【少女たちのBA】(3)

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「君、声変わりしたくないよね?」
と妖しげな雰囲気のお姉さんは言った。なんかセクシーな服着てるなあと思った。身体にピッタリした黒い服である。おっぱいが凄く大きいし、それがハッキリ見える。
 
「したくないです」
「じゃ声変わりしないようにしてあげようか」
「どうするんですか」
「睾丸を取ればいいのよ」
 
「取るんですか?」
と言ってドキドキする。
 
「昔は聖歌隊の男の子は声変わりしないように睾丸を取っていたんだよ」
「それは聞いたことあります」
「あの有名なハイドンだって15歳の時に睾丸を取ったんだから(*5)」
「へー」
「歌手志望で高音を維持したい男の子が睾丸を取るのは普通なんだよ」
「そうなんですか」
 
「あなた声変わりがこないようにオナニー我慢したり、パンティーにホッカイロ貼り付けたり、お風呂に入った時、お湯の吹き出し口に睾丸を当てたりして努力してるけど」
 
そんなことまで知られてるなんて・・・でもホッカイロはオナニー我慢するのとセットなんだよなあ。あれしてるとあまりしたい気持ちにならなくて済む。
 
「睾丸がついてる限り、あと2-3ヶ月で声変わりは起きるよ」
 
(*5)実際には手術直前に父親が飛び込んで来て、手術を中止させた。その結果ハイドンは17歳で声変わりが起きて聖歌隊をクビになった。
 

ドキッとした。そんなに早く来ちゃうの?
 
「だから睾丸を取ってあげるよ」
 
どうしよう?
 
「睾丸取ると、お婿さんに行けなくなるけど、君、どっちみちお婿さんになる気は無いよね?」
「女の子と恋愛する気持ちにはなれないんです。といって男の子にも興味ないけど」
「でも君が声変わりしちゃったら、女の子の友だちはみんな離れていくよ」
 
やはりそうなるのかなあ。それ寂しいなあ。男の子とは友だちになれないし。そもそも、サッカーとか野球とかにも興味ないし、音痴な女の子アイドルにも興味無いから、男の子とは話が合わないもん。
 
「じゃ取って下さい」
「よしよし、すぐ終わるからね」
「はい」
 
お姉さんは彼のパジャマのズボンを下げると、パンティも下げてお股を露出した。そして、何か金属の触れ合う音がしばらくしていたが、痛くはなかった。麻酔を掛けてあるのかなと思った。
 

「手術終わったよ。これで君はもう声変わりが来ることはないよ」
「ありがとうございます」
と言って起き上がって見た。
 
嘘!?
 
「あのぉ。ちんちんも無いんですけど」
「ああ、サービスで取ってあげたよ。ちんちん必要だった?」
 
無い方がいいけど、心の準備が・・・
 
「それに割れ目ちゃんがあってまるで女の子みたいなんですけど」
 
と言いながらそこを開いてみる。ドキドキする。このコリコリする所は何だろう。気持ちいい。まるでちんちんに触ってるみたい。もう1年以上していないオナニーの記憶が蘇る。
 
「睾丸を取ると男性ホルモンが無くなってホルモン中性になるけど、その状態では身体のあちこちにトラブルが起きやすい。だから代わりに女性ホルモンが分泌されるように卵巣を埋め込んだから。卵巣があると月に1回その卵子か体外に出てくる。生理とか月経と言うの。知ってる?」
 
「知ってます」
 
「その出てくる道を作らないといけないから、女の子と似た形にしただけだよ。出て来た時はこれ使ってね」
 
と言って、四角くて薄いフィルムに包まれた少し厚いものを手渡された。
 
ドキッとする。
 
これの正体と使い方は知っている。
 
「トイレは女子トイレ使うことになるけど、これまでも女子トイレ使ってたから今までと変わらないよね」
 
確かにスカート穿いてる時は、女子の友だちが「こちらに来なよ」と言って、女子トイレに一緒に行ってたけど、だったら毎日スカートで学校に行かないといけないのかな・・・
 
いいな、それ。でもお父さんが何か言うかな?
 
「あ、そうそう。半年くらいしたら胸が膨らんでくるからちゃんとブラジャーしてね」
 
それって、ほとんど女の子になったということでは?
 
「じゃ頑張ってね。いっそ女の子になりたくなったら女の子にしてあげるから」
とお姉さんは言ってどこかに消えた。
 
女の子にしてあげるって、既に女の子になってる気がするんですけど!?
 
でもどうしよう?女の子になったと知られたら、お母さんに叱られないかな?
 

と思った所で目が覚めた。
 
おそるおそる、手をお股の所に伸ばして、パンティの中を確認する。
 
パンティを穿いているのは、ぶらぶらしないように固定し、昼間貼り付けているホッカイロが確実に睾丸を温めるようにするためである。夜間は繰り返し使用可能な充電式のカイロを当てている。
 
そのカイロをよけて触ってみる。
 
一瞬無い?と思ったけど、小さくなってるだけみたい。何よりも割れ目ちゃんが無い。だったらきっとちんちんはあるのだろう。これは時々こうなってることがある。あまりにも小さくて自分でもどこにあるのか、目視でも触っても分からない。おしっこするとじわっとにじみ出てくるから、その付近を拭く。たいてい半日くらいで“普通に”小さい状態に戻っている。
 
頭の中に女の人が言っていた「睾丸が付いている限り、あと2-3ヶ月で声変わりは起きる」という言葉が響いていた。
 
頭を振って起き上がると、枕元に何かあるのに気付いた。慌てて青いランドセルの内ポケットに隠した。なんでこれがあるの〜〜〜!?今のは夢じゃなかったの〜?
 

ソプラノのハイトーンというのはとても奥が深い世界で「凄いハイトーン」と思っているものでも実はそれほど高くはなかったりする。
 
多くの流行歌手の音域は高い声が出てると思う人でも実はほぼアルト音域(G3-E5)を越えていない。逆に言えばE5(五線譜の一番上の線間のミ)が出たら、女性歌手の歌はたいてい歌えるので、女声のボイトレしてる人は頑張ってほしい。
 

 
宇多田ヒカルの『Automatic』はE5までしか出ていない。MISIA『Everything』もE5まで。ジューシーフルーツ『ジェニーはご機嫌ななめ』だって最高音はD5。
 
ポールモーリアの『エーゲ海の真珠』(原題ペネロペ Penelope)で、サビの部分に女声で「ランラランラー」という声が入っている。オリジナル版でこの部分を歌ったのは“スキャットの女王”ダニエル・リカーリである。さぞ高い音を使っているかと思うと、実はF5までしか使っていない。並みのソプラノなら普通に出せる音である。
 
