【娘たちの1人歩き】(4)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
 
名古尾プロデューサー、毛利五郎、金墨円香が自己紹介をしたが、春吉さんも舞鶴さんも毛利五郎を知っていた。
 
春吉社長は
「しぁたー・しぁたープロダクションの社長、シアター春吉で御座りまする」
と名乗る。
 
「それは博多の春吉近くにあった住吉演舞場から来たお名前とか?」
と優羽が尋ねる。
 
「よく知っているね。僕は春吉で生まれたんだよ」
「そうでしたか!」
 
「小さい頃から演劇に関わっていてね。僕も随分子役で住吉演舞場の舞台に立った」
「凄いですね」
「うちの父親も母親も役者でね」
「へー。俳優の家系なんですね」
「母親なんて、ダブルキャストだったから」
「えっと・・・」
 
「母親の1人は藤娘とかの踊りが得意な女形(おやま)で」
「へ?」
「もう1人の母親は役者と兼任で近くのゲイバーに勤めていたゲイボーイで、凄くきれいなドレス着て『愛の讃歌』とか『ミラボー橋』とか歌ってて、幼心にきれいだなあ、と思っていた」
 
「ちょっと待って下さい。それどちらから産まれたんですか?」
 
と優羽が訊く。ボケられたらツッコむのがタレントの務めである!
 
「2人とも自分が産んだと主張していた」
「どうやって産むんです?」
「気合いじゃない?」
「じゃ私も30歳くらいになったら気合いで産んでみよう」
と優羽。
「頑張ってね」
と社長。
 
このやりとりを名古尾は困惑した表情で見ていたが、金墨は頷きながら聞いていた。
 

「私は取締役のターモン舞鶴」
と舞鶴さんは自己紹介する。
 
「それは舞鶴城(**)で多聞櫓(たもんやぐら)ですね」
「あなた博多の出身?」
「実は祖母が博多の須崎町の出身なんです」
「博多のど真ん中じゃん!」
 
須崎は下川端通りに近い問屋街で、老朽化した安アパートの多い庶民の町だった。
 
(**)舞鶴城は福岡城の別名。
 
「今みたいにきれいになる前の下川端町の写真とか見せてくれました」
「うんうん。あそこはきれいになりすぎたね」
「きれいになったというか、町が消滅したというか」
「まあきれいさっぱり何も無くなりましたね」
「祖母が小さい頃、既にシャッター街だったらしいです」
「うん。僕が覚えている頃も、ほとんど開いている店が無かった」
と社長も言っている。
 
「上川端通りには人がたくさん居るのに、大通り1つ挟んだ下川端通りには全然人が歩いていなかったらしいです」
「そうなんだよ。信号ひとつ渡るだけなのに。人の流れは微妙だよね」
 
「それでもうひとりの取締役のサニー春吉は今ステラジオのアルバム制作に付き合って某所に籠もっているのだよ」
と春吉社長は言っている。
 
(実際には療養中のステラジオに付き添い、ナミとふたりで絶対にホシから目を離さないようにしている。この時期ホシの周囲の人はホシが発作的に自殺したりしないか心配していた)
 
「それは・・・春吉の近くにあったサニー渡辺通店?」
「うん。今は西友になっちゃったけどね」
 
「あと2人取締役を増やす予定でね。1人がここに居るフロート大堀君」
 
「みんなよろしく」
と言ってフロート大堀は全員に新しい名刺を配る。
 
「可愛い!」
と八島が声をあげた。その無邪気な様子に浮見子が微笑む。彼女の名刺は可愛い猫系キャラの漫画絵が描かれている。
 
「私の名前の解読はできるかな?ことり君」
「えっと、大堀は大濠公園から。フロートは大濠公園内の浮見堂からです」
「凄いね!実は私の本名がその浮見堂から取られているんだよ」
と言って、浮見子は優羽に渡した名刺の下に、大堀浮見子と可愛い字で書いた。
 
「私の母はもう亡くなっているんだけど、ピュア大堀だったのよ」
「うーん・・・大濠公園からは少し離れるけど、清川ですか?春吉に近いし」
「そうそう。母は清川で生まれたんで、清河(さやか)という名前だった」
 
「ターモン舞鶴のお姉さんはこちらも亡くなっているけど、キャッスル舞鶴」
「それはそのまま舞鶴城ですね」
 
「以前居たマネージャーでメーン長浜という人がいたんだけど」
と浮見子は言う。
 
「それは長浜ラーメンですね」
 
「まあそういう訳で、僕と舞鶴姉妹と大堀君、それに長浜君も博多の出身でね。他にも何人か博多出身の社員がいるけど、最初は福岡で事務所を立ち上げたんですよ。それが20年ほど前に東京に移転したんですけどね」
と春吉社長が言う。
 
「ナラシノ・エキスプレス・サービスを売り出すためですね」
「よく分かっているね」
 

「それでもうひとり加わる予定の取締役は今日は来ていないけど、メーン長浜の娘さんで、ハート長浜というのだけど」
と浮見子が言う。
 
「長浜にある一心亭かな」
「私、あんたたちが大好きになったよ」
と浮見子は言った。
 
「浮見子ちゃんがこの子たちを担当する?」
と春吉社長は訊く。
 
「いえ。私は昨日社長と話し合いましたように、ステラジオの担当で。この子たち、ハート長浜さんに預けましょうよ。若いから、きっと頑張って売り出してくれますよ」
 
「北野裕子ちゃんはマーメイド祗園で、三つ葉ちゃんたちはハート長浜というので、お互いライバル同士で頑張れるね」
 
と舞鶴が言っていた。
 
「まあそういう訳で切磋琢磨していこう」
と言って北野裕子が3人に握手を求めるので、3人とも
「よろしくお願いします」
と言って、笑顔で握手した。
 

「でも今日は皆さん、わざわざ私たちを歓迎するのにコスプレして下さったんですか?」
と波歌(しれん)が尋ねる。
 
「うん。楽しいプロダクションだと思ってもらおうと思ってね」
と春吉は言うが
「やまとちゃんとか不安そうな顔してたよ」
と舞鶴が言う。八島(やまと)は
「御免なさい!」
と謝っている。
 
「でも木枯らし紋次郎に、黒田武士に、キャッツに、ごちうさって凄いですね」
と八島は取り繕うように言ったが、優羽が
「やまとちゃん、木枯らし紋次郎じゃなくて、国定忠治(くにさだ・ちゅうじ)」
と注意する。
 
「きゃー!ごめんなさい!」
と八島は再び言った。
 

波歌がふと気付いたように言った。
 
「そういえば、社長と舞鶴さん、北野さんは、この会議室から出て来られましたけど、大堀さんはドアから入ってこられましたよね。全員同じ所から出てくるのは詰まらないから1人だけ別にしたんですか?」
 
