【娘たちのベイビー】(1)

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2015年5月、アクア人気が物凄いので、秋からアクア主演の中高生向けドラマを放映しようという企画が立てられた。それで主要キャストの候補を局側で考えて各々の所属プロダクションに打診し、学園ドラマにすることにしたので、生徒役の中高生タレントを100人ほどオーディションで選んだ。西湖はコスモス社長から「あんた演技がうまいから絶対オーディション通るよ。受けておいでよ」と言われて出ていくと、美事合格して生徒役として採用された。
 
それで6月になって、一度顔合わせをしようという話があり、アクアと西湖、ほかにもオーディションに合格して生徒役で出演することになった、研修生の米本愛心と3人で打合せに出て行った。主要キャストが紹介される。
 
「主演の関耕児役・アクア君、ヒロインの楠本和美役・元原マミさん、黒幕の京極は大林亮平さん、山形先生は倉橋礼次郎さん」
と紹介され、各々立ち上がって礼をする。
 
「アンチ・ヒロインの高見沢みちる役・榊森メミカさん」
と監督が言ったのだが、反応が無い。
 
「榊森さん!?」
 
みんな会議室内を見回すものの、榊森メミカの姿が無いようである。
 
「お休み?」
「そういう連絡は受けてないですが」
「まあいいや。遅くなっているのかも知れないし」
と言って監督は紹介を続ける。
 
「男子生徒、吉田一郎役の鈴本信彦君、荻野誠二役の松田理史君、女子生徒、西沢響子役の横川れさとさん、青山玲子役の馬仲敦美さん」
 
各々の名前を呼ばれた人が立ち上がって挨拶をする。
 
更に関耕児の両親役の役者さん、生徒指導主任役の役者さん、が紹介される。それ以外のおとなの役者さんはほとんどが名前の付いていない先生役である。
 
名前を呼ばれなかった中高生の役者(今回中学1年生以上・20歳未満で募集された)は名前の付いていない生徒役なので、積み上げられている制服の山から各々自分サイズのものを取って、男子はこの部屋で、女子は隣の部屋で着換えるように言われた。
 
西湖は男子制服のSを取って着換えたのだが、Sでもかなり大きい。見回っていた監督が西湖の所で足を止めた。
 
「君、それ大きすぎるよ。ひとつ下のサイズがいいと思う」
「すみません。これSなんですけど」
「Sでもそんなに余るのか!困ったな」
 
この時、西湖は降ろされるかも?と一瞬思った。その他大勢の役者さんに特別なサイズの服なんて、用意してもらえるわけがない。ところが監督は思わぬことを言ったのである。
 
「君、いっそ女子生徒役をする?」
「え!?」
「今気付いたんだけど、君って、結構女顔だもんね。ちょっと女子制服着てみない?」
 
「はい、着てみます」
と西湖は答えた。嫌だと言ったら「帰っていいよ」と言われるだろう。
 
すると西湖が即答したので監督は気を良くしたようである。
「いいお返事するね!」
と笑顔で言った。それで西湖は、まだテーブルに積み上げられている女子制服のSを取って着換えてみた。女子制服を着るのではあっても中身は男の子だから、この部屋でそのまま着換える。
 
女子制服のSだと、西湖も何とか着られた。男子制服Sのズボンはウェストが大きすぎてずり落ちてしまうし、袖も長すぎて手が出なかったのだが、女子制服のSならスカートは落ちないし、袖からちゃんと手が出る。これは元々女子制服の袖は男子制服の袖より短めに作られているというのもある。
 
女子制服を着た西湖を見た監督は嬉しそうに言った。
 
「女の子に見えるじゃん!」
「ありがとうございます」
「君、名前は?」
「§§プロ所属、天月西湖と申します。まだ芸名は付けてもらっていません」
「せいこ? まるで女の子みたいな名前だね」
「こういう字なんです」
と言って、西湖が書いてみせると、監督は「その字か!」と言って感心していた。
 
「あれ?§§プロなら、アクア君と同じ事務所?」
「はい。『ときめき病院物語』ではアクアが1人2役するので、そのボディダブルを務めております」
 
「おぉ!確かに君、アクア君と背格好が似ているね」
「はい、それで採用されたんです」
 
「アクア君と同じ体型なら、男子制服が入る訳無いね。あの子、背も低いし、体型が女の子体型だし」
「そ、そうですね」
「さっきのズボンはウェストはあまっていてもヒップがきつかったでしょ?君スリーサイズは?」
「B70-W59-H80です」
「完璧に女の子体型じゃん!」
「そう言われることあります」
 
「女子制服を着た姿に違和感が無いのは、アクア君のボディダブルで女子中生役も演じていたからかな?」
「はい。それと私、父が劇団の役者で、小さい頃からよく舞台で女の子役をやらされていたので、スカートとか穿くのも慣れているんです」
「だったら君はもう女子生徒役で確定だな」
「はい、女子生徒役で頑張ります」
 
「ちなみに君、女の子の声とか出せないよね?」
「出るように練習します」
と西湖は即答する。
 
「うん。だったら、女の子の声が出るようになったら、数回に1回程度セリフのある役をあげるよ」
と監督はニコニコして言った。
 
それで西湖は女声を出す練習をすることにしたのである。
 
「あ、そうそう。女生徒役をするなら、次回からは撮影現場には女子制服で入るようにしてね」
と最後に監督さんは言った。
 
「はい、セーラー服で参ります」
と西湖も笑顔で答えたが、内心『うっそー!?』と思っていた。
 

6月28日に京平を出産した阿部子は通常より長い入院を経て、7月17日に退院した。貴司は合宿中であり、阿部子には親戚や友人もないということだったので、それで退院中に気分でも悪くなられては困ると考えた千里は、大阪在住のバスケ関係の友人に頼んで、阿部子の退院を手伝ってもらった。
 
この日千里自身は青葉に呼ばれて富山県J市に行き、“妖怪徘徊”事件の処理をしていた。
 
千里は7月14日にユニバーシアードが行われた韓国から帰国し、15日にフル代表に招集することを告げられている。次のフル代表の合宿は7月21日からであった。
 

アクアの初ツアーとなる2015年8月のツアーは次の日程で行うことがファンクラブ速報メールで5月の連休明けに発表された。
 
8.16(日)福岡 博多海浜公園 20000
8.22(土)北海道 岩見沢野外音楽場 18000
8.23(日)大阪 吹田記念公園 30000
8.29(土)愛知 常滑臨海公園 18000
8.30(日)埼玉 大宮アリーナ 20000
合計発売枚数 106,000枚
 
