【娘たちのリサイクル】(2)

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龍虎たちの宿泊体験2日目。
 
午前中は広場で登山やキャンプに関する講座が開かれた。ロープの結び方や切り株で方角を知る方法などから始めて、テントの張り方の実習などもする。テントを張る所はやはり男子にしかできなかった。龍虎たちのクラスの女子で戦力になったのは身体の大きな真智やスポーツ少女の桐絵くらいで、大半の女子が見学に回る。むろん龍虎も見学組である!
 
11時くらいには体育館に入り、プロジェクタなども使って登山の基本や装備などについて講習が行われたが、午後の登山に参加しない子(女子の大半)は調理室の方に行き、御飯を炊いてカレーを作った。
 
ここでは龍虎は大いに戦力になった。
 
「龍ちゃん、包丁の使い方うまーい!」
「両親とも遅くなること多いから、ボクが晩御飯作ることも多いんだよね」
「えらーい」
「私なら親が遅かったらカップ麺かレトルトカレーだな」
と言っているのは彩佳である。
 
各クラス2班、3クラスで6班に分かれて大鍋でカレーを作っているのだが、ジャガイモの皮むきなどは難しいので、龍虎が自分の班だけでなく、他の班の分までしてあげていた。
 
「龍ちゃん、いつでもお嫁さんに行けるね」
「うーん。。。あまりお嫁さんになる気は無いんだけど」
 
「龍ちゃん、普段御飯作る時ってどんなの作るの?」
「お父ちゃんとお母ちゃんがバラバラに戻ってきても問題無いものを作ることが多い。だからカレーとかシチューとか肉じゃがとかおでんとか」
と言うと
 
「肉ジャガが作れるのは凄い!」
などという声があがっていた。
 
「夏は冷やし中華とか作っておくこともあるよ。冷蔵庫で冷やしておけるから」
 
「龍ちゃん、私のお嫁さんにならない?」
「私も龍ちゃんをお嫁さんにしたい」
 
と龍虎は女子たちからお嫁さんにと望まれていたようである。
 

お昼のカレーは好評で作った6個の大鍋のカレーが全部きれいに無くなってしまった。
 
その後、男子全員と女子9人が登山体験に出かけ、残った女子32人(龍虎を含む)はバスケットボール教室を受講した。
 
元プロバスケットボール選手の山笠さんという凄く背の高い女性がランニングシュートの仕方を指導してくれた。
 
まずは最初にボールを持ってから3歩歩くとトラベリング、という基本中の基本を教わる。それでドリブルしていき、ボールを手に持ってから2歩ステップしてからボールをゴールに向けて投じるという基本をやる。ゴールの高さは今回はミニバスの高さ260cmにしている(本来は305cm)。
 
最初は自由に撃たせるが、ゴールにまともに入る子がほとんど居ない。
 
それでバックボードの内側の枠の端に当てると良いというのを教え、制限エリアの境界線の所でステップに切り替えるとよいと教え、また走ってきた場合、ボールに『慣性』が付いているので、それを考慮しないと狙った所より向こうに行ってしまうことを教えられると、みんな随分ゴール確率が上がった。
 
このシュート講座を1時間やった後は、あらためてバスケットボールのルールの説明を30分ほどしたが、これはコックリコックリ眠ってしまう子も結構いた。
 
ルールの説明が終わった所で試合をする。32名の参加者を8名ずつ4チームに分け、体育館内の2つのコートで試合をした。
 
先生たちは、増田先生・小林先生・広橋先生・竹川先生の4人が登山体験の方に行っているので、こちらは講師の山笠さんと、教頭先生が審判をしてくれた。でも教頭先生は息が上がっていた!
 
バスケの審判というのはコート上をひたすら走り回るので物凄く体力を消耗するのである。
 

試合は5分クォーターで、休憩をはさんで総当たりで3戦した。龍虎の入っているAチームが2勝1敗ながらも得失点差で優勝した。龍虎はランニングシュートは全く入らなかったものの、ミドルシュートを3試合で10本決めて
 
「龍ちゃん、筋力は無いけどセンスがいいね」
などと同じチームになった麻耶から褒められた。
 
こちらが3試合終わった頃、登山体験に行った子たちも戻ってきた。それで全員体育館に集まり、教頭先生から終わりの挨拶もあり、児童代表からの感想と感謝の言葉もあって宿泊体験は終了した。
 
登山に行って来た子もバスケをした子も汗を掻いているので、宿泊棟に行き着換える。龍虎は結局ひとり壁を向いて着換えるということにした。目をつぶっていては、着換えられない!
 
「あれ?男の子用の下着も1セット入ってた!」
「それ昨日お風呂場でも気付いたけど、女の子下着を着けさせてあげた方が親切だろうと思って、いちばん可愛いのを着せてあげた」
などと彩佳は言っていた。
 
「まあ、今回の宿泊体験で龍は、ほとんど女の子とみんなから認識されたし、これからは堂々とスカート穿いて登校してくるといいね」
と桐絵。
 
「恥ずかしいよお」
 
「なるほど、嫌ではないのだな」
「まあ実際、龍がスカート穿いている所なんて、いつも見ている気がするし」
「確かに確かに」
 

冬子は少し困っていたので、色々「裏工作」をしてくれている楠本京華に電話してみた。
 
「なるほどー。8月26日に代役を頼めないかですね。問題ないですよ。今回のツアーの日程を念のためこちらに送ってもらえませんか?」
 
それで彼女にローズクォーツのツアー日程表をメールした。
 
8.18東京 19札幌 20仙台 22金沢 23大阪 25名古屋 26横浜 28那覇 29高松 30広島 9.1神戸 2福岡
 
「ツアーは目前に迫っているんですね。いつチケット発売ですか?」
「いえ、今回は新曲キャンペーンということで無料ライブです」
「・・・・宣伝は?」
「さあ。ローズクォーツの件は須藤に任せているので」
「入場券はどこでもらえるんですか?」
「たぶん各地元のCDショップとかだと思いますが」
「ちょっと丸花さんに確認してもらってから、こちらで少し宣伝してもいいですか?」
「あ、それはお任せします」
 
