【娘たちの誕生日】(3)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
 
2016年8月14日(日).
 
3ヶ月ぶりに自宅に戻った毛利五郎は、住み慣れたボロアパートが消滅しているのに衝撃を受けた。そのアパートがあった場所には真新しいマンションが建っており、本人がよく分からない内に賃貸契約が成立して、毛利はそこの8階の広々としたペントハウス付きの部屋に住むことになってしまったのである。
 
荷物を運んでくれたテレビ局のADさんが帰った後、毛利は取り敢えずソファーに座ってぼーっとしていたのだが、その内
 
「腹減った」
と思って、冷蔵庫を開けてみるが、そこにあるのは“食材”ばかりで、そのままチンして、あるいはお湯を掛けて3分後に食べられるようなものは無い。
 
「俺料理とかできないよー」
と思いながら取り敢えずトイレに行ってくる。するとチン!という音がした。
 
ん?と思い電子レンジを開けてみると、美味しそうな山盛りのスパゲティ・ミートソースが大皿に載っている。
 
「おぉ、美味そう!」
と言って、毛利はその皿をテーブルに持って来て、食器棚からスプーンを出すと食べ始めたのであった。
 

翌朝、ふかふかしたベッドではどうしても眠れなかったので結局、絨毯(これも以前住んでいたアパートの敷き布団より柔らかい)の上で毛布をかぶって寝た毛利は、目を覚ますと健全な男の儀式をした後、更に一眠りしてからトイレに行く。ぼーっとして排出物を出してから、部屋に戻り、朝御飯はどうしようかな?と思っていたら、何かいい匂いがする。ふとテーブルを見ると、湯気の立っている御飯、味噌汁、ハムエッグが載っている。昨夜テーブルの上に放置していた大皿は無くなっている(寝ている内に無くなっていた気がする)。
 
「これ・・・食べていいのかな? 誰かいるんだっけ?」
とキョロキョロしながら言葉に出すが返事などは無い。
 
「ま、いっか」
と思って、毛利はそれを食べると、ワーキングデスクに移動し、パソコンを開いた。パソコンのそばにコーヒーメーカー(できたて)とコーヒーカップ、細かく切られたするめが載っているので「分かっているねえ。これかじりながら作業するのが、発想が浮かんでいいのよ」と言って、2本口の中に放り込んでからコーヒーをカップに注いだ。コーヒーカップは有田系だけど有田じゃないなと思った(実は有田の隣の波佐見焼である)。
 
「ハードディスクにシールが貼ってある」
 
デスクの横に棚があり、たくさんハードディスクが並んでいるが、“すいか”とか“りんご”とか“もも”と書かれたシールが貼られている。
 
「あ、これ前のアパートにあった奴か。この字は沙妃ちゃんの字っぽい気がする。沙妃ちゃんが整理してくれたのかな?」
 
ちなみにここに書かれている名前は果物の名前ではなく、毛利のお気に入りのAV女優の名前である!実は“ことり”というハードディスクもあったのだが、“すずめ”(改名しました)というシールが貼られているのがそれのようだ。多分、三つ葉のコトリちゃんをプロデュースすることになったので、こちらを強制改名したのだろう。きっと雨宮先生の指示だ。そういえば大量にあったAVのDVDは割れちゃったのかなあ、などと考えていた。
 

パソコンを起動すると、最新のOS, Office, Adobe Creative Suiteに Cubase, それに毛利がよく使っていた楽器音源ライブラリも入っている。すぐにも音楽制作ができるようになっているようだ。
 
「ここまで整備してくれたら、やりやすい。助かるよ」
 
と言って、毛利は三つ葉のライブツアーに向けた楽曲の整理作業を進めた。
 

お昼はまた毛利がトイレに行った間にテーブルに載っていた。
 
「誰?どこかに隠れているの?」
と声を掛けるが返事は無い。
 
「まあいいや。誰かが親切に食事の用意をしてくれているみたいだし」
それで毛利は気にしないことにして、お昼に用意されていたカツ丼とサラダを食べた。
 
そんな感じで、その日は1日楽曲の調整作業をしていたのだが、夕食はお風呂に入って居る間に用意されていた。この日の夕食はビーフシチューだった。パン焼き器が鳴るので見たら焼きたてのパンが入っていた。それで毛利はその焼きたてのパンとビーフシチューを食べることができた。
 
「ここ、いいな。次帰宅した時は、今度はすき焼きが食べたいな」
と声に出して言った。
 
すると1週間後に帰宅した時は、ちゃんとすき焼きが用意されていた。また14日に帰宅した時に放置していた大量の洗濯物が全部洗濯乾燥されて、タンスに収納されていた。
 
ちなみに毛利が「ウィスキーが欲しいな。角瓶でいいから」と言ったのに対しては《これで我慢して》という可愛い女の子っぽい字で書かれたメモとともにコーラが置かれていた。それで料理を作ったりしてくれているのは女の子のようだと毛利は認識した。
 

2016年9月。
 
千里は9月3日に秋田で40 minutesの試合に立ち会った後、4日は桃川春美の結婚式に出て、5日は東京でフェイの妊娠問題の打合せ、その後桃香から“受胎告知”を聞いた後、9月6-7日には沖縄に飛んだ。
 
明智ヒバリや木ノ下大吉と一緒にローズ+リリーの『その角を曲がればニルヤカナヤ』『青い炎』の制作に参加した。最初はケイと一緒に札幌から直接沖縄に移動する予定だったのだが、フェイの件を処理しなければならなかったので、5日は東京に寄ったのである。
 
制作が終わった後、7日の夕方、最終便で東京に戻ることにして、恩納村(おんなそん)の木の下先生の家をケイたちと一緒に出た千里は、レオパルダでコーチをしていた Paquito Elora Serna から電話を受けた。
 
ケイたちに先に空港に行っててと言って電話を受ける。
 
「コラちゃん、オリンピックお疲れ様。惜しかったね」
「ありがとうございます!フォローして下さっていたんですか?」
「いや、実はアメリカの試合は全部見たんだけど、日本が防戦一方な中で、君ともうひとり、性転換して女になったとかいうプリンスとかいう子だっけ?その2人だけがアメリカの選手たちと互角に戦っていたから、さすがと思ったんだけどね」
 
千里は最初「性転換して女になった」というのは自分のことを言われたのかと思ったが、どうも高梁王子(たかはし・きみこ)のことのようである。彼女はWNBAの登録名が Prince Takahashi になっている。まああの子の外見を見ると元男というより、現時点で「男じゃねえのか?」と思うかもね。顔も男顔だし頭も刈り上げているし。
 
