【少女たちのかくれんぼ】(1)

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千里が小学2年生の1998年。
 
この頃のP神社境内での遊び仲間は、こういう子たちである。
 
・千里(日本人だけど、英語とフランス語は分かる)
 
・タマラ(アメリカ人だけど日本国籍で日本語と英語が話せる)
 
・リサ(スーダンとフランスの血を引くが日本国籍:フランス語と日本語が話せる。千里のことを“シサト”と呼ぶのは、この子)
 
・ソフィア(ロシア人とモルドヴィア人のハーフだけど日本国籍:ロシア語と日本語が分かるがモルドヴィア語は分からない)
 
・マリカ(タミル人だけど日本国籍:日本語と英語とタミル語とヒンドゥー語が分かる)
 
・ヴァニナ(アルゼンチンと日本の二重国籍:基本的にはスペイン語を話す。日本語を話すのはたどたどしいが、聞く分はだいたい分かる。千里は彼女のおかげでスペイン語も覚えた)
 
よくこれだけの人種が集まったものである。3つ下くらいが中心のドーラたちの世代にはペルシャ人・モンゴル人・トンガ人もいた。
 

この子たちは、各々のお国から持ち込んだ、様々な遊びをしていた。
だるまさんがころんだ(あるいは同様の赤信号・青信号)、ホットポテト(アメリカの遊び)、陣取りごっこ、ギャラリー(インドの遊び)、鬼ごっこ(あるいは同様の狼ゲーム)など、このグループは女子のグループではあるが、身体を使う遊びをよくしていた。それが言葉が通じにくいハンディを乗り越えやすいのもあったと思う。
 
この時期、この子たちはよく、かくれんぼ(Hide and Seek)をしていた。この時、誰が鬼("it")になるかはジャンケンで決めるのだが、たいていジャンケンでは千里が負ける。
 
「シサト、ほんとにジャンケン弱いね」
とリサなどからは言われていた。
 
しかし千里は“最強の鬼”なのである。あっという間にみんなを見つけてしまう。
 
「シサト、みんなが隠れるところ見てない?」
とか言われて、鉢巻きで目隠しされ、更に最後は麻袋までかぶせられたものの、千里は「もういいかい? (Ready or Not?)」に返事が返ってこなくなると、5分ほどで全員を見つけてしまう。
 

それである日(1998年夏)、とうとう
 
「Chisato, You are fired! I'll be "it"」(*1)
 
とタマラが宣言して、タマラが鬼になって、他の子が隠れた。
 
(*1) "it" means seeker,
 
するとタマラはなかなかみんなを見つけきれない。
 
3分くらい掛けて、やっと、割とトロい所のあるヴァニナを見つけ、それからマリカを見つけた。
 
まだ隠れている子たちは「うんうん。これこそ、かくれんぼだよ」とワクワクしながら隠れている。
 
タマラは神社境内をかなり探すのだが、10分くらいしてやっと木の上に登っているリサを見つける。これは男の子並みの運動能力を持つリサにしか隠れられない場所だった。
 
そして更に10分掛けて、神殿の下に潜り込んでいたソフィアをやっとのことで見つけた。つまり4人見つけるのに30分近く掛かったのである。(タマラはとりわけ勘が悪い気がする)
 
残るは千里である。それで探すのだが、どうしても見つからない。タマラは不安になった。
 
「ね。お願い。みんなで千里を探して」
 
それで全員で探すが、どうしても見つけきれない。30分くらい探してから
「千里ちゃん、帰っちゃったんじゃない?」
という声が出る。
 
「うん。きっとそうだよ」
「私たち、隅から隅まで探したもん」
「帰ろ帰ろ」
 
ということで、みんな帰ってしまったのである(子供の無責任さ)。
 

やがて日が落ちて、千里が帰宅しないので、千里の母は仲の良いタマラの母に電話してみた。
 
「千里ちゃん、まだ帰ってないんですか!?」
とタマラの母が驚く。それでタマラに問い糾す。
 
「私たち、かくれんぼしてたんです。じゃんけんすると、いつも千里が負けて鬼になるんだけど、千里って5分もしない内に全員を見つけてしまうんですよ。面白くないから、今日は私が鬼になったんですよね。それで千里も隠れたんだけど、どうしても千里は見つからないから、千里ちゃん、きっともう帰ったんだよと言って、みんな帰ってしまったんですけど」
 