彼女が丸花さんの名前を出したことで、ああやはり一連のケイ代理作戦というのは丸花さんが主導しているんだなと冬子は想像した。
 
「それで代理ですが、26日だけじゃなくてこのツアー、全部代行させましょうか?それでケイさんはマリさんと一緒にのんびりと弁天様巡りをすればいいですよ」
 
「そうしようかな・・・」
 
実は先日冬子は青葉と会った時に全国3大弁天(金華山・竹生島・宮島)+弁天様こと宗像3女神の本拠地・宗像さんを訪れることを勧められたのである。
 
それでローズクォーツのツアーがあるから、それと合わせて政子と一緒に行ってこようと思っていたのだが、例によってローズクォーツのツアーが結構なハードスケジュールで「うっ」と思ったのであった。東京の翌日札幌で翌日仙台とかかなりきつい。沖縄も翌日高松というのはルートを考えるとかなりハードな移動だ。
 
そして冬子にはもうひとつ重大な問題が発生していた。
 

8月14-16日。
 
日本男子代表チームは第十次の合宿を行った。どうも女子と違って、男子の合宿は短期間の合宿を多数おこなうという方式のようである。
 
この合宿で貴司のプレイはみちがえた。
 
そして今まで貴司に優しく指導してくれていた中核選手たちが急に冷たくなった気がした。貴司は龍良に
 
「僕何かで衛藤さんとか磯部さんとかを怒らせましたかね?」
と訊いた。
 
「違うよ。ロースター枠を奪われまいと必死なのさ」
と龍良は言った。
 

8月15日。クロスロードのメンツで、スリファーズという女の子3人の歌唱ユニットのリーダーである牧元春奈がアメリカのX病院で性転換手術を受けた。青葉はアメリカまでリモートで春奈のヒーリングをしてあげて、彼女は随分楽になったようである。
 
この夏、クロスロードのメンツは性転換ラッシュだったのである。
 

8月15日。淑子はお盆なので保志絵・望信・美姫と一緒に4人で礼文島に行っていた(理歌はバイトがあると言って帰ってこなかった。貴司は合宿中である)。
 
14日に車で4時間ほど掛けて稚内まで行き、そこからフェリーで礼文島に渡る。
 
稚内15:25-17:20礼文島
 
それで14日は芳朗の家に泊まり、15日に坊さんが来て仏檀にお経をあげてくれた。その後、みんなでお墓参りに行き、更に温泉に行った!
 
淑子は思っていた。芳郎の家の仏檀には、亡き夫・細川宝蔵の位牌が入っている。そしてそこには前妻の貞子さんの位牌も入っている。
 
自分は死んだらどこに入るのだろうか。。。
 
貞子は淑子の従姉で、元々仲が良かった。それで自分が宝蔵にレイプされて妊娠しても貞子は自分を責めたりせず優しくしてくれた。今の時代なら躊躇無く中絶していたと思うが、昔中絶はよくないこととする空気が強かった。特にこんな田舎では強かった。しかしまあそれで晴子はこの世に生まれて来られたのだから、それもよいのだろう。
 
温泉に入りながらそんなことを考えていたら、いつの間にか周囲に誰もいなくなっていた。あれれ?みんなもうあがっちゃった?と思い、自分も浴槽から上がる。そして脱衣場に行き、身体を拭くが、脱衣場にも誰もいない。それで服を着てロビーに出て行くが、ロビーにも誰も居ない!
 
あれ〜?みんなどこに行ったの?まさか私、バスに乗り遅れた?と焦った。
 

「おばあちゃん」
という声がするので振り向くと、千里がいる。
 
「千里ちゃん!?」
「おばあちゃん、こちらに行きましょう」
と言って、千里は淑子の手を取ると、一緒に歩き始めた。
 
「あんた。。。貴司と。。。」
「まあなるようになるんじゃないですかねぇ」
と千里は難しい顔をして言った。
 
「あ、お茶飲みます?」
と言って、千里はアールグレイのミルクティー500ccペットボトルを渡す。
 
「おばあちゃん、アールグレイ好きでしたよね?」
「うん。好き。そういうのよく覚えてくれてるね」
「おばあちゃん、お散歩とかしてます?」
「うーん。。。あんたに言われて少し歩いていたんだけど、最近ちょっとサボっているかも」
 
「おばあちゃんには京平の面倒とか見てもらわないといけないし、まだ頑張っててくださいよ」
「・・・京平はどうなるんだろう?」
 
「おばあちゃん、晴子伯母さんを自分で産んだのに戸籍上は前の奥さんが産んだことになってますよね」
「あ、うん・・・」
と返事をしながら、何のことだろうか?と淑子は訝ったが、千里はただ微笑んでいた。
 
「あ、あそこにみんな居ますよ」
と千里が指さす方角に保志絵や晴子の顔が見える。
 
「じゃ私はこれで」
と言って千里はどこかに行ってしまった。淑子は「あれ?」と思ったものの。保志絵たちの居る方に歩いて行った。
 

龍虎は夏休み期間中何度か学習発表会の練習にも出ていったが、それ以外では宿題をしたり、ピアノとヴァイオリンとバレエのレッスンに通ったりしていた。なお龍虎はゲーム機はしない。3DSが欲しいと言ったことがあるのだが、3DSを取るかピアノやヴァイオリンを取るかだと言われ、龍虎はピアノやヴァイオリンを取ったのである。パソコンは夏休み中1日1時間まで使っていいことになっている。
 
この他に週1回バレエのレッスンに行くのだが、この時期は年末の発表会に向けて『くるみ割り人形』の練習をしていた。龍虎はスペインの踊り(フラメンコ)の男性側なのだが、それで練習していると、しばしば
 
「龍ちゃーん、こちら手伝って」
と呼ばれる。
 
実は“アラビアの踊り”のメインを踊る蓮花ちゃん(6年生)が、夏休み中はオーストラリアのゴールドコーストにある別荘に行っていて欠席なのである。海外の別荘というのも凄いなと思うのだが、ともかくも本人が居ないので“リフトしやすい”龍虎が代役を頼まれているのである。
 
この踊りは「コーヒー」の別名もあり、ポットからコーヒーの湯気が立つ様子を表現しており、男性がポット、女性は湯気という感じで踊る。女性の動きはまるで流体のようであり、大人のバレリーナが踊ると、かなりセクシーになるケースもあるが、子供の公演なのでそこは明るく表現する。
 
この踊りのアレンジは色々あるのだが、今回のバレエ発表会の振り付けでは、男性(役)6人と女性3人で踊る。男(役)2人と女1人で組になって1つのポットを作るので、ポットが3組できることになる。メインのポットの左右後ろにサブのポットが1個ずつ並ぶΛ型の配置である。
 