「いや。私は今出勤してきたところだったんだよ」
「・・・別室で着換えてこられたんですか?」
「自宅で着換えてきたよ」
 
「・・・・」
「自宅からその格好で?」
「うん」
「自家用車ですか?」
「電車だけど」
 
「え〜〜〜!?」
とこれには3人とも驚愕した。物事に動じない優羽にも想像力の範囲外だったようだ。
 
「そういえば今日は電車の中で私のことじろじろ見つめる人あったなあ。この服何か変かな?」
 
「私もフロートさんのこと大好きになりました」
と優羽(ことり)は言った。
 
「そう?よかった。じゃ握手」
と言って、フロート大堀と優羽は握手した。
 

「ところでこの子たち3人のこの後の予定なのですが」
と言って名古尾プロデューサーは説明した。
 
「へー。しばらくレッスンを受けて、8月にCDを作って、手売りして3万枚売れたらメジャーデビュー、売れなかったら3人そろって性転換ね」
 
「それマジで性転換するの?」
と舞鶴さんが呆れて尋ねる。
 
「普通の男の子に戻るということで」
と八島は楽しそうだ。
 
「まあ男の子も楽しいかもね」
と優羽は笑っている。
 
波歌は嫌そうな顔をしている。
 
「性転換するなら、いい病院紹介してやるよ」
などと春吉社長は言う。
 
「社長、性転換なさるタレントさんもあるんですか?」
と金墨が尋ねる。
 
「ここだけの話だけど、海野博晃は密かに性転換して女になっちゃったんだよ」
 
「え〜〜〜!?」
「彼は、ちんちん付いてるの嫌だ、取りたい取りたいとずっと言ってたからね。実は僕も3年前に性転換して男になったし、ターモン舞鶴君も去年までは美青年だったのが手術して美女に生まれ変わったし」
 
「私も実はまだ男の子だけど、来月手術を受けて本当の女の子に生まれ変わる予定だから」
と浮見子まで言っている。
 
悪のりして金墨まで
「実は私もデビュー前に海外で性転換手術受けさせられて女の子アイドルとして売り出されたんだよ」
などと言っている。
 
「ああ、この業界そういう話は多いですね」
と優羽も言った
 
むろん全てジョークである(と思う)!
 
でも波歌はジョークかどうかの判断がつかないようで不安そうな顔をしている。八島は本人が性転換と言い出したのもあるのか、楽しそうな顔をしている。この子は男の子になってもいいと思っているのかも!?
 

なお優羽の“移籍問題”について名古尾プロデューサーはカメラをいったん停めさせてから事情を説明した。すると春吉社長は
 
「ああ、全然問題無い。僕は紅川君とは“女子高”の同級生だから」
などと言って、直接紅川会長に電話した。
 
「おはよう。実はそちらに所属していた“つじま・ことり”さんのことなんだけど。ああ、オーディション受けた話は聞いている?それで僕の所で使わせてもらおうと思って、そうそう。うん、それで500円くらいでどう?」
 
500円!?
 
「へー。そんなのでいいの?じゃ分かった。だったらカン子ちゃんの言う通り移籍金は200円ということで。うんうん、映像や音声はお互いにそのまま使っていいという条件で。OKOK。じゃ今度一緒にウナギでも食べに行こうよ。またね」
 
と言って電話を切る。
 
「解決したよ。君の移籍金は200円になったから。明日にも振り込んでおくよ」
 
「200円・・・なんですか!?」
と優羽は少しショックを受けながら訊いた。私の値段って200円なの〜〜!?
 
すると北野裕子が言った。
「私1円で移籍したタレントさん知ってる」
 
「1円〜〜〜!?」
 
「帳簿上の備忘価額ってやつだな」
と名古尾さん。
 
「まあ人気絶頂のアイドルとかが移籍したら移籍金は数十億円ということもあるけど、まだ売れていない人だと1円もあるね。でも移籍金を払ったという事実が大事。それで円満移籍とみなされる」
と金墨さんが言っていた。
 
「アクアとかが移籍になったら、いくらくらいですか?」
と優羽は訊いてみた。
 
「アクアちゃんなら3兆円だな」
と春吉社長。
 
「10兆円出す所もあるかもね」
と浮見子。
 
「アクアは10兆円で私は200円か」
「やる気無くした?」
 
「いえ、俄然やる気出ました。移籍金がせめて100億円くらいになるくらい頑張ります」
「よしよし」
と春吉社長は笑顔だった。
 
なお先週「はなやま・しれん」「つきじま・ことり」「ゆきおか・やまと」というテロップを入れてしまった件については、名古尾プロデューサーは責任を問われて“あそこ切断の刑”!に処せられ、処刑の様子がテレビでも流された。
 

7月18日(月)朝1番にΘΘプロダクションから§§プロダクションに200万円の振り込みがあり、その入金を確認して月嶋優羽のマネージメント権の譲渡契約書が§§プロからΘΘプロに送付された。押印後1枚は§§プロに返送され、これで優羽のマネージメントはΘΘプロに移籍された。∞∞プロ系列の共通書式で、移籍前の優羽の音源や映像はそのまま§§プロ側が無償で使用してよい、などの条項が盛り込まれている。
 
優羽はこの譲渡契約書でΘΘプロとの契約が成立したので、ΘΘプロ・★★レコードとの三者契約書を新たに結んだのは、波歌・八島の2人だけである。
 

千里たちバスケットボール女子日本代表候補は5月22日にはフランスに渡り、アンジェ(Angers)に入った。“ナントの勅令”で有名なナント(Nantes)東方80kmほどの所にある都市である。パリから特急で1時間半〜2時間ほどである。
 
NRT 5/22 11:40 (JL415 787-8) 17:10 CDG (12'30)
Paris 19:53 (TGV) 21:30 Angers
 
千里は22日は移動のみで練習が無いのをいいことに、この移動過程を《すーちゃん》に代わってもらい、千里本人は成田からグラナダに転送してもらった。
 
グラナダでのチーム解散が急だったし日本での合宿がすぐ始まったこともあり、アパートの処理をしていなかったので、この日、解約の手続きをすることにしたのである。アパート内の荷物の処理の問題もあった。
 
今まで住んでいた物件は日本でいえばワンルームマンションという感じで駐車場付きであった。家賃は460eur (約5.7万円)である。千里はあまり遠くない時期にまたヨーロッパに来ることになる気がしたので、とりあえずもう少し狭い所に荷物を移動させて家賃を節約しようと思った。それで今のアパートを管理している不動産屋さんで相談した所、今の5倍!の床面積の一軒家でグラナダの中心部から結構離れた所にある物件が1年間限定なら家賃月350eur (約4.3万円)で借りられるということだったので、取り敢えず見に行った。
 
