【娘たちのフィータス】(3)

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アクアの所に贈られて来たバレンタインのプレゼントは2月16日の時点で合計10万個(大型トラック17台分)に達して、§§プロでは急遽貸倉庫をもうひとつ借りる羽目になった。2月7日の時点でアクア本人に来ているプレゼントの山を見せこれまでの§§プロのタレントに来たプレゼントと同様の処理する方針を決めたので、これを分別するためのバイトを100人くらい雇った。ちょうど学生の春休みの時期なのでこの人数をすぐ確保できた。早番(8-15時), 遅番(15-22時)の2班に分けて常時20人・14時間体制で作業をした。
 
チョコレート、ノンアルコール飲料、文具、などは本人の自宅に予め話し合いで決めていた量を届け、一部は事務所内部で分けて、残りは福祉施設などに寄付した。
 
洋服やアクセサリーなどは高価なものや制服系は衣装用としてプロダクションでキープ、デザインに難があるものは廃棄。まあまあの価格帯と思われるものでアクアの体型に合うものは本人へ。それ以外で研修生の中で欲しいという人があれば取ってもらい、残ったものは福祉施設へ。
 
こういう「処理ルール」は、§§プロのホームページにも以前から明示している。
 
しかし今回の仕分けや配送に掛かった費用は、倉庫の借賃も含めて5000万円ほどである。全く恐ろしい。
 
衣類は贈られてきたもの5000点の中で、この方針でアクア本人に渡すことになったものは3000点(約150箱)もあった。アクアのスリーサイズ(B:C70/W55-H82)がネットで拡散して、みんなちゃんとそのサイズで買って送って来てくれたのである。C70というブラサイズは、ドラマ撮影用のブレストフォームを付けた状態のバストサイズであり、龍虎が実際にCカップの胸がある訳ではない。ただアンダーは70無いと着けられない(無理にブラをする必要は無いが)。
 
「これ全部要る?」
「すみません。児童福祉施設とかに。とても、うちの家には入りきれません」
「だよね」
 
アクアは小柄なので、普通のおとなにはアクアのサイズの服は入らない。それで贈るとしたら児童福祉施設とかである。
 
「じゃ種類別に分別したものの各種類から1箱か2箱ずつ取ってよ。残りは適当に処理するから」
「分かりました」
「ちなみにスカートとかブラジャーとかパンティーとかも使うよね?」
「一応もらっておこうかな」
 
龍虎は種類別に分類された物から適当に1箱ずつ取り(ショーツの箱だけ2つ取った)、これは月原マネージャーが車でアクアの自宅まで運んであげた。アクアと体型がほとんど同じ西湖にも取らせたら、彼もアクアと同様に各種類1箱ずつ取っていた。彼にはついでにセーラー服&ブレザー類の箱も1箱渡した。これも月原が運んであげた。他に、§§プロの研修生・練習生たちにも自由に取っていいよと言ったら、少し減ったが、残りは児童福祉施設にプレゼントした。
 
ちなみにアクアに男物の衣類を送って来たファンは1人も居なかった!
 

2019年3月8日(日).
 
アクアのファンクラブが発足し、2月2日までに入会金と年会費を振り込んでくれた人に会報初号をアクアの生写真付きで、この日までに到着するよう配送した(一部離島を除く)。会報初号はその後も3月いっぱいまでに入金してくれた人には(生写真は付かないものの)同じ編集のものを配送することにしている。
 
会報の編集は、結婚のため2月いっぱいで退職(本当は年内の予定だった)した牛田典子マネージャーを中心に、休業中の明智ヒバリのバックバンドでギターを弾いていて、秋以降仕事にあぶれていた元サイドライトの槍田湖寿絵(ヤコ)、昨年11月にハワイでアクアの写真集を撮影した時の撮影助手・三輪志保、若手のイラストレーター岡戸青花、の4人を中心に、InDesignやPhotoshopが使える学生バイトを10人くらい臨時雇用していた。
 
様々な人に寄稿してもらうと共にヤコや牛田がけっこう自分でも文章を書き、三輪が写真を撮り、岡戸が可愛いイラストを描き(ほぼ女の子を描く感覚でアクアを描いている)、それを最終的に牛田がまとめ、B5で64ページもある会報を作り上げた。
 
内容的にはオーディションの様子(これが詳細にレポートされたことから翌年以降ロックギャルコンテストは“音楽志向の強い”参加者が増えた)、ハワイでの写真集撮影の様子、『性転の伝説Special』撮影の様子、ローズ+リリーのツアーに随行した時のこと、デビューシングルの制作の様子、他にネタ作りを兼ねて広島の宮島、福岡の宗像・筑紫大島に旅をしてきた時の様子(“アクア”という名前にちなんで、水の神様である宗像三女神を祭る神社に行って来た)、なども入っていた。バレンタインのプレゼントの巨大な山の前でチョコレートを手に持ち微笑むアクアの写真もある。
 
また放送局から提供してもらった『ときめき病院物語』の撮影の様子、通っていたバレエ教室から提供してもらったバレエ発表会の様子(男衣装を着けているスペインの踊り・中国の踊り)、学校の許可を得てアクアの友人(主として彩佳)から提供された、アクアの学園生活の写真も一部掲載されている(セーラー服を着ている写真が多く、学生服写真を選ぶのに苦労したのは秘密)。
 
この編集作業は1月に鱒渕が§§プロに(なしくずし的に)入社した後、牛田の作業を鱒渕が引き継いだが(鱒渕はInDesignもQuarkXPressも自由自在である)、すぐに鱒渕は多忙になるので、3月以降は、槍田が自分より文章が上手い!柿田江美を勧誘して、柿田が文章を書き槍田は編集に回った。
 
それで会報の2号(6月発行)では「日本語がまともになった!」とネットに随分書かれていた(2号以降は原則32ページ)。なお、写真の担当も2号以降三輪から、彼女の後輩の四家芳絵に引き継がれた。
 
会報初号はオークションなどへの流出防止のため、表紙に直接、配布した会員の住所・氏名を印刷している(窓開き封筒で発送)し、表紙を変更したものを後日、通販で1冊2160円+送料300円で販売することを予告している。
 
さすがに自分の住所氏名が印刷されたものをオークションに出す人はそうそう居ないだろうという考えである。またリーズナブルな値段で別途販売するのもオークション対抗策になる。
 

3月8日には、会員番号1番・ファンクラブ会長に選任された松浦紗雪さんほか、抽選で選ばれた3000人の会員を招いて中野のスターホールでミニイベントを行なった。
 
会員番号の1番に関しては20人以上の関係者から欲しいという声があった。特に無視できない9人(組)を本人や紅川・コスモスなどにリクエストされた順に並べるとこうなる。
 