女の子3人は蓮花(小6)・鈴菜(小5)・日出美(小4)で、蓮花が前面で踊り、その左右後ろで鈴菜と日出美が踊ることになっていたのだが、その蓮花が出てきていないので、鈴菜を前面に出して、龍虎と日出美がその後ろで踊るフォーメーションで練習を進めた。しかし鈴菜は自分の本来の役の踊りも練習するので、その時は龍虎が前に出てメインの踊りを披露する。
 
そういう訳で龍虎は前面の男子2人にリフトされたり、後方左側の男役女子2人にリフトされたりしていた。そして龍虎はその双方のペアから
 
「龍ちゃんって、身体に触った感触がまるで女の子みたい」
と言われていた。
 
「まだ未発達だから」
と龍虎は言うが
 
「いや、これは思春期に入った女の子の感触だと思う」
と前面で踊る6年生の男子が言うので、龍虎はギクっとした。
 

「でも龍ちゃんが凄くうまいから、私、龍ちゃんを後ろに置いて踊るのは気が引ける」
などと鈴菜は言っているが
 
「だって龍ちゃん4年目だもん。鈴菜ちゃんはまだ2年半だから」
と先生は言う。
 
するとそばで見ていた中国の踊り(お茶)の女性側を演じているキャリア8年の6年生・芳絵が
 
「そういうことを言われると凄いプレッシャーがある」
などと言っていた。
 

貴司たちの合宿は16日でいったん終わり17日に台湾に移動した。
 
羽田空港10:05-12:30松山空港 (3h25m)
 
台湾との時差は1時間である。
 
「しかしばあちゃんが倒れたのまで俺のせいにしなくてもいいのに」
などとぶつぶつ言っている。
 
淑子は15日に礼文島に行っていて、温泉の脱衣場で突然意識を失ったらしい。すぐに意識を回復したものの、その時
 
「千里ちゃんが・・・」
と言ったということで、きっと貴司と千里のことでショックを受けたのでは、などと母から電話で言われたのである。祖母は念のため16日まで礼文島に滞在して身体を休め、今日17日に帰ると言っていた。礼文で医者にも診てもらったが、異常などは無いと言われたらしい。しかし念のため帰る途中、旭川の病院でも脳のMRIなど撮って診てもらうと言っていた。
 

さて18日からWilliam Jones Cupが始まる。
 
この大会は9ヶ国が参加して9日間で8試合する。1日だけ休みがあるがそれは日本の場合大会8日目の8月25日になっていた。
 
18日初戦の中華(台湾A)と19日マーラム・テヘラン(イランのプロチーム)は強い相手なので貴司は全く出番が無かった。40分間ベンチで応援し、またコートから下がってきた選手のアイシングをしてあげたりしていた。龍良さんのアイシングをしていたら、いきなり胸に触られる。
 
「わっ」
「残念。おっぱいは無いのか」
「無いですよぉ」
「ブラもしてないの?」
「試合ですから」
 
20日の光華(台湾B)は控えメンバー中心のオーダーを組んだので貴司はスターターに指名されてびっくりした。しかし元気よく出て行き、控えPGの酒井さんとふたりでうまく試合をコントロールし、日本に初勝利をもたらした。この日は40分の試合時間の内32分も出場して、4アシスト12ゴールの大活躍であった。
 

青葉はコーラス部の全国大会に参加するため8月17日に新幹線で東京に出て都内のホテルに泊まった。他の部員は18日に日帰りするのだが、青葉は手術の後で体力が無いので前日に移動して前泊したのである。
 
大会では青葉は課題曲を歌った後、これから自由曲を歌うという間際になって葛葉にソロパートを歌ってくれと言った。
 
「やはり私調子良くないのよ。中部大会の時は葛葉が倒れちゃったから私が頑張って歌ったもん。今度は葛葉が私を助けてよ」
「分かりました。あれは申し訳なかったです。頑張ります」
 
それで葛葉は頑張ってソロパートを歌い、青葉たちの学校は3位に入った。入賞したので壇上でもう一度歌うことになる。この時葛葉は
 
「今度は部長歌ってくださいよ」
と言った。それで青葉も2度目だしいいかなと思って歌ったのだが、この時青葉は今まで体験したことのないような、体内の気の巡りを感じ、青葉の歌は神がかったものとなって、聴衆は一瞬沈黙した後、物凄い拍手をくれた。青葉自身、これは凄いと思った。
 
青葉は先日瞬嶽の庵に行ったとき言われた言葉を思い出していた。
 
「お前は女の身体になって半月もしたら本来の『気』の使い方ができるようになる」
と。
 

8月17日(金).
 
淑子は礼文島を出て旭川まで来てから、そのままいったん病院に入院することになった。数日入院して色々検査しようということになったのである。
 
初日に血液や尿を取られて検査されていたが、それは特に問題ないと言われた。明日は土曜だが、MRIを取ってみるという話である。このあたりが、入院しておいた方がスムーズに行くのである。
 
やれやれ・・・
 
と思いながら淑子はバッグの中に入っていたアールグレイのミルクティーのペットボトルを出してベッドの傍に置いた。それを見ながら少し考える。
 
「千里ちゃん、京平の面倒を見てもらうからと言っていたなあ」
などと淑子は独り言を言った。
 
そしてしばらくしてから、また独り言を言う。
 
「私も頑張らなきゃ。取り敢えず留萌に帰ったら、毎朝、お稲荷さんまで散歩しようかな」
 
淑子は少し“悪だくみ”を考えていた。
 

8月17日(金).
 
青葉が東京に向かって家を出てすぐに、千里の携帯に着信がある。表示を見ると雨宮先生である。取り敢えず携帯を開けて出る。
 
「今どこにいる?」
「お掛けになった電話は現在お客様の都合で・・・」
「こらぁ!居留守使うと、醍醐は男だったってバラすぞ」
「それ今更ですが。何ですか?」
と千里は面倒くさそうに言った。
 
「あんた何か手術受けたんだって?」
「やっと性転換手術を受けました」
「あんた男になったの?」
「まさか。男だったから手術しておちんちん取って、割れ目ちゃん作って女になりましたよ」
「あんたとっくの昔に女だったじゃん」
「今回手術したから、高校時代に女になったんですよ」
「意味が分からん」
 