(王子はWNBAのドラフトに掛けられる前にあらためて性別の精密検査を受けさせられたが、女性性器が揃っていて、男性性器は存在せず、女性ホルモンも男性ホルモンも女性の正常値という検査結果が出ている)
 

「君、今どこかに所属しているの?」
とエロラ・セルナ元コーチは言った。
 
(スペイン人の名前は、名+父姓+母姓で構成されるので、彼の父の苗字がエロラ、母の苗字がセルナであることを示す−稀に母姓を先に書く人もある)
 
「日本のチームには元々籍があるんですけど、ヨーロッパのチームはこれから探そうかと思っていたんですよ。結果的には来シーズンからになってしまうかもしれませんが。今期は日本代表のオリンピック前の合宿が忙しくて、とても探せなくて」
 
「ああ、サンドラなんかもそれでオリンピックまでは移籍先探しができなかったと言ってた。あの子はCDバレンシアへの移籍がやっと先週決まったんだよ」
 
「それは良かった!」
 
CDバレンシアは以前、横山温美が3年間在籍したチームでもある。
 
「それでね。僕は今、バスケット雑誌《cielo de baloncesto》の編集をしているんだけど、先月翻訳担当の女性が妊娠を機会に退職しちゃって」
 
「はい」
 
《cielo de baloncesto》はグラナダを中心にスペイン南部で販売されているバスケット雑誌である。ヨーロッパでは珍しい定期購読者に支えられた雑誌である。そのため小規模ながらも経営は安定している。
 
「後任を探している所なんだけど、辞めた子は20ヶ国語くらいできていたから、なかなかすぐ代わりになる子がいなくて」
 
「何人か雇って分担するとかは?」
「予算が無いのよ」
「なるほどー!」
 
「それでさ、ふとオリンピックの映像見てて、コラって、たくさん外国語できたよなあと思って」
 
「私の外国語は、子供の頃、友人の外国人の子供たちから習ったものだから、だいたい怪しいのが多いです」
 
「外国人が多い町で育ったの?」
「日本の北海道という島の留萠という港町だったんですけど、私の小さい頃は漁業が盛んで外国人の船員さんが多かったんですよ」
 
「なるほどー!」
「だからだいたい上品じゃない言葉覚えてます。私の話すことばはだいたい下層階級の言葉と思われがちです」
 
「でもそもそもバスケット選手にはそういう子が多いよね」
「そうなんですよ。だからスペインでも多くの選手から親近感を持ってもらえてちょうど良かったんです。もっとも私は子供の頃、ペルー人の子からスペイン語習ったから、日系ペルー人かと思われちゃいましたけど」
 
「ああ、そんなこと言ってたね!ベルーと日本の二重国籍だったけど、日本国籍を選択したんだったっけ?」
 
なんか誤解されているみたいだけど、まあいいやと千里は思った。
 
「それでさ、単刀直入に。君の移籍先が見つかるまででもいいから、外国語の文献とかインタビューとかのスペイン語への翻訳を頼めないかと思って。今、住所はまだグラナダ?」
 
「はい。町からはちょっと外れた所に引っ越したんですが、ぎりぎりグラナダ市内です」
「じゃ今度スペインに戻った時、こちらに出てきてくれたりしない?住所は・・・」
 
と言ってエロラ・セルナさんはグラナダ市内の住所と電話番号を伝えてきた。千里もWリーグ開幕までまだ1ヶ月あることもあり、一度行ってみることにした。
 
「今日ちょうどグラナダに来ていたんですよ。今から行きますね」
 

千里は、沖縄から東京への移動を《てんちゃん》に代行してもらい、自分自身は《くうちゃん》に頼んでグラナダに転送してもらった。グラナダの自宅庭に駐めているイビサを運転して、教えてもらった場所へカーナビ頼りで到達する。
 
手作りのログハウスっぽい“シエロ・デ・バロンチェスト”の編集部で、千里はパキト・エロラ・セルナと社長(Presidente)のマルコ・セルナ・グラシア (Marco Serna Gracia) と会った。エロラ・セルナは編集長 (Jefe de Redaccion) らしかった。
 
千里はJugadora de Baloncesto(女子バスケットボール選手)という肩書きだけで所属名の無い Chisato "Cola" Murayama という名刺を渡す。
 
「あなたのそのColaという名前の由来、あなたを見てすぐ分かった」
と社長さんが言うので
「私はだいたいこの長い髪で識別されていることが多くて、長い髪の女性は全部私に見えるようです」
と千里も笑顔で言った。
 
「ありそう!!」
 

「実際問題として、会話程度ができる外国語は?」
 
「私も数えてみたことないんですけどねー。スペイン語を除くと、フランス語、英語、ドイツ語、スウェーデン語、トスカーナ語、ギリシャ語、ロシア語、ウクライナ語、リトアニア語、ポルトガル語、タミール語、ヒンズー語、韓国語、北京語、タイ語、タガログ語・・・、それに日本語くらいかな」
 
「充分だ!」
「ぜひ、試合後のインタビューの翻訳とか、外国から来た手紙の翻訳とか、やってもらえません?」
「いいですけど、私のスペイン語はあまり上品じゃないかも」
 
「その方がいいよ。貴族出身のプレイヤーなんて少数だし。低賃金労働者の息子・娘が話す言葉を王侯貴族の使うようなスペイン語に訳したら、それ自体が誤訳だよ」
 
「そうかも知れないですね。分量的にはどのくらいですか?」
「たぶん週に7〜8本程度だと思うんです」
「その程度なら、やれると思います」
 
「でしたら報酬は、本当は従量計算すべきなんでしょうが、事務スタッフが少ないので、1ヶ月500ユーロくらいの定額制で、どうでしょう?。分量が多い場合は少し加算するということで」
 
「私計算苦手だから、そちらに全部お任せします。でもこれ私の就労ビザでできますかね?」
 
「今スポーツ選手として許可されてますよね?」
「そうです」
「スポーツ雑誌のスタッフもスポーツ選手の一部ということで」
「いいんですか〜?」
「私が警察署に話しておきますよ」
「じゃよろしくお願いします」
 
それで編集長と社長は各々の名刺をくれたので、千里も編集長に渡した名刺に現在のグラナダ市内の住所と携帯の番号を書きこんで再度渡した。この電話番号は千里が日本で使用している携帯(Toshiba T-008)ではなく、スペイン用で確保しているBq製スマホ "Aquaris 5" であるが、もちろん電話が掛かってきた場合は日本に居ても通話できる。
 
Bqはスペインの中堅電話機メーカー(7人の大学生によって創業された)である。スペイン国内で最も売れているスマホはSamsungで、サムスン・アップル・ファーウェイの3社でスペイン国内シェアの7割を占めているが、Bq は低価格路線で2013年以降急速にシェアを伸ばしつつある。現在ではスペインのみならずヨーロッパ全土で売られていて、韓国や中国・台湾などの格安スマホと結構良い勝負をしている。レオパルダの親会社が Bq の代理店になっていた関係で、レオパルダの選手には Bq製スマホを持っている子が多かった。
 
しかしスペインは失業率が高いこともあり、新規に就労ビザを取るのはなかなか大変なのだが、どうもいったん取ってしまった後は、スペイン人の「てきとー」な気質の関係で意外に何とかなるっぽいなと千里は思った。
 
(多分滞在していて犯罪などはおかさず、税金をきちんと払っているのが重要かも?)
 