「うーん」
と千里は腕を組んで考えた。
 
「もっと広い家のほうがよかですか?」
と日本赴任の経験があるという40代の副店長さんは九州系っぽい日本語で言った。
 
「広すぎる気がするんですけど」
「ああ、日本人さんの感覚からはそげんかも知れんですね」
 
「こんな広い家が家賃250eurでいいんですか?」
と千里はさりげなく値切ろうとしている。
 
「一応400eurなんですが」
と不動産屋さんはさっきお店で言ったのより高い値段を言っている。このあたりはお互い様である。
 
「レーマン損失とユーロ危機(Colapso de Lehman Brothers / Crisis del euro. 日本では“リーマンショック”“ソブリン危機”と呼ばれた。彼はスペイン語を日本語に直訳して言っている)で不動産価格は暴落しましてね。マドリードとかバルセロナみたいな大都市だと再度上昇してきているんですが、こんな地方都市ではまだまだですよ」
 
「なるほど」
 
「いっそこの物件、お買いになりません?ここ実はアルジェ在住の所有者のお孫さんが1年ほど住んでいたものの、そのお孫さんが孫娘になっちゃって、フランス人と結婚してパリに移ったのでここは不要になったんですよ」
 
「ああ。時々聞く話ですね」
「孫娘になっちゃったお孫さんは精子は保存していたので、赤ちゃんは作れるということで現在出産準備中らしいですけどね」
「曾孫ができるなら全く問題ないですね」
 
と言いながら千里はそのフランス人って男だろうか女だろうか、産むのは一体誰なのか?卵子は誰のものなのか?と悩んでいた。
 
「それでこの家は売っちゃおうかなという話で。最初は地価が上昇するのを待っていたものの、なかなか上がらないから、しびれを切らして、安いままで売ってもいいと言っているんですよ。実は借りる場合1年限定というのも売却が視野なためで」
 
「買うといくら?」
「51万ユーロ(6300万円)です」
「・・・永住権取得目的で外国人が買ってくれるようにという価格だ」
「そうなんですよ」
 
スペインで50万ユーロ以上の住宅を購入し7年間ビザを維持した人はスペインの永住権を取ることができる。ちなみに千里は「次のチームが決まるまで1年間限定」で、まだレオパルダ・デ・グラナダとの雇用関係があり、有効な就労ビザ(期限は2018年4月)を現在も所有している。
 
「ところでこの家までの交通機関は?」
「車ですね。鉄道もバスもありません。交通機関があったら、この広さなら500万ユーロはしますよ」
 
「200万ユーロくらいでは?」
と千里はわざとスペイン語で言った。
 
不動産屋さんは「参った」という顔をしている。こちらがちゃんと相場を把握していることを認識したようである。
 
「でも車でここに来るためにはグラナダ市街に車を駐めておく場所が必要ですよね?」
「安い所斡旋しますよ」
 
「ところで借りる場合は200eurだったっけ?」
さっきより安い値段を言っている!
 
「お客さん、お金持ちでしょ?買いましょうよ。何なら分割払いでもよかですよ」
と不動産屋さんは言っている。どうも会話の感触から、買おうと思えば買えるが、一括で買うには微妙なのかもと判断した感じであった。
 

さて、フランス・アンジェでの合宿は23日から28日まで続き、千里たちは地元の大学生チーム、ナントを拠点とするフランスLFBに所属するプロチームなどと練習試合をした上で、26-28日にはフランスチーム・セルビアチームと3チームでリーグ戦をおこなった。
 
その後ベラルーシ(昔の白ロシア)のミンスクに移動して、後半の合宿に入る。
 
CDG 5/29 14:25 (B2866 737-500) 18:10 MSQ (2'45)
 
ここでも地元のチームに練習相手になってもらい、体格の良い選手との対決の練習をする。6月2-4日にはトルコ、ベラルーシ、ニュージーランドのチームと4者でリーグ戦形式の試合をおこなった。
 
日本代表候補選手団は翌日ロシアのシェレメーチエヴォ国際空港経由で帰国した。
 
MSQ 6/5 6:15 - 7:35 SVO(1:20 dif 0) 19:00 - 6/6 10:35 NRT(9:35 dif+6h)
 
そして6月6日バスケット協会に行き、オリンピックに出場する代表12名の発表に臨む。12名にはこのようなメンツが選ばれた。
 
PG 武藤博美、森田雪子
SG 花園亜津子、村山千里
SF 佐藤玲央美、広川妙子、湧見絵津子
PF 鞠原江美子、大野百合絵、高梁王子
C 森下誠美、夢原円
 
補欠 前田彰恵、平田徳香、鞠古留実子
 

昨年のアジア選手権で優勝を逃し、五輪切符を獲得できなかった中国は、6月13-19日にフランスのナントで世界最終予選に臨んだ。予選リーグではスペインに敗れたものの2位で決勝トーナメントに進出。17日の準々決勝でベラルーシに勝ってオリンピック出場を決めた。
 
千里はシンユウに電話しておめでとうを言った。
「これでリオで戦えるね」
「うん。頑張ろう」
 
なお千里の元チームメイト・サンドラも入っているスペインは予選リーグを1位で通過。準々決勝で韓国に勝って、同じくオリンピック切符を手にした。千里はサンドラに「Felicitaciones!(おめでとう)」メールを送っておいた。
 
●リオデジャネイロ五輪出場国(12ヶ国)
 
アメリカ 2014世界選手権
セルビア 2015ユーロバスケット
カナダ 2015アメリカ選手権
オーストラリア 2015オセアニア選手権
日本 2015アジア選手権
セネガル 2015アフロバスケット
ブラジル 開催国
ベラルーシ・中国・フランス・スペイン・トルコ 世界最終予選
 

6月上旬、ΛΛテレビ局内で激論が交わされた。
 
映画『時のどこかで』の撮影を7月頭から開始したいのだが、それまでにどう考えても『ときめき病院物語II』の撮影が終わりそうにないのである。
 
「今の所終わるのは8月上旬くらいになりそうなのですが」
「それはもう映画の公開時期ですよ」
「だいたいその映画の撮影日程が無茶すぎますよ。1ヶ月で映画作るなんて聞いたことない」
 
ベテランの逆池プロデューサーの強引な主張に対して中堅の橋元プロデューサーが1歩も引かない。
 
結局社長が仲裁案を出す。『ときめき病院物語II』の撮影をいったん7月7日(木)で中断し、7月8日(金)から31日まで『時のどこかで』の撮影。そして8月から『ときめき病院物語II』の残りの撮影をするというものである。
 