南川彩佳 8.11
春風アルト 8.12
江藤愛来 10.18
荻田美佐子 10.20
中田政子 10.27
小野寺イルザ 12.12
スリファーズ 12.30 (1-3を希望)
佐々木川南 1.07
松浦紗雪 2.11
 
彩佳はロックギャルコンテストの翌日、コスモスが彩佳と極秘の面談をした時、自分は龍虎のことが好きだし、正直に言って龍虎と何度も寝ている(嘘ではない)けど、彼が歌手としてデビューすることになった以上、彼は自分の龍虎ではなくファンみんなの龍虎だから、自分は恋愛感情は抑えて、あくまで1人のファンとして応援していきたい。ファンクラブ会員番号1番でいい、などと言ったのである。
 
その翌日、紅川が上島雷太と話し合った時に、アルトが「龍ちゃんが歌手になるなら、私がファンクラブ会員番号1番になりたいなあ」と言った。
 
この2人が最も早い。
 
紅川、コスモス、ケイ、の3人で集まってこの問題について検討したところ、リクエストされた順序としては最後ではあるものの、やはりJ-POP界での位置づけを考えた場合、松浦紗雪が後見人のような立場に立ってくれると(派閥取り込み争いのような)余計な揉め事に巻き込まれなくて済むのでないかという意見になり、彼女に1番を進呈することにした。
 
松浦紗雪は1982年6月13日生れの双子座で現在32歳。元々は木ノ下大吉先生の歌でデビューしたが、後、上島雷太が作曲家として活動し始めた初期に、篠田その歌とともに、上島派の中核として大きなセールスをあげた。2年くらい前から上島ファミリーからは離れて自分で詩を書き、親友の藤崎亜夢が作曲する、セルフプロデュースに移行している。ローズ+リリーや貝瀬日南などと同様の“上島カズンズ”である。
 
松浦は人脈が広くて面倒見が良く、貧乏な歌手に御飯を食べさせてあげたり、仕事の無いタレントにドラマの役やバラエティ番組の雛壇要員などの口を紹介してあげたりしている。それで彼女を信奉する若手歌手は結構居て、しばしば会食などもしており、ゆるやかな派閥“松浦派”を形成している。紗雪は穏やかな性格なので敵が少ないし(睨んでいるのは芹菜リセくらいだが彼女は誰とでも対立する)、“松浦派”の若手歌手が他の大物歌手とも仲良くしていても全然平気である。それで後ろ盾にするには絶好の人物ということで、コスモスとケイの意見が一致した。政子とも仲が良い。
 
それで彼女を1番にし、政子を2番、そして最初にリクエストした彩佳を3番、アルトを4番にすることにしたのである。
 
その他、下記のように番号を定めた。
 
1.松浦紗雪 2.中田政子 3.南川彩佳(非公開) 4.春風アルト 5.荻田美佐子、10.小野寺イルザ 11.原田彩夏、12.矢島千秋、13.牧元春奈、14.水森優美香(AYA)、21.佐々木川南 22.白浜夏恋 23.村山千里 31.南川彩佳 32.入野桐絵 33.北山宏恵、34.唐本冬子 35.大宮万葉 36.江藤愛来 77.光帆 78.音羽 79.カノン 80.リノン、81.田代涼太 82.田代幸恵 83.志水英世 84.志水照代 85.高岡猛獅 86.長野夕香、87.高岡越春(予約) 88.長野支香 89.長野松枝 90.上島雷太 (81-90非公開)
 
彩佳には会員証を2つ渡す。3番の会員証は彼女が自分の恋心を30歳になるまで(コスモスとの約束)封印するための代償、愛の証で、通常は31番の会員証を使用する。同じく龍虎の親友である桐絵・宏恵にも32,33を渡す。
 
名目上の“アクア”の名付け親である荻田さんが5番である。6-9は将来どうしても1桁の番号を渡したい人が出た時のためにリザーブする。
 
81-82に田代夫妻、83-84に志水夫妻、85-86に実の親である高岡夫妻をアサインして親権者である支香は88を取る。87は、龍虎を高岡猛獅の子供だと認めてくれないものの、いつかは和解したい猛獅の父・高岡越春にリザーブし、夕香・支香姉妹の母・長野松枝に89、龍虎の父親代わりとしてこれまでずっと経済的に支援してきてくれた上島雷太が90である。
 
但し、3番、および81-90は非公開とする。
 
また1000番までは特別な人に贈るためにリザーブし、一般のファンクラブ会員の会員番号は1001番から出すことにした。ここから先は抽選にしたが、1001番を取ったのは、静岡県の女子高生・杉山雪花さんであった。当然彼女は今回のイベントに招待して、一般ファン代表として、アクアと握手してもらった。本人はキスしたいと言ったものの、握手で勘弁してもらった。
 

ところでファンクラブ会報“Aqua Pal-Pal”(原則季刊)は20万部の発送なので、3月1日から発送を始めたのだが、この会報初号には、一部鱒渕水帆が書いた文章も含まれていた。
 
それで、これを受け取ったファンの間で、このような呟きが多く見られた。
 
《編集者の中に明らかにアクアちゃんを女子だと思い込んでいる人がいる》
 
鱒渕自身がアクアの性別を知ることになったのは、ファンクラブ発足の前祝いをした、3月6日のお昼の食事会だった。
 
このお食事会には、会員番号1番・松浦紗雪、2番・マリ@ローズ+リリー、4番・春風アルト、5番・荻田美佐子、10番・小野寺イルザ、11-13.スリファーズ、14番・ゆみ、23番・醍醐春海、34番・ケイ@ローズ+リリー、36番・江藤愛来、77-78.XANFUS、120.和泉、121.美空、122.蘭子、123.小風、という18人のファンクラブ女性会員と、§§プロ側から、紅川社長、田所・沢村・鱒渕、先輩代表として秋風コスモス、司会役として川崎ゆりこが参加した。
 
この18人の会員には、コスモスが日付・宛名書きをした金色のサイン色紙を進呈した(その場でアクアが書いた)。
 
男性の成人タレントなら“鏡割り”などするところだろうが、未成年タレントで出席者も女性が多い(実際問題として明確に男性なのは紅川社長のみ)ので大きなケーキを飾り、アクアにケーキカットをさせた。
 
シャンパン代わりのサイダーで乾杯(音頭は松浦紗雪が取った)してアクアの前途を祝う。
 
それで紅川社長の挨拶、コスモスの応援メッセージの後、マネージャーの田所・沢村・鱒渕も「一言ずつ」と言われた。田所は
 
「うちの事務所始まって以来の物凄い数の人たちからのご支援を頂きまして、ありがたく思っています。本人はまだやっと最初のCDをリリースしたばかりで、まだこれからですが、よろしくお願いします」
 