千里が雑誌社との打合せを終えてグラナダ市内の“自宅”に帰宅したのはもう夕方くらいで、日本では9月8日の早朝である。千里の代理の《てんちゃん》は結局ケイのマンションで泊まっており、ケイのマンションには今日(8日)、青葉が来ることになっている。千里は《きーちゃん》に『青葉が来たら、てんちゃんと位置交換して』と言って、ベッドに潜り込むとすやすやと眠った。
 
11時(スペインで朝4時)頃、青葉がマンションに来るが実はフルートを買いたいので相談に乗ってくれないかということだった。この場には、マリ・ケイに千里、風花、七星さんとフルートを吹く人ばかり集まっていた。それでぞろぞろと楽器店に出かける。結局青葉は、
 
ヤマハ“イデアル”ドローン YFL-897D インライン・Eメカ付き・総銀
 
というタイプを選んだ。
 

この時期の千里の眷属の居場所。
 
結局スペインに日常的に行かなければならなくなったので、《すーちゃん》をグラナダに置いておき、フェイの見守りに《びゃくちゃん》、京平の見守りに《いんちゃん》を使うが、フェイと京平の見守りには交代要員が必要なので、《てんちゃん》と《げんちゃん》を交代要員とする(但しフェイに付けるのは必ず女性眷属。結果的にこの頃から《げんちゃん》は京平のお世話をすることが多くなり、京平も彼になついた)。
 
《すーちゃん》は“須佐ミナミ”としての活動もあるが、土日中心なので何とかなっている。またしばしば千里の代理もさせていたのだが、日本代表の活動は休止期間に入っているのでこれも何とかなる。どうにも彼女だけでは足りない場合、この時期《ボラちゃん》に代わってもらうこともあった。
 
《ボラちゃん》は《すーちゃん》の古い友人で、千里がスペインに居る間に200年ぶりに再会したらしい。200年前はオランダ商人を宿主にしていたのだが、その後ずっとヨーロッパに居て10代近い宿主に仕えたものの数年前からフリーの状態ということだった。彼女は鳥族の女子5人のスポーツチームを作っていて《すーちゃん》にも加入しないかと勧誘したものの、すーちゃんは時間が足りない!と言って断ったという。5人とも現在宿主が居ないということだったので、市川ドラゴンズのメンバー同様、千里が仮の宿主になってあげている。5人はスペイン語・フランス語・英語・イタリア語(トスカーナ語)・ナポリ語などを話すが、最初日本語が分からなかった。しかし5人の中でボラちゃんだけは日本語を頑張って覚えてくれたので、昨年の秋頃からは千里の代役が務められるようになっていた。それで実は今年《すーちゃん》は“須佐ミナミ”を演じられたという背景もあった。
 
(翌年春の千里分裂後は、市川ドラゴンズは千里3、ボラちゃんたちのバレンシア・ハルコンズは千里2の担当となったが、2019年チームまとめて来日して小浜ラボを拠点にすることになる−来日した時は男の娘の鷹の精霊《アギ》ちゃんも加わり6人になっていた)
 
「女子とのチームとの試合組む時にアギちゃん出せるんだっけ?」
「もう睾丸無いから大丈夫」
「ああ、そうだったんだ?」
「みんなで寄ってたかって取っちゃったから」
「潰すのと取るのとどちらがいい?と言われて、取られる方を選んだ」
「麻酔は掛けてあげたよ」
「潰す方が楽しいんだけどね」
 
楽しいのか?
 

《わっちゃん》は葛西のマンションにいることが多く(千葉玉依姫神社にもよく行ってくれている)、千里専属アレンジャーとして千里の音楽活動を支えてくれている。《きーちゃん》と《せいちゃん》はJソフトに交替で勤めているが、できるだけ早く退職できるようにしばしば専務と話しているものの、なかなか辞めさせてもらえない。
 
千里の傍にいつも付いているのは、《とうちゃん》《りくちゃん》《たいちゃん》の3人で、この3人はよほどのことがない限り、千里と別れて行動することはない。《こうちゃん》はふらふらと出歩いていて、逆にめったに千里の傍にいないが、呼べば数秒以内に来る(実際には自分のエイリアスを千里と龍虎のそばに置いているのだが、このことを千里はこの時点ではまだ知らない)。
 
そして《くうちゃん》は常に遍在していて全ての眷属の様子を見ている。但し彼は見ているだけであり、めったなことでは語ることがない。
 

2016年9月10-12日、八王子市で全日本実業団バスケットボール競技大会が行われ、玲央美たちのジョイフル・ゴールドが優勝した。先週は秋田県横手市で行われた全日本クラブバスケットボール選抜大会で40 minutesが優勝しており、両者は11月5-6日の全日本社会人バスケットボール選手権大会で相まみえることになる。(同大会にはクラブ3位以上・実業団3位以上・教員2位以上が出場する)
 
“千里”はこの大会を40 minutesの主な選手とともに観戦したのだが、大会終了後、玲央美が千里に「少し2人だけで話したい」と言ってきた。それで他の選手たちと別れて、玲央美をアテンザの助手席に乗せ、少しドライブすることにした。
 
しばらく走ってから玲央美は言った。
 
「それでさ、すーちゃん」
「ああ、バレてるか」
「当然」
「千里本人は溜まっている作曲作業をしているんだよ」
「あの子も大変ネ」
 
「それで何か相談?」
「オリンピックの間や、それ以前の合宿でさ、私随分外国のリーグで鍛えろと千里から言われて」
 
「ああ、レオちゃんは自分を甘やかしすぎている。私千里にも随分言ったけど、クラブチームとかに居ないでもっと強い所に行けって。同じことをレオちゃんにも言いたい」
 
「私も千里と同様に一時期バスケットから逃げていたからね。それで、私の実力でどこか行ける外国リーグあると思う?できたらジョイフルゴールドと兼任で」
 
「その問題は千里がだいぶ悩んでいたから、条件としてはかなり整理できている」
「ほほぉ」
 

「日本のチームと兼任で参加する場合、季節もしくは時間帯がずれていればいい」
「へー」
 
「取り敢えず、玲央美が参加する価値のあるリーグを考えてみると、こんな所だと思う」
 
と言って、すーちゃんはいったん車を脇に停めて、バッグの中からこんなリストが書かれた紙を取り出して見せた。
 
USA WNBA 5-9月 3:00-11:00
USA WBCL 5-7月 3:00-11:00
ESP LFB 10-4月 21:00-5:00
FRA LFB 10-4月 21:00-5:00
AUS WNBL 10-2月 13:00-21:00
CHN WCBA 10-3月 14:00-22:00
RUS WPBL 10-4月 19:00-3:00
 
