【娘たちの1人歩き】(5)

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7月16日(土)、ステラジオのホシは高岡の青葉の自宅を訪れ、青葉の自室でヒーリングを受けていた。いつもは高岡市内のホテルで会うのだが、この日は青葉が忙しかったので、向こうから来てくれたのである。
 
ホシがぼんやりとして青葉からヒーリングされていた時、机の下に紙が落ちているのに気付く。
 
「あ、それは・・・」
青葉が取り上げようとしたが、ホシは取られないように紙をガードして中身を読む。
 
「何これ〜〜?」
 
それはマリが書いた『エメラルドの太陽』という詩であった。
 
「済みません。見なかったことにしてください」
「それはいいけど、何よこのぶち壊れた世界観は?」
「マリさんですから」
「太陽がエメラルド色とか、音が見えるとか」
「マリさんですから」
「あの子、薬やってるんじゃないの? LSDとかPCPとかDMTとか」
「あまりにも詩の内容がぶっ飛んでいるので、度々薬物検査を受けさせられていますけど、陰性なんですよね。マリさんにとっては音が見えたり、光が聞こえるのは普通の感覚らしいですし、宇宙人とはお友だちらしいですし」
 
「あの子、頭壊れているのでは?」
「壊れていることは自覚しているみたいですね」
 
ホシは考えた。LSDの支配下で“死の歌”を書いてしまって以来、自分の詩や音楽に凄く臆病になっていた。しかし薬などやっていないマリがこんな詩を書くのなら、自分の少しぶっ飛んだ詩くらい、許されるんじゃないかなあ。
 
それでホシはいったんヒーリングを中断させてもらって、数日前から発想はしたものの、怖くて具体的に書き出すことができずにいたイメージを曲にまとめたのである。
 
これが約半年ぶりに書いた『ぷかぷかゴーゴー』で、この年のYS大賞優秀賞を取ることになる。発表された時は、あまりの歌詞の“ぶっとび”具合で騒然となったが、その直後にアクアが歌うマリ作詞の『エメラルドの太陽』が出て「マリちゃんはもっと壊れている!」と言われたのであった。。
 

青葉はこの日ホシたちが帰った後で、マリから頼まれた『エメラルドの太陽』に曲を付けたのだが、かなり悩んだ末、歌詞の一部を修正する提案をして7月17日の午後、“ケイ”に送付した。ケイもその歌詞修正に賛成した。
 
しかしマリは怒った!
 
それでマリとケイが言い争っている時にコスモスが来訪する。
 
コスモスは言いにくそうにして、実はアクアに『時のどこかで』の挿入歌を歌わせたいという話が急浮上し、何か適当な曲が無いかという相談だったのである。するとアクアと聞いて、マリは今届いたばかりの『エメラルドの太陽』の譜面を見せた。
 
ケイは「ごめん。とても使えないよね。何か適当な曲を急いで書くから」と言ったのだが、コスモスは「使えます」と言った。
 
「和子・・・じゃなかった和夫がタイムリープしている最中に迷子になってしまって、変な亜空間のような所を漂流する場面があるんです。この曲はその場面にピッタリです」
 
「なるほど!そういう場面でしか使い道がないというか」
 
「でもこの歌詞、少し変更されているのよ。オリジナルの歌詞はもっといいんだよ」
と言って、マリは元々の歌詞を見せる。
 
しかしコスモスは微笑んで
「すみません。この修正されたバージョンの方を使わせてください」
と言った。
 
マリは不満な様子だった!
 

千里たち日本代表の一行は7月17日の朝7時前に合宿所を出発して成田に移動した。そして南米に向けて出発しようとしていた時にコスモスから電話が掛かってきて、急ぎの仕事で申し訳無いのだが、アクアのCDを急遽発売しなければならなくなったのでカップリング曲を書いてくれないかというのであった。
 
「いつ発売するんですか?」
「『時のどこかで』の挿入曲なんです。映画が8月12日に公開されるので8月11日に発売という線で。本当は水曜日に発売したい所ですが、どうしても時間が足りなくて」
 
8月11日(木)に発売するには8月10日までにCDショップに荷物が到着する必要があり、そのためには8月9日(火)までに発送する必要がある。アクアのCDは大量に売れるので実際には土曜日くらいには発送を開始しないと間に合わない。プレスは急がせても半月は掛かる。常識的に考えると7月20日くらいまでにはマスタリングを終える必要がある。
 
「いつ録音するんです?そもそもアクアは今映画を撮っているのでは?」
「7月23日に苗場ロックフェスティバルに出るのに1日空けてもらっていたんです。それでその日に録音をします」
「アクアが倒れますよ!」
「私も抗議したんですけどね」
とコスモスも困っているようである。
 
「とにかく曲は南米までの移動中に書いて、向こうからメールかFAXで送ります」
「助かります!」
 

千里はこの日程でアルゼンチンに渡った。
 
NRT 7.17 10:50 (JL006 777-300) 10:45 JFK (12'55)
JFK 21:59 (AA953 777-200) 7/18 9:46 EZE (10'47)
 
時間帯は成田(NRT)が+9、ニューヨーク(JFK)が−4で、時差13時間の所を13時間掛けて飛んだので、出発時刻と到着時刻がほぼ同じになった。実際にはジェット気流のおかげで30分ほど早く着いた。千里は「まるでタイムリープしたみたいだ」と思った。ブエノスアイレス(EZE)は−3でニューヨークとの時差が1時間である。
 
さて千里は『もっとオブリガード』という曲を機内で書いたのだが、例によってネットへの接続方法が分からない!それで同じテーブルで昼食を取っていた鞠原江美子がLAN接続してあげて、何とかCubaseのプロジェクトごと、楽曲を送信することができた。これがアルゼンチン時間(ART)の7/18 12時頃で、日本時間では同日24時頃になった。
 
日本代表一行はこの日は昼食後、荷物を持ったまま体育館に移動して午後いっぱい練習をしてから、夕方引き上げ、ホテルに入った。
 

一方コスモスたちはタイトル曲の『エメラルドの太陽』についてはもとよりコネがあった台湾の“向日葵音楽工作有限公司”(SFMS)に依頼して5日がかりで現代音楽っぽいアレンジを作ってもらい、7月23日(音源製作日!)のお昼前に納品されたのだが、『もっとオブリガード』については時間が無いので、千里がCubaseで作った伴奏をそのまま発売音源に転用してしまった!
 
