【娘たちのリサイクル】(3)

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3つのRという言葉がいわれる。
 
Reduceとは、ゴミを減量するように工夫することである。例えば物を大事に長く使う、そもそもゴミが大量に出るような商品を買わないなどの取り組みを言う。Reuseというのはまだ使えるものは再利用することである。使い捨て容器ではなく何度も使える容器を使う、自分は不要になったがまだ使えそうなものはフリマやネットオークションなどに出すなどの取り組みを言う。そしてRecycleというのは資源として利用して別の物を生み出すことである。きちんと分別してゴミに出す、食品トレイなどを回収コーナーに出す、また再生紙のトイレットペーパーを買うなどもRecycleに貢献することである。
 

8月25-26日(土日).
 
札幌で時計台カップというオープン大会が開かれ、これにローキューツはBチームで参加した。遠征メンバーは下記である。
 
選手(16名) ★主将
9.松元宮花(PG) 11.水嶋ソフィア(SG) 15.東石聡美(SF) 17.杉山蘭(PF) 18.岡田瀬奈(SG/SF) 19.沢口葉子(SF) 20.島田司紗(GF) 22.五十嵐岬(PF) 25.長居茜(PF) 26.弓原玉緒(SF) 27.深山三葉(SF) 30.後藤真知(SF)
31.真田雪枝(SF) 35.長門桃子(C)★ 36.鴨川絵美(PF) 37.宮中春江(PF)
 
桃子もすっかり主将慣れしてきた感じで、よくみんなのお世話をしてくれる。
 
ベンチスタッフ(4名)
ヘッドコーチ 愛沢国香 アシスタントコーチ 原口揚羽 スコアラー 風谷翠花マネージャー 岸原元代
 
合計20名
 
遠征不参加 西原敏秀・谷地博伸・森田雪子・森下誠美・歌子薫・馬飼凪子
 

薫・凪子・誠美の3人は国体代表チームの練習があり、また雪子はユニバーシアード代表の合宿があったので不参加である。
 
元々、スタッフは北海道出身者を中心にと考えたので、関東出身の誠美・薫・元代はお休みということにしていた(後で国体チーム練習の話が入って来た)。ところが元代が
 
「北海道旅行行きたい!」
 
と言うのでマネージャーをしてもらうことにし、翠花はマネージャーの予定がスコア付け専任とした。するとその話を聞き
 
「元代ちゃんがマネージャーになってよかった」
 
と言った子が複数居た。それを偶然耳にして
 
「え〜?私じゃ信用無い?」
と翠花が訊いたら
 
「違う、違う。翠花さんでは雑用頼むのが申し訳無い」
という声で、翠花は悩んでいた。
 
西原監督と谷地コーチはスケジュールを聞いて
「I'm not so tough!」
と言って不参加である。今回の日程は朝1番の飛行機(羽田6:10-7:40新千歳)で北海道に飛び、帰りは夜行急行《はまなす》で帰ってくるという強行軍である。月曜日の午前中は会社を休まざるを得ないし、そもそも夜行急行と新幹線の梯子は若い人でもかなり体力を消耗する。しかも2日間に詰め込んだスケジュールの大会が終わった後である!
 

北海道なので、札幌のクラブチーム、クロックタワー、札幌味噌ウィーメン、札幌スノーフェアリーズが参加しているし、北海道の大学チーム多数、いくつかの高校チームも参加している。今年のインターハイ代表だった札幌P高校・旭川L女子高や、今年はインターハイ出場を逃した旭川N高校などもBチームで出てきていた。他に“内地”からも、ローキューツや金沢の女形ズなど5つのクラブチームが参戦していた。
 
そういう訳で女子の参加チームが40チームもあった。大会の方式は女子は5チームずつ8グループに分け、1日目はリーグ戦を行って各グループの1位が翌日の決勝トーナメントに進出する方式である。2位以下のチームは翌日は交流戦が行われる。ただしリーグ戦は5分クォーターでタイム無しのルールである。
 
ローキューツはE組に入れられたが、この組のメンツはこのようであった。
 
帯広C学園高校・旭川A大学・ローキューツ・札幌N女子大・旭川ヤマガールズ
 
まず初戦の帯広C学園高校に15点差で圧勝。2戦目の旭川A大学(北海道女子学生リーグ2部)は旭川N高校出身の北本志緒がいるチームだが、これにも快勝する。揚羽・蘭・司紗は志緒と同学年なので試合終了後ハグしあって「またやろうね」と言い合った。
 

3戦目の旭川ヤマガールズは旭川N高校出身の坂口葦帆と、旭川L女子高出身・元旭川ホルスタインズの鳥嶋明里が共同設立したクラブチームである。鳥嶋明里は高校卒業後、旭川市内の企業に就職して休日を中心にホルスタインズの活動に参加していたのだが、昨年の夏頃以降、ホルスタインズが事実上の休止状態になってしまった。この6月にふたりが偶然遭遇して、意気投合し、一緒にクラブチームを立ち上げることにしたのである。
 
スポンサーはふたりの奔走で旭川付近を拠点にしたお寿司屋さんのチェーンと、スポーツ用品店が協力してくれることになり、その2つの企業名がユニフォームの前面と背面に入っている。また練習場所については旭川L女子高が協力してくれており、同校の“解体予定だった”旧武道場(2007年に放火された建物)を当面自由に使っていいことになり、自分たちで頑張ってビニールテープでラインを引いたらしい。今年は登録期限がすぎているのでできないが、来年春には正式にクラブ連盟に登録しようと言っている。現在メンバーは7名だが、何だか知った顔ばかりである。
 
5.坂口葦帆(GF 163 N高校) 9.町田久美子(SF 164 N高校) 10.横田倫代(C 178 N高校) 4.鳥嶋明里(C 179 L女子高/Holsteins) 8.緑川菜々(PF 180 L女子高)
6.串本沙苗(PG 159 M高校/Holsteins) 7.大柿和奈(PF 168 R高校/Holsteins)
 
緑川菜々はローキューツの風谷翠花の親友である。元々は緑川菜々が高く評価されていて、翠花はそのチームメイトだったので、半ばおまけ扱いでL女子高に入ったのだが、高校に入ってから翠花が物凄く成長して追い抜いてしまった。しかしふたりの間にはわだかまりはなく、ずっと仲良しであった。
 