USA:アメリカ ESP:スペイン FRA:フランス AUS:オーストラリア CHN:中国 RUS:ロシア
 
「これは各国のリーグ開催月と、その国の13:00-21:00が、日本では何時に相当するかを並べたもの」
「ほほお」
 
「FIBAランキング上位の国で、自国リーグがあるのは、アメリカ(USA)、スペイン(ESP)、フランス(FRA)、オーストラリア(AUS)、トルコ、中国(CHN)、セルビア、日本、ロシア(RUS)、チェコ、ベルギー、韓国、ナイジェリア、などといった所だけど、ここに書いた以外の国は日本とレベルが大差ないから行く必要はないと思う。セルビアは強いけど、政情がやや不安だから避けた方がいいかも」
 
「うん」
 
「いちばんハッキリしているのがアメリカで、シーズンが日本と重なっていないから兼任可能。ところが、レオちゃんの場合、WNBAとかWBCLをやっている時期は日本代表の活動で忙しいんだ」
「ああ」
 
「だからまずWBCLは取り敢えず外していいと思う。WNBAの場合は、そこで活躍しているという前提で、代表合宿を免除して本戦の選手に招集されるという可能性はある」
 
「それは羽良口さんのようなケースだね?」
「たぶん王子もそういう扱いになる」
「だろうね」
「でもレオちゃんの実力では正直微妙だと思う」
「私もそう思う」
「亜津子さんや千里も同様」
「まあこの3人はだいたい実力が並んでいる気がする」
「三すくみなんて言ってたね」
「それ高校時代の話だね!懐かしい」
 

「オーストラリアと中国は、日本のシーズンと重なるし、時間帯もぶつかるから兼任は不可能」
「確かに」
 
「そういう訳で候補として残るのはヨーロッパなんだよ」
と言って《すーちゃん》はさっきの紙のコピーを取り、マジックでかなり消したものを見せる。
 
ESP LFB 10-4月 21:00-5:00
FRA LFB 10-4月 21:00-5:00
RUS WPBL 10-4月 19:00-3:00
 
「ロシアの場合は時間帯が微妙なんだけど、スペインとフランスは、向こうの練習や試合の時間帯が日本の夜になるから時間的に兼任可能。同じ日に日本とヨーロッパで各々試合がある可能性もあるけど、そこは気力で頑張る」
 
「1日2試合は頑張れると思う」
 
「だから、千里がここ3年ほどやっていたように、フランスかスペインのリーグに参戦すると、日本と兼任でいける」
 

「日本とスペインの間の移動は?」
「最初はまともに飛行機で入国して、その後はテレポーテーション」
 
「なんか凄く体力を使いそう。でもそのテレポーテーションは協力してもらえるんだろうか?」
 
「身代わりを誰か確保してもらえたら、きーちゃんに頼んでみるよ」
「身代わりか・・・」
 
「レオちゃんと位置交換される身代わり。レオちゃんが日本にいる間はスペイン、スペインにいる間は日本に居て、状況次第では練習の代理も務める。顔形はレオちゃんに似ていなくてもいい。姿形と声は誤魔化せるから」
 
「それって、ある程度バスケット能力のある人にしか務まらないよね?」
「うん。私が千里の代理をやっているのと同じようなものだから、最低でも私程度の実力があって、不思議なことに驚かなくて、秘密が守れる人。あとフランス語またはスペイン語ができる人」
 
「そういう人が確保できたら、その兼任ができる訳か・・・」
 
「人でなくても私みたいな精霊の類いでもいい。猫とか犬でもいい」
「バスケットができるなら?」
「そうそう」
「バスケットのできる猫は少なそうだなあ」
 
「ルール教えるだけでも大変かもね。人間の男の子でもいいよ。女の子のふりができる人なら。練習の時にちんちんまで見ないから」
「ふむふむ」
 
玲央美はふと思った。
 
「千里の彼氏はダメだよね?」
「ああ。貴司さんは女装もいける」
「ほほお。でも千里に嫉妬されるかな」
 
「そうだね。でも見つからなかったら彼を使う手はあると思うよ」
「まあ、誰か居ないか少し考えてみるよ」
 
「でもレオちゃんがやる気出したのなら、私、個人的なコネ使って、フランスかスペインのチームでレオちゃんが入れそうな所を少し探してみるよ」
「助かる。よろしく」
 
個人的なコネというのは、むろんバレンシア・ハルコンズのメンバーである!この時、すーちゃんは玲央美の代理としてハルコンズのメンバー《コアちゃん》を想定していた。
 
日本語をもう少し覚えてもらえたら使えるよなあ。。。。。
 

貴司は9月9-18日にテヘランでFIBA ASIA Challengeを戦っていたが、日本は1次リーグを2位通過、2次リーグを3位通過して決勝トーナメントに進出。準々決勝でヨルダンに僅差で敗れ、5-8位決定戦に回る。ここでインドに勝って5位決定戦へ。そしてここで中国に敗れて、目標の5位以内は達成できなかった。
 
しかし同じ東アジア地区の中国が5位以内に入ったことから、東アジアは来年のアジアカップの出場枠が1つ追加されることになった。
 
この大会では5位以内に入った国が所属するエリアが、アジアカップの出場枠を1つプラスされるというシステムになっていたので、実は日本と中国で5位決定戦を戦うことになった時点で目標は達成されていたともいえる。
 

そういう訳で日本はよくやったのだが、この貴司のイラン遠征中、阿倍子は部屋の掃除をしていて見慣れない女物の下着を発見した。カッと頭に血が上った阿倍子は千里に電話して来て「千里さん、貴司と浮気したのね?」と責める。千里は貴司は(御守り代わりにあげた)自分の下着はイランに持っていたはずでマンションの部屋には無いはずと思い、冷静にその下着のサイズを尋ねた。
 
「パンティはL、ブラジャーはA95かな」
「それ私のじゃないよ。私はパンティはMだし、ブラジャーはD70だし」
「千里さんのじゃ・・・ない?」
「待って。私もそちらに行って見てみる」
 