「撮影と放送が綱渡りになる上、8月いっぱい拘束されるとなると、端役の人たちが他の仕事を入れていたのにパニックになると思います」
と橋元は不満そうに言う。
 
「その役者さんたちには充分な報酬の上積みをするとともに、スケジュールがぶつかる所には僕の名前で詫び状を書こう」
と社長。
 
「7月8日からでは撮影スケジュールが厳しすぎます」
と逆池も言う。
 
「役者さんたちに撮影現場に泊まり込んでもらうとかはできない?タイムレスで頑張ってもらおう」
「それバレたら労働基準監督署から何か言われますよ。特に未成年者労働については厳しいんです」
 

§§ミュージックの第3回ロックギャルコンテストだが、6月18-19日に都道府県予選(東京・大阪・北海道はエリア予選)が行われた。
 
第1回の優勝者がアクア、第2回は優勝者無しで特別賞・西宮ネオン、ということで“ギャル”の名称に反して、男の子が2年続けて選出されたこともあり、今回男子の応募者が全体の2割を占めていた!
 
昨年はネオンの本名(充乃)が男とも女ともとれる名前であったことから本選の当日まで性別に気付かなかったという問題もあり、今年は書類・音源での選考を通過した人に、年齢確認の意味も含めて、住民票の提出を要求した。
 
すると名前と歌唱録音での声だけでは気付かなかった男子の書類選考通過者が全国で50人もいて(ほぼ全員が中学1年生で声変わり前)、個別に「申し訳無いが女子のオーディションなので」とお断りの電話を入れた。但し本人が「戸籍上は男だけど実態は女」と主張した人(GIDのケースと半陰陽のケースがあった)に関しては(必要なら股間を偽装して)女子水着姿になれることを条件に出場を認めた。
 
バストに関しては天然女子でも胸が全然無い子もいる!ので、偽装しなくてもよい。
 
都道府県予選の通過者は全国で200人程度で、来月のブロック予選に進出する。この200人の中には美事な女子水着姿を披露した男の娘3名も含まれていた。
 

6月中、三つ葉の3人は、歌やダンスのレッスンに励みながらも、この時期は中間試験のために頑張っていた。特に高校生の2人は万一赤点を取ったら活動停止を宣告されているので、ふだんあまり真面目に授業を受けていない優羽も勉強に集中していた。
 
そしてとうとう6月26日(日)に三つ葉にCDを制作する楽曲が渡された。ステラジオの作詞作曲で『恋のハーモニー』という曲である。
 
実を言うと、ラララグーンのソウ∽(そうじ)が今絶不調で全く楽曲が書けない状態にあると聞いたシアター春吉社長が、自分の所のステラジオのホシと似た状態かもと思って同情し、療養中のホシに連絡して、若いデビュー前の3人娘のユニットにあげられるようなストックが無いかと問い合わせた。
 
するとホシもソウ∽に同情し(この時点でホシはソウ∽というのが実は毎日のように療養中の旅館内で会っている“変態じいさん”であることに全く気付いていない)、どっちみち自分たちのアルバム制作は年明けくらいだと思うからと言って、自分たち用に用意していたこの曲を10代の女の子向けに歌詞を少し調整し、パートも2パートから3パートに変更して提供してくれたのである。結果的にシレンとコトリはこの曲では純粋なコーラスではなく、結構見せ場のある歌い方になった。
 

2016年6月23日(木).
 
★★ホールディング(★★レコードの持ち株会社)の株主総会、続いて取締役会が行われ、松前社長が会長に退き、村上専務が社長(代表取締役)に、佐田常務が副社長に、町添取締役が制作部長のまま専務取締役に、平田取締役も総務部長のまま常務取締役に選任する決議が採択された。
 
これから3年間、★★レコードは冬の時代に突入。ローズ+リリー以外のビッグアーティストが軒並み勢いを失う一方で、有望な新人が全く出て来ずに、ひたすら売上げが下降していくことになる。
 

千里たち女子日本代表は6月16日から28日まで、チェコのプラハに遠征に行った。
 
NRT 6/16 11:25 - 16:30 (12:05 dif-7h) FRA 22:15 - 23:15 (dif 0) PRG
PRG 6/28 6:00 - 7:10 FRA 13:40 - 6/29 8:15 (11:35 dif+7h) NRT
 
フランクフルト経由でチェコのプラハに入った。地元の強豪チームに練習相手になってもらい、練習を重ねる。そして6月22-24日には、日本代表、チェコ代表、スロバキア代表、カナダ代表の4チームによるリーグ戦が行われた。
 

6月28日は京平の1歳の誕生日である。千里は27日の練習が終わってから、21:00頃、大阪の千里中央駅に移動してもらっておいた《てんちゃん》と入れ替わった。日本時刻では6/28 4:00頃である。
 
貴司は25日から男子日本代表の合宿でフランスに行っている。阿倍子はだいたい昼近くまで起きない。それで千里はそのまま貴司のマンションに行き、自分が持っている鍵で勝手に中に入る。マンションには京平のお世話のため《いんちゃん》も詰めている。阿倍子は寝室で寝ており、京平は居間のベビーベッドに寝ている。
 
千里は寝ている京平を抱っこした。京平は目を開けて
 
『お母ちゃん、おはよう』
と思念で伝えてきた。
 
『おお、ようやく封印が解けたね』
『おとといくらいから使えそうな気がしていたけど、自信なかった』
 
『てんちゃんや、いんちゃんに話しかけてみれば良かったのに』
『最初はお母ちゃんと話したかったんだよ』
『ごめんねー。海外に行ってたから。でも誕生日おめでとう』
『ありがとう』
『おっぱい飲む?』
『飲みたーい』
『よしよし』
 
それで胸を出して直接授乳すると、京平は嬉しそうに飲んでいた。
 
千里はそのまま京平のそばで4時間ほど添い寝しながら、たくさんおしゃべりをきいた。そして日本時間の8:00(プラハの6/28 1:00)頃、京平が眠ってしまったのを機に、いったんプラハに戻った。
 

2016年7月2日、青葉は“妖怪足元くちゅくちゅ”の調査のため東京に出てきたのだが、冬子のマンションに寄ったら、政子から『エメラルドの太陽』というぶっとんだ内容の詩を渡され、曲を付けてくれないかと頼まれた。まるで薬でラリッた状態で書いたような詩なので、冬子から曲付けを拒否されたらしい。
 
青葉は困ったなと思いながらも取り敢えず詩を預かった。
 

千里たちは6月29日に帰国。そして7月2日から第五次合宿に入った。
 
7月2日の夜、毛利五郎から山森水絵のプレス直前のアルバムに修正依頼が入ったと連絡があった。千里は冬子に電話して代わりに修正作業をしてもらえないかと打診。冬子は快諾してくれたのでこちらは練習を中断しなくて済んだ。
 