このチームと相対した時、ローキューツ側からは
「何この天井チームは!?」
という声があがった。178-180というとんでもない長身の選手が3人もいるのである。
 
「ほんとにあれ女子チームだよね?」
「まあ1人、元は男の子だった子もいるけど」
「8番の人?」
「ぶっぶー。10番」
「嘘。凄く女らしい雰囲気なのに」
「まあだから男は辞めて女になったんだと思う」
「そういうことか」
「ちんちん付いてんの?」
「去年の1月だったかに取っちゃったよ」
「わりと簡単に言うなぁ」
「まあちんちん付いてたら女子の試合には出られない」
 
試合前から司紗と葦帆、菜々と翠花がハグしあって友好的なムードで試合は始まる。
 
しかし試合としては全く勝負にならなかった。20点差でローキューツが勝つ。それでもローキューツのメンバーからは
 
「良かったぁ。勝てて」
という声があがっていた。
 

この日最後に対戦したのは北海道女子学生リーグ1部に所属する札幌N女子大である。ここまで両者3勝しており、この試合に勝った方が翌日の決勝トーナメントに行くことができる。ここも知っている顔が多数あった。
 
さすが1部の大学だけあってなかなか強い所であったがソフィアや桃子などを中心に松元宮花がうまいゲームメイクをして3点差で勝利を収めた。これでローキューツはBEST8に残り、明日の決勝トーナメント進出が決まった。
 
なおこのリーグ戦の順位は1.ローキューツ、2.札幌N女子大、3.旭川ヤマガールズ、4.旭川A大学、5.帯広C学園高校、であった。帯広C学園も充分な強豪なのだが、この組は全体的にレベルが高すぎた。
 

翌8月26日。
 
BEST8に残っているのは下記のチームである。
 
札幌C大学、札幌F大学、札幌U大学、H教育大旭川校、クロックタワー、ローキューツ、フェアレイルズ、札幌P高校、
 
フェアレイルズは岐阜県のクラブチームで美濃鉄道をスポンサーにしている。元々は実業団チームだったのだが、会社で丸抱えするのが困難になり、現在はクラブチームとして運営されている。2010年3月の全日本クラブ選手権の3位決定戦でローキューツと当たり、その時はローキューツが勝った。今回の参加チームの中で最も遠くから参加したチームだが、わざわざ北海道まで来た甲斐があって、旭川L女子高との熾烈な戦いを制して決勝トーナメントに進出してきた。なお旭川N高校はクロックタワーに敗れて予選リーグ2位に終わり、今日は交流戦である。他に女形ズは札幌C大学に敗れている。
 

組み合わせの抽選が行われ、このようなトーナメントが確定した。
 
札幌C大学┓
札幌P高校┻┓
札幌U大学┓┣┓
ローキュー┻┛┃
札幌F大学┓ ┣
フェアレイ┻┓┃
H教大旭川┓┣┛
クロックタ┻┛
 
ローキューツの準々決勝の相手は札幌U大学で、ここには旭川N高校出身の瀬戸睦子や山下紅鹿がいる。軽く手を振り合ってから試合を始めたが相手は強い強い。最初向こうが猛攻を見せて10-2となるが、ここから松元宮花の天才的なゲームメイクが動き出す。
 
長身でスリーもあって、いかにも怖そうなソフィアを敢えておとりに使い、聡美や岬、あるいは交替で入れる瀬奈や真知などをうまく利用して点数を取っていく。桃子はリバウンドだけ取ればいいことにした。
 
この結果じわじわと盛り返し、前半終了間際に同点に追いついてしまった。そこからはシーソーゲームとなるも、最後は何とか4点差で逃げ切ることができた。
 
試合終了後はハグ大会となった。
 

準々決勝の結果は下記である。
 
札幌C大学┓
札幌P高校┻札幌C┓
札幌U大学┓   ┣┓
ローキュー┻ローキ┛┃
札幌F大学┓    ┣
フェアレイ┻札幌F┓┃
H教大旭川┓   ┣┛
クロックタ┻クロッ┛
 
渡辺純子を擁する札幌C大学がインターハイ上位常連校の札幌P高校を下した。湧見絵津子を擁する札幌F大学も強豪のフェアレイルズを下した。花輪留実子や若生暢子を擁するH教育大旭川は北海道No.1クラブチームのクロックタワーの前に敗れた。
 
しかし、とてもオープン大会とは思えないハイレベルな試合ばかりである。
 
そして午後1番に行われた準決勝ではローキューツは北海道女子学生リーグの女王・札幌C大学に15点差で敗れることになる。さすがにBチームではこの相手は手に負えなかった。もうひとつの準決勝では札幌F大学が激戦の末、クロックタワーを倒した。
 
そして決勝戦では絵津子のF大学が純子のC大学を1点差で下して優勝した。また3位決定戦ではローキューツはクロックタワーに敗れ、この大会の成績は4位に終わった。
 

「ああ、表彰台ならず」
「まあでもBチームでこれだけやったのは大健闘だと思うよ」
「次はAチームの人が全国優勝すればよいね」
 
大会終了後は、札幌市内で打ち上げにジンギスカンを食べ、22:00の《はまなす》に乗って帰還した。実は大会終了後すぐに新千歳に行けば羽田行き最終に間に合ったのだが「打ち上げにジンギスカン」という声が強かったのでそのためにわざわざ《はまなす》利用にしたのである。
 
札幌 8/26 22:00(はまなす)8/27 5:40青森5:44-5:49新青森6:10(はやぶさ)9:24東京9:40(しおさい)10:08千葉
 
なお昨日の夕食は「前祝い」と称して、北海道の海の幸をたっぷり使った海鮮丼(お代わり自由)を食べているが、1人で3〜4杯おかわりする子が多く、ソフィアは6杯、桃子は7杯食べて
「食べ過ぎでお腹壊して動けなかったら罰金」
などと玉緒から言われていた。
 

雨宮先生と千里のチーム《花火星》は25日夕方にも2度目のレッキを行い、2回のレッキ(試走)の内容に基づいて雨宮先生は千里と話し合いながら詳細なペースノートを作成した。
 
8月26日(日).
 