それで千里は新幹線で大阪に駆けつけたのである。
 
「こんなフリルの付いたパンティなんて私穿かないよ。ほら今穿いているのを見てみて」
と言って、千里はスカートをめくって自分のパンティを見せる。
 
「シンプルなのを穿いてるね。サイズも確かにMだ」
「私はバスケットしてどんどん汗掻くから、コットン製のシンプルなのを使う。ナイロンのパンティも使わないよ」
 
千里は今着けているブラも阿倍子に見せる。
 
「ほんとにD70だ。こちらもシンプルなデザインだね」
「だいたいA95なんて、そんなブラつける女がいるとは思えない。アンダーが95もあるなら、EとかFとかGとかでないとおかしい。それ着けてたの男じゃないの?」
 
「まさか貴司さんが女装するのに使った?」
「貴司だとパンティはLでも無理。XLでも入るかどうか。胸囲も100以上あったはずだよ」
 
貴司が一時期《こうちゃん》たちにより、千里を捨てた罰として胸を膨らませられていた時C100のブラを着けていたことは、とりあえず黙っておく。
 

そういう訳で、イランから帰国した貴司が千里(せんり)のマンションに帰宅すると、阿倍子と千里が睨んでこちらを見ていたので、あまりに想定外の光景に貴司は仰天するのである。
 
それで「ちんちん切り落とされたくなかったら正直に告白しなさい」と迫られ、貴司は浮気をしていたことを自白する。千里は翌日その浮気相手と会って、貴司との関係解消を迫り、電話番号とメールアドレスを変更させ、もう会わないという念書も書かせた。
 
阿倍子は怒って京平を連れマンションを出たのだが、あまりの怒りで体内バランスが崩れ、寝込んでしまった。
 
「どうしよう?明日京平をUSJに連れて行ってあげる約束をしていたのだけど」
と悩んでいる。そしてふと気付いたように
「千里さん、代わりに連れて行ってあげたりできないよね?」
と訊く。
「まあ京平ちゃんとのデートもいいかな」
 
そういう訳で、9月22日、千里は京平を連れてUSJに行ったのだが、京平はお母ちゃんと一緒にお出かけできるというので喜んでいた。このUSJで千里は高倉竜(丸山アイの男性態−男性体?)が先日フェイの父親候補のひとりとなっていた宮田雅希(女装)とデートしているのに行き逢い、びっくりする。千里はなるほどー、こういう展開になったのかと納得したが、竜はフェイに指輪を贈ったのに節操が無いなどと恥ずかしがっていた。彼は千里に小さなボールの御守りをくれた。
 
この御守りは千里はバッグにしまったつもりでいたのだが、実際には千里の身体に吸収されてしまい、その行方を見たのは竜以外には京平だけである。実は千里が三分裂した時、その各分身の維持をするのに、この御守りに込められている“呪”が必要だったのである。
 
丸山アイ(“虚空”)は、夏にアクアが苗場のステージで倒れた時に、既に千里とアクアが近い内に分裂することを予測していた。
 

京平を連れて阿倍子が泊まっているホテルに戻ると、彼女は今日丸一日寝ていたので、かなり体力を回復したようであった。それで千里は《びゃくちゃん》に後を任せて新幹線で東京に戻った。
 
翌9月23日は“ある問題”について、青葉・天津子とお互いに電話を掛けあって最終的な結論を確認しあった。青葉が夕方から北陸新幹線で東京に出てきたので、一緒に羽田から飛行機で札幌に移動。レンタカーを2人で交替で運転して美幌のマウンテンフット牧場に向かった。
 
9月24日にはケイから頼まれて、網走でローズ+リリーのアルバムに収録する曲『赤い玉・白い玉』の制作に参加した。東城一星さんが24年ぶりに書いた幻想的な曲である。この曲の演奏はチェリーツインがしてくれることになっていたので、桃川春美にアレンジを依頼していた。
 
実際には、この演奏にはこういうメンツが参加した。
 
Gt.秋月義高(紅ゆたか) B.大宅夏音(紅さやか) Dr.桃川春美
Pf.古城美野里 Vn.鈴木真知子 Fl.秋乃風花
笙.今田七美花(若山鶴海) 龍笛.村山千里・川上青葉・海藤天津子
AltoSax.近藤七星 SopSax.鮎川ゆま
Vo.ケイ・マリ
Cho.桜木八雲(少女Y)・桜川陽子(少女X)
 
龍笛を千里・青葉・天津子の3人が一緒に吹くというのは初めてである。更に七美花が笙で入っている。
 
録音担当のケイの旧友・有咲は言った。
 
「今日は地球最期の日になるかもしれん」
 
実際この演奏の収録の際にはスピーカーが壊れ、DSPチップが飛び、弦が切れ、ガラスも割れたが、有咲は平然として壊れた機器を交換し、予め待機してもらっていたガラス屋さんにガラスを交換してもらって作業を継続した。
 
それでもの凄い音源が完成した。
 

この日の夜、ケイたちも千里たちもマウンテンフット牧場に泊まったのだが、実はここで、青葉・千里・天津子が、亜記宏・春美夫妻が“知らなかった真実”を解き明かすセッションをした。
 
これは千里・青葉・天津子の3人がここ数年来悩み、3人ともがずっと宿題にしていた問題がやっと最終的に解き明かされたのであった。それは亜記宏の元妻・実音子の一族にまつわる悲しい歴史を解き明かすことでもあった。そしてこの真実が解き明かされたことから、亜記宏に掛かっていた封印が解かれ、亜記宏と春美は16年ぶりに“夫婦になる”ことができた。
 
セッションが終わって出てきた春美はたくさん泣いた跡があった。そしてケイに言った。
 
「ケイさん、明日『赤い玉・白い玉』の収録をやり直しましょう」
「え〜〜〜!?」
 
「私はこの曲を編曲する時に易しくしすぎたんです。せっかく東城先生が意欲的な作品を書いたのに、私の解釈では平凡すぎた」
 
追加伴奏者が必要になるので、ケイは急遽東京から、近藤と鷹野を呼んだ。そして翌9月25日、再度多数の機械の故障・楽器の故障・ガラスや照明などの破損をしながら、完全にこの曲を録り直した。この新しいアレンジはこのような楽器担当で行われた。多重録音も駆使されている。
 
■洋楽器セクション
Gt.秋月義高(紅ゆたか)+近藤嶺児 B.大宅夏音(紅さやか)+鷹野繁樹 Dr.桃川春美 Pf.古城美野里 Vn.鈴木真知子+ケイ Fl.秋乃風花+村山千里 AltoSax. 近藤七星・今田七美花 SopSax.鮎川ゆま
 
■和楽器セクション
笙.今田七美花(若山鶴海) 龍笛.村山千里・川上青葉・海藤天津子
篠笛 秋乃風花
 
■ボーカル
MainVocal ケイ・マリ
Chorus 桜木八雲(少女Y)・桜川陽子(少女X)
 