7月6日の午後は練習が休みだったのだが、15時半頃、また毛利から連絡があり、山森水絵のアルバムに今度は1曲追加して欲しいという依頼がある。アクア主演で制作予定の映画『時のどこかで』のテーマ曲にするらしい。プレスは明日の夕方から始めなければならないので、今夜中に伴奏を収録し、明日の朝から山森の歌を録音したいという話だ。つまり今から4時間程度以内に曲を書かなければならない。
 

千里は矢鳴さんを呼び出し、彼女の運転するアテンザの後部座席で曲をまとめようと考えた。しかし矢鳴さんが到着するまでは1時間半くらい掛かる。それで千里はそれまでに選手村の部屋の中で何とかとっかかりだけでも掴もうとした。
 
そこに玲央美が来訪する。『時をかける少女』のテーマ曲を書くことになったと言うと「私たちも時を駆けたね」と言った。
 
あれは7年前の2009年。U19日本代表に召集されていたのにそれから逃亡して他のことをして夏を過ごしてしまった千里は、年末に旭川N高校の後輩たちから『U19は凄い活躍でしたね』と言われた。何か変だと思いながらコンビニに行って玲央美と遭遇するが、玲央美も自分はU19に出た覚えは無いのに後輩たちからやはりU19での活躍を称えられたという。
 
2人は何かおかしいと言いながら千里が運転するインプレッサの中で話し、更に道路脇に停めて話していたら、江美子が自分のランエボを寄せてきて言った。
 
「日本代表の合宿が始まるよ」
と。
 
2人は2009年12月21日の朝にコンビニで遭遇してその後話し込んでいたはずなのに、時計を見たら2009年7月1日だったのである。そのあと2人はU19世界選手権が終わるまで35日間“タイムシフト”した中で時間を過ごすことになる。
 

そんな話をしている内に頭の中にメロディーが浮かんでくるので書き留める。そして当時のことを懐かしそうに玲央美が語る中で千里は曲をまとめていった。
 
やがて矢鳴さんが来るので千里は彼女が運転するアテンザで出かける。首都高をぐるぐる何度も周回してもらっている間に曲をまとめていく。そして19時過ぎスタジオに入り、毛利さんにギターコード付きメロディ譜を手渡した。
 
「ハサミで切ってセロテープでくっつけてある!」
「カット&ペーストです」
 
「タイトルは『∞の鼓動』か」
「∞は悠久の時の流れを表しています」
 
「メロディーが二重になっている所があるけど」
「多重録音でよろしく」
 
「あ、これって一種の輪唱だ。すっごく離れているけど」
「メロディーがタイムリープしているんです」
 

千里の手書きの譜面ではさすがにそのまま演奏できないというので、この後、千里、毛利、女子大生?の奥原沙妃、ハナちゃん!の4人でこのつぎはぎだらけの譜面を“大雑把に清書”し、千里がチェックして多少の修正、毛利の意見で更に調整をした。
 
ちなみにここにハナちゃんが居たのは、急遽1曲追加しなければならなくなり、ミュージシャンを集めている時間が無いので、毛利がアクアの制作もしている縁で品川ありさのバックバンド・フィフティースリーをまるごと呼び出して徴用したためである。ハナちゃんは先月からこのバンドのベーシストに就任している。
 
この譜面をコピーしてバンドメンバーに配り朝までに実際に演奏しながら曲を練り込み、伴奏音源を完成させることになるが、千里は解釈が難しい所を「ここはこんな感じで」と言って、実際にドラムス、ベース、ギター、キーボードを弾いて演奏してみせた。
 
「鴨乃先生、何でもできる!」
とフィフティースリーのメンバーが感嘆していた。
 
「鴨乃君は、何でもちょっとだけできるんだよ」
と毛利。
 
「自信があるのは横笛だけ。あとはかなりごまかしがある」
と千里も言う。
 
「そうだ、その横笛を吹いてよ」
と毛利は言い、千里はスコアに指定されているフルートパートを吹き、これはそのまま発売音源に残ることになった。
 
千里は2時間ほどスタジオで作業をした上で
「宿舎に戻らないといけないから」
と言って21時頃、選手村の自室に戻ることにしてスタジオを出た。
 

千里が帰った後、バンドメンバーは徹夜でこの曲を演奏しながら練り上げ(ハナちゃんが高校生であることは無視されている)、(7月6日) 午前4時頃に完成の域に到達した。それで全員スタジオ内で仮眠する(毛利だけ廊下で寝た。彼以外は女子である。この場では取り敢えず奥原沙妃も女子扱いでいいことにした)。
 
朝6時に山森水絵が来てくれたので、最も元気な奥原の指導のもと、伴奏音源を聴かせて歌わせる。元々歌がうまい子なので1時間で充分良いできになる。それで7時すぎにはミックスダウンをして、9時までにはマスタリングを終え、起きてきたハナちゃんがタクシーで工場に持ち込んだ。
 
そしてこの曲は7月8日朝からテレビCMの映画トレーラーのバックに流され始めた。この時点では実はまだ映画はクランクインさえしていない!このトレーラーに使用された映像は5月の段階で、アクアと木田いなほの2人だけで撮ったものである(数日後に元原・広原・黒山も入ったバージョンに差し替えられる)。
 

一方、千里はスタジオを出て合宿所に戻ろうとしていたら、途中の路上で偶然冬子・政子に遭遇。彼女たちを恵比寿のマンションまで送っていくことにする。ところがその途中で更に淳と会う。淳は
 
「赤ちゃんが生まれそうなので仙台に向かおうとしていた所」
と言う。すると政子が
「赤ちゃん見に行こう」
 
と言うので、結局4人でそのまま千里のアテンザで仙台に行くことにし、千里は《すーちゃん》に身代わりで合宿所に戻ってもらうことにした。千里は青葉のサポートも必要だと思い連絡したら「じゃ私も車でそちらに向かう」と言う。
 
「青葉、車あるの?」
「彪志がこないだフリードスパイク買ったんだよ」
「だったらさ、少し遅れてもいいから、桃香も一緒に連れて来てくれない?」
 
それでこの夜、千里たちより少し遅れて青葉・彪志・桃香の3人も仙台に向かった。
 
赤ちゃんは7月7日朝4:20に生まれた。
 
千里たちはこの出産に間に合ったが、青葉たちは間に合わなかった。しかし青葉は途中のPAから千里を“端末”に使って赤ちゃんの出産をサポートしてくれた。この時桃香がそばに居たことで、この作業をスムーズに進めることができた。桃香の曖昧なものを嫌う性格(才能?)が、曖昧な状態で胎内に存在していた赤ちゃんを現実世界に連れてきたのであった。
 