しかし映画の挿入曲である『エメラルドの太陽』はできたら23日の苗場ロックフェスティバルでもお披露目したい。そこで、ケイのコネで下川工房のイリヤさんに依頼して、エレメントガード用(ライブ用)のアレンジを書いてもらった。これができたのが7月20日の夕方である。イリヤさんも他の作業をいったん棚上げにしてこの編曲をSFMS側のアレンジャーと連絡を取りながら、やってくれた。
 
それでエレメントガードはこの2曲を7月20日夜から練習しはじめた。エレメントガード版でも、イリヤさんはキーボードを3つ指定していたので、追加伴奏者のキーボード奏者を2名入れている。実は羽藤玲香(レイア.桜野みちるの妹)と米本愛心(アコちゃん)である。時間が無いので演奏能力が把握できる人を使った。
 

2016年7月20日、アクアはこの日終業式を迎えるが、この日は、いつになく出待ちのファンが多かった。バイクに乗っている者もいて、アクアが事務所の車に乗って出てきたら、それを追尾しようという態勢のようだ。
 
12時半頃、鱒渕が白いアクアで迎えに行くが、校門前にファンが集結しているという連絡で、裏門側から入った。そして玄関の所につけるが、ファンたちは双眼鏡でそのナンバーを見て「確かにアクアちゃんがいつも乗っている車だ」などと言っている。
 
やがて校舎内から学生服を着た男の子が出てくるが、双眼鏡で見ていたファンが「間違いなくアクアちゃんだ」と言っている。しかし実は実際に車に乗ったのは、アクアのそっくりさん・尾崎マリヤである。彼は最初から鱒渕の車に乗ってこの学校にやってきて、学校の裏口から入ったらすぐ降りて校舎を素通りし、玄関から出てきて鱒渕の車に再び乗り込んだのである。
 
実は今日ファンの間で終結しようとする動きが数日前からあったので、昨日の内に秋田在住の彼を呼びよせておいたのである。
 
車が校門の方へ近づく。事務員と予め学校に来ていた§§ミュージックのスタッフとで何とかファンたちに道を開けさせる。それで“アクア”を乗せたアクアが走り去る。それを数台のバイクが追いかけて行った。しかし校門の所に集まっていたファンたちは「ああん、行っちゃった」と言って渋々解散した。
 
ファンが解散したという連絡を受けて、やっと生徒玄関が開放され、生徒たちが出てくる。今日は1人では下校しないようにと言われたようで、全員5〜6人程度のグループである。その中で5人の女子生徒のグループがおしゃべりしながら校門を出て、やがて秩父鉄道の駅前まで到達する。そこで女生徒の中の1人が他の子にバイバイしてグループから離れる。
 
「龍ちゃん、撮影頑張ってね」
「うん。ありがとね」
 
と言って龍虎は駅の中に入った。すると中に女子制服を着た西湖が居て
 
「お疲れ様です。電車は5分後に出ます」
と言って、龍虎に切符を渡した。
 
「ありがとう」
 
と笑顔で受け取る。2人は仲の良い女子中生2人組のような顔をして秩父鉄道に乗り、撮影地の最寄り駅まで行った。西湖は桶川市の中学に通っているが、早い時間に終業式が終わったので、事務所からの連絡でお迎え役を頼まれたのである。女学生1人より2人のほうが目立たない。龍虎の学校の女子制服は元々西湖も所持している。
 
なお電車に乗っていて、ふたりがアクアと今井葉月であることに気付いた人はいなかった(葉月の顔はこの頃はまだごく一部の熱心なファン以外にはほとんど知られていなかったのもある)。
 

7月20日の午前10時頃、いつものようにバスケの練習をしようと、千葉市千城台にある房総百貨店体育館にやってきた、ローキューツの原口揚羽・紫の姉妹は戸惑った。
 
敷地全体にロープが張られ「立入禁止・債権者」という札が下がっていたのである。どうなっているんだろう?と思って見ていたら、ヤクザ風の男が近づいてきて「ここの地主は倒産したんだよ。ここはロックアウトしたから、お姉ちゃんたち中に入っちゃいけないよ」と言うのである。
 
原口姉妹はいったん引き上げると、すぐにローキューツのオーナーであるケイに連絡してみる。ケイは明日21日にロックフェスティバルのため苗場に向かう予定で準備に追われていたのだが、連絡をきいて驚く。すぐに顧問弁護士の岩波さんに電話して調べてもらった。
 
すると房総百貨店が18日(月),19日(火)と連続で不渡り手形を出して、事実上倒産していたことが判明した。それで債権者が資産確保に動いたのだろう。
 
「それ債権者と話して借地権を主張することはできませんかね?」
とケイは岩波さんと話した。
 
「もちろんできます。正確には破産になった場合は、破産管財人は賃貸契約を持続しなければならないので、管財人に賃料を支払うことで建物を使用し続けることが可能です。但し、破産処理の過程で土地が競売されてしまいますと、その時点で賃貸契約は終了してしまいます」
 
「だとしたら、今はその賃料を誰に払えばいいんですか?」
「実はそれが問題なんですよ」
と弁護士は困ったように言った。
 
基本的には破産になるまでは、房総百貨店に賃料を支払い続ければよいはずである。借家人が締め出されるいわれはない。ところがヤクザが絡んできたことから、債権者の中に悪質な者がいることが考えられ、そこと交渉するのは現時点では困難が予想されるということだった。
 
「法的にはこちらに権利があるのですが、ヤクザの実力行使に対抗するのはけっこう難しいです」
 
「それ、選手が嫌がらせを受けて、怪我したりするとまずいですね」
「そちらが心配です」
 
「いっそ房総百貨店からあそこの土地建物を買い取れませんか?たぶん10億円程度ですよね?」
「もっと安いと思います。しかし破産寸前の企業との不動産取引は不正な財産処分とみなされて破産法違反に問われる可能性があります」
 
「となると、破産管財人が決まってから、その管財人と交渉した方がいい?」
「それがベストです」
 
「仕方ないですね。だったらそれまではどこか代替の練習場を何とかした方がいいですね?」
「それが可能なら、その方が安全です」
 

そこでケイはこの体育館の借り主!である千里に連絡した。これが7月20日の夕方で、アルゼンチンは12時間の時差があるので、同日の朝である。千里は朝御飯を食べている時にこの電話を受けた。
 
「だったら女装ラボを開けよう」
「女装??」
「ちがった。女装じゃなくて常総。アルファベットで書くとどちらもjosoだけどね」
「えっと・・・」
「茨城県常総市に、私が所有している体育館があるんだよ。狭いけど。しばらくそこを使ってもらおう」
 