結果的に昨日の録音も遙かに超える、物凄い音源が完成したのであった。
 

9月25日夜、千里と青葉は翌日富山に行かなければならなくなったので、すぐにマウンテンフット牧場を出発することにする。これに春美が付き合ってくれた。その車中で春美は「母(亜記宏の母で春美の養母である弓恵)が夢枕に立った」と言って、“夢の中”で母と対話した内容を語ってくれた。そしてこの内容で事件は最終的な解決に至ることになる。
 
3人が交替で運転する車は2時頃、札幌の玲羅(千里の妹)のアパートに到着する。実はこんな夜中に札幌まで走って来たのは、玲羅に渡すものがあったからであった。それは音楽制作会社に就職した玲羅からねだられていたフルートであった。
 
「あ、私がこないだ買ったフルートと同じやつだ」
と青葉が言う。
 
「うん。だから2人とも練習頑張るといいね」
と千里は笑顔で言った。
 

千里と青葉はそのまま玲羅のアパートで3時間ほど仮眠させてもらい、(9月26日)朝5時頃、目を覚ます。春美が熟睡しているので、結局置き手紙して放置し、玲羅が2人を新千歳空港まで送ってくれた。レンタカーの返却も玲羅に頼んだ。
 
2人はそのまま富山空港に飛ぶつもりだったのだが、新千歳空港でケイ・マリと遭遇する。マリはアクアのイベントを見に行くのに早く帰りたいと言い、千里たちに少し遅れて、(専任ドライバーの)佐良さんが運転する車で新千歳まで来たらしい。
 
結局千里たちは富山行きをキャンセルしてケイたちと一緒に羽田に飛んだ。
 
マリはアクアのイベントに行くので、千里・青葉・ケイの3人で恵比寿のマンションに行く。それでケイがどうしても聞きたいと言っていた春美に関わる問題の一端をケイにも話した。
 
千里は春美の悲しいこの16年間を思って『寒椿』という曲を書き、これはローズ+リリーの制作中のアルバム『やまと』に収録されることになる。千里はこの曲でも龍笛を吹いたが、時間が取れないので、千里のパートだけ別録りにさせてもらった。
 

千里と青葉は11時頃ケイのマンションを出て、新幹線で富山に移動する。ここで“ドッペルゲンガー少女”左倉ハルと会い、彼女の学校の体育館で起きているという、心霊現象の解決をした。
 
千里はこの日(9月26日)は青葉の家(桃香の実家)に泊まり、翌27日青葉と一緒に再度ハルの学校を訪れて、先生たちに今回の心霊現象の原因と対策を説明した。
 
そして午後の新幹線で東京に戻った。
 

翌9月28日、千里はアテンザで東北道・山形道を走って出羽の羽黒山に行った。
 
「あんた久しぶりに来たね」
と美鳳から言われる。
 
「そうでしたっけ?」
 
美鳳に付き合って“軽く修行”をした後、先日から頼んでいた土地の結界作成用アイテム(工作好きの佳穂さんの作)を受け取った。そして湯殿山で1泊した後、山形道を戻って、9月29日の午前中、石巻の和実を訪ねた。
 
それで和実が買物に行っている間希望美ちゃんのお世話をし、お昼を食べてから、喫茶店の建設現場を見せてもらう。
 
「千里もしかして今何かしてる?」
「ちょっとお掃除」
「なるほどねー」
 
「和実、この龍の置物をこの土地の四隅に埋めてくれない?」
「結界を作るんだ!?」
「まあお店の中にまでは幽霊が入って来ないようにしなくちゃ」
 
それで和実は工事をしている工務店の社長さんに話して、千里が渡した4つの龍の置物を千里が指定する場所に埋めてもらった。
 

8月中旬にバラエティ番組の撮影中倒れ、緊急搬送されて入院するハメになったキャロル前田(13 本名前田聖也)であるが、医師の診断では内臓機能の低下で、2ヶ月程度の休養が必要ということになり、取り敢えず10月末までお休みということになって、まだ入院中なのだが、彼が入院している間に、ネットでは変な噂が立っていた。
 
それはキャロル前田は性転換手術を受けるために入院して、現在手術後の身体を休めている期間なので仕事を休んでいるというものである。実際彼(彼女?)が入院している病院の性科学センターでは、だいたい月に2例くらいのペースで性転換手術が行われているというのもこの噂の背景にはあった。
 
噂はネットで少しずつ広がり、その内、事務所宛のファンレターに
 
「キャロルちゃん、性転換手術したそうですね。女の子になれておめでとうございます。可愛くなったキャロルちゃんの今後の活躍を期待しています」
 
とか
 
「キャロルちゃん、手術を受けて女の子になっちゃったと聞きました。女の子になったのなら、俺、キャロルちゃんと結婚したいくらいです」
 
などと、“性転換を祝福する”手紙やメールが届くようになってきた。
 
この噂を聞きつけて、無責任な週刊誌が
 
「キャロル前田、性転換して美少女に変身!」
「退院後の初仕事は、セーラームーン実写版か?セーラーマーキュリー役に決定の噂」
「今後の人気沸騰間違い無し」
「セーラー服で通学することで中学側と同意」
 
などと、取材など全くせずに、ほぼ憶測だけで記事を書いた。
 
それでこの件をテレビのワイドショーが取り上げるまでに至る。
 

事務所は放置できないと考え、病院内で本人と主治医にも出席してもらって記者会見を開いた。
 
「ボクが性転換したという事実はありません」
と冒頭キャロルは発言した。
 
「ではキャロルさんは、まだ男性なのですか?」
「はい、そうです。ボクが言っただけでは信じない人もあるかも知れませんが、ボクのお股をカメラで映すわけにもいかないでしょうから、先生にお願いして見て頂きました」
 
医師が発言していう。
「本来治療に関係のないことなので不本意なのですが、患者さんが困っているということでしたので、見させて頂きました。前田さんには、確かに男性器が存在します」
 
「陰茎も睾丸もあるのですか?」
「はい、どちらも存在します」
 
「退院後、セーラー服で通学するという話は?」
「ボクは別にセーラー服で通学したいという希望はありませんので、学生服で通学するつもりです」
 
「万一通学していた中学が女子校になっても学生服ですか?」
という質問をした記者があり、ネットでは『なんつー質問だ?』と非難された
 
「それは困りますね。ボクは男の子だから転校すると思います」
 
記者たちの大半が笑っていた。
 
「退院後、実写版セーラームーンのセーラーマーキュリー役をするという噂があるようなのですが」
 
「そんな話、聞いてびっくりしました。ボク自身聞いたことがありませんし、ボクは男の子なので、そういうお話はお断りさせて頂くと思います。アルテミス役ならいいですけど」
 