「それであの付近が痛いので、回復するまではバイクの仕事は勘弁して下さい」
「それは良かった。だったら4輪なら走れるね」
「今度はどこを走るんです?」
 

「今度は楽だぞ。サーキットじゃなくて一般道だから」
「峠でも攻めますか?」
「あんた、そういうのやってるの?」
「残念ながらそういう趣味はありません」
 
「それであんた今どこにいるのさ?」
「富山県の、友人の実家にしばらく滞在してるんですよ。手術後の傷を癒やしている所なんです」
「ふーん。いつ東京に戻る?」
「9月上旬の予定です」
 
「だったら8月25日土曜日の朝8時までに、四輪用のレーシングスーツ着て、あんた自身のインプに乗って、群馬県の上里(かみさと)SA下り側に来て」
 
「いえ、だから8月いっぱいは富山に居ると」
「うん。だから8月25日に群馬まで来て」
 
千里はため息を付いた。行くしかないようだ。
 
千里は復唱しながらメモを書いたが、先生の言葉に違和感を感じたので言った。
 
「私の知っている上里サービスエリアは埼玉県にあるのですが」
「あ、そう?私は群馬県の上里SAに居るから」
「会えたらいいですね」
 

「それで結局何かのレースですか?」
「レースではなくてラリーなんだよ」
 
「ラリーですか!」
 
一般に自動車の競技会は多数の車が同時に走って順位を競う「レース」と1台ずつ走って時間を競う「タイム競技」に分けられる。その中で公道上で行うタイム競技がラリーである。
 
「今回のはターマックだから割と楽。ちゃんとターマック用に改造した車を用意させているから、それを持っていくから」
 
「ターマ?」
 
「ターマック(tarmac)というのは舗装された道を走るもの。グラベル(gravel)といえば未舗装路、つまり砂利道。実はターマックを走るラリーとグラベルを走るラリーでは車の作りが全く違う。同じ車で両方は走れない」
 
「へー!」
 
「だから両方が混在するラリーでは車を2台持っていく」
「めんどくさいですね!」
 
「まあ初心者がいきなりグラベル走ったら死ぬから。まずはターマックで慣れたほうがいい」
「なるほどですね。じゃ頑張って下さいね、応援していますから」
「走るのは千里に決まってる」
「なんで私が走るんですか〜?」
「そりゃ千里の方がうまいからさ」
 
千里はため息をついた。
 

「でも今回はそのターマック用に改造した車で走るんでしょ?なんで私の車も持って行くんです?」
「下見に使う」
「下見!?」
 
「ラリーは25日と26日の2日間にわたって行われるんだけど、1日目は下見、これをレッキ(recce *1)というんだけど、レッキには本番用の車を使ってはいけないんだよ」
 
(*1)Reconnaissance(予備調査)の略。
 
「随分面倒くさいですね!」
「だからあんたのインプをレッキに使わせて」
「まあいいですよ。壊れたら修理代は先生が出してくださいね」
「ああ、そのくらいは出すから心配しないで」
 
確認しておかなくても出してはくれると思うが、このあたりは普段のふたりの言葉のジャブである。
 

「で、千里、本当は何の手術受けたのさ?」
と雨宮先生は最後に訊いた。
 
「ですから性転換手術ですよ」
 
「まあいいや。でもあんた、高校2年の時だったっけ?去勢手術受けたいというから連れて行ってあげたら、医者に既に睾丸もペニスも無いから去勢手術は不能と言われたことあるよね」
「そんなこともありましたね〜。結局私の身体がどうなっているのかよく分からないんですけどね」
 
「でも今は女の身体なんだろ?」
「はい、そうです」
「だったら、もう何も考えないことだな。自分は女だというのを信じて生きていけばいい」
と先生は言った。
 
「本当にそうですね。それで行きます。ありがとうございます」
と千里は本当に先生の言う通りだと思って答えた。
 

電話が終わってから、千里は出羽の美鳳の居る方角を正確に向いてその姿を捉えた。今日の美鳳は白衣を着て、女医さんでもしている感じだ。
 
「美鳳さん、8月25日と26日にラリーで走ることになったんですよ。この手術後まだ1ヶ月程度の身体では自信が無いので、その2日間、いったん元の身体に戻してもらえませんか?」
 
と千里は言った。
 
ところが美鳳は
「不許可」
と言う。
 
「どうしてですか?」
 
「理由1.予定に無い。千里はこのまま10月19日まで療養を続けて、10月20日から元の鍛え上げた身体になることになっている。予定は変えられない」
 
安寿さんが作ってくれた千里の体内時間スケジュールでは今年の10月19日の翌日の身体の続きが昨年7月21日、青葉の家族の葬儀の時期につながっており、ここで千里は瞬嶽の手で生理周期の始動を掛けられた。その後、大学1年の5月に繋がり、千里はローキューツの活動でリハビリが進んだ。その身体の続きを高校2年の5月21日以降インターハイに向けて使っているというプログラムになっている。この日程の過去の部分は当然もう動かない。
 
暦の時間__=___肉体時間
2012.7.14-10.19 = 2007.11.09-2008.02.14 (性転換手術と療養)
2011.7.21-_7.25 = 2008.02.15-02.19 (瞬嶽の操作)
2006.12.8 = 2008.02.20 (初めてのV型セックス)
2007.1.13 = 2008.02.21 (貴司と結婚した日)
2009.5.07-9.23 = 2008.02.22-7.10 (Rocutesでリハビリ)
2007.5.21-8.03 = 2008.7.11-10.06 (高2のインターハイ)
 
だから美鳳の言う「予定」は実はほとんど「既成」である。この付近を千里は理解していない。ここから先に予定になかったことを入れた場合、調整は非常に困難となる。
 
「でもこれまでは色々予定に無かったことにも対応してくださったじゃないですか?」
「それはどうにもならなかった場合で、しかも変更のためのゆとりがあったからさ。今回はどうにかなる案件だし調整も無理。バスケの技術に関する《身体的記憶》が肉体自体が切り替わっても、ちゃんと継続していたのは、これまでもたくさん経験してるだろ?スポーツ走行に関する技術もちゃんと継続するんだよ」
 
「そうかも知れませんが、筋力が違うから」
 
「筋力を使わない運転をすればいい。そして理由2.あんたの手術の傷跡はもうほぼ治っている。運転には全く支障が無い」
 
「でもまだ結構痛いですよ」
「あんたのいつもの悪い癖。まだ手術から1ヶ月半しか経ってないから痛い筈だという思い込みが、痛みを感じさせている。だからもう平気だと思えば平気になる」
 