最終日の大宮アリーナ以外は野外である。これは企画を作った田所が、夏だし開放的な野外でやるのもいいのではと考えこういう計画を立て、各々会場を押さえた。埼玉には適当なこの規模の野外会場が無いので大宮アリーナにした。
 
チケットのファンクラブ先行予約は5月8-14日の1週間、会員サイトからの申し込み、会場は選べない全国一斉抽選(但し申込時に優先順序を指定)で1人3枚まで、申し込み時に入場者全員の氏名・生年月日を指定、入場時に本人はファンクラブ会員証、同伴者も会員証か写真付き身分証明書が必要とした。
 
それで・・・・
 
申し込みは100万枚分あったのである。
 
(名寄せをして重複を除くと1割程度は減る可能性あり)
 
チケットの販売予定は約11万枚だが、その内ファンクラブで販売するのは§§プロのポリシーとして最大でも8割である。つまり9万枚程度しか用意できない。
 
紅川、コスモス、田所、ケイ、★★レコードの加藤課長の5人が緊急会談をした。
 
まず公演回数を10ヶ所かできたら20ヶ所くらいにできないかと加藤課長が言うが、アクアの体力がもたないとしてコスモスが反対する。彼はツアーに専念できる訳ではなく、ドラマの撮影をしながら、またその他のテレビ出演などもしながらツアーをするので、せいぜい増やしても1〜2ヶ所が限界だとコスモスは言ったのである。
 
「だったら、今からドームが確保できる場所がありませんか?」
とケイが言った。
 
この日程を全部ドームに振り替えることができればファンクラブに21万枚程度のチケットを用意できそうだ。当選確率は10分の1から5分の1程度に改善される。
 
「緊急に調べてみます」
と田所。
 
「もし同じ日で取れる所があったら即予約して」
と紅川。
 
それで調べてみた所、大阪の関西ドーム、札幌の北海ドーム、名古屋の愛知ドームは同じ日が空いていることが分かり、★★レコードの名前で即押さえ、予約金を即振り込んだ(各1000万円程度)。加藤課長が来ているからこそできるワザだ。
 
「あと埼玉と福岡は・・・」
 
「福岡は日程をずらしてもドームは確保できない?」
「翌日の8月17日なら空いています」
「押さえて!」
 
「埼玉は?」
「29日なら空いているのですが」
「それは名古屋でやってるからダメだな」
 
「あのぉ、埼玉ドームはダメですが、関東ドームなら、8月30,31日が空いているのですが・・・」
 
「押さえて!」
「どちらを?」
「両方!」
 
そういう訳で、あまりのチケット申し込みの多さに、ツアーの会場は変更され、東京は公演日程まで追加され、即訂正発表されたのであった。特に福岡は日付も変わったことが注意された。
 
8.17(月)福岡 博多ドーム 40000 日付変更!
8.22(土)札幌 北海ドーム 50000
8.23(日)大阪 関西ドーム 50000
8.29(土)愛知 愛知ドーム 40000
8.30(日)東京 関東ドーム 55000
8.31(月)東京 関東ドーム 55000 日程追加!
合計発売枚数 290,000枚
 
元の予定の3倍近いチケット数である。
 
チケットはファンクラブで23万枚程度を売り、6万枚程度を一般発売に回す。ここで§§プロのポリシーとして、両者は公平に分けるので、例えばアリーナ1列目がもし80枚あれば、ファンクラブに64枚と一般に16枚割り当てる。それで運が良ければ一般販売でも最前列が取れる可能性がある。
 
しばしばファンクラブで良い席は全て占めて一般発売には後ろの方の席しか出さない所があるが、§§プロでは、ファンクラブはアーティストを支援する組織であり、アーティストを独占する組織ではないと考えている。ファンクラブに入ってないとチケットが取れないのであれば、そこまでの投資には積極的になれないファンは離れていってしまうであろう。
 
ファンクラブ先行の抽選(倍率約4倍)は名寄せによる重複除去作業が終わった5月21日(木)にメールで通知され、入金期間内の5月27日(水)までにクレカまたはコンビニ決済で入金された人を確定とし、入金の無かった分は自動キャンセル扱いになって一般発売枠に追加された。自動キャンセルになった人は“ランク”が下がり、以降当選確率が10%ずつ減っていく(連絡してのキャンセルで正当な理由がある場合はランクが落ちない)。
 
実は∞∞プロ系列の過去の人気アーティストの申し込み結果統計から、自動キャンセルになる確率を予測してあらかじめ多めに当選を出しているのだが(先行予約だからできること)、アクアの自動キャンセル率は過去のアーティストより高く、結局一般発売は予定より多い7万枚程度となった。それだけ人気が過熱していることを表す。次回からは率を調整する。
 
なお住所と会場地が概ね100km以上離れている人には大手旅行代理店のツアーや優待券の案内をしている。
 

西湖は事務所に女声の練習について打診してみた。すると上島雷太さんの知人で木崎さんというボイストレーナーさんが、女声発声の訓練で評価が高いという話があり、その人の所にレッスンに通うことにした。もっともレッスン代は高く、1回1時間のセッションが2万円である。とても自分のお小遣いからは出せないので、母に相談したら、そのレッスン代を出してくれるということであった。
 
「そうか。あんたもやっと女の子になりたくなったのね。可愛い声で話せる女の子になれるといいね。去勢はいつする?」
などと母は言う。
 
「去勢なんてしないよ!」
 
「だって早めに去勢しないと、体つきが男っぽくなってしまうわよ。喉仏もまだあまり目立たないけど、早く去勢しないと、もっと出っ張るようになって女の子としてパスできなくなるよ」
 
「僕、別に女の子になりたい訳じゃなくて、女子生徒役をするだけなんだけど?」
 

ともかくもそれで木崎さんの所に通い始めたが、最初に言われたのは、女子が話しているように聞こえるようにするのに大事なことは、声の高さではなく、話し方が最重要で、次に声の響きなのだということだった。
 
「一般に男性は語るようにしゃべる。女性は歌うようにしゃべる」
と言ってから、木崎さんは言った。
 
「君は、やはり女の子になりたい男の子特有の話し方の特徴があって、元々歌うように話している感じがある。だから、音の響きに気をつけるだけで、かなり女の子っぽい声になるよ」
 