「まさか、まだ隠れてるとか」
 
それで千里の母、タマラとその両親が神社に行き、探し始める。宮司さんに声を掛けて境内の灯りを点けてもらった。
 

小春が出て来た。巫女衣装を着けている。
 
「千里が帰ってないの?」
 
「ああ、コハル。私たちかくれんぼしてたんだけど、誰も千里を見つけきれないから『千里ちゃん、きっともう帰ったんだよ』と言って帰ったんだけど、まだおうちに帰ってないらしくて」
 
「私見つけられるよ」
と小春は笑顔で言った。
 
「ほんと?」
 
それで小春は草履を履くと、境内に出た。そして少し考えるようにしていたが、やがて、燈籠の裏側に行って
「ここで寝てるよ」
と言った。
 
燈籠の裏側が小さな凹みになっており、千里はそこに入り込んでいたのである。どうも待ちくたびれたのか眠っているようだ。この場所は普通に見ただけでは気付かない。
 
「千里!」
と母が声を出したが、狭くて母はそこに行けない。
 
タマラが言った。
「チサト、見っけ!」
 
千里は目を覚まし
「あん、見つかっちゃった」
と言って出て来た。
 
「小春はかくれんぼの達人だ」
とタマラが言うが
 
「千里の居場所なら分かるけど、他の子は私には分からない」
と小春は穏やかに言った。
 
なお、この後、千里は、かくれんぼをする時は“審判”の地位を与えられて、鬼にも隠れる側にも入らないことになった!千里は面白くなかったが、千里が強すぎて、勝負にならないのである。
 
また燈籠の裏側の凹みは危険だということになり、コンクリートで埋めてふさいでしまった!
 

翌年、1999年度。千里が小学3年生の時。この年は色々なイベントが起きている。
 
1999.04.08(木) フィリピン人の勲男、ブラジルと日本の二重国籍の姫が転校してくる。
1999.07.20(火) 母からヴァイオリンをもらう。
1999.10.09(土) 旭川でフランス人のパーティー。千里はダーツでパンフルートゲット。
1999.10.17(日) タマラの父がバスケットのゴールを作ってくれる。蓮菜・恵香が遊び仲間に加わる。
1999.12.06(月) 留実子が転校してくる
1999.12.12(日) タマラ・リサ・千里・玲羅・ヒメ・オトメ・コハル・留実子・勲男で温泉に
1999.12.24(金) 勲男一家が国外退去に。この時の騒動で千里のヴァイオリンが壊れ、勲男から代わりにキーボードをもらう。
2000.02.07(月) 千里の母がパートに出る(水産物加工)
2000.02.26(土) 姫一家とタマラ一家が引っ越して行く
2000.03.03(金) ひな祭り 蓮菜、千里、玲羅、留実子、リサ、恵香、佳美、美那
2000.03.26(日) 千里と留実子の入れ替わり温泉作戦
 
1999.12.12の温泉では勲男以外女湯に入っているが、千里は終始タオルで前を隠していた。留実子はちんちんを見られないように隠していると思ったようだが、千里にちんちんなど付いてないのを何度も見ている妹の玲羅は“ちんちんが付いてない”のを留実子さんに隠していると考えていた。
 

12月下旬に、勲男一家の不法滞在が発覚して国外退去になった後、神社で遊ぶグループの中に男の子がいなくて、色々不便なこともあった。それで、リサがしばしばカナダ人のジャンを連れてくるようになった(早い話が雑用係)。
 
千里の目にはジャンはリサに気があるようにも見えたが、元気いっぱいで体力もあるリサは、文学少年?っぽいジャンには全く興味が無いようであった。実際、ジャンは、リサどころか、タマラにも千里にも腕相撲で勝てなかった。
 
なお彼の名前は Jean と書いてジャンと読む。最初タマラが
「女の子の名前みたい」
 
と言ったが、英語・フランス語の両方が分かる千里が解説して言った。
 
「この名前は、英語だとジーンと読んで女名前だけど、フランス語ではジャンと読んで男名前なんだよ」
 
「へー!そんなのがあるんだ」
 
(千里はタマラと話すために英語を覚え、リサと話すためにフランス語を覚えた)
 