「そこまでの交通手段は?」
「うーん。。。マイクロバスとかで運ぶかなあ」
「誰が運転するの?」
「バス業者から運転手付きで借りよう。管財人が決まるまでどのくらい掛かるかな?」
 
「今不渡りを2日連続で出したばかりなんだよ。この後、どういう処理になるかは分からないけど、ここ10年ほどひたすら赤字が続いているし、本店の建物もかなり老朽化しているから、再建は困難な情勢。破産して精算ということになる可能性が高いと言われているみたい。そうなった場合に破産管財人が任命されるまでたぶん3ヶ月くらいだと思う」
 
「だったら、3ヶ月程度、バスを借りようよ。費用は折半しない?」
「うん。それでいい」
「だったら、細かいことは私の弁護士の白金さんにやってもらうようにするよ。今から連絡するけど、冬、白金さんの電話番号知ってたっけ?」
「ううん」
「じゃ伝えるね」
と言って、千里はケイに白金さんの電話番号とメールアドレスを連絡した。ケイも自分の弁護士・岩波さんの電話番号とアドレスを伝えた。それでこの件はこの後、白金・岩波の両弁護士によって作業が進められた。
 

『時のどこかで』の撮影は、7月8日夕方から始まり7月19日までは都内のスタジオで行われたのだが、20日に多くの中学高校が終業式を終え夏休みに入るので、制作委員会では、このあとはスタッフ・出演者が、撮影用に借りていた埼玉県内の廃校に泊まり込み、7月31日まで撮影を続けることになっていた。校内に男女別の宿泊エリアを設定し、万一の性的トラブルが起きないよう、女性エリアの出入口には警備員にも座ってもらった。男性の俳優が女装!で入り込んだりしないよう、女性にはIDカードを配布してゲートまで作った。(アクアと葉月は特別室!)
 
なお泊まり込み体制にするのは、あくまで通勤時間の負荷を減らすためであり、中高生の役者さんたちの勤務時間は週40時間を越えないように管理する。それで大和映像企画の労務管理部の人が一緒に泊まり込んで目を光らせることになった。全員のタイムカードを管理して、絶対に違反が無いようにする。タイムカードで10時間以内の撮影にしなければならないので実質撮影可能な時間は9時間半ほどになる。
 

アクアは日中は他の人と絡む部分の撮影を進め、主として夜10時以降にたくさんアフレコをした。ボディダブルを使用して撮影した所は、葉月、ハナちゃん、ロンド、利美の声が入っているので、その部分をアクアの声に差し替えていく。
 
元原マミ(神谷真理子役)・黒山明(ケンソゴル役)の2人は日中にアフレコ作業をするのだが、労働法に縛られないアクアと19歳の広原剛志(浅倉吾朗役)は主として深夜にこの作業をしていた。
 
そういう訳で、アクアは20日の午後に撮影現場に入ってから21,22日とフルに仕事をして、さすがに「きついー」と思った。
 
22日の深夜アフレコ作業を終えてから、鱒渕が運転するマジェスタに乗って越後湯沢へ移動した。むろんアクアは道中ずっと後部座席で寝ていた。
 
翌日7月23日、アクアは苗場ロックフェスティバルの会場に立った。エレメントガードおよびサポート・ミュージシャンとして、羽藤玲香と米本愛心も来ている。他に信濃町ガールズのメンバーが6人来ていて、彼女たちとおしゃべりしているとアクアも少し疲れが取れるような気分だった。
 
11時。アクアは3万5千人の観衆の前に立った。昨年観客が興奮してステージになだれ込む騒ぎがあったので、今年はアクアの時だけ会場にロープが張られ、ブロック指定になっている。警備員も1000人体制である。
 
今日のアクアの衣装は青い半袖のジャージに白いハーフパンツ。ジャージにはJAPANの文字もあり、オリンピックを意識している。
 

最初にキーボード3台(ハル・レイア・アコ)が奏でる未来的なサウンドに乗せて『エメラルドの太陽』を歌うが、初公開のこの歌の歌詞を聞いて、観客はかなり戸惑っているようだった。この改変版はオリジナルに比べると随分マイルドなのだが!(マリがわざわざアクアにオリジナル歌詞をメールしてきたがさすがにこれは公開できないとアクアも思った)
 
その後、『ナイスなナースになるっす』を歌っている内に一瞬クラッと来たが、ここは頑張る。『テレパシー恋争』を歌っている内に足の感覚があやふやになる。
 
あれ?ボクちゃんと立っているのかな?でも頑張らなきゃ。何万人もの人がボクの歌を聴きに来ているんだもん。それで身体の感覚が少しずつ遠くなりながらも頑張って歌う。手が動かなくなる。マイクをスタンドに取り付ける。そしてスタンドマイクの状態で何とか必死に歌う。物凄い声援がアクアを勇気付ける。
 
負けるもんか。
 
と思ったところで意識が一瞬途切れた。
 
気が付くとコスモス社長の顔があり
「あ、良かった。気が付いた」
という声。
 
「龍ちゃん、演奏を中止して休もう」
と社長が言う。アクアは「あ、自分は気を失ったのかな」と思ったのだが、中止するのはお客さんに申し訳無い。ボクの歌を聞くために何万円もするチケット買ってくれた人もいるんだもん。
 
「5分くらい休ませて下さい。それからまた歌います」
「分かった」
 
それでコスモスが観客に向かって5分だけ休ませて欲しいと言うと大きな拍手がある。ボディガード・荷物運び兼任で来ていた川井唯がアクアを抱えてステージを降りて控室に入る。ステージ上では川崎ゆりこが「アクアが休んでいる間に」と言って1曲歌ってくれることになった。
 
アクアは頭を高くして寝せられ、スポーツドリンクをもらって飲む。そこに頼もしい顔が近づいて来た。
 
「青葉先生!?」
 
青葉はアクアがかなり汗を掻いているのを見て
「すぐ着換えさせて」
と言ったので、川井唯が
「私が着換えさせてきます」
と言って、アクアを抱いて更衣室に連れて行き、下着を交換、予備の衣装に着換えさせてからまた抱いて連れてきた。
 
ここで青葉は、アクアは男の子なのに周囲が女性ばかりだから、“男性の”スタッフが連れて行って着換えさせたと思っている。しかしレイアなどはアクアは実は女の子なのに周囲に男性のスタッフも何人かいるので、女性である唯がアクアを更衣室に連れて行って着換えさせたと思った。
 
180cmで短髪の唯はふつうに男に見える!
 
でもこのあたりは些細な問題である!
 