と言った。沢村は
 
「会員登録作業にしても、会報の編集にしても、これ本当に3月8日に間に合うか?って、ヒヤヒヤでしたけど、たくさんの方々のご協力で何とかなりました。これからもよろしくお願いします」
 
と言った。そして鱒渕は
 
「右も左も分からない中、みなさんのお手伝いで猫の手程度には役立ったかなと思っています。でもこんな素敵な美少女アイドルは、やはり多くの人々に愛されていくと思いますし、あんまり売れるとアクアちゃんもなかなかお嫁に行けなくて困るかも知れませんが、彼女がみんなに愛されている限り、頑張って裏方として支えていきたいなと思っています」
 
と言った。
 
アクアは「美少女」と言われ「お嫁に行く」と言われ「彼女」と呼ばれ、大いに困った。ボクお嫁に行けと言われたらどうしよう?
 
出席者の中で顔を見合わせている者もある。それで川崎ゆりこが
 
「そうですね。アクアは美少女と言われるほどの美少年だし、こんなに可愛かったら男でもいいから嫁に欲しいという声もありますし、“彼”と呼ぶには可愛すぎて、つい“彼女”と呼びたくなるかもね」
 
とフォローになっているのかなってないのか、よく分からないことを言う。しかし、ゆりこの言葉に今度は鱒渕が戸惑っているようである。
 
それで小野寺イルザが言った。
 
「あのぉ、もしかして鱒渕さん、アクアちゃんのこと、女の子と誤解してません?」
 
「へ!?」
 
「あのぉ、ボク一応男なんですけどぉ」
とアクアは言った。
 
「うっそー!?」
と鱒渕は叫んだ。
 
「で、でもセーラー服着てませんでした?」
と鱒渕。
「ああ。広島のローズ+リリーのライブの時、セーラー服で来たから、私嬉しくて狂いそうになった」
とマリが言っている。
 
「あれは偽装工作だったんだけどね。でもアクアは男の子だとしても、セーラー服くらいは普通に着るよ」
とコスモス。
 
変な言い方だ。「男の子だとしても」ではまるで本当は女の子かもという感じの言葉である。本当は男の子であるなら「男の子ではあっても」と言うべき所だ。
 
「でも女子トイレ使っていたし」
 
「アクアは外見が女の子にしか見えないから、男子トイレ使うとトラブルになるんで、女子トイレを使うことになる場合が多いですね。まあアクアが女子トイレや女子更衣室にいても誰も変には思わない」
とケイ。
 
「だけどうっかり胸触ってしまった時、おっぱいがある気がした」
と鱒渕。
 
「『ときめき病院物語』で女役をするから、胸にブレストフォームを貼り付けて、あれって外すのが大変だから、ずっと貼り付けっぱなしになっていること多いね」
と沢村。
 
「男の子だなんて、思いもよらなかった!」
と鱒渕は言った。
 
「まあ美少女と見紛う美少年ということになっているけど、本当は男の子のふりしている女の子なのでは?という疑惑は若干ある」
と小風。
 
「ネットの『私はロボットではありません』テストで、女の子の写真を選べという問題にアクアの写真が混じっていたら、それをちゃんと選択しなかったらロボットとみなされると思う」
と光帆。
 
「そういう訳でアクアは戸籍上は男子で、本人も自分は男子であると主張しているし、男性器が付いている可能性もあるけど、女の子に準じて扱った方が揉め事は少ないし、女の子の服を着せて、女子トイレ・女子更衣室を使わせ、女湯に入れても構わない」
とマリ。
 
「女湯は無茶です!」
とアクア。
 
「まあ20歳までには性転換手術受けさせちゃって女の子に変えてあげてもいいよね」
 
と松浦紗雪。
 
「結局女の子になりたい男の子?」
と鱒渕は尋ねる。
 
「女の子にはなりたくないですー」
とアクア。
 
「でもちんちん無くなってもいいんだよね?」
とマリ。
 
「無いと困ります」
とアクア。
 
「でも性転換手術しちゃったら、それでも生きていけるでしょ?」
と音羽。
 
「性転換手術は勘弁してください」
 
「でも中学生でしょ。この声ってまだ声変わりがしてないんですよね。もしかして去勢だけしてる?」
 
「この子小さい頃大病をしたから、成長が遅いんですよ。それでまだ第2次性徴が来ていないんですよね。中学卒業する頃までには来るんじゃないかと思うけどね」
と春風アルト。
 
鱒渕は考えた。そして言った。
 
「アクアちゃん、声変わりするなんてもったいない。女の子になりたくないのならちんちんは取らないにしても、睾丸は取ってもらえば?」
 
「嫌です」
とアクアは言ったが、多くの人が
 
「睾丸取るの賛成!」
と言った。
 
「まあこの子が20歳まで睾丸をつけたままでいる確率はマイナス200%くらいかな」
とマリ。
 
「そもそも現在もう既に睾丸は無いのではないかという可能性も92%くらいあるね」
とコスモス。
 
しかしそういう訳で翌々日3月8日のイベントでは鱒渕は
「つい2日前まで、私アクアさんのことを女の子とばかり思い込んでいました。ごめんなさい」
と述べて、会場から爆笑が起きていた。そして会場からは
 
「アクアちゃん、女の子になっちゃってもいいよ」
という声も多数あがっていた。
 

千里と桃香は大学2年の年末頃から千葉市内の同じアパートで共同生活(?)していたのだが、3月に大学院を卒業するのを機に“味噌汁の冷めない距離”の別々のアパートに住むことにし、桃香は小田急・経堂駅の南側、千里は東急・用賀駅の北側にアパートを確保した。東急のこの付近だけがなぜか北側に膨らんでいるため経堂駅と用賀駅は直線距離で2.7kmくらいしか離れていない。
 
2人は12月末に別れて済むこと、経堂・用賀の近くに住むことを決め、2月中に都合の良い所を見つけて契約した。桃香は家賃を二重に払うのはもったいないから3月になってから探せばいいと言っていたのだが、それでは埋まってしまうよと言って2月上旬に探したので、うまい所を見つけることができた。
 