「マルコとかも、日本人なら女だけど、イタリア人なら男だし」
「そういえばそうだ」
 
自分の名前のことを解説してくれた千里のことを、ジャンが熱い視線で見ていたことに、千里本人も、他の女子たちも、全く気付かなかった。
 

それは2月中旬の日曜日のことだった(恐らく2000.2.13 Sun)。この日、千里は母と一緒に旭川に行き、美輪子と一緒にバレンタインのイベントに出ていた。美輪子がペアの招待券をもらったものの、一緒に行くようなボーイフレンドもいないし、お姉ちゃん一緒に行かない?と誘ったのである。
 
「でもそれ男女のカップルじゃないの?」
「女同士はOKなんだって。姉妹とか友だち同士とか」
「レズのカップルもいたりして」
と津気子が言うと
「それは恋人同士だから最も問題ないと思うよ」
と美輪子は言った。
 
小学生・幼稚園生については“女の子に限り”、おとなが同伴する場合は、おとな1ペアにつき1名入場できるという話だった。
 
最初玲羅に声を掛けたが、玲羅はこの手のイベントがあまり好きじゃないのに加えて、この日は見たいテレビがあった。それで行かないと言うので、千里を連れて行くことにした。
 
千里は女の子の服(赤いセーターにロングのタータンチェック巻きスカート・黒いタイツ、セーラースターズの靴:半額で売ってた!)を買ってもらい、物凄く喜んでいた。
 
入口の所では入場者にチョコレートがプレゼントされていたが、おとなは生チョコの箱をもらったのだが、小学生の千里は、おジャ魔女のチョコレートをもらい、大満足だった。
 

「バレンタインってなぁに?」
「女の子が男の子にチョコレートを贈るイベントだよ」
「なんでおくるの?」
「好きだから、付き合ってください、という意味じゃないの?」
 
「すきだったら、いつでもそう言えばいいと思うな」
「まあそれはそうだ」
「それにチョコレートなんて、男の子はすきじゃないと思う」
「それはよく言われることだ」
 
イベントでは、チョコレートで作ったお城とか馬車とかが展示されていて、千里も
「すごーい」
と言って、見とれていた。
 
昨年9月(1999.9.9 9:09:09!)にデビューした、アイドルグループ・色鉛筆のミニライブがあり
「私もああいうのやりたーい」
と千里は言った。
 
「ああ、あんたなら女の子アイドルになれるかもね」
と美輪子は言ったが、津気子は悩んでいた。
 
また会場では多数の限定チョコが販売されていたので、千里はいくつかチョコを買ってもらい、喜んでいた。むろん玲羅へのお土産チョコも買った。
 

充分イベントを楽しんで、最終バスで留萌に戻った。
 
旭川18:20-20:17留萌
 
それで駅近くの駐車場に駐めていた車(パセリ)で自宅に戻る。
 
「お母ちゃん、朝も思ったけど、この車、音が変」
「うん。こないだからどうも調子悪い。夏のボーナス出たら買い替えようかなあ」
と母は言っていたのだが、その前に買い替えるはめになる。
 
自宅そばに車を駐め、自宅に入ろうとしていたら、近所に住むヤヨイ(タマラの母)から声を掛けられた。
 
「村山さん、ちょうど良かった。実は(ジャン・)カミュ君が行方不明になってて」
「え〜〜〜!?」
 
「この天候だから、朝まで待つと命の危険があるから、消防団も出ているけど、それ以外にもPTAで動ける人は出て探しているの。疲れてる所、申し訳無いけど、村山さんも捜索に加わってくれない?」
 
「分かった。荷物置いたら行く。どこ行けばいい?」
「取り敢えず公民館に」
「OK」
 

それで千里と母は取り敢えず自宅に戻って荷物を置いた。父は
「悪いけど、俺は明日の朝船を出さないといけないから寝てる」
ということで寝ている。
 
それで千里を置いて母は出かけて行った。千里は父からあれこれ声を掛けられるので閉口した。寝てるなら眠ってればいいのに!!
 
母はとりあえず公民館に行ったのだが、ヤヨイから頼まれる。彼女も夫のピーターも捜索に出ているので、自宅はタマラと幼い妹のマユラだけらしい。心細いからもしよかったら千里ちゃんに、うちに来てタマラたちと一緒に居てもらえないかと。それで津気子は自宅に電話する。千里は喜んで、チョコのお土産(玲羅の分は残す:玲羅は寝ているので自宅に放置)を持ち、50mほど離れたタマラの家に移動した。
 

捜索は16時頃から始まったのだが、22時をすぎてもジャン君の行方は分からず、捜索している人の間に焦りが見えてくる。この日は大雪で、気温は既にマイナス10℃を下回っている。このままでは凍死の可能性もある。
 