着換えさせたことで、アクアの体温が少し上昇したようである。
 
青葉がアクアの手を左手で握る。エネルギーを注入する。青ざめた顔をしていたアクアにどんどん血の気が戻って来る。
 
5分ほどしたところでアクアは起き上がった。
 
「ボク行かなきゃ」
「大丈夫?」
 
ステージでは川崎ゆりこが歌を歌い終えた後、そのままおしゃべりをしている。観客がドッと笑ったりしている。
 
「座って歌わせましょう」
とケイが提案した。
 
「よし、それでいこう」
 

結局椅子を2つステージ前方に並べ、アクアと青葉が出て行く。アクアがマイクを持ち、演奏の中断を詫びた上で、よかったらこの後、座って歌いたいと言うと大きな拍手がある。「アクアちゃん無理しないで!」などといったアクアを気遣う声もある。それでアクアとフルートを持った青葉が椅子に座り、演奏を再開した。
 
青葉が隣に座ったのは、そばに青葉がいればアクア自身心強いということと、実際に青葉はアクアの至近距離に居て、自らフルートを吹きながら、アクアにパワーを供給してあげるつもりでいる。もちろんそのエネルギー源は千里である!(南米の千里は夜中で休んでいるので、充分なパワーのゆとりがあった)
 
それでアクアは何とか最後まで歌いきったが、演奏終了後、控室でずっと寝ていて、青葉のヒーリングを受けていた。
 
その間にアクアの演奏に関わる機材はどんどん搬出される。次の出番のレインボウ・フルート・バンズのフェイが顔を出して、
 
「アクアちゃん、倒れたって?」
などと言っている。性別のはっきりしないフェイだが、今日は膝丈のプリーツスカートを穿いている。
 
「すみませーん。あと少し休んだら立てると思いますので」
とアクアは謝る。
 
「いいよ、いいよ。寝てて。そうだ、元気になるドリンクあげるよ」
と言ってクーラーバッグに入っていたドリンクを開封して差し出す。
 
「ありがとうございます」
と言ってアクアは飲み干してから
 
「あれ?このドリンク前にも飲んだことがある」
と言って、いつ飲んだのか必死で思い出す。
 
「ああ、やはりこれいつも飲んでるのね。ボクもこれ常備品なんだよね」
とフェイ。
 
それでアクアは瓶に書いてある文字を見て気付いた。
「これ以前丸山アイさんにもらった女性ホルモンドリンクだ!」
 
「アクアちゃん、去勢しているんだからちゃんと女性ホルモン補充していないとパワーが出ないよ」
 
「ボク去勢してませーん」
「このメンツの前で隠さなくてもいいのに」
 
青葉以外は全員苦笑していた。
 

アクアはライブ終了後30分くらいしてやっと起き上がり、女装!?してスタッフの制服を着て、★★情報サービスの鶴見社長の運転する軽トラで会場を脱出。鱒渕が運転するクラウン・マジェスタに乗り換えコスモスも一緒に高崎に向かった。
 
高崎で『エメラルドの太陽/もっとオブリガード』の音源製作をする予定である。アクアはマジェスタの後部座席でひたすら眠っていた(コスモスは助手席)。
 
途中連絡して病院に寄り、医師の診察を受けてブドウ糖の注射を打ってもらった。医師は18時までは休ませるよう厳命した。
 
高崎のスタジオに着いたのは15時半頃である。その間アクアはひたすら車内で眠っていた。そのおかげで少しは元気が出たので食事をする。更にベッドで休ませて、医師の指示通り18時になってから制作を始めた。
 
最初は『もっとオブリガード』から始める。軽快なボサノヴァのナンバーなので、アクアも気持ち良く歌うことができた。これを1時間ほどで仕上げる。
 
更に1時間仮眠させる。
 
そして20時頃から『エメラルドの太陽』の歌唱に入る。台湾のSFMSで作ってもらった音源を流しながら歌う。
 
さすがにアクアも疲れているので、最初はやや浮ついたような歌唱になってしまった。
 
「御免なさい、リテイクですよね」
とアクアは言ったが
 
「いや、今の歌唱が良かった気がする」
と今日の制作を指揮している雨宮三森は言った。本来は毛利がするはずだったのが、彼は三つ葉の件で忙殺されているのである。
 
「雨宮先生、アクアにステーキか焼き肉でも食べさせてからリテイクしてみましょう」
と奥原沙妃が言う。
 
「じゃ、あんたバンドメンバーとアクアと連れて何か食べてきて。私は少し寝てる」
 
と言って雨宮が寝てしまったので、奥原は寝ている雨宮とコスモス以外のみんなを連れて、胃に負担が少ないだろうということで、しゃぶしゃぶに行った。なおスタジオには技術者さんたちも居るのでコスモスが雨宮に襲われる恐れは無い!
 
それでアクアたちはお腹いっぱい食べてからスタジオに戻る。スタジオでは雨宮がまだ眠っている。コスモスは起きていた。それで奥原の指揮で制作を再開する。アクアは今度はかなり力強い歌い方をした。この状態で3回歌わせて、2番目の歌唱が最も良かった。
 
ここで雨宮が目を覚ます。時刻は22時前である。それと前後して応援に長尾泰華がスタジオを訪問した。雨宮が寝ている間に録音したものの中でいちばん良かったものを流す。
 
「最初に録ったやつを再度流して」
と雨宮。
 
それで20時頃の録音も流す。
 
「泰華はどう思う?」
 
「後から流したやつですね」
 
「ということで20時頃、最初に録音したものを採用しよう」
 
これでアクアの歌唱は確定した。この後のミックスダウン・マスタリングにはアクアは必要ないので、コスモスがタクシーでアクアと一緒に高崎市内のホテルに行った。マジェスタは明日の朝、鱒渕にホテルまで持って来てもらう。
 