ふたりはラリー本番に臨む。今回の参加チームは52チームで、それが1分間隔でスタートしていく。千里は雨宮先生が作ったペースノートに基づいた指示に従って走って行く。
 
今回はまずはラリーに慣れるというのが目的なので、無理せず安全優先で走ろうと言われているので、千里も気楽に走ることができた。それでも何度か前の車両を追い越したりしたし、途中事故を起こして停止している車両(救援不要を示すOKサインを出していた)の横を通過したのも1度あった。
 
「これってスペシャルステージとリエゾンの頭の切り替えが必要ですね」
「そそ。スペシャルステージの気分でリエゾン走ったら、失格になる前に白バイに切符切られるかもね」
「ああ、それは怖い」
 
安全運転で行ったお陰で車両トラブルなども全く起きなかった。
 
「まあイルザの代理で走る時も、事故ると困るから安全優先で走ってもらうから」
「それは助かります。怪我したくないし」
「まあ事故ったら事故った時で、その映像も面白いんだけどね」
「そういうのはCGででも」
 
なお順位は52台中11位であった。
 

ドリームボーイズは2001年にデビューしたポップロックバンドである。メンバーは蔵田孝治(Vo) 大守清志(B) 増田勇次(Dr) 滝口将人(Gt) 原埜良雄(KB) 野村博之(Sax) の男性6人である。
 
ドリームボーイズは「格好いいことをしない」「ださい、ひどい、と言われることを誇りとする」というポリシーであり、楽曲名にしても
 
『噂の目玉焼きガール』『虹の向こうで味噌カツ』『哀しみの親子丼』など、ほんとに酷いタイトルが多い。
 
他の歌手への提供曲もだいたいこのノリなので、松原珠妃は『愛のドテ焼き』という曲を歌わされそうになった(この曲はその後『ドテ焼きロック』の名前で公開され、最終的には『鯛焼きガール』の名前で発売された)。
 
ステージでもメンバー全員(美しくない)女装で出てきたこともあれば、白い木綿のシャツに縞模様のトランクス・腹巻きというスタイルのこともあったし、ワゴンセールの売れ残り品というコンセプトでほんとに酷い衣裳だったこともある。ダンスチームにしても、電信柱とか携帯電話に擬態させられたり、大根やバナナだったり、モップや水道管だったりした。一度はおちんちんの形に擬態させられそうになったが、直前に気付いた社長から毛筆に変更させられたこともある。
 

そのダンスチームだが、基本的に女性のみで構成することになっている。
 
これは専属のチームであり、他の歌手のバックで踊ったりすることはないのだが、人数は不定で、メンバーもツアーごとに違ったりするものの、地方公演で現地調達された人を除くと、だいたい30-40人くらいのメンツの中でその時に都合がつく人で構成されている。中でも特に出演頻度の多い人はファンにも名前が結構知られており、ファンサイトに写真まで載っている(肖像権侵害だが事務所も黙認している)。
 
それが、葛西樹梨菜(別名高木倭文子)、松野凛子(別名夢原礼子)、竹下ビビ、梅川アラン、花崎レイナ(別名諏訪ハルカ)、柊洋子(別名ピコ)、鮎川ゆま、木場千絵美、浜坂アリナ、高崎充子、などといった所である。
 
高木倭文子、夢原礼子はこの名義でソロ歌手としてもデビューしている(実際にはほとんど売れなかった)。諏訪ハルカは従妹の夢路カエルと組んで《プリマヴェーラ》として活動しているが(名前の由来は「遙かなるスワニー河/夢路より帰りて」)、このユニットは一定のファン層を獲得して結構なCDセールスとライブ動員もしている。高崎充子は現在AYAのマネージャーをしている。
 

さて、このダンスチームのメンツの中で柊洋子(別名ピコ)というのが、KARIONの準メンバー(と当時は思われていた)であるというのはこの時期、ごく一部の人(2007-8年のKARIONライブを見ていた人)だけに知られていた。
 
この柊洋子がローズ+リリーのケイではないのかというのは、2008年秋に彗星のごとくローズ+リリーが登場した時、KARIONファンの間でも議論されたのだが、当時は様々な状況証拠から否定的な見方が多かった。しかしその後、柊洋子がKARIONライブに姿を見せないようになり、更にはケイもローズ+リリーの活動休止であまり公の場に現れないようになったことから議論は下火になっていた。
 

そしてドリームボーイズが8月26日(日)夕方の関東ドーム公演で解散することになったのである。
 
この公演では葛西樹梨菜(リーダー蔵田孝治の婚約者なのだが、この時点ではまだ婚約したことは公表していない)が呼びかけて、上記の10人でバックダンサーを務めようということになった。これには同日日中に大阪でライブ予定の入っていた諏訪ハルカもライブ終了後新幹線で駆けつけてくることになったし、引退して母親業専任になっていたいた梅川アランも2ヶ月前からダンスのレッスンに通って身体を鍛え直すということであった。ラッキーブロッサム解散後、音楽教室の講師などをしていた鮎川ゆまも参戦を表明した。
 
そして柊洋子=ケイなのだが、この日8月26日はちょうどローズクォーツの横浜公演と時間的にもぶつかってしまい、さてどうしようかと悩んで楠本京華に相談したのである。
 

実際にはケイ(冬子)は今回のローズクォーツのツアー全部を身代わりさんに代行してもらったので、本人は夜だけマリと一緒に泊まるホテルに行き、日中は各々の町でレンタカーなどで出歩き、曲の構想などを練っていた。
 
20日(月)は夕方から仙台公演だが、冬子自身はレンタカーで鳴子まで行き、温泉に浸かりながら曲の構想を練っていた。夕方仙台のホテルに帰還し、21日は政子と一緒に金華山を訪れる。
 
23日(木)は大阪公演であるが、冬子自身は翌日の下見も兼ねて琵琶湖を一周しながら、途中の道の駅やスーパーの駐車場に駐めて楽曲を書いていた。そして24日は政子と一緒に竹生島に行った。
 

冬子は25日の朝から東京に戻り26日は眠っている政子をマンションに放置して朝から関東ドームに入った。
 
しばらく見ていなかったダンスチームのメンバーたちとハグしあったりして交歓する。
 
「そういえば結局洋子とローズ+リリーのケイって同一人物なんだっけ?」
と質問があるが
「ケイなら、今夜横浜でローズクォーツのライブに出るはず」
と冬子が言って、今朝○○プロの中沢課長からもらったパンフレットを見せる。
 
○○プロはこのキャンペーンツアーのことを全然知らなかったらしく、すぐにこういうパンフレットを作ってあちこちに配り、須藤さんに強引に言ってテレビスポットも流させたらしい。
 