もっとも二重払いといっても、新しいアパートの家賃は桃香の所が49,000円、千里の所が15,000円であるのに対して今住んでいる所は6000円である。
 
各々の新しいアパート間の距離は2kmを割り込む。
 
千里は各々のアパート近くに駐車場も1枠ずつ契約した。片方にミラ、片方にインプレッサを置いておこうという魂胆である。
 
『これで用賀から経堂へはインプで、経堂から用賀へはミラで移動できるね』
と考えたのだが、《りくちゃん》が指摘する。
 
『千里、それ用賀に駐めているミラで経堂に行ったらどこに駐めるんだ?』
『・・・・』
 
『何も考えてなかったのか!?』
『小学生でもこのくらい分かるぞ』
 
『仕方ない。俺がもう一方の車は回送してやるよ』
と《こうちゃん》が言った。
 
『ごめーん』
 

桃香が契約した経堂のアパートは、色々怪しい所はあるものの、実はかなり良い物件であった。しかし千里が契約した所は元お稲荷さんだったのを借金のかたに取られて、神社を崩してアパートを建てたという、とんでもない代物だった。祟りっぽい死人も出ていたのだが、ここを実は千里は“京平の神殿”にするつもりだったので、元神社というのは絶好のロケーションだった。
 
千里が桃香と別れて住むことにした1つの理由は、この“神社を建てる”場所が欲しかったからである。
 
千里は京平に頼んで大狐様を紹介してもらい、その人の協力で、神社を壊されて怒っていたお狐様たちには伏見にお帰り頂いた。その上で、土地をリセットした上で、京平の“神霊部分”を鎮めるための神社を霊的に建立した。さすがの千里にもこの作業には1ヶ月以上の時間を要している。普通の怪しいマンションなどの浄化のように一瞬というわけには行かなかった。最終的に浄化が完了して神殿建立したのはユニバ合宿が終わった3月29日であった。入居の前日である。
 
そして桃香のアパートには南向きの神棚を置き、ここにお参りするだけで用賀の神殿を拝めるようになっている。
 
これで京平をこの世に迎える準備はできたのである。
 

千里は2013年4月以降、“コラ”の選手名でスペイン・グラナダのレオパルダで日々練習する一方、ほぼ毎日日本にも戻ってきて、市川ラボで貴司との生活?もしていた(2017年以降フランスのマルセイユで使用する選手名“キュー”(Queue)は、この"Cola"をスペイン語→フランス語に直訳したものである!)。
 
スペインでの練習・試合の時間はだいたいこんな感じである(下記は冬時間)。
 
●試合のある日
試合時間 18:00-20:00 (日本時間26:00-28:00)
但し、17時開始、19時開始の試合もある。
 
●試合の無い日
練習時間 13:00-18:00 (日本時間21:00-26:00)
夏時間の場合は日本時間20:00-27:00に相当する。
 
(育成チームは練習時間18:00-21:00の練習で、日本では26:00-29:00)
 
●貴司の市川ラボでの
練習時間 21:00-24:00
睡眠時間 1:00-4:30 (甘地駅始発5:11)
 
千里はスペインに行った年(2013年)の10月1日付けでトップチームに昇格したが、その後、レオパルダに練習に行く前に軽食を作って市川ラボの部屋に置いていき、練習が終わった後も少し仮眠してから朝御飯を作り、市川ラボに届けるというパターンで生活している。。
 
届けるついでに、眠っている貴司に“悪戯”してあげることもある。貴司が目を開けたら姿を消すので、貴司は千里の《影》だけを感じている。最近は逆に《快楽を貪るために》目が覚めても4:30くらいまで眠っているふりをしている。千里も貴司が目を覚ましていることに気付いても、目を瞑っている限りは、してあげるので、これは2人のゲームのようなものである。
 

3月4日(水)、千里はチーム事務所に呼ばれた(スペインでは昼だが日本では同日夕方)。もうシーズンも終わり近くだから、首にでもされるのだろうか?などと思いながら出て行くと、意外なことを言われた。
 
「うっかりしていたんだけど(スペインでは日常である)、君のパスポートの期限が来月切れるようなんだよ。更新しといてくれる?」
 
更新してと言われるということは、取り敢えず来期もこのまま契約継続なのかな〜?と思いながら千里は返事をした。
 
「あら、切れますか? じゃ8日の次の試合は21日で2週間空くから、その間に一時帰国して更新しておきます。ありがとうございました」
 
千里はそういえばユニバーシアード監督の篠原さんからも、パスポートがもし切れてたら更新しておいてねと言われていたよな、と思い、パスポートセンターに行ってこようと思った。
 
ところがそこで《たいちゃん》が指摘する。
 
「千里、そのパスポートでは2013年11月にフランスでシェンゲン圏に入国したまま、ずっとシェンゲン圏内にいることになっている」
 
「嘘!?」
「つまり千里は頻繁に日本に密入国しているんだな」
「あはは」
 
実際には千里が日本にいる間は《すーちゃん》がスペインに居て、千里がスペインに居る間は彼女が日本に居る。《きーちゃん》の能力による位置交換である。
 
それで、面倒なのだが、《すーちゃん》に頼んで、パリのシャルルドゴール空港から成田への飛行機に乗ってもらって“帰国”することにした。千里が球団事務所に言ったように、8日から21日までの間は試合が無いので、スペインを離れることができるのである。
 
(この時期は成田−マドリッドの直行便は運行されていなかった)
 

ここで千里は唐突に“その問題”に気付いて、ひとりごとのように声に出した。
 
「私、最初にパスポート取ったのは2008年春だよね?それは未成年で5年有効だったと思うから、2013年春までの有効期限だったはず。実際、いつだったか記憶が定かじゃないけど「すみません。パスポートの期限が切れているので、プリンスエドワード島(南極に近いインド洋の孤島)までは行けません」って、雨宮先生に言った記憶があるもん。それで2015年4月で切れるって変じゃない?2013年に期限が切れて更新したら2023年まで期限はあるはずだし」
 
すると《きーちゃん》が
「ごめーん」
と言って、
 
「千里のパスポートは2つあるんだよ」
と教えた。
 
「なんで?」
「千里の戸籍が2つあるから、それに乗じてもう1個作っておいたんだよ」
「戸籍が2つ!?」
と千里は声をあげたが
 
「実は千里が2人居るんだったりしてな」
と《こうちゃん》が言った。
 
それで《きーちゃん》はここまでの経緯を説明した。
 
●2008.05 U18アジア選手権の代表候補になったのでパスポートを作る(M)。千里は戸籍上男だったが、本人確認に使用した健康保険証が女になっていたこと、生徒手帳も女と記載されていたこと、そして本人が女子にしか見えないことから、受付の人の勘違いで「性別F」で作られてしまった。(パスポート(M))
 