「あれ?撮影やってる廃校に戻らなくていいんですか?」
とアクアが尋ねる。
 
「アクアが歌唱中に倒れたから少し休ませて欲しいと言って、監督と交渉して、今日は高崎で休んでいいことになった。明日の昼までに向こうに行く」
とコスモス。
 
「分かりました」
「ぐっすり眠れるように、セックスさせてあげようか?」
「社長、ボクがそんなのできないこと知っているくせに」
 
「まあ、今夜はお互い疲れているし、何もしないで寝ようか」
「はい」
 
ホテルには伊藤宏美・龍子、と姉妹ででもあるかのように記帳し、2人は同じ部屋に入った。
 
むろんダブルではなくツインの部屋である。
 
「私は寝るね。龍ちゃん、シャワー浴びてから寝る?」
「いえ。私も先に寝ます」
 
「じゃおやすみ」
 
それでこの夜はアクアはコスモスと一緒の部屋に寝たものの、むろん何も変なことはしなかった。
 
アクアはコスモスさんと一緒に寝たのは、北斗星の寝台で寝た時以来だなと考えていた。
 

7月24日、千里たち日本女子代表はアルゼンチンのブエノスアイレスからブラジルのサンパウロに移動した。オリンピックはブラジルのリオデジャネイロで行われる。
 

映画『時のどこかで』の撮影は、順調に遅れ!7月31日になっても、まだ幾つかのシーンを残していた。逆池プロデューサーは後輩の橋元に頭を下げて3日延長をお願いし、結局8月2日の深夜、23:55頃“撮影”は終わった。最後は中高生の生徒役を22時前に帰して、また主役級3人のボディダブルも今井葉月以外は帰して残りの4人(葉月は真理子のボディダブルを演じた)とおとなの俳優だけで23:55まで撮影を続けた所で、何とか河村監督の感覚で演技としては完成域に到達したという判断になり、クランクアップということにした。
 
しかし明日8月3日の午後にはマスコミ主体の試写会をすることになっている!
 
編集チームは撮影と同時進行で場面場面が撮影されたものをパソコン上で組み立てていく作業をしていたのだが、この最終日の撮影映像を組み込んで一応つながったものができたのは、徹夜で作業を続けて8月3日の朝7時であった。
 
仮眠していた河村や逆池に花崎が初めて通しての映像を見る。
 
「凄い。ちゃんとできてる」
と逆池も花崎も驚きの声をあげた。2人とも撮影に立ち会っていて、どういうものができるのか、よく分からない状態だったのである。たぶん出演者の大半もそうである。
 
「出演者が状況の分からないまま台本に書かれた演技をするので、感情投入が難しいのが、このマルチ撮影の欠点なんですよ。しかもボディダブルが多用されているし」
 
「同じ場面を別の俳優さんの組み合わせで何回も撮るというのもありましたね」
 

しかしこの時点では「ストーリーとしてつながっている」というだけであり、商業的な公開までには、かなりの調整を続ける必要があった。
 
まず根本的にボディダブルの人たちの声がそのまま残っているので、これをアフレコして本人の声に差し替える必要があった。他にも若干の撮り直し発生の可能性もあった。
 
そういう訳で、8月3日の試写会では、ボディダブルの声が残ったままの状態のビデオを公開することになる。しかも場面のつながりが一部おかしなところも残存したままで、これを見せられたマスコミ関係者は、論評に悩むことになる。正直、これは本当に8月12日に公開できるのか?と危ぶむ声もあった。
 

『ときめき病院物語』の撮影クルーも8月3日(水)の時点ではかなり殺気だっていた。一応撮影中断前に8月5日放送分の撮影まで一応完了していたものの、編集段階で一部撮り直したい箇所が出ていた。それでこの日はまずそれを撮影した。これに1時間ほど掛かった。
 
その後、8月12日放送分の撮影に入るがこれを何とか深夜まで掛けて撮影して、終わらせることができた。そして翌日8月4日の撮影で8月19日分の撮影を済ませて何とか綱渡り状態からは脱却できた。
 
『時のどこかで』の追加撮影やアフレコ作業だが、コスモスもアクアのスケジュールを念のため8月上旬にはレギュラー番組の出演や撮影以外、入れないようにしていたので、何とか時間を取ることができて、8月5日から8日まで、いくつかのテレビ局の番組や、後述のライブに出演した以外は、毎日12時間くらいアフレコ作業をしていた。他の主役級5人もずっとアフレコ作業をして、一部は撮影自体の撮り直しも行われた。
 
実際問題として、これらの作業が本当に終わったのは、8月9日の夕方で、映画公開のわずか3日前である。編集チームはその後、連日徹夜の作業で必死に調整を続け、河村や大曽根部長などの感覚で「これで完成」ということになったのは8月11日、映画公開の前日お昼頃であった。
 
大和映像企画では、この完成した映画のビデオを夕方まで掛けてどんどんコピー。同社の社員や、ΛΛテレビの社員に“持たせて”全国300館以上の映画館に持参してビデオの入ったハードディスクを渡した。映画館側も明日映写しなければならないのに昼過ぎてもビデオが到着しないので、どうなっているんだ?という問い合わせが凄まじかった。
 
一部8月11日の夕方から先行公開する予定だった映画館では、観客にビデオの不着を謝らなければならないのではとヒヤヒヤしていた所に、社員が持ち込んできたので「もう胃が痛くなりましたよ」と苦情を言った。
 
このアクア主演の初映画はそのようなまさにドタバタ状態で、何とか予定通りの公開に漕ぎ着けたのであった。
 
ただし制作費は当初予算の5倍!の10億円も掛かってしまい、逆池プロデューサーは責任を取って辞表を提出した。ただし社長に慰留される。7月ボーナスの返却、12月ボーナスの辞退、給与の1割カットについては認められた(奥さんが悲鳴をあげる)。
 

8月6日(土)、横須賀でサマーロックフェスティバルが行われ、アクアは映画の調整作業で忙しい中、これに参加してきた。
 
体調がかなり厳しい中でのライブとなったため、ケイが心配してテレビなどにも時々出ている霊能者中村晃湖さんにアクアの控室に入ってもらい、出番の1時間前からずっとヒーリングをしてもらった。
 
「私は青葉ちゃんのヒーリングとは系統が違うんだけど」
とは言っていたが、身体が暖まるような感じで気持ち良かった。
 
ライブ演奏後も横須賀市内のホテルで1時間ほどヒーリングしてもらってから東京のスタジオに戻った。
 

8月7日(日).
 