「洋子は元々神出鬼没だから、東京と横浜で同時にライブやるくらいは朝飯前だと思う」
と松野凛子が言うと
 
「いや、そもそもそんなパンフレットを持っているということがケイと洋子が同一人物であることを示している」
と竹下ビビが鋭い所を突いてきた。
 
「まあ、その内分かることもあるでしょう」
と言って冬子は笑っておいた。
 

鮎川ゆまは「寝坊した寝坊した」と言って9時半頃やってきた。ドリームボーイズのメンバー自体は大守さんが朝8時頃から来ていたが、他のメンバーは9時頃からぼちぼちとやってきて、ラストは蔵田さんが樹梨菜と一緒に現れた。それで10時頃には花崎レイナ以外揃う。花崎レイナは15時すぎにプリマヴェーラの大阪公演が終わるので、その後、新大阪駅に移動して15:50の《のぞみ238号》に乗れた場合、関東ドームには19時頃到着する予定である。2曲目か3曲目付近から参加できると本人は言っていた。
 
さて、蔵田さんはやってくるなり「腹減った」と言い、お寿司の出前を取ろうとしたが、本番前に生ものを食べるのは禁止と前橋社長から言われて、ピザに変更した。それでピザを30枚!注文したが、出演者と$$アーツや★★レコードの人など25人ほどで1時間で食べ尽くしてしまった(ピザ屋さんも何度かに分けて持って来てくれた。複数店での対応になったもよう)。
 
11時すぎからリハーサルをするが、あまり熱心にやると疲れるという理由で、軽く流し、曲も短めの演奏にして13時頃には終了した。その後、
「リハーサルでまた腹減った」
と言って、ケンタッキーのチキンを200本!(さすがに事前に予約していた)ほっかほっか亭のお弁当を各種取り混ぜて60個ほど用意させていたのをこれも1時間ほどで食べ尽くした。
 
ダンスチームのメンバーからは
「こんなに食べたら太っちゃう」
という声もあったが
「だったら食うなよ」
と言われると
「いや食べる」
と言って、ケンタッキーをほおばっていた。
 

15時から別室でドリームボーイズのメンバー6人と$$アーツの前橋・大島、★★レコードの加藤・佐々木の10人で、記者会見を行った。その間、ダンスチームのメンバーはリハーサルの時に少し疑問のあった点の確認などをしていた。16時くらいからは休憩になるので、仮眠しているメンバーなども多かった。
 
開場したのは17時頃である。身分証明書の照合をしながら入場させるので、時間が掛かる。ファンクラブ会員(ドリームボーイズのFC会員のみでなく、AYAなど$$アーツおよび関連事務所の他のアーティストの会員証も使える)の場合は顔認証でスムーズに入場できるが、運転免許証や学生証などとの照合の場合は写真と本人の顔を厳密に見比べる。55000人ほど入場させるがこの照合チェックで300人ほど入場拒否が出たらしい。過去のドリームボーイズのドームコンサートでは100人程度だったのだが、今回はラストコンサートということで過熱したようである。
 
18時頃から全員本番用の衣裳に着替える。今回のダンスチームの衣裳は魔女風である。
「なぜこんなにまともなの?」
という声があがるが、
「竹輪にされそうだったのを変更させた」
と樹梨菜が言う。
 
「ああ、竹輪は酷い」
「バナナとかウィンナーというのも過去にあったよね」
「水道管も酷かった」
「おちんちんが一番酷かった」
「毛筆に改造されてホッとした」
「竹輪にしろバナナにしろ、おちんちんを想像させるものをやらせたいようだ」
 

18:50.全員スタンバイして開演を待つばかりになっていた時に花崎レイナが到着した。
 
「早かったね!」
「大阪の会場から新大阪駅までと、東京駅からここまで、バイクに乗せてもらった」
「すごーい!」
 
「すぐ着換えて」
と言って、凛子が衣裳を渡す。
 
「ありがと。なんか今日の衣裳はまともじゃん!」
「樹梨菜のおかげ」
「ああ。何となく想像つく」
 
それで花崎レイナもそろった所で一緒にステージに上がる。
 
それで2012年8月26日19時から2時間半にわたってドリームボーイズの最後の熱演が行われたのであった。
 

冬子は打ち上げも終えてから深夜1時頃にマンションに帰宅した。政子はまだ起きていて
「冬、お腹が空いた〜!」
などと言っている。
 
「これお土産」
と言って、打ち上げの時のお肉を折り詰めにしたものと、デザートのケーキを出す。
 
「わあ、美味しそう」
と言って、政子はニコニコして食べていた。
 
冬子は微笑みながら、台所のテーブルの上に積み上げられているカップ麺の殻の山を眺めていた。
 

台湾でWilliam Jones Cupを戦った男子日本代表チームは大会最終日の翌日8月27日(月)に帰国した。
 
松山空港7:45-11:45羽田空港 (3h)
 
羽田で記者会見をしたのだが、その前に、数人のコンパニオンの女性が選手たちに花束を渡してくれた。
 
「お疲れ様でした」と言われて渡される花束を貴司ももらって「ありがとう」と言ったのだが、受け取ってからそのコンパニオンの顔を見てギョッとした。
 
「千里!?」
 
しかしコンパニオンの女性はすぐ後ろを向いて向こうへ行ってしまう。でもあの長い髪は・・・と思って貴司はそちらを目で追っていたものの、彼女はその後1度もこちらを振り向かなかった。むろん記者会見が始まるので貴司は追う訳にもいかない。
 
記者会見が終わった後、貴司は千里の携帯に電話をしてみた。
 

桃香の部屋で千里の携帯が鳴った。
 
長く鳴っている。千里はあいにく買物に出かけている。千里はしばしば携帯を忘れて出歩くのである。桃香が携帯を見ると「たかこ」と表示されているので女性の友人か親戚だろうと思い、桃香は携帯を開いた。
 
「もしもし。こちら村山千里の友人ですが」
「あ。すみません。村山さんの高校時代の友人なのですが、村山さんは近くにおられます?」
と男性の声がするので桃香はギョッとした。
 
「今買物に出ているのですが、というか今富山県の高岡に来ているんですよ」
「ああ。富山でしたか。すみません。ではまた後で連絡します」
「あ。いえ」
 
桃香は電話を切ったあと「うーん」と考えた。男性の友人をわざわざ女性っぽい名義で登録するというのは・・・怪しい!それとも男の声だけど実は女だってことはないか?
 