●2010.04 千里が戸籍謄本を取った時に、美鳳が悪戯して千里が長女、玲羅が二女と記載されている戸籍をでっちあげた。本来の村山家の戸籍は留萠にあるのだが、この戸籍は旭川に作られたので、両者を区別して“留萠戸籍”“旭川戸籍”と呼ぶ。きーちゃんは美鳳の悪戯に乗じて、この旭川戸籍に基づくパスポートを作ってしまった。(パスポート(F))
 
●2012.05 千里が(留萠戸籍)から分籍して自分単独の戸籍を作る。これも留萠に置く。
 
●2012.09 千里の(留萠戸籍上の)性別が女性に変更され、戸籍はどちらも女性になる。 本来なら性別を変更したらパスポートも更新が必要だが(記載事項変更でもよい!)、 千里のパスポートは元々性別Fになっていたので変更の必要は無い。
 
●2013.04 突然スペインに渡航してくれと言われる。(M)のパスポートはまもなく期限が切れるので使えない。更新している時間がなかったので、きーちゃんが(F)のパスポートを渡した。
 
●2013.05 パスポート(M)失効。
 
●2015.04 パスポート(F)失効予定。
 

「だったら、(M)を更新すればいいわけ?」
と千里は訊いた。
 
「いや就労許可はFで取ってるからFを更新する必要がある」
「あっそうか」
 
「千里さぁ、この機会に両方とも更新しちゃわない? 千里こんなに頻繁に日本とスペインを往復していたら、どこかでパスポートがやばいことになるよ」
と《きーちゃん》は言う。
 
「なるほど。日本から急な用事でどこかに行くことになったら、日本にいることになっているほうのパスポートで移動すればいい訳か」
「そういうこと」
 
「でも私が2度続けてパスポート更新に行ったら、変に思われるよ」
「だから別の都道府県でやればいいんだよ」
「今その2つに紐付けされている住所は?」
 
住民票には本籍が記載されるし、戸籍付票には住所の履歴が全て記載されているので、両者は紐付けされている。
 
「留萠の戸籍は元々留萠の住民票と紐付けされていた。千里はそのあと旭川、千葉と引っ越して、玲羅は札幌に引っ越しているから各々移動している」
 
「そちらが普通使っている住民票か」
 
「旭川の戸籍と住民票は元々は美輪子さんのアパートに置かれていたけど、2011年に美輪子さんたちが引っ越してしまったので、その時、一家丸ごと葛西のマンションに引っ越したことにした」
 
「だったら、うちの一家は東京都民なのか!」
 
しかし千里は考える。
 
「でも私千葉から東京に引っ越しちゃうよ」
「だから住所変更前にパスポート更新すればいいね」
「10年後は?」
「きっと別の都道府県に移動しているよ」
「そうかもね。埼玉と兵庫なら問題無いね」
「・・・・」
 
「私、埼玉とか兵庫に住んでるの!?」
「今千里がそう言った」
 

●留萠戸籍の千里の住所
 1991留萠→(高校進学)2006旭川→(大学進学)2009千葉市稲毛区→(アパート崩壊)2011区内移動→(就職?)2015世田谷区→(結婚?)2018.2千葉市緑区→(信次転勤)2018.5名古屋→(信次死亡)2018.7千葉市緑区→(桃香と同居)2019世田谷区→(京平同居)2020.6浦和区→(緩菜同居)2020.12区内移動
 
2019年は由美が千里と信次の戸籍に入れられ、いったん千葉市の住所になった後、世田谷区に引っ越したことにした。千葉市に一時的にも住んでいたことにしたのは康子の希望である。
 
2018の結婚でパスポートも川島千里に変更。2020にいったん村山千里に戻した後、2021年に細川千里に変更。これは細川千里の前姓を川島ではなく村山にするため。
 
●旭川戸籍の千里の住所
 2010旭川→(美輪子が引越)2011江戸川区→(住宅登記のため)2017姫路市
 
●その他不動産関係のイベント
2008.03 千葉市稲毛区にアパートを借りる
2008.04 江戸川区葛西に駐車場を借りる
2010.12 房総百貨店体育館を借りて改修
2011.01 アパート崩壊し桃香のアパートに同居
2011.02 葛西の駐車場近くにワンルームを借りる
2012.09 常総ラボ完成
2012.10 市川ラボ完成
2014.03 青葉が千葉市玉依姫神社建立
2014.06 玉依姫神社に招き猫設置
2014.08 玉依姫神社の市営駐車場完成。地下に勝手にバスケット練習室設置
2014.08 市川にアパート購入
2015.02 経堂と用賀にアパートを借りて引越
2015.10 玉依姫神社にシーサー設置
2016___ 市川のアパートを建て替え
2017___ 姫路市に戸建てを建設
2017.07 千城台体育館が竣工(16年12月買い取り。2月改築開始)
2017.07 川崎市に千里3用のマンション確保
2018.04 用賀のアパートに西湖が入居
2018.12 小浜ラボ完成(3月に移転)
2019___ 小浜市で若葉と共同で大規模な開発をする
2019.05 千里1が板橋区内にシュート練習場作成
2019.06 熊谷市の郷愁村に50mプール完成(7月アクアリゾート営業開始)
2019.07 貴司と美映が姫路に引っ越し
2020.03 貴司と美映が埼玉県川口市に引っ越し
2020.12 浦和区内に中古住宅購入。改造。
 

それで千里はパスポートの更新に必要な戸籍謄本を取るため留萠まで往復して来た。
 
HND 3/5 6:40 (HD81 737-500) 8:20 AKJ
 
空港のレンタカーでヴィッツを借りてまずは旭川市役所に行き、ここで“旭川戸籍”の戸籍謄本を取る。戸籍を見ると、自分が長女、玲羅が二女と記載されているので「すごーい」と思う。
 
そのあと留萠市役所までヴィッツで走って行き、今度は“留萠戸籍”の謄本を取った。これは千里単独の戸籍である。分籍後性別変更したので、性別は男から女に変更されている。
 
そのあと実家に行った。母は仕事に出ていて、父が在宅していたが、千里は
 
「お父ちゃん、近くまで来たから寄った。これお土産ね」
と言って、剣菱(兵庫県の酒蔵)の瑞祥黒松剣菱を1本置くと、父が目を丸くしていた。
 
「それからこれ卒業祝い。お父ちゃん、よく卒業まで頑張ったね」
と言って、千里はミラン(スペインの文具メーカー)の金色ボディの3色ボールペン(ケース・リフィル付き)を入れたリボンの掛かった包み(包み紙はスペインのデパート、エル・コルテ・イングレスのもの)を渡した。
 