第3回ロックギャルコンテストの本選が昨年同様、新宿文化ホールで行われた。応募者は昨年より増えて8000人、都道府県予選通過者が200人、そしてブロック予選を通過して本選に出てきたのは32人である。都道府県を通過した200人の中には戸籍上男子という人が3人いたのだが、この本選にも1人だけそういう子が入っている。
 
徳島→四国とトップで通過してきた門脇真悠(まゆ)君、現在中学1年生である。予選でビキニの水着姿も披露しているが、股間が目立たないのは「ボクのは小さいから」などと、アクアみたいなことを言っていた。但し胸も無い。肩に掛かる髪は自毛だが、校則の緩い学校なので、それで通学しても文句は言われないらしい。一応男子制服で通学しているが、女子制服も所有はしていて校内外で着ていることもあると言っていた。実際コーラス部では女子制服を着てソプラノの所に並んで歌っているらしい。しかし物凄い美人である。
 
「女の子になりたいの?」
と尋ねた所、自分はMTXだと主張した。“男”にはなりたくないので現在微量の女性ホルモンで第2次性徴を抑えているということである。そのため声変わりしていないので、女の子のような声である。
 
「アクアさんと同様ですよ」
と言っていたが、コスモスは一応
「アクアは身体の発達が遅れているだけで女性ホルモンとかは使っていないのだけどね」
と言っておいた。
 

例によってこのコンテストの本戦では有力な参加者の番号を分散している。
 
8番が北海道1位の高島瑞絵(中1)、16番が沖縄1位の安良城謡子(あらしろ・ようこ:中3)、24番が四国1位の門脇真悠(中1)、28番が北陸1位の山口暢香(中1)、32番が東京1位の中井朋絵(高1)である。そのほか、12番、20番の子も、この日のパフォーマンス次第では優勝が射程内になるだろうと思われた。
 
1次審査ではほとんど差が付かなかった。ダンス審査ではバレエ経験者という8番の高島さんがいちばん良く、24番の門脇君・28番の山口さんがそれに次ぎ、1番の関西2位吉沢蕾美もその2人に僅差のとてもよい評価だった。32番の“本命”中井さんは「身体を動かすのは苦手」と本人も言っていたが、全体の中の8番手くらいであった。
 
そして歌唱審査になる。1番で出てきた吉沢さんがダンス審査でうまく行った勢いで、物凄く良い歌唱をした。その後の、8番・高島瑞絵、16番・安良城謡子は彼女の点数を上回れなかった。
 
24番の門脇真悠は1番より高い点数を出す。この時点で24, 1, 8, 16 の順である。まさか3年続けて男子がトップなんてことないよね?などと審査員が不安を覚えてきた所で、28番の山口暢香がもっといい歌唱をしてホッとした。そして本命の32番・中井朋絵がエレキギターを弾きながらCyntiaの『Run to the Future』を物凄く格好良く歌い、会場全体から盛大な拍手をもらった。
 
本気で優勝を狙っていた門脇真悠が「参った!」という感じの顔をしていた。
 
そういうわけで第3回ロックギャルコンテストは、女子高生の中井朋絵が優勝して第3代ロックギャルになった。
 
第1回の優勝者・アクアは男の子(?)で、第2回の優勝者・秋田利美は小学生で、どちらも優勝者がロックギャルを名乗らなかったが、第3回のオーディションで、やっと優勝者がそのままロックギャルとなった。
 

今回の優勝者・中井朋絵は都内の高校に通っていて、学校側と話した所、常識的な範囲での芸能活動は問題無いということだったので、卒業まで今の学校に通い続けることになった。彼女は“姫路スピカ”の芸名をもらうことになる。
 
2位・山口暢香、3位・門脇真悠、4位・吉沢蕾美、5位・高島瑞絵、6位・安良城謡子という順位になり、2〜5位の4人は§§ミュージックの研修生になることになる。富山の山口、兵庫の吉沢、根室の高島の3人は近い内に足立区の寮に入ることになった。安良城謡子は他のオーディションを受けてみたいということで、§§ミュージックとは契約しないことになった。
 
門脇真悠(実家は徳島県)については「ボクは女装は好きだけど、女の子になりたい訳でも無いし、自分自身は男の意識だから、女子寮に入るのはまずいと思います」と言うので、西宮ネオンと同様、都内のマンションを斡旋して(家賃自費)、そこから研修所や芸能学校・音楽教室などにレッスンを受けに通うことになった。実は西宮ネオンと同じマンションなのだが、同じフロアで部屋が確保できなかったので、ネオンは7階、門脇は3階である。
 

彼はハナちゃんから“信濃町ガールズ”にも勧誘された。
 
「ミニスカート穿いて、アクアちゃんとか、ひろかちゃんとかのバックで踊るの?やりたい、やりたい」
 
と言って、(ハナちゃんの見解で)信濃町ガールズの男子メンバー第1号となった。ちなみに葉月は男子メンバーとは思われていない!
 
「出演料は原則として1ステージ3000円ね。もっと出る場合もあるけど期待しないで」
「お小遣いにしよう」
 
「あんた足の毛とかはどうしてるの?」
「生えてないです。ホルモン剤で第2次性徴を抑えているから」
 
「じゃ問題無いね。放送局に来る場合は学校の女子制服がいいんだけど」
「女子制服はけっこう着て歩いているから問題無いです。コーラス部の大会の時も女子制服だもん」
 
「それは凄い。あと、できたら出番の時は下着もブラジャーとパンティ着けてきてほしいんだけど。着換えることになる場合もあるから、男の下着はまずい」
 
「ブラジャー持ってません」
「嘘!? 何なら買物に付き合おうか?」
「心強いかも!ボク1人では女性下着売場に近づくの怖くて」
 
「誰も変に思わないと思うけどなあ。まゆちゃん、女の子にしか見えないもん。でもパンティとかビキニとかスカートとかはどうしたのさ?」
「通販で買いました」
「なるほどー」
 

「でも僕、胸が全然ないんですけど、ブラジャーなんて着けられるかなあ」
「ジュニアブラなら着けられるよ」
「ジュニアブラはアンダーが入らないと思うんですよ。僕のアンダーが入るのになると、Eカップとかのしかなくて」
 
“思うんですよ”と言っているが、着けてみたことあるな?とハナちゃんは思った。
 
「スーパーフック使えばいいのに」
「何ですか?それ」
「知らない?下着売場には売ってるから、教えてあげるよ」
「助かります」
 
「ブラジャーは学校行く時も着けておくといいね。まゆちゃんがブラジャー着けてても誰も変には思わないよ。おっぱい大きくするつもりはないと言ってたけど、胸の無い女の子でもブラジャー着けてるよ」
 
「ハマってしまいそう」
「ハマッても実害無いでしょ? どうせ睾丸は取るつもりなんでしょ?」
 
「友だちからは唆されているけど、まだ自分では悩んでます」
「取っちゃえば楽になるよ」
「あ、その“楽になる”という意味は分かります」
 

ロックギャルコンテストが行われたのと同じ8月7日、三つ葉の3人がテレビスタジオで『恋のハーモニー』(ステラジオ作詞作曲)を歌う所が収録された。これは8月11日に放送されることになる。
 