「あのぉ、僕別に女の子になりたい訳ではないんですけど」
「え?そうなの?でも、女の子の話し方を身に付けるには、一時的にでも、自分は女の子になりたい、あるいは自分は女の子である、と思い込んでいたほうがいいよ」
 
「そうですか。じゃ取り敢えず自分は女の子だと思うようにしようかな」
「今日は恥ずかしかったのかも知れないけど、次回はふつうにスカート穿いておいでよ」
「あ、それはそうした方がいい気がしました」
 
「下着もちゃんと女の子のを着けてね」
「そうします」
「生理になる日も決めて手帳に赤いシールとか貼るようにして、その日は実際にナプキンを付けて生活するといいよ」
 
「ああ!それは効果あるかも」
 
そういう訳で、これ以降、西湖は学校に行く時も下着は女の子用を着け、“生理日”にはナプキンも使用するようにしたのである。もっとも、最初にナプキンを買いに行った時は、まるで自分が犯罪でもしているかのようにドキドキして、レジを通るのに、かなりの勇気が必要であった。
 

これより少し前の5月下旬、龍虎と西湖は病院に来ていた。
 
実は2人が女役をするために、タックをしている問題で、そういうことを長時間していると睾丸に機能障害が出る可能性があると、ケイがコスモスに言い、それで睾丸に障害が出ていないか医師の診察を受けさせるのとともに、万一の場合に備えて、精液の冷凍を作っておいたほうがいいと言ったのである。精液の冷凍保存には年間2万円程度かかるが、それは事務所で出すことにした。
 
龍虎は困ったなと思った。《こうちゃんさん》に朝から話しかけるのだが、近くに居ないのか、無視しているのか、無反応なのである。このまま医師に診察されたら
 
「なんだ、君、男性器取っちゃってるのか?」
と言われそうだ。
 
病院には鱒渕が付き添ってくれた。そして泌尿器科の待合室で待つ。龍虎は表面上は平静を装っているが、マジで困っている。
 
先に西湖が呼ばれた。彼は診察室に入り、医師の診察を受けて、睾丸は正常に機能していること、勃起性能にも問題はないことを確認され、精液の採取のために採精室に入ったようである。
 
西湖が採精している間に龍虎が呼ばれる。
 
ところが医師の顔を見て龍虎はしかめっ面をした。医師がピースサインをしている。去年の12月に龍虎を“女の子に改造”しちゃった医師である。あの時とは別の病院なのに!
 
医師は龍虎にベッドに寝てズボンとパンティを脱ぐように言う。今度はいったい何をされるんだ?と思いながら一応従う。医師は龍虎の“割れ目ちゃん”の付近を消毒しながら
 
「睾丸はこれは小学4年生くらいのサイズだね」
などと言っている。
 
「ちょっとペニス大きくしてみて」
などと言いながら、ガラスの容器に入っている洋梨みたいな形の臓器っぽいものを握って細くした上で大きく膨らんだ側を先にし、割れ目ちゃんの奥に12月に作られてしまった穴に押し込む。
 
何を押し込んでいるんだ〜?と思うが、取り敢えずされるがままにしている。かなり体内奥まで押し込んだようである。変な気分だが痛くはない。もしかしたら痛みがブロックされているのかもと龍虎は思った。
 
「うん。ちゃんと大きく硬くなるね。ペニスは小さいけど、機能はちゃんとあるみたいだね。じゃこの容器に、2番採精室で精液を出して来て」
と言われて龍虎はシャーレのようなものを渡された。
 
取り敢えずパンティとズボンをあげて、容器を持って2番採精室に入った。女の人の裸の写真とかの雑誌が並んでいるのを見て、嫌だなあと思う。でも“ふつうの”男の人には、こういうのが嬉しいのかな?とも思う。龍虎は実は男の人の気持ちがよく分からない。
 
龍虎がそちらに入ったのと入れ替わりで、1番採精室から西湖が出てきたようである。
 
「おお、ちゃんと取れたね。じゃこれ冷凍しておくね」
などと医師は言っているが、どこまでこの言葉を信用していいか分からないなと龍虎は思った。西湖ちゃんは男性機能あるのかなぁ?あの子も色々怪しい気がするけど。だってボクより女の子っぽいんだもん。あの子、実は女の子になりたいのでは?と思うことがある。
 
龍虎が手に持つシャーレには勝手に白い液体が満たされた。たぶんこれが精液なんだろうけど、いったい誰の精液なんだ?と思う。実際には龍虎はまだ射精の経験が無い。しかし西湖が「ありがとうございました」と言って、診察室から出て行った後で、龍虎は採精室を出た。
 
「じゃこれ冷凍しておくね」
と医師は言いながら龍虎に
《これはお前の本物の精液。光龍が治療中のお前の男性器から採取した》と書かれたメモを見せた。
 
龍虎は『ああ“光龍”だから、こうちゃんさんなのかな?』と思った。でも自分自身が射精したことないのに自分の精液があるというのも不思議な気分だ。ボク自身はなんか更に女の子として改造されつつある気がするけど!?まあ精液があれば、将来父親にはなれるのかな?と思った。
 
龍虎はそのメモ用紙の下に
《お兄さんの名前教えてよ》
と書いた。医師はそのメモ用紙の下に
《“お兄さん”なんて言うから教えてやろう。俺は縦久(じゅうく)。じゅうちゃんでいい》
《ありがとう、じゅうちゃんさん》
 
それで《じゅうちゃん》はメモ用紙を丸めて捨ててしまった。
 
龍虎は声に出して
「ありがとうございました」
と言って診察室を出た。
 
精液の採取はこのあと2週間おきに合計4回おこなったが、龍虎は毎回採精室の中で勝手にシャーレに精液が満たされるのを見た。ただし《じゅうちゃんさん》が医師のふりをしていたのも、変な改造?をされたのも最初の1回だけだった。
 

7月24日(金).
 