「あ、千里・・・」
と父が何か言おうとしているのを放置して、千里はヴィッツに飛び乗り、実家を後にした。
 
その後、貴司の実家にも行くが誰も居なかったので、お土産のスペインのフルーツケーキを郵便受けに押し込んだ。その後、車で旭川まで戻り、美輪子叔母の家に行くがここもお留守だったので、やはりフルーツケーキを郵便受けに押し込み、旭川空港まで戻った。車を返却して羽田に戻った。
 
AKJ 3/5 15:30 (JL1112 737-800) 17:20 HND
 
《すーちゃん》も翌朝、成田に戻ってくる。
 
CDG 3/5(Thu) 13:40 (AF276 777-300) 3/6(Fri) 9:40 NRT
 

●公的書類の紐付け(2015.3現在)
留萠戸籍:住民票は現在千葉市稲毛区−パスポート(M)
旭川戸籍:住民票は現在東京都江戸川区−パスポート(F)
 

千里は6日は朝いちばんに稲毛区役所に行って住民票を取った上で、千葉駅近くにある県旅券事務所に行き、“留萠戸籍”、千葉市の住民票、失効したパスポート(M)と共に新規パスポート発行の申請をした。
 
6日(金)に申し込んだので、受け取りは13日以降になる(新(M))。
 
その後、千葉駅から電車で移動して、葛西駅で降り、江戸川区役所葛西事務所に行って住民票を取る。その間に《すーちゃん》は成田に到着し、パスポート(F)を使って入国、スカイライナーで東京に移動する。
 
千里は池袋で《すーちゃん》と合流し、彼女からパスポートを受け取り、池袋のパスポートセンターに入り、“旭川戸籍”、江戸川区の住民票、現在使用中のパスポート(F)とともに、パスポートの更新を申請した。
 
こちらも受け取りは13日以降である(新(F))。
 
《すーちゃん》にはそれまでの間、休暇をあげて、羽根を休ませてもらった(そもそも彼女は鳥族)。彼女はその間、群馬県の山奥の温泉で1週間ボーっとして過ごしたらしい。
 
そして新しいパスポート(F)を持って、16日にスペインに戻ってもらった。
 
NRT 3/16(Mon) 12:10 (AF275 737-300) 16:55 CDG
 
この場合、千里のビザ(就労ビザ)は旧旅券(F)に記載されているので、パリでの入国の際には、新旧両方のパスポートを提示した。これはスペインの移民局で手続きをすれば新パスポートにビザを転記してくれるはずである。
 

3月4日、バスケット JAPAN TASK FORCE の第2回会合が開かれた。ここで川淵らは、一部参入の目安として、「年間収入2億5千万円以上」という条件を追加した。
 
サッカーのJリーグを作った時は、チーム名に企業名は入れない、あくまで地域に根ざしたチームにするという条件を堅持し、読売新聞系のヴェルディと対立、結果的に読売新聞がヴェルディの運営から撤退することになっていったのだが、今回のバスケットの新リーグ設立では「企業名を残してもいい」と最初から妥協案を提示した。川淵は企業名を残す条件として、
 
・企業名をチーム名に残す場合はリーグに毎年3000万円を拠出する
 
というのを付けたのである。するとこの時点で企業名を残したいと言っていた5チームから1億5000万円が得られることになり、初期段階での運転資金に苦労しそうなリーグ運営にも助かると川淵は考えたのである。
 
しかしこの条件を聞いたトヨタ社長・豊田章男は「企業名無しで行け」とチーム幹部に指示した。するとトヨタさんが名前を出さないのならと、他の企業チームも「企業名無しでいい」と言ってくれたので、結局Jリーグ同様、企業名を入れない、純粋なプロクラブチームとしてスタートすることができるようになった。
 
この時点で、NBL, bj のほぼ全チームが新リーグに移行できるメドが立ったのである。
 
川淵は後日この時のことを振り返って、最初から「企業名はNG」という線を提示していたら、幾つかのチームが反発してリーグを統一できなかったかも知れないと述べている。最初に敢えて妥協案を提示したことが、結果的に成功につながったのである。このあたりは、川淵は、そして日本のバスケット界は運が良かったとしか言いようがない。
 

2015年3月18日(水)、FIBAから日本バスケットボール協会に、7月18-26日にロシアで開かれる U19女子世界選手権に、日本は資格停止中であるので出場はできないという連絡が届いた(アジア選手権4位の台湾が繰り上げ出場することになる)。
 
この決定は日本のバスケット関係者にかなりの衝撃を与えた。資格停止といっても実際には大会には出してくれるんじゃないか?と甘い考えの者も、特に守旧派には多かったのが、この参加不可決定は、FIBAの本気度を日本に再認識させる結果となった。結果的にはそれで男子リーグの統一を推進することにもなった。
 
しかし、おとなの男子リーグの問題が元で資格停止をくらったのに、女子のジュニアが犠牲になるという、極めて理不尽な結果となり、国内の女子バスケットボール関係者の間からは怒りの声が多数あがった。
 
この通知が公表された日、旭川N高校2年生でU19女子日本代表の中心選手でもあった福井英美は千里の所に電話して来て、半分は怒りながら半分は泣きながら3時間も千里と話した。千里は、彼女をなだめたりはせず、自分も怒っていると言って、この場限りということで、お互い憤懣を随分ぶつけ合ったら、彼女も少しはスッキリしたようであった。
 
「2年後イタリアでのU19世界選手権でリベンジして、リバウンド世界女王になろう」
 
「はい、私また頑張ります」
と最後は英美も元気に言った。
 

千里のこの3月のスケジュールはアクア並みに(?)凄いことになった。移動距離も、日本←→スペインの往復を除いても物凄い(実際に往復したのはすーちゃんだが)。
 
千里はこの期間、貴司の夜食と朝食の準備を《いんちゃん》にお願いした。
 
「気が向いたら貴司の性欲処理もしてくれてもいいけど」
「貴司君のちんちん切り落としてしまうのなら構わないけど」
「その方が浮気のおそれが無いな」
 
と言いつつ《こうちゃん》が楽しそうに刃物を研いでいるのを横目で見る。こいつら本当にやりかねんな。
 
「私、1931年に世界で最初に行われた性転換手術(*3)で助手を務めたよ」
「マジ!?」
 
「まだ当時20歳頃の幸子ちゃんも居たよ」
「・・・誰だっけ?」
「丸山アイちゃんだけど」
「あの子何歳なのさ!?」
「あの子は何度も生まれ変わりながら何百年も生きているから。当時の身体は20年くらい前に死んで、今はまた新しい身体を使っているね」
「よく分からない人だ」
「さすがにもう人間は辞めている気がするけど」
 