ささきいさおが歌った「宇宙戦艦ヤマト」のバックに「アーアーアーアー」というソプラノボイスが入っているが、これはG5まで(ひょっとしたらF5で切れてるかも)しか使っていない。
 
ユーリズミックスの「There must be an angel」の冒頭「ティラリラリラリラリラー」というスキャットは最高音E5である(youtubeのデータにはE♭5に聞こえるものもある。登録した人の再生速度が遅かったのか、実際に半音下げて歌ったものかは不明)。
 
ClariSはわりと高音を使っているように聞こえるが本人たちの声はアルト音域を越えていない。『irony』はE5まで。『sakura』ではクララ本人の声はE♭5までだが、バックコーラスはB♭5まで行っている。今回色々調べていて、流行歌の中で発見した最高音である。
 
ケイト・ブッシュはかなり高い音を使っており、デビュー曲『Wuthering Heights(邦題:嵐が丘)』では出だしがいきなりE5で、途中F#5まで使っている。でもソプラノ標準音域はC4-A5であり、その最高音に達してない。彼女の『Violin』ではもっと高い音を使っているという情報もあるが、私には確認できなかった。
 
そういう訳で“ソプラノの最高音”A5というのは、とんでもなく高い音なのだが、これより更に高いC6が普通に要求されているのが、ハイレベルな合唱の世界である。でもたぶん20人くらいソプラノが並んでいても本当にC6を出しているのはきっと数人。他の人は歌っているふりしてるだけ。
 
C6を使う曲として私が思いつくのは『CATS』の『Memory』である。この曲の最高音がC6である。この曲の最低音はG3で、音域が2オクターブ半あるので1人でこの曲を歌える人はかなり限られる。公演ではしばしば最高音の付近だけ別の人が歌ったりしている。この曲を録音している多くの歌手が途中でオクターブ下げている。
 
そして『魔笛』の“夜の女王のアリア”の最高音はF6で、これを出せる人というのは間違い無く世界的なソプラノである。
 

 
モーツァルトは知人にこの音を出せる歌手(妻の Constanze の姉 Josepha Weber)がいたから、この音を敢えて指定したものと思われる。しかし天才ソプラノでも若い内しか出ないから、若い頃に夜の女王を演じた人がしはしば後に女王の娘パミーナ役(やはりソプラノ)に転じる。それでこの劇では、多くの場合、役柄と演じる人の年齢が逆転している。
 

千里たちの学校は7月24日(水)に終業式が行われ、25日から夏休みに入った。その翌日、7月26日(金)には、ソフトボールの夏の大会、第1試合があった。千里は選手登録していないので、いつものようにスコアラーとして参加する。背番号は“コーチ”の背番号 31 である。ソフトボールでは主将が 10, 監督が 30 と定められており、コーチは 31,32,... となる。
 
試合前の練習で、千里がピッチャーの杏子(背番号1)とキャッチボールをしていたら、向こうのベンチがざわめいていた。杏子も最近かなりボールにスピードが出て来たからなあと千里は思った。
 
試合が始まるが、向こうはなぜか調子が悪い感じがした。焦りのようなものを感じる。打ち急ぐ感じなので、杏子がどんどん三振を取る。ぴしゃりぴしゃりと抑えていき、ランナーは出るものの後続を断って、0点に抑える。一方で3回、由姫がヒットで出て、初枝がバンドで送り、麦美のヒットで帰すという理想的な得点の仕方で1点を取った。この1点を杏子が守り切って、勝利をあげた。
 
N小が大会で勝ったのは実に5年ぶりだったらしい。
 
試合後、千里は向こうの4番打者さんから声を掛けられた。
 
「そちらは今日は登板しなかったんですね。あなたの球を打ってみたかったのに。上位の試合に温存たったんですか」
 
「え?私は選手ではなくスコアラーですけど」
 
「選手じゃないんですか〜?」
「だってコーチの背番号 31 だし」
「でもコーチ兼選手ならそのままコーチの番号で出るし。どうして選手登録してないんです?」
「色々不都合があって」
「まだ転校から時間が経ってないとか?」
 
どうも向こうは千里がエースだろうと思い、あのピッチャーが出てくる前に先発ピッチャーを打ち崩そうと焦ったので結果的に自滅したっぽい。でも今日の杏子は球が走っていて、すごく良かったと千里は思う。
 

彼女が千里の球を打ちたいと言うので、球場外で麦美に座ってもらって、千里はスピードボールを投げ込んだ。彼女はバットが完全に振り遅れた。
 
「すみません。もう一度」
 
彼女は三球目でやっとバットにボールを当てたが、1球カーブで外した後の全力投球の速球を空振りして三振となり、彼女との対決は終了した。
 
「中学はどちらに行きます?」
「たぶんS中かなあ」
「私はたぶんB中に行くけど、中学でまた対決しません?」
「すみませーん。中学では多分ソフトしないと思うので」
「そうなの〜?凄く残念」
と彼女は本当に惜しそうに言った。
 

「中学では何するの?剣道に専念?」
と帰り際、麦美に訊かれた。
「何だろう。剣道も小学生で終わりと玖美子には言っているけどね」
 
「取り敢えず、マジで今年の秋か冬にでも手術して本当の女の子になりなよ。千里ってまずちゃんと女の子にならないと、何も話が始まらないよ。中学ではセーラー服着たいでしょ?」
 
「着たーい」
と千里はマジで言った。
 

7月27日(土).
 
ソフトボールの試合の翌日。
 
祖父(父の父)村山十四春(1925-2000)の三回忌が行われた。
 
本来なら、父・母・千里・玲羅の4人で参列すべき所なのだが、父は
「月曜には船に乗らないといけないし寝てる。すまんけど、お前たち3人で行ってきてくれ」
と言った。自分のお父さんなのに!
 