アクアは早朝FM番組の収録に出た後、上越新幹線で越後湯沢まで移動した。苗場ロックフェスティバルに出演するのである。
 
東京10:16-11:36越後湯沢(自動車)12:20会場
 
アクアの公開単独ステージは初めてである。3月の震災復興イベントの時はゴールデンシックスのステージにゲストボーカルとして登場したものである。しかし今回のフェスではそのゴールデンシックスが伴奏を務めてくれる。
 
越後湯沢駅から会場まではローズ+リリーのドライバー佐良しのぶさんが運転する車に乗せてもらった。ローズ+リリーの2人は昨日越後湯沢入りしていたが、そのスタッフは21-22日頃から入っていたらしい。
 
フェス自体は24-26日の3日間行われる(23日は前夜祭)。この日龍虎はフェスの雰囲気に馴染むことを目的に会場に入り、あまり世間一般に顔が知られていない上島雷太の妹・高木寿恵に付き添われて会場を回っていくつかのステージを見ることになった。寿恵さんも小さい頃からの旧知である。彼女の独身時代から、何度も一緒に遊びに連れて行ってもらったりしている。
 
この時龍虎は「目立たないように」!?と言われて女子高生っぽい服を着せられた。
 
「女の子の格好なんですかぁ?」
と龍虎が情けなさそうな顔をするが
「あんた、男装しても女の子にしか見えないから男子トイレには入れないでしょ?こちらの方が問題無い」
と寿恵は言った。
 
「それにあんた、男子トイレに入っても個室使うんでしょ?個室は少ないから待つのが辛いよ。男子トイレで個室使っている人ってだいたい長いし」
 
「それはそうですけどね〜」
 
しかしそういう格好をしていたおかげか、サインを求められたりすることは無かった。
 

結局3つ外国のロックバンドの演奏を聴いた。こういう本格的なロックというのは、小学生の間はライブ入場不可なのもあり、生で見るのは初体験であった。
 
「凄ーい!」
「格好いい!」
などと声をあげながらステージを見ていた。
 
夕方パフォーマーズ・スクエアの中でゴールデンシックスのメンバーと落ち合い、簡単な打合せをした。今回のステージでも来月に予定されているツアーでも、ゴールデンシックスが伴奏をしてくれることになっている。
 
ゴールデンシックスというバンドはメインの2人以外は毎回メンツが違うのだが、この日はこういう顔ぶれだった。
 
キーボード:カノン(南国花野子)
リードギター:リノン(矢嶋梨乃)
リズムギター:マノン(佐小田真乃)
ベース:ノノ(橋川希美)
ドラムス:キョウ(橋口京子)
フルート:フルル(大波布留子)
 
メインの2人以外は“ゴールデンシックスと愉快な仲間たち”の中からその時と場所で対応できる人が参加するのだという。
 
「愉快な仲間たちって何人くらいいるんですか?」
「さあ」
「たぶん30-40人くらいじゃないかな」
「凄い」
「現地で知り合いを見つけて徴用して、会員バッヂを押しつけたりしてたから」
「一応連絡先、住所、できる楽器を登録してもらっている」
「へー。楽しそう」
などと龍虎が言うと
 
「そうだ、君にも会員バッヂをあげる」
と言って、金色の六芒星のバッヂを渡された。
 
「これで君も“愉快な仲間たち”の仲間だ」
「そうなの?」
 
「できる楽器を申告するように」
「うーん・・・。ギター、ヴァイオリン、フルート、ピアノかな」
 
「色々できるじゃん!」
「よし、メンツが足りない時は徴用させてもらおう」
「ボク忙しいです!」
 

その日はいったん越後湯沢に戻って、ホテルでぐっすり寝た。ああ久々にこんな早い時間に寝たなと思った。
 
翌日はHステージ(野外.キャパ5000)の朝1番の割り当てになっていたので早朝5時にホテルを出てパフォーマズスクエアに入る。8時に衣装に着替え、鱒渕が運転するミラココアに乗ってHステージの楽屋に移動した。沿道でアクアに気付いて手を振ってくれるファンがいるのでこちらも笑顔で手を振る。Hステージに近づくと、何か凄い列ができているのに気付く。
 
「何の列でしょうね?」
などとアクアと鱒渕は話していた。それがまさか自分のステージを見ようと入場待ちしているファンの列とは、この時は思いも寄らなかったのである。
 
開演の時間が近づく。観客の様子を見てきたリノンが
「凄い。満員で客席の外側にも人がいる。ここ5000のキャパだけど、これ多分7000人くらい居る」
「え〜?」
 
「定員オーバーですか?」
「特に入場制限とかしてないからなあ」
「将棋倒しとか起きなきゃいいですが」
 
3月の仙台でのイベントも、ファンクラブのイベントも椅子席だった。今回は実は初めて、座席無しのオールフリースペースだったのである。この時は事務所もレコード会社も、そして主催者もあまりにも無防備すぎた。
 

アクアは9時ジャスト、ゴールデンシックスのメンバーと一緒にステージに出て行った。
 
「みなさん、おはようございます。アクアです!」
と大きな声で言うと、物凄い歓声が来る。
 
物理的には神田ひとみの引退ライブの時の10分の1程度の観客数なのだが、アクアは感覚的にはあの時の倍くらいの観客がいるかのように感じた。
 
ゴールデンシックスが『白い情熱』の前奏を始める。そして歌い始める。物凄い手拍子、歓声である。
 
快感!!
 
アクアは5000人の観客の熱い声援を受けながら、気持ち良く歌を歌っていった。曲が終わってからMCをする。
 
「凄い歓声ありがとうございました。こんなに大勢の方たちの前で歌うのって、ボクも気持ちいいです」
 
バックでギターを弾いていたリノンがキーボードのカノンと何か話し合ってからアクアの所に走り寄って耳元にささやいた。
 
「観客が興奮しすぎている。危険だから次予定だった『Nurses run』は保留して、『いちごの想い』行く。それと少し長めにMCして」
 
アクアは頷いて昨日の夕食のことを言う。
 
「昨日は出演者エリア内の食堂で夕食を取ったのですが、越後もち豚のトンカツが凄く美味しかったです。それとエゴを初めて食べたんですが、似たようなのをどこかで食べたけどなあと思って考えていたら、1月に福岡に行った時に食べたおきゅうとと似ている、というのをついさっき思い出しました」
 
などと言うと
 
「おきゅうととエゴネリは同じものだよぉ、形が違うだけ」
という声が観客席から飛んできた。
 
「ああ、同じ物だったんですね。ハマッちゃいそうと思いました」
 
などとアクアが言ったおかげで、この後、数ヶ月、エゴの売上げが倍増して、業者が仰天することになる。
 

5分近くMCしてから2曲目の『いちごの想い』に行った。
 
日野ソナタの10年くらい前のヒット曲だが、ライブで歌うかもということで練習していた曲である。アクアの歌い方はものすごく可愛い。女子中生歌手が歌っているようにしか聞こえないし見えないので、これ絶対“道を誤る”男の子が出るよなあ、などと思いながらカノンは伴奏していた。
 