ちなみに桃香もしばしば電話で男性と間違われる。ただ気合いを入れたらちゃんと高い声も出るので「男性でそんなに女性的な声が出せるって凄いですね」としばしば言われる!
 
なお、桃香は電話があったことを千里に伝えるのを忘れてしまった!
 

貴司は電話を切ってから考えた。
 
千里は今富山にいると言う。千里が共同生活している高園さんの実家に行っているのだろう。そもそも今電話に出たのが高園さんだろう。
 
しかし千里が富山にいるということは、さっき見たコンパニオンが千里のはずはない。そもそも千里がコンパニオンなどしているはずもない。
 
似た人だったのか、あるいは見間違いなのか、と貴司は考えていた。
 

8月28日(火).
 
東京にいる淳から、和実の性別変更が認可されたという裁判所からの書類が届いたという連絡があった。
 
それはおめでとう!といってその日は散らし寿司にして、みんなでお祝いしていた時、「千里はまだ認可されてないの?」と和実から訊かれた。
 
「それ千葉に戻ってから申請しようと思ってた」
「今からやっておけば新学期から女子学生として通学できるよ」
「確かに!」
 
「だったら私が書類をもらってくるよ」
と桃香が言うので、取ってきてもらうことにした。
 
ここで申請に必要な書類は下記である。
・申立書 用紙は裁判所でもらえる
・戸籍謄本
・所定の記載のある医師の診断書
 
医師の診断書は昨年1月にもらった性同一性障害の診断書、プーケットで書いてもらった手術証明書、射水市の病院で松井先生の診察を受けて書いてもらった性器の状態の診断書があり、それで充分と思われた。
 

桃香はそれで29日の朝から千葉に出かけた。
 
高岡6:32-8:41越後湯沢8:49-9:55東京10:08-10:46千葉
 
それでそのまま千葉家庭裁判所に行き、申立書の書類をもらう。
「当事者ですか?」
と訊かれたので
「はい」
と答え、性別に関する違和感がいつ頃からあったのかとか、いつ手術を受けたのかとかも訊かれたので
「性別の違和感は物心ついた頃からありました。自分は女の子だと最初から思っていました」
と答え、
「手術は先月プーケットで受けて来ました」
と答える。
 
「海外で手術された場合は、日本国内の医師にも一度診察を受けて法令に準拠した診断書を書いてもらいたいのですが」
「はい、それももらってきました」
「だったら大丈夫ですね」
 
ところがここで桃香は重大な問題を聞くことになる。
 
「戸籍謄本を添付して頂きたいのですが、これは出生から現在に至るまでの全ての謄本が必要です」
 
「分かりました。とってきます」
と桃香は答えたものの、裁判所を出てから千里に電話してみると、現在の戸籍謄本は、5月に戸籍の分離を行った時に取ったのが使えると思うが、それ以前の戸籍の謄本が無いという。
 
「だったら、今から北海道に行ってくる」
「ごめーん。お母ちゃんに電話しておくから」
 
それで桃香はすぐに羽田に移動し、新千歳行きに飛び乗った。
 
羽田14:30-16:00新千歳
 

一方千里は《こうちゃん》にすぐ留萌に飛んでもらった。彼の速度で飛ぶと高岡から留萌までは1時間掛からない。それで千里に擬態して留萌市役所に行き、念のため千里の現在の戸籍と、分籍前の村山武矢筆頭の戸籍の謄本を取ってもらった。そして新千歳空港に移動し、千里の母に擬態してもらった。
 

桃香が新千歳空港の到着ロビーから出てくると、40歳くらいの女性が笑顔で寄ってくる。
 
「高園さんですか?」
「はい」
「千里の母でございます。お手数お掛けしてすみません」
「いえ。いいんですよ」
「こちら戸籍謄本です。それと帰りの航空券を取っておきました」
と言って、“千里の母”は羽田行きの航空券とそれから乗り継ぐ富山行きの航空券を渡した。
 
「わっ、すみません」
「千里からお金はもらっているから大丈夫ですよ。それからこれ荷物になりますけど、そちらのお母さんへのお土産に」
と言って《白い恋人》を渡す。
 
「お預かりします」
「まだ搭乗には少し時間がありますよね?遅めの昼ご飯か早めの晩御飯でも食べて行かれません?」
「あ、頂きます」
 

それで一緒にジンギスカンのお店に入り、ジンギスカン丼をおごってもらった。
 
桃香は“千里の母”に御礼を言うと、手荷物検査を通って羽田行きに搭乗した。
 
新千歳17:30-19:05羽田20:00-20:55富山
 
富山空港までは千里自身が朋子のヴィッツで迎えに行った。
 
「ありがとう!お疲れ様。私も以前の戸籍まで必要だとは知らなかった」
「要するに生まれた時は確かに男だったことを確認したいんじゃないかね」
「それと多分、子供がいないことの確認もあるんだと思う」
「なるほど!それもあるか」
 
「しかしこれあちこち戸籍を移動している人は大変だね」
「まあ、戸籍なんてそうあちこち移動するものでもないけどね」
 

千里はすぐに申立書に必要な事項を記入した。これに桃香が北海道まで往復してもってきてくれた戸籍謄本、そして医師の診断書・証明書を添えて申請すればいいことになる。
 
「よし。それじゃこれ明日持って行ってくる」
「今日、千葉・札幌と飛び回ったのに!?」
「ついでついで」
「だったら飛行機で行ってきて」
「お金がもったいない」
「桃香の身体が心配!」
 
それでこの日8月30日は飛行機での往復となった。
 
富山7:40(ANA882)8:45羽田9:10(連絡バス)10:40千葉
 
それで桃香はまた家庭裁判所に行き、申立書を提出した。
 
「あら、昨日いらした方ね」
と言って、裁判所の事務の人は書類を受け取りチェックしてくれた。
 
「きちんと揃ってますね。これで受け付けます。場合によっては質問状を送ったり、こちらに来てもらうこともあると思いますので」
「分かりました。その場合は対応します。よろしくお願いします」
 