貴司たち男子日本代表は7月4-10日にセルビアのベオグラード(旧ユーゴスラビアの首都)で行われたオリンピック世界最終予選に出場していた。この予選は世界3ヶ所(トリノ・マニラ・ベオグラード)に分けて行われ、各大会の優勝者のみがリオ五輪に出場することができる。
 
しかし日本はラトビアとチェコに連敗して、決勝トーナメントにも進出できなかった。
 
チェコとの試合は7月6日の21:00-22:45に行われ、千里は現地まで応援に行っていた友人から現地時刻の22:50 (日本時間 7/7 5:50) に結果のメールをもらった。仙台駅で東京行きの新幹線を待っている時にこのメールを受信したのだが、すぐ貴司に「惜しかったね。お疲れ様」というメールを送った。貴司は控室で監督や協会の人たちの話を聞いて着換えようとしていた時にメールに気付き、もう知っているとは!と、びっくりしたらしい。
 
なお日本バスケットボール協会のfacebookに敗戦の報が書き込まれたのは日本時間8:11であった。
 

7月7日(木)23:59.
 
『ときめき病院物語II』の8月5日放送分までの収録が終わった。正確には強引に終わらせたというのに近い。
 
8月12日放送分以降は8月1日から撮影再開することにし、約3週間のお休みに入る。しかし8月1日から、絶対に収録終了しなければならない8月31日までの1ヶ月間で残り6回分の収録をすることになる。再開後はハードスケジュールになるものと予想された。
 

7月8日(金)朝6:00.
 
この日の朝から“アクア主演映画『時のどこかで』(原作:筒井康隆『時をかける少女』)8月12日全国ロードショー”というトレーラーのCMが一斉にテレビで流れ始めた。
 
しかし実は、その映画の撮影はこの日早朝から始まる予定だった。ところがスタジオに顔を出したのは、プロデューサーの逆池、監督の田箸、脚本の花崎弥生、の他は、福島先生役の沢田峰子、芳山和夫の両親役2人、浅倉吾朗役の広原剛志、吾朗の両親役2人、の6人だけであった。
 
実は今日の朝から撮影に入るつもりで準備していた所、昨日の夕方、労働基準監督署の労働基準監督官が直々に制作委員会の事務局を訪れ、この映画に出演予定の複数の中学生の親から通報があり、学校の授業がある日なのに朝から撮影に入るよう要求されたというが、小中学生を就学時間内に使用するのは違法なので、絶対にそのようなことがないようにしてもらいたいと警告を受けたのである。
 
更に18歳未満の労働は1日最大10時間・1週最大40時間・最低1日の休みとなっているので、それを遵守すること、労働計画書も提出することを約束させられた。それで制作委員会で急遽検討して、このような労働時間予定をまとめた。
 
日10 月(休) 火5 水5 木4 金5 土10
 
10時間労働の日を作る場合4時間以内の日もなければならないので木曜を4時間とする。平日の5時間は17-22時である(年少者の午後10時以降・午前5時前の労働は禁止)。学校が夏休みに入っても“最大40時間”は遵守しなければならないので、結果的に上記の時間内で撮影するしかない。
 
それで高校生以下の俳優全員に8日は学校が終わってから出てくるように一斉メールしたのである。
 
結果的に、アクア(中3)、今井葉月(中2)、元原マミ(高3)、黒山明(高1)、木田いなほ(中2:滝蜜子がもらった芸名)、および生徒役の役者全員!が平日の日中は使えないということになってしまった。
 
そのメンツが居なければ撮影できるシーンは存在しない。
 
それで19歳大学生の広原剛志と、おとなの主な役者は一応顔を出したものの、監督から「今日の撮影は17時からになった」と言われ、沢田峰子さんが
「私がおごりますから、お茶でも飲んでからいったん帰りましょう」
と言って、結局全員引き上げたのであった。
 

「元々撮影期間が短く、この3週間はフル稼働で撮影をしないと間に合わないスケジュールでした。この撮影時間では7月中に撮影を終えるのは不可能です。どう考えても9月いっぱいまで掛かります。映画の公開を延期してください」
 
と田箸監督は言った。
 
「いや8月になったら『ときめき病院物語II』の撮影を再開しなければならない。だから7月31日を越えての撮影はできない」
と逆池プロデューサーは言った。
 
「そんなこと言われても不可能なものは不可能ですよ」
と田箸は言う。
 
1時間ほどの激論の末、とうとう監督は切れた。
 
「そんな無茶な撮影はできません。短時間に仕上げようとするとクォリティの低い演技のままになってしまいます。そんな作品なんて公開できませんよ。それで強行するというのなら私は責任を持てません。辞めさせて頂きます」
 
それで田箸は帰ってしまった。
 

「どうします?私も田箸さんの意見に賛成だけど、ここで中止する訳にもいかないことは理解します。もう公開日を明示した予告編までテレビで流しているのに中止も延期もできませんよ」
 
と脚本の花崎弥生が逆池に訊く。
 
「どうしようか?」
と逆池も困ったように腕を組んで考え込んだ。
 
ちょうどそこに人が来る。
 
「あれ?撮影は休憩中ですか?」
「えっと?」
 
「すみません。河村と申しますが、沢田峰子さん、こちらにおられません?」
 
「今日はいったんお帰りになって夕方からまたいらっしゃるのですが・・・あれ?『ハチミツ日記』の河村監督でしたよね?」
と花崎が言った。
 
「はい、『ハチミツ日記』や『讃岐うどん大戦争』の監督をさせて頂きました」
 
「あなた昨年『ねらわれた学園』の監督をなさいましたよね?」
と逆池が立ち上がって河村のほうを向いて訊く。
 
「はい」
 

「『ハチミツ日記』は、いつクランクアップですか?」
「先週撮影終了したんですよ」
「河村さん、次の予定は?」
 
「え、えっと、10月放送開始予定のキャロル前田ちゃん・七浜宇菜ちゃんW主演『変身!ポンポコ玉』の監督をする予定です。キャロルちゃんの女装・宇菜ちゃんの男装がたくさん見られるらしいと、前評判が高まっていますけど、こちらは倫理委員会との打合せが大変で」
 
「それ、いつクランクイン?」
「えっと・・・9月撮影開始で10月撮影完了予定です。それまでは使い走りばかりで」
と言って頭を掻いている。
 
「3ヶ月のドラマでしたっけ?」
「いえ。10月から3月まで半年間22本の予定です」
「それを2ヶ月間で撮影するんですか!?」
 
「キャロル前田ちゃんのスケジュールが厳しいので、その2ヶ月間だけ空けてもらって、その間に高圧縮撮影です」
 
「どうやって圧縮するんですか?」
 
「キャロル前田、七浜宇菜のボディダブルを各々3人ずつ使います。どちらも女の子ばかりですが。それで同時進行で各々セットを組んだ8個のスタジオの8台のカメラで計画的に撮影を進めるので2ヶ月間に6ヶ月分の撮影ができるんですよ。コンピュータのマルチコアみたいなものですね。費用は倍かかりますけど」
 