2分ほどのMCを経て、同様の路線で川崎ゆりこの『白い通学バス』を歌う。楽屋からステージを見ていた、川崎ゆりこ本人が
「私より可愛く歌ってる。嫉妬しそう」
などと言っていた。
 
8月12日発売予定のシングルから『ぼくのコーヒーカップ』を歌う。これもまた可愛い曲である。今日はノリのよい曲は避けて、ひたすら可愛い路線で攻めていこうという感じである。
 
「この曲はローズ+リリーさんから頂いた曲なんですが、最初マリ先生が『おちんちんが無くなっちゃった』(*1)という曲を渡そうとしたんですけど、ボクが『いやです』と拒否したら、ケイ先生がこの『ぼくのコーヒーカップ』を渡して下さいました」
 
とアクアが言うと、会場は大爆笑になっている。
 
(*1)沖縄で不動産業者が破壊したウタキを守っていたシーサーがウタキ破壊時に一緒に破壊されたのを、破片を集めて復元したのだが、この時、片方のシーサーのお股の部分のカケラがどうしても見つからなかったのにヒントを得てマリが書いた曲である。相棒のお股の型を取ってそれから復元したので現在はちゃんと男の子に戻っている。でも女の子になっている間に赤ちゃん産んじゃった!?(父親は不詳)
 

そして5曲目、色鉛筆のヒット曲『りんりんりん』を歌ったのだが、この歌を歌っている最中に、一部の観客に異様な動きが見えた。アクアは歌いながら客席を見ていたのだが、興奮した前方にいる観客の圧力があまりにも凄すぎて、1人の警備員が倒れてしまった。
 
嘘!?と思いながらもアクアは歌い続ける。しかし警備員が倒れた所から、その付近の観客が、水が穴の空いた袋からこぼれ出るように数人あふれ出てくる。近くの警備員がそちらに寄り押さえようとするが、いったん動き出した観客は押さえきれない。結局最初に倒れた警備員の両隣の警備員も押されて倒れてしまう。
 
十数人の観客がステージに向かって押し寄せてくる。アクアは歌い続けている。客席後方にいた数人の警備員が前方に走っていく。観客を止めようとするが、いったん勢い付いた観客は簡単には収まらない。
 
そして観客がステージによじ登り始めた。
 
ゴールデンシックスが演奏を中断する。リノンが駆け寄ってくる。
「逃げて」
 
え〜〜〜!?
 
それでカノンがアクアの腕を取るとステージの袖に連れて行く。と同時に数人ステージにあがってきて「アクアちゃーん!」と叫んでいる。
 
ゴールデンシックスの他のメンバーが楽器を持ったまま、上ってきた観客とアクアの間に立ちふさがる。怒号がする。しかしアクアはカノンに連れられて楽屋に飛び込んだ。★★レコードの男性社員3人が階段を登り、ステージに向かう。
 

「山本君、私を守って上まで連れて行ってくれない?」
と秋風コスモスが先日§§プロに入社したばかりの19歳男子社員・山本明に声を掛けた。
 
「はい。行きましょう」
 
それでコスモスは高校時代は野球部だったという山本君に楯になってもらう形で何とかステージの上まで行った。ステージでは警備員数人と、上に登ってきた50人ほどの観客とが揉み合っていた。しかし完璧に多勢に無勢である。
 
コスモスはアクアが使っていたマイクを掴んだ。
 
「落ち着いて!」
と大きな声で呼びかける。
 
「騒いでいる人たち、さっさと客席に戻らなかったら、私がハイヒールでおしおきしちゃうぞ」
とコスモスが言うと、ドッと笑い声が起きた。
 
「それとも鞭がいいかい?蝋燭がいいかい?」
 
「コスモスさん、シモネタはやめてください」
と★★レコードの八雲礼朗が言う。彼は近くに倒れていたスタンドマイクを使用している。リノンが使用していたものだが、支柱が曲がっている!
 
「今度、全編危ない格好をしたCD出そうかな」
「コスモスさんのファンが仰天しますよ」
「やはりそういうのは10代の内にやらないといけなかった?」
「10代でやったらつかまりますって」
 
八雲がうまくお返事をしてくれるので、この後、コスモスと彼との掛け合いのようになっていく。それで結果的には騒いでいた人たちも毒気が抜かれてしまったようである。
 
「まあそういう訳で、ステージに登ってきちゃった人、警察が来る前に逃げたほうがいいと思うけど」
とコスモスが言う。
 
それで1人、若い女性が
「ごめんなさい」
と言って、自主的にステージから降りた。するとそれに続いて他の人たちも降りてくれた。ステージに殺到していた人たちも、後方に戻る。
 
コスモスがステージに立ってから7-8分ほどで、何とか騒動は収まったのであった。
 

「お客様の中で押されたり倒されたりして、お怪我なさった方はありませんか?おられたら、スタッフに申し出てください。また自分の近くで倒れたり苦しんでいる人がいたら教えてください」
と運営の腕章を付けた人が呼びかけた。
 
あちこちで申し出る人がいるが、あまり大きな怪我をした人はいない雰囲気だった。
 
運営さんはコスモスおよび八雲と小声で話し合ってから宣言した。
 
「本ライブはここで中止とさせて頂きます」
 
「え〜?」
といった声もあるが、大半の観客は仕方ないと思ってくれたようである。
 
「係員が誘導します。後方の方から順に退場してください」
と運営の人がいい、観客たちは静かに退場しはじめた。
 

楽屋ではスタッフが輪になって話し合った。
 
「アクアをどうやって脱出させようか?」
 
「誰か身代わりになって、鱒渕さんの運転する車で脱出して、その後アクアはスタッフみたいな顔をして出よう」
と八雲さん。
 
「身代わりになれそうな人?」
「何か居るのが女の子ばかりだし」
 
(この時点では女子の方がアクアの代役を務めやすいことに誰も気付いていない)
 
「でも山本君は背が高すぎる」
 
「八雲さん、何cm?」
「えっと・・・僕は165cmかな?」
「ここにいる男性の中ではいちばん背が低いみたいだし、代役お願いできません?」
「まあいいかな」
 
それで急いでアクアが衣装を脱ぎ、その衣装を八雲さんが着た。
 
「ウェストのボタンが留められたんですね?」
「ちょっときついけどね」
 
信じがたいことに八雲さんはアクアの衣装が着られたのである。
 
「八雲さん細い!」
「ウェスト何cmですか?」
「えっとスカートなら61cmが入るけど」
と八雲が答える。
 
アクアの本来のウェストサイズは56cmだが、衣装は安全を見て59cmで作られている。それで61cmの八雲は着ることができたのだろう。もっとも彼の発言に対しては
 
「スカート!?」
という疑問の声があがる。男性がスカート??
 