「なんかそういう人が随分いるなあ。和実はどう見ても妖精か精霊の領域に片足突っ込んでいるし、青葉はもうほとんど人間やめてるよね?」
「類友という気がするけど」
 
(*3)被術者はDora Richter (1891-?) 1922年に睾丸除去, 1931.5 陰茎切断、同年6月造膣。その間に女性ホルモンも投与されていたものと思われる。いづれもベルリンの性科学研究所で手術が行われたが、彼女の場合、性転換の技術開発のための実験台としてボランティアで手術やホルモン投与を受けた色彩が強い。彼女は“女装罪”で刑務所に入れられそうになっていた所を同研究所が救済した。
 

2015年3月の千里の行動。以下時刻は日本時間である。スペインは3月28日まで冬時刻で時差8時間なので、スペインの12時が日本の20時に相当する。
 
●4日(水)球団事務所に呼ばれてパスポートを更新してと言われる。
●5日(木)旭川・留萠に行って戸籍謄本を取ってくる。すーちゃんにパリ→成田の飛行機に乗ってもらう。
●6日(金)日中住所変更とパスポート更新。お昼はアクアのファンクラブ会。夜 桃香と一緒にエルグランドで東京を出る。7日(土)朝高岡到着。
 
●8日(日)桃香・青葉・美由紀・日香理・吉田を乗せて七尾往復(770体の雛人形を見る)。実際に運転したのは“千里の中に入った”《きーちゃん》。深夜千里は《くうちゃん》に転送してもらいスペインで試合に出場。
 
●9日(月)午後から桃香・青葉・朋子を乗せて大船渡へ(朋子と交代で運転)。
●10日(火)青葉の家族の終焉の地を回る(運転は慶子)。
 
●11日(水)エルグランドで一関に移動(同乗者:朋子・桃香・宗司)。(矢鳴と佐良で東京から持って来てくれた)インプに乗り換えて矢鳴と交代で運転して高岡へ(同乗者:朋子・青葉)。※エルグランドは佐良が運転して桃香を乗せて東京へ。
 
●12日(木) 日中、矢鳴と交代でインプを運転して大阪へ。貴司とデート!矢鳴は新幹線で東京に戻る。てんちゃんにも新幹線で東京に移動してもらう。
●13日(金)夜インプを運転して富山へ。てんちゃんは千里の代理で2つのパスポートを受け取る。
●14日(土)富山空港で冬子・龍虎・支香を拾って高岡へ。龍虎は高岡で青葉のセッションを受ける。
 
●15日(日)朝、新幹線で東京に戻り40minutesの練習に合流。
 午後矢鳴が新幹線で高岡に来て、インプを運転して大阪へ(17:00→22:00)
 青葉は富山での打合せ終了後サンダーバードで新大阪へ(19:11→22:25)
 千里は練習終了後、東海道新幹線で新大阪へ(20:00→22:33)
 矢鳴は大阪で休憩し、その間に千里と青葉が高野山へ(夜0時着)
 
●16日(月)1:30→3:00 高野山から大阪の瞬高の寺へ。330 矢鳴と合流。矢鳴が青葉を乗せてインプを運転し高岡に戻る。インプはその後矢鳴が高岡から東京に回送。
千里は大阪で休憩後朝の東海道新幹線で東京に戻り、稲毛区役所・世田谷区役所で住所移転手続き。その後40minutesの練習に参加。すーちゃんがパリ行きの飛行機に乗る。
 
●18日(水)日中福井英美と電話で話す。夜桃香とふたりでミラに乗り東京から高岡へ。
●19日(木)桃香は高岡で留守番。青葉と千里がミラで能登へ。七尾城攻防戦の解決。
 
●20日(金)夜3時頃青葉と千里が高岡に戻る。朝6時頃、ミラで桃香と千里が高岡を出る。小松8:20→9:55新千歳 玲羅の卒業式のパーティー(札幌)に出る。新千歳18:00(ADO 032)19:35羽田 そのまま新幹線で京都入り
 
●21日(土)9:30 京都で全日本クラブ選手権1回戦に出る。京都12:05-14:25東京。東京駅で桃香からバラを受け取り父の卒業パーティー会場へ。すーちゃんと入れ替わり、すーちゃんは新幹線で京都に戻る。千里は日本時間深夜スペインの試合に出る。
 
●22日(日)すーちゃんと入れ替わり、京都で全日本クラブ選手権の2回戦と準々決勝に出る。
●23日(月)全日本クラブ選手権の準決勝と決勝に出る。終了後、千葉に戻るが、千里は東京駅でチームメイトと別れて東京北区のNTCに入る。
●24日(火)ユニバーシアード代表候補合宿に参加(28日まで)。この期間にミラの登録場所移転(千葉→東京)手続きを《きーちゃん》にしてもらう。
 
●25日(水)大学院の卒業式だが千里は出席できないので桃香が代理で学位記を受け取る。深夜スペインで試合に出る。
 
つまり千里は散々スケジュールを調整して綱渡りの移動もして、玲羅と父の卒業式に出席したのに、自分の卒業式には出席できなかった!もっとも実際には全く通学していないので、学位記も「これはきーちゃんもの」と言って彼女に渡した。
 
●28日(土)この日の夕方でユニバ代表合宿終了。深夜、すーちゃんと入れ替わり、スペインで試合に出る。この試合で今年のスペインLFBでの活動は終了した(プレイオフには進出できず)。
 
●30日(月)桃香・千里のお引っ越し。
●31日(火)千葉L神社の巫女を退職。辛島夫婦が奉職する越谷F神社まで就任祝いを兼ねて付いて行ったら、氏子さんが来て宴会となる!ついでに副巫女長に任命される!?
 
●4月1日(水)桃香と“千里”が就職。入社式が行われた。
 

4月4日(土)には瞬嶽の三回忌が行われた。青葉が桃香と千里の卒業式を祝うのに東京に出てきていたので、前夜千里は青葉と瞬法をインプレッサに乗せて東名を走り、高野山の★★院まで行った。
 
この三回忌の席で千里は∽∽寺の導覚から美しい独鈷杵を託された。
 

2015年4月5日(日).
 
阿部子は妊娠8ヶ月目に入った。ここから先は何かあって赤ちゃんが飛び出してきても、何とか生きていける確率が高い。妊娠は大詰めに入った。
 

4月8日(水).
 