その後、三つ葉の3人は、とある病院に連れて行かれた。実はこの病院で女性から男性への性転換手術が行われているのである。
 
「あんたたちが3万枚CD売れなかったら、この病院で手術を受けて男の子に変身してもらうから」
とデンチューの殿山が言う。
 
3人は顔を見合わせながら診察室に通される。
 
医師から、女性から男性への性転換手術の概要が説明される。
 
・乳房を除去する。
・卵巣と子宮を摘出する。
・膣口を縫い合わせて閉じる。
・上腕部の皮膚を採取して、それを丸めてペニスを作る。
・尿道を延長して、ペニスの先端から尿を出せるようにする。
・シリコンボールの疑似睾丸を入れて陰嚢を作る。
・男性ホルモンの投与により、声変わりが起きて男性的な体格が作られる。
 
「何か下腹部の皮膚をアーチ状に加工してから安定した所で片方の端を切ってそれをペニスの先端にするという話を聞いたことがあるのですが」
とデンチューの昼村が言った。
 
「それは昔の術式ですね。その方法では充分な性的機能と快感が得られないので、最近は上腕部の皮膚を使うようになりました。但し手術の難易度は昔の方法に比べて格段に難しくなりました。顕微鏡で確認しながら組織を繋いでいきますから」
と医師は説明した。
 
手術の過程を最初図解で示すが、男の子になりたいなどと言っていた八島も「うっそー!?」という感じの顔で見ている。優羽はある程度知っていたようで頷きながら聞いている。波歌はあからさまに「嫌だ」という感じの表情である。
 
実際の手術の写真(上腕部から皮膚を採取した後の傷跡の写真を含む)も、カメラでは映さないように、3人にだけ見せるが、波歌は「ごめんなさい」と言って目を瞑っていた。八島は「きゃー」などと声をあげていたし、優羽もさすがにしかめ面をしていたものの、この2人はしっかり写真を見た。
 
「何でしたら、今から手術をしてあげましょうか?」
と医師が言うが
 
「取り敢えず私は遠慮します」
と優羽が代表して答えた。
 
「ヤマトちゃん今日手術してもらったら?」
と殿山が言うが
「私、頑張って3万枚売れるように、友だちとかにもメールします」
などと八島は言っていた。
 

なお、手売りの日程は次のように発表された。
 
8月13日(土)金沢
8月14日(日)福岡
8月20日(土)札幌
8月21日(日)大阪
8月27日(土)名古屋
8月28-31日(日-水)東京
 
販売は3万枚に到達した所で終了する。
 
「8月31日まで掛けても3万枚に到達しなかった場合は、9月1-3日の3日間で1日1人ずつ性転換手術を受けてもらうので、順番を決めるように」
と殿山が言うと
 
「じゃ私が1番」
と優羽が速攻で言った。
 
八島と波歌が一瞬顔を見合わせて
「私が2番で行きます」
と八島がおそるおそる言い、それに続いて、優羽が!
「リーダーは最後の〆ね」
と言った。
 
それで先生は“手術予定表”に3人の名前をその順番で書いた。
 
「手術の前日は21時以降絶食ね」
などと言っている。
 

「君たちが男の子になった時の名前も決めたから」
と言って昼村は
 
花山波歌→波太
月嶋優羽→優助
雪丘八島→八蔵
 
と書かれたパネルを見せた。波歌は相変わらず嫌そうな顔をしているが、優羽は笑っていて、八島は喜んでいた!
 
「私、本当に八蔵に改名しちゃおうかな」
などと言っていたが、優羽から
「性転換手術が終わってからにしなさい」
と言われていた。
 

8月11日(木)の午後、アクアは映画の挿入歌『エメラルドの太陽』のCD発売の記者会見に臨んだ。
 
9日までひたすら映画に関する作業をしていたので10日は1日お休みをもらって、丸一日足立区の寮で寝ていた。夕方、母と彩佳が寮を訪れ、牛肉10kg!を「焼肉にしてください」と持ち込み、それで寮生たち全員で焼肉パーティーをしたら、少しは元気が出た。それでも10日の夜もずっと寝ていて、起きたのは11日の11時頃。そのまま青山に出かけてCD発売記者会見に臨んだのである。
 
記者会見に出席したのは、アクアとコスモス、三田原部長、作詞者(マリ)の代理ということでケイである。アクアがエレメントガード+レイア・アコちゃんという構成の伴奏者をバックに歌唱してから、記者会見になるが、最初はやはり『エメラルドの太陽』のぶっ飛んだ歌詞について質問がある。ケイはその歌詞の異様さから、★★レコードのスタッフによりマリが薬物を使用していないか尿と髪を採取されて調べられたものの、現在にも過去にも薬物を摂取した兆候は無いという判定結果になったことを述べた。
 
「この程度はマリにとってはごく普通の感覚みたいですね」
とケイが言うと、結構な率の記者が頷いていた。マリの突飛な言動は今に始まったことではない。
 
後半は映画に関する質問が多く、そのほとんどをコスモスが回答していた。実はマルチ同時進行撮影などということをしたので、主演のアクア本人にも物語の筋がよく分かっていない!のである。
 

8月12日『時のどこかで』が公開される。アクアは都内のいくつかの映画館を回り、舞台挨拶をしたが、アクアが来る予定の映画館はどこも物凄い人だかりで、テレビ局が手配した警備員がいなければ映画館に入ることも出ることもできない感じだった。
 
この映画の初日動員は51万人(興行成績7.2億円)という物凄い数値であった。
 
映画が無事公開され、好調な動員成績で滑り出したのを受けて、秋風コスモス社長、紅川会長、そしてアクアの芸能界における後見人である上島雷太の3人はΛΛテレビを訪れ、社長と会談して、今回のような無茶なスケジュールは今後、絶対に組まないで欲しいと強く申し入れた。
 
社長も大変申し訳無かったと謝罪し、今後はアクアの体力に配慮した撮影を行わせるということを約束した。
 

三つ葉のCD手売りであるが、実際には8月13日の金沢で2.5万枚が売れ(八島が春まで在籍していた中学校の生徒・先生が総出で来てくれて、その分だけでも400枚くらい売れた)、14日の福岡で残りの5千枚が売れ、3人のメジャーデビュー決定と、性転換しない!ことが確定した。
 
「おっぱい無くさなくて済んでよかったな」
と殿山が言うと、波歌が本当にホッとしたような顔をしていた。
 
「ヤマトはちんちん欲しかったんじゃないの?」
と昼村が言うと
「ちんちんあると便利そうだけど、取り敢えずうまい棒でいいです」
とヤマトは答えた。
 
おかげで、この放送の後、大量のうまい棒がテレビ局宛に送られてきた!
 