「いや、女装させられたことがあるので」
と八雲は言い訳をしているが、明らかに焦っている。多くの人が、この人、女装趣味があるのかな?と感じたようだが、ここはあまり時間がない。
 
「水帆ちゃん、八雲さんと一緒に出て」
「はい。行きましょう」
 
それで鱒渕の運転するミラココアの後部座席にアクアに扮した八雲が乗り、腰をずらして低身長を装う。それで出発したら、案の定その車を
 
「アクアちゃーん!」
などという声をあげて追いかけていくファンが大勢居た。
 

一方本物のアクアは運営の人が着ていたスタッフのパーカーを借りて、ロングヘアのウィッグをかぶせられる。そして撤収作業に紛れて何とか会場の外に出ることができた。
 
ゴールデンシックスのノノとフルルが腕を押さえている。
 
「どうしました?」
とコスモスが訊く。
 
「観客と揉み合っていて痛めたみたいで」
 
「それはいけない。エルちゃん、この2人を医務室に連れて行って」
「うん」
 
それで川崎ゆりこが2人を連れていった。
 
「参ったなあ」
とカノンが頭を抱えている。
 
「カノンさん、お怪我は?」
「私は無事なんだけど、楽器が完璧に破壊された」
「わぁ」
 
リノンが持っていたギターが折れている。怪我をしたノノが持っていたベースも折れている。フルルが持っていたフルートはキーが取れてしまっている。
 
「このフルート高そう」
「それ200万円くらいすると思う」
「ひゃー。うちの事務所で弁償しますから。ギターとベースも」
「ドラムスも完全破壊。私が弾いてたキーボードも鍵盤が数個取れてる」
「申し訳無い!」
とコスモスは謝る。
 
「でもゴールデンシックスは今日の夕方にステージがありますよね?」
「そうなんだよ。どうしよう?」
「至急、貸し楽器店から借りられないか連絡します」
「うん。お願い」
 
結局、ギター2本、ベース、キーボード、ドラムスと借りることができたが、フルートは調達できなかった。またノノとフルルは骨折などはしていないものの今日は演奏しない方がいいと医者から言われた。それで結局、ベースは(ゴールデンシックスのルーツ)DRKのメンバーだった美空が弾くことにし、フルートはローズ+リリーのスタッフで木管楽器の専門家である風花が自分のフルートで吹いてくれることになった。
 

アクアは大混乱の会場からスタッフの振りをして脱出した後、佐良さんの運転する車で越後湯沢駅まで行き、ここで別行動だった鱒渕と合流した。そして次の仕事!に行く。
 
越後湯沢11:04-12:20東京
 
アクアは内心『フェスと他の仕事を1日に掛け持ちするのって、さすがにボクくらいじゃなかろうか』と思った。しかし翌年はもっと非道いことになるとは、思いも寄らなかった!
 
それでNHK-FMに行って番組の収録に参加した。この日はずっと鱒渕がアクアに付き添ってくれたのだが、コスモス社長との電話で、今朝の騒動では怪我人は30人ほど出たものの、大怪我した人はいなかったという情報にホッとした。
 
楽器を壊されたゴールデンシックスには、楽器代相当の金額を§§プロが払い、それで各々新しい楽器を買ってもらうことにしたらしい。また、紅川会長と★★レコードの松前社長が、その日の内に主催者の所に行き陳謝して、今後はこのようなことがおきないよう万全の対策を取ると言明した。
 

NHK-FMNの仕事が終わって次の仕事がある放送局に鱒渕と一緒に向かおうとしていたら、まだ苗場にいる上島雷太から連絡があり、雨宮先生のお父さんが亡くなったので、高岡の名代として葬儀に出席してくれないかということだった。コスモス社長の方に上島さんから直接連絡してもらい許可が出たので、両親と一緒に行ってくることにした。
 
7月26日、熊谷を早朝出て、お昼前に舞鶴に入り、通夜に出る。そして舞鶴市内の旅館で1泊してから、翌27日告別式に出た。そのあと親族およびワンティスメンバーの懇親会?のようなものがあったが、夕方で切り上げさせてもらい、東京に戻った。
 
龍虎は翌28日は早朝から仕事が入っていたので、熊谷には戻らずに足立区の§§プロ研修所に泊まった。研修所で龍虎は高崎ひろかから
 
「夏休みの間はずっとここに泊まったら?毎日熊谷まで帰るの大変だよ」
 
と言われ、確かにそうかもということで両親やコスモス社長とも話し合ってみることにした。
 

それで母に相談したら
 
「夏はそれでなくても体力消耗するし。あんたハードスケジュールだから、少しでも楽になるようにしたほうがいい」
と言われた。それで母とコスモス社長の話し合いで、龍虎は約1ヶ月の寮生活をすることになったのである。
 
「いっそ東京の中学に転校する?」
と母は訊いたが
「それやると、実際には中学に全く行けないくらい仕事入れられそうな気がする」
と龍虎は答えた。
 
熊谷に住んでいるというのは、一種の防波堤になっているのである。
 
なお寮のお風呂は、どっちみち龍虎は仕事で遅くなることが多いので、0時すぎに入るのを基本にすることにした。むろんそれ以外の時間帯でも、空いていれば入っていいし、他の子も龍虎が入っていたらあがるまでは自粛しようとコスモスは寮生たちに言った。
 
「まあ一緒に入っても実害は無いけどね」
などともコスモスは言っていたが!?
 