それで母と千里と玲羅の3人で行くことになった。だいたい昨年の一周忌(*6)は千里1人で行った。今回母が行くことにしたのは、あまりにも不義理するのは申し訳無いからである。玲羅は単に旭川までお出かけできて喜んでいる。
 
母は普通の喪服を着る。玲羅は先日、根室の庄造さんが亡くなった時に着た黒いドレス(元々は昨年千里が十四春の一周忌で着たもの)、千里も先日根室で着た黒いドレスである。
 
(*6)よく混乱が見られるが、日本の仏教では、亡くなって1年後の命日だけを「一周忌」と“周”の字を使い、2年後の命日は三回忌、6年後の命日は七回忌と、以降は“回”の字を使う。たから「一回忌」「三周忌」は誤り。
 

母の車に3人で乗って旭川まで行く。
 
千里は家を出る時は父の手前普通の服だったが、母の車の中でドレスに着替えてしまった。靴は先日根室で履いた黒い靴だが、赤いウォーキングシューズも必要になりそうだったので持って出た。
 
高速に乗るのはもったいないので、下道を走る。朝8時に出て、9:40頃に弾児のアパートに到着した。三回忌は特に他の親戚も呼ばないので、天子、弾児一家、武矢一家(但し武矢不在)のみでおこなう。それで、アパートにお坊さんを呼んでお経をあげてもらうことにしている。
 
千里たちは到着したらまずは仏檀の前に座り、津気子が“御霊前”と書いた袋を供えて、鈴(りん)を鳴らし3人で合掌した。
 
光江さんは千里を見て
「千里ちゃんがドレス着てるの見て安心した」
などと言っていた。母は
「お恥ずかしい」
と言っていたが。
 
光江さんは津気子に
「津気子さん、よそ様の家に口出すのはよくないけど、中学に入る時はちゃんと千里ちゃんにはセーラー服を着せてあげてね」
と言った。
 
「考えておきます」
と津気子も答えた。
 
天子は千里を見て
「あら、お供さんが増えてる」
などと言う。
「最近加わったんです」
「まだ若い子だね」
「一昨年生まれたそうですよ」
「なるほどねー。元気そうでいい子だね」
などと言う。小町は褒められて喜んでいた。
 

狭い2DKのアバートに、天子、弾児・光江、息子の顕士郎(小3)と斗季彦(年中)、それに津気子・千里・玲羅と8人も入るとかなりの人口密度である。
 
津気子がショートケーキを持参していたので、光江がお茶を入れてみんなで頂いた。お坊さんは11時頃にいらっしゃった。
 
8人が並ぶ中、お経をあげる。結構長い。千里は平気だが、玲羅は正座がもたずに足を崩してしまった。母は我慢しているがしばしば足を指で押しているのでたぶん辛いのだろう。
 
1時間近いお経の末、少しお話があって、お坊さんは帰っていった。
 
「まあこれでひと安心だね。次は七回忌だけど、私がいなかったら、坊さんとか呼ばずにお花と線香くらいあげるだけでいいから」
などと天子は言っている。
 
千里は言った。
「天子おばあちゃんには、私の子供も見てもらうことになると思う」
「そうかい?それってあんたが産むんだっけ」
「もちろんそうだよ」
「じゃ千里が産む曾孫を見るまで長生きしなきゃね」
と天子は笑顔で言っていた。
 
(天子が京平に会うのは9年半後の2012.1.1)
 

11時半頃、仕出しを取ってあったのが配達されてきたので、それを頂いた。豪華な仕出しだった。母が焦っている。きっと仏檀に供えたお金が少なかったんだ。うちは貧乏だからね〜。
 
1時頃退出する。奥の部屋を借りて3人とも普通の服に着替えた。母はブラウスに灰色のギンガムチェックのスカートで「通勤服みたいでお恥ずかしい」と言っていたが、間違い無く母のいつもの通勤服だ!千里は黄色いポロシャツにブルーのジーンズのロングスカート、玲羅は青いポロシャツに白い膝丈のキュロットである。玲羅はたっぷり遊ぼうという態勢だ。
 

「お世話になりました」
と言って3階のアパートの部屋を出るが、千里は階段を2階まで降りた所で
「忘れ物」
と言って3階に戻った。
 
ピンポンを鳴らして開けてもらう。
 
「あら千里ちゃんどうしたの?」
 
千里は中に入って“ドアを閉めて”から
 
「母がこれ出すの忘れてたと言って」
と言い、不祝儀袋を光江さんに渡した。
 
「あら、気にしなくていいのに」
とは言ったものの、受け取ってくれた。
 
「じゃ可愛い女子中学生になりなさいね」
「はい、ありがとうございます」
と言って、アパートを後にした。
 

母たちが待っていた。
「何忘れたの?」
「このボールペン」
と言って、千里はキティちゃんのボールペンを見せた。
 
「そんなのあったらすぐあんたのだと分かるね」
「そうだね。玲羅の好みじゃないし、顕士郎君や斗季彦君は使わないだろうし」
「男の子はキティちゃん使わないだろうね」
 

折角旭川まで来たから動物園に行きたいと玲羅が言うので、旭山動物園まで行った。
 
「私疲れたから車で待ってる。2人だけで行って来て」
「分かった」
 
まあ、入場料の節約だろうな。動物園の入園料は大人は580円だが、小学生は無料!である。580円くらい大したことないと思う人が多いだろうが、その580円を節約しなければならないのが、うちの家計だ。
 
それで千里は靴を赤いウォーキングシューズに履き替えてから、玲羅と2人で入場した。
 
玲羅は走り回りながら楽しそうに動物たちを見ていく。ペンギン館の後、もうじゅう館で、虎・ライオン・雪豹・豹・ヒグマと見る。
『千里、何考えてんの?』
と小春が訊く。
『万一この子たちに襲われたら、対抗するのにこのくらいのパワーが必要かなと思って』
『そのくらい全く平気だよ。手加減したら千里が死ぬよ』
『じゃ、このくらい?』
『うん。まあそのくらいは最低必要かな』
 
トナカイ、シカ、ラクダ、オランウータン。千里は疲れてきた!
 
様々な猿を見てから象に玲羅はしばらく見とれている。小春が『千里悪いことは言わないから象とは戦うな』と言った。ちょっとこの巨体が恐怖だよね。
 
玲羅はキリンもしばらく見ている。猿山は10分くらい楽しそうに見ていた。千里も少ししゃがんで休む。北極熊とあざらしを見てから、玲羅は
 
「ここ入る」
と言うので、遊園地に入る。母から預かったお金で、回数券を2000円分買った。
 
(この遊園地は2007年に廃止された)
 

それでまずは“新幹線”に乗ろうとしていたらバッタリと蓮菜と田代君に遭遇する。
 
そういえば遠足の時の宝探しで、この動物園の遊園地入場券を当てたんだったっけ?
 