しかし実際には裁判所からは呼び出しも質問状も来なかった。
 

裁判所を出たのがお昼前である。桃香はその後銀行に寄った後、東京に出て、御徒町に行った。そして一軒のお店に入った。
 
「すみません。これ、できていると連絡を受けていたのですが」
と言って、1枚の伝票をお店の人に提示した。
 

この日も桃香は羽田からの最終便で戻ってきたので、千里がまたヴィッツを借りて富山空港まで迎えに行ってきた。
 
「提出してきたよ。だいたい1ヶ月程度で結果は出ると言われた」
「ありがとう!ほんとにお疲れ様」
 
桃香を助手席に乗せて高岡へ向かい8号線を運転していて千里は思った。この性別変更の申請が認可されれば自分はやっと正式に女になれる。
 
戸籍が女性になったら・・・私が持ってる貴司との婚姻届けを提出しても通っちゃうよね?などと千里は一瞬考えた。
 

貴司は8月27日(月)に帰国すると、その日の内に大阪に戻り会社に出て報告をした。すると「ちょっと中国に行って来て」と言われ、上海(シャンハイ)出張になってしまった。
 
羽田空港13:30-14:35伊丹→16:00会社帰着1700→関西空港19:30-20:40浦東空港
 
結果的に貴司は1日の内に台湾から中国大陸に移動したことになる。この付近は政治的に“地雷”がある(下手すると逮捕される)ので、貴司は会社の法務担当から色々と「NGワード」なども指導されている。
 
しかし今回は日本に戻ってきたというのに、すぐ出国して結局阿倍子には会わないままである。
 
実はメールもしばらく交換していない!このまま自然消滅したりして?とも思うが阿倍子のお腹の中に自分の子供がいる以上は関係が消えることはない。貴司は大きくため息をついた。
 
上海では遅い到着であったにも関わらず、現地の22時から打合せがある。
 
やはりアジア民族って基本的に働き者なんだろうなあなどと思いながら貴司は相手の会社幹部と北京語で雑談とも商談ともつかない会話をしていた。
 
上海では本来「上海語」が使われていたのだが、現在上海のビジネスシーンでは北京語が使用されるケースが多い。これは上海は大商業都市なので他地区や他国から入ってきた人が多く、彼らが共通語として北京語を使うので、大きな店や会社では、上海語より北京語の方が通じやすくなったためである。上海で生まれた人でも、若い人の中には上海語が分からない人がかなりあるという。このあたりの事情は広東省なのに広東語より北京語の方が通じる深圳(Shenzhen)などとも似ている。
 

一通りの打合せが終わったのはもう24時すぎである。お腹も満腹した。
 
中国ではお客様が食べきれないくらい料理を振る舞うのが礼儀なので、こちらも敢えて腹八分目の所で料理を残していく。出されたものをきれいに全部食べてしまうと、向こうは更に追加注文して、こちらが残すくらいにする必要が出てくる。それで八分目にしたつもりではあるが、ビールや紹興酒・白酒(パイチュウ)なども飲んでいると、結果的に容量オーバーした感じだ。
 
「帰られますか?」
「ええ。ホテルに戻って寝ます。明日はそちらの会社の方にお邪魔しますね」
「恋人要りませんか?」
「すみません。不要です」」
「女の子がお好みでなければ男の子とか偽娘(ウェイニャン)も手配できますが」
「いえ。婚約者がいるので」
「それは残念」
 
なんか断ったら商談に影響するのではと心配したくなるくらいだが、こういうことを言われるのは初めてではないので、しっかりお断りしておいた。
 
そもそも・・・今セックス不能だし!
 

上海での商談が終わり契約ももらって貴司が帰国したのは8月31日である。
 
この日、9月14日からのアジアカップに出場する日本男子代表12名が発表された。ウィリアム・ジョーンズ・カップに参加した14名から更に2名落とされたのだが、貴司はこの12名の中に入っていた。
 
発表があって間もなく、貴司のスマホにメールが着信する。着メロは『ハッピー・サマーウェディング』である。
 
千里からのメールである。
 
婚約破棄以来千里からメールがあったのは初めてだ。ドキドキしながら開けると
 
《代表残留おめでとう。アジアカップ頑張ってね》
 
貴司はじわっと涙が出た。やはり千里は俺のこと気に掛けていてくれてるんだな。嬉しい。。。
 
うん、俺頑張るよ!
 
と貴司は千里がいるという富山の方を向いて誓った。
 

今年の9月は1日が土曜だったので、青葉の学校は9月3日(月)から始まった。青葉はもう性転換手術の傷はほぼ全快に近い状態(但しセックスはもうしばらく控えるように言われている)で、元気に学校に出て行った。
 
千里もだいぶ調子がいいので千葉に戻ることにして、青葉が学校に出て行った9月3日、はくたか・新幹線の乗り継ぎで桃香と一緒に千葉に戻った。そして2人は大学院に進学することにして、その旨を9月4日、指導教官に申し出た。大学院の入試はもう終わっていたのだが、2次募集で処理してもらえることになった。
 
千里は元々は、学部を卒業したら大阪に行って貴司の奥さんをしながら、現地の適当なクラブチームに入れてもらうつもりでいた。ところが貴司との婚約破棄で完璧に予定がくるってしまった。それで今後の自分の人生を再度考えるためにあと2年間大学に行こうと思ったのである。
 
桃香の場合は、バイトに明け暮れていたので就職活動をなーんにもしていなかった。それで今更就職活動しても、あまりいい所は残ってなさそうということであと2年間大学に行くことにしたのである。
 
問題はその間の生活費なのだが、朋子が「しばらくの間は少し支援してあげるから勉強頑張って、あと来年の夏くらいからちゃんと就職活動しなさい」と言ったので、少し親に頼ることにした。むろん桃香は奨学金も受ける。
 

但し実はその前に千里は桃香が出ている時に朋子に言っていた。
 
「お母さん、当面の生活費なんですが、私は貯蓄もかなりあるし、ここ数年やっている在宅でできるバイトで結構な収入が得られているんですよ。それで私が“青葉の養育費”としてお母さんに毎月送金している金額を増額しますから、その中から一部を桃香さんに送金してあげてもらえませんか?」
 

青葉を保護した時、千里・桃香・朋子の3人で青葉は育てて行くことを決めたので、養育費は3人で出し合うことにし、毎月千里と桃香が朋子に送金している。但しふたりでバラバラに送金するのは送金手数料がもったいないからといって実際には千里が代表して朋子に送金している。毎月桃香は千里に1万円渡して千里が2万円送っていることにしていたが、実際には千里は毎月5万円送金しており、朋子には桃香には2万円ということにしておいてと言っている。
 