逆池と花崎は顔を見合わせた。
 

「河村さん、7月いっぱい『時のどこかで』の映画部分の撮影を指揮してもらえません?」
「え?そちらは田箸さんがするはずだったのでは?」
「さっき辞任しました」
「え〜〜〜!?」
「取り敢えず明日、北海道に主演級の4人を連れて行ってラベンダー畑で撮影をするんですけど、この指揮をしてもらえませんか?」
 
「済みません。私のスケジュールについては、大和映像企画の大曽根部長に照会して頂けませんでしょうか?」
 
逆池がビクッとする。実は大曽根さんが怖いのである。この業界の大御所のひとりだ。しかし話さなければならない。
 
「今すぐ連絡します」
 
それで逆池が大曽根部長に電話した所、案の定「それは計画が甘すぎるし無茶すぎる」と叱られたものの、何とか作りあげなければならないことは理解してくれた感じであった。それで取り敢えず明日の河村の北海道行きについてはOKだが、映画自体の監督をしてくれという話については、大曽根さん自身がこちらと話し合いたいということだったので、今日の午後、逆池・花崎・大曽根の三者で会うことになった。
 
そして午後の会談(途中でΛΛテレビ社長も入った)で結果的には河村が映画『時のどこかで』の監督をすること、過去に『アルティメットの星』で部分的に行い、今回『変身!ポンポコ玉』でもっと本格的にやろうとしていた、マルチ同時進行撮影を今回の映画で試行してみることになった。『変身!ポンポコ玉』はあまりにも日程が厳しい上に失敗が許されないので、失敗してもテレビ局のせいにできる今回の映画でテストしておきたい雰囲気もあった。
 
但しこれを実行するには出番の多い、アクア(芳山和夫)、黒山明(ケン・ソゴル)、広原剛志(浅倉吾朗)の3人のボディダブルが最低2人ずつ必要で、特にアクアのボディダブルは3〜4人欲しい、と大曽根部長は言った。
 
「アクアちゃんと黒山君は、各々のプロダクションに訊いてみよう。広原君についても黒山君のプロダクションに訊いてみようか。あそこは若い男性俳優が多いし」
 

逆池はまず§§ミュージックに連絡し、アクアのボディダブルができる人を3〜4人出してもらえないかと打診した。
 
コスモスは
「女子でもいいですか?」
と尋ねたが、逆池は
「むしろ女の子の方が多分アクアさんの雰囲気に近いと思います」
 
と言った。さっき河村が、キャロル前田のボディダブルは全員女子と言っていたことを逆池は思い出していた。アクアちゃんも多分それでいい。
 
「映画の撮影中のみ、学校時間外という条件なら、元々アサインしている今井葉月のほか、比較的体型が似ている、ハナちゃんという子と花咲ロンドという子を追加でアサインできます」
 
「助かります」
 
「それと、小学生なので20時までという条件で秋田利美(後の白鳥リズム)も行かせていいですか?演技は上手いです」
 
「20時まで限定でも助かります。お願いします」
 

それでコスモスは3人にそのことを伝える。ハナちゃんと利美は
「学校の時間外や夏休み中ならいいですよ」
と承諾する。
 
しかし大村祭梨は
「あのぉ、そのスケジュールだと、ロックギャルコンテストの東京予選にぶつかるのですが」
と言った。
 
祭梨は既に東京・区北部予選をトップ通過しており、7月17日に東京都予選に出る予定だった。東京都予選を通過すれば次は全国大会(本選)である。
 

「ああ、そうだね。だったら君は予選免除で8月7日の本選に直接出場」
「分かりました!やります!」
 
「いや、待って」
「はい?」
 
「本選も免除して、そのまま契約にしようよ」
とコスモスは言ったが
「取り敢えずオーディション受けたいんですけど」
と祭梨は言う。
 
「私も紅川会長も既に君を高く評価しているから今更オーディション受ける意味は無い。祭梨ちゃんはオーディション辞退して、若い子にチャンスをあげなよ」
 
「そうですか?だったらそれでもいいかなぁ」
「じゃ区北部予選2位・3位・4位の子に繰り上げを連絡しよう」
「ああ。4位の子もいい素材でしたもんね。可愛い男の娘だった」
 
「ちょっと待って、あの子男の娘?」
「女の子にしか見えないですよね。みんな信じないから控室でちんちん触らせてくれましたよ」
「5位の子を繰り上げにしよう」
 
と言いながら、なぜ住民票チェックが漏れたんだ?と考えていた。
 
「男の娘はダメですか?」
「万一今年も男の子が選出されたら、もうこのオーディションは男の子のためのオーディションになってしまう」
「確かに」
 
「じゃこれあげるね」
とコスモスは言って、自分の机から名刺の箱を出して渡した。
 
「名刺??」
 
「君の芸名は私と会長とゆりこで話し合って花咲ロンドに決めたから、その名前で映画の撮影に行ってね」
 
「もう芸名決まっちゃったんですか〜!?」
 

金曜日の夕方、一応今回の映画に出演する人がほぼ全員集まったが、監督が交替したというのに、出演者たちは驚きを隠せなかった。河村新監督は言った。
 
「本当は3〜4ヶ月掛けて撮影したい所なのですが、事情が許してくれません。きわめて不本意なのですが、ボディダブルを多用してマルチ撮影を行います」
 
それで“マルチ撮影”の方式が説明される。物語の筋に添って撮影していくのではなく、カット単位で、複数のスタジオを使用し、同時進行で部品製造的に撮影を進め、それを編集チームが組み立てて行くという話にざわめきが起きる。
 
「自動車の組み立てみたいですね」
という声がある。
「まさにそういうことです」
 
「ちょっと前衛的な撮影方法かも」
と深町の祖父役・海沼夬時さんが言う。今回の出演者の中では多分最年長の彼が好意的な発言をしたことで、出演者たちも受け入れる気になった感があった。
 
「本日の撮影予定を全員に配ります。ひとりひとりスケジュールが違いますので他の人をあてにせず、そのスケジュール表に従って、指定の部屋に行き撮影をしてください。割当て時間は常識的に考えてこのくらいで終わるだろうという時間で確保していますが、その時間内に完成品質に到達しなかった場合は、翌日以降に再撮影になりますので、毎日リスケジューリングします。ともかくも撮影は22時終了です」
 