「ほんとですか!?」
「試しにちょっとニンジャで鈴鹿を走って来てごらんよ」
「さすがにバイクはまだ自信無いです」
「平気なのに」
 

千里は美鳳の言うのももっともな気がしたので、少し試してみようと思った。それでこの日の夜の内に《こうちゃん》に葛西まで飛んでもらい《きーちゃん》に頼んで翌18日(土)の日中、彼とポジションをチェンジしてもらう。
 
千里が向こうに行っている間は《こうちゃん》に代役を務めてもらうが、青葉が千里の女性器をヒーリングしようとするのは夜中だから、日中は大丈夫のはずである。それに青葉は今日はコーラス部の全国大会で忙しいはずである。
 
ともかくも葛西に来た千里は、取り敢えずレース用の装備を確認した。レーシングスーツ、レース用の下着類、ヘルメット、手袋、靴などを確認し、ついでにインプに積み込んでおく。
 
それから少し運転してみようと思い、車を出した。
 
婚約破棄以来運転していなかったので1ヶ月ちょっとぶりであるが、本当に「身体が運転を覚えている」感じだ。
 
美鳳が言っていた「筋力を使わない運転」というのを少し試してみる。
 
あ・・・これ行ける。
 
と思った。むしろ今まで筋力に頼って結構ギリギリにステアリングを操作していたのをもっと早め早めに操作するようにした。千里はそもそもそういう先の予測が上手いのである。だからこの方が良い運転になる気がした。
 

千里はそのまま走って、常総市内の体育館工事現場まで行った。
 
さて、建築業界はだいたい日曜だけが休みで土曜日も作業をするのが一般的である。実際現場で働いている人は日給制なので、週休2日にしてしまうと収入が1/6=17%低下してしまうことになり死活問題である。その日も多数の作業員さんが、現場監督の指揮の下、働いていた。
 
ここの現場には眷属の誰かが千里に擬態して毎日顔を出して作業をしてくれている人たちにおやつや飲み物などを渡しているので、この日も
「いつも済みませんねぇ」
と言って、ニコニコ顔で迎えられる。今日は数日前に礼文(れぶん)島に行った時に買っておいた《礼文まんじゅう》を配った。
 
「のりふみまんじゅう?」
「いえ、『れぶん』まんじゅうです」
「俺は《れいぶん》、御礼の手紙のまんじゅうかと」
 
「北海道の礼文島ですか?」
 
と老齢の現場監督さんが訊く。80歳近いもののそこら辺の若い人がかなわないほどの筋力を維持している。一度腕相撲をしたが千里はかなり本気を出さないと勝てなかった(女に負けたのは初めてだ。もう男辞めようかなどと言って悔しがっていた)。この人は玉掛けの名人だとも聞いた。先日は彼が熱心に玉掛けの要領を語るのを千里は笑顔で相槌を打ちながら聞いていた。
 
「そうなんですよ。お盆でちょっと行ってきたもので」
「礼文島のご出身ですか?」
「婚約者の本家がそちらにあるもので」
「へー」
 

工事は元々工場で作られた規格品を組み立てていく工法なので工期が短い。既に建物自体は完成しており、これから、床板を敷く作業に入ろうとしていた。これが終わればほぼ完成になる。同時進行で電気系統の工事、照明やエアコンの設置も進んでいる。
 
多くの体育館では空調の電気代を節約するため窓を開けて外気を取り入れる。しかしそれでは音も漏れてしまう。千里は深夜にでもこの体育館を使えるように、壁には怪我防止も兼ねて音を遮蔽する効果のある弾力材を貼り付け、天井には吸音板を貼り、ドアもコンサートホールのドアのような気密性のあるものにした。床(下の1階は駐車場である)には厚いゴムシートも敷いて、更に空調を使って音が外に漏れない設計にしている。更には音は遮蔽して空気の熱交換だけできるシステムを2ヶ所に取り付けている(冬は熱交換を停めて内部の熱を貯める)。
 
つまりこの小さな体育館は騒音問題についてはひじょうに贅沢な設計になっているのである。その防音系の工事も既に終わっている。
 
そういう訳で完成間近なので、この後は適当なタイミングで司法書士の青山さんに動いてもらい、工務店側と打合せながら、登記やそれに必要な調査なども進めてもらうことにしている。
 
青山さんは東京都内に事務所がある司法書士さんである。旭川の赤坂司法書士に紹介してもらったのだが、赤坂さんの学生時代の友人ということであった。千里の会社・フェニックス・トラインに関する作業は赤坂さんにお願いしているが、関東でも色々作業が発生することが多いので、こちらですぐ対応できる人を確保しておいたのである。
 

千里はこの日の夕方、青葉が東京から戻る前に高岡に戻ったが、その後、毎日、青葉が不在あるいは睡眠中のタイミングを使っては千葉に行き、車の運転の練習をした。これでかなり自信を回復することができた。
 

8月18-19日。東京の武蔵野総合体育館で国体の関東ブロック予選が行われた。成年女子千葉代表に薫・凪子・誠美の3人が参加した。千葉代表は誠美がゴール下で圧倒的な存在であったことから、見事に優勝。国体本戦への出場を決めた。
 
薫と凪子にとっては国体本戦初出場である。
 
誠美は高校時代毎年出場していて、高3の時は千里たちの旭川選抜とも対戦している。その年、旭川選抜に参加していた薫は北海道予選には参加してブロック優勝に貢献したが、性別問題で本戦には出られなかった。凪子は高3の時、札幌選抜に敗れて本戦に行けなかった。
 

青葉が東京に行って来た翌日8月19日、和実が高岡に移動してきた。
 
和実は7月25日の性転換手術の後、退院してからはいったん石巻の胡桃のアパートに行って静養していた。
 
ところが胡桃のアパートに居ると、療養中なのに美容室の人手が足りないから手伝ってと言われて頻繁に呼び出される。着付けやシャンプーだけでなく、パーマのロールを巻く作業までやらされる!(さすがにカットまではさせられない)
 
それで、これはたまらないので、逃げ出したというのと、ずっと、リモートで青葉のヒーリングを受けていたが、やはりリモートで受けるより直接受ける方が効果は大きいし、青葉の負荷も小さいので、それを改善する目的もあった。
 
和実はホテルに長期滞在するつもりだったが、青葉が
「うちに泊まってくれた方が、私が楽」
というので、青葉の部屋に泊まることにした。
 
この時期は青葉の部屋に青葉と和実、桃香の部屋に桃香と千里が寝ていて朋子も入れて5人暮らしで賑やかであった。和実が居てくれることで千里の負荷も減ったようであった。朋子は
 