なお実際の千里からの送金を、朋子は主として青葉の部活動の費用と修学旅行の積立に充てさせてもらっている。
 
青葉も霊的なお仕事で年間100万円程度の収入を得ていたのだが、少し生活費を入れると言う青葉に対して朋子は「中学生の娘のバイトを生活費のあてにする親なんていないから」と笑って受け取らず、貯金しておきなさいと言っていた。ただし性転換手術の費用(約200万円)は、青葉が「聖少女」の印税・著作権使用料で600万円ほどの臨時収入を得たので、それで支払っている。
 
なお青葉が『遠すぎる一歩』を書いて作曲家として本格的に活動し始めて桁外れの収入を得るようになるのは翌2013年の春からである、またアクアに関わり始めて更にとんでもない収入になるのは、2015年の春からである。
 

千里の提案に対して朋子は言った。
 
「いいけど、そんな面倒なことしなくても直接千里ちゃんが生活費を出せばいいんじゃないの?」
 
「私に強い経済力があると知れると、桃香さんが安易に流れて就職活動もしない可能性があるので」
 
「あの子は確かに危ない!」
 
それで結局千里が朋子に毎月10万円送金し、その内の5万を朋子が桃香に送金するというややこしい方式をしばらく採ることにしたのである。
 

貴司は8月31日に帰国して会社に報告をした後、この日は自宅に戻って寝た。先日の台湾遠征の時の荷物は、会社の人に頼んで自宅に運んでおいてもらったのだが、帰宅してみるときれいに洗濯してあるので、また阿倍子が来てくれたのかなと思い、その洗濯された服(ブラジャーが入っているのはもう気にしない)をバッグに詰め、9月1日(土)朝から新幹線で東京に移動。東京リングビーツの練習場にお邪魔させてもらった。
 
やはりレベルの高い環境で練習しないと、代表のテンションは維持できないという気分になってきつつあった。1日と2日の夜は都内のホテルに泊まったのだが、龍良からは「君、どこに泊まっているの?俺がそこに行こうか?」などとしつこく誘惑されるものの、しっかり断っておいた。
 
そして9月3日(月)からは男子代表の第11次合宿が始まる。
 
今回の合宿ではウィリアム・ジョーンズ・カップ直前の合宿で貴司に冷たい態度を取っていた衛藤さんや磯部さんが、また割と親切にしてくれて、彼らともたくさん1on1をやって。貴司は内心首を傾げていたのだが、そのことで龍良に訊くと
 
「彼らが君を好敵手と認めて、対等なライバルとして切磋琢磨しようとしているんだよ。やっと君は代表メンバーの一員になったんだな」
などと言っていた。
 
「ところで今日は一緒にお風呂入らない?」
「すみません。今日は疲れたのでこのまま寝ます」
と言って貴司は逃げて行った。
 

9月5日(水).
 
千里が千葉に戻ってきたというのを聞いて、麻依子が千葉のアパートを訪ねてきた。
 
「妊娠したんだって?おめでとう」
と千里は麻依子に言った。
 
「うん。3月くらいに生まれる予定」
「だったら、つわりきついでしょ?」
 
「少しは収まってきたかな。ところで千里、やっと性別変更したんだって?」
「ああ。今申請中なんだよ。来月くらいには認可される予定」
「へー。やっと申請したんだ。20歳になったらすぐ申請しとけばよかったのに」
「先に性転換手術をする必要があったからね」
「性転換手術なんてとっくの昔に終わってたじゃん」
「この7月にタイに行って手術を受けてきたんだよ。やっと痛みが減って普通に生活できるようになったから、そろそろトレーニング再開する」
 
「意味が分からん。だって、千里って高校1年の頃に既に性転換済みだったよね?」
「うん。今年性転換手術受けたから、あの時から性転換済みだったんだよ」
 
「全く意味が分からないんだけど。だって千里は高校2年のインターハイには女子として出た訳だから、少なくとも高校1年の7月までには性転換手術が終わっていてその1年くらい前までには去勢していたということだよね?」
 
「そうなるのかなあ。取り敢えず、これ今回もらってきた性転換手術証明書」
 
と言って千里はタイでもらってきた性転換手術証明書(英文のものは念のため3通もらってきていて、1通は裁判所に性別変更申請書類と一緒に提出した)を見せた。
 
「Tuesday, July 18th 2006 って書いてあるけど?」
「え!?嘘?」
 
その麻依子の指摘で千里は初めて証明書の年が2012ではなく2006になっていることに気づいた。念のためもう1通の証明書も見たが、そちらも同じ日付である。
 
麻依子はカレンダーを確認する。
「今年の7月18日は火曜ではなく水曜」
更に彼女は自分のスマホで2006年の暦を呼び出す。
「2006年の7月18日なら確かに火曜日だよ」
 
「え〜!?」
「つまり千里は本当に2006年。やはり高校1年の時に性転換手術を受けたということになるね」
と麻依子が言う。
 
千里はタイに入出国した時、曜日がずれたのは、このせいなのかも知れないという気がした。
 
「去勢手術の証明書は持ってる?」
 
「あ、うん」
と言って机の中を探すと、書類が見つかった。
「これだけど。去勢は去年の7月に手術したんだよね。あ、7月19日になってる。たぶんその頃」
と言って麻依子に見せる。
 
「これ日付は2000年7月19日水曜日と書かれているけど」
「うっそー!?」
 
麻依子はスマホで暦を確認している。
「昨年の7月19日は火曜日、2000年の7月19日なら確かに水曜日。これって私たちが小学4年生の時だよね。実際、千里って実弥君(留実子)とかの話を聞いてると、その頃に去勢くらいはしていてもおかしくない。むしろその頃までに実は性転換していたのではという気もするくらい」
 
「うーん・・・」
「小学4年生の時におちんちんとたまたまを取って、高校1年の時にヴァギナを作ってもらったとか」
「そんなこと言われると、そうかも知れない気がしてきた」
 
千里はわりと暗示にかかりやすい。
 
「まあ千里って、勘違いとか物忘れとか多いし、書類上では2000年に去勢して2006年に性転換手術を受けたということになっているから、この書類の方が正しいんだと思うよ。だから、千里はバスケ始める前、小学5年でソフトボールを始めた時にも既に女子選手だったんじゃないの?」
 
と麻依子は笑顔で結論を言った。
 

「だけど小学生で去勢とか、ちんちん切るとかできるもん?」
と千里は麻依子に訊いた。
 
「病気とかの場合はあるでしょ。あるいは半陰陽のケース。実際千里って実は半陰陽だったのではと思いたくなることもある。というか、そう思っている人が結構居る気がするよ」
と麻依子。
 