「そんな時間に終えられるのですか!」
 
「中高生を使いますので、22時以降の撮影はおこないません。おとなだけで撮影できるシーンも存在しません」
 
「そんな健全な撮影なんて、久しぶりかも」
という声があちこちからあがった。この業界も極めてブラックである。
 
「中高生の場合、休日は朝5時から夕方4時までの人と、午前11時から夜22時までの人とシフト制になっていますので自分がその日どちらの組か確実に確認しておいてください。なお、どちらの場合も途中に1時間の休憩時間があります」
 
「ほんとに工場みたい!」
「中高生は10時間しか使えないという制限の中で撮影を進めなければならないので時間帯を2つに分けたんです」
 
「なるほど!」
 
「そういう中で大変申し訳無いのですが、アクアさん・元原マミさん、黒山明君、広原剛志君の4人を連れて私と灰山カメラマンは明日ラベンダー畑での撮影に北海道まで往復してきますので、明日はボディダブルの方々を使っての撮影を東京のスタジオで進めてもらいます。主役級が居ない中での撮影で心苦しいのですが、よろしくお願いします」
 
「北海道日帰り!?」
「主役級はハードそう!!」
 

そういう訳で、アクア・元原マミ・黒山明・広原剛志、および河村監督、撮影の灰山さん、それに女性の撮影助手2名の合計8名は翌日朝1番の飛行機で旭川に飛んだ。
 
HND 7/9 6:45 (NH4781 767-300) 8:20 AKJ
 
旭川から現地テレビ局の協力スタッフが運転するハイエースに乗り富良野市に入る。現地のラベンダー園に到着したのは10時頃である。
 
偶然にもこの日は靄(もや)が掛かっていて、とてもいい雰囲気であった。
 
その中で『時をかける少女』冒頭の幻想的なシーンが撮影された。和夫、真理子、吾朗の3人がラベンダー園を散策していた時、いつの間にか深町一彦が3人の近くに居たという場面である。一彦のことを3人は自分たちのクラスメイトと思い込んでいる。
 
そろそろ帰ろうということになった時、一彦が帰りのロープーウェイのチケットを持っていないと言い出す。それで和夫が“福島先生”に「先生、深町さんがチケットを無くしたそうです」と言うと、先生は「大丈夫だよ。団体で来ているから話せば乗れるよ」と返事をする。
 
ここで福島先生(原作では男性だが女性に改変)役の沢田峰子は来ていないので、撮影助手の人が代行して返事をする。後で沢田の声に差し替える予定である。
 
全員上手いので1発でOKになった。念のためもう1回同じシーンを撮影する。
 

その後、アクアがセーラー服を着て!ラベンダー畑を主題歌『∞の鼓動』を歌いながら歩くシーンを撮影する。これはエンドロールで使用する予定と河村監督は説明した。
 
『∞の鼓動』は7月6日(水)の夕方、突然千里の所に『時のどこかで』の主題歌を書いて欲しいという連絡があり、千里が数時間で書き上げた曲である。徹夜で品川ありさのバックバンド“フィフティースリー”のメンバーで伴奏を作り上げ、7月7日(木)の早朝から山森水絵がスタジオに来て歌唱を練習、録音して9時過ぎにマスターを工場に持ち込みCDのプレスを始めたという、これも綱渡りで制作した曲である。昨日7月8日からTVで流れるトレーラーのバックに流れているが、TVCMを流し始める前日にできた曲であった。
 
フィフティースリーのベーシストで、マスターの納入作業もしたハナちゃんはスタジオに戻ると技術者さんにマイナスワン音源を作ってもらい、それを7月7日深夜に『ときめき病院物語』の撮影を終えて寮に戻ってきたアクアに渡した。
 
アクアは7月8日(金)は元々学校を休むつもりだったが(どっちみち前日『ときめき病院物語』の撮影が深夜に及んで帰宅不能だった)、『時のどこかで』の撮影が夕方からになったので、寮でお昼近くまで寝ていて、午後からこの『∞の鼓動』の練習を寮内の音楽練習室でしていたのである。
 
なお、このエンドロール・シーンの歌声は後でスタジオで収録して差し替えるのだが、ちゃんとその歌を歌っていないと、曲と口が合わなくなる。このシーンでアクアはロングヘアのウィッグを付けていて耳が隠れているのだが、実は耳掛けタイプの目立たない色のイヤホンを付けていて、それで音源を聴きながら歌っているのである。ロングヘアはイヤホン隠しを兼ねていた。
 
このシーンは念のため音源のテンポを微妙に変えたものを3回撮影し、これでラベンダー畑でのロケを終えた。
 
10:40頃に撤収。旭川空港に戻ったら12時頃である。それで次の便で東京に戻った。
 
AKJ 13:25 (HD84 767-300) 15:10 HND
 

元原マミ・黒山明・広原剛志の3人は「お疲れ様でした。また明日は朝からよろしく」と言われて羽田で解放されたが、アクアについては
 
「悪いけど、アクアちゃんは、この後の撮影に付き合って」
と言われて都内のスタジオに入った。
 
アクアは「北海道まで日帰りで往復してきて、その後休めないの〜?」と思った。しかしアクアがスタジオに入ると、主役級抜きで撮影をしていた出演者やクルーたちから歓声が上がる。それでアクアも
 
「皆さん、私抜きでの撮影ごめんなさい。この後私も参加しますね」
と笑顔で言い、取り敢えずお土産に買ってきた富良野のチーズケーキを切り分けて休憩にした。
 
みんなの表情が明るいのを見て、アクアは「ちょっときついけど、大勢の役者さんたちに無理してもらっているんだもん。ボクも頑張らなきゃ」と思ったのであった。
 
30分ほどしてから撮影再開する。実はアクアが入ったことで休憩中にスケジュールを組み替えていたのである(組み替えはパソコン上の古典的人工知能ソフトで半自動で行われる)。新たなスケジュール表が配られ、この日も22時まで撮影は行われた。
 

アクアが北海道まで日帰り往復してきた7月9日、青葉・朋子・桃香・彪志および桃香の男性同僚3人が富山県の水仲温泉を訪れ、ここで療養中だったソウ∽と遭遇(朋子がソウ∽の顔を知っていた)したことから、ソウ∽は1年以上に亘るスランプから抜け出すことができ、ラララグーンの活動再開へとつながっていく。
 
一方千里は7月10日までNTCで合宿を続け、7月11日朝に合宿所を出ると、東京都庁、冬子のマンション、%%レコード、川崎のレッドインパルスの体育館、川崎市役所と歴訪?し、7月13日夕方には次の合宿のためNTCに入った。この間、ほとんど休みが無かった!
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
【娘たちの1人歩き】(4)