千里は気付かぬふりをしようとしたのだが、玲羅が
「あ、れんなお姉ちゃん!」
と言って走り寄ってしまった。仕方ないので千里も“玲羅を回収に”行く。
 
蓮菜は笑顔で玲羅の頭を撫でている。
「ごめんねー。お邪魔して」
と声を掛ける。田代君はあからさまに迷惑そうな顔をしている。
 
「ちょっと法事で出て来たんだよ。またね」
「うん。また」
 
この時千里は何でそんなことを訊いたのか分からない。
「今日こちらに来たんだっけ?」
「ううん。昨日出て来たよ」
「へー。じゃ楽しんでね。邪魔して本当にごめんね」
と言い、玲羅に
「さあ行くよ」
と言って、宇宙船の方に行く。
 
「新幹線は〜?」
「あとで」
 
それでかなり離れてから玲羅に注意した。
「蓮菜たちはデートしてたんだよ。邪魔しちゃダメだよ」
「そうだったんだ!結婚するの?」
「小学生じゃまだ結婚できないよ」
「あ、そうか」
 
と言いながら、千里は“間違って妊娠するなよ”と親友の方に向かって呟いた。
 

千里は旭川に行った翌日はソフト部の練習で1日汗を流した。その翌日7月29日(月)にはソフトボールの2回戦があった。千里はまたスコアラーとして参加した。相手はT小という春の大会でBEST4まで行った所である。
 
4回まで3対3であった。5回表に1点取られたが、その裏2アウト23塁となる。しかし麦美が打った良い当りは、ショートが深い所で停め、そこから矢のような送球をした。麦美も1塁に滑り込んだもののアウトの判定に麦美は立ち上がることができず、大泣きしていた。もし彼女がセーフなら逆転サヨナラになっていた所だったがタイミングは完全にアウトだった。相手ショートは控えのピッチャーであの送球は本当に凄かった。これでN小3回戦進出の夢は消えた。
 
しかし26日の勝利はその後、10年近く語り継がれることになる!?
 
今年のN小は、みんな練習では千里の球を打っているから、速いピッチャーにも振り遅れないのである。だからT小のピッチャーも自分が“こんな弱小に”こんなに打たれるなんて、という顔をしていた。
 

その2回戦が終わった翌日7月30日(火)、千里は剣道部の練習に出ていった後、市立図書館に行こうとバスで街に出た。合同庁舎前でバス停を降り、図書館に向かっていたら、ばったりと知っている顔に出会う。
 
「N小の村山さん?」
「K小の細出さん?」
「少し話しません?」
「うん」
 
それで、2人は図書館のロビーに入り、細出さんが「おごりますよ」と言って自販機の紅茶をおごってくれたので、ロビーのソファに座って話した。
 
「3回戦進出おめでとうございます」
「N小も惜しかったね。物凄い接戦だったのに」
「T小は強いもん。あそこまで食らいついただけでも上出来です」
「村山さんが出たら勝てたのに」
「私は出場資格無いから」
「それ実は嘘でしょ?」
「えっと・・・」
 

「私、村山さんに謝らないといけない」
と彼女は言った。
 
「え?どうして?」
「ゴールデンウィークにR体育館で剣道の大会あったでしょ?」
「あ、うん」
「その時、私、友だちの応援に行っててさ」
「うん」
「それで村山さんが女子の団体に出てるの見て」
「あはは」
 
「それで私、あれ?と思って。『村山さんは男子だから女子の試合には出られないということだったのに』と話したら、友だちは『村山さんは去年の春の大会、夏の大会にも出てたし、今年1月の新人戦にも出てたよ』と言うから」
 
あはは・・・。そんな所で見られていたとは。
 
「私がそんなこと友だちと話してたら、運営の腕章付けた人が『君たちそれ本当?』とか言って」
 
「ああ」
「ちょっと確認してもらうと言って、本部の方に行ったから、やばかったかなと思って」
 
「それでか。男子という疑いがあると言われて、全剣連(全日本剣道連盟)の登録証を確認された」
 
「私たちは間違い無く女子でしたよと言われたから、すみません、誰かと勘違いしていたようですと言った。じゃ剣道では女子として登録されてるんだ?」
 
「これ困ってるんだけどね〜」
と言って、千里が全剣連の登録証を見せると、細出さんは“性別女”という記載を見て、物凄く喜んでいた!
 
「大会では、私、男子の方にエントリーしてたのに、勝手に女子の方に移動されて」
 
「移動されて当然という気がする」
 
「登録証も男子として申請していたのに、あなた女性ですよね?と言われて、病院で検査されて、確かにあなたは女ですと言われて、女子としての登録証が発行されちゃって。仕方ないから女子として出てる。このままにしておくと話が大きくなって面倒なことになりそうだから、剣道は小学校卒業したら引退するつもり」
 

「引退する必要無いよ。病院でも確認されたのなら間違い無く女子じゃん。だったら堂々と女子として出ればいい。そしてソフトにも女子として登録しなよ。そして私と中学では公式戦で対決してよ」
と細出さんは言う。
 
「でも私、戸籍上は男になっているし」
「でも実際は女の子だよね?」
「自分が男だと思ったことはないけどね」
「性転換手術とかしたんだっけ?」
「手術を受けた覚えは無いんだけど、少なくとも2年くらい前から私は女の子の身体で生きている。だから医学的検査とか受けても、女と判定されるだろうね。生理もあるし」
 
「もしかして半陰陽?」
「うーん。自分でもよく分からないんだけどね」
 
「半陰陽なら戸籍上の性別を訂正できるはずだよ。本来女の子だったのが、男の子みたいな形で生まれて、思春期頃になって、本来の性別の姿に戻るというのはわりとあるんだよ。村山さん、一度大きな病院で診てもらった方がいいよ」
 
「そのあたり、あまり話を大事(おおごと)にしたくないし」
「女の子が男子とみなされて生きていく方がよほど大事(おおごと)だと思う」
「うん、確かに大変かも知れない気はする」
 

彼女は千里に「きちんと女の子になった方がいい」と強く勧めたが、千里はこの時点では“ことを起こす”には、まだためらいの気持ちが大きかった。ただ、自分としてもこの後、どう生きていくか、少し考えたいとは言った。
 
彼女は夏の大会前に千里の性別について、N小側に、村山さんは剣道でも女子として登録されているし、間違い無く女子だから、女子選手として登録して参加して下さいと申し入れませんかと監督に言ったらしい。しかし千里が選手として出て来たら、K小の優勝に大きな障壁となるから、少なくとも大会が終わるまではその話はしないようにしようと言われたらしい。
 
「大会終了後にはそちらに言うからね」
「あははは」
 

8月4日(日)には剣道の夏の大会があり、千里は女子として出場する。6年生はこの大会で(大会からは)引退するので、千里にとっては最後の大会になる。
 
「最後の大会だから団体戦に出てよ」
「うーん。じゃ最後だからということで」
「私もまだまだだから、千里先輩出てください」
とノランも言うので、千里はまた団体戦に大将で出ることにした。それで当日朝から、普段着で学校に出掛け、竹刀と防具を持ってR体育館剣道場に向かった。
 

今回は春の大会よりまた更に参加校は増え、女子は12校の参加である。しかし春の大会に優勝したN小はシードされて1回戦は不戦勝。2回戦からとなった。
 
当たったのは1月の大会の個人戦で3位になった吉田さんの居るM小である。1月の個人戦では玖美子が三位決定戦で彼女に負けて4位になっている。吉田さんは副将になっているので、当たるとしたらまた玖美子と当たる。
 
しかし!
 