しかし町の大人総動員に近い体制で捜索を続けるのは困難なので、23時になったら、警察・消防以外の人は帰すことになった。
 
それでヤヨイも津気子も23時過ぎには自宅に戻った(ピーターはもう少し頑張ると言って捜索隊に残った)。
 
津気子は、きっと千里はもうタマラの家で寝ているだろうから、そのままにしておこうと思った。武矢が船を出すため4時には家を出るので、3時には起きて朝御飯を作り、送り出さなければならない。それで、お米を研いで炊飯器をセットしてから、ふだん千里が寝ている布団に潜り込む。目覚まし時計だけではなく、時計のアラーム、携帯のアラームまで掛けて仮眠した。
 
パートは明日は休ませてもらおうかな、などと思いながら睡眠に落ちていく。
 

ヤヨイが帰宅すると、いったん寝ていたタマラと千里が起きて
「ジャン、見つかった?」
と訊く。
 
「まだ見つかってないけど、きっと消防団か警察の人が見つけてくれるよ」
とヤヨイは2人に言った。
 
その時、タマラが言った。
「千里、ジャンを見つけてあげられない?だって、千里は、かくれんぼの達人だもん」
 
「そういえばそうだったね」
とヤヨイも言う。
 
「だったら、夜が明けたら、あんたたちで探してあげない?私も付き添うから」
とヤヨイは言うが、タマラは
「今行こうよ。だってこんなに寒いのに朝まで待ったら、死んじゃうよ」
と言う。
「私も少し寝たから大丈夫だよ」
と千里も言う。
 
「だったら探しに行こうか」
とヤヨイは言って、夫のランド・クルーザーのエンジンを掛け、取り敢えず暖機した。(夜中でこの雪の中、自分のフィットでは無理だと思いランクルを使うことにした)
 

車を暖めながら、少し話をする。
 
「ジャンはどこで行方が分からなくなったの?」
「午前中は柔道の稽古に行ってたらしい。稽古場は駅前の三朝ビル。それでお昼をマクドナルドでみんなで食べて、解散したらしい。みんなバスで帰ったけど、ジャンは身体を鍛えると言って走って帰ったらしい」
 
「服装は?」
 
「柔道の稽古で汗を掻いたから下着も交換して、トレーナー・青いセーターの上に白いダウンコートを着てたけど、ジョギングするのに邪魔だからと言って、ダウンコートはリュックに入れてたって」
 
「だったら寒くなったらダウンコート着てるね」
「そうしてくれていることを祈ってる。一応ホッカイロも持ってる」
「だったら無事だと思う。ね?千里」
 
「外の方が探しやすいから、車に乗り込もう」
「うん」
 
それで3人でランクルに乗り込む。
 
千里は目を瞑って考えるようにしていたが、やがて言った。
「ジャン君、見っけ。(波動があるから)生きてるけど、怪我とかしてるかどうかまでは分からない」
 
「もう見つけたの!?」
 

それでヤヨイは、千里が言うように千里たちの住むC町からゆっくりと海岸沿いに留萌駅方面に南下する。途中で「その道を左に」と千里が言うので、左折する。更に「そこを右」「そこを左」と千里は言う。
 
最後の付近は、細い道で除雪車が入ってないようだった。積雪しているが、車は4WDなので何とか道を進む。ヤヨイはやはりフィットではなくランクルで正解だったなと思った。
 
「停めて」
 
それで車を停め、懐中電灯を持って3人で降りた。
 
「居た!」
 
と千里が懐中電灯の灯りを向ける。彼は地蔵堂のかげになる場所、道路脇の斜面に座りこむようにしていた。ちゃんとダウンコートは着ている。
 
「Oh! Jean!」
とタマラが声を掛ける。
 
「Tamara! Chisato!」
とジャンが情けない声で言った。
 
「What's matter?」
(どうしたの?)
「My leg is pinched between those pipes, and I cannot pull out」
(足がそこの管の間にはさまっちゃって。それが抜けなくて)
「Oh dear!」
(大変!)
 