「寮生は全員龍ちゃんのヌードを1度は見てますけどね」
などと、“研修所の主”ハナ。
 
「私はまだ見てないけど、龍ちゃんが、ほぼ女の子だというのは秘密にしとくね」
 
と寮生ではないのに来ている松梨詩恩が言っていた。詩恩もしばしばこの寮に来るが、来たら姉の高崎ひろかの部屋に泊まる。それでひろかの部屋には2段ベッドが入れられている。
 

8月8日(土)、横須賀でサマーロックフェスティバルが行われ、アクアは8万人入るAステージ(植物公園野外劇場)にトップバッターとして登場する。
 
今回は苗場の反省から、万全の体制で臨んだ。
 
苗場ではHステージに居た警備員は主催者側が用意していたほんの30人ほどであった。観客比200:1くらいである。今回の横須賀でも主催者が用意する警備スタッフは100人くらいで観客比800:1くらいである。
 
今回は★★レコード系のイベンター★★クリエイティブを通して1000人も警備員を用意した。警備会社からの派遣が300人と、残りはライブの警備の経験があるバイトさんである。“アクア”にちなんで水色系の特製のガードマンっぽい制服を用意して彼らに着せ、主催者の許可を得て会場に配置する。特にステージ前面で“最終守備”を担当する警備員にはラグビーやアメフト、あるいはレスリングや柔道・相撲などの経験者(実は現役選手もかなりいる)を配置した。制服を着た、がっちりした体格の男性がずらり並んでいると相当の威圧感がある。ちなみに女性の暴漢に躊躇無く対抗できるよう、2名の女子ラグビー選手と3名の女子プロレス選手も混じっている。
 
苗場ではダンサーとかはいなかったのだが、今回は4人の女性ダンサー兼バックコーラスを入れることにした。実はこの子たちがタダ者ではない。
 
3人は∞∞プロの研修生やタレント、1人は§§プロの研修生なのだが、実は4人とも剣道の有段者なのである。
 
彼女たちは敢えてスタンドマイクを使うのだが、万一の時は、このマイクの支柱が竹刀代わりになるということになっている。そのためこの支柱は竹製で先端(地面側)には竹刀と同様の先皮が付いている。マイク側も握りやすいように皮が巻かれている。このスタンドマイクはいわば仕込み杖のような仕様になっているのである。
 
(但し相手が武器を持っていた場合は戦わずに逃げろと言ってある)
 
∞∞プロに全部頼むわけにはいかないので、ダンサーを務めることになった“ハナちゃん”は、足立区の研修所に住んでいる(No.205)のだが、前夜アクアに
「万一の時は任せてね。私がバッタバッタと暴漢を倒してやるから」
などと言って竹刀の素振りをしていた。
 
「でもボク男の子なのに、女の子たちに守ってもらうって申し訳無い」
などとアクアは言ったが
「龍ちゃんが男の子だと思っている子なんて、まず居ないから」
とハナは言っていた。
 
「実際女の子であるのはお風呂で確認済みだし」
「うーん・・・」
 
ハナちゃんにも2回ヌードを見られたからなあ、などと龍虎は思っていた。
 

この日アクアはゴールデンシックス及び4人のダンサーと一緒に登場すると最初に観衆に、このイベントは座って聴いてくれるように要請した。8万人の観衆が動き出したら、1000人程度の警備員ではとても制御できない。だからそもそも動いたりしにくいように、座って聴いてくれるよう要請したのである。
 
先日の苗場での騒ぎを聞いている人も多いので、みんなおとなしく座ってくれた。それで今日はアクアも普通に演奏することができた。
 
この日のステージは1時間なのでたくさん歌うことができた。しかし持ち歌は4曲しかないので、古いポップスを随分歌った。
 
最初に持ち歌4曲の内『ボクのコーヒーカップ』『貝殻売り』『白い情熱』と3曲歌った後は
 
松田聖子の『赤いスイートピー』、森高千里の『ストレス』、小泉今日子の『常夏娘』、プリンセス・プリンセスの『世界でいちばん熱い夏』、スピードの『White Love』、そしてモーニング娘。の『LOVEマシーン』と歌う。
 
ダンサーの4人は『ストレス』ではミニスカのウェイトレスの格好でステンレスのお盆を持って踊り(いざという時はこのお盆も武器になる)、『常夏娘』ではビキニになってパラソルを持って踊り(パラソルは当然“柄物(えもの)”である)、『White Love』では、白いワンピースを着てクリスマスブーツを持って踊った(ブーツも当然投擲できる。しかも中に重りまで入っている!)。
 
しかし彼女たちが戦闘モードになる場面もなく、観衆は座ったまま歓声や拍手だけ送ってくれたので、無事最後の『nurses run』まで辿り着いた。この曲では『ときめき病院物語』に出演している看護師役の女性が10人出てきてくれたのだが、実はその中に看護師の衣装を着けた女性警備員さん(空手の有段者)も混じっていた!
 

この日は脱出作戦も万全だった。アクアと同じ衣装を着けた天月西湖が演奏終了後、すぐ沢村が運転するタントの後部座席に乗って会場を出る。かなりのファンに取り囲まれたものの、何とか事故もなく植物公園を出ることができた。一方のアクア本人は清掃スタッフのユニフォームを着て、撤収作業に紛れて無事脱出することができた。
 

8月9日(日).
 
昨年と同じ新宿文化ホールで、第2回ロックギャルコンテスト本選が行われた。昨年の応募者は全国で2000人ほどだったのだが、アクアが選出されたコンテストということで今年は応募者は5000人に膨れあがり、その中に男子!の応募者が500人もいたが、全員書類審査で落とした(つもりだった)。
 
この日は都道府県予選・ブロック予選を勝ち抜いた30人の参加者がこの本戦に出場した。
 
いきなり問題が発生する!
 
参加者の中に1人ズボンを穿いている子がいたので、
「歩く時の足の動きをしっかり見たいので、スカートを穿いてもらえませんか?」
と、今年の案内係に指名された桜野みちるが声を掛けたら
 
「僕、男なんですけどスカート穿かないといけません?」
と言ったのである!
 
「なぜ男子がロックギャルコンテストに参加している?」
「え?まさか、このコンテスト女子限定ですか?」
 

いったん別室に呼んで事情を聞く。彼は長野県代表の穂高充乃(ほだかみつの)君と言った。美少年だし、名前も女の子の名前にも取れる名前なので、主催者側でも男の子であることに気付かなかったようだ。
 
彼も昨年のアクア同様、“ギャル”が女の子の意味だとは知らなかったことが分かる。応募も、お姉さんが勝手にしたものらしい。そして彼は長野県予選、関東予選を、このコンテストが女子オンリーであることに気付かないまま、いづれもトップの成績で通過してしまったのである。
 
「どうします?」
 
彼の予選での成績が確認される。物凄く優秀である。今回の参加者の中でもトップ3人に入る成績だった。
 
「君、もしよかったら、このままこのオーディションを受けてくれない?」
と紅川が言った。
 
「あのぉ、スカート穿かないといけません?」
と彼が不安そうに訊く。
 
「ショートパンツでいいよ」
とコスモスが言った。他の審査員も頷いている。
 
それで彼のウェストサイズを訊いて、急遽ショートパンツが用意される(信濃町の事務所から大急ぎで衣装を持って来てもらった。彼の一次審査を後回しにして、その間に他の子の審査を始めた)。
 