こちらの5年生3人が向こうの先鋒・次鋒・中堅を倒して、こちらの6年生に至る前に決着が付いてしまった。玖美子は
「ラッキー☆吉田さんとしなくて済んだ」
などと言っていた!
 
「今のくみちゃんなら、吉田さんに勝てると思うけどなあ」
「向こうも強くなってるかも知れないよ」
「それはそうたけどね」
 

準決勝の相手は1月の大会でも準決勝で当たった増毛のC小学校である。1月は強い人を先鋒・中堅・大将に置くという布陣をしていたが、今回はその3人が中堅・副将・大将になっていて、先鋒・次鋒には新しい人が入っている。こちらの先鋒・如月、次鋒・聖乃が向こうのその新しい人2人に勝った。中堅の真南は向こうとかなりいい勝負をした。お互いに1本ずつ取り、延長戦でも決着が付かなかったが、判定でこちらの勝ちとなった。こちらの技術が向こうの技術を上回っていたと判断されたようである。
 
ということで、ここでも、玖美子と千里の出る幕がないまま、決勝戦になったのである。
 
決勝戦の相手はJ小である。今回の向こうのオーダーはこのようになっている。
 
田・沢口・大島・前田・木里
 
メンバーは変わっていないが、長身の田さんを先頭に置いている。
 
春の大会では、田さんと対決した中堅の真南が相手の身長にビビって勝負にならなかったのだが、今回はビビったりはしない如月が相手である。如月は最初1本小手を取られたものの、その後、胴・面と取り返して逆転勝ちした。
 
これが大きかった。
 
次鋒の聖乃は前回当たった大島さんには相性が良かったのだが、パワー勝負の沢口さんには分が悪い。1本取られた後、1本取り返しはしたものの、再度1本取られて負けてしまった。
 
中堅の真南はタイミング勝負の大島さんにうまくやられて2本立て続けに取られ敗戦。ここまでこちらの1勝2敗である。如月が田さんに何とか勝ってないと最初の3人で勝負がついてしまっていた所だった。
 

玖美子が出ていく。向こうの副将・前田さんと対決する。
 
前回玖美子は彼女と互角の勝負をして、ジャンケンで負けた。
 
そして今回も2人は互角であった。
 
それでまたまたジャンケンとなる。
 
今回は玖美子が勝った!!
 
それで2勝2敗となって、大将戦に優勝がかかる。
 

木里さんは、ジャンケン負けろ!と念じていたような気がした。千里との対決が物凄く楽しそうである。
 
双方礼をして、試合を始める。
 
千里は対戦していて、相手が凄く強くなっているのを感じた。春から相当練習したんだろうなと思う。こんなに頑張っている相手に、自分みたいに練習サボってばかりいる者が勝つのはよくない気もしたが、そういう相手だけに千里は全力勝負である。一切の手抜きはしない。
 
隙あらば打ち込んで行く。まずは1本取る。
 
どちらも気合充分で積極的に攻めるので、春同様、かなり見応えのある勝負となった。際どいタイミングで向こうが1本取る。
 
3本勝負であるから、次1本取った方の勝ちである。
 
激しい攻防の末、そろそろ時間切れか?と思った頃、一瞬やられた?と思った。しかし千里の足さばきが僅かに早く、有効打にならなかった。千里は回り込むが向こうもすぐ向き直る。千里が打ち込む。相手がかわす。返し胴が来るかと思ったが、彼女は敢えてそれをせず、千里が体勢を整え直した瞬間、打ち込んでくる。でもかわす!そして最後、双方打ち込んでいった所で、両者同時に面が決まった気がした。
 
相打ちは有効打とはみなされない。それで残心(ざんしん)を残したままいったん離れて体勢を整え直す。でももう時間切れ・延長戦かな?と思った。
 
ところが「面あり!」という声が掛かる。
 
え!?と思って審判を見ると、千里の方の旗が挙げられている。嘘!?木里さんのも決まった気がしたのに。
 
1本決まったので、試合は終わりである。双方下がって礼をし、チームの所に戻った。時計は2:29になっていた。後1秒の所で勝負が決まったようである。
 
「相打ちかと思ったのに」
「いや。千里の面が僅かに早かった。だから木里さんの面は無効」
と玖美子は言った。
 
「時間差があったんだ!」
「差は多分0.05秒くらい」
「そんな短い時間差、よく分かるね!」
「見てれば分かるよ。お互い実力が拮抗してたら、そのくらいの勝負はよくある。全日本とか行くと0.01秒差の勝負とかもある」
「ひぇー!?」
 
こういう微妙な時間差というのは、千里は中学になってバスケを始めてからは、24秒オペレータを務めている時に、いやというほど経験することになる。
 

ともかくも今回は千里の勝利でN小が春夏連覇した!
 
木里さんは物凄く悔しがっていた。そして千里に
「次は中学に行ってから勝負」
と言ったが、千里が剣道は小学校だけでやめるつもりというと、凄く残念がっていた。
 
「ソフトボールの方に専念するの?」
「いや、ソフトもやめるつもりで」
「じゃ何するの?」
「うーん。何だろう」
「決まってないなら剣道しようよ」
「そうだなあ」
 
なお木里さんは、後で審判さんから、返し胴を取れそうな所で取りに行かなかったことを注意されたらしい。彼女としては、返し技ではなく、きれいに1本決めて勝ちたかったのだろうが、結果的には消極的と判断されたようだ。確かにあそこは取りに来られたら避けきれなかったと千里は思った。
 
「これが実戦だったら、勝てる所で勝たないと死ぬよ」
と言われたらしい。
 
まあ実戦という話になると、そもそも礼とか形もあったものではないかも知れないけどね!戦場だと、剣道では(現在では)反則になる足払いとか、男の人同士だと蹴り上げ!とかもあったというし(女子には効かない技だ)。戦場だと地面の土を握って相手の顔にぶつける目潰しなどもあったようだ。
 

お昼を食べるが、今回は性別確認などはされなかった!
 