「娘が4人もできたみたいで楽しい」
と言っていた。
 
「4人の内3人は元は男の子だったというのが凄い」
 
「私が男に性転換していたら息子4人になってたところだ」
と桃香は言っていた。
 

8月20日(月)は龍虎のお誕生日であった。
 
この日は両親とも有休を取って家に居てくれた(学校の先生は夏休みであっても毎日学校に出勤しなければならないが、授業が無いので有休は取りやすい)し、むろん長野夕香も来るし、福井から清水照枝も出てきてくれた。
 
いつもの仲間の彩佳・宏恵・桐絵も来てくれる。龍虎を含めたこの4人はお互いの誕生日には各々の家を訪問してお祝いをするのが小学2年生の時以来の習慣になっている。
 
お誕生日の料理は幸恵・夕香・照絵の3人が協力して作ってくれたし、上島さんからケーキも届けられた(夕香が出席するので、上島夫妻は来ない)。
 
「豪華なケーキだぁ」
「お金持ちの伯父さんがいつも贈ってくれるんだよ」
 
その“伯父さん”の素性を知っているのは彩佳だけで、桐絵と宏恵は知らない。
 

川南と夏恋も来てくれたが「プレゼント」といって渡された箱の中身は可愛いドレスである。
 
「今度のピアノの発表会で着るといいよ」
などと川南は言っている。
 
「拒否」
と龍虎は言うが
 
「そんなこと言ってて、去年も一昨年も龍はドレスを着てピアノを弾いた」
と彩佳から指摘される。
 
「だって他に着て行けそうな服が無かったんだもん」
と本人は言うが、幸恵も照絵も夕香も笑っている。
 
「その前の年はどうだった?」
「普通に男の子用のスーツだったよ」
と龍虎は言うが
「あれは発表会が終わってから知ったのだ」
などと川南は言っている。
 
「でもドレスで2度も出場していたら、みんな龍のこと女の子だと思ってるかもね」
と宏恵は言った。
 

チキンやサラダ、サンドイッチなどの料理やケーキを食べながら1時間ほど楽しくリビングで過ごした後は、子供たち4人だけで龍虎の部屋に行き、ボードゲームで遊ぶ。
 
「まあ今時、友だち同士で集まってDSじゃなくて紙のゲームで遊んでいるのは私たちだけかもね〜」
「小3の時、DSを取るか、ピアノやヴァイオリンを取るか、どちらかだとお母さんから言われたんだよ」
「お母さんが正解という気がする。DS始めたら、永遠に遊んじゃうもん。他に何もできなくなる」
「それにここはいつも新しいゲームがあるしね」
 
「川南さんが持ち込んで来るし、ケーキ贈ってくれた伯父さんも贈ってくれるし」
 
川南が持ち込んで来るゲームの中には千里が海外に出張や遠征で出た時に見つけて買ってきたものも結構含まれている。
 
「他では見たことのないようなのがあるよね」
「このゲームも面白いけどボードに書いてある文字は全く読めない」
「これインド語か何か?」
「タミル語って言ってた」
「どこだっけ?」
「インド南部だって。インドは公認言語だけでも22個、実際に使われている言語は500種類以上あるらしい」
「それは大変だなあ」
 
「ところでさあ。川南さんが贈ってくれたドレス、彩佳が着てくれたりしない?」
と龍虎は言った。
 
「自分で着ないの?」
「ボクはドレスとか着る趣味は無いよ」
「それは明らかに嘘だな」
 
「ボクは男の子用のスーツ着るつもりだけど、せっかくもらったものを着ないのももったいないし。彩佳なら140サイズ入るよね?」
「じゃちょっと着てみようかな」
 
と言って、彩佳が着てみると問題無く着られた。彩佳は去年までは140サイズだったものの最近は150サイズを着ることが多い。しかしドレスなら多少のサイズの融通が利く。
 
「ああ、似合う似合う。可愛い」
と桐絵が言っている。
 
「龍が着たら膝下サイズなのが、私が着ると膝丈サイズになるという感じかな」
「ウェストきつくない?」
「全然問題無い」
 
「龍もアヤも細いからなあ」
 
「まあドレスも男の子に着られるより女の子に着られた方が嬉しいかもね」
と宏恵も言う。
 
「じゃ私がこのドレスで発表会に出よう」
「ごめんねー」
「いやドレス代が節約になっていい」
「あれ、レンタルでも結構するもんね〜」
 
それでこのドレスは彩佳がもらうことにした。彩佳は龍虎のスマホを借りてすぐ母に連絡していたが、彩佳が龍虎から服をもらうのもいつものことである。
 
「あ、そうだ、思い出したけど」
と宏恵が言った。
 
「こないだの宿泊体験で龍、女子みんなにお股を見られたでしょ」
「うん。あれは恥ずかしかった」
 
「それで龍は、小学1年の時に、おちんちんを病気で切って根本だけ残っているからトイレも女の子と同じように座ってすることになったんで、それでいつも女子トイレを使っているという噂が広がっているみたいだから」
 
「うっそー!?」
 
「それは龍が小学1年の時に腫瘍を切る手術をしたという話と混線してるな」
と彩佳は楽しそうに言った。
 

台湾で行われているウィリアム・ジョーンズ・カップ。
 
8月21日のヨルダン戦は強い相手なので貴司はなかなか出番が無かったが、第4ピリオド途中で主力が消耗してきたので、コートインした。第3ピリオドまで日本がリードしていた所をこの最終ピリオドではヨルダンが猛攻を掛けてきて、どんどん点差を詰めてきた。しかし日本の主力がみんな疲労していて完全に劣勢に立たされる。
 
しかし最後相手選手が攻めてきたのを貴司が巧みにスティールして、そのまま相手コートへドリブルで速攻。行く手を阻まれたものの、ブラインドパスで龍良につなぎ、龍良がゴールを決めて3点差となる。そのあとヨルダンがブザービーターで2点入れたものの及ばず。83-84の1点差ゲームをものにした。
 
思わず貴司は近くにいた龍良と抱き合ったが、キスまでされそうになって、慌てて離れた。
 
「龍良さんコート上のキスはやばいです」
「祝福の印だよ」
「私、高校時代にコート上でキスして警告くらって始末書まで書きましたから」
「ああ、やはり細川、男の子でも行けるんだな?」
「えっと・・・」
 

8月22日のフィリピン戦は最後まで競っていたこともあり貴司の出番は無かった。23日のアメリカ戦は強すぎる相手だったし、24日の韓国戦も厳しい相手なのでどちらも貴司の出番は無かった。この3つの試合は全て負けた。
 

8月23日(木).
 