彼は足を滑らせて道路から滑り落ち、ここで停まったものの、足が管の間にはさまってしまったらしい。
 
ヤヨイはランクルを転回させて、車のライトで、ジャンがいる付近を照らした。そして、ヤヨイと千里が協力して管の隙間から彼の足を抜く。力のある大人が引いたほうがいいので、千里が溝に降りてパイプを押し広げた(少々本気を出す)。それで何とか足を引き抜くことができた。
 
「Chisato, Your shoes are ducking」
(千里、君の靴がグチャグチャ)
 
今日買ってもらったばかりのセーラースターズの靴が泥だらけ・水びたしである。
 
「I don't care」
(気にしないよ)
 
普通なら雪の中、長靴を履くのだが、この日は買ってもらったばかりの靴をタマラに見せたかったので、タマラの家までは50m程度だしと思い、これを履いてきていた。千里もちょっと失敗したかなと思っていた。
 
ジャンのダウンコートは雪でかなり濡れているので脱がせてから車に乗せる。車に積んでいる毛布を身体に掛けてあげる。千里も靴と靴下を脱いで裸足になった。ヤヨイがタオルで千里の足を拭き、膝掛けを足に掛けてくれた。
 
「I shaked hands to the cars passing, but no one has been aware of me」
(通り掛かる車に手を振ったりしたけど、誰も気付いてくれなかった)
 
「You have been waking?」
(ずっと起きてたの?)
「I have struggled tp keep awaking, because I would be frozen to death if I had slept」
(寝たら凍死すると思って頑張って起きてた)
 

ヤヨイが捜索本部に電話する。
 
「見つけましたか!」
「本人は無事っぽいですけど、念のため病院連れていきたいです。どこなら受け入れてくれますか?」
「ちょっと待って」
 
それで向こうで少し話していたようだが、結局、留萌市立病院にということになったので、そこに連れて行った。病院には、すぐジャンの両親が駆け付けてきて、泣いてヤヨイに感謝していた。
 
なお、夜中に子供を連れ回したことは何か言われるかもと千里が言ったので、ヤヨイが偶然通り掛かって見つけたことにしておいた。それでタマラと千里はアイドリングした車内で待機した(寝てた)。
 
ジャンは2時間掛けて検査されたものの(本人は寝ていた)、どこにも異常が無いし、凍傷などもできていないことが判明。両親は
「O mon Dieu! (ああ、神様)」
と言って、神に感謝していた。
 
ヤヨイはジャンの両親が来てからすぐに
「疲れているので」
と言って、タマラと千里を連れて帰宅し、2人をぐっすりと休ませた。このことは、タマラと千里とジャンだけの秘密とすることにした。
 
なお千里の靴は子供たちが寝た後、ヤヨイがお湯で洗い、ストーブのそばで干してくれたので朝までには乾いていた。靴下は取り敢えずタマラの靴下を貸した。
 

ジャンは念のためと言われて、月曜日1日は入院していて、火曜日の朝に退院した。
 
その日の放課後、千里たちが神社の境内で雪合戦(snowball fight) をしていると、ジャンが来た。
 
「Jean, Are you OK?」
「Thank you. I am good at all. Chisato, Would you com here?」
「What?」
「I want to tell you something」
 
千里は日曜日の御礼をあらためて言いたいのかなと思って、他の子と離れてジャンと一緒に境内の隅に行く(でもみんな聞き耳を立てている!)。
 
「Chisato. I love you. Can't you be my love?」
 
千里はびっくりした。男の子から告白されたのはこれが初めてである。でも千里は答えた。
 
「Sorry. I like another boy」
「O my god!」
と言って、彼は頭を抱えた。それでジャンの初恋は終了した。
 

なお、ジャンは千里が自分の靴が濡れるのも構わず溝に降りて自分を助けてくれたので、自分の母に言って千里に、おジャ魔女の最新作“おジャ魔女どれみ♯(シャープ)”の靴を、買ってくれた。
 
千里は「ありがとう」と喜んで受け取り、それを履いていたが、恵香や佳美たちからは
「千里が珍しく年遅れではなく最新のアニメの靴を履いてる」
などと言われた。
 

「千里、誰が好きなの?留実子?」
 
などと後から、タマラに訊かれた。
 
「るみちゃんは男の子として扱っていいけど、一応女の子だと思うな」
「そうだよね!」
 
「沙苗は?(*2)」
「彼は一応男の子ではあるけど、女の子扱いでいいと思う」
「むつかしー」
 
「別に好きな男の子はいないけど、そう言った方が素直に諦めてくれるでしょ?特に好きな子は居ないとか言ったら何度もアタックされてめんどくさい」
と千里はタマラに言った。
 