(アルテミスはセーラーV(セーラーヴィーナス)が飼っている白猫♂)
 
この発言は「キャロルのアルテミス可愛いくなりそう」「アルテミス演じているキャロルちゃんを見たい!」という大量のネット発言を引き起こした。
 
「でもなんでタキシード仮面ではなくてアルテミスな訳?」
「そりゃタキシード仮面やったら、女が男装しているようにしか見えないからだろう」
という書き込みもあった。
 

キャロルは言った。
「ボクは退院した後、12月か1月から七浜宇菜ちゃんと一緒に『変身ポンポコ玉』の撮影をする予定になっています。ボクのダウンで七浜さんや共演者の皆さん、スタッフの皆さんにご迷惑お掛けしましたので、身体が良くなったら頑張って演じますので」
 
この発言には「キャロルちゃん頑張らなくていいから無理しないでー」という書き込みが多かった。
 
キャロルはまだ青い顔をしてはいるものの、けっこうしっかり記者たちの質問に答えていた。また記者の大半も、そもそも13歳で性転換手術など受けられるわけがない、と考えていたようであった。その点については同席した院長も
 
「当病院では性転換手術や去勢手術・豊胸手術なども行ってはいますが、20歳以上に限定させて頂いておりまして、中学生にそういう手術をするというのは、あり得ません」
 
と言明していた。
 

2016年10月6日(木).
 
三つ葉、スリファーズ、信濃町シスターズが出演する『3×3大作戦』の初回放送が行われた。番組のスタッフは、名古尾プロデューサー、高平AD、司会のデンチュー、アシスタントの金墨円香、とほぼ変わっていない。
 
この番組ではこの3組がいろいろなものに挑戦していくということで、最初はマラソンに挑戦するぞ!ということになり、9人は元陸上選手の松山優実の指導のもと、走りの基本から丁寧に指導されていた。
 
番組は前半の30分でそれをやった後、後半はスタジオでミニゲームをして点数を競いあうということになっていた。この日は“すごろく”をしたのだが、各チームの3人が“駒役”“サイコロ役”“サイコロ振り”に別れるということになった。ジャンケンで役割を決めたのだが、この日はこういうことになる。
 
三つ葉:駒=シレン、振り=ヤマト、賽子=コトリ
香炉組:駒=千秋、振り=彩夏、賽子=春奈
信濃町:駒=みちる、振り=ひろか、賽子=ありさ
 
「ふむ。まるで話し合って決めたみたいになったな」
 
と金墨がひとこと言って、ジャンケンがやらせであることを実質バラしてしまう。
 
実際問題として、駒と賽子振りは交換可能だが、賽子(さいころ)役は“丈夫な子”にしか務まらないので、各々の組の中でいちばん“壊れそうにない”子が担当している。
 
賽子は身体に巻いた1〜6の目のどれかが出る仕組みだが、人間の身体の構造上、6つの内の2つは出にくいようになっており、実際1,2,4,6を中心に出ていた。
 
すごろく上には、そこに停まったらカードを引くというマスがたくさん設定されており、そのカードにわりと無茶なことが書いてあるのを、各々どうするかというのが見物(みもの)になっている。この部分は台本が無く、各々の対応能力が問われる所だが、みんなそういう能力の高い子ばかりなので、結構盛り上がるコーナーとなった。
 
番組のオープニングは三つ葉のメジャーデビュー曲『私はウェザーガール』、マラソンからゲームに切り替わる所でスリファーズの『青い月のワルツ』、そして番組エンディングは信濃町シスターズの『17才』である。
 
『17才』は南沙織・森高千里などが歌った名曲のカバーであるが、2回目の放送の時にデンチューの2人から
 
「ひろかちゃん・ありさちゃんは17才かもしれんけど、みちるちゃんは17才に見えないんだけど」
と突っ込まれていた。
 
「心はいつでも17才です」
とみちるは、竹内まりやの名曲(奇曲?)のタイトルを引用して答えていた。
 
(品川ありさは4月12日生、高崎ひろかは5月26日生まれなので2人とも現在17歳。桜野みちるは1994.4.26生で22歳)
 

10月7日(金)、日本でWリーグが開幕した。千里は初めて“日本のプロ選手”として、試合に出場した。レッド・インパルスは最初の2試合を落としたものの、その後10月は6連勝した。
 
10月7-10日、岩手県で国体が行われ、貴司は大阪代表として、この大会に参加した。大阪代表はベスト8まで進出したものの、準々決勝で愛知代表に敗れた。
 
大会が終わって新幹線で新大阪まで戻ってきたら、改札の所に京平を連れた阿倍子がいた。
 
「もう浮気しない?」
「ごめん。もうしない」
「だったら、一緒に帰ろう」
「うん。ありがとう」
 

自宅に帰り、貴司“が”カレーを作っていたら、阿倍子が言った。
 
「そうだ、布施さんという人から結婚式のお知らせが来てたけど。出欠の返信葉書付きで」
 
「へー!暢彦君が結婚するのか」
と言って貴司は葉書を見ている。
 
「従兄弟かなにか?」
「そうそう。札幌の従兄」
「住所は福岡になっているよ」
「え?転勤でもしたのかな」
 
と言って貴司は葉書に書かれた住所と結婚式場の場所を見ている。
 
「阿倍子も一緒に行く?」
「そんな遠くまで無理〜」
 
阿倍子は近所のスーパーまで買物に行っただけで倒れるような人である。
 
「じゃ僕だけ出席するかなあ」
と言っていたら京平が自分を見ている。
「京平はパパと一緒に行く?」
「いきたい」
「じゃ京平と2人で行ってくるか」
 
それで貴司は「出席」に丸を付け、妻はいけないが1歳の息子を連れて行くと書き添えて葉書を投函した。
 

龍虎は事務所と契約した時の“学業絶対優先”条項のおかげで、“授業は”全部出席し、そのあと東京に出て仕事をするという毎日を送っている。
 
6時間目の授業が終わり掃除が終わるのは15:40頃であるが、龍虎はこれをしばしば免除させてもらい、15:20頃に、鱒渕が運転する“白いアクア”で迎えに来てもらい、熊谷駅に移動して15:33の《あさま620号》(16:12東京着)で東京に出てくる。しかしこの連絡はあくまで“非常時”という建前であり、基本的には16:33の《あさま622号》(17:12東京着)で出てきて、だいたい17時半から18時くらいに仕事場に入るという建前にしている。それで基本的にアクアのスケジュールは18時以降しか入れないことになっている。
 