春奈が性転換手術を受けたアメリカから帰国し、そのまま高岡にやってきた。彼女は高岡市内の知人の家でしばらく静養することになっており、青葉は毎日そちらを訪問してヒーリングしてあげることになっている。これは人気アイドルの春奈にあまり出歩かせたくないからである。騒ぎになってファンが春奈を一目見ようと出没する事態は避けたい。
 
春奈のヒーリング作業が増えるので、千里は、千里の分のヒーリングはしばらくお休みにした方がいいと言った。青葉もさんざん「働き過ぎ」を注意されているので素直にそれに従うことにした。
 
「ごめんね、ちー姉」
「いや。私は青葉に倒れられては困る。それに私は元々人より傷の治りが早い」
「ほんと、ちー姉、凄いペースで回復しているよね!」
 

8月26日(日)、台湾ではWilliam Jones Cup最終日になっていた。
 
日本は昨日の休養日1日を置いてレバノンと対戦する。
 
ここまで日本は2勝5敗、レバノンは3勝4敗である。貴司はこの日今大会で2度目のスターターに指名され出て行った。この日はPGの位置に入ってゲームを組み立てたが、貴司の柔軟な発想によるゲームメイクはオーソドックスな戦い方をするレバノンを随分戸惑わせたようで、序盤から日本が大きくリードする展開となった。
 
後半は本職PGの山崎さん・酒井さんと交代してベンチに居たものの、日本は前半のリードを保って70-89で快勝した。
 
この結果、日本もレバノンも3勝5敗となったが、直接対決で日本が勝ったことから日本が6位、レバノンが7位となった。
 

大会終了後、ふとキャプテンの須川が監督に言った。
 
「唐突に気付いたんですけど、細川はこの大会3試合に出たけど、出た試合全て日本が勝ってますね」
 
すると監督は「ほほぉ」と声を出してから
「そういうラッキーガールって、時々いるんだよね」
と楽しそうに言った。
 
「ガール?」
「あ、ラッキーボーイの間違い」
 
その会話を龍良がテカテカした目をして聞いていた。
 

青葉は8月26日に模試があるので、前日の25日は朝から友人の日香理の家に数人で集まり勉強会をすると言っていた。
 
千里は青葉の注意が他に向いているのをいいことに、朝から葛西に転送してもらい、インプレッサを運転して関越下りの上里SAに向かった。到着したのは7時半頃である。千里が来た時にはSA内に雨宮先生の気配は感じられなかった。
 
7:45頃、先生の気配がSAに入ってくる。どうも向こうもこちらの赤いインプを認めたようで、近くの駐車枠に駐めた。
 
「何か凄い車ですね」
と千里は降りてきた雨宮先生に言った。
 
「ごく普通のスバル・インプレッサWRXだけどね」
「インプだというのは分かりますが」
 
派手に多数の広告のステッカーが貼られているのである。
 
「何か申し込んだらたくさんステッカー送られて来たから貼ってみた。これ貼らない場合は、参加料金が1万円高い」
 
「だったら貼りますよね〜」
「そうそう。安くできるものは切り詰めるのが私の主義」
などと言っているが、この先生はお酒が入ると気前がよくなりすぎる欠点がある。
 
「取り敢えず朝御飯食べましょう。先生の奢りで」
「千里、最近遠慮が無くなってきてるな」
と言いつつ、ちゃんと御飯をおごってくれる。この朝は一緒に姫豚ローストンカツセットを食べた。
 

「ラリーはどこで行われるんですか?」
「前橋」
「割と近くで安心しました」
「千里だけ熊本に行ってもいいが」
「遠慮しておきます。前橋のどこですか?」
 
「嶺(みね)公園という所なんだけど」
「ああ。そこは行ったことあります。あそこなら渋川伊香保インターで降りればいいかな」
「その方がいいと思う。この時間帯からは市内は混むから。もっとも千里だけ新潟で降りてもいいが」
「時間が掛かってもいいのなら、新潟経由にしますが」
「1時間以内に着かなかったら罰金1億円ね」
「それ私が頂けるんですよね?」
 

朝食を食べた後、トイレに行き、その後で一緒に出発した。雨宮先生からインカムを渡されたので、それで別々の車に乗っていても会話ができる。
 
ふたりの車は40分ほどで嶺公園に到着した。参加票を見せて、ゼッケンや計測機器などを受け取る。
 
「このチーム名(花火星)、きれいですね。何と読むんですか?」
「カマーズ」
 
「ひっどーい!」
 
「まあ今回はウォーミングアップだからね。来月本番だから」
と先生が言うので、やっと千里は仕事の内容を理解した。
 
「イルザちゃんの代理ですか?」
「そそ。よろしくね」
 
早速ラリー用の車、レッキ用の車に各々専用のゼッケンを貼り付け、機器を取り付ける。先生の車の荷物を全部千里のインプの方に移動する。それで車はルール通りの設定になっているかどうかチェックに回されたようだ。そしてチェックが終わった後は主催者側で保管され、こちらは一切近寄ることができない。これはチェックが終わった後で違法な改造を加えるのを防止するためである。
 

それでふたりで千里のインプに乗り、いったん指定時間まで休憩した。この間にふたりともレーシングスーツに着替える。
 
「そういえば先生って男物の下着とか着けることあるんですか?」
「いつも男物を着けてるけど」
「男物に見えませんが」
「千里、眼科に行った方がいいね」
 
「でもちんちんあるのに女物のパンティ穿いてたら、邪魔になりませんか?」
「邪魔だけど、これ無くしたら女の子と遊べないから」
「先生もそろそろちんちん切っちゃった方が、世の中のためのような気がするなあ」
「ちんちん無くすくらいなら死んだ方がマシ」
 
1時間ほど待つ内に、係の人から指示があったので、レッキに出発する。
 
千里の運転で指定のコースを回る。この場合、道案内はコ・ドライバーの雨宮先生の役目である。雨宮先生は主催者側から渡された地図を見ながら千里に走行指示を出し、あわせて明日の本番用の計画表(ペースノート)を作成していく。道路の状態を確認しないと、どこでどのくらいの速度を出そうという計画は立てられないので、このレッキでの作業というのは重要である。
 