「それはあるよねー」
とタマラとは話した。
 
(*2)沙苗は、しばしぱスカートを穿いているが、みんな男の子だと思っている。でも女の子たちは一応彼を仲間に入れてくれる。“準女の子”という感じの扱い。沙苗は女子トイレを使う勇気が無い(使っても誰も咎めないと思う)。留実子は“名誉男子”だと田代君は言っていた。留実子は堂々と男子トイレを使う(学校では自粛して女子トイレに入る)。
 
千里は、めったにスカートを穿かないが、みんなは女の子だと思っている(女の子になりたい男の子だとも思われていない:千里の裸を見ている子は多いので、みんな千里が間違いなく女であることを確認している)。
 
自分と沙苗の差は何だろう?と千里は何度か考えてみたことはあるが、分からなかった。女らしさでは、むしろ向こうが自分より上なのに!
 
ちなみに鞠古君がスカートを穿いていても、みんなコスプレか仮装的なものと捉えている。彼の性格には女性的な部分が全く存在しない!彼は完全に男の子とみなされていたので、やがて留実子と“男同士”で仲良くなっていく。2人の関係がストレートなのか(その場合どちらが男なのか)、ゲイなのか、レスビアンなのかについては、千里も蓮菜も首を傾げる。
 

そういう訳で、かくれんぼで、千里を誰も見付けきれずにみんな帰っちゃったのは小学2年生の夏の事件で、すぐに小春が見付けてくれた。一方行方不明になって消防団や警察が出て大騒ぎになったのは、小学3年生の冬で行方不明になったのはジャンである。しかし留実子はこの2つの事件を混同していて、千里がかくれんぼしていて誰も見つけきれず消防団が動員されて捜索をしたかのように思い込んでいた(後に恵香に訂正される)。実際には、かくれんぼ事件の時はまだ留実子は留萌に来ていない。
 

ところでジャンが見付かった翌日、月曜日のことである。
 
津気子は目覚まし時計でも時計のアラームでも起きられなかったが、携帯のアラームでなんとか午前3:10に目を覚ました。ヤヨイからジャンが無事見つかったというメールが来ていたので「良かったぁ」と安心して朝御飯を作った。千里は7時くらいにそちらに送り届けると書かれていた。
 
(実際はさすがのヤヨイも寝過ごし8時になった。そのままヤヨイが千里をタマラと一緒に学校まで運んでくれた)
 
村山家では、炊飯ジャーは寝る前に頑張ってセットしていたのがもうすぐ炊けるので、お魚を焼き、お味噌汁を作る。やがて武矢が起き出してくるので、漬物や納豆・海苔なども添えて、御飯を食べさせる。その間に勝手口から出て車のエンジンを掛け暖機する。
 
「あの車、何か変な音してないか?」
「なんかこの所調子悪いのよ」
「浜田さんに見てもらえよ」
「そうだね」
 
津気子は浜田さんの所に持っていくと、買い替えを勧められる気がした。あれは1987年型のミニカ・パセリである。15年も経っている。買った時点(30万!だった)で既に走行距離が20万kmを越えていた。それから既に6年くらい乗っている。
 
(さっさと持って行けば小さな負担で済んだのだが、結果論である)
 
やがて武矢の朝御飯が終わったので、港まで送っていくのに一緒に玄関を出ようとする。
 
武矢が
「凍ったのかな。ドアが動かない」
と言う。
「じゃ勝手口から出て」
「そうだなあ。勝手口から出るとか縁起がよくないけど、遅くなるわけにはいかないから仕方ない」
と言って、一緒に勝手口(東側にある)を出た。
 
その時、津気子は何気なく、数歩歩いて玄関(北側にある)のほうを見た。
 

 
「お父ちゃん!」
と声をあげた。
 
「どうした?」
と言って、武矢も寄ってきて玄関のほうを見た。
 
そして絶句した。
 
おりからの大雪、そして屋根の雪も落ちたようで、玄関の付近が完全に雪で埋まっていた。玄関と裏側の崖との間が雪で完全に埋まっており、そこを通過できない。積もっている雪は高さ3mくらいある。
 
「これ・・・私や千里の力ではとても除雪できない」
と津気子は言った。
 
だいたい取り除いた雪を置く場所が存在しない!
 
「仕方ない。春まで待つか」
と武矢も言った。
 
それでこの年、村山家は4月中旬くらいまで、玄関が使えず、ずっと勝手口から出入りしたのであった!
 