日本バスケットボール協会の理事会で制裁を受けた責任を取り、25人の理事全員が辞表を提出した。これでバスケットボール協会は、ゼロから再建されることになった。
 

4月8日(水)、熊谷市の龍虎が通うQR中学校で始業式が行われた。これで龍虎は中学2年生である。始業式では例によってクラスメイトたちから
 
「今日から龍ちゃんはセーラー服に切り替えると聞いたのに」
と言われて(以下同文)。
 
同じ日、桶川市のVT中学校では入学式が行われ、西湖は中学生になった。西湖は同じ小学校から進学した子たちから
 
「あれ?なんで天月さん学生服なんか着てるの?」
などと訊かれる。
 
「私、天月さんは中学以降は正式に女子ということになってセーラー服通学になると聞いていたのに」
「小学校でも何度もスカート穿いて登校してたもんね」
 
あれは母の悪戯なんだけど。
 
「もう女の子になる手術は終わっているんでしょ?」
「確か去年の夏休みに受けたんじゃなかったっけ?」
「手術とかしてないけど」
「去年ちんちん取って今年はヴァギナ作るの?」
「えっと・・・」
 
「私が先生にも言ってあげるから、学生服着ててもトイレは女子トイレ使ってね」
「あ、うん」
「だって、ちんちん取っちゃったんだから、男子トイレは使えないよね?」
 
実際西湖は常時タックしているので、ほんとに立っておしっこをすることができない。女子トイレ使っていいよと言われて、助かるかもーと思った。
 
「でも天月さん、おっぱいあるのに、よく入る学生服があったね」
「これ実は女子が応援団をする時のための学生服なんだよね」
「なるほどー!」
 

2015年4月8日(水)、日本バスケットボール協会はユニバーシアードに出場する日本女子代表12名を発表した。
 
PG 山岸典子(OG) 森田雪子(N) SG 伊香秋子(W) 神野晴鹿(J) SF 前田彰恵(G) 湧見絵津子(S) 渡辺純子(P)
PF ★鞠原江美子(OG) 大野百合絵(OG) 加藤絵理(J) C 富田路子(E) 夢原円
 
この中に千里の名前が入っていないのに驚いた友人たちから電話が殺到して千里は対応に苦労した。実は監督を務める篠原さんの所には苦情!の電話が殺到して、篠原さんはこの日は夜2時すぎまで、抗議してきた選手(無碍にはできない選手ばかりである)と話し合うのに参ってしまった。
 
実際には、ここは若い選手にチャンスを与えて欲しいと千里が辞退したのでシューティングガードに千里の下の世代で最も競い合っている伊香秋子と神野晴鹿を入れたのである。
 

4月10日(金).
 
千里は週1回通うことにしているW大学のバスケット・ゼミナールに出席した。これはW大学の女子バスケット部が、一般の女性にバスケットを指導する、という趣旨のイベントで、昨年夏以降参加している・・・が、実際にはW大学のメンバーの方が千里に指導されているも同然であった。
 
この日、伊香秋子は千里に「千里さんが辞退したのは納得いかない」と言った。それで彼女と勝負をして、彼女が勝ったら、千里の辞退は撤回して欲しいと言ったのである。
 
それでやむを得ず彼女と勝負する。
 
かなり手加減したのだが、それでも千里の圧勝である。
 
「じゃ、私の辞退はそのままでいいね?」
と千里は言ったのだが、秋子は言った。
 
「だめです。ユニバーシアード代表に選ばれた私より明らかに千里さんが勝っているのだから、私が辞退しますから、千里さん出てください」
「え〜〜!?」
 

4月13日(月)には、旧知の入野朋美が千里を彼女の所属チーム、川崎のレッドインパルスに連れて行き、そちらの選手と手合わせをと言われる。
 
千里はめんどくさいことになりたくないので、3分(ぶ)くらいの力で対戦した。するとそれでも若いメンバーには圧勝してしまう。ヤバい、ヤバい、と思ったので、その後、レッドインパルスの中核選手とやる時は、手抜きしていることがバレない程度のギリギリの線でマッチングした。すると中核選手側の圧勝でホッとした。
 
これでこの球団とは関わらずに済むかな、と思ったのだが、ロースター枠がもう定員いっぱいなので1軍には入れられないけど、よかったら2軍に入らないかと誘われる。
 
「済みません。一応自分のクラブチーム(40 minutes)を持っているので」
と千里は言ったのだが、結局選手登録はしないものの、毎日練習に参加してくれと言われた。
 
それで原則として平日の15-18時にレッドインパルスの練習に参加することになったのである。千里は通常スペインで13-18時(日本時間20-25時)に練習をしているので、そのウォーミングアップくらいのつもりで出ればいいかな〜と思った。
 
まあ、疲れている時は《すーちゃん》に代わってもらおう、などと考えたら、どこかで誰かが『ギクッ』としたような雰囲気があった。
 

5月3日、阿部子は妊娠32週、9ヶ月目に入った。
 
いよいよ出産も近まって来たという感じである。
 
千里は5月1-6日、愛知県でのバスケット・キャンプに参加したのだが、その宿舎に当の京平が来ていた。
 
「お母ちゃん、ハンバーガーが食べたい」
「変な物欲しがるね〜」
「だって美味しいよ」
 
それで《わっちゃん》に買ってきてもらった。京平が本当に美味しそうに食べているので千里も微笑む。
 
「ところであんたいつ生まれてくるの?」
「分かんなーい。でもヨウカンくらいとか聞いたよ」
 
ヨウカン!??
 
「もしかして予定日?」
「ああ。それそれ」
 
「そうだ。お母ちゃん、今度沖縄に行くんでしょ?」
「よく知ってるね」
「その時ね、小さいのでいいからスコップとチャッカマン、それに5〜6人乗れるヘリコプター用意しといてって。でもチャッカマンって何だろう?」
 
「ああ、何となく分かるよ。でもヘリコプターもなの?」
「夜中にノラさんが乗るんだって」
 
ノラ? 野良猫?人形の家のノラ?ノラ・ジョーンズ?平野ノラ??
 
うーん。まあその時になれば分かるか。しかし夜中にヘリを飛ばすのなら、あらかじめ話を付けておかなければ、と千里は考えた。
 

2015年5月13日(水).
 
日本バスケットボール協会は、新しい会長にタスクフォースの川淵三郎を選任し、その他、下記のようなスタッフを定めた。
 
会長 川淵三郎(サッカー出身)
副会長 小野清子(体操出身)
副会長 三屋裕子(バレー出身)
専務理事 大河正明(元Jリーグ常務理事)
理事 山本一郎(JX不動産・社長)
理事 間野義之(早稲田大学教授)
監事 境田正樹(弁護士)
監事 須永功(税理士)
 
サッカー、体操、バレーの出身者が入り、スポーツ界全体で危機に陥ったバスケットを助けていこうという体制である。ただ、川淵(78)も小野(79)も高齢なので、実際の協会運営はまだ若い三屋裕子(56)が中心になり、川淵の信頼が篤い大河正明(56)が実働の中心となるものと思われた。
 
 
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【娘たちのフィータス】(3)