さて、ラリー競技というのは、主として公道を利用したタイム競争である。参加車両は数分おきにスタートし、所要時間の短さを競う(走行時間が指定されていてその時間ジャストに近いタイムで走ることを競うタイプのラリーもある)。
 
コースは「スペシャルステージ(SS)」と「リエゾン」に別れており、スペシャルステージが競技コース、リエゾンはその間を移動するコースである。リエゾンでは交通法規に従って走行することが求められる(交通違反がバレれば即失格)。おおむね5-20個程度のスペシャルステージが設定されており、競技はスペシャルステージの走行時間合計で争われることになる。今回のラリーのSSは8個である。
 
各々のステージはだいたい5〜8分くらいで走れそうだった。それでリエゾン区間も含めて、約2時間でレッキを終えた。その後で先生から言われた。
 
「千里運転が物凄く柔らかくなってる」
「体調が万全では無いのであまり力を使わない走り方をしただけです」
「いや間違い無くこの走り方の方がいいよ」
 

お昼を食べてから、雨宮先生に付き合って、地元のライブハウスに行った。今夜出演する予定というバンドのリハーサル風景を見学させてもらう。
 
「これは今までに無かったタイプのバンドですね」
と千里は言った。
「面白いでしょ?これをメジャーデビューさせようと思っているのよ」
「いいと思いますよ」
「ただバンド名がいまいちなのよね」
 
千里はさっき渡された今日のライブのパンフレットを見た。
“ザ・セクマイ・バンド”
と書かれている。
 
「セクマイは分かりますが、この名前では身もふたもないです」
「だろ?この子たちを発掘した木立麗子が命名したんだけどね」
「木立麗子ってスリーピーマイスのレイシーですか?」
「そそ。エルシーはKARION、ミストはXANFUSに昔から関わっていて、最近は自分たちのバンドよりそちらに入れ込んでいるでしょ?」
「確かに」
「それでレイシーが余ってしまうんで、自分も誰かプロデュースしようかなあとか言っていた時にこの子たちを見つけた」
 
「この子たち自主的にこんなに集まったんですか?」
「セクマイの団体の会合でキャロルとポールが出会ったのがきっかけ。ただ野郎だけでバンド作っても、あまり興味持たれないのではと思って女の子を集めてこの陣容になったらしい。まあマイクはオマケだな」
 
「ポールとマイクにフェイがFTM、モニカとアリスがMTFというのは分かりますが、キャロルは純男、ジュンは純女ですよね?もしかしてキャロルはゲイで、ジュンはビアンですか?」
 
「正解。フェイがFTMと分かるのはさっすが」
「両声類だし、微妙なんですけど、心が男の子っぽいんです。だから多分FTMだろうと思いました」
「私はキャロルをカラオケ対決で負かしてさ。それでホテルに連れ込む代りにフェイの性別教えなさいと言ったら、戸籍上は女の子で男装好きと言ってた。学校にも男子制服で通っているけど、女声を失いたくないから男性ホルモンはやらないんだって」
 
「確かにあの声が失われるのは物凄い損失ですよ」
「だろ?だから女の子とセックスする時は、***を使うらしい」
「彼、まだ高校生なのでは?」
「どうしても誘惑されやすいから、過去に男の子とも女の子とも経験しているらしいよ」
「乱れてますね」
「あんたも中学生頃からセックスしてたでしょ?」
「高校に入学する前日に初めてのセックスをしました」
「だったら人のこと言えないね」
 

千里は唐突に思いついた。
 
「レインボウ・バンドというのはどうです?」
「ああ、それは随分マシ」
 
それで雨宮先生はスマホで検索していたが
 
「ダメだ。その名前のバンドは存在する」
と言っている。
 
「ああ、ありがちな名前だったかな」
と千里は言ったのだが、雨宮先生は
 
「レインボウ・フルート・バンドというのはどう?」
と言った。
 
「フルート?あの子たちフルートでも吹くんですか?」
「そんなの練習して覚えさせればいいのよ」
と言って、雨宮先生は立ち上がり、ステージに歩み寄った。
 
「君たちの名前を決めてやったよ」
 
ステージ上の7人が顔を見合わせている。
 
「済みません。どなたでしたっけ?」
とキャロルが訊く。
 
雨宮先生は名乗ろうとしたが、千里が立ち上がっていき、それを遮った。
 
「こちらにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くも日本一のサックス奏者、ワンティスの雨宮三森大先生であらせられるぞ」
 
「え〜!?」
 
「頭が高い」
 
「あのぉ、土下座が必要ですか?」
と困惑したような顔でフェイが訊く。
 
「まあいいよ。それであんたたちのバンドの名前はレインボウ・フルート・バンドと決めたから」
 
「え〜〜!?」
 
「あのぉ、なんでフルートとか入るんですか?」
「あんたたちがフルートを吹くからさ」
 
みんな顔を見合わせている。
 
「ボク以外はフルート吹けないんですけど」
とフェイ。
 
「それはデビューまでに練習すればいいね。あ、そうだ。フルートを虹の七色に塗ろう」
「え〜〜〜〜〜!?」
 
「最近6〜7人のユニットでパーソナルカラー決めるのが多いじゃん。だから各々のパーソナルカラーの色に塗る」
 
「パーソナルカラーと言うと?」
「男の子たちは、キャロルは青、ポールは藍色、マイクは緑、女の子たちはジュンが赤、モニカがオレンジ、アリスが黄色。ちょっと微妙な性別のフェイは紫だな」
 
と雨宮先生はひとりひとりの顔を見ながら勝手に色を決めてしまった。
 
「それで来年1月にメジャーデビューだから、それまでに全員フルートをちゃんと吹けるようになること。フルートはお金持ちっぽい醍醐春海が買ってあげるよ」
 
「まあいいですけど」
 
「そちらは醍醐春海先生ですか?」
「そそ。この子は笛の名手だから」
「へー!そうだったんですか!」
 
「でもほんとにボクたちメジャーデビューできるんですか?」
「私がデビューさせろと言えば、できるから」
 
みんな顔を見合わせて嬉しがっているようである。
 
「じゃ雨宮大先生のお言葉を信じてフルートの練習頑張ります」
「よしよし」
 
これがRainbow Flute Bandsの誕生の瞬間であった。なお、Rainbow Flutes Bandではなく、Rainbow Flute Bandsになってしまったのは、後付けで色々言われてはいるが、実は雨宮先生の書き間違いである!
 
 
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【娘たちのリサイクル】(2)