午後から個人戦になる。参加者は90人ほどで、1回戦→2回戦→3回戦→4回戦→準々決勝→準決勝→決勝
となる(男子は5回戦まであった)。
 
千里は玖美子から「最後の大会なんだから、万一手抜きしたら裸にして鞭打ち100発」などと言われたので、少し真面目にやることにした。
 
私の裸見られたら、父から日本刀で斬られそうだ、という気もした。
 
(かわす自信はあるけど)
 
千里は前回3位なのでシードされていて、2回戦からだったが、簡単に2本取って勝つ。3回戦も楽勝であった。4回戦の相手はわりと強かったものの、千里の敵ではなかったので、やはり2本で勝った。次は準々決勝。もうここでベスト8である。
 
準々決勝の相手は、K小の大将・広島さんであるが、彼女は対戦前に何だかバツが悪そうな顔をしていた。ああ、この人が細出さんと私の性別のことで話していて、私が性別確認される元を作った人だなと思った。
 
でも礼をして蹲踞(そんきょ)して構えた所で向こうは気持ちを切り替えたようである。相手が神経を集中したのが分かる。
 
彼女はスピードのあるタイプだった。何のそぶりも無い所から一瞬で仕掛けてくるが、こちらもしっかり防御するので、1本が決まらない。逆にこちらが、相手の振りかぶった隙に胴を取った。しかしその後、彼女のスピードある攻撃で面を取られて1対1である。
 
向こうは何度か仕掛けてくるが、千里がうまく防御するので決まらない。
 
彼女が一瞬時計を見た。
 
その瞬間、千里が素早く面を打つ。向こうも慌ててこちらに面を打ちに来たが、千里の面の方が明らかに早く決まった。
 
それで千里の勝ちとなった。
 
試合中は試合に集中しなきゃね!
 

準々決勝に勝ったのは、千里、S小・井上さんに勝ったJ小の副将・前田さん、M小・吉田さんに勝った玖美子、そしてB小・桜井さんに勝ったJ小・木里さんである。何とBEST4に、N小とJ小の大将・副将の4人が残った。しかし団体戦とは違う組みあわせになった。
 
広島・村山┓
井上・前田┻┓
吉田・沢田┓┣
桜井・木里┻┛
 
女子の準々決勝と並行して男子の準々決勝もおこなわれていたが、準決勝からは中央の試合場が使用され、1試合ずつ行われる。
 
まずは女子の準決勝である。
 
先に試合のあった玖美子と木里さんでは、2-1で木里さんがまた勝った。そして千里と前田さんの試合となる。前田さんとは1月の団体戦以来だ。
 

前回前田さんと対決した時、千里は返し技で2本取って勝っている。でもこの日はまともに攻めて行って勝てる気がした。1月の時は前田さんのスピードが結構脅威だったのだが、この日の千里は彼女の動作がむしろゆっくりなように感じた。
 
相手が面を取りに来る。その竹刀を払ってそのまま面を取って1本。
 
1本取られたので向こうが慎重になっているが、相手の一瞬の呼吸の隙に小手を打ち込む。これで1本取って勝った。試合開始30秒ほどで決着してしまった。
 
男子の準決勝2試合を経て女子の3位決定戦が行われる。
 
女子の3位決定戦は団体戦の副将戦の再現となった。
 
かなり互角の勝負だったが、2分過ぎた所で玖美子が返し技で1本取る。その後はどちらも1本取れないまま時間切れとなったので、1本取っている玖美子の勝ちとなった。団体戦の時はジャンケン勝負になってお互いすっきりしなかったが、今回はきちんと決まった。
 
男子の3位決定戦を経て、女子は千里と木里さんとの決勝戦になる。
 

こちらも向こうも気合充分である。最初から打ち合いになる。しかしどちらも相手に決めさせない。打ち合いからつばぜり合いになることもあるが引き際の面や小手狙いもお互い防御して決まらない。短時間で次の動きに行くので審判から「分かれ」と言われることもなく、スピーディーな試合運びとなった。
 
千里的感覚で残り5秒くらいになった所で、相打ち覚悟でお互い面を狙う。
 
「めーん!」
と声を挙げて打ち込んだ。
 
どちらが先に相手の面を打ったか、千里は分からなかった。
 
旗を見る。赤があがっている。
 
負けたぁ〜〜〜!
 
残り3秒あったので、再度相対するが、また双方同時に仕掛けたのはどちらも決まらず、そこで時間切れとなる。結果的にさっきの1本が効いて木里さんの勝ちとなる。
 

双方、礼をしてさがった。
 
「千里がちゃんと真面目に戦った」
などと玖美子は言った。
 
「やはり木里さん強いよ」
 
そういう訳で小学校最後の個人戦で、千里は準優勝になったのであった。思えば昨年春の大会以来の準優勝である。木里さんは春夏連覇である。
 

男子の決勝戦が終わってから表彰式になる。まずは団体戦で、N小は賞状と優勝旗を渡された。今回は千里が賞状を受け取り、玖美子が優勝旗を受け取った。2位のJ小、3位のS小も賞状をもらった。
 
男子の団体戦の表彰を経て、女子の個人戦の表彰が行われる。優勝の木里さん、準優勝の千里、3位の玖美子が、各々賞状をもらった。
 
その後、男子個人戦の表彰があり、大会は終了した。
 

N小・剣道部では、部長の交代があり、女子の部長は如月が継承した。如月は今回BEST16まで行っている(うちってわりと強豪かも!?)。6年生も卒業までは練習に顔を出す。また6年生が抜けると今のままでは1月の大会が人数不足なので、5年生3人が頑張って4年生を勧誘。ミニバスと兼部の由紀ちゃんという子と、卓球部と兼部の五月ちゃんという子を入部させた。これで大会出場資格の無いエヴリーヌ(スポーツ少年団には登録し、スポーツ保険にも入っている)を除いても6人になるので、誰か1人休んでも5人確保できることになる。
 

翌日、8月5日(月)には同じR体育館剣道場で剣道の級位審査が行われた。形の演技、そして打ち合いをして、千里、J小・木里さん、K小・広島さん、S小・井上さんの4人が一級に認定された。
 
玖美子も受験したのだが、形がちゃんとできてないので落とされた。玖美子はそもそも寸止めをきちんとできるようにすべきだと思う。痛かった!!J小・前田さん、M小・吉田さんなどは、惜しいが半年後に期待するということで見送りになった。
 
男子はN小では原田君が1級に認定された。彼は個人戦では下の方で負けている。必ずしも強くないが!?(部長の竹田君の方が強い)、形がきれいなので1級が認められたようである。なおN小男子の団体戦は2回戦で敗退した。
 

8月6日(火).
 
火曜日なので父は出港中である。
 
千里は、可愛い水色のワンピースを着ると、母と玲羅が呆れたような顔をしているのを黙殺して「いってきまーす」と言って、お出かけする。
 
「待って。駅まで送ってあげる」
と母が言う。
 
この格好をあまり“世間様”に曝したくないのだろう。玲羅までついでに車に乗って、駅前でマクドナルドが食べたいと言っていた。
 
「切符代は大丈夫なんだよね」
「晋治が送って来てくれたんだよ」
「そうなんだ!?」
と母は言ったが、急に不安になったようで
「今日帰るの?」
と訊く。
 
「さすがに小学生がお泊まりデートはしないよ」
「だよね!」
と言ってから更に訊く。
 
「あんた・・・持ってる?」
「蓮菜からもらったの念のため持ってるけど使わないと思う」
「持ってるなら安心ね」
と母は言っていた。私妊娠するんだっけ??
 