それでショートパンツを穿いてもらったのだが、
「足のむだ毛処理してないの?」
と彼のショートパンツ姿を見た川崎ゆりこが言った。
 
「僕、男なので」
と穂高君は困ったように言う。
 
「それ剃っちゃおうよ」
「え〜〜?」
 
ゆりこが会場からわりと近くにあり、事務所でも利用者が結構いるエステのエステティッシャンを呼び出し、彼の足の毛をきれいに剃ってもらった。
 
「なんか美しい」
と穂高君は言っている。
 
「いつも剃っておくといいよ」
「そうしようかな」
と彼は美しく白い自分の足を結構気に入ったようである。
 
それで彼にはショートパンツを穿いて、一次審査のウォーキング&自己アピールをしてもらった。もっとも審査員からの質問に困るものがある。
 
「白雪姫とシンデレラと人魚姫、どれが自分に近いと思いますか?」
「あのぉ、お姫様はちょっと・・・」
 
「あ、そうか。ごめんごめん。だったら、白雪姫の王子様と、シンデレラの王子様と、人魚姫の王子様では?」
 
「その三択ならシンデレラの王子様かな。ちょっと馬鹿っぽいけど。女の子の遺体を欲しがる白雪姫の王子って気持ち悪いし、自分を助けてくれた女の子を捨てちゃう人魚姫の王子様もどうかと思う」
 
「なるほど」
 
「なんか昔話の王子様って変な人が多くないですか?眠り姫の王子様なんて、眠っている女の子をレイプしちゃうし」
 
「言われてみると、おかしな人が多いね」
と紅川さんは笑っていた。
 

二次審査では、他の女子は水着を着てもらって即興でダンスをしてもらったのだが、彼には男性用のレオタードを着てもらった。
 
三次審査は歌唱審査だが、彼は三代目J Soul Brothersの『R.Y.U.S.E.I.』を格好良く歌って、居並ぶ多数の女子参加者たちから
「素敵!」
「結婚したい!」
という声を受け、少し照れていた。
 
ゲストで桜野みちるとアクアが歌ってくれている間に審査をする。
 
「成績では12番の秋田利美ちゃんと24番の穂高充乃君が僅差だね」
「2点差ですけど、これは誤差の範囲だと思います」
「でも穂高君は男子なので審査対象外かな。凄く優秀なんだけど」
「彼は特別賞ということにしませんか?」
「ああ、それがいいです。では優勝、第2回ロックギャルは秋田利美ちゃんということで」
「ふたりともぜひ契約したいですね。穂高君はアクアに続くうちの2人目の男性アイドルという線で」
 
「2度目の挑戦になった、8番のハナちゃん、去年よりずっとよくなってた」
「やはり研修生になって、日々レッスンを受けている効果でしょうね」
「でも彼女は3位かな」
「ええ。30番の大村祭梨ちゃんの方が勝っていると思います」
「大村さんが2位でしょうね」
 

アクアの歌唱後、§§プロ社長であるコスモスの挨拶があって、コンテストは終了、解散となる。このコンテストではその場では結果を発表しない。ただし参加者には基本的に新宿付近のホテルに今夜は泊まってもらう。
 
それで優勝の秋田利美を呼び出すのだが、彼女は両親が急用で新潟に帰ってしまったと言って、ひとりでやってきた。紅川は今日契約書に親のサインをもらいたかったのだが、両親とは北陸大会の直後に沢村が一度会って芸能活動に関する合意はしてもらっているので大丈夫だろうと考えた。
 
(利美は新潟県→北陸→本選、穂高は長野県→関東→本選)
 
ところが彼女と話し合っている内に、彼女が小学生であることが発覚する。
 
「年齢確認してなかったの?」
「ごめんなさい」
と沢村が謝っていた。利美は大人びて見えるので、小学生とは思いもよらなかったようである。
 
それで彼女は結局、ご両親とも電話で話して、研修生になってレッスンなどを受けてもらい、中学生になった時点でデビューという線になった。
 
それで秋田利美(後の白鳥リズム)は第2回ロックギャルコンテスト優勝者ではあるが、2代目ロックギャルではない(昨年のアクアと同様の扱い)。
 
これはプラハ時刻では6/27 21:00 で
 

審査員は続いて穂高充乃を呼び出した。
 
彼には優勝者と同点であったこと(にした)、その優勝者が実は年齢不足で参加資格が無かったことをまず説明する。
 
「彼女には研修生になってもらって、中学生になってからデビューしてもらうことにしたんだよ」
「なるほどですね」
 
それで穂高さんをロックギャルにしたい所だが、穂高さんも男子なので、ロックギャルという訳にはいかないので、代わりに特別賞をあげたいと紅川は説明した。コンテストの最中は(どうせ落ちるだろうしと思い)新宿近辺を散策していたという両親は今日の今日まで女子のコンテストとは全く知らなかったということで、お母さんが大笑いしていた。
 
「あんた、いっそアクアちゃんみたいに、女装っ子で売り出す?」
とお母さんは言っているが
「勘弁してよぉ」
と本人。
 
紅川は「アクア君は別に女装っ子ではなく普通の男の子なのですが」と断った上で、§§プロでは過去にも1度男性アイドルを売り出したこともあったことを説明した上で、ふつうの男性アイドルとしてデビューしてもらえないかと要請。本人も両親も同意。その場で契約書にサインしてくれた。
 
本人は「あまり女装とかさせられませんよね?」と不安そうに言っていたが、お母さんは「お仕事ならどんどんナース服でもセーラー服でも着せてやってください」などと言うので、本人は困ったような顔をしていた。
 
彼は“西宮ネオン”の芸名をもらい、§§プロ3人目の男性アイドルとして売り出されることになる(実際には最初の男性アイドルとみなされることが多い)
 

トップ成績の2人が、1人は年齢不足、1人は性別違いで実質失格したので、“2代目ロックギャル”はその次の大村祭梨になるはずだった。しかし彼女は「自分は12番の人に明らかに負けていた」と言い、彼女がたとえ失格したとしても、あの実力差で自分はロックギャルを名乗ることはできないと言った。
 
それで彼女は研修生になってもらって、翌年このコンテストに再挑戦するという線で話がまとまったのである。
 
この結果“2代目ロックギャル”は空席になることが決定した。
 
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【娘たちのベイビー】(1)