(筆者が青森に住んでいた頃、実際にこういう目に遭ったことがあります。村山家の間取りのモデルは実は当時私の一家が住んでいた住宅の造りです)
 

ともかくも、それで武矢をパセリの後部座席に乗せて漁港まで行った。
 
他の漁船員さんや送って来た奥さんたちにも挨拶して、出港をみんなで手を振って見送る。そして自宅に戻ろうとして車のエンジンを掛けたら、そのエンジン音が明らかにおかしいので、岸本さんの奥さんが
 
「その車大丈夫?」
と言う。
 
「うん。なんか調子悪いから、車屋さんに見てもらおうかと思ってるんだけどね」
と津気子は言っておいた(見せるつもりは全く無い)。
 

この日(月曜日)も雪で、大きな道路では市の除雪車が動いていた。
 
15時頃、学校から連絡があった。
「迎えにですか?」
「昨日カミュ君の事件があったので、この大雪の中、子供たちをひとりで帰すのは危険ではないかということになりまして。申し訳無いのですが、保護者の方にお迎えをお願いしたいのですが」
 
「分かりました。行きます」
 
それで津気子は、仕事先を早退させてもらい(この日は早退者が相次ぎ仕事にならなくなったので、工場長は16時で今日の操業終了を宣言した)、会社の駐車場でミニカ・パセリを10分くらい暖機して(またみんなからエンジン音がおかしいと指摘される)から学校に向かった。運転しながら、本当にこの車大丈夫かと自分でも不安になる。
 
それで何とか学校まで行き、千里を担任の山口先生から引き取る。それで千里を“助手席”に乗せて帰る、この時母は
「父ちゃんいないし、もっと乗りやすいようにしなよ」
と言うので、千里は助手席を後の方まで下げた。ふだんは後に父が乗っているので助手席はかなり前に出してある。しかしこの日は後に下げた。
 
これが千里を救うことになる。
 
車を出すが、物凄く変な音がしている。
 
千里が
「お母ちゃん、この車、本格的にやばいと思う。事故起こす前に買い換えようよ」
と言った。
 
「でもお金が無いのよー」
と津気子。
 
「お金より命のほうが大事だと思うけど」
と千里。
 

ともかくも自宅に向かって猛吹雪であまり視界も利かない中を慎重に走っていた。その時、突然エンジンが世にもおかしな音を立てたかと思うと、停止してしまったのである!
 
道路上である。しかも吹雪で視界が利かない。
 
そして次の瞬間、激しい衝突音がある。
 
後続の車が津気子の車に追突してしまったのである。
 
「きゃっ」
と津気子は悲鳴をあげた。
 

「なんでこんな所に停まってるんだ!?」
と後の車の男性が出て来て、凄い剣幕で怒る。
 
「すみません。急にエンジンが止まってしまって」
「エンジンが停まっても車の勢いがあるんだから、その勢いを利用して車を脇に寄せられるでしょ?」
 
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 
母の運転技術じゃ無理だよなぁと千里は内心思った。母は焦ってブレーキを踏んでしまったのである(*3).
 

(*3) そのブレーキで車が停まった次の瞬間、小春が千里に「身体を座席にピタリと付けて!頭も」と言いながら、母の身体と頭も座席に押しつけた。
 
それで2人とも鞭打ちなどにならずに済んだ。
 
小春は2人を座席に押しつけるため空中に居たので、衝突の衝撃で車のリアガラスに叩き付けられそうになった。しかし“どなたか”のおかげで軌道が変わり、小春はリアシートの背もたれにぶつかって停まった。それでほとんど怪我せずに済んだ(打ち身で全治一週間)。
 

後の車の男性がハザートランプを焚き、三角停止板も立てた。パセリのハザードランプも焚いた(津気子は三角停止版を持ってなかった)。幸いにもこの後、雪が小降りになって少し視界が利くようになる。
 
母は浜田自動車さんを呼んだ。この車の保険の窓口にもなっている。後続の車の男性も保険屋さん(市内の別の車屋さん)を呼んだ。浜田さんはすぐ来てくれた。浜田さんがミニカ・パセリの“エンジンを掛け”脇に寄せた。そして牽引するつもりで持って来ていたトラックで後続の男性の“ベンツ”を牽引して、これも脇に寄せた。これで道路は通れるようになった。道路が片側交互通行状態(ベンツの男性が交通整理をしてくれた)になっていたのは、ほんの15分程度である。
 