駅前で降ろしてもらい、列車を待ってたら母が来る。
 
「どうしたの?」
「念のためと思って」
と言って箱を渡された。一瞬何だろう?と思ったが正体に気付いてギャッと思う。
「ありがとう」
「それとこれ青沼さんへのお土産」
 
これは留萌のお菓子・テトラポットである。
 
「ありがとう!」
これはありがたくもらった。
 

千里はテトラポットはそのまま手に持ったが、避妊具の方は扱いに苦慮した。こんなの人に見られたくない。
 
「小春持ってて」
「はいはい」
ということで、彼女に持っててもらうことにした(小町が興味津々)。
 
生理用品入れにも蓮菜にもらったのが2個入っているけどね!
 
改札の時間になるので、切符にスタンプを押してもらい中に入り、8:12の深川行きに乗った。
 
ぐっすり眠っていく、9:09に深川に到着し、9:35のスーパー宗谷1号に乗り継ぐ。切符をもらったのでなければ特急なんて乗らないよなあと千里は思う。旭川には9:53に到着した。わずか18分乗るのに特急料金を600円も払うのがもったいない気もするが乗換時間+乗車時間で44分で済ませるのにこの料金を払うのである。普通列車を待つと10:05-10:38まで待つことになり、深川到着から旭川到着まで89分もかかる。特急を使うことで深川からの時間が半分になる。
 
千里は深川駅でトイレに行っておいた。特急に乗って15分ほど景色をぼんやりと見ていたが、到着3分前に洗面台に行き、顔全体を化粧水ペーパーで拭いてからカラーリップを塗っておいた。鏡に向かって笑顔を作り、キティちゃんのポーチだけを持って列車を降りる。ポーチには財布・リップ・手鏡・ハンカチ・ティッシュ・生理用品入れ!などが入っている。髪にはキツネの髪留めが2つ付いている!
 

晋治は出札の所まで迎えに来てくれていた。手を振って挨拶する。
 
「可愛い〜」
「ありがと。それと切符ありがとね」
「ううん。でも久しぶりに会えた」
「うん。嬉しーい」
 
ふたりは留萌と旭川に離れているのでなかなか会えない。
 
お土産のテトラポットを渡す。
「ありがとう。これ割と好きー。東京の“ひよこ”に少し似てるよね」
などと彼は言う。
「へー。そんなお菓子があるんだ」
 
駅を出てから平和通り(歩行者天国:日本初の恒久的歩行者天国である)をのんびりと散策する。
 

途中アクセサリーショップがあった所で
「何か買ってあげるよ」
と言うので一緒に入る。
 
少し迷ったが、幾何学模様のカチューシャを買ってもらった。ペンギンの飾りの付いたのは小町が『食べがいがありそう』なんて言ってたので、帰るまでに無くなってるかも知れない気がした!
 
お昼は通りの中にある中華料理屋さんに入った。
「海老チリが美味しいよ」
「辛(から)そう」
「じゃ八宝菜にする?」
「じゃそれで」
ということで、千里は八宝菜定食、晋治はその海老チリ定食を頼んだ。来たのを見たら、海老チリって真っ赤で「ほんとに辛(から)そう」と思った。
 
お昼を食べた後は、映画でも見ようか?と言われたのだが
「それよりキャッチボールしようよ」
と言った。
 
「そんなんでいいの?」
「私たちにとっては最高のデートだよ」
 
それで商店街で身体を動かしやすい、(千里の)Tシャツとショーパンを買う。代金は晋治が半分出してくれた。バスでいったん晋治の下宿先まで行き(晋治のおじさん・おばさんは不在だった)、ボール数個とグラブ2個を持ち出す。
 
晋治の部屋で着替えたが、背中を向いて着替えたので、お互いの下着姿は見ていない。
 

それで晋治の自転車に2人乗りして、学校まで行った。
 
2人乗りすると・・・千里の胸が晋治の背中に接触する。
 
「千里、おっぱいが結構ある気がする。おっぱいあるの?」
「内緒」
 
校庭を一緒に5周走ってから準備運動をする。組んで柔軟体操もしたが、当然身体が接触するのでドキドキした。彼もドキドキしてるだろうなと千里は思う(心臓以外の場所もドキドキしていることには、男性の生態を理解していない千里は気付かない)。
 
「千里の身体って凄く女らしい」
「だって女の子だもん」
 
彼が何かを我慢しているような顔をしているので何だろうと思う(やはり千里は男という生物を理解していない)。
 
それからキャッチボールというより、お互い投球練習をする。野球のボールは小さいので最初は少し感覚がつかみにくかったがすぐ慣れた。
 
晋治はワインドアップから野球のピッチャーのフォームで勢いよく投げ込む。正直凄い球だと千里は思った。千里はウィンドミルから速球を投げるが晋治は「いいボール投げるねぇ」と言った。
 
しばらくそれで投げ合っていたら、野球部の関係者?が通り掛かる。
 
「青沼、それ誰?」
「すみません。うちの妹なんです。目こぼしして下さい」
「妹さんか。本当は女子禁制だけど、妹さんならまあ目を瞑っておくか。でもさすが青沼の妹さん。凄い球投げるね」
「いいピッチャーでしょ?」
「君何年生?」
「6年生です」
「ね。君、性転換してうちに入学する気ない?」
などとその先輩?は言っていた。
 

2時間くらい身体を動かしたらけっこうお腹が空いたので、マクドナルドに寄ってテイクアウトした。晋治はビッグマックを頼む。千里はベーコンレタスバーガーを頼もうとしたのだが晋治が「見なかったことにするから、千里もビッグマック頼みなさい。カロリー補給しないと、留萌に辿り着くまでに倒れるよ」というので千里もビッグマックを頼んだ。
 
「あまり遅くなるとお母さんが心配するだろうから」
と言って、そのままバスで旭川駅まで行く。
 
そして17:30のライラック25号に乗せてくれた。改札の所で千里は晋治と抱き合ったがキスはしなかった。ふたりは実はまだキスをしたことがない。
 
ホームで見送る晋治に、窓からずっと手を振っていた。
 
旭川17:30-17:48深川17:58-19:21留萌
 
マクドナルドは列車の中で食べたが、やはりひとりで食べきれない気がしたので、半分小町にあげたら「美味しい美味しい」と言って食べていた。
 
汗を掻いていたので、特急のトイレの中で下着を交換(念のため用意して小春に持っていてもらった)し、身体も化粧水入りの身体拭きで拭いてから、出掛けた時のワンピースに戻った。
 