「半陰陽ってことはないと思うけどなあ」
「だって千里、生理あるでしょ?」
「あれ高校時代に始まったんだよ」
「普通の女の子にしては遅い開始だけど、半陰陽で睾丸と卵巣の両方があった場合は睾丸の影響で初潮が遅れた可能性もある」
「うーん・・・・」
 
「あるいは病気でちんちん切る場合もあるよね?」
「どういう病気だろう」
 
「おちんちんに腫瘍ができたとか」
「それはサーヤの彼氏の鞠古君のケースだな」
「ちんちん取っちゃったんだっけ?」
「腫瘍の部分だけを切って前後をつなぎ合わせたんだよ」
「なるほどー」
 
「あとはちんちんが生えてくる病気とか?」
「そういう病気は聞いたこと無い」
 
「千里はちんちんが生まれた時1本あったけど、もう1本生えて来たから1本切ろうと思って、うっかり2本とも切っちゃったとか」
「そんな馬鹿な!?」
 

龍虎は今日は日帰りで病院に来ていた。
 
先日の定期検診の時に、誤投薬(責任の所在は不明)が発覚したので、そのことで異常が起きてないかの経過観察なのである。今回はその誤投薬によって影響が出た可能性のある生殖器や胸の脂肪などの検査が中心に行われた。
 
こないだの検診の時に3.4cmといわれたおちんちんは3.8cmといわれた。1ヶ月で0.4cmのびたことになる。むろん測定誤差はあるだろうが、実際には龍虎は最近おちんちんを摘まめないことが多かったのに、ここ半月ほどは安定して摘まめていることを言うと
 
「間違い無く伸びているようだね。これなら半年もしたらきっと普通の男の子くらいのサイズまで伸びるよ」
 
と言われたのだが、それは少し惜しい(?)ような複雑な気分だった。
 

診察が終わり、ロビーで会計を待っていた時
 
「長野龍虎さん」
と呼ばれた気がしたので
「はい」
と答えたら、すぐ傍の席でセーラー服の少女も
「はい」
と答えた。
 
思わず龍虎とその少女は顔を見合わせる。
 
それで一緒に受付に行った!
「私、長野龍虎ですが」
「私、永野夕子ですが」
 
「え?え?」
と受付の人が戸惑っている。
 
お互いの診察券を提示する。受付の人は診察券の番号を確認している。
 
「これは夕子さんの方です」
と受付の人は言うので、龍虎は彼女に会釈をして席に戻った。
 
その少女が伝票のようなものを持ってこちらに来た。
 
「なんか私と似た名前の人がいるなというのは思ってた」
と彼女が言う。
「実は私、そちらに処方された薬を誤って受け取ってしばらく飲んでた」
「うっそー!? あ、3月の時に処方箋が出て来なかったのはそのせいか」
 
お互いに名前を漢字で書いてみる。
 
「字で書くと随分違うね」
「龍虎ちゃんって、凄く勢いのある名前ね。男の子と間違えられることない?」
「たまに」
 
「でも女性ホルモン剤とか飲んで生理に影響出なかった?それとも生理はまだ始まってないかな?」
「うん。始まってないけど、こないだから時々ブラジャーつけてる」
「ああ、だったらそろそろかもね。でも生理まだ始まってなくてよかったかも」
 

龍虎はこの女の子が・・・ちんちんを切って女の子の形にしてもらったのだろうか?と考えていた。でも男の子だったみたいには見えない。
 
「夕子ちゃん、何か手術したんだっけ?」
「そうそう。あれは参ったなあ。あまり友だちとかには言いたくないんだけど、龍虎ちゃん、名前が似ているよしみで教えちゃおう」
 
と言って彼女は驚くべきことを教えてくれた。
 
「私は生まれた時から普通に女の子だったんだけど、小学5年生頃から突然、クリちゃんが大きくなり始めたのよね」
「え!」
「それがどんどん大きくなって、まるでおちんちんみたいになっちゃって」
「うっそー!?」
 
「恥ずかしくて人に言えなかったんだけど、お母ちゃんに気付かれてそれでお前、内緒で性転換手術でもしたの?とか言われて」
 
「せいてんかん手術って何だっけ?」
「男の子を女の子に変えたり、女の子を男の子に変えたりする手術だよ」
「ほんとにそういう手術があるのか・・・」
 
「それでお医者さんに掛かったら、結局ここの病院を紹介されて、おちんちんみたいに見えるのを切ってもらった」
「わぁ」
 
「手術が終わってお股に変なものが無くなっているのを見て、良かったぁ。嬉しいって思ったよ」
と言う夕子のことばを聞いて、龍虎はドキドキしていた。
 
ボクも・・・もしその、せいてんかん手術というのを受けると、お股に何も無くなって、女の子のような形になるんだろうか。ボク、そういう手術受けることにはならないよね?
 
「時々ある病気で一種の半陰陽らしい」
「はんいんよう?」
「男の子なのか女の子なのかはっきりしないもの」
「へー」
 
「女の子のクリちゃんって男の子のおちんちんと同じものらしいのよね。だから性転換手術で男の子を女の子に変える時は、おちんちんを再利用、というよりむしろリサイクルに近いらしいけど、おちんちんを材料にしてクリちゃんを作って、女の子を男の子に変える時は、クリちゃんを大きくしておちんちんにするんだって」
 
「なるほどー!」
 
「だから、この病気になった場合、いっそのこと男の子になってしまうことを選択する人もあるらしいよ」
「ああ、でも男の子になるの難しいと思うよ。今まで女の子として生きて来たのに」
「私もそんな気がするよ。私は男なんかになりたくないから、女の子に戻して下さいと言って、おちんちんみたいに見えるものを切ってもらった」
 
「でも凄い経験だね」
「ほんとほんと。これになった人は生理とか来ない場合もあるらしいけど、私の場合はちゃんと生理来ているから大丈夫みたい」
 
「良かったね」
 
と龍虎は言いながら、ボクもあの・・・隠しているお薬飲んでたら、その内生理が来たりするのかなあ、今夜“も”飲んじゃおうかなあ、などと考えたりしてドキドキする。
 
「でもこういう話、男の子なんかには絶対知られたくないよね」
と彼女が言うので
「ああ、分かる分かる。女の子の秘密だよね」
と答えつつ、龍虎はさすがに少し罪悪感を感じていた。
 
 
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【娘たちのリサイクル】(3)