされた。しかもその後、朝まで放置された! 翌朝の朝のお勤めは僕を放置したまま理彩が代行したが、お母ちゃん何やってんの?って星から不思議な目で見られた。若き神様にはSMプレイというのはまだ理解できないらしい。
 
そして僕たちがふつうのセックスを再開したのは僕の男性能力回復から3日目のことだった。むろん理彩はコンちゃんを付けることを要求し、僕も承諾した。
 

もちろん僕はずっと女装を続けていた。大学も大学院もずっと女装のまま通したし、農協さんとの交渉も地主さんたちとの交渉も、社員を雇う時の面接も女装でやっていた。僕は女声を使っていたので、そもそもこちらが男と気付かない人も多かったようである。
 
しかし「女装の事業家がいる」というのは結構話題としても取り上げられ、早い時期から僕はよく週刊誌などに取材された。それが結果的には事業の宣伝にもなったし、何度も取材されて雑誌社やテレビともつながりができていたことが、いざ事業が本格化してからも、ブランド桃や後に始めたブランド稲の宣伝に、そういうメディアに協力してもらえる元となったのであった。
 
星は高校を出ると神職さんの推薦で皇學館大学に入り、修士課程まで6年間の勉強をして明階(大きな神社の宮司にもなれる資格)を取って帰村し、神社の宮司となった。それまでの宮司さんは禰宜(ねぎ)として、星を支えてくれた。また、星は自分は人間と普通には結婚できないので、跡取りはそちらで何とかして欲しいと元宮司さんに言ったので、三女夫婦を説得して、その夫婦の子供を将来、皇學館大学に通わせることにした。
 
祈年祭の踊りは毎年1時間も行かずに終了していたが、最初の年のように10分で終わるということもなく、だいたい30〜40分続いていたようである。その時期になると、毎年、星が「全くもう・・・」などと呟いていたので、いつも神様を説得するのに苦労しているのだろう。
 
「僕も滝行でもしようか?」
「ああ、それよりも桃を去年の倍、奉納して。あの人、結構桃が好きみたい」
「そのくらいお安い御用だよ」
 
そんなことを言ったのは星がこの神社の宮司になって2年目だった。
 
「だけど、お母ちゃんって人前では私と言っても家族の前ではいつも僕だよね」
「えー?だって意識として自分は男だもん」
「嘘つくのは良くないなあ。お母ちゃんは最初から魂は女だったよ。身体も女に変えてあげてから10年以上たつし、そろそろ私って言わない?」
「やだ。ねえ、星、僕の身体をそろそろ男に戻してよ」
「やだ。お母ちゃんが男って僕にとっては不自然だもん」
「それは先代神様に文句言ってよ」
 

あれは光が生まれて1年ほどした時のことだった。日曜日だが理彩は気になる患者がいるからと病院に出ていた。僕はお昼を子供たちと食べたが、月が友だちと遊んでくると言って出かけて、光も寝てしまって、結局星とあれこれおしゃべりしていた時のこと。
 
「ね、星。こないだふと思ったんだけど、神様って、今の神様がその任期最後の年に人間の女の子とセックスして新しい神様を作るわけじゃない」
「うん」
「ということは、3世代の神様のうち、前の神様と次の神様が親子であって、今の神様は血縁は無いんだね」
「そうだよ。だから、この村の神様は2種類の血統が引き継がれてるんだ。どちらも那智をルーツにする水の龍だけどね。とっても仲が良かったから、一緒にこの村を守ることにしたんだよ」
「そうか。神社の社紋は絡み合う2匹の龍だもんね。二重螺旋っぽい。それなのに神様は三柱というのが不思議だなと昔から思ってたよ」
 
「あの社紋は300年くらい前に、やはり神の子で神職を務めた人が定めたんだよ。江戸時代で神社受難の時代だったけどね。神紋は1匹だけ描いた水龍紋だからね。それもその人が定めたんだけど」
「あ、そうか。3つの御神輿の各々には1匹だけの龍の紋があるけど、それが神紋か」
「そうそう。神紋というのは祀られているそれぞれの神様のもの。社紋は神社のものだから複数の神様が祀られているとしばしば神紋の合成になる」
 