深川駅の公衆電話から母には到着時刻を連絡していたので、母が車(この時期はスバル・ヴィヴィオ)で迎えにきてくれていた。母としては、特に御近所様に千里の女装を見られたくないのだろうが、今更という気がする。だいたい自分のことを女の子だと思っている人の方が多分多いと千里は思う。
 
「あ、これお土産」
と言って千里は母に、“氷点下41度”を渡したが、玲羅が
 
「あ、これいいよね」
と言って取って、すぐ開けて美味しそうに食べていた。母はどこかに“回し”たかったようだが、諦めてお茶を入れて自分も食べていた。
 

8月14日、千里が4年生たちに“形”を教えてくれと言われ、学校に出て行ってたら、ソフト部の顧問・右田先生から「後でいいからちょっと来て」と言われた。
 
ああ。。。例の問題かなと思ったら、やはりそうだった。
 
練習が終わってから職員室に行く。
 
「僕全然知らなかったけど、君、剣道部では女子で登録されてるのね」
 
あはは。
 
「それなんですけど、男子としてエントリーしようとしたら、君女子でしょ?と言われて女子の試合に出ることになっちゃって。それでスポーツ少年団の登録と剣道連盟の登録も女子ということで登録されちゃって」
 
「え〜?だったら、うちにも選手として登録できたのでは?」
「すみませーん。女子選手として活動するには後ろめたい気持ちがあって」
 

すると少し離れた所に居た、剣道部の顧問・角田先生がこちらにやってきた。
 
「村山さんは間違い無く女子ですよ。大会で上位に入った女子には念のため病院で性別検査もされますけど、彼女はちゃんと女性であると判定されましたから。僕はてっきり、ソフト部にも女子選手として登録されていると思ったんですけど、そうじゃなかったの?」
 
「男だから選手登録できないと聞いていたんだけど」
「でも私、戸籍上は男ということになっているから」
「だけど実際は女子だよね」
「それはそうなんですけど。その問題はあまり大事(おおごと)にはしたくなくて」
 
桜井先生が寄ってきた。
「村山さんの性別問題は、性別を変更しようとすると、お父さんが厳格なので、家庭内が大騒動になって、下手すると、家庭崩壊にもつながりかねないんですよ。それであまり表沙汰にはしたくないという本人の希望なんです。だから保護者呼んでとかだけは、やめて欲しいんです」
 
「うーん・・・」
 

「でも女子なのは間違いないんですか?」
「それは間違いないです。毎月の身体検査も村山さんは女子と一緒に受けてますし」
「そうなんだ!」
「先日の修学旅行でも他の女子と一緒にお風呂に入りましたよ」
「だったら間違い無い」
 
「だから剣道部に女子として登録しているのは不正行為とかではないです」
と桜井先生は断言する。
 
「いつから女子なの?」
と右田先生は尋ねるが
 
「彼女の性別の変化についてもあまり追及しないでやって下さい」
と桜井先生が言う。
 
「分かった」
 

「でも君が女子なんだったら、ソフト部にも女子選手としても登録させてよ」
と右田先生は言った。
 
「でももう大会は終わりましたし」
「この話、実はK小の監督から聞いたんだけど、どうも向こうも大会終わるのを待ってからこちらに連絡してきたみたいで」
 
あははは。
 
「女子選手として登録するのはいいよね?」
と桜井先生が確認する。
 
「そうですね」
と千里も答える。拒否する言い訳が無い。
 
「いや、万一練習中に怪我とかした時の保険の問題とかで、これまでも不安だったんだよ」
 
「ああ、それは問題ですね」
 
「じゃ、角田先生、彼女の登録番号教えて下さい」
「村山さん、いいよね?」
「はい」
 

それてソフト部の顧問・右田先生は、剣道部の顧問・角田先生から、千里のスポーツ少年団登録番号を聞き、その番号でソフト部にも千里を登録してしまった。千里の番号を選手登録システムに入力すると、ちゃんと女と表示されるので「おぉ」と嬉しそうに声をあげていた。
 
これで千里はソフト部の正式部員となった。
 
「まあ保険とかの問題さえクリアできたらいいから、君が正式部員になったことは他の子には黙っておくよ。あまり騒ぎを大きくしたくないんでしょ?」
 
「はい」
 
「それに君が実は女子選手として登録できたと他の子たちが知ったら、みんなに袋叩きに遭いそうだし」
 
「それ恐いです」
 

その日帰宅した英世は言った。
 
「引っ越すよ」
「へ!?」
 
多数の女性が入ってきて、テキパキと荷物をまとめていく。照絵は時々彼女たちから訊かれることに答えていった。
 
大した荷物もないので2時間ほどで荷物はまとまってしまう。すると今度は男性が多数入って来て、段ボール箱をどんどん運び出して行く。そして荷物はあっという間に搬出された。
 
「僕たちも移動しよう」
「うん」
 
それで照絵は龍虎を抱っこひもで抱いて近くの契約駐車場まで行き、ファミリアの後部座席にセットしたベビーシートに乗せた。自分はその隣に乗る。英世の運転で車は出発した。
 
「だけど突然だね」
「いや、高岡さんがさ、ぼくらがあまりにも安いアパートに住んでいるのが申し訳無いと言って。それでもう少ししっかりしたマンションに住むといいよと言って、家賃も持ってくれるんだよ」
「へー。じゃ実質龍ちゃんの新しい家で、私たちはその付き添いね」
「確かにそうかもね」
と英世は笑っていた。
 
先日風呂釜を直してもらったばかりなのにすぐ引っ越すのは申し訳けない気もしたが、次に入る人が新しい風呂釜で助かるよと英世が言うので、それもそうだと思うことにした。
 

車が到着したのは松戸市内のマンションである。照絵たちが到着してからほどなく、荷物を載せたトラックが到着し、男性の作業員たちが荷物をマンションに運び込む。その後、女性スタッフがやってきて荷物をほどき、各段ボールにマジック書きしてある場所に中身を戻してくれた。
 
それで引越はほんとに楽々と終わってしまった。
 
龍虎にとっては、市川市内の夕香のマンション(恐らく受精場所)、千葉市内の志水英世のアパートに続く3軒目の住処であった。ここは東松戸駅に近く、物凄く便利が良い。西馬込駅行きに乗ると新橋まで直接入れるので、銀座線に乗り換えて、(ワンティスがメインに使うスタジオのある)青山へも楽に行ける。
 
また夕香のマンションは市川市内だが、実は(松戸市の)矢切駅に近く、北総線で3駅であり、夕香が来やすいというのもあったようである。
 
(高岡猛獅は一応住所は目黒区のマンションになっているが、猛獅がそこに帰ることはほとんど無い。彼はほぼスタジオに住んでいる!!あまりにも忙しすぎる)
 
 
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【少女たちのBA】(3)