鱒渕はこの時期は“白いアクア”を熊谷駅近くの駐車場に駐め、アクアと一緒に新幹線で移動して、東京駅からは“水色のアクア”にアクアを乗せて仕事場に入っていた。仕事先によっては水色のアクアは上野駅近くに駐めておくこともある。また東京駅から電車で移動して別の駅近くの現場に入ることもあるが、その場合はその駅近くに予め水色のアクアを駐めておく。これは毎日鱒渕の午前中の仕事になっていた。なお、様々な経緯で白いアクアと水色のアクアは逆になったり、別の車になっている場合もある。
 
ちなみにアクアの仕事が18時から始まる場合、リハーサルは16時くらいから始まる。それでリハーサル役の秋田利美は足立区内の小学校をやはり6時間目が終わる15時過ぎに飛び出して、この時期は倉橋さんという女子大生の(アクアの)付き人さんが運転する水色のミラココアに乗って現場入りしていた。倉橋さんは昨年度1年間アクアの付き人を務めた若林さんの“後任の後任”!である。若林さんの後任の女子大生はあまりの多忙さに音を上げて8月いっぱいで降板したので、その後9月から倉橋さんが担当している。
 
またアクアのボディダブルを務める今井葉月はこの時期はだいたいアクアと同じくらいのタイミングで入ればいいので、だいたい高崎線の桶川15:28-16:17東京という便で出てくることが多かった。学校から桶川駅まではだいたいタクシーである。
 

龍虎は学校の授業にはきちんと出ているものの、行事などは多くの場合休んでいる。5月にあった修学旅行(2泊3日)は、とても3日も休めないのと、旅行で体力を使うとその後の仕事に差し支えるので休ませてもらった。同じく5月にあった体育祭、9月下旬にあった文化祭はいづれも日曜日だったこともあり欠席している。
 
(実際には文化祭当日も、翌日の代休も1日中お仕事をしていた)
 
10月になると3年生は進路面談がある。この時期、龍虎は進学について「なーんにも考えていなかった」ので、担任教師から尋ねられて
 
「熊谷西高校に進学したいと思っている」
と言い、了承された。
 
ところがその問題について、彩佳や桐絵たちから突っ込まれる。
 
「龍ちゃん、西高校は熊谷駅まで遠いよ。車で渋滞すると30分くらい掛かると思う。東京に仕事に出るのに大変だから、もっと駅に近い熊谷高校にしたら?」
と佐苗が言う。
 
「ボクの成績では厳しいと思う」
 
「ああ、自分の成績は認識しているね」
と彩佳。
「授業には出ているけど、宿題とかは全く提出していないもん」
と龍虎。
「まあ宿題する時間があったら、寝ていた方がいいよね」
と桐絵。
「実際問題として西高も厳しいと思うけど」
と彩佳。
「何とか頑張る」
と龍虎。
「頑張れるのかなあ。年末年始とかむっちゃ忙しいよ、きっと」
と宏恵。
 
「それはそうだけど。みんなはどこ行くの?」
 
「私は熊谷高校だけどね。推薦を狙っている」
と佐苗。
「私こそ熊谷西高校に行くつもり。ちょっと頑張らないといけないけど」
と彩佳。
「私は熊谷商業高校。家から近いし」
と桐絵。
「私は熊谷女子高校。音楽部の先輩から誘われているのよ」
と宏恵。
 
「ああ、あそこコーラス強いもんね」
「龍ちゃんがプロじゃなかったら、誘いたい所だけど」
「熊谷女子高も偏差値高いからボクには無理だよ!」
 
“女子高”というのは問題ないのか?と彩佳たちは突っ込みたい気分になったが、些細な事?なのでスルーした。まあ、入学前に性転換手術を受ける手もあるし!?龍虎が熊女の制服を着ている所を見てみたい気もするし。
 

「だけどさぁ、中学は義務教育で、授業時間中に中学生を使うのは違法だから、ちゃんと授業受けさせてもらえたろうけど、高校生になるとけっこう授業中にも呼び出されると思うよ。公立高校ほんとに大丈夫?」
と佐苗は心配する。
 
「一応、学業優先という契約なんだけどね」
「それ絶対なしくずし的に無視される。赤点取れば留年とかの事態もあり得るし、そもそも出席日数が足りなくなる可能性もあるよ」
と宏恵。
 
「うーん・・・」
 
「私たち話していたんだけどさ、龍ちゃん、私立に行ったほうがいいと思う。私立なら、かなりゆるい所あるよ。授業料さえ払っていれば、欠席が多くてもなんとか進級させてくれたりする学校あるし」
佐苗。
 
「でも熊谷には私立高校無いんだよね」
「隣の深谷(ふかや)市にはあるし、さいたま市に出てもいいだろうし、いっそ東京の私立に行ったら?」
と彩佳。
 
「東京か・・・・」
 
「品川区のD高校とか、たくさん芸能人が通っているよ。あそこの芸能コースだと、かなり楽に卒業できるみたいだよ」
と桐絵。
 
「それって、学校にほとんど行けずに、ひたすら仕事することになったりして?」
「龍ちゃん、それはもう諦めたほうがいいと思う。これだけ人気があるのに、学校の授業なんか受ける時間が取れるわけない」
と佐苗はハッキリ言った。
 
「うーん・・・・・」
 

スペインなど欧州中央時間での2016年のDST(夏時間)は10月30日(日)の3:00で終了である。それで10月いっぱいまで夏時間という感覚なので、この時期は日本での13:00-21:00というレッドインパルスでの活動時間帯がスペインでは6:00-14:00に相当する。
 
それで千里はレッドインパルスでの練習や試合が終わった後、すーちゃん、時にはボラちゃんを身代わりにしてスペインに移動し、向こうの午後の時間帯に雑誌社に顔を出して翻訳の仕事をするということをしていた。のんびりした会社なので“急ぎ”の仕事は珍しく、だいたい多くの翻訳は依頼されてから1週間程度以内にスペイン語に訳せばよいことになっていた。
 
もっとも本当に千里が翻訳しているのは半分くらいの言語で、残りは《たいちゃん》や《とうちゃん》など多数の言語に詳しい子が訳してくれている。《りくちゃん》もかなりできる。実は偶然にも多数の言語に堪能な子が、だいたい千里の傍に常駐してくれているのである。《きーちゃん》もかなりの言語ができるが、彼女はJソフトの仕事で忙しい。
 
10月27日(木)はレッドインパルスの試合とかも無いので、生理が重いので?練習休みますと連絡し、スペインの方もお休みにして、ローズ+リリーのアルバムの制作をしているスタジオに行き『あけぼの』という曲の龍笛パートを入れた。
 
10月30日以降は冬時間になるので、日本の13:00-21:00はスペインの5:00-13:00相当になった。でも基本的な千里の行動パターンに変化は無い。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
【娘たちの誕生日】(3)