母が浜田さんに訊く。
「どうして動いたんですか?」
「エンジンのオーバーヒートだね。冷やせば一時的には動く」
 
「しかし・・・・」
 
浜田さんと向こうの車屋さんの双方が呆れた。
 
「軽とベンツがぶつかって、ベンツがひしゃげて、軽がちょっとしか壊れてない事故なんて初めて見た!」
 
そうなのである。ミニカ・パセリは後が大きく凹んではいるが、一応まだ走行可能だった。しかし丈夫なはずのベンツはボンネットが半分くらいまで潰れていて、こちらは完璧に走行不能である。事故の衝撃のほとんどをベンツのボンネットが吸収したと思われた。
 
こういう事故では普通は軽がペシャンコになり、ベンツは無事だ。
 

ベンツの男性、津気子と千里は全員市立病院に行ったが、検査の結果3人ともどこにも怪我はしてないし、鞭打ちなどの症状も見られなかった。千里の診察券に“F”の表示が入っているのは津気子は気にしないことにした!
 
追突事故では通常は追突した側の責任が大きいのだが、この事故では津気子が100%悪いことになった。道路の真ん中に車が停まっているなんて想定外である。だいたい整備不良の車を運行していたことに重大な問題がある。
 
それでベンツの買い換え費用や、医療費、慰謝料、双方の代車費用などは津気子の保険から支払われた。津気子は3等級ダウンである。
 
津気子の車の買い換え費用も一応津気子の保険から出る。
 
「いくらくらい出るんでしょう?」
「10万くらいだね」
「10万円の車ありません?」
「せめて40万なら。つまり保険で出る金額にプラス30万で」
「少し考えさせてください」
 
30万どころか3万でも出すあてがない。
 

“千里”は、浜田さんの工場を訪れた。
 
「おや、村山さんのお嬢ちゃん、どうしたの?」
「浜田さん、お願いがあるんです」
「はい?」
 
「ここに24万6000円、用意しました。それで40万くらいの車を調達して、母には保険で出る金額+10万か12万くらいで売れる車が見つかったということにして、できたらその10万か12万を分割払いで売ってあげてもらえませんか?」
 
「まあ長い付き合いだし分割払いはいいけど、このお金は?」
 
「私、ずっと神社のお手伝いのバイトしてるから、それで貯めたお金なんです。でも私がお金持ってると母に知られると、取り上げられて生活費に使われてしまうから内緒なんですよ」
と“千里”が説明すると
 
「確かにあんたはお母ちゃんやお父ちゃんに内緒の資金を貯めておいたほうがいい」
と浜田さんは同情してくれた。そして40万円の車を調達して津気子に保険で出る金額+10万で売る件は了承してくれた。
 
浜田さんは20万だけ受け取り、端数の46,000円は千里に返した。
「でも諸経費は?」
「難しいこと知ってるね。それは子供は気にしないで」
「済みません!」
 
津気子は「保険金+10万円で売れる掘り出し物があった。残額は分割でもいい」という連絡で、喜んでその車を購入した。これが2011年1月まで約8年間使うことになるスバル・ヴィヴィオ(1992年式)である。年数が経っているので安くなっていたが、走行距離はまだ5万kmという、まさに掘り出し物だった。
 
それで結果的に津気子は実質負担10万円(1年掛けて払った)で、新しい車をゲットしたのだが、車の保険更改後の保険料引落し額に絶句することになる!
 

小春は大神様に言った。
 
「私の命を助けてくださって、本当にありがとうございます。その後の治療までして頂いたし」
 
「まだお前には、してもらわないといけないことがあるから」
 
「でも大神様って本当に優しいですね。事故の処理といい、購入の件といい」
 
「千里の死亡予定日は3年後の4月だから、その前に死なれては困るから。あのままだと千里が死んでたし。車も無いと来月17日の猛烈な寒波で、通学途中凍死するから」
 
千里って本当に死にやすいんだなと小春は思った。やはりこういう子は“あちら”に取られやすいからだろう。しかし来月17日に強烈な寒波が来るのか??
 
「だったらついでにその死亡予定日をもう少し先に延ばしてあげられませんか?」
「それはさすがに許されない」
と大神様は言った。
 
そういう訳で、パセリが潰れなかったのはむろん大神様の力なのだが、車買い替えの、こういう舞台裏のことも“本物の”千里は知らないのである。
 
 
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【少女たちのかくれんぼ】(1)