福岡に集結していた推定4万人ほどのファンの大半は結果的にCDを入手できなかったので、お詫びにと言って3人はマイナスワン音源を使用して生歌唱し、大きな声援を受けていた。
 
なお波歌のお父さんは「札幌に2000枚買いに行く」と言っていたが、札幌では発売会は行われず、お父さんの熱意は空振りに終わった。
 
福岡でのイベントが終わった後、3人はお昼に福岡名物の水炊きを食べてから、飛行機で東京に戻る。そして「大先生との対面」シーンを撮ることになる。ここは台本無しの撮影である。
 

それで3人は“使い走り”の毛利、プロデューサーの名古尾、アシスタントの金墨、ΘΘプロのターモン舞鶴取締役、および撮影クルーとで、“大先生”の御自宅に向かう。
 
3人の中で家を見ただけで“大先生”の正体が分かったのは優羽だけである。
 
優羽は“大先生”の顔を見た時にそれが誰か、八島には分からないのではという気がした。それでカメラを停めてもらい、名古尾の許可をもらって波歌と八島にそのことを告げた。波歌はとんでもない大物の名前に驚いていたが、八島は馬佳祥の名前を知らなかった。それで名古尾は1980年代に多数のヒット曲を生みだした作詞家であることを説明し、いくつか代表曲をあげる。八島もその曲名は知っていて「ああ、***を書いた人ですか!」と驚いていた。ついでに「まだ生きてたんですね」と言っちゃって、「今の発言、カメラが停まっている時でよかったね」と優羽から言われた。
 
カメラを再度回し始めて、カメラは御自宅の全容、そして立派な門と玄関を映した。そして中にあげてもらう。“大先生”の顔が映され、これで視聴者にその正体が分かるという仕組みである。
 
「わぁ、馬佳祥先生だ!」
と八島が嬉しそうに言ったので、先生はとても気を良くしたようである。(八島にもこの程度の演技はできる)
 

お茶とケーキなども頂き、一息付いた所で馬佳祥は
 
「ところでここで重大発表があるんだけど」
と言った。
 
放送ではここまでが8月18日に放送され、その続きは翌週25日に放送されることになる。
 
馬佳祥先生は
「実を言うと、僕はただの影武者なんだよ」
 
と告白する。そして三つ葉の3人が「え〜〜!?」と言って驚く(演技)。
 
ここでカメラは名古尾プロデューサーにズームし、名古尾は番組の内情を説明して視聴者に謝罪した。
 
・この番組を当初企画した人たちが、あるいは退職し、あるいは入院して、誰もいなくなってしまったこと。
 
・番組ではオーディションの選考をある信頼できるミュージシャンに依頼し、それで3人で1人分くらいということになってこの3人がユニットを組むことになったこと。
 
・辻褄を合わせるため、3人のプロデュースができる人を探し、複数の人の推薦で毛利さんにお願いすることになったが、毛利さんでは“大先生”にならないので、大先生と呼ばれるにふさわしい人として、馬佳祥先生にお願いしたこと。
 
・今後は馬佳祥さんは抜けて、毛利さんが名実ともにメインプロデューサーとして、三つ葉をプロデュースしていくこと。
 
「じゃ、毛利さんは使い走りから大先生に昇格ですか?」
と円香が尋ねると、毛利は
 
「僕はまだ大先生ではないから小先生くらいで」
と答えた。
 
『スター発掘し隊』はこの場面で実質終了し、9月は三つ葉の3人がメジャーデビューに向けて練習するところがずっと放送されていた。10月からは、三つ葉の3人も出演する新番組が放送されることが、“隠し撮り”により公開された。
 

8月1日、千里たち日本代表の一行はサンパウロからリオデジャネイロに移動した。いよいよ8月6日からオリンピックが始まる。
 

アクアは8月12日の映画公開を終えると、8月13日(土)はお休みをもらい、温泉にでも入ってくるといいよと言われた。それで同様にこの1ヶ月ハードワークだったボディダブルの今井葉月、ハナちゃん・花咲ロンド・秋田利美、それにマネージャーの鱒渕水帆の6人で、伊豆半島のひなびた温泉に行って来た。
 
しかしアクアはその日の朝、温泉に着くとすぐ眠ってしまい、葉月たちが近くの遊歩道などを散策している間、お昼も食べずにひたすら寝ていた。起きたのは(部屋に持って来てもらった)夕食を食べた時だけである。
 
ここで部屋は、ハナちゃん・花咲ロンド・秋田利美と鱒渕が“女部屋”で1つ、アクアと葉月が“男部屋”(ハナちゃんによれば“男の娘部屋”)で1つである。夕食はアクアたちの部屋に女性4人が来て6人で一緒に食べた。
 
食事後、女性4人も葉月もお風呂に行くが、アクアは「まだ寝てる」と言って寝ていた。女性4人は当然女湯に入る。葉月はハナちゃんから一緒に女湯に入ろうよと唆されたものの、脱衣場で裸の女性がいるのを見て“敵前逃亡”して男湯に入った。葉月が入った時、男湯には誰もいなかったが、あがってから服を着ている時に男性客が入って来て、びっくりして外に飛び出した!葉月は急いで服を着て「御免なさい」と、廊下で“男”と書かれた暖簾を見て戸惑っている男性客に言ってから部屋に逃げ帰った!
 

アクアは夜中の3時頃目が覚めて、お風呂行ってこようかなと思った。葉月は熟睡している。アクアはお風呂セットを持って温泉棟に行き、男女両方の暖簾を見てから「はぁ」とため息を付いて、男湯の暖簾をくぐった。そして服を脱ぎ、身体と髪を洗ってから、浴槽につかり、ボーっとしていた。うっかり眠ってしまいそうになって慌てて起きた時、ドアがガラッと開いた。
 
裸の女性(?)が2人入ってくる。
 
ここは男湯なのに!(多分)
 
「あ、アクアちゃん、いたいた」
「なんでこっちに入ってんのさ?」
 
「丸山アイさんに、ハイライト・セブンスターズのヒロシさん!?ヒロシさんって女の子だったんですか?」
 
丸山アイも女体を曝しているが彼(彼女?)の身体は、もう今更である。
 
「まさか。これはフェイクだよ」
とヒロシ。
「びっくりしたー!」
 
「アクアちゃん、男湯とかに入っちゃダメだよ。ちゃんと女の子は女湯に入らなきゃ」
とヒロシが言う。
 
「ちょっと待って下さい」
 
「さあ行くよ」
と言われて、アクアはヒロシとアイに連行されて、女の子の裸にしか見えない姿のまま男湯を出たのであった。
 
 
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【娘たちの1人歩き】(5)