「引退した神様は那智に戻るの?」
「うん。180年も神様やってるとさすがに力も衰えるから、那智で余生をのんびりすごす。今那智にはここを引退した神様、何人かいるよ。でも本当に大変な時は村に戻って現役の3人を助けてくれることもある。他の村を助けに行くこともある」
 
「そうだったのか。神様の寿命ってどのくらい?」
「さあ、どうなんだろうね。みんな途中で自分の年を数えるの忘れちゃうっていうから」
「あはは。でもどこの神社の神様も世代交代するの?」
 
「それもよく分からないんだけどね。うちみたいに世代交代する所は多いけど少なくとも1000年以上代替わりしてない所もあるよ。どこかというのは言えないけど」
「それはまた凄い神様だね」
「うん。あの人は凄いよ。それと世代交代で人と交わるって所はさすがに少ないと思う」
「そんなところばかりだったら、日本中で神婚が大量発生するだろうね」
 
「でもお母ちゃんは、ずっと女の格好のままだね」
「うん。こういう格好が気に入ってるから」
「いっそ、お母ちゃんを女に変えてあげようかとも思ったことあるけど、それだとお父ちゃんが困りそうだね」
「うん。僕と理彩は人間同士の夜の営みしてるから」
「そのあたりが僕はまだ不勉強でよく理解できないところだなあ」
「まあ、人の生き方は様々だし、愛のあり方も様々なんだよ」
「うーん。頑張って勉強してみよう」
 
「星も人間の女の子と恋愛とかしてみる? 星も中学生だもん。恋愛くらい経験しときなよ」
「あ。それはダメ。ふつうの形でセックスするのは禁止されてるから」
「中学生だもん。まだセックスしなくていいと思うよ」
「そっかー。じゃ、恋人作ってみようかなあ」
「そういえば星は、自慰もしてないみたいだよね?」
「うん。自慰も禁止」
「我慢できるの?」
「我慢するよ。だって僕、神様だから、人間とは忍耐力が違うよ」
「お。さすが」
 
「やっぱり今夜にでも、お父ちゃんに、お母ちゃんを女に変えちゃダメかって、聞いてみよう」
「え?」
 

15時頃戻って来た理彩は、星が「お母ちゃんを女に変えたらだめ?」と聞いたのに対して「賛成。今すぐにも変えてあげて」と言った。僕は「待って。それならせめてもの武士の情けで、あと1回セックスさせて」と言った。
 
僕たちは人間のセックスを見学したいなどという星が見ている中、居間で裸で生でセックスした。
「終わった?」
「うん」
「じゃ変えちゃうね」
と星が言うと、僕のおちんちんとたまたまは一瞬で消えて、割れ目ちゃんができていた。
 
「おお、すごい。女の子になった」と理彩が異様に喜ぶ。
「触らせて触らせて」などと言って楽しそうに触っている。
「ちょっとやらせて〜」などと興奮したように言うので「好きにして」と言ったら、理彩は僕を後ろから抱いて、乱れ牡丹の体位で僕を逝かせた。女として逝ったのは星を妊娠した時以来だ。
 
「へー。女同士でも夜の営みできるみたいね?」
などとそばでじっと見ていた星が言う。
「できるよ」
「じゃ、このままで問題無いね?」
「問題無し」と理彩。
「えーん」と僕は泣いてみせたが無視された。
 
そういう訳で僕はもう12年ほど女の身体(生理付き)で生きているが、理彩とは円満である。浮気中止宣言以降も時々(本人的に)こっそりしていた浮気も止んだ。なお、この最後のセックスでは子供ができた。男の子で「海」という名前にした。男の子なのだけど、星のいたづらでしばしば女の子に変えられていた。しかも本人は女の子の状態が好きみたいで、喜んで光のスカートを穿いたり、女の子水着で友だちとプールに行ったりしている。僕はこの子の将来がとても不安である。
 

この物語の略年表
 
2012 命1年 理1年
2013 命1年 理2年 星0
2014 命2年 理3年 星1
2015 命3年 理3年 星2 月0
2016 命4年 理4年 星3 月1
2017 命MB1 理5年 星4 月2
2018 命MB2 理6年 星5 月3
2019 事業本格稼働 理彩医師になる 星6 月4
2022 引越 星9 月7
2025   星12 月10 光0
2027   星14 月12 光2 海0
2031 星が皇學館大学に入る 星18 月16 光6 海4
2037 星が宮司になる 星24 月22 光12 海10
 
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